2020年11月30日月曜日

説明と情報公開が民主主義の命

 友人に紹介された「日本学術会議会員任命拒否についてイタリア学会による声明」と、その理由を読んだ。とても心強かった。昨日書いたように、日本学術会議問題は、国民に対する暴力であること、しかも、言論弾圧だけでなく、「《説明しないこと》こそが民主主義に反する権力の行使(国民に対する暴力)」と言っているからだ。

http://studiit.jp/pdf/%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87%EF%BC%88%E7%90%86%E7%94%B1%E4%BB%98%E3%81%8D%EF%BC%89.pdf (「日本学術会議会員任命拒否についてイタリア学会による声明」と、その理由)

「日本学術会議会員任命拒否についてイタリア学会による声明」

 日本学術会議が推薦した第 25 期会員候補者 105 名のうち、6名が菅総理によって任命されなかったことについ て、明確な理由説明はなく、説明の要求を斥けることは学問の自由の理念に反すると同時に、民主主義に敵対す るものであり、これに断固として異議を唱えます。《説明しないこと》こそが民主主義に反する権力の行使(国民に対する暴力)であり、主権者である国民に説明責任を果たすことが民主主義の基本だからです。情報公開の 制度は古代ローマの時代イタリアの地で芽生えました。イタリア学会としてこれを看過することはできません。 必ず説明責任が果たされることをイタリア学会の総意として要望致します。

21017日 イタリア学会会長 藤谷道夫(慶應義塾大学教授)


理由の中で、

《説明しない》ことこそが権力の行使であり、国民を無力化させる手法なのである。こうして国民は恐怖と不安から権力に従うようになる。なかには権力に忖度し、取り入る者が出て来る。こうした事例からも民主主義がいかに「説明すること」にかかっているかが判る。説明と情報公開が民主主義を支える命であり、それを破壊する手段は《説明しないこと》、《情報を秘匿する》ことなのである。(強調は引用者による)

 という部分があったが、”安倍政権の暴力”によって少しづつ民主主義が破壊されてきて、その延長で、今回の暴力の行使に至ったことを重く見なくてはならない。これまでは、国民に対する暴力という認識がなかったから、ズルズルと、無言の暴力を許してきたのではないだろうか。今度ばかりは、どこまでも声をあげていく必要がある。つくづく、そう思った。

2020年11月29日日曜日

言論の弾圧=国家による暴力

 手塚治虫さんにとって”言論の弾圧”は、人間狩り、大量虐殺と同列な”国家による暴力”だった。そのことを次のように書いていた。

人間狩り、大量虐殺、言論の弾圧という国家による暴力が、すべて”正義”としてまかり通っていた時代が現実にあったことが、今の若者たちには遠い昔の歴史ドラマでしかないかもしれません。でも、女も子どもも無残にあっけなく殺されていったのは、ついこの間の厳然たる事実なのです」(『ガラスの地球を救え』、光文社、1989年、p42)。 

 今日の学術会議問題も、結局は”言論の弾圧”なのだ。しかし、戦前・戦中の言論弾圧を挙げながらも、”国家による暴力である言論の弾圧は止めよ!”と言った強い批判は見られない。朝日新聞でも、

 日本学術会議が推薦した会員候補6人が任命されなかった問題で、歴史学者らが13日、菅義偉首相に任命拒否の撤回を求める約14万人分のネット署名を内閣府に提出した。「悪例を残す大変な問題。前例のない、学問の自由と独立に対する侵害だ」と訴えている。
 署名は、鈴木淳・東京大教授と古川隆久・日本大教授(ともに日本近代史)が呼びかけて3日にネット上で開始。12日正午までに、14万3691筆を集めた。戦前・戦中の言論弾圧を挙げ、「今回の事態を座視できない」と強調。政権に批判的な学問的見解が国家のためになることも十分にありえるとして、「時の政権の意思にかなうかということと、学問的な適格性はイコールではない」と指摘した
。(2020年10月14日)

 と、この程度だった。「日本学術会議が推薦した会員候補6人が任命されなかった問題」は、国民に対する国家による暴力なのだ、という認識こそが必要なのかも知れない。

2020年11月28日土曜日

ヒトラーによる障害児童安楽死作戦

 NHKBS 3で放送された「フランケンシュタインの誘惑 ナチスとアスペルガーの子どもたち」を観た。
 193件9月旧ポーランドに浸攻、第二次世界大戦に突入した。そして、その日ヒトラーは、断種をさらに過激化した「安楽死作戦」を実行に移した。その証拠となる映像がいちばん衝撃だった。 


 障害があるとされた子どもたちを医師が診察し、ウィーンのシュピーゲルグルント児童養護施設に送られ、そこで殺害されたのである。安楽死などの名称は、実態をカモフラージュしたにすぎないことを示している。


 番組では、アスペルガー講演「精神的異常な児童」の内容にも触れていたが、次の言葉が印象的だった。

*新しい帝国の「全体は部分より大きい」という考えのもとでは国家が個人より優先されなければなりません。そのためには遺伝病を予防し、優生学を浸透させることです。
*精神的に異常な児童への支援に専念することが国家への最良の奉仕になります。民族に役立つようこれを成功させねばならないのです。

アスペルガー講演に対して、カルフォルニア大学上級研究員 エディス・シェファーは、次のように解説していた。

 アスペルガーは子どもたちを「役に立つ」「役に立たない」でまるで「資産」と「負債」のように説明しました。そして、生産性があると考えられる子どもだけを重視したのです。

 結局「役に立たない」と診断された子どもたちが、障害者殺害の対象になったようである。エディス・シェファーの言葉を聞いて、即、「一億総活躍社会」という言葉を連想した。同じ思想ではないか、と。

2020年11月27日金曜日

あどけない少年海軍兵隊さん

 このあどけない子どもの表情と海軍の帽子との対比が、当時の戦争の全てを物語っている気がした。残虐な場面の写真より、何故か、強く訴えてくるものがあるのだ。二度と、子どもたちを戦場に送ってはならない、そう思った。
 しかし、目を世界に向ければ、未だに銃を持たざるを得ない子供たちがいる。なんとも嘆かわしいことだろう。こうした世界の貧困にメスを入れてこそ、憲法9条の精神が生きてくる。そしてこの道は、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」の精神に通じる。宮沢賢治のこの言葉は、「農民芸術概論綱要」からだが、長編の続きから一部だけ紹介する。改めて読んだが、含蓄のある詩である。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 
求道すでに道である(青空文庫の「農民芸術概論綱要」より)

人類という概念を遥かに超えているのがすごいところだが、せめて、地球の裏側でも意識して「銃を持たざるを得ない子供たち」にも目を向けていきたいものである。

『映像で語るわたしたちの日本国憲法』より

「大石芳野写真集『子ども 戦世の中で』(藤原書店、2005年)」から

 

2020年11月26日木曜日

最優先さるべき人類の課題

 昨日のブログで、原発事故による大惨事の恐ろしさを書いたが、 核兵器による大惨事も一緒だ。そうした大惨事を避けようとする目的は、人類にとっての最重要事項であることは間違いない。「今持つべき目的は、何か素晴らしいことをしようというのではなく、酷(ひど)すぎる状態になってしまうのを避けることです(エマニュエル・トッド)」(鷲田清一:折々のことば、朝日新聞、2020年11月26日)という言葉も、そう諭している。
 何か素晴らしいことをしようとする目的は、誰もが持とうとするが、酷(ひど)すぎる状態になってしまうのを避ける目的は、意識しなければ持てない。だからこそ、最悪の状態になってしまうことを避けることを意識し続けることが必要だと思う。

