2021年3月31日水曜日

〈コモン〉から始まる新たな民主主義

 政界は、混迷の一途をたどっている感が強い。「でたらめな国会で、政治とカネの審議で野党の質問にまともに答えない官僚や閣僚になめられっぱなしの野党」(2021年3月31日、日刊スポーツコラム「政界地獄耳」)と言われるほど、野党に存在感がないからだ。そうした野党にとっての救いは、野党共闘であろう。その実績があるにもかかわらず、野党共闘の進展が目に見えてみられないから、「官僚や閣僚になめられっぱなしの野党」になってしまうのだ。
 そうした野党共闘は、対等互恵の関係であるべきである。そこで気になるのが、自ら前衛党と名乗る日本共産党の存在だ。言っていることが素晴らしくても、どうしても上から目線になってしまう。そう受け取られても仕方がない。それでは、真の共闘は難しいだろう。
 そんな私の考えを代弁している発言を見つけた。「民衆を上から指導する前衛党などで構成される、古い共産主義的体制」という次のマイケル・ハート氏の「〈コモン〉から始まる、新たな民主主義」からの一節である。日本共産党には、この所を一考していただき、野党共闘にさらなる奮闘をお願いしたいものである。
斎藤 民主的な方法で〈コモン〉を管理するという経験が、民主的な政治と制度のための基礎になるわけですが、〈コモン〉(common)の自主管理を基盤とした民主的な社会というのは、実のところ〈コミュニズム〉(communism)に他ならないわけです。
MH まさしくそうです。新しい時代のコミュニズムを考えるならば、まず〈コモン〉から出発しなければなりません。コミュニズムを、国家による社会統制、国家による経済統制、民衆を上から指導する前衛党などで構成される、古い共産主義的体制として考えるのではなく。かつてのソ連のような体制は、現代におけるコミュニズムの新たな可能性を見誤らせるだけです。私たちは〈コモン〉から出発するべきなのです。(『未来への大分岐:資本主義の終わりか、人間の終焉か?』、マルクス・ガブリエル他著、斎藤幸平編、集英社、2019年、p66)

2021年3月30日火曜日

国民総武装閣議決定→竹槍訓練開始

 昨日と同じ『一つ星:一銭五厘の男たちの話』(北条喜八著、文芸社、2003年)に、「B二九の高度八千迎えうつ/砲の到達半分もなし」という呆れるような歌があった。解説を読んで、また呆れてしまった。改造したものとはいえ、明治製の大砲まで使っていたからだ。
 松ケ崎の対空陣地の巡察に行った。高射砲がないので改造三八式野砲(明治三十八年製)という約四十年前の大砲でB29を撃墜しようという見せかけ配備である。国民は精強日本車を信じてひたすら神風の到来を待っていたのである。p554
 やがて、その大までなくなったのだろうか。次のように続く。
砲無くて何の幹部ぞ『ばばカード』
引かるる日まで穴掘りて待つ
 大砲の無い野砲隊に砲兵の将校はいらない。じやまになるだけだ。『ばばカード』となった身はいずれ他に放り出される運命にある。藷作りの隊長か、退避壕造りの指揮官かを選ばされる。私は後者を希望した。藷作りよりも土工作業がまだしも軍人らしいと思ったからである。昭和十九年も残り少ない。
  国民総武装閣議決定
  竹槍訓練開始
  レイテ沖海戦
  神風特攻隊
  東京初空襲
と続く。
大砲の充足さるる見込みなし
夢の終止符 ト・ト・ト・ツー・ト
 ある日部隊長に呼ばれた。
「当分大砲は充足されない・若い君達は新しい部隊へ行って頑張ってもらいたい・北條見習士官は師団通信隊へ行け……」
 いつの日か大砲が配備されるものと信じて砲兵将校の夢を持ちつづけていたが、今日で総ては終った。p554~556

 このような記録を読むと、「勝とう」と言った目的のようなものは何も感じられない。そこにあったものは、何なのか、わからなくなってきた。 

2021年3月29日月曜日

殺さずば殺さるるもの戦争とは

 「天皇から一番遠くに住んだ人びと」で『一銭五厘たちの横丁』を紹介したが、同類の本『一つ星:一銭五厘の男たちの話』(北条喜八著、文芸社、2003年)を読んだ。そして、沖縄戦で日本軍によって住民が殺されたように、多くの日本兵が上官の命令によって無駄な死に方をしていたことを知った。「幾万の草むす屍は/一将の星数増やす/こやしにてあり」(p548)という具合だ。次の「出世欲に取りつかれた軍司令官達の狂気」は、なんとも情けない話だが、これが戦争の実態なのであろう。

 戦争を始めたのは陸軍だという。この当時の陸軍は、五・一五事件、二・二六事件と相つぐ軍部クーデターのうねりの中に将軍達が自己の勢力拡張をねらって、文字通りの百鬼夜行図が繰り広げられていた。しかし、マスコミの力は弱くこんな内情はほとんど国民には知らされていなかったのである。
 野砲兵第五十三連隊の悲しい終焉も、出世欲に取りつかれた軍司令官達の狂気の結末に外ならない。
 補給を無視したインパール作戦がそれである。成吉思汗の戦法を真似て雨期のアラカン山系に挑み、戦局は全く絶望の局面をむかえているにもかかわらず、面子にこだわって成算のない攻撃を繰り返した。大本営、南方総軍、ビルマ方面軍、第十五軍、いずれも金色燦然たる襟章の将軍達の立身出世欲が数万の兵士の生命を奪った。しかも、この将軍達は、インパール作戦の失敗をよそに、それぞれ栄転した。戦後においても彼等が責任を取って自決したという話を聞かない。p545~546

 こんな悲しい歌もあった。このような歌を読むと、改めて「死に物狂いで戦争を止めなくちゃ」と思う。

再びは帰ることなき営門を/軍靴のひびき遠ざかりゆく

殺さずば殺さるるもの戦争(いくさ)とは/言葉なきもの悲しきものぞ

防人の群れは声なく闇に消ゆ/軍靴の響…… ざっ ざっ ざっ ざっ……(p542)

2021年3月28日日曜日

日本の隅々まで憲法の光を届けよう

 辺野古への新米軍基地建設が問題になっている。県民の民意も問題視されずに進められているからだ。この新軍事基地は、世界一危険な普天間米軍基地の危険除去のため、普天間米軍基地の代替えとして建設させると説明されてきた。しかし、それは大義名分であり、実態は、老朽化した軍事基地の建て替えによるバージョンアップである。このような実態からかけ離れた大義名分がまかり通っていることを批判した論文を読み、よく言ってくれたと胸のすく思いだった。

