2022年7月31日日曜日

徒(いたずら)に競ったりしないこと

 日本の古典と言えば、『徒然草』とか『枕草子』、『源氏物語』などが有名だが、『徒然草』や『枕草子』は、一つ一つの段(文章)がバラバラで、脈絡のないメモの集まりのようなものあることを、『思考を鍛えるメモ力』(齋藤孝著、筑摩書房、2018年)で初めて知った。「おそらく『枕草子』 も今でいう日記やブログ風のもので、清少納言が思いついたことを書きつけていったのだ」(『思考を鍛えるメモ力』、 p 168)というのだ。
 そう言えば、日本の古典には日記文学なる範疇の作品もあった。調べてみると、「土左日記」を祖とし,「蜻蛉日記」「紫式部日記」「更級日記」など平安女流の作品があった。日記も、考えてみれば、一つのメモ帳のようなものだ。メモも、それなりに集まれば、一つの作品としての価値を持つということであろう。
 古典『徒然草』からの言葉「人としては善にほこらず物と争はざるを徳とす。他にまさることのあるは大きなる失なり。(兼好法師)」が朝日新聞(2022年7月27日)のコラム「折々のことば:鷲田清一著」に紹介されたいた。この言葉の鷲田氏による解説を読むと、全く古びた様子はなく、「徒(いたずら)に競ったりしないこと」など、現代のわれわれの生き方を問われているようで、古典の力強さを感じさせられる。
 自分の長所を誇ったり人と徒(いたずら)に競ったりしないこと。人より優れてあるのはむしろ大きな欠点だと、法師は説く。格式の高さや才能の豊かさなどを意識する姿はなんとも見苦しい。真に優れた人はおのれが欠くところを知っているので、慢心することがないと。比較ということが嫉妬や羨望(せんぼう)を促し、自意識を煽(あお)って、人としての品位を落とす。『徒然草』(小川剛生訳注)から。(「朝日新聞、2022年7月27日」より)

2022年7月30日土曜日

憲法9条の改変は未来を奪う

  NHK放送の(歴史探偵「岡本太郎と太陽の塔」、2022年7月27日) を見た。巨大芸術作品「太陽の塔」は、1970年の大阪万博で芸術家・岡本太郎によって誕生したものだ。そこまでは知っていたが、「太陽の塔」に込めた太郎のメッセージを知って、「太陽の塔」の素晴らしさを発見することができた。壊されるはずだった太陽の塔が、規則を覆して永久保存となったわけだが、それだけの価値があるということだ。


 太郎は、「テーマ展示の基本構想」という手書きのメモを残しており、そこに「過去・現在・未来を貫いて脈々と流れる人類の生命力、その流れ、発展を象る基本の塔を立てるのです」と書かれていたのだ。
 この言葉を知った時、直感的に、未来は日本国憲法だ、と思った。大戦の過去から現在、そして、日本国憲法が指し示す未来に向かって「脈々と流れている人類の生命力」を思った。憲法を改変しようとすることは、未来を奪うことでもあるということだったのだ。未来を奪ってはならない。

2022年7月29日金曜日

四色問題(数学)の証明物語

  NHK放送の「笑わない数学」3回目(2022年7月27日)は「四色問題」という聞きなれない問題だった。要点は次の通りである。
 どのような地図も、4色で塗り分けることができそうだ、と、ある青年が気づいた。その話を知った数学者オーガスタス・ド・モルガン(1806ー1871)がこのことを数学的に厳密に証明しようと思い、チャレンジする。しかし、苦戦し証明は出来なかった。そんな彼が、この問題を学者仲間に伝えたことで、四色問題は世に広まっていった。

 その後、多くの学者が挑戦したが、問題は解けなかった。そして、1879年に四色問題を大きく前進させる論文が弁護士アルフレッド・ケンプ(1849-1922)によって提出された。
 その論文というのは、まず、1カ国の地図たち、2カ国の地図たち、3カ国の地図たちと無限に続く地図たちを考える。そして、それらの地図を4色で塗り分けられるかを証明していけばいい、と考えた。

2カ国の地図が塗り分けられた。



 次に、「ここまでの箱がOK!なら次の箱もOK!」と言えるなら、四色問題は証明できたことになる、と考えて、「ここ(n)までの箱がOK!なら次(n+1)の箱もOK!」と言えるかを考えた。
 さらに、どんな地図にも、二辺国、三辺国、四辺国、五辺国と呼ばれる国が必ず一つは含まれる。それらについて証明できれば、四色問題は証明できたことになるので、その証明に取り組んだ。やがて、証明されたとおもわれたが、しばらくして、五辺国の証明に誤りが見つかった。

カンボジアは三辺国になる

 そのため今度は、いろんな学者によって五辺国の証明に取り組まれるようになった。それが難問で、無謀な挑戦ではなかったか、と思われるようになってしまった。
 ところが1970年代のアメリカで、ウォルフガング・ハーケンは、コンピュータを活用して細かく分類を行うことによって証明を進めようとした。そして、二年経っても期待される成果は得られなかった。しかし、四年後にコンピュータが「証明が完了した」と告げることで、4色問題は証明された。1482の分類を延々と調べて行って、問題が提起されてから、124年の歳月を経て問題が解決したという。私は、このような学者の執念のようなものが好きだ。

2022年7月28日木曜日

朝食をやめて健康になる

 今日は、渡辺正医師による体験と体力のない人の場合の注意を紹介しておく。朝食をやめると頭がクリアになるというのが、やはり魅力だ。それに書名がいい。
 私自身、西医学を知って、まず「朝食廃止」を実行し、その効果を確認できていました。その頃はまだ二〇代で、健康体でしたから、朝食やめてどこが良くなるということはありませんでしたが、「朝食抜き」に慣れるに従って、身動きが軽く、楽になり、あまり疲れなくなりました。頭はクリアになって、朝から仕事が能率よくはかどるようになりました。(『朝食をやめて健康になる』、渡辺正著、光文社、2003年、p47)
「朝食廃止」がベストであるといっても、体力のないやせた人や、病気がちの人が突然朝食をやめたりすると、ますますエネルギーを失って、倦怠感が続き、日常生活に支障きたすことがあります。そういう人たちには、午前九時と午後三時頃におかゆなど、負担にならないものをすすめます。(上同、p123)

