2023年9月30日土曜日

ジェノサイドだった東京大空襲

 東京大空襲と本土への空襲については、ある程度知っているつもりでした。しかし、でした。しかし、肝心のことを知りませんでした。東京大空襲では、ただ爆弾を落とされただけで無く、周到に計画された「文字どおりのみな殺し爆撃」が行われていたのです。その方法というのは、「周囲に焼夷弾をおとして火の壁をつくり、火の輪のなかを逃げまどう都民に焼夷弾の雨をふらせて焼き殺すという、文字どおりのみな殺し爆撃であった」(『昭和の歴史 第7巻』、小学館、1982年、p 324)のです。まさにジェノサイドそのものです。原爆投下やアウシュビッツ収容所における殺害に匹敵するジェノサイドだったと思います。
 もう一点知らなかったのは、空からの爆撃だけで無く、海からの本土への艦砲射撃もあったことです。「七月になると本土周辺の制空権だけでなく、制海権も完全にうしなわれ」、「ミズーリ、アイオワなどの米戦艦」による艦砲射撃が加わっていたのです。だから、日本全土が、もう、やられっぱなしだったのです。ひょっとしたら、このような現実を軍部が握り潰していたのかもしれません。
 いずれにしても、ジェノサイドも厭わず実行してしまう米軍と同盟を組み、足並みを揃えようとしている日本政府のあり方は問題です。やはり、軍事同盟は解消し、日本国憲法に則ったやり方で世界の平和に貢献してもらいたいものです。
本土空襲と艦砲射撃
 国民が戦争の悲惨さを思い知らされたのは、B29などによる空襲であった。B29による日本本土空襲は、一九四四年六月一六日の北九州爆撃によってはじまった。この日から一一月までの八回の空襲は、中国の成都から飛来したB29によるもので、おもに九州の北部と西部の都市が爆撃されたが、一一月二四日に、東京がマリアナ基地を飛びたった約八〇機のB29に空襲されてから敗戦の四五年八月一五日まで、本土は連日のように米軍機の爆撃にさらされた。一年二か月におよぶ空襲の期間は、爆撃の戦略的性格と攻撃方法からみて、つぎの三期にわけることができる。
 第一期は、四四年六月から四五年三月初旬までで、高性能爆弾と高度約一万メートルからの高々度精密爆撃により、主として軍事施設と軍需工場を爆撃するものであった。
 第二期は、四五年三月一〇日の東京大空襲から五月までの時期である。東京・大阪・名古屋・神戸などの大都市の工場地帯と住宅密集地にたいする、焼夷弾を用いた低空爆撃戦法による大規模な無差別爆撃が、この時期の特徴であった。とくに三月一〇日の東京大空襲は、周囲に焼夷弾をおとして火の壁をつくり、火の輪のなかを逃げまどう都民に焼夷弾の雨をふらせて焼き殺すという、文字どおりのみな殺し爆撃であった。おりからの烈風にあおられて火の手はもえさかり、東京の下町一帯は焼野原となった。被害は、焼失戸数二五万九〇一一戸、死者八万三〇七〇名、重軽傷一一万三〇六三名、罹災者八八万九二一三名にのぼった。わずか二時間半の空襲でこれだけ多数の被害をだした例は、広島と長崎の原子爆弾をのぞいてほかにはない。この時期以降は、日本の戦闘機が迎撃に飛びたつことも少なくなり、米軍機は思うままに爆撃をくりかえした。
 第三期は、四五年六月から八月の敗戦までの時期である。のこりの大都市と地方都市が低空爆撃によって片っぱしから破壊され、グラマンド6Fなどの戦闘機の機銃掃射による犠牲者もかなりあり、広島と長崎が原爆攻撃をうけた。七月になると本土周辺の制空権だけでなく、制海権も完全にうしなわれた。ミズーリ、アイオワなどの米戦艦が本土に接近し、釜石(七月一四日と八月九日)・室蘭(七月一五日)・日立と勝田(七月一七日)・浜松(七月二九日)に艦砲射撃をくわえ、七月三一日には、米潜水艦が清水と苦小数を砲撃した。七月一七日の真夜中、茨城県那珂郡勝田町(現勝田市)の日立製作所と日立兵器の軍需工場が砲撃された。(上同、p 324〜325)

2023年9月29日金曜日

日本国憲法の実力ソフトパワー

 ウクライナ戦争が一向に止みません。この間も、「国際社会がこの職争を止められぬなか、人びとの命が失われ続けている」(玉本英子「ウクライナ、日常が奪われた町」『婦人公論』、2022年11月、p74)にもかかわらず、戦闘が続けられているのです。そうした現状に対して日本は、終戦に向けて、あらゆる努力をしていくべきです。
 しかし現実は、自国の軍事力強化に向けて邁進しています。
 たとえば朝日新聞は、「戦闘機開発、英国に本部 初代トップは日本人 日英伊調整」というタイトルで、
 日本、英国、イタリアの3カ国は次期戦闘機の共同開発を指揮する政府間組織の本部を英国に設立し、トップは3カ国が交代で務める方向で調整している。初代トップには日本人が就く予定で、「日本主導の開発」をアピールしたい考えだ。複数の日本政府関係者が明らかにした。・・・・(2023年9月27日)
 と報道し、日本経済新聞は、「防衛強化へ空港、港湾拡充 33施設選定、自衛隊・海保が利用」というタイトルで、
 政府は防衛力強化の目的で拡充する公共インフラの候補として10道県の33空港・港湾を選定した。滑走路の延長や岸壁の増築に取り組むため管理する地方目治体と近く協議を始める。東アジアの緊張に備えて自衛隊と海上保安庁が住民避難や部隊展開に使いやすくする。・・・・(2023年9月29日)
 と報道していました。まるで日本国憲法など、眼中にないかのような振る舞いです。
 しかし、度重なる改憲の危機を乗り越えて、憲法そのものは守られてきました。この意義について語った、戦後日本を研究する米国の歴史家、ジョン・ダワーさんの言葉があります。ジョン・ダワーさんが語った日本のソフトパワーを発揮してこそ、ウクライナ終戦に向けて一歩も二歩も前進するのではないでしょうか。
 世界中が知っている日本の本当のソフトパワーは、現憲法下で反軍事的な政策を守り続けてきたことです
 1946年に日本国憲法の草案を作ったのは米国です。しかし、現在まで憲法が変えられなかったのは、日本人が反軍事の理念を尊重してきたからであり、決して米国の意向ではなかった。これは称賛に値するソフトパワーです。変えたいというのなら変えられたのだから、米国に押しつけられたと考えるのは間違っている。憲法は、日本をどんな国とも違う国にしました」(『朝日新聞』、2015年08月04日)

2023年9月28日木曜日

 放射線の影響で植物にも変化が現れることは知られています。東京電力福島第一原発事故の影響も心配されます。すでに放射線の植物への影響を調べた結果が報道されていました。「空間線量が最も高い大熊町で9割以上が変化、浪江町では 4 割強、3割弱と変化率が減少するものの、北 茨でも1割弱と変化があった(『朝日新聞』、2015年8月29日)」のです。
 今でも空間線量が高くて帰還困難地域が相当あり、 森林も多く含まれています。当然野生動物も相当数いるはずです。今はどうなっているのか心配です。普段は忘れていますが、忘れることなく注視していく必要がありそうです。まずは、その後の経過を新聞社や環境省に問い合わせて、自分で調べてみたいです。友人にも聞いてみたようと思っています。