 前に『核のボタン』という本の紹介をしながら、いかに現代社会が「核兵器による大惨事」を起こしやすい状態にあるかを書いたが、今日読んだ論文、都留重人著「日本の生きる道 『平和憲法』と『人間尊重』を柱にして」『朝日ジャーナル 1980年5月30日号』)でも、「核兵器の廃絶は、現在、何にも増して最優先さるべき人類の課題である」として、次のように書いている。

 かりにも、時として人間に避けがたい過失戦略上のデザインの不首尾政治的な誤断、あるいは単純な故障や事故のために、現に五万個をこえる核弾頭の一つがどこかで爆発するようなことがあれば、その及ぼすところの被害は、スリーマイル島原発事故の比ではない。日本こそが、世界の先頭に立って、核兵器廃絶を含む軍縮のリーダーシップをとるべきだということに、日本国民の大部分が同意すると思う。(p90、強調は引用者による)

 現在の核弾頭は、最大6万4千個から減ってきているものの、保有国は拡散し、それだけ危険性が高まっていると見て良い。日本国憲法の誠実な実行がますます必要とされる所以である。




2020年11月25日水曜日

日本全土が放射線被曝のリスク

  2011年東京電力福島原発の事故があった。にもかかわらず、今、こうして生きていられるのも、西風の強い季節であったのが幸いした、という事実がある。もし、太平洋高気圧の優勢な季節であれば、こうして生きていられた保証はない。3月15日の一瞬の風向き(図1、2)にさらされた飯館村の現状を見れば明らかであろう。一瞬の風向きであれほどの被害があったのだから・・・。
 19日の可視化された放出された放射性物質の量(図3)が示していることは、同程度の事故が起きれば、風向きによっては日本全土が強い放射線に覆われてしまうかもしれない、ということである。ということは、原子力発電所の再稼働問題は、地元だけで同意すればいい、というものではない。再稼働によって、日本の全国民が「日本全土が放射線被曝のリスク」を背負うことになるからだ。久しぶりに下記の動画を見て、原発事故の恐ろしさを思い知らされた。

 なお、下記の図は、

http://www.zamg.ac.at/pict/aktuell/20110317_fuku_I-131.gif


図 1

図 2

図 3


2020年11月24日火曜日

廃墟の街は、今?

  東日本大震災で被災した東北電力の女川原発2号機について、宮城県の村井嘉浩知事が、再稼働の前提となる「地元同意」を表明した。それに対する反対意見(女川再稼働、「地元」は3者だけか)が、朝日新聞(2020年11月22日)の声欄に掲載されていた。一部紹介する。

 村井知事は「地元」を「立地自治体である女川町、石巻市、県」としているが、納得できない。放射能には町境も市境もないからだ。いったん事故が起これば、風向き次第で他の近隣市町村も放射能に汚染されてしまうだろう。(主婦 鈴木凪子 宮城県 74)

 全くその通りで、「いったん事故が起これば、風向き次第で他の近隣市町村も放射能に汚染されてしまう」ことは、福島の飯館村の被爆が立派に証明している。放射線被曝で人が住めなくなった街の写真を紹介するが、あれから9年、これらの廃墟の街、置き去りにされた家畜たちはどうなっているのだろう。
 このような現実を目の前にして、どうして再稼働なのか、理解に苦しむ。

写真集『東日本大震災--写真家17人の視点』、篠山紀信
[他撮影] 、アサヒカメラ編集部編、朝日新聞出版, 2011」より

写真集『東日本大震災--写真家17人の視点』、篠山紀信 [ほか撮影] 、アサヒカメラ編集部編、朝日新聞出版, 2011」より

2020年11月23日月曜日

六人の排除は「人間の存在に対する否定」

 日本学術会議問題の本質は、表現の自由の問題だけでなく、その根っこに「人間の尊厳」に関わる憲法13条(すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする)の問題がある、と思ってきた。同じような主張を見つけ、心強く感じた。

 今回の問題が起きてすぐ、いくつかの新聞社から意見を求められました。記者はみな「これは昭和八年に京都帝国大学で起きた滝川幸辰事件とか、美濃部達吉の天皇機関說排撃と重なる思想弾圧の動きではないか」と訊くのですね。否定はしません。しかしそれ以上の動きだという意識を持たないとまずい。ことの本質はパージです。パージとは思想や政治の問題ではなく、基本的な人間の存在に対する否定です。だからもっと深いところから論じなければならない。(保阪正康著「ファッショの構図を読み解く」『世界』12月号、p140)

 また、青木理さんも「抵抗の視点」(『サンデー毎日:2020年11月29日号』)で、「様々な論点が提起されているものの、いずれにせよ首相の任命権という公権力を行使して6人の会員候補を排除した。つまり国家権力の行使者たる首相が、その権力を行使し、特定の市民に不利益を与えた。それなのにその理由を明示しないなどということは許されない」と書いているが、「権力を行使し、”特定の市民”に不利益を与えた」のであるから、パージと同じく、思想や政治の問題ではなく、基本的な人間の存在に対する否定と言って良い。
 さらに青木さんは、日本学術会議問題は憲法34条と構造的に似ていることを指摘している。34条は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない」と規定しているからだ。(ちなみに、身体の拘束のうち、一時的なものが抑留、より継続的なものが拘禁)
 弁護士さんの解説によれば、 前半は、いわゆる被疑者の弁護人依頼権についてで(「弁護人」は弁護士のこと)、後半は、拘禁という人身の自由を侵害する場合は、正当な理由が必要であるということである。

 日本学術会議問題でも、排除によって自由(人権)が侵害されたのであるから、その首相による権利の行使(人権の侵害)が妥当と言うのであれば、「正当な理由が必要である」ことは間違いない、と思う。逆に、「正当な理由を示せない」のであれば、「首相による権利の行使は人権の侵害になって違法」ということになる。

2020年11月22日日曜日

日本国憲法は国民生活に浸透した政治的伝統

 加藤周一氏の「護憲の理由」 を再読した。一九九三年に書かれたものだが、古さは感じられない。逆に、日本国憲法が有効であったのは七四年となり、日本国憲法が国民生活に浸透した政治的伝統は、より重みを増したことになる。インフォームドコンセントの条件については、あまり問題にされないが、重要な視点だと思う。以下、要点を紹介する。なお、強調は引用者による。

 湾岸戦争以来、日本国で改憲論議が盛んである。改憲の内容は、主として、国際粉争を解決するために武力を用いることを禁じた憲法第九条を改めて、自衛隊の海外派兵を可能にしよう 。その議論は私を説得しない。私は第九条を改めない方がよかろうと考える。その理由はおよそ次の通りである。
 第一、武器の破壊力は絶えず増大し、戦争の被害は限りなく拡がってゆくから、もし人間社会が生きのびるとすれば、いつかは戦争をやめなければならず、いつかは世界連邦政府を成立させなければならない。それが遠い将来を望んでの大きな理想である。その遠大な理想へ向っての曲折に満ちた人類の歩みにおいて、一歩を先んじたのが、日本国憲法の理想主義であろう
 一国民の誇りの根拠は、単にその現状(たとえば物質的豊かさ)によるばかりでなく、またみずから信じる価値、すなわちその理想による。(中略)もし日本国民が国際社会で通用し得る普遍的な理想をもつとすれば、憲法の平和主義のほかにはないだろう。長期的にみて望ましいのは、日本国の改憲ではなくて、まだ第九条をもたぬ国々の改憲である。(「護憲の理由」『加藤周一自選集 8』、岩波書店、p319)

 第二、大日本帝国憲法が有効であったのは、五六年間。日本国憲法が有効であったのは四七年間(一九九三年現在)。一方が伝統ならば、他方もすでに伝統である。国民生活に浸透した政治的伝統は、それがあきらかに破滅的な結果(たとえば一五年戦争)に到るものでないかぎり、みだりに改変を計るべきものではない。(同上、p320)