 その後、沖縄で何が起こったか。市街地にある危険な米軍基地を閉鎖・返還するという大義名分を掲げた新基地建設が進んでいった。それは予算がなくて作れなかった米軍基地や、老朽化した米軍基地を日本の税金で新しく作り替えて、機能強化までしてさしあげるというプランだった。福田、麻生、鳩山、菅、野田、安倍、管と、総理大臣が変わろうが政権が変わろうが、ウチナーンチュに恩を着せるように、内容空疎な「沖縄の負担軽減」と「沖縄に寄り添う」のフレーズが繰り返されるだけで、沖縄の人々の民意は踏みにじられ、沖縄の負担はさらに増している。
 北部訓練場の一部を表す「代わり」と言って東村高江の集落に隣接して六つものヘリパッドが作られた。普天間飛行場を返す「代わり」と言って名護市辺野古の埋立工事がスタートした。毎日何十台、何百台というトラックが辺野古のゲートに入り、海を殺していく。トラックの土砂には米軍と戦って死んでいった日本兵や、戦に巻き込まれた住民の遺骨も混じっている。返還合意から四六年も過ぎている那覇軍港も返す「代わり」といって浦添に移設されようとしている。(親川志奈子・沖縄大学非常勤講師著「島々の再軍事化と歴史の改竄」『世界』、2021年3月号、p226〜227)
 「沖縄の人々の民意は踏みにじられ」ということは、沖縄の人々の人権が踏みにじられ、ということでもある。このような実態が今後も許していいはずはない。「親子何代にもわたり繰り返してきたこの苦難の連続。新しく米軍基地ができるということは、今後また一〇〇年二〇〇年とこの苦しみが続いていくことを意味する」(p227)という言葉の重みを噛みしめている。そして、日本の隅々まで、憲法の光で届けていく必要を痛感する。

2021年3月27日土曜日

廃炉10年 現在地と未来への挑戦

 サイエンスZERO(3.11から10年「廃炉10年 現在地と未来への挑戦」)を見た。使用済み核燃料の取り出しと、溶け落ちたデブリを取り出す作業、汚染水対策と大きな柱が三つあって、それぞれの作業が進められている。
 「デブリの空冷化で汚染水を止めて!」を書いたばかりだが、デブリ取り出しに向けて、ロボットの開発など、しっかりと組み込まれた作業が進んでいて、方向転換の難しさを痛感した。どうすればいいのだろう???






2021年3月26日金曜日

死に物狂いで戦争を止めなくちゃ

 NHKの朝の連続ドラマ再放送『澪つくし』(ジェームス三木作、沢口靖子主演、2021年3月26日放送、161回)で、戦争で夫を亡くした「かをる」が仏壇の前で、残された息子に語りかける言葉がよかった。まるで、今を生きる我々に語りかけているようだった。

工場を焼かれ 家を焼かれ……

おじいちゃんも おばあちゃんも、
お父さんも、律子伯母さんも
犠牲になって……

今は、誰もが苦しんでいるのよ。

もう 戦争は こりごり。

いつかまた こんなことを
起こすようなら、
日本人は 大バカだわ。

そうでしょう?

その時は あなたたちが、
死に物狂いで
戦争を止めてちょうだい。

それが お父さんへの
何よりの供養だと思います。
 本当にその通りだ。死に物狂いで戦争を止めなくちゃ。つくづくとそう思った。

2021年3月25日木曜日

デブリの空冷化で汚染水を止めて!

 今日、聖火リレーが出発した。復興五輪と言われ、福島が出発地点に選ばれたが、残念ながら復興の見通しは立っていない。汚染水の処理をどうするかさえ決まっていないからだ。しかし、本当は、解決案は示されていた。私が知らなかっただけだった。実は、雑誌『世界』(2021年2月号)に掲載された「廃炉への現実的道筋を提起する・上・汚染水の海洋放出は必要ない」という筒井哲郎さんの論文に、デブリを空冷に切り替えれば、問題は解決する、と次のように提起されていたのだ。

 デブリの発する発熱量が、二〇一一年秋頃の一〇分の一程度に減衰しており、水冷方式から空冷方式に変更しても十分に冷却できるレベルに減少している。空冷方式に切り替えれば、デブリ冷却のために地下水を使用する必要はなくなる。そうすれば、地下水がデブリと接触して発生する高濃度の汚染水の増加を止めることができる。
 そのような冷却システムの変更によって、建屋内への地下水流入を止め、新たな高濃度汚染水の発生を防げば、汚染水貯蔵量の増加を止めることができる。本稿では、今まで蓄積した汚染水の安全な貯蔵方法と、デブリの空冷化による長期保管方法を提言する。(『世界』2021年2月号、p247〜248)
 こうした現実的な提起がなされているのだから、是非とも、議論を重ね、汚染水対策と廃炉に向けて、見通しをつけてもらいたいものである。

2021年3月24日水曜日

日本の未来に向けた一筋の光

 以前、「マルクスが目指した魅力的な労働観」で『人新世の「資本論」』を取り上げたが、この本は日本の「未来に向けた一筋の光を探り当てるために、資本について徹底的に分析した」(p364〜365)ところが一番の魅力である。その魅力的な部分が「歴史を終わらせないために」という最終章にあった。

 これまで私たちが無関心だったせいで、一%の富裕層・エリート層が好き勝手にルールを変えて、自分たちの価値観に合わせて、社会の仕組みや利害を作りあげてしまった。けれども、そろそろ、はっきりとしたNOを突きつけるときだ。冷笑主義を捨て、九九%の力を見せつけてやろう。そのためには、まず三・五%が、今この瞬間から動き出すのが鍵である。その動きが、大きなうねりとなれば、資本の力は制限され、民主主義は別新され、脱炭素社会も実現されるに違いない。(p364)

 結局歴史を終わらせないためには、九九%の我々が一%の富裕層・エリート層にNOの力を行使することによって「資本の力を制限し、民主主義は刷新していく」以外に道は無い、ということである。この著書では言及していないが、この道は、民主主義の徹底を目指している日本国憲法の指し示す方向でもある。その具体化の道を『人新世の「資本論」』は指し示してくれていると言えよう。

2021年3月23日火曜日

天皇から一番遠くに住んだ人びと

 本の帯の情報は大したものだ。「天皇から一番遠くに住んだ人びとのもうひとつの昭和史」の一言で、この書を手に取り、購入を決めた。「一銭五厘のハガキに召されし『氏名不詳』の兵士とその留守家族たちの戦中・戦後の記録」とあるが、書名に「一銭五厘たち」とあるように、「一銭五厘」とは、兵士たちの代名詞であり、兵士たちの命の軽さを物語る代名詞でもある。
「一銭五厘」が入った著書を調べてみた。当然、国会図書館に最も多く蔵書されていた。
 



一銭五厘の大和魂
湯山清 [著]--[湯山清]--2015
一銭五厘の青春 : 中支那戦線に従軍した下士官の手記
辻野龍一 著--市田印刷出版--2011--
一銭五厘の官費旅行
村本文男 著--村本文男 / 静岡新聞社--2003
一つ星 : 一銭五厘の男たちの話
北條喜八 著--文芸社--2003-
菊と一銭五厘
山本巖 著--書肆侃侃房--2002
一銭五厘の死
小野才八郎 著--津軽書房--2000
一銭五厘従軍記
石黒堅 著--石黒堅 / 北日本新聞開発センター--1996
一銭五厘兵隊の夜話
元起拓 著--[元起拓]--1994
我が輩は一銭五厘の兵隊さん
佐々木賢二 著--創栄出版--1994
一銭五厘の想い出 : 陸軍重爆撃隊
小浜宮重 著--[小浜宮重]--1991
一銭五厘の旗
花森安治 [著]--暮しの手帖社--1971