2023年9月27日水曜日

プラトン「メノン」を読む

 友達との学習会でプラトンの「メノン」を読むことになったので、読みはじめました。プラトンの本など、一人ではとても読むこともなかったのに、友達のおかげで読むことができました。まだ途中までですが感動しました。現代の我々にも通用することが書かれていたからです。たとえば、「質問者が知っていると前もって認めるような事柄を使って答えるのが、おそらくその約束によりかなったやり方というべきだろう」という次のようなソクラテスの言葉があります。
 いまのぼくと君の場合のように、互いに友人として問答をとりかわそうとするつもりなら、もっと穏やかに、もっと問答法の約束をまもって答えなければならない。そして問答法においては、ただたんにまちがっていない答をあたえるだけでなく、質問者が知っていると前もって認めるような事柄を使って答えるのが、おそらくその約束によりかなったやり方というべきだろう。だからこのぼくも、君と話すにあたって、そういうやり方に従うように心がけよう。(『プラトン全集・9』、藤沢令夫訳、岩波書店、p261) 
 このところを読んだ時に思い出したことがあります。『ゼロからわかる数学 数論とその応用』(戸川美郎著、朝倉書店)のことです。この本には、読み進めるために必要な予備知識が書かれていたのですが、この予備知識というものが「前もって認めるような事柄」に相当するのではないか、と思ったのです。この本は、予備知識:「1,2,3,・・・と0という数について知っていて、それらの四則演算ができる」ことを前提に記述されていたのです。
 数学のような厳密性が要求されている分野だから、共通の知識を前提にした議論があって当然です。しかし、数学以外では、あまり「前もって認めるような事柄」ということを意識されないような気がします。その辺のことは、今度の課題にして、「メノン」を読み進めていくつもりです。

2023年9月26日火曜日

大切な独立国としての誇り

 日本には、戦後から米軍基地が居座り続けています。基地内は、日本国憲法も及ばない治外法権です。そればかりか、基地外のどこでも、治外法権にできるのです。沖縄で米軍ヘリが大学構内に墜落した際にも、そこが治外法権にされて、警察も立ち入りできませんでした。このような状態では日本は独立国とはいえません。ある意味で屈辱的です。日本人の中にあった独立国としての誇りはどこに行ってしまったのでしょうか。この「独立国としての誇り」を思い出させてくれたの「どんなときも人が忘れてはいけないのが、自分への誇り。たとえ苦境にあっても、誇りが人をまっすぐ立たせ、心を豊かにしてくれる」という美輪明宏さんの言葉です。「誇りを持って生きましょう」というエッセイの中で次のように書かれていたのです。
 私は若い頃から、自分に恥ずかしい生き方だけはするまい、胸を張って生きていける自分でいようと強く思ってきました。そのため、ときにはずいぶんとやせ我慢もしたものです。
 どんなときも人が忘れてはいけないのが、自分への誇り。たとえ苦境にあっても、誇りが人をまっすぐ立たせ、心を豊かにしてくれるのです。そういう人からは、清らかなパワーがあふれ出します。そのパワーが幸福の金粉となり、きっとその人を輝かせてくれると思います。(『婦人公論』、2023年1月、p1)
 そこで、上記の文章に国の独立を加えてみました。
 「どんなときも人が忘れてはいけないのが、自分への誇りと独立国としての誇りです。たとえ苦境にあっても、誇りが人と国とをまっすぐ立たせ、人々の心を豊かにしてくれるのです。そういう人と国とからは、清らかなパワーがあふれ出します。そのパワーが幸福の金粉となり、きっと人々と国とを輝かせてくれると思います」と。
 そういえば、例えば日本国憲法前文の一節「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」のように、日本国憲法は誇りに満ちています。従って、憲法を守るということは、日本人と日本国の誇りを守ることでもあるのです。そしてこのような誇りを抜きに「永遠平和」は語れないということでもあります。

2023年9月25日月曜日

予言、警告としての「戦争放棄」

  戦後の1948年に出版された素晴らしい本を見つけました。『国と共に歩むもの・第1・国と共に甦へる』(森信三著著、開顕社)です。「今回の新憲法の内容は、敗戦の原因を深省した目でこれを読むとき、その根本基調をなすところの人権の尊重を基盤とする民主主義の精神こそは、封建的な古き日本から民族の命が新生するところの基本的骨格を示すもの」であり、であり、「徹底して民族の生命を根本的革新にみちびく民主主義革命」(p194)だ、というのです。戦争放棄については、

 わが国の終戦は、そのまま、そこに全人類に対する「戦争放棄」の神の宣言が含まれているわけであります。したがって、我々のこの戦争放棄の宣言は、その意味において、人類に対してこれを予言し、警告する意味があるといえましょう。人類は今やその最後の業を果たさんとしているのであって、我々は一刻早目にその業を果してこれを卒業したわけであります。これを思えば洵に無量の感慨に堪えないのであります。かくして日本の新生と再建とは何といっても全民族を挙げて、この戦争放棄の神意を体するの外ないと思うのであります。(p203)

 しかし、「戦争放棄の神意」を理解し、それを「体する」ことを怠ってきてしまった結果が、現在のような軍事大国を許してしまったのです。申し訳ない気持ちでいっぱいです。唯一、憲法の条文についての改憲を許していないことが救いです。

2023年9月24日日曜日

劣悪な資本主義を棄てる

 書名が『これからどうする』という本があります。その中で澤地久枝さんがわかりやすい言葉で、明確に「これからどうするべきか」を書いていました。
 まず、改憲の圧力にさらされながらも、もちこたえてきた背景について

 第二次世界大戦の敗戦は、日本の政治がどんなに民に犠牲をしいたかをあらわにみせた。日本人の戦死・戦争死三二〇万人、中国をはじめ、他国の犠牲はこれをはるかにうわまわっている。その戦争の事実、経験、とくに女性たちがその人生にきざんだ傷痕が現在の憲法の成立をささえてきた。憲法成立後も、それをよろこびながら、憲法をかえられる反動化への危棋はずっとあった。(「世直しのとき」『これからどうする 未来のつくり方』、岩波書店、2013年、p15)

 このように述べ、
 次に、政府が改憲を推し進めてきている実態を簡潔に表現しています。

 国防軍構想や集団的自衛権の行使、アメリカの同盟国として、「ともにたたかう」国策をすすめようとしている。それを妨害する憲法は書きかえようという発想だ。(上同、p14〜15) 

 そして、「だからこうすべき」という結論です。「劣悪な資本主義を棄てる」というはっきりした物言いは気持ちがいいです。結局、「大洪水よ、我が亡き後に来たれ!」という一言が物語っている「資本主義」そのものにメスを入れない限り、あらゆる矛盾の解決は望めないということなのです。

1、劣悪な資本主義を棄てる。人権を第一義におく政治を目ざす。それが、世直しの基本になる。政治にやたらと介入する日本経団連会長などは、「一億二千万人分の一」の発言に後退させるべきと思う。(上同、p15、赤字強調は引用者)
2、「日本丸」の舵はゼロ地点に切りなおす必要がある。世直しの第一は、カネが万能の習慣や思想を捨てることだ。消費がすすんだという前に、どんなに「いらないもの」を買ってきたか、自分の身の周りを見てみるといい。(上同、p14)
3、原発をはじめ、すべての核エネルギー依存の生活の廃止。原発をゼロにし、施設を時間をかけてもとの更地にもどしてゆく。(上同、p13)

