2024年7月31日水曜日

「核の冬」の脅威

 ヒロシマ原爆・平和展に行って、写真や遺品、高校生が被爆者から聞いた話を元に描いた絵画などを見てきました。VR被曝映像体験もしてきました。被曝前の広島が一瞬の被曝によって壊滅状態になって、そこから復興して緑豊かな広島になるところまで、5分くらいバーチャル映像で見れるのです。
 あらためて感じたことは、原子爆弾はまさに「地獄製造爆弾だ」ということです。被曝によってヒロシマナガサキは地獄絵と化したのです。そして、再び原子爆弾が使われるようなことになってしまったら、世界的規模の地獄絵になってしまうであろう、ということです。なぜなら、核の冬(注)によって、「食料生産が大打撃を受け、また多くの生物が死滅するので、全人類は飢餓に直面」(注)するからです。
 だからこそ、「人類は、今こそ、核兵器のない平和な世界の実現に向けて、共に大きな動きを創っていかなければなりません。(It is now more important than ever for human beings to work together to build an enormous movement toward a world free of nuclear weapons.)」(『ヒロシマ Hiroshima 被曝被害の概要と今なお続く核兵器の脅威』、広島平和記念資料館啓発課)

(注)核戦争がおこると、核爆発の直接の被害によっておびただしい数の死傷者がでるだけでなく、火災により大気中に運ばれたススとチリの粒子が太陽光線をさえぎり、気温がいちじるしく低下します。「核の冬」と呼ばれるこの状態は、地球的規模で何年も続くと想定されています。
 「核の冬」が出現すると、食料生産が大打撃を受け、また多くの生物が死滅するので、全人類は飢餓に直面します。(「広島平和記念資料館 5-3-1-8 核の冬」より)

2024年7月30日火曜日

九条を本当に実行する・2

  哲学者の長谷川宏さんが、『ことばをめぐる哲学の冒険』の中で、カントの『永遠平和のために』を取り上げていました。そこで引用されていたカントの言葉が、日本の進むべき道を暗示しているようでした。それは次の言葉です。日本は、まだ共和国にはなっていませんが、平和憲法を持つ国として、永遠平和を目指す「他の国々の連合的統一の中心となり、連合に参加した国々は、国際法の理念に従ってたがいの自由を確保し、そうした結びつきがだんだんに大きく広がっていく」。そう思えた、いや、そうしなければならないと思ったのです。「九条を本当に実行する」ということは、こういうことでもあったのです。

 最高の道德的立法権をもつ理性が、⋯⋯⋯平和の状態こそまっすぐめざすべき義務だと考えたとしても、民族間の契約なくしては平和の状態は確立されないし、保障されない。そこで、「平和連合」とでもいうような特別の連合が存在しなければならない。⋯⋯⋯この連合はなんらかの国家権力の獲得をめざすのではなく、もっぱら一国家の自由、および他の連合国家の自由の確立と維持をめざすものである。⋯⋯この連合がすべての国々のあいだに徐々に広がると、永遠平和へと至るはずだが、その理念の実現可能性(客観的実在性)を示せなくはな心がうまく展開して、強力で文化的な一民族が共和国を作ることができたとすると(共和国はその本性からして永遠平和をめざすはずだから)、この共和国が他の国々の連合的統一の中心となり、連合に参加した国々は、国際法の理念に従ってたがいの自由を確保し、そうした結びつきがだんだんに大きく広がっていくのだ。(『ことばをめぐる哲学の冒険』、毎日新聞社、2008年、p210〜211)

2024年7月29日月曜日

近代絵画の四つの特徴

 NHK日曜美術館(2024年7月21日放送)「まなざしのヒント 日本近代洋画」で、大原美術館館長の三浦篤さんが、近代絵画の四つの特徴として、①異文化の発見と需要の時代、②原始的なもの、③神秘的なものへの興味、写真とは違った絵画でしか表現できない絵画らしさの追求、④芸術家の強い個性が出てきた時代をあげていました。特に④は、これはゴッホの絵、これはゴーギャンの絵と、すぐわかりますから、確かにその通りだと納得できました。
 番組ではいろんな絵を取り上げて解説していましたが、美術家の森村泰昌さんが解説した関根正二の「信仰の悲しみ」が、一番印象的でした。今まであまりよくわからない作品と思っていたのに、 森村泰昌さんの解説によって、その素晴らしさに開眼したからです。森村さんによれば、「信仰の悲しみ」は、関根正二の過去、現在、未来を描いた自画像ではないか、というのです。そう言われると、先頭に描かれた未来の姿は、凛として強い意志を感じます。初め、画題を『楽しい国土』にしようとしていたらしいこと(注)を考えると、うつむかなくても良い未来を『楽しい国土』と想像していたのかもしれません。
 いずれにせよ、そんなの間違っているんじゃないか、と言われても、自分が面白ければ、そして、自分がときめくというか手応えがあったら、それでも立派な美術鑑賞です、という森村泰昌さんの解説も良かったです。


(注)二科展に出品する前、伊東深水宅に作品を持ち込んだ関根に対し、探水が画題をたずねると『楽しい国土』であると言ったが、深水は「まことに悲痛な人間の悲しみ」が感じられ、「いかにも宗教画という感じ」がして「楽しいというより、悲しみのどん底にいるような絵じゃないか」(「関根と私」『三彩』 昭和35年6月)と関根に言ったところ、「信仰の悲しみ」と題して出品したといわれ、・・・(「三重県立美術館 関根正二《死を思う日》《信仰の悲しみ》」より)

2024年7月28日日曜日

集中力こそ幸福への鍵

 久しぶりに、これこそ求めていたことかもしれないと思えた本に出会いました。そのときその時に意識を集中する、日常に瞑想を取り入れる方法です。その結果がまた素晴らしいのです。本文で確認しておきます。
 集中力が深まっているとき、人は身体のことをすっかり忘れています。そのとき、自分にとってもっともやっかいな問題、つまり自分自身のこともまったく忘れてしまいます。これこそが幸福への鍵です。
 音楽の好きな人がベートーベンのソナタを聴いているとき、その人の肩をたたいても気づきませんね。すべての神経を音楽に注いでいるからです。鋭い洞察力をもつ古代インドの腹想の師、パタンジャリに言わせると、その人は音楽に没頭しているからこそ、真に音楽しむことができるのです。意識から発するすべての波動が音楽に向いていて、自分自身のことや、自分の問題に向けられる余地がないので。(『スローライフでいこう ゆったり暮らす8つの方法』、エクナット・イーシュワラン著、スタイナー紀美子訳、早川書房、2001年、p105)

 心がひとつのことに集中できるようになると、美しいものがより美しく感じられてきます。音楽はもっと美しい音色を奏で、絵画の美しさも奥行きを増し、色彩も色調もより生き生きと、心に迫ってきます。(同上、p99)
 訓練の方法は、
 心を一点に集中させる訓練は、自分がやっていることに意識を完全に向けることによって、いつでも可能です。意識をできるだけ分散させないように心がけてください。
 たとえば車を運転しているときは、運転だけに集中し、同乗している人に話しかけないようにします。アメリカに来たばかりのころ、わたしは、意識を集中させることなどまったく知らないような人の車に乗せてもらったことがあります。高速道路を走りながらその人は、前日のわたしの講義内容について問題を指摘しはじめ、議論に熱中してきました。わたしはもちろん反論したかったのですが、自説の正しさを強調するあまりその人の両手が車のハンドルから離れるのを見て、とっさに叫んでしまいました。「そうです。そうです。あなたのおっしゃるとおりです。ただハンドルだけは握っていてください!」それでかろうじて命拾いできたと今でも思っています。
 (中略)
 運転ほど危険をともなわない場合にも、当てはまることなのです。そして生活のなかで毎日繰り返されている単純な作業にも適用できます。たとえば、台所で野菜を刻んでいるときには、ただ野菜を刻むようにします。おしゃべりをしたり、あちこちに目をやったりはしないこと。もしだれかに話しかけられたら、手を休めて、その人にあなたの意識をすべて向けるようにしてください。あるいはその人に、野菜を切り終えるまで待ってよう頼んでください。このように簡単なことを実行するだけで、台所の事故はほとんどなくなるでしょう。それはまた、いついかなるときもひとつのことに集中するよう、心を習慣づけていることにもなります。(同上、p100〜101)