2021年3月22日月曜日

人類共通の永遠の悲劇

  古都ゲルニカの惨状を描いたピカソの「ゲルニカ」は、このブログでも何度か取り上げたが、「ゲルニカ」について「モノクロームで人類共通の永遠の悲劇を記すのである」というメモが出てきた。続いて制作過程について「全画面に流れる恐怖と戦慄を表情でどう伝達するか、ピカソは習作と推敲を重ねて完璧なイメージを模索している」とメモしてあった。高速を飛ばし、実物大の「ゲルニカ」観たいとピカソ展に行った時のものだ。ゲルニカの大作と、多くの秀作を思い出したが、世界の指導者たちには、原爆の悲劇と同じく「二度と繰り返しません」と誓って欲しいものだ。
 しかし、未だに空爆が止まない。それどころか、無人機による爆撃までやられるようになってしまった。ピカソが生きていたら、こうした現状をどう考えるだろうか。


習作


2021年3月21日日曜日

日本兵に孫が殺された沖縄戦の悲劇

  沖縄戦の悲惨な話は、悲惨だったというだけで、どのようなものだったかは、具体的に知らなかった。『沖繩の島守 内務官僚かく戦えり』(田村洋三著、中央公論新社、2003年)を読んで、ようやく、どれだけ悲惨だったかの一端を知ることができた。目の前で、日本兵に孫が殺された証言記録「オバアは目の前で孫が殺されても、恐ろしくて声を出して泣くことも出来ない」を読んで、オバアの心情が痛々しく伝わってきたからである。どうしても、殺された子と、自分の可愛い孫たちとがダブってしまうからだ。
 戦後70年経っても、なぜ沖縄の人たちは、日本(兵、日本の制服組官僚が日本兵とダブってしまう)に苦しめられなければならないのだろう。それは、まだまだ憲法の力が弱いからに違いない。だからこそ、もっともっと憲法の力を強めなくてはいけない。守るのでは弱すぎる。国民みんなが憲法の素晴らしさに気づかなければならない。つくづくと、そう思う。

 再び山里和枝が苦渋に顔をゆがめながら、話す。
「友軍の兵隊が避難民のところへ、食糧あさりに来るのです。住民は皆、虎の子の食糧を小さな包みにして持っていましたが、銃剣で脅して、それを取り上げて行くのです。おまけに住民はイモやサトウキビすら取りに出られなくなり、飢えに苦しみました」
「糸満のオバア(お婆さんの庶民的な呼び方)が上は七歳、下は四歳ぐらいの二人の男の孫を連れて川下にいました。孫は「ハーメー、サーターカムン(お婆ちゃん、黒砂糖が欲しい)」と言って泣いていました。オバアは手ぬぐいにくるんでいた命の綱の黒砂糖を少しずつ孫に与えていたのですが、食べてしまうと「ナーヒンカムン(もっと欲しい)」と泣くのです。すると、兵隊がやって来て「泣かすなッ。この壕に人が居るのが敵に知られてしまうじゃないか。今度、泣かしたら撃つぞッ」と脅しました。気配を察した子供は、その時だけは黙るのですが、また泣く。兵隊が再びやって来て「いくら言っても分からんのか。なぜ泣かすのだッ」と言い、理由がわかるとオバアの黒砂糖を取り上げました。その時、下の子が「これは僕らのだ」と言って兵隊に飛びかかったのです。兵隊はこの子を銃で撃ち殺しました。オバアは目の前で孫が殺されても、恐ろしくて声を出して泣くことも出来ない。回りの人たちも皆、シーンと静まり返っていました」
「それからは赤ちゃんが泣いても、周囲の人たちが「子供を泣かすなッ」と母親をしかるのです。泣かすなと言われても、赤子は泣きます。よく泣いていた赤ちゃんが急に静かになったな、と不思議に思っていたら、「たまりかねた母親が口におしめを押し込んだ」というヒソヒソ話が伝わって来ました。この時から私たちは敵は米軍でなく、友軍だと思うようになりました。県民はありったけの協力をした揚げ句、土壇場で裏切られたのです。私が豊見城の海軍外科爆からこの壕へ向かっていた時、逆に南から北上して来る避難民に会いました。「なぜ敵の居る方へ行くの?」と聞くと「友軍に銃を突きつけられ、わずかな持ち物を取り上げられ、壕を追い出された。ウッター(あいつら)に殺されるより、自分の屋敷で艦砲にでも当たった方がまし」と吐き捨てた言葉が忘れられません」(p380〜381)

 


2021年3月20日土曜日

朝を充実させる

 前に書いた文章を見ていたら、早起きしてサイクリングしていた時期もあったことがわかった。その後、一年位軽いジョギングをしたこともあった。しかし、最近は、時々ラジオ体操をするくらいで、朝特に何かをするということはない。
 昨日、「新鮮な一日をつかむんだ」と書いたばかりだが、そのためにも、”朝を充実させる”ことを考えなくちゃ! 
 幸いにも、徐々に暖かくなってきている。新鮮な朝の空気を吸い、日光を浴びたら、それだけでも新鮮な一日になりそうな気がする。

朝を充実させる
 朝早く起きてサイクリングをするようになりま した。空気はおいしいし、風もさわやかで、とても気持ちがいいのでうれしいです。同じコースを、夕方にサイクリングしたこともありますが、朝のような気持ちのよさは ありませんでした。
 朝は、 夕方と違って騒音は少ないし、空気もきれいです。その上じっくりと睡眠をとった後の脳は、すっかりリフレッシュされています。そんな脳に、朝の素敵な刺激 が入ってくるのですから、気持ちがいいのがよく分かります。
 今は、 リフレッシュされた脳に自然環境からの刺激を与えています。しかし、そんな脳に、素敵な言語刺激を与えることもできます。内村鑑三氏も、「一日の成敗は朝の心の持ち方によって定まる」(『一日一生』、教文館、1926年の序文)と言って、「朝起きてまず第一に神の言葉を読んで神に祈る」ことを提唱しています。また、税所式行動療法のように、朝起きたら、「誓ひ」を行う方法もあります。目標を書き出して、それを毎朝祈り続けるというものです。
 どちらにしても、 リフレッシュされた脳には、それにふさわしい言葉を与えることが大切です。どのような言葉を選ぶかは、人それぞれです。朝を充実させるためにも、最も自分にふさわしい言葉を見つけだし、その言葉を朝のリフレッシュされた脳に与えてあげたいものです。2005年09月15日木曜日 

2021年3月19日金曜日

新鮮な一日をつかむんだ

 店で買った野菜が多かった時など、店に用意してあるダンボール箱を利用して持ち帰る時がある。よく見たら、箱に入っていた新聞紙が高知新聞だったので、興味を持って読んでみた。そうして見つけたのが、素敵な「きょうの言葉」だった。
 長田弘さんの言葉「新鮮な一日をつかむんだ」だけでなく、選者・矢口誠さんの言葉「ちょっと視点をずらしただけで、それまで気付かなかった風景が見えてくる」も、いろんな気付きをさせてもらったという意味で、素晴らしかった。
 一番の気付きは、「詩というによって、視点をずらす」ということが長谷川宏訳、ヘーゲルの『哲学史講義』に書かれていた「潜在するものは、目に見える対象となって意識にやってこなければならない」「認識、学習、学問、行動の一切が目指すところは、他でもない、内的で潜在的なものを外に引き出し、対象化することなのです」と結びついたことである。つまり、長田弘さんも、詩作によって「内的で潜在的なものを外に引き出し、対象化」していたのではないか、と思えたのだ。何気なく過ぎ去っていく日常は、意識の上に登ることなく、ただ、何となく過ぎ去ってしまうだけだ、と。