2023年9月23日土曜日

九条改憲は旧日本への逆もどり

 憲法擁護国民連合という組織が存在し、機関誌を発行したり、著書まで発行していました。読んでみて、その格調の高さに感動してしまったほどでした。それに、「新憲法の前文と、その第九条とは新日本の理想を高く掲げたものであって、これを改正して軍備をもちうるようにすることは、いろいうな意味から明らかに旧日本への逆もどりである」など、語り継ぎたい言葉が詰まっていました。
 さらに、著者が「虚心坦懐に味わってみる価値のある言葉」として紹介していた言葉「憲法を弊履(使い物にならない履物)のごとく捨てざるをえない立場に追い込まれた人間はやがていかなる条約をも、いかなる協定をも弊履のごとく捨てるであろう」も、その通りです。同じように、憲法を守ろうと(尊重)しないものに、憲法を語る資格はない、と思いました。
 日本政府が、マ元帥の勧告にしたがって挿入したのでも、また日本政府のイニシアティヴによってできたのでも、いまさら、かれこれ論議する必要はない。当時の日本政府はこの条項(憲法第九条)の挿入によって、未だかって前例のない平和憲法をもつにいたったことを誇りとし、これを国の内外に宣伝し、憲法普及会を設けて、この平和憲法、民主憲法の精神を国民に徹底させることに努めたのである。われわれは当時、あの条項の挿入された事情などはよく承知しなかったし、また、この平和憲法を維持して行くについては、いろいうな困難があるであろうことを予想しなかったわけではない。けれども、それが理想的なものであり、かつ一旦国家の意思として決定されたものである以上、万難を排して理想の実現に協力すべきであると決心したのであった。
 しかるに、わずか数年ならざるに、国家の名誉にかけ、全力をあげてその崇高な理想と目的を達しようと誓ったその国民が、この誓いを破って軍備をもつようにしようとしておるのである。これが果して国家の名誉といえるであろうか
(中略)
 新憲法の前文と、その第九条とは新日本の理想を高く掲げたものであって、これを改正して軍備をもちうるようにすることは、いろいうな意味から明らかに旧日本への逆もどりである。いったん掲げた平和の旗印をおろすことは、それは平和からの百歩の後退を意味するものであることを知らなければならない。
 さる有名な評論家は一昨年、ある綜合雑誌に左の通り述べておる。
 ” (中略)目先の算盤で日本のかっての軍国主義の諸要素を利用する者は、まもなく法外に高い勘定を支払わされることを覚悟しなければならない。⋯⋯民主主義を体得する好機を奪われた日本人は、いつまでも民主主義を脅かす力となるであろう。
 憲法を弊履のごとく捨てざるをえない立場に追い込まれた人間はやがていかなる条約をも、いかなる協定をも弊履のごとく捨てるであろう。

 やや奇矯な云いあらわし方のようではあるが、われわれとして虚心坦懐に味わってみる価値のある言葉でけないだろうか。(おわり) (『どうする?日本の再軍備』、有田八郎著、憲法擁護国民連合、1954年、p108〜p113、太字強調は引用者)

2023年9月22日金曜日

隣国を敵視することの愚

 旧約聖書の箴言25章からの書き抜きメモが出てきた。「23・北風は雨を起こし、陰言をいう舌は人の顔を怒らす/28・自分の心を制しない人は、城壁のない破れた城のようだ」の二つです。陰言を聞くといつも心が曇る理由がわかったし、28は、身に覚えがあるので身に沁みる言葉です。
 これを機会に箴言25章を読み直してみました。前には気づかなかった心に響く言葉を見つけました。「20・心の痛める人の前で歌をうたうのは、寒い日に着物を脱ぐようであり、また傷の上に酢をそそぐようだ」は、心の痛める人 の心に寄り添うことの大切さを教えてくれています。
 また、「18・隣り人に敵して偽りのあかしを立てる人は、こん棒、つるぎ、または鋭い矢のようだ」と「21・もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ/22・こうするのは、火を彼のこうべに積むのである、主はあなたに報いられる」は、隣国を敵視することの愚を戒めています。少なくとも私にはそう聞こえてきます。
 そういえば、聖書には「隣人を愛せよ」と言った言葉もあったことを思い出しました。正確には「隣人を自分のように愛しなさい」という次のような戒めでした。

 イエスはお答えになりました。「『心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 これが第一で、最も重要な戒めです。 第二も同じように重要で、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』という戒めです。(マタイの福音書 22:37-39 )

 このような戒めがあるにも関わらず、キリスト教を信じている人たちが、どうして殺戮を繰り返してきたのでしょうか。理解に苦しみます。いずれにせよ、敵視政策をやめて、「もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ」の精神で国家間の外交を進めてほしいものです。

2023年9月21日木曜日

バスに乗り遅れるな

 戦争中に、「バスに乗り遅れるな」という言葉が流行したそうです。鷲田清一さんが、朝日新聞コラム「折々のことば」で紹介した言葉「国民的熱狂をつくってはいけない(半藤一利)」の解説を読んで知りました。その解説が
 「バスに乗り遅れるな」。戦時下に流行した言葉だ。欧州制圧をめざすナチス・ドイツの進撃に倣うべく、報道機関と民衆は「アジア新秩序の建設」の声に乗った。時代の勢いに押し流され、自らもその動力の一端となって、戦争への堰(せき)を踏み潰していったと、作家は語る。「われら」という意識の高揚は排他性と攻撃性を強め、やがて暴発を招く。『戦争というもの』から。(「折々のことば:2847 鷲田清一」『朝日新聞』、2023年9月10日)
 です。
 この解説を読んで、今また、現代版「バスに乗り遅れるな」が進行中ではないか、と思いました。ウクライナ支援という名の軍事費倍増計画です。ロシアが起こした戦争は悪いが、反撃しているウクライナの戦争は正義の戦争だ、だから、軍事費増も正義に適ったものだ、という空気が支配的になっているのです。
 しかし、声は小さいけれど、「戦争にいい戦争はない」という声も存在しています。人の命は何ものにも変え難いと思われているからです。次に紹介する寂聴さんの声が典型です。「戦争にいい戦争はない」のだから、あらゆる努力を傾けて終戦に向かうべきなのです。現代版「バスに乗り遅れるな」は、とんでもないことなのです。それだけ戦争状態が長引き、殺される人たちが増えていくからです。
 でも、いい戦争なんてありませんよね。いつの時代も戦争の犠牲になるのは、国民です。「戦争にいい戦争はない」と先生が言い続けたその言葉の裏には、正しい戦争、いい戦争と教え込まれ、それを信じた自分自身への反省があったと思います。
 仏教者としても「殺すなかれ、殺させるなかれ」というお釈迦さまの言葉を言い続けました。戦争はすべて人殺し。どんな理由があろうとも、人が人を殺すことは許されないと訴えてきました。ロシアのウクライナ侵攻に対しても「戦争にいい戦争はない」「殺すなかれ、殺させるなかれ」と怒っているはずです。(「(寂聴 愛された日々)秘書・瀬尾まなほさんに聞く:6 「いい戦争はない」訴え続け」『朝日新聞』、2023年9月21日)

2023年9月20日水曜日

ヒルティの『幸福論』&『仕事論』

 ヒルティの『幸福論』は知っていましたが、『幸福論』は仕事論でもあったことを最近知りました。

 彼の『幸福論』は、書名の通り幸福の本質が探究された名著だが、同時に秀逸な仕事論でもある。それを証明するように第一章の題名は「仕事の上手な仕方」となっている。(批評家・若松英輔「言葉のちから 着手と着想~カール・ヒルティ『幸福論』」 『日本経済新聞』、2023年9月16日)

 というのです。その場合の仕事の概念も興味深いものでした。ヒルティが論じている仕事は、一般に考えられているような「報酬を得ることとは限らない。日常の営みにおけるやらねばならないこと全般を指す」(上同)ようです。生活全般にわたる生活術のようなものなのでしょうか。だとしたら、ヒルティの『幸福論』に対する興味が倍増です。しっかりと読み込んでみたいです。
 よくいわれることに、やる気というものは、やっているうちに出てくるというのがります。そうした例が次のように紹介されていました。