2024年7月27日土曜日

老境の最もふさわしい武器は

 キケロ著『老境について』を見つけて読み始めたら、「老境の最もふさわしい武器は」と魅力のあるテーマについて書かれていました。しかし、続いて、「諸徳についての学説と実践とであり、それらが一生を通じて涵養せられるとせば、」という具合で、どうも訳がすっきりしませんでした。
 そこで、全集に収められているものを探しました。そして見つけたのが、『世界大思想全集 第1期 第3 』(河出書房、1959年)です。訳も、次のように、ずっと読みやすいものでした。
 スキーピオー君にラェリウス君、全く老年に対する最もふさわしい武器は、いろいろな徳についての知識とその実践とである。それが一生を通じて絶えず涵養されるならば、長い多事な一生の終りに、驚くべき実を結ぶのである。なぜならばそれらの諸徳は、人生の最後の時においても決してその人を見捨てないばかりでなく――確かにそれは最大のことであるが――人生をよく生きてきたという自覚や多くの良い行いの思い出も大変心強いものであるから。(セネカ著「老年について」『世界大思想全集 第1期 第3 』、河出書房、1959年、p6)
 最後の部分は、『老境について』では「あまたの行為と思い出とはまたとなく悦ばしいものであるから」でした。どちらも参照するとより理解が深まることがわかりました。

2024年7月26日金曜日

モーパッサンの幸福論

 渡辺一夫著「文学者も戦争を呪詛し得ることについて」(『新選現代日本文学全集 第34 (渡辺一夫,竹山道雄,桑原武夫,加藤周一集)』筑摩書房、1959年)には、(附記)として「モーパッサンの反戦論的主張は、『水の上』の[四月七日]附の文章末数頁に見られる。拙文中へ引用したのは、ニーロップの引用した文章だけであるが、それ以外にも、『水の上』中には感動すべき幾多の主張がある」と、『水の上』の紹介がありました。
 確かに、戦争に関する論述部分がありました。と同時に、モーパッサンが幸福について論述しているところを見つけてしまいました。
 人生に満足し、何事にも興味を抱き、不満を覚えぬ人間は幸福である。人生のすべてを愛し、あらゆるものに狂喜する人間、太陽を愛し、雨を愛し、雪と霧とを愛する人間。彼らは静かな家庭が好きだし、お祭り騒ぎも好きである。彼らには、人生において見るもの、すること、聞くこと、ありとあらゆるものが楽しいのである。
 彼らの中のある者は、孫や子供達にとり卷かれ、静かな、安穏な、満足しきった生活を送っている。ある者は、快楽と愉悦とを追い求めて活動的な生活を送っている。
 いずれにせよ、彼らは絶對に人生に嫌氣がさすことはない。
 彼らにすれば、人生は芝居と同じように楽しく味わえるのである。彼らは人生という芝居に一役買ってでてもいる。もつとも、人生は格別彼らを驚歎させ有頂天にさせるわけではないが、とにかくそれは変化にとみ、彼らには興味のある芝居と、同じ程度にたのしいのだ。(『水の上』、モーパッサン著、斎藤正直訳、河出書房、1953年 p38〜39)
 モーパッサンの戦争論だけでなく、幸福論にも魅力を感じました。あと、どんな論を展開しているのか、あるいは彼の人生について、興味を抱いてしまいました。人生楽しみたいものです。

2024年7月25日木曜日

モーパッサンの反戦論

 エラスムスに関する文献を読んでいて、 「エラスミスムについて」の著者渡辺一夫さんのことを知りました。そして、引用されていたモーパッサンさんの言葉「政治をとる人間は誰でも、船長が難破を避ける義務があるように、戦争を避ける義務がある」(注、p98)に感動してしまいました。確かにその通りです。戦争は、まさに難破に等しいからです。
 さらに耳が痛いは、「最もあきれることは、人民が政府に反対して起たぬことである。王政と共和制との間に何の違いがあるのか? 最もあきれて物も言えぬことは、社会全体が、戦争という一語に対して反抗しないことだ」(上同、p98)というモーパッサンの言葉です。これだけ軍事費をアップして戦争の準備に余念がないにも関わらず、反対が少なく、モーパッサンさんの危惧が現代にも通じるからです。今まさに、<現在の危機の一つは、明らかに依然として「戦争」であり、それに伴う好戦人種の周到な準備>(上同、p95)なのです。
 また、「人間の根本倫理」という言葉を初めて知りました。「生存競争弱肉強食の法則を是正し、人類の文化遺産の継承を行うのが、人間の根本倫理と考える」(上同、p96)というのです。この人間の根本倫理」をもっと充実させ、国同士で承認し合うことができれば、戦争が起きることもないのではないでしょうか。

(注)渡辺一夫著「文学者も戦争を呪詛し得ることについて」『新選現代日本文学全集 第34 (渡辺一夫,竹山道雄,桑原武夫,加藤周一集)』筑摩書房、1959年

2024年7月24日水曜日

創作は救いになる

 図書館で、キケロ著『老境について』を見つけ、ちょっと読んでみました。扉に「老境は青年期のあらゆる歓楽にもまさる値打ちがある。世に老境が惨めなものであるとされる四つの理由――失うこと、体の機能の低下、意欲の衰え、死への接近――を一つ一つ検証し、稔りの時を満ち足りて過ごす心がまえを説く」という紹介がありました。「老境は青年期のあらゆる歓楽にもまさる値打ちがある」というのですから、魅力のある話です。
 最初に、著者の体験談がありました。「私にとっては、この一篇を書きあげるということは非常なる悦びであったので、そのため老境の苦痛を拭いさったばかりでなく、更に老境をやわらげ、かつ楽しいものとなし終えてくれた」そうです。ここを読んだとき、画家大河原愛さんの言葉「どんな闇も、光に変えられる」、「創作は、救いになる」(『朝日新聞be』、2024年7月20日)を思い出しました。まさに、キケロにとって『老境について』を書くことが救いになっていたのです。
 ここで考えました。
 創作は、前頭葉の働きです。ですから、創作に限らなくても、前頭葉の働きを刺激し続けることができれば、そうして前頭葉の機能を向上させていけば、老境といえども、その「苦痛を拭いさったばかりでなく、更に老境をやわらげ、かつ楽しいもの」になるのではないか、と。さて、私の予想は、当たるでしょうか。???

2024年7月23日火曜日

九条を本当に実行する

 ウクライナ戦争を契機に、世界的に軍拡路線が拡大してきている感があります。勢いが増していると言っても過言ではない状況なのです。こんな時こそ冷静になって、これでいいのかと、立ち止まって考えることが必要です。
 そうして立ち止まってみると、原点に帰れ、という声が聞こえてきます。その原点とは何でしょうか。
 それは、日本国憲法の平和主義です。すでに書いている「9条を実行する」ことです。改めて、柄谷行人さんの声を聞いてみましょう。

 戦後七〇年となったいま、何か新たな理想が必要でしょうか。不要です。必要なのは、憲法九条という理想を本当に実行することです。いうまでもないですが、現状は九条に反しています。米軍基地が各地にあり、自衛隊には莫大な国家予算がついている。憲法九条の文言を素直に読めば、こんなことがありうるわけがないのです。
 この九条を文字通り実行すること、それはたんに日本人の理想ではありません。それは、カントが 人類史の到達点とみなした「世界共和国」にいたる第一歩です。もちろん、これは日本一国ではできません。九条も、憲法前文に書かれているように、戦後に成立した国連を前提としているのであって、一国主義ではありません。
 現在、国連は機能しなくなっています。戦争を阻止する力をもたない。このような国連を変えるためには、何か新たな行動が必要です。日本人にそれができるかもしれません。たとえば、日本が今後憲法九条を実行するということを、国連で宣言するだけで、状況は決定的に変わります。憲法九条は自衛権のたんなる放棄ではなく、「贈与」なのです。そして、贈与にお返しを強いる力がある。その力はどんな軍事力や金の力よりも強いものです。(柄谷行人著「憲法九条を本当に実行する」『私の「戦後民主主義」』、岩波書店編集部編、岩波書店、p116〜117)

 ここでは「日本が今後憲法九条を実行するということを、国連で宣言するだけ」とあるだけで、いまいち具体性が見えてきませんでした。しかし、九条を実行する「具体的な方法」をついに見つけました。次のように「オーストリアのように日本と国交関係のある国全部に承認してもらう」(注)「今の状態では、国連そのものが初期に考えられたような発展を必ずしもしていない。したがって、 国運以外のそれを補足する手段によって、日本の中立と独立を保障してもらう処置をとる」のです

前芝確三 日本国憲法を常識的に解釈すれば、日本の国際的ステイタスとしては、中立以外にありえない、と非常に分りやすく書いている。これが一番、常識的な且つ、正直な解釈であって、その後、いろいろな政治的な理由から解釈が曲げられて来たわけです。それは、日本がアメリカと軍事的な結合を強めて来たことに原因があります。ただ、諸国民の公正と信義に信頼してというところでは、今は国連だけでなく、その他の外交的権利を含めて考えてよい。たとえば、日本が永世中立の宣言を憲法第九条と前文に基づいてやる。そしてオーストリアのように日本と国交関係のある国全部に承認してもらう、というようなことでもよいし、あるいは、それを関係国と条約を結ぶという形での中立を保障してもよい。今の状態では、国連そのものが初期に考えられたような発展を必ずしもしていない。したがって、 国運以外のそれを補足する手段によって、日本の中立と独立を保障してもらう処置をとる。これは許されると思う。要するに、憲法の正常な解釈に基づけば、中立以外にありえない。(『討論日本国憲法』、一円一億・黒田了一・田畑忍共編、三一書房、1960年、p67〜68)

