2023年9月22日金曜日

隣国を敵視することの愚

 旧約聖書の箴言25章からの書き抜きメモが出てきた。「23・北風は雨を起こし、陰言をいう舌は人の顔を怒らす/28・自分の心を制しない人は、城壁のない破れた城のようだ」の二つです。陰言を聞くといつも心が曇る理由がわかったし、28は、身に覚えがあるので身に沁みる言葉です。
 これを機会に箴言25章を読み直してみました。前には気づかなかった心に響く言葉を見つけました。「20・心の痛める人の前で歌をうたうのは、寒い日に着物を脱ぐようであり、また傷の上に酢をそそぐようだ」は、心の痛める人 の心に寄り添うことの大切さを教えてくれています。
 また、「18・隣り人に敵して偽りのあかしを立てる人は、こん棒、つるぎ、または鋭い矢のようだ」と「21・もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ/22・こうするのは、火を彼のこうべに積むのである、主はあなたに報いられる」は、隣国を敵視することの愚を戒めています。少なくとも私にはそう聞こえてきます。
 そういえば、聖書には「隣人を愛せよ」と言った言葉もあったことを思い出しました。正確には「隣人を自分のように愛しなさい」という次のような戒めでした。

 イエスはお答えになりました。「『心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 これが第一で、最も重要な戒めです。 第二も同じように重要で、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』という戒めです。(マタイの福音書 22:37-39 )

 このような戒めがあるにも関わらず、キリスト教を信じている人たちが、どうして殺戮を繰り返してきたのでしょうか。理解に苦しみます。いずれにせよ、敵視政策をやめて、「もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ」の精神で国家間の外交を進めてほしいものです。

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