 

2021年3月18日木曜日

共生という思想

 だいぶ前に、毎日、ちょっとしたことを書いていた時期があった。今読み返してみると、当時の歴史も反映されていて、書き直すわけにはいかないことが分かり、日付を入れてそのまま、紹介することにした。 

 宮崎県の口蹄疫問題が一段落したと思ったら、最近は、院内感染の拡大がニュースになっている。「多剤耐性菌の広がり」が、今日の新聞のトップ記事になったほどである。学会の調査では、病院の6割で患者さんから緑膿菌を検出した経験があるという。そうした現状に対して、その予防としての「手洗い」の重要性が叫ばれている。今日の「天声人語」でも「要は予防だが、医療従事者は手洗いが大切だそうだ。これは暮らしの中でも、もっと広まらないだろうか。素朴ながら効果は大きい」と書いている。
 しかし、手洗いによる予防だけでは、多剤耐性菌に対する根本的な対策にはならない。耐性菌の進化と新薬開発のいたちごっこが延々と続いていることは自明なことだからである。この辺で、「新薬で耐性菌をやっつけることよりも、耐性菌と人間や動物が共生する道」を真剣に考えるべきではないだろうか。
 この共生というのは、細菌と人間だけでなく、「人間と人間との関係、あるいは、国と国との関係」においても求められている。「悪人は駆逐すべき存在で、民族間の紛争は戦争でなければ解決できない」ということでは、耐性菌と人間との関係のように、いたちごっこが延々と続くだけで、真の解決には程遠くなってしまうからである。
 共生という思想は、日本における多神教に関係し、排他的思想は一神教と関係するという考えがある。その意味では、萬(よろず)の神を信じてきた日本こそが、平和的な手段で世界平和を目指す先頭に立てる国である。だからこそ、平和憲法が日本に生まれたのかもしれない。
 とここで、古代ギリシャの宗教についても興味を持った。古代ギリシャは、科学だけでなく、民主社会の発祥の地でもあった。その過程で宗教が大いに関わったと思ったからである。つまり、古代ギリシャの宗教は、一神教ではなかったのではないか、だから、民主社会を形成することができた、と。2010年09月08日水曜日

2021年3月17日水曜日

沈黙は中立ではない

 特攻隊といえば、飛行機によるものが一般的で、回天や、人間機雷のことは知っていたが、震洋(小型特攻ボート)のことは知らなかった。そして、人間機雷などは、アイデアだけだと思っていたので、下記の記事で実際訓練もしていたということを知って驚いた。

「沈黙は中立ではない。自分と同じ過ちをしないでほしい」(岩井忠正・岩井忠熊、朝日新聞東京版・19.11.6)

 太平洋戦争中に特攻員になった99歳と97歳兄弟。兄は人間魚雷「回天」や人間機雷「伏龍」の訓練を、弟は小型ボートに爆弾を載せて戦艦に突っ込む「震洋」の訓練を受けていた。いずれも実践に出ずに終戦を迎えたが、その体験を長年語り継いできた。戦時中、「本当は生きたかったが、それを言ってはいけない空気があった」と口をつぐんだ過去を語る。沈黙すると世の中が間違った方向に流れる。この警鐘を受け止めなければいけない。(武田砂鉄著「今日拾った言葉たち」『暮しの手帖』、2020年2~3月号、p126)

 改めて、どんな特攻兵器だったのかをウキペディアで調べてみた。そして、このような兵器で真面目に戦おうとした歴史は、決して忘れてはいけない、と思った。さらに想像を膨らませると、辺野古や馬毛島に造ろうとしている新基地も、平気という点で、特攻兵器と何ら変わらない。それどころか、何百倍もの狂気の沙汰である。武田砂鉄さんの言葉にあるように、おかしいことは、おかしいと言い続けていかなければならない。

 回天:太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷

伏龍:潜水具を着用した兵士が浅い海底に立って待ち構え、棒付き機雷を敵の上陸用舟艇に接触させ爆破するという人間機雷

震洋:太平洋戦争で日本海軍が開発・使用した小型特攻ボート

2021年3月15日月曜日

米軍新基地は許さない

 辺野古に続いて、馬毛島にまで米軍新基地を作ろうとしている。しかも、これまた辺野古と同じく、住民の反対を押し切って進めようとしているのは、断じて許すことはできない。
 昨日の国会審議を聞いていたら、中国の人権無視の暴挙に抗議する話があった。この総理の答弁を聞きながら、「総理に中国の人権無視を抗議する資格があるのか、あるはずがない」と思った。辺野古や米軍基地周辺で度重なる人権無視の暴挙を続けているからだ。西表市でも、人権無視の暴挙を続けることは、許してはならない。
 八板俊輔市長さんの話によると、「馬毛島には弥生時代や室町時代の遺跡も残ってい」て、基地ができれば、それら「固有の歴史、文化の財産といったものも封印され、調査するチャンスまで奪われて」しまうという。弥生時代や室町時代の遺跡は、国民全体の貴重な遺産でもある。米軍新基地の建設は決して許してはならない。

最後に決めるのは地元住民だ
 市長選の投票率は8・78で8割を超えました。住民投票に匹敵する意思表示の場となりました。その中で「離着陸訓練計画に同意できない」という私の訴えを信任していただきました。静かなこの島を守っていく責任の重みを感じています。
 私が「同意できない」というのは、防衛省の説明が極めて不十分だから、です。基地に「賛成」の人が期待する基地経済・交付金や、「反対」の方が一心配する騒音がどうなるのかの答えもありません。疑問をほったらかしにしたままです。
 政府は土地を取得し、ポーリング調査も始め、「もう決まったこと」にしようとしています。一方で「地元の理解が大事だ」ともいっています。地元の理解が得られていない以上、基地建設を前に進めることは許されません。最後に決めるのは地元の住民です。この際はっきりさせたい。
 西之表市では西に海を臨めば馬毛島が見えます。かつて漁業や開拓団で馬毛島に住んでいた人が種子島にはいます。その後も磯遊びで馬毛島に渡る人もいます。なにより馬毛島は天然の巨大な魚礁です。漁に行けば必ず何か魚がとれる。そんな豊かな漁場です。
 馬毛島はただの無人島ではありません。みんなが大事に思っている故郷です。日本国民にとっての富士山、鹿児島県にとっての桜島と同じです。西之表市民にとっての心の原風景が馬毛島なのです。
郷土の歴史封印される
 今、馬毛島の自然や歴史、文化を生かした利活用案を具体化する取り組みを進めています。かつてのように誰もが自由に行き来できる島にしたい。市では郷土の歴史を調べて市史編さんの作業を進めています。馬毛島には弥生時代や室町時代の遺跡も残っています。基地ができれば、私たち固有の歴史、文化の財産といったものも封印され、調査するチャンスまで奪われてしまいます。
 今回の市長選で相手候補に投票した方も、故郷を立派に発展させたいという思いは一緒です。1万5千人の市民みんなの市長として、市民と一緒にまちづくりを進め、未来の子どもたちに島を引き継ぎたいと思っています。(西之表市長 八板俊輔『赤旗日曜版』、2021年2月28日号)