  アスリートの知人は調子がよかろうとよくなかろうと練習をする。練習することでしか調子が取り戻せないとも語っていた。文筆家の友人は書けそうにないときもペンを走らせる。すると思いのほか書けることが少なくないという。(上同)
 ヒルティの言葉とその解説は次の通りでした。ヒルティの「面白味も着手あるところに生まれる」というのも、とても興味を持って読みました。仕事をして「面白味」が湧かないようなら、真の仕事をしていないのかもしれません。
仕事の机にすわって、心を仕事に向けるという決心が、結局一番むずかしいことなのだ。一度ペンをとって最初の一線を引くか、あるいは鍬を握って一打ちするかすれば、それでもう事柄は*ずっと*容易になっているのである。」(草間平作訳)
 ヒルティの助言は明快だ。どんな状況であれ、身体を机に向け、心を仕事に向ける。そして、やらねばならない最初の動作をする。ただそれだけだ。何ら複雑なことはない。ただヒルティは、やる気と仕事のあいだに回路を結ばない。やる気に頼るような仕方で仕事をしないのである。
 気は乗らないが着手する。すると意外と事がよい方向へ進む。こうしたことも多くの人に経験があるのではないだろうか。もっと早く着手すればもっとよい仕事ができただろう、そう思ったことのない人の方が少ないのではあるまいか。
 誰でも大きな困難があれば二の足を踏む。だが、着手さえすれば、仕事にまとわり付いていた困難という覆いが剥がれ落ちることを知っていたら、仕事に向き合う態度もまったく別なものになるだろう。
 同じ文章で彼は「他の人たちは、特別な感興のわくのを待つが、しかし感興は、仕事に*伴って*、また*その最中に*、最もわきやすいものなのだ」とも述べている。ここでの「感興」は「面白味」と置き換えてもよいかもしれない。
 面白味が湧いたら仕事をする、という人がいても驚かない。しかしヒルティは、面白味も着手あるところに生まれるという。
 面白味のあとには、妙味が生まれるのも自然の道理である。仕事は単に営むものではなく、深く味わってみるものなのではないだろうか。(上同、**内は傍点でした)

2023年9月19日火曜日

最後の砦、憲法第九条

 戦後70年も過ぎているにも関わらず、外国軍隊が駐留し続けており、このまま何十年と続いていきそうです。何せ、100年耐久の米軍新基地を作ろうと躍起になっているのです。その上、マスコミも、主な政党も、問題にされていません。独立の気概というものはどこへ行って今ったのでしょうか。常々、抱いている疑問です。
 それでも、、知の巨人といわれた加藤周一さんが「九条は、はっきりいえば米国のご機嫌を取る。媚びるために変えられようとしているのでしょうが、それは安全の問題とは別に、独立国としての誇りを傷つけ」(『加藤周一対話集 6』、p 25)ると発言していたのです。米軍基地があろうとも、九条を守っていれば、最低限、独立の誇りは守れるというのです。
 加藤さんはまた、「米国が方々で戦争をはじめれば、確かに兵隊が足りなくなって、第二段階で、空と海は米国が引き受けるから、米国への協力として陸の兵隊を引き受けろと要求してくる可能性がある」(上同、p 29)とも言っています。そのとき、「それを断れるか断れないかということが大きな問題になるでしょう」と。兵器を買う要求は、金で済むから受け入れても、自衛隊員の命に関わるとなったら、九条を根拠に抵抗できます。やはり、九条は最後の砦になりそうです。

 九条は独立国として存在するために守る。九条は、はっきりいえば米国のご機嫌を取る。媚びるために変えられようとしているのでしょうが、それは安全の問題とは別に、独立国としての誇りを傷つけます。独立国としての誇りに関する限り、九条は守ったほうがいいです こちらの方が安全だという理屈のほかに、九条を守るほうが、独立国としての誇りを保てるではないかという一項が入らないと、この議論に勝負をつけることは難しいという疑いがあるのです。(『加藤周一対話集 6』、加藤周一著 、かもがわ出版、2008年、p25〜26)

2023年9月18日月曜日

弱さを認め合い助け合う

 暁烏敏は『十七条憲法』の解説で、『日本書紀』や『古事記』にまでさかのぼり、「山川国土草木禽獣、あらゆる動物、どん。な人間の上にも神様がその御心を宿させられる」(『聖徳太子十七條憲法講話』、暁烏敏著、日本放送出版協会、1935年、p12)日本独特の宗教観を明らかにしています。
 これまで、「『十七条憲法』の理想」「『十七条憲法』を日本遺産に」「「平和思想の萌芽、十七条憲法」などを書いてきましたが、「『十七条憲法』の理想」は、古びるどころか、ますます輝きが増して現代社会の闇をもてしつつあるようです。『しあわせ』(「考える絵本・7」、辻信一文、森雅之絵、大月書店、2010年)を読んで感じたことです。十七条憲法に通じる箇所は次の通りです。


 都会に働きに出て病気になったぺぺでしたが、
「ファティアと結婚して、農場に帰ってきたぺぺは、
すべてのものに『ありがとう』『おかげさまで』と感謝するようになった。
そして子どもをさずかるたびに学んだのだ。
あれがない、これがない、と文句をいうかわりに、
いま、ここにあるものをありがたく思い、大切にすること。
そして家族や農場の仲間たちとともに生きていることを、
十分に楽しむこと」

「上の娘のロゼッタは生まれてすぐ病気にかかり、
体の半分が動かない。
でもそのせいで家族の幸せがへることはなかった。
だれもがもっている弱さをみとめあい、助けあい、
足りないところをおぎないあう。
そうすれば、みんなもっと幸せになるはずだ。ぺぺはそう思ったんだよ」

『これまで、自分や家族さえよければ、ほかの人たちや、
ほかの生きものたちのことはどうでもいいと考えていたのかもしれない。
そんな自分は恥ずかしい』

「人間が幸せであるためには、他の生き物の幸せが大事らしい」

 どうでしょうか。
「あれがない、これがない、と文句をいうかわりに、/いま、ここにあるものをありがたく思い、大切にすること。//だれもがもっている弱さをみとめあい、助けあい/足りないところをおぎないあう。/そうすれば、みんなもっと幸せになるはずだ」。
 そうすれば、戦争も、貧困も一掃できるような気がしてきました。
「人間が幸せであるためには、他の生き物の幸せが大事」なのです。だからこそ、多くの生き物の棲家を奪う辺野古への米軍基地建設など、やってはいけないのです。 
 

2023年9月17日日曜日

「令和軍国主義」批判

 養老孟司さんの「令和軍国主義」批判を読みました。「政府は防衛費の増額を言いますが、何に使うつもりなのですかね。そんなことをする前に、自分たちの足もとは大丈夫なのかと考えてほしい」というのです。軍事的に攻められる危機よりも、大地震に攻められる危機の方が遥かに高いからです。その内容は次の通りです。

養老 政府は防衛費の増額を言いますが、何に使うつもりなのですかね。そんなことをする前に、自分たちの足もとは大丈夫なのかと考えてほしいと思います。
藻谷 どこかの国が攻めてくるより、大地震が攻めてくる確率の方が遥かに高い。というか前者は飛鳥時代以降は本格的なものは元寇だけで、後者はそれこそ数知れず起きています。
養老 そう。大地震が来れば日本は金で買われますよ。そのときミサイルを何発持っていても意味がないでしょう。
藻谷 海外の金で日本は買い叩かれる。それを防ぐためにどうすればいいかを考えなければいけないはずですが、目先のブームで防衛を言っていると票が集まると思うのか、そのことに夢中になっています。東日本震災の後にしばらく皆が口にしていた、「事前防災」を少しでも進めておかなくては。正確には過疎地では随分目に見えていろいろやっていますが、東京では意識自体が消えかけているような。
養老 岸田総理が防衛費の倍増を打ち出した次の日に、富士の裾野の自衛隊の東富士演習場はドカンドカンとうるさかった。祝砲を打っていたんじゃないのかなあ(笑)。
 それにしても、誰に向かって大砲を撃つつもりなのでしょうか。日本は前回の戦争でも本土で戦ったのは沖縄だけです。大砲を撃ってる人たちは、どこに向けて誰に撃つのかわかっているのか、戦車で撃つような事態になったときには、もう戦争は終わっているのではないでしょうか。
藻谷 軍事費については、アメリカから旧来型の使えない武器を買わされて、やったふりだけするということになる気もします。(『日本の進む道』、養老孟司・藻谷 浩介著、毎日新聞出版、2023年、p214〜215)