2022年7月27日水曜日

体質改善によい二食主義

 今日は、今までになく空腹感が強かった。その空腹感で体を癒しているのだと思い、我慢することができた。その甲斐あったのか、舌苔がきれいに取れていて驚いた。朝食を抜いて半月ほどだが、確実に胃腸の具合が良くなってきているようだ。


 その気になって探してみると、朝食は食べない方が良いと主張している医師が結構いることもわかってきた。「同化作用と異化作用」という生理学から説いた森下医師の解説はわかりやすかった。
 森下医師は、下記の引用に続いて、「体質改善によい二食主義」という項目をたて「というわけで、朝(午前中)は排泄タイムなのである。この排泄をスムーズにおこなうためにも、朝食抜きは好ましい」(p 25〜26)と述べている。ただ森下医師は、朝、「よもぎ・くこ・はぶ・どくだみなどの薬草茶」、「玄米スープに梅干し」、「ねかめ とねぎのみそ汁」、「梅干しにおろししょうが・しょうゆを加えて番茶を注いだ梅生番茶」などのいずれかを飲めば、便通促進や体質改善に良い、と書いている。薬草茶や紅茶でもいいかもしれない。
 生体をもっとも根本のところで支えている生理機能は、同化作用と異化作用である。これは、互いにまったく相反する方向性をもつ働きで、同化作用は、生体物質を合成し、エネルギーを蓄積してい くものであるのに対して、異化作用は、生体物質を分解し、エネルギーを解放(消費)していくものである。この二つの作用は、夜と昼で切りかわる。日が暮れてかち明け方までの夜間においては、同化作用が優勢になり、夜が明けてからの日中は、異化作用が断然優位となる。
 具体的には、「食事」と「睡眠」が同化の営みであり、「排泄」と「活動」が異化の営みといえる。 食事をおこなうことによって心身がリラックス状態に入ってやがて眠りにつき、熟睡中に同化作用が完了する。そして、目覚めたら不要物をすっかり排泄して身軽となり、異化作用で得たエネルギーを存分に使ってさまざまな活動をおこなう —— というのが、順当な一日の生活ぶりなのである。(『浄血健康法 正しい食事で病気が治る』、森下敬一著、時事通信社、1988年、p25)

2022年7月26日火曜日

脳の健康が寿命を左右する

 朝食を食べないようにしてから、二週間目に入った。しかし、まだ午前中の空腹時の調子がイマイチである。その原因は、ケトン体を上手に利用できていなからのようである。
 実は、朝食を食べないと、体はブドウ糖の代わりにケトン体を作って、そのケトン体を代替えエネルギー源として利用するようになっている。しかし、ケトン体を「分泌するホルモンが稼働するまで少し時間がかかる。そのタイムラグのせいで、断食の初期に不快症状が現れやすい。これらの不快症状は、ケトン体を代替えエネルギー源として上手に利用できるようになるまでの適応過程なのである」 (『少食を愉しむ シンプルにやせる、太らない習慣』、ドミニック・ローホー著、原秋子訳、幻冬舎、2020年、p232〜233からの要約)。もう少しの辛抱で、徐々に体調が良くなってきそうである。
 ケトン体をネットで調べていたら、『脳の寿命を延ばす「脳エネルギー」革命』(佐藤拓己著、光文社、2021)を紹介していたページ(ケトン体の効能 | 倉敷平成病院だより)で、ケトン体は「脳の寿命を延ばす鍵」になる、という言葉を見つけた。さらに、ケトン体の効能として次の六つを紹介していた。

1)細胞のエネルギー源になる
2)記憶保持効果・抗炎症作用(細胞膜にあるHCAR2と言う受容体を活性化して作用する)
3)脂肪燃焼させる(細胞膜にあるGPR43という受容体と結合して脂肪燃焼酵素群が活性化される)
4)神経細胞(ニューロン)死を防ぐ(核内にあるHDAC受容体を抑制して抗酸化酵素の抑制を解除する)
5)前頭葉に多いセロトニン受容体を持つ神経細胞の機能を高めセロトニン機能を高める(心のバランスがとれ幸せを感じる)
6)脳血流量を増やす
など

  脳の健康が寿命を左右するであろうことは、五つの内臓を摘出しながらも、80歳になられても元気に活躍している安藤忠雄さんが証明している。このことを理論的に明らかにしたのが『脳の寿命を延ばす「脳エネルギー」革命』なのかもしれない。図書館の解説によると、この本は「神経科学者が、ヒトの脳の発生・発達を可能にしたエネルギーについて、エネルギー代謝の観点から科学的に解説。脳細胞を長持ちさせ、身体全体の健康にも役立つ栄養摂取の方法や、インスリンと老化の関係にも迫る」好著のようで、じっくりと読みたい本である。

2022年7月25日月曜日

今こそ方向転換をしなければ……

 メモを見返していたら、まさに今に日本を端的に言い表している言葉を見つけた。パスカルの言葉を、現代の日本に適用した言葉「危うい地点に自分たちがいることを知りながら、ひとはそうした危機に目をふさぎ、これまでどおりの惰性で、同じ道をひたすら歩もうとする」は、全くその通りであり、危機の現実をありのままに見ていくことの必要性を痛感した。
 核抑止論や原発再稼働に固執する政府の姿勢は、成長神話と同様に、単なる思い込みに過ぎない。核抑止論や原発再稼働の先にある危機に目を背けることなく、方向転換をしなければならない。
 わたしたちは絶壁が見えないよう、何か視界を遮るものを前方に立てかけたあと、安心して絶壁のほうへ走っている。(パスカル)
    ◇
 ギアを入れ替えて速度変換、方向転換をしなければならない……。そういう危うい地点に自分たちがいることを知りながら、ひとはそうした危機に目をふさぎ、これまでどおりの惰性で、同じ道をひたすら歩もうとする。「成長」が社会のすべての問題を解決するというのも、そうした思い込みの一つなのだろう。「パンセ」から。(朝日新聞、2015年4月19日、鷲田清一著、「折々のことば」より)