 第三、改憲は、つまるところ日本国民の意志による。国民の意志決定は、改憲が日本国をどこへ導くかを国民が十分に知った上で行われなければならない(いわゆるinformed consent)。その条件がなく、そ れでも国民の半数が改憲を望まぬときに、世論を操作して改憲を企てるのは、民主主義の原則に反するだろう。 以上の理由により、私は日本の多くの市民と共に、またおそらくアジアの人民の大多数と共に、日本の国際貢献が軍事的であることを望まないのである。(同上、 p322)

2020年11月21日土曜日

本(読書)は感動の泉

 「本(読書)は感動の泉だ」と、つくづく思う。本は、感動の泉だからこそ、脳の健康、活性化に最適である。そして、ゴッホの「炉辺で読書する老人」でもわかるように、いつの時代も、本は人生の友(共)だったのかもしれない。
 また、本は古今東西の人のところに連れて行ってくれる。そして、文字を通して、その人の思想を語ってくれる。その人の思想に触れることができる。
 最近も、フランス革命時代の思想家コンドルセの思想に感動し、昭和24年に文部省によって発行された民主主義の教科書に感動したばかりである。
 これからも、どんな本との出会いが待っているか、興味津々である。
 民主主義という言葉は、さまざまな意味合いで使われているが、本当の民主主義というものを正しく学び、実行することの重要性を、文部省の教科書で学んだ。人類を破滅に導いてはいけない、そう痛感する。なお、引用の強調は引用者による。

「わたくしは、人間が如何に多くの時間と努力とを費して、新しい真理によってその精神を豊富にし、その知識を完成し、その能力を拡大し、もってこれらの精神や知識や能力を自分の幸福のためにも、共同の福祉のためにも、もっともよく使用する方法を学ぶことができたかということを、示そうと欲しただけである」(『人間精神進歩史・第1部』、コンドルセ著 ; 渡邊誠譯、岩波書店、1954年、p15)。

民主主義を正しく学び、確実に実行すれば、繁栄と平和とがもたらされる。反対の場合には、人類の将来に戰爭と破滅とが待っている。(中略)
 民主主義の根本精神はなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。
 人間が人間として自分自身を尊重し、互に他人を尊重しあうということは政治上の問題や議員の候補者について賛成や反対の投票をするよりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである(『民主主義』、文部省、昭和24年、p2)。

ゴッホの「炉辺で読書する老人」(『クレラー・ミュラー美術館所蔵ゴッホ展』、日本テレビ発行)より


『民主主義』(文部省、昭和24年)

(『民主主義』、文部省、昭和24年、p2)
『人間精神進歩史・第1部』、コンドルセ著





 

2020年11月20日金曜日

個性こそが新しい「美」の定義

「若きセザンヌの挑戦」(諸橋近代美術館)の解説に、「十九世紀のフランスにおける美術界はまさに『革新』と『近代化』の時代」とあった。その時代の一人であるピカソは、「蒐集していた作品の中でもセザンヌのものは常に手元におき、作品からヒントをもらっていた」 らしく、「彼は私たちすべての父親のような存在でした。私たちを守ってくれたのはセザンヌだったのです」と書いている。そんなピカソの革新的な側面が強い作品は、「アヴィニョンの娘たち」のようだ。<個性こそが新しい「美」の定義>という次の解説が、そのことを物語っている。

 恐るべき一作だ。何かすごいって、画面に登場している五人の女たちが、まったく美しくないところだ。美しくないどころか、醜い化け物のようですらある。左側の女は、それでもまだ「女」であるとわかる。しかし、右へいくほど顔や姿の抽象化が進み、右端のふたりは宇宙人か怪物のようだ。当時、女性の裸体像といえば、理想化されて、崇拝されるべき偶像として描かれたものだ。それがこの醜さ。この作品を最初に観た人は、どれほど驚いたことだろう。腰を抜かした、という表現がぴったりだったはずだ。彼の友人たちも「とうとうピカソは頭がおかしくなった」と嘆いたらしい。
 人々が腰を抜かし、友人たちが離れていく。 —— そんなリスクを負ってでも、しかしピカソはこの一枚を世に送り出した。本件は、個性こそが新しい「美」の定義であると信じた画家の挑戦であり、その後の二十世紀美術を導くマニフェストとなった。
 結果、この一枚の絵で、美術史は塗り替えられた。世界は変わった。私たちはピカソを「体験」することになった。
 本作をみつめれば、俺こそが「絶対」なのだ、という画家の叫びが聞こえてくる。(原田マハ著、『いちまいの絵』、p46)


2020年11月19日木曜日

ジャック・ウォーナー夫人の肖像

 サルバドール・ダリの作品「ジャック・ウォーナー夫人の肖像」(1951年)の前には何度も立ったが、さほどの印象を受けることはなかった。しかし、今回は違かった。諸橋近代美術館の解説を聞いて、この作品が戦争と結びついてしまったのだ。
 解説には、故郷を思わせる荒野と表現していたが、私には、もっと普遍的な、戦争によって荒らされてしまった荒野に見えるようになったのである。神殿のように描かれた邸宅も、荒野の真ん中にあっては、なんとも孤独でわびしい。そして、戦争によって邸宅(富)だけが残っても、・・・。

 第二次世界大戦の開戦にともない、1940年、パリではドイツ軍による侵攻が始まりました。この年、ダリはヨーロッパを脱出し、その後8年間をアメリカで過ごします。その間、ダリはアメリカ社交界の名士たちに近づき、彼らの肖像画を受注制作して生計を立てました。
 この作品に描かれているのは、アメリカの実業家、ジャック・ウォーナーの妻です。夫人が身に着けたドレスと宝石、神殿のように描かれたウォーナー夫妻の邸宅は、夫妻の富と名声を象徴しているようです。
 背景には、スペインのアンプルダン平原を思わせる荒野が描かれています。アメリカでの生活の中で、故郷を懐かしむダリの心情がうかがえます。(
諸橋近代美術館の解説)
ジャック・ウォーナー夫人の肖像 1951年 


 

2020年11月18日水曜日

私たちを圧迫し、侮辱し、堕落させるもの

 昨日、マーク・トウェインの作品『不思議な少年』の中の戦争批判部分を紹介した。わかりにくいところもあったこともあり、原典を読んでみた。やはり、省略してあった部分も読むと、スッキリとわかった。それだけでない。なるほどと感心させられた文章を見つけることができた。このところを読んで、学術会議の本質は、我々国民が、圧迫され、侮辱され、堕落させるられていることなんじゃないか、と思えてきた。少なくとも侮られていることは事実である。

「いや、そうなんだ。ぼくは人間ってものをよく知ってる。羊と同じなんだ。いつも少数者に支配される。多数に支配されるなんてことは、まずない、いや、絶対にないと言ったほうがいいかもしれんな。感情も信念も抑えて、とにかくいちばんの大きなひと握りの人間について行く。声の大きな、そのひと握りの人間というのが、正しいこともあれば、まちがっていることもある。だが、そんなことはどうだっていいんで、とにかく大衆はそれについて行くのだ」(『不思議な少年』、岩波文庫、p196)。

「君主制も、貴族政治も、宗教も、みんな君たち人間のもつ大きな性格上の欠陥、つまり、みんながその隣人を信頼せず、安全のためか、気休めのためか、それは知らんが、とにかく他人によく思われたいという欲望、それだけを根拠に成り立ってるんだよ。そりゃ、そうした制度は、永久につづくだろうさ。つづくところか、いよいよ栄え、いよいよ君たちを圧迫し、侮辱し、堕落させることだろうよ。だが、それは君たちが相変らず、いつまでも少数者の奴隷になっているという、ただそれだけのことが原因なんだな。そうした制度に人民の大多数が心の底から信服してる国なんて、けっしてなかったからね」(同上、p197〜198)