(注)オートリアは一九五五年一〇月二六日、憲法法規の形で永世中立の国会宣言をした。その中で謳っていることは、独立を保ち、侵略を受けないことを目的とすること、如何なる軍事同盟にも参加せず、外国の軍事基地の設置を許さないことである。同年一一月四日、日本の外務省もこの通告を受けて、承諾した。

2024年7月22日月曜日

心豊かに幸せに老いる

 雑誌『ハルメク』(2024年8月)の巻頭インタビューは「92歳のシスター鈴木秀子さんが語る」で、テーマは「心豊かに幸せに老いるために今からすべきこと」でした。
 要は、心の持ち方一つで、心豊かに、かつ、幸せに老いることができる、というのです。そのためにも、「朝目が覚めること、食事ができること、そして今こうして息をしていること自体、どんなにうれしい恵みでしょうか。そうした恵みに普段から気付き、感謝する」(注)生活、「日々感謝をして、ありがとうと言ってみる」(注)生活、――「そんな小さな一歩一歩」(注)を歩んでいきたいものです。

 (注)私たちも気が付けば、嫌なことにばかり日を向けて、不安や悲しみで自分を押しつぶしてしまうことがあるのではないでしょうか。
 そこで大切なのが「心をひっくり返す」訓練です。嫌だな、ダメだなと思って下に向いている心をひっくり返して、希望の方に持っていくのです。これからの人生を心豊かに生きるには、どんな状況にあろうとも、そこにある「恵み」を見つける目を持つことです。
(中略)
 私が言う恵みとは、決して特別なものではありません。私たちの日常の暮らしは、もともと恵みに満ちています。例えば、朝目が覚めること、食事ができること、そして今こうして息をしていること自体、どんなにうれしい恵みでしょうか。そうした恵みに普段から気付き、感謝する訓練ができている人は、苦しみや悲しみの渦中にあっても、きっと心をひっくり返すことができるはずです。
(中略)
 幸せに老いるために、もう一つ心掛けてほしいのが、自分を大切にすることです。
 年を重ねて心身が弱ってくると「私はダメな人間だ」と自分を責めたり、「あの人はちゃんとできるのに私なんて⋯⋯」と人と比較して自己嫌悪に陥ったりします。
 でも、それも勝手な思い込みです。そもそも人間は、一人一人が神様に愛されている存在です。人間は誰しも完璧な存在ではなく、弱いところがいっぱいありますが、その弱さも含めて神様はすべてを許し、「あなたは尊い存在です」とおっしゃっています。それなのに「いいえ、神様は間違っています。私はダメな人間です」と言い張るのは傲慢ですよ。
 年を重ねるほど生かされていることに感謝して、自分を大切にしていきましょう
 すべては小さなことから始まる、というのが私のモットーです。聖書では「思考が言葉になり、言葉が行動になり、行動が習慣になり、習慣が性格になり、性格が運命になる」と言っています。あなたの思いや言葉が、いつしか運命になるのです。いきなり立派なことはできなくていい。日々感謝をして、ありがとうと言ってみる――そんな小さな一歩一歩が、幸せにいきつく最大の秘訣です。(「92歳のシスター鈴木秀子さんが語る 心豊かに幸せに老いるために今からすべきこと」『ハルメク』2024年8月、p10~11、下線強調は引用者)

2024年7月21日日曜日

基本的人権を守った松川事件

 松川事件は、戦後最大の冤罪事件と言われています。その松川事件の最大の成果は何でしょうか。もちろん、全員無罪を勝ち取ったことですが、その結果成し得たことも、しっかりと確認しておく必要があります。つまり、「松川運動が生み出した直接の成果は、公正裁判の実現による司法の権威の確保であり、無実の被告たちを救出するという人命と人権の救済であり、国民が裁判にも申す権利と義務があることを示す民主主義の前進であった」(『松川裁判から、いま何を学ぶか』、伊部正之著、岩波書店 、2009年、p230)のです。
 写真家土門拳さんも写真集『写真 松川事件』の中で、松川事件の闘いが「民主的自由を守る闘いで」であり、「基本的人権を守る闘いである」(注)と言及しています。そういう意味でも、松川事件の勝利は、民主主義の勝利でもあったのです。そして、戦後民主主義とは何かを教えてくれた生きた教材でもありました。松川事件を語ることは、戦後民主主義は健在なりと語ることでもあるのです。
 
 (注)それにしても、現在起訴されている被告たちを防衛することは大事である。それは正義と真実を守る闘いである。それは労働組合活動の自由、すなわち民主的自由を守る闘いである。それは罪なくして罪におとしいれられることへの防衛、すなわち基本的人権を守る闘いである。それはとりもなおさず、ぼくたち自身の問題であり闘いである。松川事件については、われひとともに無関心ではいられない所以である。(土門拳著「松川事件と伊藤君」『写真 松川事件』、伊藤昭一著、東京中日新聞、1961年、p2)

2024年7月20日土曜日

カントを追体験するということ

 カントの著作に感動して大きな影響をうけることを「カント体験」ということにします。カントの発見を「追体験すること」ということでもあります。そういう意味で、ゲーテや埴谷雄高も、「カント体験」したことになります。例えばこんな具合です。
 ゲーテは、カントより二十五歳下であるが、カントを読んで、『自分の生涯で最も楽しい時期をすごすことができた』とその感動を告白している。(『哲学からのメッセージ』、木原武一著、新潮選書、p13~14)

 埴谷雄高はカントの『純粋理性批判』を獄中で読み、本人の言葉によると「目眩むような戦慄を覚えた」彼は・・・・・精神的に生まれ変わったという意味のことを感激を込めて記している。(上同、p15)
 ここで、カント哲学の概要を知っておくのも大切かもしれません。ちょうどコンパクトに紹介されていました。
 哲学は人間学であるという主張は、当時においては、非常に画期的であったことは触れておく必要がある。カント以前、哲学がもっぱら相手にしていたのは神の存在というテーマであった。また、「世界市民的意味における哲学」と言ったのは、職業的哲学者のためではなく、教養を身につけた一般市民のための哲学という意味である。カントは啓蒙された市民のための哲学を考えていたのである。そして、市民を啓蒙するための哲学を考えていたのである。十六世紀末からヨーロッパにおこった啓蒙主義の流れは、十八世紀の末に頂点に達し、カントはその完成者となるのである。(上同、p19)
 どうでしょか。カント哲学は人間学であり、「市民を啓蒙するための哲学」だったのです。木原武一さんはもちろんのこと、ゲーテも、埴谷雄高も、しっかりと啓蒙された、ということになるのではないでしょうか。

2024年7月19日金曜日

なぜ、カントを学びたいか?

 また、カント熱が再燃してしまいました。木原武一氏自身が『純粋理性批判』を再読して、「精神的に生まれ変わった」(『哲学からのメッセージ』、新潮選書、p12)こと、ショーペンハウェルも「カントの教説は、それを理解したいかなる人の頭脳の中にも、精神的に生まれ変わったとみなされていいほどの大きな、抜本的な変化を引き起こす」という言葉を残していたことを知ったからです。実は、前にも『純粋理性批判』を読みたいと思ったことがあって、次のような「カントを学ぶということ」という文章を書いていたのです。

 子どもが成長の過程で、世界に対する知見を広げていく。そのときにもっとも重要な役割をはたすのが語彙の広がりである。新しい世界の扉を開く手がかりが、その世界の語彙なのである。このことは、カントを学ぶ際も、あるいはヘーゲルを学ぶ際にも言える。哲学者は、新しい語彙を創造しながら、新しい世界を創造したのである。
 木原武一によると、<すべての哲学はカントという「水源」の流れをくみ、カントの色に染められている。・・中略・・かれは「哲学の水源」というより、むしろ、「哲学の海」というべきかもしれない>(『哲学からのメッセージ』、新潮選書、p13)という。カントの著作(『純粋理性批判』)には、相当の新しい語彙(概念)が含まれているようだ。ヘーゲルの著作も似たようなものなのだろう。それゆえ、カントもヘーゲルも難しいとされているに違いない。
 そうすると、カントやヘーゲル攻略の道筋も見えてくる。彼らによって発見され創造された語彙、あるいは概念というものを一つ一つ自分のものにすることである。その過程で、新しい世界の扉を開くこと、これこそがカントやヘーゲルを学ぶということに他ならない。
 しかし、もし、本当にカントが「哲学の海」ならば、全ての語彙を我が物にすることは不可能ということになる。それでも、カントを理解したということになるのだろうか。つまり、自分に理解でき、自分に共鳴するものだけを取り出しただけでも、カントを学び、カントを理解したということになるのだろうか。それから、カントを学ばなくても、ヘーゲルを理解することができるのだろうか。このような疑問を解決するためにも、哲学登山に挑戦したいものである。2010年12月28日火曜日