2022年7月24日日曜日

空腹は最高のクスリ

 朝食を食べないようにして、やっと一週間になった。「朝食抜きのススメ!」で紹介した「「空腹こそ最強のクスリ・一日3食は間違いだった?」 YouTube 」の原本(『「空腹」こそ最強のクスリ』)も読んでみた。その要点は次のとおりだが、その効果は、魅力的なものばかりだ。問題は、世の中の常識に反しているため、実践者が少なく、なんとなく肩身が狭いことであろう。とはいえ、活力が戻り、体の不安も取り除くことができれば、万々歳である。
 体の不調や老化は、細胞が古くなったり壊れたりすることによって生じます。
 特に、細胞内のミトコンドリア(呼吸を行いエネルギーを作り出す重要な器官)が古 くなると、細胞にとって必要なエネルギーが減り、活性酸素が増えるといわれています。 
 オートファジーによって、古くなったり壊れたりした細胞が内側から新しく生まれ変われば、病気を遠ざけ、老化の進行を食い止めることができるのです。
 つまり、空腹の時間を作ることで、

・内臓の疲れがとれて内臓機能が高まり、免疫力もアップする。
・血糖値が下がり、インスリンの適切な分泌が促され、血管障害が改善される。
・脂肪が分解され、肥満が引き起こすさまざまな問題が改善される。
・細胞が生まれ変わり、体の不調や老化の進行が改善される。

 といったさまざまな「体のリセット効果」が期待できます。
 まさに、「空腹は最高のクスリ」なのです。

 しかも、難しく面倒なカロリー計算はいっさい必要ありません。 
 空腹の時間以外は、何を食べていただいてもかまいません。(『「空腹」こそ最強のクスリ』、青木厚著、アスコム、2019年、p 22〜23)

           (「YouTube・空腹こそ最強のクスリ・一日3食は間違いだった? より)

2022年7月23日土曜日

時の流れを遅くする

 ずっと時間感覚について興味を持ってきた。同じ時間が経っても、ゆっくりと感じる時があれば、早く感じる時があるからだ。もし、時間がゆっくりと感じることができれば、人生も、それだけ長く感じるような気がする。だからこそ、時の流れを遅くする方法を探してきたといって良い。そして、その答えを見つけた。見つけていた、というのが正確だ。見つけていたのに、忘れていたのだ。
 その方法というのは、次の天声人語にある「新しいことを学び続ける。新しい場所を訪ねる。新しい人に会う。すると脳の取りこむ情報量が多くなり、時間はゆったりしてくる」である。だから、毎日同じことの繰り返しをしているようではダメなのだ。大切なことは、人類が新天地を求めて世界に広がってきたように、日々、新天地(精神世界も含む)を求めていくことのようである。だから、人々は旅(精神世界も含む)を楽しんできたのかもしれない。
 信州大の山沢清人(やまさわきよひと)学長は4日の入学式で、脳科学者の言葉を引いた。「周りの世界が見慣れたものになってくると、時間が速く過ぎ去っていくように感じられる」。なるほど見るものすべてが新鮮な子どもと、大人との違いは明らかだ。だから山沢さんは学生に「自力で時の流れを遅くする」ことを勧める。 
 新しいことを学び続ける。新しい場所を訪ねる。新しい人に会う。すると脳の取りこむ情報量が多くなり、時間はゆったりしてくる。それが創造的な思考を育てることにつながるのだという。学びへの、遠目が利いたいざないである。
 京都大の山極寿一(やまぎわじゅいち)総長はきのうの入学式で、世界は答えのまだない課題に満ちていると述べた。失敗や批判に楽観的であれ、「異色な考え」を取り入れよ、と。広々とした心持ちで、ゆったりと学びたいものである。(朝日新聞「天声人語」2015年4月4日)

2022年7月22日金曜日

毎日の充実で人生は幸せ

 昔、テレビで、絵本作家ターシャ・チューダーのことを放送していた。その中で娘さんが話していた「ターシャ・チューダーから学んだこと」は、「毎日の日常を大切にすること。心がけ次第で、その毎日が特別の日になる。そうして毎日が充実していれば、人生は幸せ」だった。大それたことがなくても、ささやかな日常の生活でも、毎日が充実していれば、人生は幸せだということであろう。
 そう言えば、ターシャの言葉として次のようなメモがあった。

「・ロマンチストは、心が自由で、何事も最大限に楽しめるの。
 ・私は何でもマイペース。仕事も、納得するまで時間をかけます。価値のある良いことはみんな、時間も手間もかかるものです。
 ・私の晩年を楽しいものにしてくれた子どもや孫には、いくら感謝しても感謝しきれません。
 ・何かに夢中になるのは大事なことです。何でもいいの。それが人を前に進ませます。
 ・私には怖いものがありません。死さえ怖いとは思いません。どんな経験か、楽しみじゃありませんか。
 ・私の若さの源泉は、想像力。想像力を枯らさないで!
 ・家というのは、思い出が積み重ねられていい家になるのです」。ターシャ・チューダー

 どれも、身に染みる言葉ばかりだ。 不眠症になってしまった身には、特に「何かに夢中になる」ことを見つけることの重要性は喫緊の課題かもしれない。昨夜はよく眠れて気分が良いが、こんな時に、雑事を片付け、毎日を充実した日になるよう心がけていきたい。

2022年7月21日木曜日

過去と現在とは未来の手段である

 日本国憲法を批判して改憲を主張する時、「現実を見よ、安全保障の環境が変わったではないか」と現在を基準にして、未来社会のあるべき姿を描いている憲法を変えようとしている。
 それに対し、哲学者の三木清は、「未来が我々の目的」であって、その目的を達成するための手段が、「過去と現在」なのだ、と次のように述べている。

 我々の関心にとって主要な時間はいずれは未来である。かくして「現在は決して我々の目的でない。過去と現在とは我々の手段である。ひとり未来が我々の目的である」。(『パスカルにおける人間の研究』、三木清著、岩波書店、1980年、P19)
 この文章は、人間が未来に(憲法のような)理想を掲げ、その崇高な目的を実現しようとする存在であることを示している。その意味でも、人間のあるべき姿に反する改憲は阻止しなければならない。