マルクスが目指した魅力的な労働観

 マルクスの思想をもとに、資本主義と気候変動の関係を分析した斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』(集英社新書、2020年)が20万部を超えるベストセラーとなっているという。『武器としての「資本論」』(白井聡著)も7万部を超えるヒットだという。資本主義では、今明らかになってきている様々な危機に対処できないことを、多くの人々が感じ始めてきている証拠なのかもしれない。
 まずは『人新世の「資本論」』を読んでみた。そして、新しい発見が二つあった。
 一つは、「マルクスは、労働を忌避すべきものとはまったく考えていなかった」。むしろ、「創造性や自己実現の契機になることを、目指していた」(p307〜308)ことである。「労働の中身を、充実した、魅力的なものに変えていくことが重要だというマルクスの主張こそが、再評価されないといけない」(p306)というのだ。実は今まで、マルクスは労働時間短縮による余暇の増大によって人間の解放、人間のより良い発展を目指していて、労働の質には言及していないと思っていたのだが、間違いだった。
 二つ目は、「『三・五%』の非暴力的な不服従がもたらした社会変革」(p362)の実例を示し、『三・五%』の人々によって社会変革は可能であることを示してくれていることである。社会変革の実例といえば、バルセロナといった先進都市を取り上げ、国境を越えた都市同士のネットワークによって「資本の挑む国際的な連帯を生み出しつつある」(p337)ことも興味深かった。

2021年3月14日日曜日

まだあわれな君主制の国・日本

  買っておいて、積読の本『縮図・インコ道理教』(大西巨人著、太田出版)があった。なんで買ったかさえ忘れていた。読んで驚いた。日本国憲法第二章完全削除の憲法改正が主張され、次善の課題として、現憲法の擁護を挙げてあったのだ。

 彼自身が宣戦布告をした無法悲惨な戦争の責任からはもとより、将来にかけて一切の責任から解除された一存在、それにしても日本の国民ではない奇怪な一存在、一個の責任無能力者が、「日本国の象徴」、「日本国民統合の象徴」となっている。それが立憲君主制、ブルジョア君主制あるいは制限君主制のどれであるにしても、なにしろ、日本は、まだあわれな君主制の国である。
 しかも、国民の間に、この「象徴」という奇怪な(まともな人間には、とても合点が行かないはずの)存在にたいする疑問なり共和制への希求なりが、必ずしも十分に広く強く内感的に生きて動いてはいない。
(中略)
 こういう現実の中で、岸〔信介。当時の首相」たちは、日本再軍国化の仕上げのために、主として「第二章 戦争の放棄」の抹殺および「第一章 天皇」の強化を目的とする憲法改悪を目論んでいる。
 これにたいして、〈憲法は、必ず改定されるべきである。しかし、それは、まず第一に、第一章全八箇条の全的廃止、人民共和制の確立・その明文化でなければならない。そのように改定せよと迫って、逆に岸たちをたじろがせ、彼らをせめて現行憲法の守護にしがみつかせるほどには、国民の進取的勢力は、強力ではなく、その民主的意識は、研ぎ澄まされてはいない。
 それどころか、一つ間違えば、一つ油断すれば、憲法改悪勢力に押し切られる公算も、決して小さくないであろう。

 二十九年前、私が、右引用の最後に書いたような状況の危険は、二十九年後の今日、残念ながら、ますます顕著になりました。「憲法改定(改正)論者」の私も、現「日本国憲法」の擁護こそが、われわれ進取的・民主的人間の、力を尽くして遂げるべき次善の課題である、と考えて信じます。(p40〜41) 

 なぜか?   

 「第三章 国民の権利及び義務」の諸箇条は、とりわけ「国民の権利」に関する諸箇条は、 —— 総体的にそれとして立派な・尊重されるべき準則です。だが、それは、第一章の人間侮蔑的・人権無視的な全八箇条によって、あれこれ現実的に制約されています。
 第一章全八箇条は、たとえば第十四条の「すべて国民は、法の下に平等であって、人種信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」という準則に、まっこうから抵触します。それゆえ、私は、「日本の国民ではない奇怪な一存在、一個の責任無能力者」とせめて書いたのでした。
 人権の十全な保障および伸長は、第一章全八箇条の全的廃止ならびに第二章全一箇条の完全実施によってこそ、達成し得られるにちがいありませんが、現行憲法の正当な解釈ならびに運用が行なわれる限り、人権のかなり満足な保障および伸長が、あり得るはずです。(p42,
強調は引用者による )

 どう考えても「自衛隊が戦力」であるように、「天皇といえども人間」である。人間には、生まれながらに持っている人権がある。その人権が保障されていない天皇は、人間でないことになる。それゆえに、「現行憲法の正当な解釈ならびに運用が行なわれる限り、人権のかなり満足な保障および伸長が、あり得る」けれども、やがては、天皇という「縛り」を解き放し、等しく人権が行き渡るようにすべきである。

2021年3月13日土曜日

あらゆる紛争問題の解決は平和的な手段で!

 ラッセル・アインシュタイン宣言を読んだ。まさに世界の叡智を集めて議論され、決議された宣言である。残念なことだが、世界の主な首脳陣は、未だに世界の叡智に背を向けている。こうした状況を打破するためにも、宣言の結論を今一度噛みしめて前に進めなくてはならない。そう思った。ここでは一部の引用にとどめるが、ネットで全文読める。


 私たちの前には、もし私たちがそれを選ぶならば、幸福と知識の絶えまない進歩がある。私たちの争いを忘れることができぬからといって、そのかわりに、私たちは死を選ぶのであろうか?
 私たちは、人類として、人類に向かって訴える――あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へむかってひらけている。もしできないならば、あなたがたのまえには全面的な死の危険が横たわっている。

決議
 私たちは、この会議を招請し、それを通じて世界の科学者たちおよび一般大衆に、つぎの決議に署名するようすすめる。
「およそ将来の世界戦争においてはかならず核兵器が使用されるであろうし、そしてそのような兵器が人類の存続をおびやかしているという事実からみて、私たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自覚し、このことを公然とみとめるよう勧告する。したがってまた、私たちは彼らに、彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよう勧告する。」(強調は引用者による)