2020年11月17日火曜日

正当防衛(自衛)権それ自身が有害なり

 「マーク・トウェインの戦争批判」(中野好夫著『ちくま日本文学全集』)を読んだ。マーク・トウェインと言っても、馴染みのないかもしれないが、『トム・ソーヤーの冒険』の作者と言えば、わかっていただけると思う。彼には、「不思議な少年」という作品もあり、この中の戦争批判部分を紹介している。「人間とはなにか」という作品もあるようで、興味がある。少し長いが紹介する。中野さんは、マーク・トウェインの言葉が「一々身にしみて思い当たる」と書いているが、現在においても、思い当たる。マーク・トウェインが日本の9条を知ったら、どういうだろうか。きっと喜んで賞賛するに違いない。

 戦争というのは、「あるときは王家の人々の私欲のために、またあるときは弱小国を亡ぼしてしまうために、それは戦われるのであり、かりにもなにかきれいな目的で、侵略者が起こした戦争などというのは、人類史のかぎり、まず絶対にない」という。……
 王家などという古めかしい言葉を、多少さしかえれば、内村鑑三の「日露戦争によって私は一層深く戦争の非を悟りました……日露戦争もまたその名は東洋平和のためでありました。……戦争は飽き足らざる野獣であります」という告白や、これはまた意外にも故吉田茂の「近年の戦争は多くは国家防衛権の名において行なわれたことは顕著な事実であります……正当防衛権を認めるということそれ自身が有害であると思うのであります」などにも、そのまま通じるのではあるまいか
 さて、それではどんな風にして戦争は起こるかについてのサタン、つまり、トウェインの戦争原因論をうかがってみよう。彼はいう。
「もともと
大多数の人間ってものはね未開人にしろ文明人にしろ腹の底は案外やさしいものなんで人を苦しめることなんて、ほとんどできやしないんだ。だが、それが攻撃的で、まったく情け知らずの少数者の前に出ると、そういう自分を出し切る勇気がないんだな。
戦争を煽るやつなんてのに、正しい人間、立派な人間なんてのは、いまだかって一人としていなかった。ぼくは百万年後だって見通せるが、この原則に外れるなんてことは、まずあるまいね。あっても、せいぜいが五、六人ってところかな。いつも決って声の大きなひと握りの連中が、戦争、戦争と大声で叫ぶ。すると、さすがに宗教家どもは、はじめのうちこそ用心深く反対をいう。国民の大多数も、鈍い目を眠そうにこすりながら、なぜ戦争などしなければならないのか、懸命になって考えてみる。そして、心から腹を立てて叫ぶのだ。「不正な戦争、汚い戦争だ。そんな戦争の必要はない」ってね。するとまた例のひと握りの連中が、いっそう声をはり上げてわめき立てる。これも少数だが、もちろん戦争反対の立派な人たちはね、言論や文章で反対理由を論じるだろうさ。そして、はじめのうちは、それらに耳を傾けるものもいれば、拍手を送るものもいる。だが、それもとうてい長くはつづかない。なにしろ煽動屋のほうが、はるかに声が大きいんだから

 やがては聴くものもいなくなり、人気も落ちてしまう。すると今度はまことに奇妙なことがはじまる。まず戦争反対論者たちは石をもって演壇を追われる。そして、凶暴になった群集の手で言論の自由は完全にくびり殺されてしまうところが、面白いのはだね、その凶暴な連中というのが、実は心の底では相変らず石をもって追われた弁士たちと、まったく考えは同じなんだな —— ただそれを口に出して言う勇気がないだけさ。さて、そうなると、もう全国民 ——(原点にあったて追加した部分) そう、教会までも含めてそうなのだが、いっせいに戦争、戦争と叫び出す。そして、あえて口を開く正義の士でもいようものなら、たちまち蛮声を張り上げて襲いかかるわけだ。まもなく、こうした人々も沈黙してしまう。あとは政治家どもが安価な嘘をでっち上げるだけさ。まず被侵略国についての悪宣伝をやる。国民は国民で、うしろめたさがあるせいか、それらの気休めにこれらの嘘をよろこんで迎えるのだ。こうして、そのうちにはまるで正義の戦争ででもあるかのように信じこんでしまい、この奇怪な自己偽瞞の中でぐっすり安眠を神に感謝することになるわけだな」
 つまり、こうして、つい先だってまでは侵略的挑戦として反対を受けていたものが、あれよあれよというまに正義の戦争ということになって、本格的な戦争がはじまるというわけだが、これもどうやら半世紀前の話とはかぎらないようである。
 わた
したち、満洲事変から太平洋戦争突入までの十年間を体験してきたものにとっては、このサタンの冷笑は一々身にしみて思いあたる。教会ならぬ、マスコミまでを含めて、まさにこの通りであった。近ごろマスコミの街頭録音などで、もはや戦争体験を知らぬ若い戦後世代の諸君が、いとも気軽に、やはり無防備では安心ならぬ、防衛の軍備は必要だと思います、などと答えているのを聞くが、その防衛軍備だったはずのものが、実際にはどのように用いられたか、そして、その犠牲だけを背負わされたのは、国民のどのような人たちであったか、少しくらいは歴史的に勉強してみたことがあるのであろうか。引用したサタンの言葉は見事にそれに答えてくれているように思う。(中野好夫著『ちくま日本文学全集』、p424〜427、強調は引用者による)

2020年11月16日月曜日

子どもたちを戦争に巻き込んではいけない

『101歳の教科書』(洋画家・入江一子著、生活の友社)に
「日本人同士の方が垣根を作ります。
 感動は、人種も国境も越えて共有できるものです。」という、絵「緑蔭」に添えられていた言葉があった。確かにそうだ。この絵もそうだが、ベートーベンの第九も、世界中で愛されており、世界中の人間の心、人類の心は、やはり一つに繋がっていることを教えてくれている。だからそそ、ここに描かれているような子どもたちを「戦争という名の、残酷で恐ろしい殺し合いに、巻き込んではいけない」(長谷川義史著『へいわってすてきだね』「あとがき」より)

「緑蔭(雲南少数民族)」1999年200号

2020年11月15日日曜日

全方位外交でいこう

 若松丈太郎は、「全方位外交でいこう」という詩の中で「絶対に起こってはならない事態(戦争状態)がもし起こったら、それは破局であり終局である」。だからこそ、「絶対に起こってはならない事態を招いてはならない」。そのために最も大切なことは、敵を作らないことである。それは、市民的自由を守り、他の諸国と密接な通商関係や文化交流を維持発展させることで可能である。若松のいう全方位外交である。その意味でも、憲法9条実施の宣言は有効な手段と言える。

「全方位外交でいこう」より抜粋

日本の二十五倍以上も広い国土に十二億人が暮らし
世界第三位の軍事力を保有している中国をまえに
借金大国の翼賛議会が年々増額している軍事費は
むだ金になるとしか想定できない

身のほどをわきまえて
「遠交近攻」ならぬ「遠交近交」こそが
つまりは全方位外交こそが
国民のいのちと暮らしをまもり国土を荒廃からまもり
世界じゅうの人びとと地球とにやさしい政策だ(若松丈太郎著『詩集 十歳の夏まで戦争だった』、コールサック社、2017年、p 123)

2020年11月14日土曜日

安全保障の手段でもある市民的自由

 『永遠平和のために 啓蒙とは何か 他3編』(カント著、中山元訳、光文社古典新訳文庫)を借りた。「永遠平和のために」を新訳で読んでみたいと思ったからだ。さらに、カントがどのようなことを書いているかを、カント全集で調べ、18巻に 「永遠平和のために 準備原稿なるものが存在していることもわかった。大いに興味がある。