2022年7月20日水曜日

不眠症にピアノ練習

 不眠症になってしまったことは、七月十三日の「不安(不眠症)体験記」にも書いたが、十八日の夜は、初めから眠れなくなってしまった。それで夜間診療をやっているところを調べたら、深夜には対応していなかったので、119に電話をして、深夜でも対応してくれる医療機関を紹介してもらっりしたくらいだ。その日は、それでもなんとか4〜5時間眠れた。
 十九日は、友達や息子に電話をし、いろいろと聞いてもらい、アドバイスも受けた。その甲斐があって、夕べは、よく眠れた。
 始めに大丈夫だろうか、と言う不安もあつて一時頭にモヤがかかったような変な感じになったので、アドバイスの通りにラジオを聞こうとしても、それすら集中できずチョット焦った。でも、「眠れない時の対策は一つのことにこだわらない方がいい」と言われたことを思い出し、ちょうと妻がピアノの練習をしていたので、ピアノがいいかも、と閃き、昔習った時に使った教本をひっぱり出して、やさしい曲を弾いた。
 ピアノを練習していると、目は楽譜を見ながら鍵盤を弾くので、余計なことを考える余裕などない。その上、耳からはリズミカルな音楽が聞こえる。だからか、いつの間にか、頭がスッキリしてきた。シメタと思い、直ぐに寝た。今度は大丈夫だった。
 音楽の威力を実感したと同時に、脳の健康にとって、楽しいリズムと、鍵盤を弾く指の運動が良かったのかな、と思った。だからこそ、これからも、脳のリハビりのつもりで、独習でも一からピアノの練習をしていきたい。ピアノを習ったことが、こんなところで役に立って、本当に良かった。今度こそ、途中でやめることなく、練習し続けていきたいと思う。

2022年7月19日火曜日

健康的な食べ方のポイント

 朝食抜きの二食を、シンプルな生活の一環として捉えている本に出会った。「食べる量を少なめにするということは、人生をシンプルにするための大切な方法のひとつ。そして、からだを解放するためには規律も必要」(『シンプルに生きる 変哲のないものに喜びをみつけ、味わう』、ドミニック・ローホー著幻冬舎、2010年、p 137)だというのだ。ここでいう規律を「朝食抜きの二食」と考えることもできる。
 この本には、「健康的な食べ方のポイント」も書かれており、なるほどと、納得することができた。それは、
「空腹を感じたときのみ食べる」「ひと口ずつ味わって食べる」「空腹感がなくなってきたら食べるのをやめる」という三つ(上同、p138)
 である。特に、「空腹を感じたときのみ食べる」が、なかなか難しいことがわかる。でも、大切なことである。
 そういえば、西勝三さんの言葉「が全てである」を思い出した。仏教の「空即是色」の空だと思うが、「空腹」にも通じる言葉であると考えている。

2022年7月18日月曜日

死刑因幸徳秋水の「獄中書簡」

 古い雑誌『改造』(1950年4月)の中に幸徳秋水の「獄中書簡」を見つけたので、ちょっと読んでみたら、堺利彦宛の「二年目に君に書く。嬉しくて堪らぬ。尚、接見・通信禁止中だけど、緊要の件で特に願ったのだ。・・・」(明治四十三年十一月八日、p 191)というところを発見して驚いた。よくも、死刑宣告を受けた身でありながら、「嬉しくて堪らぬ」といった心境になれるものだと、その精神力に驚いたのだ。
 実は、大逆事件の首謀者として捉えられた報徳秋水は、明治四十三年の六月一日から翌四十四年の一 月二十四日まで市ヶ谷富久町の東京監獄につながれていた。そこで死刑の宣告を受けてからも、獄外の家族・友人・同志たちに通信を書き綴っていたのだ。
 明治四十三年十一月十日堺利彦宛の書簡(p 192)には、「君の健康はどうか。生活の方針は定まったか」という友への気遣いと「考えれば考えるほど宿命論の信者になる。遺伝の因と境遇の縁とで作り出す運命という大波には、意志の自由も力もあったものではない。ただ一片の木葉の漂うに似て、相似たりだ」弱音にも似た心境が綴られていた。て掃除された。「生活の方針は定まったか」という言葉には、自分が問われているような気がして、ドキリとした。今の自分に一番必要なことかもしれない。 

2022年7月17日日曜日

朝食抜きのススメ!

 体調が良くない。「不安(不眠症)体験記」を書いた頃から、本調子に戻っていない。なんとかこの状態から脱出したいと蔵書から『健康生活大全』(西勝三著)を取り出し、「朝食廃止」の項を読んだ。「気分はまことに爽快で、・・・」、時間が経つにつれ「便通もととのい、心気はますます爽快で、頭脳はさえてくる」(p49)という言葉に惹かれ、この道しかないのではないか、と思い、早速昨日から朝食を食べていない。
 ネットで調べて、「朝食抜きのススメ! | ゆいクリニック (沖縄市の産婦人科)」や「空腹こそ最強のクスリ・一日3食は間違いだった?」 YouTubeを見つけ、やはり、朝食抜きを続けてみようと思う。『奇跡が起こる半日断食』(甲田光雄著、マキノ出版、2001年)という本さえあるのだから、奇跡を信じて半日断食を続けてみたい。
 蔵書にあった『石原式「朝だけ断食」』という本では、朝は人参とりんごのジースを飲むことで必要なビタミンやミネラルを補給すること、昼は断食明けの捕食と考え、日本そばなどにし、肉などの消化に負担をかけるものは避けるとあった。今日の昼食後に眠くなったり、調子悪くなったのも、昼食で食べたハンバーグのためだったのかもしれない。この本も参考に、試行錯誤をしながら自分なりの良い方法を見つけていきたい。

2022年7月16日土曜日

素数の規則性の発展史

 面白い教養番組が始まった。「笑わない数学」だ。初回の7月13日(水)は、「素数」だった。以下この番組で知ったことである。
 素数には、友愛数(220と284など)や完全数(28など)といった興味ある素数があることは、割と早い時代にわかっていた。しかし、不規則(気まぐれ)に出現する素数に規則があるのか多くの数学者を悩ませてきた。
 そんん中、ついにレオンハルト・オイラー(1707年- 1783年)が、素数を用いて一定の計算式を計算すると、その値が[(π×π)/6]になることを発見した。素数に一定の規則性があることが明らかになったのだ。


 その後、ガウス[1777~1855]が、「自然対数表を使えば、素数階段の高さを予言できる」ことを明らかにした。素数は、自然対数との関連もあることがわかってきたのだ。