 これを書こうとしたとき、自然に「令和軍国主義」という言葉が出てきました。ロシアによるウクライナ侵略が始まってからの大幅な軍事費増の動きは、正々堂々としたという点で、つまり、今までのような”控えめ”な、あるいは”後ろめたさ”のある軍事費とは違ったという点で、昭和の軍国主義に似た「令和軍国主義」というべきです。その結果がどうなるかが心配されます。

2023年9月16日土曜日

短歌による社会批評の傑作・2

 俵万智短歌集『未来サイズ』(角川書店、2020年)から、心に響いて来たものを拾ってみました。「あとがき」で、日常の生活の中で「心が揺れたとき、立ちどまって味わいなおす。その時間は、とてもゆたかだ」。だから、「歌を詠むとは、日常を丁寧に生きることなのだと感じる」と書いていました。日常を丁寧に生きられたら素晴らしいな、と思いました。
 俵万智さんの短歌集には、きらりと光る社会批評も含まれているのが嬉しいです。「答弁という名の詭弁」など名言ですし、「議場騒然、聴取不能」という言葉も、文学として歌われると、生き生きとして、その有り様がイメジとして記録(記憶)されます。だから、怒りを感じながら言葉にできなかった人たちの共感を得るのではないでしょうか。
何一つ 答えず答えたふりをする 答弁という名の詭弁見つ
「議場騒然、聴取不能」と記されし 八分間の行方わからず
下校した 子らと一緒に見ておれば 大乱闘となる参議院

健康の ためなら死ねるというように 平和を守るための戦争
不条理とは 何かと問われ子に渡す 石牟礼道子「苦海浄土』を
「ただちには」 ないってことか戦争も 徴兵制と原発事故も
戦闘機 F35飛来すと ニュースは告げる鳥のごとくに

「短所」を見て 長所と思う「長所」見て 長所と思う母というもの

あたりまえの ことしか書いていないなと 憲法読めり十代の夏

2023年9月15日金曜日

一つの世界の建設

 現代社会を憂いた人類学者が、「人類学者はもっと声を上げて世界を一つにする知恵を語り、現代に行き詰まった人間の豊かな生き方を提案すべきだと思う」(「人新世に人類学者がすべきこと 人間と地球の関係、読み解く力を 山極寿一」、朝日新聞、2023年9月14日)と述べていました。なんと、同じ主張「一つの世界の建設」が、1951年に発表されていました。婦人代議士にもなったことがある「平塚らいてう」さんによるものです。格調高く、読むだけで背筋が伸びる思いがします。以下全文引用しておきます。
 インドのネール首相は「一つの世界か、一切無か」といいましたが、今、ほんとうに人類は一つの世界をつくるか、さもなければ減亡するか、そのいずれかを選ぶかの関頭にたっております。
 世界の危機、危機という叫びのなかで、人類は戦争の脅威と恐怖と、同時にそれゆえの戦争準備に今や血まなこになり、またそうすることによって平和を維持するよりほかないと、あがきにあがいていますが、しかし、これこそは戦争への道、滅亡への道であって、真の世界平和への道は、一つの世界の建設――すべての国を世界連邦に統合すること以外には求められないと思います。平和実現の手段、方策は正義であり、暴力に対する暴力ではありません。不正な手段で正しい目的は永久に達しられないのです。
 日本には敗戦のきびしい体験で、ポツダム宣言に無条件的に服従するとともに、全人類普遍の理想であり、また日本本来の伝統的理念でもあった世界平和――「大和」の達成に新日本の使命を再発見し、みずから進んで、世界平和のために、その主権を制限し、いっさいの交戦権を棄て、軍備を撤廃することを決意し、そのことを新憲法で率先して世界に宣言したのでした。この決意、この宣言の裏には、日本だけでなく、全世界の国々が、日本と同じように戦争を放棄することを望む強い念願と、それへの期待、信頼などが潜んでいるのはもちろんで、それはいうまでもないことだと思います。
 フランスとイタリアの二国はすでにその憲法で、平和の保障に必要な主権の制限をする用意があることを明記していますが、各国がみなそういう考えに進み、まず軍事、外交に関することは世界平和機構に委ねるということにすれば、今日この人類最大の悩みである戦争の脅威から、恐怖感から、世界は容易に救われることでありましょう。
 講和の締結によって、日本が軍事的真空状態になることを、今さらのようにおそれ、自衛のための再軍備や、日米軍事協定のやむをえざる必要を説くものは、何千万の軍隊よりも、どんな新兵器よりも、理念に根ざした人間精神のはるかに強力なことを知らないからです。
 しずかに過去の日本の過誤を反省し、新しい試練に堪え、絶対平和主義にたって、新日本の世界的使命である、一つの世界の建設のために、世界恒久平和の実現のためにわたくしたち日本の人民は生きましょう。(「一つの世界の建設」『平塚らいてう著作集・7』、p184〜185)

2023年9月14日木曜日

詩:わたくしたちは憲法を守る

 雑誌『平和と民主々義』を読んでいて、江間章子さんの詩「—— 憲法二十周年・わたくしたちは誓う ——/わたくしたちは憲法を守る」を見つけた。そして、詩人の江間章子さんの存在を知った。このような素晴らしい詩を発表するくらいな方なので、と、興味を抱いたのです。
 早速著作を調べました。そして、『人生はこんなにたのしいのに』、江間章子詩、二見書房、1967年/『埋もれ詩の焔ら』、江間章子詩、講談社、1985年/『水と風』、江間章子詩教育出版センター、1985年/『詩の宴わが人生』、江間章子著、影書房、1995年といった本を読んでみることにしました。
 それにしても素晴らしい詩です。
「世界の平和のため、わたしたちは憲法や守る、憲法を愛する、憲法に従って生きる」んです。だから、平和と民主主義を守る憲法こそ、わたしたちが世界に約束する宣言」なのです。このことを、あらためて教わることができました。

—— 憲法二十周年・わたくしたちは誓う ——
    わたくしたちは憲法を守る
          江間章子

わたしたちは憲法や守る
わたしたちは憲法を愛する
わたしたちは憲法に従って
 生きる

わたしたちが憲法を守ること
それは誇らかな決意だ
わたしたちが憲法を愛すること
それは世界の平和のためだ

わたしたちが憲法に従って
 生きること
それはわたしたちのくらしの道だ

大きく眼をひらこう
しっかりと、その眼をそそごう
わたしたちが掲げる
平和と民主主義を守る憲法こそ
わたしたちが世界に約束する
 宣言だ

わたしたちが憲法を守ること。
それは誇らかな決意だ
わたしたちが憲法を愛すること
それは世界の平和のためだ

わたしたちが憲法に従って
 生きること
それはわたしたちのくらしの道だ

いま、わたしたちは大きな
喜びをもって、声高らかに
誓いあおう!
宣言しよう!