 哲学登山とは、よく考えたものです。しかし、前回は、あまりにも険しかったからか、他に目移りしてしまったのか、リタイヤしてしまいました。この年(76歳)になって、登頂できるかどうかわかりませんが、高齢で世界最高峰エベレストに3度、登頂したプロスキーヤー三浦雄一郎さんのことを思えば、負けてはおれません。三浦さんが高い山に挑戦したように、しっかり準備して『純粋理性批判』という山に登頂を目指していきたいです。

2024年7月18日木曜日

日本社会崩壊のとき

 永遠平和への道は、カントの時代から求めれれてきました。にもかかわらず、いまだに実現の見通しさえついていません。現に起きている戦争を止めることさえできていないのです。
 そのためでしょうか。軽々と軍事費倍増の方針が出されようとも、さしたる反対も起きていません。軍事費を倍増させれば、それだけ安心というわけでしょうか。相変わらず抑止力が、軍事力による抑止が戦争を防ぐという神話が幅を利かせているのです。
 しかし、このブログでも、何度も「軍事力では戦争は防げないこと」、「軍事力で国民は守れないこと」を書いてきました。それでも、また書かずにはおれません。「とくに日本は、入り組んだ海岸線に囲まれ、人口が密集し、新幹線が多く走り、海岸線には多くの原子力発電所を抱えています。軍隊を持っても、そのようなインフラ等にテロが仕掛けられたり外国から攻撃を受けたら、国民を守ることはできません。軍隊を持っていようといまいと、攻められたら同じなのです」(『やっぱり九条が戦争を止めていた』、伊藤真著、毎日新聞社、2014、p64)。
 それでは、この平和を維持していくために必要なことは何でしょうか。
 いろんな課題がある中で、最も重視して考える必要があるのは何でしょうか。それは、いざ戦争を始めてしまったら、有事に発展してしまったら、日本社会はどうなるか、ということです。多分、雪崩のように日本社会は崩壊してしまうに違いないと私は考えています。オイルショックや3・11の時のパニックを知っているからです。
 戦火が勃発してしまったら、オイルショックや3・11の比ではないことは、容易に想像がつきます。だからこそ、平和的な、あらゆる方策を用いて、安全保障政策を構築していくことが大切なのです。軍事力を持って平和を維持していくことは、土台無理なのです。

2024年7月17日水曜日

攻められない国作り

 エネルギーの自給率も、食料の自給率も低い「島国日本に戦争を継続する力などない」のです。だから、「攻められない国作り」が大切と思ってきました。そうなのです。「国の安全保障と危機管理は、危機を避けること、つまり攻撃されない国を作る、攻められない国を作ることにあり、それが最も現実的な国防のあり方」(『やっぱり九条が戦争を止めていた』、伊藤真著、毎日新聞社、2014、p36)だったのです。
 そのためにも、一つの具体策として、自衛隊の一部を改編して災害救助隊を創設し、世界中の災害に救助隊を派遣すればいいと思っています。そうして世界中から感謝されるようになれば、決して日本を攻めようというような国は現われないだろうと思ったのです。井上ひさしさんは、医療水準の向上を図り、世界中の要人に頼られるようにすれば良い、そんなことを言っていました。いずれにせよ、、日本の憲法九条を始めとする日本国憲法そのものが「攻められない国」の大きな条件になると思います。
 今現に地球上で戦火を交えている国が存在して戦争そのものが問題となっています。そんな今、安全保障問題は避けて通れない問題です。マスコミ等では武力による抑止力だけが重要視されています。そうではないこと、武力以外の平和的な抑止力もあることをもっと明確に主張することが必要なのかもしれません。

2024年7月16日火曜日

人生の指標となる言葉

 中国文学者っである白川静さんが選んだ「人生の指標となる言葉」は、論語からの、孔子の言葉「芸に遊ぶ」でした。孔子はこの言葉に「人生の最高の境地を託した」(『心を豊かにする100の言葉』、PHP研究所、2014年、p163)そうですが、「最も無心のとき、人は最も神に近づくことができる」といった次の解説(註)は、「人生の至福」について書かれた名文でした。
 同じ中国文学者の守屋洋さんも論語からの言葉「君子は和して同せず」を紹介し、「日本は『和』を重視してきた社会であるが、日本流の『和』はややもすると『同』になりがちなのが問題がある。個性のある、たくましい人間をめざすためにも、「和して同せず」といきたい」(上同、205)という解説でした。
 こうしてみると、今に至っても、中国の文化にどっぷりとお世話になっていることに気づきます。そうでなくても、中国からの漢字があったからこそ、今日の日本文化が存在しているといっても過言ではありません。1日も早く中国敵視政策を辞めでいただきたい。そして、国際社会でも「和して同せず」を貫いて欲しいものです。

(註)画家は画に遊び、書家は書に遊び、学者は学に遊び、科学者は自然の神秘の世界に遊ぶ。遊ぶとき、人は最も無心の境地となる。最も無心のとき、人は最も神に近づくことができる。
 一芸に遊んで、その一生を送ることが、できるならば、人生の至福、これに過ぎるものはないというべきであろう。(上同、p163)

2024年7月15日月曜日

人類のために叫ばなければ

 非戦という言葉に惹かれて、『非戦を生きる : 高良とみ自伝』を借りて流し読みしました。高良とみさんの「生涯の師」だというインドの詩人タゴールの詩(註)を知りました。高良とみさんが翻訳したものです。
 全くその通りです。今こそ、声を大にして、「人類のために叫ばなければなりません」。
 人間は、「めざめて見れば、互いにいとおしい」のです。だからこそ、なおさらのこと、「隣国と争っている余地はない」と、「人類のために叫ばなければなりません」。

(註)
「神は名もない野の草に何億年もかけてひとつの花を咲かせました」
「ただ一人も耳を傾けるもののない砂漠のまっただ中にいても、私は人類のために叫ばなければなりません」
「生きとし生ける人間は、自己の尊さのためにも叫ばなければなりません」
(中略)
「かつて私たちは互いに識らぬ他人だと夢では思いましたのに、めざめて見れば、互いにいとおしいことを悟りました。
(中略)
「 私はただの一輪の花です」(『非戦を生きる : 高良とみ自伝』、高良とみ著、ドメス出版、1998年、p34〜35)

2024年7月14日日曜日

新天地への冒険を!!

 放送大学のゼミで、人類の誕生を学びました。その中で地球環境の変化が人類史の発展に影響を与えていたことを知り、地球の進化にも関心を抱くようになりました。そんなとき、写真がたくさんあって、手軽に概要を学べそうな『ジュニア版NHKスペシャル地球大進化 46億年・人類への旅』という本に出会いました。
 はじめに、いきなり「微惑星」「感始惑星」「原始地球」といった新しい概念が出てきました(註1)。このような概念があって初めて、地球の歴史が説明されるのです。当たり前のことですが、私には新鮮な発見でした。なぜなら、社会が混迷を深め、いまだに野蛮な戦争を止められずにいるのは、新しい概念の発見があまりなかったからではないか、と思えたからです。
 また、「安定した場所にいる限り、進化はない」、「その先を求めたものだけに与えられる次の試練、そのハードルを乗り越えることがなければ、私たちは今、この世界に、このような姿で存在しませんでした」(註2)とありました。私たちも、この先の「新天地への冒険」が求められているのかもしれません。

(註1)原始の大陽を取り囲むガスの中から、地球のもととなる微惑星が誕生しました。微惑星が衝突・合体し、感始惑星になり、そして感始惑星どうしが衝突・合体して原始地球が誕生します。地球への最後の原始惑星の衝突が、月を誕生させ、生命あふれる地球をつくりあげることになりました。(『ジュニア版NHKスペシャル地球大進化 1 46億年・人類への旅』、NHK「地球大進化」プロジェクト編、学研、2005年、p4)
(註2)今でも地下で暮らし続ける生物はたくさんいます。しかし、これだけは言えるのです。そこから外に出たのが私たちの祖先です。安定した場所にいる限り、進化はないのです。
 その先を求めたものだけに与えられる次の試練、そのハードルを乗り越えることがなければ、私たちは今、この世界に、このような姿で存在しませんでした。そして、新天地への冒険を強いたもの、それが地球で繰り返し起きた大変動だったのです。(上同、p59)