 その後ベルンハルト・リーマン(1826年 - 1866年)がゼータ関数なるものを考案し、そのグラフ化の過程で、「0点が一直線に並ぶ」ことを発見する。そして、ついに、物理学者フリーマン・ダイソンと数学者ヒュー・モンゴメリによって、0点が一直線に並ぶ規則性を数式で表したものと、「ウランなどの重い原子核のエネルギーレベルの間隔を表す数式と一緒であることが明らかにされた。これら一連のことは、「素数に理想的かつ完璧な調和が存在することを意味し」、自然界の一定の振る舞いを説明できることを意味していた。素晴らしい一致を発見したものである。




2022年7月15日金曜日

手のひらに無限を乗せ

 映画『博士の愛した数式』をみた。その中で、「木は一本で一」「全体で一、一つの中に全体が調和して美しい」というセリフがあった。多分この言葉との関連だと思われるウィリアム・ブレイクの次の詩が映画の最後に紹介されたていた。
人つぶの砂に 一つの世界を見
一輪の野の花に 一つの天国を見
手のひらに無限を乗せ
一時のうちに永遠を感じる
  ウィリアム・ブレイク
 なんと壮大な世界観だろう、と感嘆し、永遠を感じる数学の世界に魅力を感じた。そして、ウィリアム・ブレイクの刺繍を借りて、さっと読んでみた。「大地の答え(有心)」という詩の中の次の一節を見つけた。鎖の正体が何かわからないけれど、なんとなく惹かれた 一節だった。
わたくしの骨のまわりに氷つく
この重い鎖を破れ!
自己本位の鎖を! 見えっぱり鎖を!
永久の害毒の鎖を!
自由な愛をからめしばる この鎖を 

2022年7月14日木曜日

『レ・ミゼラブル』に学ぶ

 一度、映画『レ・ミゼラブル』を観て、その感想は「奴らは私の誇りを奪った」に書いたが、そこで、「文学作品は文学作品で、映画は、文学作品と大意は変わらないとしても、独立した作品となって、映画独自の創造もあるのかもしれない。ミュージカル作品もあるようなので、観てみたい」と書いた。ミュージカル作品も観て、確かに「独自の創造」があった。映画にはなかったセリフが、しかも素敵な言葉あったのだ。それは、

 今世界の色は日々塗り替えられている。

 レッド  怒れる民衆の血

 ブラック 弾圧の過去

 レッド  新世界の夜明け

 ブラック 長かった夜の終わり


 レッド  僕の燃える魂

 ブラック 彼女のいないむなしさ

 レッド  希望の色

 ブラック 絶望の色(「『ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』」より)

 と高らかに歌う場面だ。
 この対立した世界観は、現代にも通じているのがミソである。日本は、「弾圧した過去」を乗り越え、真日本国憲法を手にして「新世界の夜明け」を体験した。その後ブラックの嵐が吹きまくってはいるが、日本国憲法を手にしている限り、だいぶ暗くなってきても「新世界の夜明け」は続いている。
 今、今までにない改憲の危機にあるが、『レ・ミゼラブル』から学ぶべき点は、改憲の先にある世界は、かつて弾圧の嵐をふかせたブラックの世界なんだ、ということであろう。改憲を許し、歴史を逆行させてはならない。

2022年7月13日水曜日

不安(不眠症)体験記

 夜中の2時頃に目が覚め、眠ろうとしたが色々と雑念が浮かんできて、その雑念が不安の種になって眠れなくなってしまった。最近二、三回眠れなくなったが、体を疲れさせればと散歩したりして、なんとか途中から眠れたが、今回は朝まで眠れそうにない。それで、こうして記録しておくことにした。
 顔のほてりもあるので、自律神経のあたら気がうまくいっていないのか、脳の血流が充血しているのか、なんて考えてしまうと余計落ち着かない。不安の力、などと肯定的にいう人もいるようだが、心が押しつぶされそうな、横になるのが辛くなるような「不安の破壊力」のようなものは、どうしようもなく辛いものである。こんな時、安定剤のような薬を用いれば楽になるのかもしれない。
 だが、今迄そうしてきたように、自分の力で、このピンチを乗り切りたい。そのために考えられる原因を考察する必要がある。
 その一つは、ここ数ヶ月続いている腰痛との関連である。リハビリの先生に姿勢が悪いのが原因だと言われたが、食生活に問題があったのではないか、つまり、タンパク質中心で炭水化物を控えてきた食生活は、私の場合合わないので、それが腰痛になったり、不眠になったりする原因ではなかったか、と考えてみた。昨日が昼食も夕食も肉食だったので、余計にそう考えてしまったのだが。
 こうして書いているうちに、自然と居眠りをしていた。それで、また寝たら、今度は寝れた朝5時のことである。そして、7時に起こされた。二時間は眠れたのだ。
 今後の対策だが、肉食に偏らないこと。しばらく温泉に通い、温冷浴を続けて自律神経の強化に努めたい。それと散歩、姿勢に気をつけることである。あわせて、これまで以上に、計画的な読書や勉強に努めていきたい。大脳新皮質、特に前頭葉の健全な発達は、必ずや自律神経にも好影響を与えると思えるからだ。
 不安という得体の知れないものにやられてしまうのは、まだまだ人間的な弱さを抱えているということであろう。そう考えると、気持ちも楽になる。

2022年7月12日火曜日

学びの手法としての図化の基本

 図解思考というものに関心を持ったこともあり、『図解の技術』と『図で考える人は仕事ができる』という蔵書も持っていた。しかし、複雑すぎたのか、身につけるまでは至らず、積読の状態だった。
 この度、『思考を鍛えるメモ力』(齋藤孝著、筑摩書房、2018年)を読んでいて、図解の偉力を目の当たりにすることができた。何より驚いたことは、一冊の本の大意をわかりやすく、しかもストレートに頭に入ってくるように表現されていたことだ。この手法は、学びの手法として、是非とも身につけいたいものである。
 現在、社会は混沌として、先が見えなくなってきている。その典型は、この度の選挙の結果だ。民主主義の重要性が叫ばれていながら、民主主義を軽視している勢力が議席を伸ばしてしまったわけだが、それは、議席を伸ばした勢力の「真の姿が見えなくなってきている」からに違いない。だからこそ、図化の基本を多用して、真実の姿をわかりやすく伝える努力が必要になっているのかもしれない。

     (「『思考を鍛えるメモ力』、p 95」より)