わたしたちは憲法を守る
わたしたちは憲法を愛する
わたしたちは憲法に従って
 生きる(『平和と民主々義』、1967年6月1日、p3)

2023年9月13日水曜日

血肉となっている憲法感覚

 フォーラム平和・人権・環境・原水爆禁止日本国民会議news paperとしての『平和と民主々義』の存在を知り、少し拾い読みしてみました。そして、すでに1960年代に憲法の危機を迎えていたことを知りました。「今回の選挙でつくられた参議院の新分野によると、革新三党をあわせて八十八議席であって、 護憲派は、改憲発議を阻止するに、必要な三分の一を割ってしまった。・・・まさに、この二、三年こそ、憲法にとっての最大の危機である」(水口宏著「憲法の危機 参議院選挙をかえりみて」『平和と民主々義』、1962年8月1日、p1)とあったのです。
 しかし、「憲法にとっての最大の危機」と言われてからすでに六十年経っても、憲法は健全です。なぜでしょうか。その答えも、あくまでも仮説ですが、このnews paperの中に見つけることができました。東京大学学生だった江田五月さんのものですが全文紹介します。
 その中で、「新憲法は、われわれにとっては空気のように、意識しなくてもそれを欠かしては生きていけない存在となっている」。「憲法はわれわれの思想と行動の基本となっている」。だから、「われわれの血肉となっている憲法感覚は、どんなにゴマ化しても、これを鋭く見破り、必ずやこの動きを粉砕するでしょう」と言っていたのです。だからこそ、いくら踏みにじられようとも、憲法がこれまで命脈を保ってこれたのでしょう。
 終戦により長い反動の歴史に一応の終止符が打たれたかに見えた時期、新憲法の反ファッショ戦線の成果としての性格が強い時期に、われわれは摸索の中から着々成果をあげていた民主教育の中で育ちました。新憲法は、われわれにとっては空気のように、意識しなくてもそれを欠かしては生きていけない存在となっているのです。民主主義とか、基本的人権、国民主権、民主的家族制度云々という必要はなく、憲法はわれわれの思想と行動の基本となっているのです。それは反面、われわれの弱さー体制的視点がともすれば欠けがちなことーとも結びついているのですが、しかし真に内発的に憲法改悪に対処するという強さも合わせ持っているといえるでしょう。
 日本資本主義の高成長・強蓄積の過程、また憲法のなしくずしの過程でもあり、実体を失った憲法をも自己の思うように変えようとしています。しかし、われわれの血肉となっている憲法感覚は、どんなにゴマ化しても、これを鋭く見破り、必ずやこの動きを粉砕するでしょう。(東京大学学生 江田五月著「憲法こそわれらの支え」『平和と民主々義』、1962年5月3日、p7)

2023年9月12日火曜日

米軍基地周辺に高濃度の汚染物質

 米軍基地問題と言えば、騒音障害や米軍由来の事故、暴行事件などでした。しかし、それだけではありませんでした。米軍由来の環境汚染もあったのです。しかも、米軍基地周辺で高濃度の汚染物質(PFAS)が検出されているにもかかわらず、日本は立ち入り調査もできないのです。
 米軍基地は「百害あって一利なし」と言っても過言ではありません。基地は本来手段なはずなのに、基地の存続こそが目的になっています。日本に軍事基地は必要なし、の声を大きくしていかなければなりません。しかし、赤旗でさえ、「立ち入り調査し対応を急げ」というだけで、米軍基地撤去という根本的解決策には言及されていません。
 映画監督の山田洋次さんが、「日本は”戦争は絶対しない”と憲法に明記されている国」なのだから、「『戦争をやめよう』と言い続けることが、世界における名誉あるポジションじゃないかな」(『赤旗日曜版』、2023年9月10日)と言っていました。同じように、「日本に米軍基地は必要ない」と言い続けることが必要だと思います。



2023年9月11日月曜日

短歌による社会批評の傑作

 何がきっかけだったのか、俵万智の短歌に興味を持ち、図書館で見つけた『あれから 俵万智3・11短歌集』(今人舎、2012年)を、まずは読んでみました。一部字余りが混じって読みにくい短歌はありましたが、ストレートな表現ですっかりファンになってしまいました。
 二冊目の短歌集は『オレがマリオ』(文藝春秋、2013年)でした。二冊目にも、アッと飛び込んできた短歌がありました。「棺桶の中の息子を撫でやまずすさまじきかな母というもの」(なんと豊かな方言でしょう)と、「オスプレイ空に飛び交い地上ではオスがレイプと漫談つづく」(やんわりと痛烈な社会批評の傑作)です。
 続いて、『あれから 俵万智3・11短歌集』から私が選んだ八句を紹介します。
何色にも なれる未来を願う朝 白いガーベラ君に手渡す

「震度7!」「号外出ます!」新聞社 あらがいがたく活気づくなり

「電信柱 抜けそうなほど揺れていた」震度7とはそういうことか

空腹を 訴える子と手をつなぐ 百円あれどおにぎりあらず

ありふれた 心が後ろめたくなる 花をきれいと思うことさえ

子を連れて 西へ西へと逃げてゆく 愚かな母と言うならば言え

今日だけは いつもの時間にっぽんの 昔話を子に読んでやる

沖縄の ヒーロー琉神マブヤーは 敵を倒さず「許す」と言えり  
 いずれの句も、震災にあったものとして、身につまされるものばかりです。それで、自称俵万智の弟子になったつもりで、先生の句に真似ながら、短歌を作ってみたいと思うようになりました。そうしてできた第一作は、「何色にも なれる未来を願う朝 白いガーベラ君に手渡す」を真似て、「何色にも なれる未来を奪い去る 戦禍を防ぐ第九条」と詠んでみました。

2023年9月10日日曜日

熱中は百薬の長

 笑いと共に、免疫力を活性化させる薬は「熱中」です。だからこそ、「寝食を忘れて打ち込めるものがある人は、本当に強い」(『「まじめ」は寿命を縮める「不良」長寿のすすめ』、奥村康著、p70)のです。逆を言えば、打ち込めるものもなく、気落ちした時には、免疫力を低下させてしまうようです。
 今、ヘーゲルという、ひとつのことを集中的に学ぼうとしています。それに伴い、他の分野のことは、一時的に一歩外に置かれることになります。そうすることで、ヘーゲルに集中できる環境を整えたいのです。(残念ながら、これは挫折してしまいました。そんな時もあったのです)
 と同時に、読書を通して学んだことを、アウトプットする習慣を持つことが必要になってきます。自己表現の場を創造して初めて、真に学んだことになるし、アウトプットする時の方が集中するような気がするからです。
 しかし、ヘーゲルに取り組んでいる時だけ集中できるというのも困ります。何をするにも意識して集中するようにすることも必要でしょう。初めは15分集中できるようになったら、徐々に集中できる時間を増やしていくのです。熱中は百薬の長であることを念頭に、集中力を鍛えていきたいものです。
 そうそう。
 映画の中で、包丁を研ぎながら「こうして包丁を研いでいると頭の中が真っ白になる」と言っていました。熱中も包丁研ぎと同じようなもので、「無になる」ということでもあるようです。

2023年9月9日土曜日

銃乱射事件が示すアメリカ社会の闇

 また、アメリカの小学校で銃乱射事件が起きてしまいました。そして、「校長ら3人と、9歳の児童3人」が犠牲になって殺害されてしまったのです。朝日新聞記事によると、事件のあらましは次の通りでしたが、記事中で乱射事件が「近年は増加傾向」とあってグラフまで示されていました。アメリカにおける深刻な社会現象だと思いました。
 原因は、「憲法修正第2条で示された武器保有の権利」に基づき、銃が出回っているからに他なりません。記事中にあった「プリーは米連邦捜査局(FBI)の元捜査員。銃が出回るほど、犯罪者の手に渡る可能性も高まると考える。」という証言が物語っています。
 本のタイトルに「サルでもわかる」というタイトルがあります。それほど明快だという意味でしょう。「銃がなければ、銃による犯罪など起きようがない」ことも、「サルでもわかる」ほど明快なことです。戦争も同じようなものです。世界の国々が日本国憲法のように戦力を放棄すれば、「戦争など起きようがない」のです。関連項目は、世界壊滅を阻止する力「戦争が必要」という異常憲法9条を世界に輸出しよう!