 『永遠平和のために 啓蒙とは何か 他3編』は、まずさっと解説から読んでわかりやすい箇所を見つけたのでちょっと読んでみる。 特に興味を引いたのが「まずカントはそれぞれの国が自国の文化を発展させることで、他の諸国にたいする威信を高めていることを指摘する。高度な文明を発達させた国にたいしては他の諸国が憧れを抱くのであり、これは現代においても変わりはない」だ。このような文化の発展も、安全保障になる。憧れを抱く国には、学ぼうとはしても、攻撃仕様などとは考えもしないに違いないからだ。

 自然は人間が戦争のうちに滅びるのではなく、世界市民状態を構築することを望んでいるに違いないというのは、カントの信念であり、願いでもあった。ルソーは人間が未開から文明に到達するとともに、不平等が生まれ、人間は堕落すると考えた。しかしカントは、人間が未開から文化に、文化から文明に、そして文明から道徳性の状態へと進歩することを信じていたのである。啓蒙はまさにこの進歩を進める原動力であり、その原理でもあった
 カントはさまざまな国家がこの理想的な状態に進展するために、ほかにもさまざまな要因が機能すると考えている。これらの要因について検討するのが第八命題である。まずカントはそれぞれの国が自国の文化を発展させることで、他の諸国にたいする威信を高めていることを指摘する。高度な文明を発達させた国にたいしては他の諸国が憧れを抱くのであり、これは現代においても変わりはない。
 またこのように文明を発達させるためには、市民的な自由が守られていることが必要であり、抑圧的な国家では文明は委縮するものである。自由はその国の名誉心を高めるために貢献することができるのである。 さらにこうした市民的自由が守られている国では、商業が発展し、他の諸国と密接な通商関係を維持するようになる。これがさまざまな国との友好的な関係の構築に貢献することになる。自由を制約すると商業的な活動が低迷し、他国との通商にも影響して、国力が低下する可能性があるのである。啓蒙の原則は、市民的な自由の確立と、商業的な発展と通商関係の維持のために役立つものである。(p312〜313、強調は引用者による)

 こうして読んでみると、市民的自由さえ、安全保障の手段になることがわかる。市民的自由は、文明の発達、国の名誉心、密接な通商関係の維持発展に欠かせないからだ。そういう意味でも、この度の学術会議任命拒否問題は、市民的自由の攻撃でもあり、妥協、諦めで終わらせてはならない。

2020年11月13日金曜日

独立の精神なきに等しい日本

 これから、真の安全保障を考えていく必要がある、そう思いました。しかし、その前に、真の独立とは何か、日本は独立国として考えていいのか、を考える必要を痛感しました。日本に米軍基地が存在している限り、「日本はすでに外部から侵略されたままの状態にある」という次のようなショッキングな言葉を見つけたからです。

 日本はすでに「外部から直接、あるいは間接的侵略」されたままの状態にあることを忘れては困るのである。ここに直接侵略とは米軍基地のことであり、間接侵略とはアメリカの意のままになっている自衛隊のことである。武谷三男著「自衛隊の本質は何か」『経済評論・1973-11』、日本評論社、p179)

 ここで、前に紹介した夏目漱石の言葉を思い出しました。

 元来”共和国の人民に何が尤も必要なる資格なりや”と問はば、独立の精神に外ならずと答ふるが適当なるべし。独立の精神なきときは、平等の、自由の、と噪ぎ立つるも、必竟机上の空論に流れて、之を政治上に運用せん事覚束なく、之を社会上に融通せん事益難からん」(『ホイットマン詩集』、木島始訳編、思潮社、1994年、p80)

 独立の精神なきときは、平等の、自由のと声だかに叫んでも、机上の空論に流れてしまい、政治上も、社会上も、役に立たん、というのです。侵略された状態であるにもかかわらず、そんな状態に甘んじている現状は、独立の精神なきに等しいことになります。夏目漱石に言わせれば、こんな状態こそ、問題にすべきだったのです。

2020年11月12日木曜日

戦争に近づいているのか!!

 日本は徐々に戦争に近づいているののでしょうか。映画監督、塚本晋也さんも、「やっぱり戦争に近づくことの恐ろしさが自分にとっての大事なテーマ。これから先の未来の子供たちの、これから先の世界がどうなっているのかが、1番の心配事項に、どうしてもなっちゃう」(「大林宣彦からの遺言」『NHK・クローズアップ現代・2020年10月8日放送」)と語っています。 なんども紹介した『核のボタン』の著者の言葉も印象的です。

12年の孫・曽孫たちへ。
君たちは、核の大惨事を回避しようと私が働き続ける
最も重要な理由を与えてくれるくれている。ウィリアム・ペリー

 私の心配事も、両者に共通している。だからこそ、ブログに、

 この日本という国を少しでもいい状態にして、「私たちが享受できた平和」と一緒に「子や孫の世代」にバトンタッチしたい。

 と書きました。私にとっても、ジワリ、ジワリと、戦争に近づいている時代の流れに抵抗するエネルギー源は、未来を担う子供たちなのです。

 時代の大きな流れを痛感したのは、アメリカ大統領選挙の報道ぶりです。朝日新聞も、連日一面トップで開票の動向を報道しました。国会で論戦が戦われている時期にです。日本がアメリカの「核戦争の前進基地」に変わりがないことを考えれば、これほどアメリカ大統領選で大騒ぎしてはいられないはずなのです。逆に考えれば、米軍基地が「核戦争の前進基地」になっている、という認識はなく、北朝鮮や中国の動きを考えれば、米軍基地は必要だ、という認識が大勢を占めているのかもしれません。
 しかし、この、北朝鮮や中国の動きを「危険視(敵視)する思想」こそ、時代の思想というべきもので、戦争に近づける思想、戦争に向かう思想だと思います。こうした思想が支配的だからこそ、米軍基地の危険性を明らかにし、真の安全保障というものを考えていく必要があると思うのです。

2020年11月11日水曜日

子どもは人格と尊厳をもつ権利の主体

  『世界中の子どもの権利をまもる30の方法 : だれひとり置き去りにしない!』を読んで、「子どもの権利条約」について考えた。この条約は、前文と、54もの条文がある。しかし、その基本は、日本国憲法の「個人としての尊重」(13)と同じ思想で、「子どもを独立した人格と尊厳をもつ権利の主体として大切にされる」とい う考え方だという。つまり、子どもの権利条約の基本的な考え方 は、

 子どもの権利条約は、子どもをもっぱら保護の対象とする従来の考え方を転換して、子どもを独立した人格と尊厳をもつ権利の主体としています。つまり、一人ひとりが個人として大切にされるとい う考え方で、日本国憲法の「個人としての尊重」(第13条)と同じです。子どもたちが「ありのままの」自分をポジティブにとらえ、「自分が自分であって大丈夫」と思えたり、「大切にされている」と 感じられたりする自己肯定感が重視されています
 子どもは単に「未来の担い手」として期待される存在ではなく、「いまを生きる存在」として尊重される主体であり、社会を構成するメンバーとして位置づけられています。
 締約国が条約を実現するには、誕生から18歳までの間を切れ目なく、医療・健康・福祉・教 育・文化・労働・社会環境・少年司法など、あらゆる側面から権利を保障することが不可欠で す。対象となる子どもは、日本社会で生活する多様な文化的背景や国籍をもつ子ども、無国籍 の子ども、国外の子どもも含まれます。そして、子どもを支援する人たち(親や保育士、教師、 施設の職員など)に対する支援も求めています。(『世界中の子どもの権利をまもる30の方法 : だれひとり置き去りにしない!』、国際子ども権利センター, 甲斐田万智子編、合同出版、2019、強調は引用者による)