2022年7月11日月曜日

民主主義の要件二つ

 2022年7月9日の朝日新聞は、「民主主義の破壊許さぬ」という社説で「銃弾が打ち砕いたのは民主主義の根幹である。全身の怒りをもって、この凶行を非難する。同時に、亡くなった安倍元首相に対し、心から哀悼の意を表する」と書いた。非暴力が民主主義の根幹であることを見事に表現した言葉だ。しかし、非暴力であれば民主的かと言えば、そうではない。民主主義の要件はもっとあるからである。その要件は、『民主主義とは何か』の著書もある宇野重規氏によれば、次のような「線を引くこと」と、「公開による透明性」である。

 近代の民主主義の本質はきちんと「線を引くこと」にある。権力分立を破れば暴政になるし、政教分離を犯せば宗教支配になる。きちんと「線を引くこと」が大事だ。( 『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』、岩波新書、2022年、p 159)

「政治」にとって大切なのは、公開による透明性だ。誰だって、大切なことが、どこか知らないところで、誰だかわからない人たちによって勝手に決められるのは嫌だろう?
 みんなに関わることは、力による強制や利益誘導ではなく、公の場所でみんなできちんと議論して決める、この原則がまず重要だ。(上同、p 162)
 それでは、日本はこれらの要件を満たしているのであろうか?
 残念ながら、「日本の現実はその逆を行っているように思えてならない。政治的決定をしているのは、権力を持った一部の高齢者男性であり、女性や若者、そして日本に暮らす外国人の声が政治に反映しているとは、とても思えない」(上同、p 163)。その典型が、日米合同委員会であろう。主に在日米軍関係のことを協議する機関で、日本の官僚と在日米軍のトップがメンバーとして月2回、協議を行っているが、協議は秘密の会合として行われてるのが現実である。

2022年7月10日日曜日

反憲法政治の転換を

 菅政権時代に「学術会議任命拒否問題」というのがあった。芦名定道、宇野重規、岡田正則、小沢隆一、加藤陽子、松宮孝明の6名が、菅政権によって日本学術会議会員への任命を拒否された事件である。この度、この6名が著者になって『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』(岩波新書、2022年)が出版された。そして、その中に、小沢隆一著「反憲法政治の転換を」なる小論があった。その結論は、任命拒否問題の本質など、次のような内容であった。
 今回の任命拒否は、これまで「首相の任命権は形式的なもの」、「任命拒否は想定されていない」と説明してきたものを、「学術会議の推薦のとおりに任命する義務はない」と勝手に法解釈を変更して行なったものです。学術会議の会員人事への介入は、安倍政権時から画策されてきました。そして、憲法解釈、法解釈の勝手な変更による政治の暴走、人事権の行使による強権支配は、安倍政権下で際立ってきました。それは、二〇一五年の安保法制の強行、その前年の集団的自衛権容認の閣議決定、それに先立つ内閣法制局長官人事によって先鞭がつけられました。そして今、「攻撃的兵器は持たない」とする従来の政府方針をかなぐり捨てて、「敵基地攻撃能力」の保持が狙われています。法の支配の破壊と人事権を使った強権支配は、平和と民主主義、そして憲法にとって重大な脅威となっているのです。今回の学術会議会員の任命拒否問題を、こうした安倍政権から菅政権へと引き継がれた反憲法的政治のなかに位置づけることが必要です。( 『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』、岩波新書、2022年、p85)
 ここで、任命拒否問題の本質が次のように述べられている。

 1、勝手に法解釈を変更
 これまで「首相の任命権は形式的なもの」、「任命拒否は想定されていない」と説明してきたものを、「学術会議の推薦のとおりに任命する義務はない」と勝手に法解釈を変更して行なったもの。

 2、安倍政権時から画策された政治の暴走
 憲法解釈、法解釈の勝手な変更による政治の暴走、人事権の行使による強権支配は、安倍政権下で際立ってきました。

 3、一連の反憲法的政治
 二〇一五年の安保法制の強行、その前年の集団的自衛権容認の閣議決定、それに先立つ内閣法制局長官人事によって先鞭がつけられました。そして今、「攻撃的兵器は持たない」とする従来の政府方針をかなぐり捨てて、「敵基地攻撃能力」の保持が狙われています。

 4、任命拒否問題の本質
 法の支配の破壊と人事権を使った強権支配は、平和と民主主義、そして憲法にとって重大な脅威となっているのです。今回の学術会議会員の任命拒否問題を、こうした安倍政権から菅政権へと引き継がれた反憲法的政治のなかに位置づけることが必要です。

 現在は、ロシアによるウクライナ侵略戦争が影響し、防衛論議が盛んになってきており、その過程で防衛費の倍増が叫ばれている。しかし、外国からの脅威よりも、一連の「法の支配の破壊と人事権を使った強権支配」という「平和と民主主義、そして憲法にとって」の脅威こそが問題ではないだろうか。

2022年7月9日土曜日

人類の知的遺産を身につける

 よく「なぜ勉強しなければならないの?」という疑問が出されることがある。その理想的とも思える答えを見つけた。

 私たちが勉強するのは、大きく言うと、人類の知的遺産と財産を身につけるためです。・・・・中国や西洋の哲学、思想にしても、私たちは人類の勉強の成果の上に生きています。
 そのような人類の蓄積してきた遺産、成果についてきちんと勉強すると、自分の中にあるまだ知らない能力を、いくつも発見できるのです。言いかえれば、自分の中に秘められた力が湧き出るのです。(『100年無敵の勉強法』、鎌田浩毅著、筑摩書房、2021年、p34)

 似たようなことに、前に書いた「巨人の肩の上に立つ」、つまり「巨人の手に乗って持ち上げてもらえば、そこから見える風景は、地上とは違ったモノになるでしょう」(『自然科学はじめの一歩』、p 22)というのがあった。「巨人の肩の上に立つ」という言葉には、巨人の肩の上に立てば、「自分の中にあるまだ知らない能力を発見できる」「自分の中に秘められた力が湧き出る」という意味もあったのだ。
 だとすれば、『100年無敵の勉強法』は受験生向きに書かれた本だが、高齢者こそ人類の遺産を学び続け、秘められた力を引き出していく必要があるといえよう。

2022年7月8日金曜日

長崎での被曝は日本政府が招いた?!