2024年7月13日土曜日

隣国と争っている余地はない

 本当にそうです。「エネルギーも資源も海外に頼り食料自給率も極端に低い」日本には、「隣国と争っている余地はない」(註1)のです。コロナ禍、戦争、気候変動などを考えると、「気侯変動や予期せぬ紛争によって突然世界が食料を奪い合い、商店から農産物が消えるという災禍も、絵空事でほなくなってきている」(註2)からです。
 だからこそ、虚心坦懐な気持ちで中国の進んだ取り組み(註3)は学び、食料自給率を高める努力を本気になって取り組むべきなのです。

(註1)異なる政治体制の隣国が台頭すれば心は穏やかでない。だが、それを力で抑制できると考えるのは非現実的だ。翻って日本はエネルギーも資源も海外に頼り食料自給率も極端に低い国だ。近い将来大規模地震に見舞われるとの予測もある。隣国と争っている余地はない。(富坂聰著「『強い農業は国を強くする』中国の成果に日本も学ぼう」『文藝春秋オピニオン2024年の論点100』、文藝春秋、2024年、p100)
(註2)コロナ禍の世界でマスクなど医療用品が欠乏し人々は小さな恐怖を味わったが、気侯変動の影響は世界の農業に深刻なダメージを与えている。ロシアによるウクライチ侵攻で小麦が不足し、インドがコメの輸出を停止した。
 日本は幸いコメの産地なのでダメージを回避できたが、気侯変動や予期せぬ紛争によって突然世界が食料を奪い合い、商店から農産物が消えるという災禍も、絵空事でほなくなってきている。(上同、p101)
(註3)品種改良では、新品種の「巨大稲」が完成。台風に強い巨大稲は太く長いため、田に高く水をはり魚やエビを同時に養殖でき、生産量を飛躍的に高めた。
 同じ時期、塩・アルカリ耐性の稲である「海水稲」も国の試験をクリアし陝西省やウイグル自治区、山東省などで大規模栽培が始まったという。
 農業と新エネルギーとの融合では砂漠に太陽光パネルを敷き詰め、パネルで太陽光を遮り緑化を進めながら羊を放牧して生産量を高める試みも進行中だ。
 こうした動きを見落としたまま中国を評価してよいはずはない。(上同、p101)

2024年7月12日金曜日

全能になる術

 放送大学の面接授業で紹介されてから、ノヴァーリスに関心を持って読むようにしてきました。心に響く言葉が多いからです。
 例えば、68は、今風に言えば、セルフコントロールの重要性を説いたものです。といって仕舞えば簡単ですが、同じようなことを説いても、「われわれは身体も霊魂もともに支配できなければならない」、と言われると、ズシリと心に響きます。そして、「身体は世界を形成し変化させる道具であるから」、セルフコントロールによって道具を変えれば、「世界を変えること」ができる、というのです。
 69の方は、認識に関するものです。読んで一人で納得しただけでは、知ったことにならない、なんらかの手段をもって表現して初めて、その対象を認識したことになる、というのです。しかし、表現は、認識を深めるだけではありません。思いがけずのアイデアが湧いてくるといった優れた側面もあるようです。具体的に言えば、「本書の執筆によって、私の世界観は変化した。『すべては量子でできている』は説明として始まったが、熟考へと発展した。執筆する題材について深く考えていくうちに、思いがけず二つの包括的なテーマが出現したのである。それらの明瞭さと深さに私は驚いた」(『すべては量子でできている 宇宙を動かす10の根本原理』、フランク・ウィルチェック著、吉田三知世訳、筑摩書房、2022年、p18)、という具合です。だから、もっと表現というものに、こだわってみたいです。

68 全能になる術――われわれの意志をあますところなく実現する術。われわれは身体も霊魂もともに支配できなければならない。身体は世界を形成し変化させる道具であるから―ーわれわれは、身体を万能の(原文は傍点、以下同)器官につくり変えようと努力する必要がある。われわれの道具を変えることが、世界を変えることになるのだ。

69 われわれがなにごとかを知っているのは――それを表現する――あるいはつくりあげることができる場合にかぎられる。つくり方と仕上げ方が巧みで多様なほど、われわれはよりよく知るようになる――なにごとであれ、われわれがそれをなんらかの方法で至るところへ運んでゆき、刺激に変えることができるときーーつまりあらゆる器官の内部に、それについての独自の表現を生じさせることができるとき、われわれはそれを完全に知ったことになる。 『ノヴァーリス全集 第2巻』、ノヴァーリス著、沖積舎、2001年、p108

2024年7月11日木曜日

悪魔の笑いをした裁判官

  再び、松川事件について書きます。といっても、1953年12月22日の二審判決で死刑が言い渡された、法廷での生々しい実況報告の紹介です。その中に「高橋陪席裁判官がニヤニヤ笑いだした。」「非情な悪魔の笑いだった。裁判官によるこの被告と傍聴人にたいする侮辱と非人間的なそぶりに、怒りが燃えたった」というところがありました。このような裁判官の話は聞いたことがありません。こうした松川事件の裁判記録は、このような裁判が日本において行われたという事実は、決して忘れてはならないことです。二度と、このようなことが起きないように、埋もれさせてはいけないことです。以下長文ですが紹介します。

 松川被告を救えという運動は、早くからおこっていたが、原審判決以降、それは一部労働組合、民主団体、進歩的学者、思想家、文学者のみならず、広く国民各層のあいだにひろがり、二審判決直前には、被告の無罪釈放を要求する国民の署名は五〇万にたっした。また弁護団なども、所属政党や各人の思想的立場をこえて、二審結審当時、一七八名を数えるにいたった。松川被告を救えという運動は、国内ばかりでなく、中国、ソヴェト、アメリカ、フランス、チェコススロバキア、ポーランド、ブルガリア、スエーデン、チュニジア、オーストラリア、インド、オランダ、イタリア、ニュージーランド、トリエステ、パキスタン、サイブライス島その他にわたり、それら各国の個人、民主団体、労働組合などから被告にたいする激励や、救援金や、また裁判所への釈放要求がよせられていた。二審判決日は、そのような内外の救援運動のたかまりとその注目の中に、迎えられたのである。
 当日の仙台は雪がふっていた。仙台高等裁判所は武装警官でかためられ、市の空には米軍のヘリコプターが飛び、街角には日本の警官のほかァメリカのPが姿をあらわして、まるで戒厳令をしていたような物々しさだった。この気狂いじみた異常な光景は、それだけで、判決に不吉な予感をあたえた。しかし、被告も、家族も、無罪釈放の用意をととのえて、公判廷にのぞんだ。二年にわたる長い審理――被告としてはいうべきことはいいつくし、弁護人も力をあげて弁護し、各種の鑑定、証言等から判断して、日本に司法権が独立しているものなら、無罪のほかの判決の仕方はありえなかったからである。
 当日はふる雪の中を、数千の人々が裁判所前の広場に集った。家族をふくむ傍聴券を手にすることのできた僅かな人たちだけが、警官が出動した裁判所の中、警官の垣の中を三階の法廷に進んだ。
 たちまち傍聴席と記者席は満員となり、カメラマンがひしめく中、二〇名の被告がその席につき、獄中のものと獄外のものとの間に強い握手が交わされた。そのとき、法廷時四〇分。
 やがて三人の裁判官が高い席についた。そして一〇時、鈴木裁判長は開延を宣すると、「これから確信をもって(原文は傍点)判決する。」と前置きをして、判決文構成の項目説明、ついで判決要旨の朗読をはじめ、「被告人鈴木信、同本田昇、杉浦三郎及び佐藤一を各死刑に処する…………」と主文を告げ、判示事実の朗読を続けていった。
 判決要旨の朗読に入ってから一八分後、あまりの判決にがまんのならなくなった被告たちの中から、佐藤一被告が発言した。
 「裁判長、それは何です、読んでいるのは………」
 「発言を禁止します。」
 「第一審の判決をいい加減にして、又まるででたらめをいっているんじゃないですか。」
 「最後まで聞いて下さい、発言を禁止します。」
 ついで鈴木被告、武田被告、岡田被告らが代りあって裁判長に抗議したが、裁判長はとりあわず、発言するなら退延を命じるといきまく。蓬田弁護人が中にたち、けっきょく裁判長は、鈴木被告を代表者にして、一〇分の発言をみとめることになった。
 鈴木被告が「真実は一つ、我々は実際やっていない。全くやっていない………」とさけぶとき、高橋陪席裁判官がニヤニヤ笑いだした。非情な悪魔の笑いだった。これ見て山本弁護人が、「笑うのはよくない。」と注意した。
 裁判官によるこの被告と傍聴人にたいする侮辱と非人間的なそぶりに、怒りが燃えたった。
 岡田被告「人を殺す判決に笑っている。」
 高橋裁判官「笑うのは僕のくせだ。」
 杉浦被告「我々は真剣だ。笑っているとは何事です。」
 岡林弁護人「裁判長は直接死刑に手を下すのではないでしょう、しかしいやしくも人に死刑の宣告をなすときにニタニタ笑うような裁判官に、我々は断固として抗議せざるをえない、顔を洗って出直して頂きたい。」
 それからなお裁判長と被告、弁護人との間に問答が重ねられ、その間に、判決にたいする被告の非難に、「それは見解の相違です。」と裁判長が口をすべらした。
 鈴木被告「見解の相違といいますがね、そうじゃないですよ。あなた達はそう思うといって も実際やっていないんですから。」
 裁判長「やっているかいないかは神様しかわかりません(原文は傍点)。」
 「確信をもって判決する。」「見解の相違だ。」「やっているかいないか神様しかわからない。」との三つの言葉こそ、二審判決のすべてを語るものであろう。
 なお問答が重ねられて、一一時一五分休廷、午後一時から開延されたが、午後の裁判所前の警戒は、午前にくらべてさらにひどく、一階から三階の法廷まで、全廊下を警官と看守が一列にならんで埋めつくしていた。
 裁判所前の広場では、判決にたいする抗議集会がもたれ、デタラメ裁判のやり直し、全員の無罪釈放、二〇人の労働者を救えという叫びがメガホンで叫びつづけられていた。(『松川事件 : 真昼の暗黒』、山田清三郎著、三一書房、1956年、p193~197)