2021年3月12日金曜日

現代版「見ざる、言わざる、聞かざる」

「アメリ力からの「独立」を考える、この3冊」という書評を読んだ。「日本とアメリカの関係は、敗戦直後の占領時代から本質的に変わっていない」ということに違和感を持ち、アメリカからの独立、米軍の撤去を心から願っている人は、どのくらいいるのだろうか。文字通り「他国の軍隊が駐留し続ける。この異常な事態を常態化するためにつくられたのが日米安保条約であり日米地位協定だった」というならば、その戦略は、大成功と言えるだろう。新聞論調を見る限り、他国の軍隊が駐留し続けているこの異常な常態に対し、異常という認識はないからである。
 しかし、ちょっと考えれば、「他国の軍隊が駐留し続け、日本国憲法の上に日米地位協定があり、国会の上に日米合同委員会がある」状態が異常であることは、すぐにわかるはずだ。問題なのは、わかっても、「見ざる、言わざる、聞かざる」なのではないか、ということだ。そんな人々の心根は、徳川時代からなんら進歩していないことになる。情けないことである。
 日本とアメリカの関係は、敗戦直後の占領時代から本質的に変わっていないのではないか。そう思う理由のひとつは日米地位協定の存在だ。
 ごく大雑把にいうと、米軍は日本国内の基地を自由に使えるし、米兵や米軍関係者は日本でどんな悪いことをしても日本の法律で裁かれないという、不平等で理不尽な協定である。
 しかも具体的な運用は協定そのものではなく、日米高官による密室会議「日米合同委員会」で秘密裏に進められることが多い。翁長雄志沖縄県知事は亡くなる前「日本国憲法の上に日米地位協定があり、国会の上に日米合同委員会がある」という言葉を遺した。
(中略)
 戦争が終わっても他国の軍隊が駐留し続ける。この異常な事態を常態化するためにつくられたのが日米安保条約であり日米地位協定だった。だがその成立過程は意外と複雑だ。アメリカ政府が一方的に日本に押しつけたわけでもないのだ。当初は日本政府も国内世論を背景にそれなりに交渉した。
 ところがその後、沖縄の復帰などを経て、日本政府、とりわけ外務省の態度が変質していく。昨今流行のいやな言葉でいうと”忖度”である。外務官僚たちは米国の顔色をうかがい、日本国民の生命・財産より米軍の利便性を優先していく。それも密約を交わして、国民には内緒で。
 日米地位協定というと、沖縄のことが真っ先に思い浮かぶ。実際、米軍機の墜落や米兵の凶悪犯罪などで、沖縄の人はさんざん苦汁を飲まされてきた。だが地位協定は沖縄外にも及ぶ。もちろん東京でも。
(中略)
『主権なき平和国家』の最も重要な点。日米地位協定によって理不尽な目に遭っている日本は、いまや地位協定の加害国になりつつあるという事実だ。自衛隊の海外派遣にともない、日本政府は派遣先国と地位協定(交換公文)を結んでいるが、これが日米地位協定と同じく不平等なものなのだ。この現実を直視しよう。(永江朗著、『通販生活』、2021年春号、p164、強調は引用者)

1、『日米地位協定在日米軍と「同盟」の70年』、山本章子著、中公新書、本体840円十税
2、『横田空域日米合同委員会でつくられた空の壁』、吉田敏浩著、角川新書、本体840円十税
3、『主権なき平和国家・地位協定の国際比較からみる日本の姿』、伊勢崎賢治、布施祐仁著、集英社クリエイティブ、本体1500円十税

 

2021年3月11日木曜日

癒し(安らぎ)の動画

 ゲーテの言葉に「活動的な心、制御された行為、急がぬ不断の努力を……」(『ゲーテの言葉』、高橋健二訳編、彌生書房、1969年、p211)というのがある。初めは、全くその通りに思えた。しかし、そこに欠けているものがあることに気づいた。それが、癒し(安らぎ)の心、静なる心であった。そこで、お気に入りの癒しの動画を二つ紹介する。 
 一つは、ドラマ「螢草 菜々の剣」のエンデングに流れる「挿入歌と螢草の映像」に心洗われるような安らぎを覚え、何度でも見たいと思って作った動画である。
 二つ目は、私の好きな「わらび座」の紹介映像である。素敵な笛と和太鼓の音に合わせて流れる豊かな日本の風景に心洗れる思いがする。


2021年3月10日水曜日

図書館巡りの楽しみ

 私はいろんな図書館行くのが好きだ。新しい図書館に行くと、必ずのように新しい気づき(図書とのめぐり合い)があるからだ。どうしてだか分からなかったが、そのわけがわかった。

 書店ごとに棚の様子が違うので、同じ関心事を念頭に訪れても違う発見が生じる。(『芸術新潮』、2020年8月号、p133)

 というのだ。棚の様子が違うのは、図書館ごとにも違うので、納得である。少し遠いけど、また、N 図書館やM 図書館に行こうかな。
 そう言えば、前からだいぶ昔に見たテレビアニメのことが忘れられず、それらしき漫画を探してきたが、なかなか見つからなかった。しかし、やっと、それらしきビデオをN 図書館で見つけたことを思い出した。近く、その視聴に行きたいと、新たな楽しみが増えた。

2021年3月9日火曜日

パレスチナ問題

 パレスチナ問題となると、どうなっているのかさっぱりわからなかった。問題が複雑という先入観もあり、避けてきたからだ。しかし、最近出版された本『ガザ、西岸地区、アンマン : 「国境なき医師団」を見に行く』(講談社、2021年)の著者”いとうせいこう”さんへのインタビュー記事を読んで、少し分かりかけてきた。記事の一部を紹介すると

 2019年11月にイスラエル、パレスチナ自治区、ヨルダンを訪れた記録をまとめました。「パレスチナの人たちは、びっくりするほどフレンドリーでした。ガザには東洋人なんてひとりも住んでいないのに『あれ?』という顔もせずにすぐに手を振ってくる。ものすごく親切にしてくれる人もいた。ここは19世紀かと思うほど感覚がすれていないんです。人類って本来、こうだったんだと感じました。ガザの人たちを攻撃するのはイスラエルだとはっきりしています。だからガザに入ってきた東洋人が自分たちをだますとか攻撃するとは思っていないんですね。ガザの人たちの親切には思わずにっこりしてしまうけれど、彼らのおかれた状況には切なくなります」
 本書が伝える、パレスチナ人へのイスラエルの非人道的対応の数々が衝撃的です。イスラエルからの監視用ドローンが飛び交う日常。パレスチナ人のデモ隊への銃撃では、死者を出して国際的非難を受けることを避けるため足を狙うこと、命は助かっても仕事を失うなど人生を狂わされる人が続出していることなど胸が痛みます。
「足を撃つことで労働者人口を減らし、国力を削る。デモヘの萎縮効果もある。ひどいことです。子どもが思わず手をのはしてしまうオモチャのような形の爆弾など、″かわいい兵器″が使用されていることなども伝えたいんです。(、強調は引用者)

 この記事をきっかけにして、パレスチナ問題に興味を持った。国の大きさも含め、基本的なことも分からなかったので調べてみた。人口や面積がわかれば、どんなところで紛争が起きているかを、幾らか実感できるのではないかと思ったからだ。
 なんということだ。小さな島のようなところで肩を寄せ合って生活をしているって感じだろうか。まずは、知ることから始めてみたい、そう思った。

『赤旗日曜版、2021年3月7日号』より
パレスチナ概況
 基本データ 平成21年3月
(1)正式名:パレスチナ暫定自治政府
(2)面積:約6,020平方キロメートル(2007年末、パレスチナ中央統計局)
   西岸地区 5,655平方キロメートル (三重県と同程度)
   ガザ地区 365平方キロメートル (種子島と同程度。南北40キロメートル、東西10キロメートル程度の土地)

(3)全世界のパレスチナ人口:1,034万人(2007年末、パレスチナ中央統計局)
   *うちパレスチナ難民数:462万人(2008年6月末、UNRWA)

(イ)西岸・ガザ地区の人口:376万人
   西岸地区 234万人(このうち難民 75万人)
   ガザ地区 142万人(このうち難民105万人)
 
(ロ)上記地域以外の人口:658万人
   (このうち難民281万人:ヨルダン193万人、シリア46万人、レバノン42万人)

 図書館の本も調べた。絵本などたくさんあってびっくりした。優しそうなものから読んでみようと思う。

『それでも、私は憎まない:あるガザの医師が払った平和への代償』、イゼルディン・アブエライシュ著、亜紀書房、2014年・・・・・ガザ地区の難民キャンプで生まれ育ち、イスラエル軍の砲撃によって3人の娘と姪を失ったパレスチナ人医師による手記。報復を求めず、長年の紛争と悲劇の連鎖を断ち切ることを訴える。