 ポツダム宣言がどのように報道されたかを調べているうちに、広島の原爆がどのように報道されたかが気になって調べてみた。そして、新型爆弾に怯むどころか、「断乎報復」と書き、それどころか、なんと「地下生活に徹せよ」と、とんでもないことを平気で報道していた。知らされていなかったから、にせよ。とにかく驚いた。
 気になることはもう一つある。広島に原爆を投下した後、トルーマン大統領は「広島に投下した爆弾は戦争に革命的な変化を与える原子爆弾であり、日本が降伏に応じない限り、さらに他の都市にも投下する」(『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』、半藤一利著、文芸春秋、1995年、p 15)と発言している。こうした発言も無視し、降伏を先延ばしにしていたとなれば、長崎での被曝は、日本政府が、日本のマスコミが招いたと言っても過言ではないことに気がついた。戦争を終わらせる過程を、もっとしっかりと学場なくては、と思っているところである。
 

「聞蔵IIビジュアル(朝日新聞記事データベース)」より


「朝日新聞、1945年8月10日、聞蔵IIビジュアル(朝日新聞記事データベース)」より

2022年7月7日木曜日

「防衛力強化求める」過ちの声

 朝日新聞地方版の見出し記事「防衛力強化求める意見書、『異例』の修正可決」が目に止まった。「自民党が福島県議会6月定例会に提出した、政府に防衛力強化を求める意見書が『異例』の手直しを経て県議会総務委員会で5日、可決された」(笠井哲也、2022年7月6日)というものだ。この記事を読んで、ポツダム宣言の一部を知っても、次のように徹底抗戦を訴えていたマスコミの姿勢を思い出した。「防衛力強化求める」勇ましさと、「断固戦争完遂に邁進するのみ」と報じる勇ましさに同じような匂いを感じ、空恐ろしくなってしまった。
 (1945年7月)二十八日の各朝刊紙は内閣情報局の指令のもとに、ポツダム宣言を国民に発表した。ただし、国民のの戦意を低下させる条項は削除し、政府の公式見解は発表せず、新聞はできるだけ小さく調子を下げて取扱った。そして、国民の戦意を低下させぬようにという配慮から、かえって紙面には戦意昂揚をはかる強気の文字があらわれた。読売報知は「笑止、対日降伏条件」と題して要旨をかかげ「戦争完遂に邁進、帝国政府問題とせず」とうたった。朝日新聞は「政府は黙殺」と二段見出しでかかげ、毎日新聞は「笑止! 米英蔣共同宣言、自惚れを撃砕せん、聖戦を飽くまで完遂」と壮語した。(『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』、半藤一利著、文芸春秋、1995年、p 12)

  実は、ポツダム宣のおわりには「われらは右条件より離脱することなかるべし」とあり、「それ以外にはいかなる交渉にも工作にも応じないというのが連合国の意志であった。にもかかわらず、最高戦争指導会議でも閣議でも、これを"最後通牒"とみなしたものはひとりもいなかった」。だから、「国民のの戦意を低下させる条項は削除し、政府の公式見解は発表せず、新聞はできるだけ小さく調子を下げて取扱」うようになってしまった。それにしても、これほどまでに、戦争完遂の意志が強かったとは驚きだ。
 当時の朝日新聞を調べてみたら、「政府は黙殺」という見出しのもと、「共同声明に関してはなんら価値あるものに非ずとしてこれを黙殺すると共に、断固戦争完遂に邁進するのみとの決意を更に固めている」と報じていた。今では、こうした姿勢が過ちであったことは明白だ。
「防衛力強化求める」声が過ちであることは、歴史が証明するであろう。

「聞蔵IIビジュアル(朝日新聞記事データベース)」より

2022年7月6日水曜日

理想にこだわらないと現実は変えられない

 『通販生活 2022 盛夏号』が届いた。表紙の言葉があまりにも素敵なので、紹介させてもらった。「廃戦」という造語も素晴らしいが、何よりも「理想にこだわらないと現実は変えられない」がいい。ウクライナでの現実を見ていると、日本国憲法の理想は夢のような話と思われるかもしれない。しかし人間は、理想や夢を持って、ここまで文明を発展させてきたといって良い。だからこそ、あくまでも、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓」(日本国憲法前文)った、この理想にこだわっていきたいものである。

まもなく2022年8月15日――

7回目の「廃戦記念日」がやってくる。

終戦記念日でも敗戦記念日でもない、

体験から生れたわが国の理想(憲法9条・戦争の放棄)を

年1回、世界に発信する記念日。

理想にこだわらないと現実は変えられない。

2022年7月5日火曜日

対立緩和という平和への途

 国際民主法律家協会 (IADL)が、2022年 3月 8日に発表した「ウクライナで進行中の戦争の激化に関する声明」https://iadllaw.org/202203/iadl-statement-on-the-escalating-war-in-ukraine-finding-the-road-to-peace/ によると、「米国とNATOは、10年以上にわたつてロシア連邦に対して極めて挑発的な振る舞いを行ってきた」だけでなく、ロシアとの国境にあるNATO諸国でのさらなる軍事力増強が計画され、なんと、「この増強には、ポーラン ドに建設中の新しい米軍基地が含まれ、ロシア国境からわずか100マイルのところに米国の核武装ミサイルを配備する可能性がある」という。だとすれば、ロシアを追い詰めてきたのは米国とNATOということになる。
 かつてのソ連が健在の頃は、冷戦というソ連と米国などの西側諸国の対立が存在していた。ソ連が崩壊し、冷戦は終わったと言われてきたが、冷戦は続いていたのだ。だからこそ、その延長線上で、この度のウクライナで進行中の戦争が起きてしまった。そう思って間違いない。このような戦争を予言している次の言葉が、その証拠である。

 東西両勢力の対立激化の一歩一歩一は戦争への途であり、緩和の一歩一歩は平和への途である(細野武男著「学問と政治」『現代学問のすすめ』、雄渾社、1996年、p 268、イギリスの政治学者ハロルド・ラスキの認識)

 ロシアにとっての脅威になったであろう「ポーラン ドに建設中の新しい米軍基地」のことから、沖縄・辺野古に建設中の新しい米軍基地が、中国や北朝鮮への脅威になるであろうことを想像してしまった。実際そうであろう。日本の軍事費倍増計画と合わせ、「東西両勢力の対立激化という戦争への途」に突き進んでいることを意味している。それが現実である。だから今こそ、「東西両勢力の対立緩和」という平和への途に方向転換すべきである。