子どもの権利条約 第6条
締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。
締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。

 次に、大石芳野写真集『子ども 戦世の中で』(藤原書店、2005年)から、最も「子どもの権利条約」を必要としているカンボジアの子どもたちの表情を紹介する。

難民村にいた約12万人が戦火を避けて逃げ惑った。
いつも犠牲は子どもたちだ。(80年 タイ国境)

反ポル・ポト派のゲリラ隊が結成され、多くの子どもが入隊
させられた。銃を持つ二人は12歳と14歳。(80年 タイ国境)

全土のどこでも、
闇を見つめるような表情がそこにある(80年 ブルザット州)
至る所が虐殺現場となった。「地面に無数の蠅がたかり悪臭がしたので掘った」
と人々は話す。1カ所から約3千体もの犠牲者が現れた。(81年 プノンペン)




2020年11月10日火曜日

全面核戦争へのシナリオ

 前に、『核のボタン』(ウィリアム・ペリー、トム・コリーナ著、田井中雅人訳、朝日新聞出版)という本を紹介しながら、40年も前に児童文学の世界で、「ノイローゼのボタン係と、気がくるったボタン係が核戦争を起こし、その後の世界を描いていた」(『魔法のぶた』、司修著、汐文社)ことを書いたが、『核のボタン』に、実際に起こりうる「核戦争のシナリオ」が詳しく書かれていた。改めて、最悪の事態を想定し、対策を講じる必要を痛感した。
 そして、「核兵器をめぐる物語は終わりを迎える。そして、どんな終わりになるかは私たち次第である。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか?」(ベアトリス・フィン・2017年のノーベル平和賞受賞で)という言葉を重く受け止めたい。

 相手のICBMが発射されたことを示す情報を早期警戒街星などがキャッチし、最高指導者(今は共に大統領)がその警報を受けて報復の発射命令を出せば、それから数分以内に発射できる態勢を常にとっている。たとえば、「ロシアがICBM発射」の警報が出て、その他の分析も合わせて米国の大統領に届けられれば、ロシアのICBMが米国のICBM基地付近で爆発して多くの基地を破壊する前に、すなわち分単位のごく短い時間のうちに米国大統領は報復攻撃するかどうかを決断しなければならない
 最大の問題は、発射情報の真偽を確かめる時間があまりにも短いことだ。悪くするとシステム誤作動や、情報の誤認、さらにはサイバー攻撃によって誤った発射情報が大統領に届けられ、実際にはロシアのICBMなど発射されていないのに、きちんと情報の真偽が確認されないまま、米国のICBMによる大規模な報復攻撃命令が出される恐れがある。ICBMはいったん発射されれば核爆発を中止するすべはなく、誤った判断によって飛び立ったICBMは結果的に、「米国の核先制攻撃」をもたらすことになる。それに対して相手が大量報復すれば、全面核戦争という最悪の事態に転落しかねない。本書によると、「誤警報はこれまでに何度も起きているし、これからも起こりうる。例えば、1980年に国家安全保障担当大統領補佐官がカーター大統領にまで本当の攻撃だと報告を上げかけたが、ぎりぎりのところで幸運にも誤警報だと判明した」。
(中略)
 だが、事は米国に限らない。ロシアもほぼ同様に警報下発射態勢をとっている。米ロの双方で、システム異常や意思決定プロセスに関わる人間の判断ミスによって「核のボタン」が押されるリスクが、常に存在するのである。(「解題」吉田文彦著、p295~297)

2020年11月9日月曜日

戦争の放棄 → 世界平和への大道!

  昨日、「新憲法が指し示してくれた平和な日本」に対する希望に溢れていた時代があった、と書いた。そのことを、新憲法が指し示してくれた「世界平和への大道」、「我々はこの理想を掲げて全世界に呼びかけんとするものであります」と呼び掛けた国会議員の演説とともに紹介している文章を見つけた。
 新憲法発布の「当時政府も国民も、新しい憲法によって日本は平和国家になったのだ、2度と再び戦争はしない国になったのだ。軍隊などは一切ない国になったのだ、と信じ、これを疑う者はいなかった」という。この時、こうした平和憲法に対する信念のようなものが、日本国民の深層心理に深く刻まれてしまったのかもしれない。だからこそ平和憲法は、散々と攻撃されながらも、こうして命脈を保ち続けてこれたのだ、と。


 とにかく、日本政府に委せていてはとうていポツダム宣言に洽った憲法ができるはずはない、とマッカーサー司令部から改めて英文の草案が政府に示された。これが同年2月13日のことである。
 いわゆるマッカーサー3原則のもと、ホイットニー民政局長が25名の同局員を督励して、1週間でこの草案を作り上げたというのは有名な話である。これを受け取った政府内ではいろいろ議論が交わされたが、結局これを受け入れ、これを草案にして新憲法を作るということになった。その年4月に総選挙が行われ5月自由党の吉田茂内閣が成立した。新しい選挙法の下に選ばれた国会で、憲法改正が審議され、全会殆どー致で日本国憲法案が可決され、同年11月3日に公布、翌年5月3日に施行されることになった。
 この改正手続きは旧憲法73条の規定に基づいて行われたものであるが、実質的には革命的な変更であったと言える。
 当時、衆議院の憲法改正特別委員会の委員長だったのが後に首相となった芦田均である。この人が当時行った委員長報告演説は今も語り草として残っている。その一部を引用する。
 「侵略戦争を否認する思想を憲法に法制化した前例は絶無ではありませぬ。しかし我が憲法のごとく、全面的に軍備を撤去し、全ての戦争を否認することを規定した憲法は、おそらく世界においてこれを嚆矢とするのでありましょう(中略)。改正憲法の最大特色は大胆率直に戦争の放棄を宣言したことであります。これこそ世界平和への大道であります。我々はこの理想を掲げて全世界に呼びかけんとするものであります。かかる機会を与えられたことに対し、私は天地神明に感謝せんとするものであります」
 まことに大演説である。芦田均自身感激に涙を流していたのかも知れない。大拍手が起こったのも当然だったろう。
 新憲法が作られて文部省は「新しい憲法のはなし」という冊子を作って、生徒に配付した。これには軍艦や戦車がゴミとして捨てられる挿画とともに、もう日本には軍隊はいらない、と書かれていた。とにかく、この当時政府も国民も、新しい憲法によって日本は平和国家になったのだ、2度と再び戦争はしない国になったのだ。軍隊などは一切ない国になったのだ、と信じ、これを疑う者はいなかった。(角尾隆信著、「憲法制定のころと私の青春」『憲法の危機をこえて 弁護士活動からみえる人権』、宮里邦雄編著、明石書店2007年、p18~19、強調は引用者による)

2020年11月8日日曜日

新憲法の客観的条件

 「新憲法の客観的条件」というコラムは、1946年11月4日の毎日新聞の一面コラム「余禄」である。新憲法公布時の国民の状況が伺い知ることができて興味深かった。「現行憲法発布の時は全国民が全く有頂天だった」ということは、それだけ、全国民が新憲法を歓迎したということであろう。憲法がまだ新しい時代、「新憲法が指し示してくれた平和な日本」に対する希望に溢れていた時代があったであろうことを誇りに思えた。