「『朝日新聞』、2023年8月29日」より)

(「『朝日新聞』、2023年8月29日」より)
 銃が乱射され、校舎の扉のガラスが粉々に散った。近づく人影。枠に残るガラスの破片を蹴って体をくぐらせ、中へと入っていく。3月27日のことだった。
 コベナント小学校は、米南部テネシー州の州都ナッシュビルにある。事件後、地元警察が公開した防犯カメラの映像は、乱射事件を起こした容疑者オードリー・ヘイル(28)の姿をとらえていた。校長ら3人と、9歳の児童3人が殺害された。ヘイルも駆けつけた警察官に射殺された。
 警察発表では、ヘイルは7丁の銃を合法的に購入していた。精神的な問題を抱えていたとする報道もあるが、ヘイルの死で、犯行の動機などの究明は難しくなった。(『朝日新聞』、2023年8月29日)

2023年9月8日金曜日

精魂是一筋

 NHKBSプレミアム2023年9月6日放送「人間国宝の国宝暮らし 木工芸・川北良造」を見ました。<番組概要>で「人間国宝の暮らしは国宝級のトキメキでいっぱい! 石川・山中温泉の大自然と語らい、木を削る木工芸の川北良造さん(89)。みずみずしい好奇心と心豊かな暮らしに密着」と解説されていましたが、毎日「これをどうしよう! あれをどうしよう!と楽しんでいる」という言葉が印象的でした。
 書も楽しんでいるようで、部屋のあちこちに自筆の書が掲げられていました。その中でも、「精魂是一筋」と「声をかける 道ひらく」という言葉が良かったです。人間国宝川北良造さんの生き様を彷彿させると思ったからです。あやかりたい言葉でもあります。
 書そのものも、味わいのある書です。人となりが滲み出ています。あらためて、「書」の素晴らしさを感じました。


2023年9月7日木曜日

太陽の巨大フレアが諭してくれたこと

 年輪の炭素濃度を測定することで、過去に起きた太陽の巨大フレアを調べることができるそうです。そうして明らかになった巨大フレアが起きた年代は、紀元前5410年(縄文時代)、紀元前660年、775年(奈良時代後期)、994年(平安時代中期)です。特に775年(奈良時代後期)の場合、「従来観測されてきた最大の太陽フレアの数十倍~百倍規模」(箱崎真隆准教授)だった可能性が高く、「太陽の巨大フレアは稀な現象ではない」ということです。
 問題は、太陽の巨大フレアがまた起きたら、地球はどのような影響を受けるのかです。箱崎真隆准教授の話では、「通信障害が起きてしまったり、停電、2~3年にわたって地球全体で停電が起きる可能性があり、そうなると、原子力発電所は電源喪失に陥り、通信障害のためどこで起きているかわからないまま、原子力災害が地球全体に及んでしまう可能性もある」ということです。以上は、2023年9月6日放送『ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 国立歴史民俗博物館』で放送されたものですが、恐ろしい話です。
 政府は、戦争に備えて防衛費を増やそうとしています。しかし、巨大地震だけでなく、巨大太陽フレアの可能性は、自然現象ですから防ぎようありません。だからこそ、その対策を怠ってはいけません。しかし、戦争は自然現象ではありませんから、防ぐことができます。それなのに政府は、防衛費を増やすなど、戦争の危険性が増す方向に力を入れています。この事実に国民が気づかなくてはいけません。戦争などしているときではない、地球的な災害の危機に備え、力を合わせていく必要があるのです。太陽の巨大フレアの歴史が、諭してくれていることです。
 国立極地研究所(所長:白石和行)/総合研究大学院大学(学長:長谷川眞理子)の片岡龍峰准教授、国文学研究資料館(館長:ロバート キャンベル)の岩橋清美特任准教授は、江戸時代の古典籍に残る記録から、明和7年7月28日(1770年9月17日)に史上最大の磁気嵐が発生していたことを明らかにしました。
 研究グループは今回、京都・東羽倉家の日記に1770年のオーロラの記録を発見し、その日記の記述をもとに京都からオーロラがどう見えるかを計算しました。その結果、『星解』という別の古典籍に描かれたオーロラの絵図(写真1)の形状が再現されました。またこれにより、1770年の磁気嵐は、これまで観測史上最大と言われていた1859年の巨大磁気嵐と同等か、それ以上の規模であったと推定されます。

写真1:『星解』に描かれた17709月のオーロラ。松阪市郷土資料室所蔵。三重県松阪市提供。


2023年9月6日水曜日

「頑張らなくていい」という選択肢

 今このときも、ウクライナでの戦争状態が続いています。NATO諸国の支援が続いているからです。戦後は、「戦争に正義の戦争などない、戦争は絶対悪である」という主張が優勢になっていました。しかし、ロシアのウクライナ侵略の前に似て、「侵略に対抗する正義の戦争」というものが、再び幅を効かせるようになってしまいました。ウクライナに軍事的な支援をすることが正義の行いになってしまったのです。その結果、各国が軒並み軍事予算を増額してしまいました。
 このような情勢を前にしても、白旗を上げる選択肢があっても良かったのではないか、これから白旗あげて終戦に向けて妥協する選択肢があってもいいじゃないか、と、私は考えています。命に変わる大義などないと思うからです。
 軟弱者、と言われるかもしれません。そう思っていたら、混迷を深めている現状を打開する詩を見つけました。著書『スロー・イズ・ビューティフル 遅さとしての文化』に「ぼくたちはなぜ頑張らなくてはいけないのか?」という項目があって、そこの巻頭詩として紹介されていたのです。
青くなってしりごみなさい。
逃げなさい、隠れなさい。
死んで神様と言われるよりも
生きてバカだと言われましょうよね。
きれいごと、並べられた時も
この命を捨てないようにね。(加川良「教訓!」より)(『スロー・イズ・ビューティフル 遅さとしての文化』、辻信一著、平凡社、2001年、p240〜157)
 どうでしょうか。
「死んで神様と言われるよりも/生きてバカだと言われましょうよね」
「きれいごと、並べられた時も/この命を捨てないようにね」
 本当にその通りです。国の一部が取られようとも、国力をつけていけば、平和的に後で取り返すことはできます。しかし、一度失った命は決して戻らないからです。

2023年9月5日火曜日

ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮

  よく書評を読んで、著書だけでなく評者の人となりにも興味が湧くことがあります。『ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮』(須藤訓任著、講談社、1999年)の書評も、その中にニーチェ思想のエッセンスが簡潔に述べられていて、 評者に興味を抱かせてくれました。
 そういう時は著者で図書館の本を検索します。そして見つけた本が、『暴力論 上』(ソレル著、今村仁司訳、岩波文庫、2007年)と『排除の構造 力の一般経済序』(今村仁司著、青土社、1989年)です。
 肝腎の書評は、次の通りです。
 この著書は「ニーチェを素材に人間精神の不思議を解明」したもので、