『ガザ:戦争しか知らないこどもたち』、清田明宏著、ポプラ社、2015年・・・・・21世紀だけでもすでに4回も戦争が起きているガザ。収容所のようなこの都市では、多くの人の命が奪われ、建物が破壊された。こどもたちを中心に、ガザの様子を紹介する。パノラマページ、見返しに地図等あり。

『カイト:パレスチナの風に希望をのせて』、マイケル・モーパーゴ作、ローラ・カーリン絵、杉田七重訳、あかね書房、2011年・・・・・・パレスチナの空に舞うカイト(凧)。自分でつくったカイトをあげつづける、口のきけない少年サイードの夢とは? パレスチナの悲劇と希望を描いた美しい物語。

『三つの願い:パレスチナとイスラエルの子どもたち』、デボラ・エリス著、もりうちすみこ訳、さ・え・ら書房、2006年・・・・・・パレスチナとイスラエルの子どもたちひとりひとりが、願うなら、「きっと、戦争は終わる」 ほんとうに望むなら…。複雑すぎてよくわからないパレスチナ紛争。そんな紛争下で暮らす子どもたちの本音に迫るインタビュー集。

2021年3月8日月曜日

時を短くするは何ぞ?

 ふと本棚を見たら、文庫本の古い『ゲーテ詩集』(高橋健二訳、新潮文庫、1980年)が目に止まった。一昨日ゲーテの詩を取り上げたばかりだからに違いない。手にとってページをめくって驚いた。しっかりと読んだ跡があった。すっかり忘れていたが、「時を短くするは何ぞ?・・・」こういった詩に励まされた記憶が蘇ってきた。時には、古い蔵書を手にとってみるものである。

時を短くするは何ぞ?
 活動!
時を耐え難く長くする何ぞ?
 怠惰!

頭と胸の中が激しく動いていることより
結構なことがあろうか

めったなことに腹を立てぬこと、
いつも現在を楽しむこと、
とりわけ、人を憎まぬこと。

 なのに、未だに時折腹を立てることがある・・・・。

 

2021年3月7日日曜日

震災10年 アーティストたちの想像力

 日曜美術館「震災10年 アーティストたちの想像力」を見た。小森はるかさんと瀬尾夏美さんは、震災後に被災地に移住し、被災地の人々と向かい合いながら作品を制作してきたという。その心意気のようなものに心を打たれた。そして、ぜひ、この目で作品を観ながら、これまでの10年に想いを寄せてみたいと思った。
 福島の帰宅困難地域との「境界線」を描き続ける加茂昂さんは、震災後、絵を描けなくなってしまう。ボランテアとして被災地に足を運んでいたとき、商店街のシャッターに住民たちと絵を描くことを頼まれる。シャッタに絵を描いているとき、一人の住民に「震災後街に色がなくなってしまった。ここに色が戻ってきて嬉しい」と言われ、絵を描いていいんだ、と絵を描く力が蘇ってきた、という。その話が印象的だった。
 加茂昂さんが「ここから先は帰還困難区域」と書かれて立て看板の前で絵筆を取っていたとき、立て看板の向こうには、黒いビニール袋の放射線廃棄物が山積みされていた。「やがては、この汚染物質も、目に触れない中間貯蔵施設に運び込まれてしまうだろう」と話していたが、そうした未来の、この地域を想像して描かれていたのだ。


加茂昂さんの作品、ここから先は帰還困難区域と書かれている

 水戸芸術館で開催中の「3.11とアーティスト:10年目の想像」展(「現代美術ギャラリー|水戸芸術館」で、5月9日日曜日まで)。東北でのボランティアをきっかけに創作を始めた、小森はるかさんと瀬尾夏美さんのユニット、福島の帰宅困難地域との「境界線」を描き続ける加茂昂さん…
 展覧会は、震災が露わにした問題の1つが「想像力の欠如」だと考え、見る人の想像力を喚起しようとする。さらに作家たちの目はコロナ禍の「今」にも向かう。柳澤紀子さん、鴻池朋子さんのメッセージとは?(「NHK解説」より)

 絵画が、私とセットで展示されているのも珍しい。番組では、「二〇三一年、春」という詩を紹介していた。


二〇三一年、春 

僕の暮らしているまちの下には、 
お父さんとお母きんが育ったまちがある 
ある日、お父さんが教えてくれた 

下のまちの人はどうしてしているの、と尋ねると、 
お父さんは、僕をまちの真ん中の広場まで速れて行った 

お父さんと一緒に階段を降りる
広い、広い、一面の花畑がそこにある
色とりどりの花 
さまざまな季節が、ここに、一度にある

 お父さんに、おいで、と手を引かれて歩く
広い広い花畑の中に、いくつもの道筋がある

ふと、お父さんは立ち止まって、
ここがお父さんの育っった家だよ、と言った



 

2021年3月6日土曜日

地上の子の最大の幸福は人格のみ

 朝日新聞(be )の人生相談回答で、三木清の言葉「人格は地の子らの最高の幸福であるほど、幸福についての完全な定義はない」が引用されていた。しかし、「地の子」って何?と、この言葉の意味するところがわからなかった。妻に聞いたら、妻もわからなかった。
 印刷ミスだろうなんて勝手に思って、早速ネットで調べた。三木清の言葉としては間違いなかった。しかし、三木清が引用したゲーテの詩を知って、「地の子」は「地上の子」であることがわかった。

庶民も奴隷も支配者も
みんなが口をそろえていいます
地上の子の最大の幸福は
人格のみである と(ゲーテ晩年の詩集『西東詩集』[1819年]の中の「ズライカの巻」から引用)
 同じゲーテの格言に
天国に一人いたら、
これより大きな苦痛はあるまい。(『ゲーテの言葉』、高橋健二訳編、彌生書房、1969年)
 というのがあった。明らかに”天国”に対する「”地上”の子」であることに間違いない。それなのに、「人格は地の子らの最高の幸福である」というゲーテの言葉として流布されており、新聞にまでそのまま掲載されるというのは、いかがなものであろうか。私は、ゲーテにも、三木清にも失礼であると思う。
 ところで、「最大の幸福は人格のみ」とはどういうことであろうか。三木清の『人生論ノート』によると
 人格は肉体であると共に精神であり、活動であると共に存在であるから。そしてかかることは人格というものが形成されるものであることを意味している。
 ここから察しうるのは、まさに「人格として形成しつつある」動的な存在こそ、最大の幸福である。私はそう理解した。

2021年3月5日金曜日

何世紀にもわたる先人からの遺産

「みんなのミュシャ展」をまた観に行ってきた。二回目の感想は、とにかく、”綺麗だった”に尽きる。例えば「遠国の姫君」も綺麗だったが、髪飾りの百合の花や赤いドレス色調が何とも言えぬ美しさを醸し出していた。
 目録を見ていたら、「ミュシャの曲線」という言葉があった。自然な曲線と色調が一体となって、独特な美しさを醸し出していたのかもしれない。「[ミュシャにとって]芸術とは何世紀にもわたる戦前からの遺産であり、芸術家の本分とはそれを積み重ねていくことだ。」(イェジ・ミュシャ[アルフォンス・ミュシャの息子]、目録より)とあったように、こうした絵の背後に、何世代にもわたる芸術家の遺産が詰まっていると思うと、感慨深いものがある。
 なお、常設展では、サミュエル・パーマーの「囲いを開く」や、ポール・ダリー・ドゥルーリーの「夕暮れ」などの、エッチングで表現された世界を再発見してきた。ターナーや印象派も、光を表現しているが、白黒トーンで表現された光は、独特の雰囲気をもって表現されていると感じてきた。