新憲法の容観的条件
 マ元帥は「新憲法は世界平和への一歩前進」だと祝福してくれたが、われらも確かにそうであり、 又そうでなくてはならぬと思う。戦争放棄の規定を持った憲法は前例がないではないが、今の日本ほどこの目的を達するための客観的条件を備えていた前例はどこにもない
 この客観的な平和への熱望によって全国民は「新しい希望に胸をふくらませ」ねばならない。日本人は確かに欠点の多い国民だが、しかしまた特長もある。欠点を反省するとともに特質をどんどん伸して行かねば駄目だ。何よりもわれわれは希望と自信を持たねばならない。その希望と自信になるのも叉新憲法だ。
 三日の憲法公布式典が全国的に平静に行われたのは良かった。しかし何か熱意が足りぬように見たのは僻(ひが)みであろうか。この式典にあたって国民は外面的な喜びから内面的な反省と沈思に傾くのが当然である。しかし、もし一般に無関心などという徴候があったら厳しく指弾されねばならない。 現行憲法発布の時は全国民が全く有頂天だった。三日間の祝祭で交通関係、旅館、酒楼その他商況大繁昌を呈したという。左党が羨ましがる話は、当時灘の第一流酒一樽百八十円だったのが、十円騰貴したのを初めとして、関係職人の労賃が二割方あがった。
 しかしその三日間に汽車で上京した者は上野駅から三千余名、新橋駅から一万五千六百名とあるから半世紀前の交通機関の状態も想像される
 これらは何れも現在と時世の相違を痛感させることばかりだが、憲法発布と同時に各地方で憲法講演会を開き役人や学者を中央から招いている。これだけはわれらの学ばねばならと (21・11・4)(『余録二十五年』、丸山幹治著、毎日新聞社、1954年、p137~138、強調は引用者による)

2020年11月7日土曜日

日本は「核戦争の前進基地」

  連日、アメリカ大統領選がトップニュースになっている。しかし、日本の国会が開かれ、毎日議論が展開されているのだから、まずは国会の動きをトップニュースにしてほしい。そう思うのは、私だけだろうか。次の記事のように、日本がアメリカの「核戦争の前進基地」であることを考えれば、これほどアメリカ大統領選で大騒ぎしてはいられないはずだ。日本は「核戦争の前進基地」であることを改めて考えてもらいたい。核戦争の危機は、1985年よりも、ずっと大きくなっていることも考えて・・・。

核戦争の前進基地
 在日米軍は、その広範な任務と責任から見てわかるように、太平洋におけるアメリカの総合的態勢の一部分であり、それだけを切り離して考えることはできない。アメリカは、日本の陸上に核兵器を貯蔵していない。その意味で、日本の非核三原則は侵犯されていない。しかし、核戦争における日本の役割にかんするかぎり、核戦争準備のための通信・計画立案・目標設定・給油の施設が日本に存在している以上、このことは意味をもたない。(ウイリアム・M・アーキン、ディヴィッド・チャッペル著、「核戦争の前線基地・日本」『世界』、1985年2月、p143 )


 日本における通信システムもまた、核戦争の任務を帯びている。それは、対潜機や潜水艦、爆撃機など、太平洋におけるアメ‘リカの核戦力に命令を伝える重要な手段である。沖縄の嘉手納、そして入間、大和田、所沢にある太平洋統合軍の「コマンド・エスコート」システムや、戦略空軍の「ジャイアント・トーク/スコープ・シグナルIII」の高周波無線ネットワークのステーション、さらには、戸塚と依佐美にある海軍の艦隊・潜水艦への送信施設が、もっとも重がなものである。世界に六つしかないものの一つである依佐美の超長波通信施設は、トライデント戦略ミサイル潜水艦やトマホーク積載の攻撃型潜水艦に対する発射命令を中継する。(上同、p142)






2020年11月6日金曜日

とはにたたかはぬ国をおこさむ

 図書館で赤旗を読んできた。そして、新憲法を心底歓迎した歌人の歌を知った。「歌人は新憲法をどう受け止めたか」(2020年11月3日)という記事で紹介していたのだ。その中から気に入った歌を紹介する。


たたかひに やぶれて得たる 自由もて
    とはにたたかはぬ 国をおこさむ(土岐善麿)

おのづから 史に類なき ものとせむ
    戦はずして 興る国なれ(川田順)

大国も 小国も こころ一つにし 
    永久(とわ)の平和を 請いし希はむ(山口茂吉)

 さらに、ネットで調べ、土岐善麿さんの素晴らしい歌を知った。
                    
われらとはに 戦はざらむ かく誓ひ
    干戈(かんくわ)はすてつ 人類のため(土岐善麿)

とはにたたかはぬ国をおこさむ」「戦はずして 興る国なれ」全くその通り。「干戈(武器のこと)はすてつ 人類のため」なのだ。

2020年11月5日木曜日

安保条約は諸悪の根源

  米国の大統領は、まだ決まらない。しかし、どちらが買っても、日米関係に変化はなさそうだ。そのことを、日刊現代のサイトで「どちらが大統領になっても日本が『媚びる外交』を迫られるのは間違い」と次のように書かれていた。

バイデン大統領誕生なら…日本は対中国ミサイル基地になる
「農産品市場を開放しろ」「武器を買え」――。菅首相にとっては米国ファーストで強引なトランプ氏より、バイデン氏の方がくみしやすいように見える。バイデン氏なら日本に朗報かと思いきや、「そんなことはないでしょう」と、高千穂大教授の五野井郁夫氏(国際政治学)は話す。
「バイデン氏は幅広い産業にわたり市場の開放を迫ってくるとみられます。日本政府はバイデン氏勝利の場合、菅首相の訪米を先送りする一方、トランプ氏再選の場合は早期にお祝いの挨拶のために訪米する方向で調整している。どちらが大統領になっても日本が『媚びる外交』を迫られるのは間違いありません」
 日本が米国にむしり取られる構図に変わりはなさそう。特に不安視されるのが、「在日米軍と安全保障」「米中関係」「拉致問題」の3点だ。

 日本人は、「媚びる外交」とか、「日本が米国にむしり取られる構図」と言われても、怒りさえ起こらない国民になってしまったのだろうか。改めて、前にも紹介した夏目漱石の独立論を読んでみたい。自由や平等の基礎として、独立を捉えているのが素晴らしい。真の独立がなければ、真の平等も自由もあり得ない、と。そういう意味で、独立を侵している日米安保は諸悪の根源と言っても良い。

 元来”共和国の人民に何が尤も必要なる資格なりや”と問はば、独立の精神に外ならずと答ふるが適当なるべし。独立の精神なきときは、平等の、自由の、と噪ぎ立つるも、必竟机上の空論に流れて、之を政治上に運用せん事覚束なく、之を社会上に融通せん事益難からん」(上同)(『ホイットマン詩集』、木島始訳編、思潮社、1994年、p80、強調は引用者による)

2020年11月4日水曜日

考えること哲学すること

 時々、本は借りたものの、何でこの本を借りたのかがわからなくなる。『ウィトゲンシュタイン 没後60年、ほんとうに哲学するために KAWADE道の手帖哲学入門』(河出書房新社)も、そうだった。しかし今回は、朝日新聞コラム「折々のことば:鷲田清一」を読んで、この哲学者に興味を持ったからであることを思い出した。検索してみたら、鷲田清一さんは、ウィトゲンシュタインの言葉を二回も紹介していた。改めて読んでみて、鷲田清一さんの言葉や古田さんの言葉から、「考えること」や「哲学すること」がどういうものかを学ぶことができた。それは、画家が大作を何か月もかけて描くように、思考や哲学というのも、じっくりと考え抜くことではないか、と。その過程で、興奮と喜びが得られたら最高だし、逆に、興奮と喜びが得られるような工夫をするべきなのかもしれない。なお、引用分の強調は引用者による。