2022年7月4日月曜日

戦争を起こさないようにしよう

 私は前に、「日本国憲法が示した通り、『わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを』(前文)を国家の最優先課題にすべきだし、その具体的な方策を国家を上げて取り組んでいくべきなのである。このような取り組みを何もしないで、『優れた自衛力を保持し続けることが望ましい』などということは、正しくなかったのだ」(「剣をとる者は/剣にて亡ぶ」より)と書いたことがある。同じように「戦争を起こさないようにすること」の大切さを綴った声を見つけ、とても心強く感じ、勇気をもらうことができた。それは、

 今回のウクライナ侵攻を受けて、日本でも「戦争反対と言っていても無意味だ」と嘲笑する声が聞こえたし、非核三原則の見直しや核軍備を議論したがる為政者もいる。起こさないようにする、に立ち帰りもせずに。(武田砂鉄著、『暮しの手帖』、226-7月号、p129

 である。参議院選挙の真っ最中だが、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする』(前文)という原点に「立ち帰りもせずに」、軍事費の倍増とか、敵基地攻撃能力の保有といった勇ましい議論ばかりが先行している。それでは、ウクライナのような惨状を招いてしまうのではないか、と気が気でない。
 国際民主法律家協会 (IADL)は、2022年 3月 8日にウクライナで進行中の戦争の激化に関する声明を発表した。
 その声明(https://iadllaw.org/202203/iadl-statement-on-the-escalating-war-in-ukraine-finding-the-road-to-peace/ )を読んで知ったことだが、「米国とNATOは、10年以上にわたつてロシア連邦に対して極めて挑発的な振る舞いを行ってきた」だけでなく、ロシアとの国境にあるNATO諸国でのさらなる軍事力増強が計画され、なんと、「この増強には、ポーラン ドに建設中の新しい米軍基地が含まれ、ロシア国境からわずか100マイルのところに米国の核武装ミサイルを配備する可能性がある」というのだ。「このまま戦況がエスカレートすれば、全NATO諸国との広範な戦争や、 全人類 の破減につながるロシアとNATOによる地球規模の熱核戦争が引き起こされる可能性がある」という戦慄するような指摘に、真摯に向き合うべきであろう。

2022年7月3日日曜日

「εーN論法」がやっと分かった

 放送大学の科目『入門微分積分』を前に受講したが、「εーN論法」で挫折し、単位を取ることができなかった。以来、「εーN論法」にこだわり、何度か挑戦しても、理解することができずにきた。しばらく忘れていたが、数学に強い友人に、今度「εーN論法をやりましょう」と言われ、再度教科書を開き、放送も聞き直した。すると、今度はすんなりと理解することができ、とても嬉しかった。


 理解のきっかけとなった言葉は、「εを小さくすれば、anとαの差も小さくなる」「そう決める。定義する」だった。「anとαの差が小さくなる」ということは、「anが限りなくαに近づく」、つまり、「数列anはαに収束すること」を示していたのだ。
 分かってからネットで調べたら、イメージを図解していた。なるほどと、さらに「εーN論法」を深く理解することができた。
 

2022年7月2日土曜日

巨人の肩の上に立つ

が、今年度から開設されたので、どんな科目かを知りたくて教科書を少し読んできた。その中で、自然科学は「研究成果の継承」が重要視されたこと、つまり、研究の成果の「積み重ねが自然科学を発展させていった」ということ、そのためにも、自然科学においては「言葉の定義や数式による表現」による厳密性が求められてきたことが印象的だった。一部引用すると、

 自然科学では後の世代に正確に情報が伝わるように、言葉の定義や数式による表現が重要な要素になります。曖昧な言葉の使い方は、後の研究者に誤解を与える可能性があるので、定義や表現は厳密である必要があります。(『自然科学はじめの一歩』、p 22)

 巨人の肩まで登らなくても、腰の高さまででも、「巨人の手に乗って持ち上げてもらえば、そこから見える風景は、地上とは違ったモノになるでしょう」(上同)

(「放送大学授業科目『自然科学はじめの一歩』の放送授業」より)

 ここでいう巨人は、優れた科学者を意味するだけでなく、例えば一定の時代の化学の成果全体を意味することもこともある。だから、「巨人の肩の上に立つ」ということは、自然科学の成果を学び、学んだ成果をもとにさらに研究を発展させようということでもある。科学者でなくても、科学を学べば、つまり、腰の高さまででも、「巨人の手に乗って持ち上げてもらえば、そこから見える風景は違って見え、視点も拓けて見える」というのだ。
 ここの部分を読みながら、社会科学においては、言葉が自然科学ほど厳密ではない。例えば、民主主義という言葉ひとつとっても、使う人によって、その意味するところが違っていることが多い。それほど曖昧な言葉で、そういう言葉が結構多い。そうした反省の意味も込めて、『自然科学はじめの一歩』を学んでみる価値がありそうだ。

2022年7月1日金曜日

軍事力で「人類の至上の価値」を守れるか

 朝日新聞(2022年7月1日)(異論のススメ スペシャル)佐伯啓思著「『普遍的価値』を問い直す」を読んだが、なぜかスッキリしなかった。納得できない論旨は次の二点だ。納得はできないが、どのようにおかしいのかを直ぐにはわからなかった。以下考察してみる。
1、「自由、民主主義、人権、法の支配」こそ人類の至上の価値だというのなら、それを守るためにも、その敵対者と対決するだけの軍事力を持たねばならないであろう。

2、今日、世界の構造は著しく不安定化している。日本の憲法9条の平和主義は事実上条件付きのものである、なぜなら、9条の武力放棄は、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」を受けているからだ。だが今日の世界ではもはやこの条件は成立していない。
 1の問題点は、「人類の至上の価値」を守るためには、軍事力以外にもあることを無視している。その上、「敵対者と対決するだけの軍事力」を持とうとすれば、相当の軍事力アップをしなければならない。そのことも触れていない。何よりも、軍事力を使った時点で、「人類の至上の価値」は、破壊されてしまう。
 2の問題点は、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という条件は、もともと成立していなかった。前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という条件が満たされていないのは、今に始まったことではなかったのだ。だから日本国憲法は、そういう国際社会を作ろうとしたと言って良い。にもかかわらず、そうした努力をせずに、「今日の世界もはやこの条件は成立していない」と切り捨ててしまうのは、早計な結論でしかない。