2024年7月10日水曜日

福島原発廃炉計画の現在地

福島第一原発の廃炉作業が大きくずれてきています。事故後十一年も経つと、その計画さえ忘れているのがほとんでしょう。私も、当初の計画がどうで、どれだけ進んでいるのかさえ定かではありません。
 雑誌『通販生活』(2024年7・8月号)に、[廃炉計画は現実的か。何をもって「完了なのか、姿が見えない。]という記事記事がありました。例えば、「燃料でぷりの取り出しについて見ると、21年開始とされていた予定は今回24年にずれ込んだ。それも、推計880トン堆積しているとされるデプリのうち、最初に取り出せる量は1グラム程度といわれている」(上同、p218)という具合です。
それでも、初めの一歩踏み出すことができたら、大きな一歩です。慎重を期して、はじめの一歩を踏み出して欲しいものです。
 いずれにせよ、無関心はいけません。ふるさと福島の現状、廃炉の進展状況はどうなっているのか、注視していくことが必要です。

「『通販生活』、2024年7・8月号、p218」より

2024年7月9日火曜日

感覚的な時間の長さは変わるか?

 世界は、外に広がる広大な世界と内に広がるミクロな世界があって、そのどちらも無限に近い広がりを持っています。例えば、「人間一人一人の体には、観察可能な宇宙に存在する恒星よりも多くの原子が含まれており、私たちの脳は天の川銀河に属する恒星と同じぐらいの数の神経細胞をもっている」(『すべては量子でできている 宇宙を動かす10の根本原理』、フランク・ウィルチェック著、吉田三知世訳、筑摩書房、2022年、p19)のです。
 これはこれで十分に驚くに値することでありますが、時間についても、同じような傾向があったのです。そして、「人間の一生には、これまでの世界史に含まれる人間の生涯の数を凌駕する数の、意識ある瞬間が含まれる。私たちは内的な時間をふんだんに与えられている」(註)というのです。なんという素晴らしいことでしょう。しかし、問題が一つあります。感覚的に時間の長さが実感できるかどうかです。理屈が分かったとしても、実感できるとは限らないからです。
 実は、私が宇宙や縄文時代といった人類史に興味がある動機も、スケールの大きな歴史を学んでいれば、感覚的に時間nの長さが実感できるようになるような気がしているからです。

 (註)時間についても、空間と同様だ。宇宙的時間は長大だ。ビッグバンに遡る長大な時間に比べれば、人間の一生など一瞬だ。しかしあとで議論するように、人間の一生には、これまでの世界史に含まれる人間の生涯の数を凌駕する数の、意識ある瞬間が含まれる。私たちは内的な時間をふんだんに与えられているのだ。
 物理的世界にも、創造と知覚のための資源が未開発のまま大量に存在している。科学は、今私たちが利用しているよりもはるかに大量の既知のエネルギーと物質が、身近な世界のなかに利用可能なかたちで眠っていることを明らかにしている。このことを知れば、私たちは力づけられ、野心を燃やさずにはいられない。(『すべては量子でできている 宇宙を動かす10の根本原理』、フランク・ウィルチェック著、吉田三知世訳、筑摩書房、2022年、p19)

2024年7月8日月曜日

思(想)いを形にすること

 人類の進化過程において、長い期間の石器文化というものがありました。旧石器時代から新石器時代へと石器文化の発達を伴って、人類の進化も進んだようです。”動作連鎖”という石器の加工過程から「人間の意志」が読み取れるからです。石器時代から縄文時代に至ると、怒気をも作るようになり、やがて、三内丸山遺跡における建物のような巨大な建造物さえ建てられるようになっています。そこには、「個人の人間の意志」を超えた「共同の構想であり、共同の意志であり、共同の行動」(註)がありました。いずれにせよ、人類の進化にとって、「思(想)い」を「形」にする意思が欠かせませんでした。
 ところで、想像力とか、創造力という言葉があります。辞書には、想像力について「想像する能力やはたらき。過去の表象を再生するもの,全く新しいイメージを創造するものなどに大別される」とあって、人類の進化の過程で発揮した意志の説明には不十分です。「想像する能力」だけでは不十分だからです。人類の進化の過程で発揮した意志の力は、思(想)いを、思い描いたイメージを形にするまでの力なのです。手を使って思(想)いを実現して初めて、意志力が発揮できたことになるのです。人類は、意思力を発展させながら進化してきたのであり、意思力こそが人類発展の原動力だったと言えるのかもしれません。

(註)六本のクリの大木を見つけ出し、切り倒して柱に仕立て、幾何学的な形を保って地上高く聳え立たせ、横木でつないで安定した巨大な建造物を作り上げるという構想と、構想を実行に移そうとする意志と、意志を実現する行動は、いずれも個人の次元にとどまるものではなく、共同の構想であり、共同の意志であり、共同の行動だった。そして、構想と意志と行動が共同のものとなるためには、共有される建物のイメージが人びとによって実現可能なものと考えられていなければならなかったし、人びとの意欲をかき立てる魅力的なものでなければならなかった。
 本州の北端の縄文集落で六本柱の巨大建造物が作られたということは、縄文人にとってそれが実現可能だと信じられ、建ててみたいと思わせる魅力的な観念ないしイメージとしてあったことを意味する。地面にへばりつくような小さな竪穴住居との落差を考えると、これまで取り組んだことのない企画にあえて挑戦し、自分たちの力を試してみたいという冒険心さえもが意欲をかき立てる一要素となっていたかもしれない。狩りや漁や植物の採集や栽培などを通じて、長い期間にわたって共同の作業が積み重ねられ、そうした共同の経験のなかで、未経験の試みに進んで足を踏みいれるような共同の力と精神を実感した人びとが、個人の力量をはるかに超える共同の試みとして構想し、意志し、実行したのが六本柱の巨大建造物だった。(『日本精神史 上』、長谷川宏著、講談社、2023年、p18、下線は引用者)

2024年7月7日日曜日

キューバの驚くべき農業革命

 ブログ「未来を食い尽くさない」で、箴言「土を損なう国は、国自体を損なうことになる」(フランクリン・D・ルーズベルト)を紹介しました。逆に言えば、「土を大切にすれば、国も大切に保全される」ということになります。そのことをキューバが実証してくれていました。しかも、「生物学的害虫駆除に加えて、低投入不耕起農法」(注)まで開発し、「キューバは砂糖の輸出をやめ、再び国内向けの食糧の栽培を始めた。一〇年のうちに、キューバ人の食生活は、食糧を輸入せず農業用化学製品も使用せずに、元の水準に戻った」(注)というのです。まさに農業革命です。