遠国の姫君 メリザンドのサラ・ベルナール 1904年
アールヌーヴォー キャラクロ K-MCH-088S2 (436mm×594mm)
「写真撮影用に飾られていた複製画」

「囲いを開いて」1880年エッチング,16.7×23.2cm

「夕暮れ、又は牧人の小屋」 1850年12.4 x 10.2 エッチング

2021年3月4日木曜日

中途半端な日米地位協定批判

 『まんがでわかる日米地位協定 高校生が日米地位協定を調べてみた!』(平良隆久著、小学館、2020年)を読んで驚いた。地位協定を批判はしているものの、中途半端な批判で、実質米軍の存在を肯定してたからだ。
 その論理は、至って簡単なものだ。日本が戦時と認めた時だけ、米軍の特権を与え、平時の時は米軍の力を弱めてもらう、というものだ。そうすれば、

 安全保障上の在日米軍の影響力は残したまま
 米軍の力を抑えることができるってワケか(p226)

  しかし、これまで、米軍に低空飛行や夜間飛行の改善を求めても、一向に改善されずにきた。第一、米軍にものを言えない政府に、米軍の力を抑えることなどできない。
 やはり、そもそもの在日米軍の存在理由にまで立ち入った議論なしに、地位協定だけを取り上げて問題視するところに、問題がある。今時、外国の軍隊が駐留していること自体を問題視すべきなのである。地位協定問題は、そこから派生してきたものだからだ。他の地位協定に関する本も、似たようなものなのかどうか、一度調べてみたいと思った。

2021年3月3日水曜日

生涯スケッチを続けたミュシャ

「みんなのミュシャ展」に行ってきた。等身大に描かれた絵もあって見応えがあった。同時に、解説にも、琴線にに触れる言葉に出会い、嬉しかった。
 その一つは、
 ミュシャにとって、絵を描くという行為は、物事を観察し、理解する過程の最も自然な自己表現の手段でもあった。
 この言葉で注目した点は、理解するという求心的な力と、自己表現という遠心的な力が一体になっている事である。読書という、どちらかといえば求心的な過程も、何らかの形で表現して初めて、読書という行為が完結するのかもしれない、と思った。
 もう一つは、
 ミュシャは、関心の対象となったものを記録し、考察するために、生涯スケッチを続けた。
 私にとってのスケッチは、今回のようなメモかもしれない、そう思い、この言葉をメモしてきた。「関心の対象となったものを記録し、考察するために、生涯メモを続けたい」と。



2021年3月2日火曜日

悪政に慣れてしまわないように!

 少しずつ『カラマーゾフの兄弟』を呼んでいるが、三男のアリョーシャは、「寛容」という形容すべきなのか、「忍耐」のようで、単なる「忍耐」でもない。不思議な、愛すべき存在、誰からも愛される存在として描かれている。列挙すると次の通りだ。

 アリョーシャという人間は、何があっても人を非難したりせず、すべてのことを赦していたのではないか――もっともそのおかげでひどく悲嘆に暮れることはよくあったが――とさえ思える。それどころか、だれかに驚かされたり動揺させられることもなかったほどで、こうした性格はごく若い頃から変わらなかった。 (Note:許す心?)

 アリョーシャはずっと、みんなの人気者といってもいいほど学友たちから好かれていた。元気にとびまわったり、楽しそうにしていることはめったになかったが、それはこの少年が陰気な性格だったからではなく、むしろ逆に穏やかで澄みきった心をしているからだということは、だれでもひと目見ただけですぐにわかった。(Note: 「澄みきった心」って、どんな心だろう)

 アリョーシャは、侮辱されたことを根にもつようなことはなかった。だれかに侮辱されたとしても、一時間後には、侮辱した相手から話しかけられればふつうに返事をするし、自分からその子に話しかけることもあった。(Note:こんなになれればいいのい)

 アリョーシャは、それを振り払って床に倒れ、横になりながらもどうにか耳をふさごうとするが、そういうとき彼はひたすら口をつぐみ、何か悪態をつくでもなく、ただ黙ってこの仕打ちに耐えるのだった。(「忍耐」のようで、単なる「忍耐」でもない)

 そもそも彼は、金の価値というものをまるきり知らなかった(もちろん比喩的な意味でだが)。頼みもしないのに小遣いを与えられたりすると、どう使ったらいいのかわからないまま数週間がすぎてしまうこともあった。

 いっぽう彼の世話を焼こうという者は、それを苦だと思わないどころか、むしろ喜びと感じるかもしれない。

 よく言われることに、同じ刺激、例えばちょっとした暴力や悪態に対する反応は、選ぶことができる、というのがある。反射的にきめって反撃することもできれば、アリョーシャのように、黙って耐えることもできる。しかし、この小説を読んだ限りでは(この小説では)、選んで耐えるというよりは、そういうものだと観念してしまっている。他の選択肢を知らないと言った方が良い。と、ここまで書いてきて思い出したことがある。
 動物でも人間でも、悪い刺激があっても「それはどうしようもないことだ」と学習してしまうと、決して争うことがなくなる。抵抗しなくなる。そういう心理学の実験だ。アリョーシャは、どうしようもない父親の元で、何かを学習してしまったのかもしれない。我々も、悪政に慣れてしまわないよう気をつけないといけない。

2021年3月1日月曜日

人間は啓蒙によって理性的な存在に

 哲学書、『哲学史講義 上巻』(ヘ-ゲル 〔述〕, 長谷川宏著、河出書房新社、1992年)の書き抜きもでてきた。残念ながら、初めの頃に書いてあったことに感動し、書き抜きしては見たものの、なぜか、続かなかった。中身には歯が立たなかったのかもしれない。
 しかし、書き抜きしてあった内容は、今読んでも興味ある内容で、これからでも再読してみたい。ノートの初めに「哲学の目標は、思考と概念によって真理を捉えること。哲学史の対象は哲学そのもの」と書いてあり、理性についての解説がメモしてあった。

 人間が理性的存在である。とは言え、その場合の理性は、素質として潜在状態で持っているだけである。つまり、「やがては理性をもてるという可能性に過ぎず、・・・理性は実在していない。理性的な意識も持っていない。自分の潜在能力が自分に顕在化したとき、つまり、人間がおのれの理性を自覚したとき、初めて人間は現実的な面をもつようになり、現実に理性的な存在となり、理性に向き合うことになります」(p26)

 このところを読み直し、カントが「啓蒙とは何か」で言っていることと同じようなことであることに気づいた。カントは、「他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができない」、いわゆる指示待ち人間を、未成年の状態と規定し、その状態から抜け出ることを啓蒙と定義している。つまり、啓蒙によって未成年の状態から抜け出るとき、素質として潜在状態で持っていた理性を自覚したことになる。人間は、啓蒙によって現実に理性的な存在となるのだ。納得である。