 本書はニーチェ論であるが、ニーチェを素材にして人間精神の一種の不思議を解明してくれる。
 ニーチェにとって、いかに「はじまり」が大切であったかは、本書第一章「ニーチェのはじまり」が見事に教えてくれる。「はじまり」は、いくつかの相をもっている。まずは伝統的なはじまりであり、次に思想的なはじまりがあり、さらに思想と学問の範囲内で、いくつかのはじまりがある。
 この二〇〇年の思想家たちのなかで、ニーチェほど自覚的にこの種々ののはじまりを経験し、生き抜いた人はいない。学生から文献学教授への転身、処女作『悲劇の誕生』をもって文献学から哲学への転身、さらに『ツァラトゥストラ』をもって独自の思想的境地に立ちながら、さらにそれからの転身をさえはかろうとする。最後の狂気ゆえの沈黙もまた、一つの新しいはじまりとすら言えるほどである。
 ニーチェの思想を標語風にいえば、永劫回帰と力への意志につきるだろう。二つの関係は、著者の示唆によれば、「人は自分があるところものに成る」という古代のピンダロス以来の命題で説明できる。「ある」ははじまりであり、人はたえず「ある」としてのはじまりに永劫に回帰する。「成る」は意欲であり、意欲は要するに力への意志である。何度もはじまりを切断しつつ、やはり力の意志によってそこへと回帰しながら人は成熟していく。
 著者によれば、ニーチェの二つの思想は、すでに少年期の作文のなかに顔を出しているという。そうだとすればニーチェは幼態成熟していたのだ。聖人としての成熟は幼態成熟の際限のない繰り返しであろうし、ニーチェはそれを相当に自覚していたふしがあり、それは実に異例というほかはない。
 しかし意欲と回帰にもロバと賢者の差異があるはずだ。そこでニーチェは「耳」の差異をもちだす。長い耳は鈍感であり、小さい耳はどんなささいな差異にも敏感であり、そこから普通には見えない宇宙と人間の真実をつかみとる。繊細な差異感覚なしには、あのキリスト教批判とプラトニズム批判はありえなかったろうし、自己の思想をもパロディにすることでより一層人間精神の真相に迫ることもなかったであろう。
 ニーチェにおける「耳の論理学」は決定的に重要であることを本書は繰り返し教える。その論証は丁寧であり、見事である。その他の論点に関しても、おそらくは著者の意図をこえて実に多くの思索の種が提供されている。新しいニーチェ研究の出現を喜びたい。今村仁司著「ニーチェを素材にして人間精神の一種の不思議を解明」『エコノミスト』、2000年2月1日、p98〜99)
 強調は私によるものです。私には、この部分が、「ニーチェ思想のエッセンス」に思えたのです。「力の意志によってそこへと回帰しながら人は成熟していく」ここでの”そこ”とは、なんでしょうか。興味のある疑問です。” 聖人”でしょうか。だとしたら、ニーチェにとって” 聖人”とは? ニーチェについての新しい興味です(ワクワク!)

2023年9月4日月曜日

原発の全て眠れし***

 映画『ゴジラ』は、原子力の恐ろしさ、原子力は人間社会に馴染まないことを訴えたもの、と考えられています。だから、原子力発電所もゴジラに例え、「今は単に眠っているだけ」、いつ目を覚まして暴れ出すかわからないと思ってきました。このことを朝日新聞に掲載された「原発の全て眠れし原爆忌 出島千穂」を知って思い出しました。
 選者横澤放川さんの言葉は「平和利用にせよ、 戦略兵器にせよ、人間は原子力というものを統制できる力は持ち合わせていないようだ。 大半が眠りの不気味さ」でした。
 私は、ゴジラが眠っているのは福島だけだと思っていました。原発事故の終息に見通しが立っていないからです。しかし、見方を変えれば、日本中に棲息しているゴジラの「大半が眠り」についている、と考えることもできます。
「原発の全て眠れし原爆忌」この歌は重い言葉です。何が引き金になって目を覚ますか、誰もわからないからです。にもかかわらず、「ゴジラは目を覚さない」という希望的確信にすがりついているのです。われわれ人間こそが目を覚まし、原子力の真実に目を向けるべきなのです。

2023年9月3日日曜日

高齢化社会、”恐るるに足らず”

 科学者がそれなりの業績を上げられる年齢は若い時期に限られる、という常識のようなものがあります。なんといっても、体力のある時期であろう、という常識です。だからこそ、「『キャリアのピークは40歳』を信じるな」といったタイトルが通用するのです。
 しかし、「研究チームが『絶好調の時期』と呼ぶこの時期は大半の人に見られるが、それがいつ訪れるかは人によって違う。駆け出しの時代に輝かしい実績を上げる科学者もいれば、遅咲きの科学者もいると」というのです。ということは、「偉大な業績を成し遂げるのに遅すぎることはないと教えてくれ」、「いくつになっても『創造し続ける限り、これから最高の仕事ができる可能性はある』」ことを示しています。
 高齢化社会と言われて久しいだけでなく、ますます高齢化が進む可能性もあります。しかし、「いくつになっても『創造し続ける限り、これから最高の仕事ができる可能性はある』」のであれば、高齢化社会といえども、”恐るるに足らず”です。

(「『Newsweek』、2018/11/06」より)

2023年9月2日土曜日

「言葉を奪うこと」の罪

 山彦(やまびこ:山の霊、あるいは山の神の声と考えられてきた)のことを、今まで何の疑問も持たずにエコーとも呼んできました。しかし、エコーとは、ギリシャ神話に出てくる木霊(こだま)のことを初めて知りました。しかも、画家アレクサンドル・カバネルによって作品『エコー』にもなっていました。このことを教えてくれた中野京子さんの解説は次の通りです。

 浮気となると、今度はゼウスの正妻にして結婚を司る女神ヘラが登場するのも定番だ。ある時へラは、夫がまたニンフたちと戯れていると聞き知り、現場を取り押さえようと地上に降りてきた。
 ゼウスの相手をさせられた女神やニンフや人間の女性たちが、へラの嫉妬を買ってどれほどひどい目にあわされてきたかは誰もが知っている。心優しいエコーは仲間のニンフたちを逃がそうと、長いおしゃべりで時間稼ぎをしてヘラを足止めした。
 だがしばらくしてヘラはエコーの策略に気づき、激怒する。そして二度とおしゃべりができないようエコーから言葉を奪い、相手の言葉の最後の部分だけを繰り返させる、という罰を与えた。
 ギリシャ神話が何世紀にもわたり、世界中で繰り返し語り継がれる理由がよくわかる下りだ。女神が気に入らぬ相手から理不感に言葉を奪うこのやり方は、まさに今現在、世界中の独裁国家で、いや、民主主義を標榜する国においてさえ起こっている、権力や経済を握った一握りの者たちによる報道規制、偏向報道、個人ネット配信の規制強化と突然のバン(利用停止)そのものではないか。(中野京子著「愛の絵」『PHP』、2022年10月、p64)

 中野京子さんの解説によって、ギリシャ神話には現代社会にも通用する真理が語られていることを知りました。神話ということで敬遠していましたが、ギリシャ神話を見直しました。
 それにしても、「言葉を奪うこと」の罪深さと、報道規制や偏向報道も「言葉を奪うこと」になるという中野京子さんの指摘に、これこそ、民主主義の度合いを図るバロメーターではないか、と思いました。そして、兵器を防衛装備品といった言葉でカモフラージュすることも、「言葉を奪うこと」になると思いました。真実の言葉を隠してしまうからです。

2023年9月1日金曜日

人生100年の羅針盤

 日本経済新聞(2023年8月31日)の「人生100年の羅針盤」という特集ページに、平戸藩主松浦静山のことを取り上げた「晩節考」というのがありました。晩節とは、辞書に「晩年における節操(自分の信念をかたく守って変えないこと)」とあり、「晩節を全うする」という用例もありました。だとすると、まさに静山は、82歳で息を引き取るまでの20年間かけて、『甲子夜話・278巻』の著作を全うしたことになります。それは次の通りです。
 そんなエピソード満載の日誌風随筆を静山が書き始めたのは文政4年(1821年)、数えで62歳のときだ。氏家幹人著「殿様と鼠小僧」(中公新書)によれば、友人の大学頭(当時の文部科学大臣)、林述斎が「過去・現在を問わず後世に伝えたい事柄を記録したらどうか」と勧めた。隠居後も柳の間の後輩が出世した情報を耳にしては、悶々とする静山の姿を見るに見かねてのアドバイスだった。
 静山は「後世に伝える」という言葉にピンときたのだろう。早速、その日から筆を起こした。11月17日の甲子の日から書き始めた「どうでもいい話」ということで、題名を「甲子夜話」とした。
 82歳で息を引き取るまでの20年間、書きも書いたり、記録は正篇100巻、続篇100巻、三篇78巻の278巻。テーマは事件や事故、風俗、行事、動植物の生態から河童伝説に至る森羅万象に及び、興味の守備範囲は驚異的だ。(『日本経済新聞』、2023年8月31日、強調は引用者)
 人生100年の時代にふさわしい「人生100年の羅針盤」でした。こういう人生もあると、励みにもなり、高齢者の可能性に希望も湧いてきます。