(注)キューバは、驚くべき農業実験、世界初の国を挙げた代替農業の試験を開始した。一九八〇年代半ば、キューバ政府は国立の研究機関に命じて、環境への影響を減らし、土壌肥沃度を改善し、収穫を増大させる代替手段の調査に着手した。ソ連崩壊から六カ月と経たないうちに、キューバは工業化された国営農場を民営化し始めた。国営農場はかつての労働者に分けられ、小規模農場のネットワークを作りだしたのだ。政府が後援する直売所は流通コストを削減することで小規模農家の利益を増やした。政府は大規模なプログラムで、有機農業と都市の空き地での小規模農業を奨励した。化学肥料と農薬が手に入らないため、生まれ変わった小規模な民営農場と何千というごく小さな都市市場菜園は、好むと好まざるとにかかわらず有機農場になった。
 知識集約型農業を、禁輸されている慣行農業に必要資材の代用にするという役割を担ったキューバの研究施設は、代替農業の実験を基礎とした。それはソビエト体制下では無視されていたが、新たな現実のもとで広い範囲で、しかも即座に実行できるものだった。
 キューバはより労働集約的な方法を、大型機械と化学資材に代えて採用した。しかしキューバの農業革命は単なる伝統農業への回帰ではない。有機農業はそれほど単純ではない。誰かに鍬を渡して、プロレタリアートに食糧を与えよと命令すればいいというものではないのだ。キューバの農業改革は、ソビエト時代の高投人の機械化農業と同じくらい科学に立脚したものである。違いは、従来のやり方が化学の応用に基づいていたのに対し、新しいやり方は生物学――農業生態学――の応用に基づくことだ。
 灌漑、石油、化学肥料、農薬の使用を増やすことを前提に世界の農業を変えた緑の革命とはほは反対に、キューバ政府は農業を現地の条件に適応させ、生物学的な施肥と害虫駆除の手法を開発した。生物学的害虫駆除に加えて、低投入不耕起農法について農民にアドバイスするため、政府は、全国に二〇〇を超える地方の農業振興事務所のネットワークを構築した。
 キューバは砂糖の輸出をやめ、再び国内向けの食糧の栽培を始めた。一〇年のうちに、キューバ人の食生活は、食糧を輸入せず農業用化学製品も使用せずに、元の水準に戻った。キューバの経験は、工業的な手法やバイオテクノロジーを使わずとも、実行可能な農業の基礎を農業生態学によって作り上げることができることを示す。期せずして、アメリカの経済制裁はキューバを国家規模の代替農業の実験場に変えたのだ。(『土の文明史 : ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』、デイビッド・モントゴメリー著、片岡夏実訳、築地書館、2010年、p316〜317)

2024年7月6日土曜日

寛容のキリスト教

 キリスト教には、正当な教えと、そうでない、異端の教えがあるようです。正当な教えは、「異教徒にも慈しみの心をもって」接するように、寛容の精神があり、人類の理想が語られていること(注1)がわかりました。エラスムスが『平和への訴え』のような優れた著書を刊行できたのも、「聖書に返れと主張」(注2)し、人類(キリスト)の理想を追求したからだったのです。
 ミケランジェロが優れた天井画を描けたエネルギーも、ミケランジェロがイエスの目指した本物の教えに、大きな使命に感動し、突き動かされたからに違いありません。偶然にも、羽仁もと子全集の中に、人類の理想としてのキリストに言及したコラムを読んだばかりです。羽仁もと子も、ミケランジェロやエラスムスと同じ範疇の新人類、本物のイエスの使徒だったのです。

(注1)エジーディオが第五回ラテラーノ公会議開催に際して声を大にして語った、キリスト者に課せられた使命こそは、神の慈悲に倣い、異教徒にも慈しみの心をもって接し、信仰と祈りによって聖(きよ)く生きることであった。
 ローマ教会に属する人々が、たとえ自分にとって不都合に思えることがあったとしても、『聖書』を自由に解釈したり教義や伝承に変更を加えたりするのではなく、正統な教えを護り、それを広く世界に伝え、しかも一人ひとりが神に立ち帰る―一回心する――ことの重要性を理解して、神の憐れみと慈しみにも似た心をもつならば、ローマは新しいエルサレムとなり、そこにはあらゆる宗教、あらゆる階層と年齢の男女が、人類の大集会を実現するために全世界から集い、神の祝福を受けることができるであろう。ローマを地上の聖なるエルサレムとしよう、と呼びかけるエジーディオの力強いことばを、ミケランジェロは深く黙想して構想を練り、絵筆に託したに違いない。
 そしてそのことを明確に示すために新たに画像を構想し直したことが、予定より大幅に遅れて天井画が完成をみた原因であったと推測されるのである。(『システィーナ礼拝堂天井画 本篇 イメージとなった神の慈悲』、若山映子著、東北大学出版会、2005年、p58〜59)
(注2)思想的にも,理性尊重の立場から自由な人間性を強調し,聖書に返れと主張。神のもとに人間の自由な意志を否定するルターとは対立した。「意志自由論」1524。(『コンサイス外国人名事典 第3版』、三省堂編修所編、相田重夫ほか監修、三省堂、1999年)

2024年7月5日金曜日

知られざるピュタゴラスの業績

 ピュタゴラスと言えば、ピュタゴラス教団を作って数学の研究をした、とか、ピュタゴラスの定理があるくらいの理解でした。しかし、古代エジプトやバビロニアで発達していた「道具としての数学でしかなかった算術のようなもの」(注1)から道具性を捨象した数学(注2)を確立したのがピュタゴラスでした。『フェルマーの最終定理』を読んで知ったことです。
 さらに「ピュタゴラスは、”ピロソポス(知恵を愛する人)という言葉を作り出し、それによって教団の目標を明らかにした」そうです。このピロソポスについて説明したピュタゴラスの言葉(注3)が紹介されていました。多くの人は「富への愛によって動かされ」たり、「権力と支配を欲する情熱に盲目的に引きずられ」たりしますが、「もっとも優れた人間は、人生の意味と目的とを見出すことに専心」し、「自然の神秘のヴェールを剥ごうと努力する」というのです。のです。ピュタゴラスは、このような人を”ピロソポス(知恵を愛する人)と言ったのです。ピュタゴラスを見直しました。

(注1)古代エジプトとバビロニアの人々は、単にものを数えることから一歩踏み出して、複雑な計算をこなすことができた。そのおかげで洗練された数量計算の体系を作り上げ、精巧な建造物を造ることも可能になったのである。しかしはっきり言ってしまえば、この人々にとっての数学は、実際的な問題を解決するための単なる道具でしかなかった。
(中略)
 この両文明にとっては実際に役立つ計算方法が重要なのであって、なぜ正解が出るのかは問題ではなかったのである。(『フェルマーの最終定理』、サイモン・シン著、新潮社、2000年、 p31〜32)
(注2)彼の天才のおかげで、数は単にものを数えたり計算したりするために利用されるだけでなく、数それ自体としての価値を認められるようになったのである。ピュタゴラスは、具体的などれかの数がもつ性質や、数同士の関係、数が作るパターンを研究した。そうすることで、数というものは、われわれが手で触れ、目で見ることのできる世界とは独立に存在すること、そしてそれゆえに、数に関する研究は知覚につきものの不確かさをまぬがれていることを悟ったのである。それはすなわち、数を研究することによって、主観や偏見に左右されない、それまでのどんな知識よりもいっそう完全な真理を見出せるということにほかならない。(上同、p31)
(注3)レオン公、人生とは国民的祝典のようなものかもしれません。ある者は賞金を目当てに、またある者は名声と栄誉を得ようとしてここに集まってきます。しかし、ここで起こることすべてを観察し、理解しようとして来る者は多くありません。
 同じことが人生についても言えましょう。というのも、あらゆる点で非の打ちどころなく賢い人間などおりませんが、知恵を愛する人は、自然の神秘への鍵としての知を愛することができるからです。(上同、 p34〜35)

2024年7月4日木曜日

わからないを楽しむ

 2024年6月30日放送の日曜美術館は「シュルレアリスム」がテーマでした。第一次世界大戦を経験し、理性や既成概念に疑問を抱くようになった芸術家たちは「無意識」や「深層心理」の世界に新たな芸術表現の探求を始めまたようです。「第一次大戦で近代兵器による大量殺りくを目の前にした芸術家たちは、近代化をよしとする考え方そのものに疑問視するようになてきて、フロイトが提起した無意識に注目し、その世界を具現化しようとしたのです。
 シュルレアリスムの画家といえばダリが有名ですが、マグリット、エルンスト、キリコなども、シュルレアリスムの画家です。画家によって描く対象も異なりますが、身意識の探究と表現という点は一致しています。つまり、「広大な世界が無意識の中に広がっています。それは、夢かもしれないし、幻覚かもしれません、妄想や欲望かもしれません、いずれにせよ、普段意識しないものが無意識の中に潜んでいるものを解放して、それまでにない作品を制作するという点が大前提になっています」(美術史家の三浦篤さん)。
 番組では、キリコの「イタリアの広場」(注1)という作品の解説もありました。このような「現実的に見えるが謎めいて神秘的不安や不穏な感じを見るものに与える」作品を「形而上絵画」と言って、「本来置かれた状況とズレた無関係なものを集めて、全体として見ると不自然な違和感を与える」シュールレアリスムの手法を、「デペイズマン」といいます。
 キリコは、生涯を通して「イタリアの広場」を描き続けたそうですが、どうして、その対象に魅せられたのでしょうか。気になるところです気になるところです。脳科学者の中野信子さんが最後に「まとめのような解説」(注2)をしてくれました。そういえば、「わからないことを楽しんだり、味わったり」できるのは芸術だけでありません。数学の世界では、「フェルマーの最終定理」のように何百年にわたってわからないを抱え、楽しんできたものもあります。

(注2)わからないことを楽しんだり、味わったりできるのは人間だけです。ホモサピエンスだけが生き残れたのは、脳の中に「わからないを抱えておける美を認知する領域」があるおかげかもしれません。私とはちがう「わからないもの」を持っている人だけど、その人も素敵じゃない、と思えるような素地をと思えるような素地を鍛えてくれる装置かもしれません。

(注1)

(注1)

(注1)

2024年7月3日水曜日

正義の声は決して消えない

 NHK放送「虎に翼」【連続テレビ小説、2024年7月3日】で、最高裁が「尊属殺の規定」に関するある判決が言い渡されました。15人の最高裁の裁判官の中で異を唱え正義の声を代弁したのは二人だけでしたが、
 寅子は、それらのことを家族にわかりやすく説明しました。
 それに対し、「それじゃ何も変わらないよ」と言われます。
 すると寅子は、家族に諭すように、自分に言い聞かせるかのように話します。
 そうとは言い切れない。
 判例は残る。たとえ二人でも、判決が覆らなくても、おかしいと声を上げた人の声は、決して消えない。その声が、いつか誰かの力になる。その日がきっと来る。
 私の声だろうと、みんなの声だって、決して消えることはないわ。
 と。確かにそうです。自衛隊は違憲という判決を下した正義の声は、決して消えることがなく、語り継がれてきました。
 そこで考えました。松川事件などで死刑判決を出した裁判官の名も、決して消えることがない、と。しかし、忘れられているのが現状ではないでしょうか。それはおかしいことで、こういう判事こそ、顔写真入りで公表されるべきです。そうすれば、子孫に顔向けできないような判決には躊躇するようになると思います。

2024年7月2日火曜日

フェルマーの最終定理・1

 放送大学の仲間たちと、「笑わない数学:フェルマーの最終定理」の録画番組を見た後、偶然に図書館で『フェルマーの最終定理』(サイモン・シン著、新潮社、2000年)を見つけ、読み始めました。録画を見たばかりということもあって、「アンドリューの証明の核心は、谷山=志村予想の名で呼ばれるアイディアを証明する」(注1)というところを読んでもスラスラ読めて、復習をしている感じでした。
 まだ「序」を読み終わったばかりですが、研究の発展には「新しい概念」の創造が欠かせないことがわかる記述(注1)があるなど、刺激的でワクワクするところもあって、これからの展開が楽しみです。これというのもまた、偶然にも概念の力を力説(注2)していた本『世界の見方が変わる50の概念』(齋藤孝著、草思社、2017年)を読んだばかりだったからかもしれません。

(注1)一つ、また一つと、この不案内な分野の知識を拾い上げるにつれて、私はフェルマーの最終定理こそはまさしく数学の中核なのではないか、それどころか、数学の発展そのものを映し出す鏡なのではないかとさえ思うようになった。フェルマーは、近代数論の父と呼ばれる人物である。フェルマーの時代以降、数学は発展・進化し、多くの難解な領城へと枝分かれした。それぞれの領域で生まれた新しいテクニックがさらに新領域を生み、テクニックを生み出すこと自体が数学の目的ともなった。こうして数世紀が過ぎ去り、フェルマーの最終定理はしだいに最先端の数学研究とは無縁のものに見えはじめ、いわば骨董品になったかの観があった。しかしいまや明らかなように、フェルマーの最終定理は今日もなお、厳然として数学の中核にあった
 フェルマーの出した問題をはじめ、数にまつわる問題には、楽しみで挑戦するパズルのようなところがある。そして数学者という人たちは、パズルを解くのが大好きなのだ。アンドリュー・ワイルズにとって、フェルマーの最終定理は特別なパズルであり、人生をかけた野望そのものだった。三十年前、町の図書館でこのパズルに出会った子供時代のアンドリューは、胸の高鳴りを覚えた。子供のころも大人になってからも、このパスルを解くことは彼の夢だった。そして一九九三年の夏、七年に及ぶひたむきな研究のすえに、ワイルズははじめて証明を公表した。その間の集中力と決意の固さには想像を絶するものがある。ワイルズが使用したテクニックのなかには、彼が研究に取りかかった時点ではまだ存在していなかったものも多い。また彼は、大勢の優れた数学者たちの仕事を動員し、アイディアをつなぎ合わせ、新しい概念を生み出した。それは他の数学者たちがあえて試みなかった、思い切ったやり方だった。バリー・メーザーがしみじみ語ったところでは、ある意味で数学者はみな、一人一人別の道をたどり、別の目標を立てながら、実はフェルマーの最終定理に取り組んでいたのだという。なぜならその証明には、現代数学のすべてが必要だったからである。ばらばらになったかに見えた数学の諸領域をアンドリューがふたたび結びつけたいま、この問題の誕生から今日までに起こった数学の分岐はすべて、起こるべくして起こったものに思えるのである。
 アンドリューの証明の核心は、谷山=志村予想の名で呼ばれるアイディアを証明することにあった。彼はこの予想を証明することにより、遠く隔たった二つの領域に新たな橋を架けた。多くの数学者にとって、数学の統一は至上の目標であり、アンドリューの証明は統一後の世界を垣間見せるものだった。彼はフェルマーの最終定理を証明するなかで、数論の領域で戦後得られた重要な成果を結びつけ、予想のピラミッドを積み上げてゆくための基礎を固めたのである。これはもはや、長年未解決だった数学パズルを解くといったレベルの話ではなく、数学そのものの限界を押し広げることにほかならない。数学がまだ幼かったころに誕生した、シンプルな形をしたフェルマーの問題が、このときを待ち続けていたかのようだった。(『フェルマーの最終定理』、サイモン・シン著、新潮社、2000年、p14〜16)

(注2)すぐれた概念は、先人の知恵と思考の結晶です。世界の見方を変え、思考を豊かにしてくれます。不安定になりがちな心しっかりさせてくれるものでもあります。(『世界の見方が変わる50の概念』、齋藤孝著、草思社、2017年、p15)
 概念を知って味方につけると、世界がくっきりと見えてきます。新しいものの見方で自分や社会や世界を見ると、これまで思っていたことと、ちがうことが見えてきて、今までモヤモヤしていたのがすっきりする。概念には人生をラクにしてくれる効用があります」(上同、p16)。

2024年7月1日月曜日

未来を食い尽くさない

 土地に関する身に染みる箴言を見つけました。著書『土の文明史 : ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』(デイビッド・モントゴメリー著、片岡夏実訳、築地書館、2010年)の各章のはじめに紹介されていた箴言です。
 まず、「土を損なう国は、国自体を損なうことになる」(フランクリン・D・ルーズベルト)、「我らの土がなくなれば、我らもまた、出て行かねばならない。/剥き出しの岩を耕してなんとか食う術を見つけられないかぎりは。」(トマス・C・チェンバレン)です。日本の食料自給率の低さは有名ですが、それだけ耕作地が減っていることを意味します。食料自給率の問題は、国の命運を左右する土を損なう問題でもあったのです。 
 本文に、「耕士をどのように扱うかーー地域に順応した生態系としてか、化学物質の倉庫としてか、あるいは有毒物の処分場としてかーーは、次世紀の人類の選択肢を決定する」(上同、p296)とありました。化学肥料たっぷりの農地や、米軍基地からの有毒汚染物質流出問題、放射線廃棄物処理場問題を想起させ、それが箴言「土地に対して何かをすれば、それは自分自身にしていることになる」(ウェンデル・ベリー)に結びついてしまいました。そのためか、苦しさを感じてしまいました。だからこそ、次の言葉に耳を傾けましょう。 

 私たちが耕士をどのように扱うかーー地域に順応した生態系としてか、化学物質の倉庫としてか、あるいは有毒物の処分場としてかーーは、次世紀の人類の選択肢を決定する。・・・・現在、耕作可能地という基盤が縮小し、安価な石油もつきかけようとしていることから、世界は全人類を食べさせる新しいモデルを必要としている。島社会には見るべきものがある。あるものは未来を食いつくして、耕作可能地をめぐる熾烈な争いを起こすまでになった。あるものは平和な共同体を何とか維持できた。鍵となる違いは、新しい土地が手に入らない中で、農業生産性維持の実情に社会制度をいかに順応させたか、にあるようだ。言い換えれば、住民が土をどのように扱ったか、である。(『土の文明史 ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』、デイビッド・モントゴメリー著、片岡夏実訳、築地書館、2010年、p296、下線は引用者)