 今日の哲学教師が、教え子に料理を出すのは、教え子の気に入る味だからではなく、教え子の味覚を変えるためである。(ヴィトゲンシュタイン)
 哲学だけではない。ほんとうの助言、ほんとうの学びは、同じものでもこれまでとは違うふうに見るよう誘うものである。考えるとは、あれこれと思い量ること。見たいものを見たいように見ることではなく、ものと交わり、ものに促されつつおのれの視力を矯正しつづけること。20世紀の哲学者の『反哲学的断章』(丘沢静也訳)から。(2020年10月8日)

 哲学者どうしの挨拶(あいさつ)は、「どうぞ、ごゆっくり」であるべきだろう。(ヴィトゲンシュタイン)
 生き方、世界の見方を変えるには、これまで身につけてきた思考の初期設定を書き換える必要がある。そこでは、急がされずに、滑りのよい言葉に流されずに、ああでもないこうでもないと道筋をじっくり探り、考え抜くタフさが要る。凭(もた)れかかれるものがないままにどこまで立ち続けられるかが試されるのだ。思考はいつもジグザグに進む。『反哲学的断章』(丘沢静也訳)から。(2018年3月10日)

 ここまで紹介してきたどの講義録を読んでも、頭を振り絞り、絶えず黒板に書き込みながら、自身の思考の内容や方法を学生に伝えようと苦心する一人の教師の姿を、われれそこにすぐに見て取ることができるだろう。そして、極度の集中を要求するそうした思考の現場に置かれた学生たちに、幾分は同情の眼差しを、そして、それをはるかに上回る羨望の気持ちを向けることだろう。そこには、重く張りつめた空気以上に、哲学することそれ自体の興奮と喜びが満ちているからである。(古田徹也著「講義録」『ウィトゲンシュタイン 没後60年、ほんとうに哲学するために KAWADE道の手帖哲学入門』(河出書房新社、p120)

2020年11月3日火曜日

アウシュヴィッツ屠殺所

 消えた星は、多分ユダヤ人のことで、ここでいう屠殺所は、アウシュヴィッツ収容所のことだと思う。こうして読むと、やはりインパクトがある。

歯 
タデウシ・シリヴィヤク(ポーランド)


この星座からは、一つ、二つと絶えることなく
星が消えていった。

毎日、人を殺すための収容所から、
彼らはやってきた。ここ屠殺所に。

そこは動物が殺されていたところ。
彼らは、星飾りのある白いバンドつきの
手袋をはめていた。

彼の仕事は、牛の胃から内臓を抜き取ること。
彼は長い時間をかけ、煮えたぎる湯の中で、
すっかりきれいになるまで、すすぎ続けた。

屠殺所の仕事は悪くはなかった。
人の目をかすめては、新鮮な動物の
血を飲むこともできた。
それは健康によかったし滋養もあった。

ある時、ユダヤ人たちは、夜、
収容所にはもう帰ってはこなかった。
古びた豚小屋の、扉という扉には、
すべて鍵がかけられた。
朝早く、
彼らを殺してしまうためであった。

彼は扉の前に座りこみ、
歯を鳴らした(注)。なぜなら彼は歯で
音楽を奏でることができたので。
シンバルのプレートを鳴らすように、
歯に爪を当て鳴らした。

唇を左右に開いたり、すぼめたりして
音楽を奏でた。その音楽は、
水道の蛇口から、
早く落ちる水滴を思い出させた。

監視しているドイツの死刑執行人たちが
彼をおびきよせ、
どうやって音を奏でるのか? ときいた。
彼はやってみせた。
彼は”林を三人のニンフが歩いていく……”を
やってみせた。

ドイツ人は、彼がやるように
やってみはしたのだができなかった。
将校たちのところへ彼を連れていき、いった。
”見給え、歯で音楽を演奏することのできる
ユダヤ人を連れてきたよ”
そして演ってみろ、と命じた。

彼は音楽を奏でてみせた。
彼らはその音楽に耳を傾けていた。
彼らは、次から次へと
いろいろな音楽を思い出しては、
それを演奏するよう命じた。
彼は、そのすべてを知っていた。

ドイッ人たちは、その翌日、
豚小屋に閉じこめられていた
ユダヤ人たちを殺してしまった。
彼だけが生き残った。
そしてもう収容所には戻らなかった。

彼は毎晩ドイッ人のところに
やってきては音楽を奏でた。
犬小屋の麦藁の土で、
黒いドイツ狼に混じって、寝ていた。

収容所にいるユダヤ人たちは、
皆、彼を嫉(そね)んだ。
彼らの中には、
何人かのよい外科医やエンジニアや
化学者、そして画家などがいた。

しかし、彼らの中の一人として
歯で音楽を奏でることの
できるものはいなかった。
その彼らは、
すべて射殺されてしまったが、
彼だけは生き延びていた。

ドイッ人たちは動物に慣れ親しみ、
そのいろいろな芸を好んでいた。

ある日の夜、
そこから彼が逃亡してしまった時、
ドイッ人たちは口惜しがった。
愛していた犬が、
不貞を働いたことが、わかった時のように。 (『現代東欧詩集 世界現代詩文庫15』、かだみちこ/ほか編訳、土曜美術社、p30〜32、原文は、改行もない読みにくい散文だったので、空白を入れ、詩の形に引用者が編集)
 (注)ポーランドの子供たちがよくやる歯に爪を当て音楽を奏でる遊びの一つ

2020年11月2日月曜日

アウシユヴィッツ中が・・・・

 不思議な詩だった。人間の姿は謡われていない。それだけに、余計、状況が記憶に残るし、その背後の人々が想像される気がする。それは正に、悪夢のような惨状としか言いようがない。

アウシユヴィッツ中が・・・・ 
タデウシ・シリヴィヤク(ポーランド)

アウシュヴィッツ中が 溢れている
子供用の サンダル
女ものの 上履
紐で編み上げた 編上げ靴
短靴

そして 
ブロックというブロックに
散らばっていた
片方だけのブーツで溢れている

そして
アウシュヴィッツという都市から
靴の魔法使いをおびき出すよう
呪文をかけよ

このアウシュヴィッツという都市から
そして 
われわれのこの不安にみちた悪夢から
目覚ませよ

靴 
タデウシ・シリヴィヤク(ポーランド)


ぼくの父の靴が
戦争から戻ってきた
固い皮はひび割れ
縫目はほどけていた

それで一体 足はどこにあるというの ――
幼かったぼくがきいた
そしてズボソの脚は?
兵隊さんのゲートルとか
腫で蹴る、あの足音は?

だが 靴は
舌を出し
敷居を 跨ごうと
喘ぎ 喘ぎ
血を 砥めずり
沈黙し続けていた(『
現代東欧詩集 世界現代詩文庫15』、かだみちこ/ほか編訳、土曜美術社、p29〜30)

 なお、「アウシユヴィッツ中が・・・・」だけ、引用者が改行と空白を入れた。原文は次の通り

アウシュヴィッツ中が 溢れている
子供用の サンダル
女ものの 上履
紐で編み上げた 編上げ靴
短靴
そして ブロックというブロックに
散らばっていた
片方だけのブーツで溢れている
そしてアウシュヴィッツという都市から靴の魔法
使いをおびき出すよう呪文をかけよ
このアウシュヴィッツという 都市から
そして われわれのこの不安にみちた悪夢から目
覚ませよ

2020年11月1日日曜日

米中の狭間で日本の採るべき進路

 今、日増しに日本の軍事力を拡大しながら、米軍と自衛隊の一体化が推し進められている。それが既定路線のごとく扱われ、その延長線上に、辺野古の米軍基地建設問題も、核禁止条約の批准問題もある。だからこそ、「日米関係は、これでいいのか」という問題意識が出てくる。その回答と言える論文(猿田佐世著「米中の狭間における日本の採るべき進路は Don't make us chooseとの連帯」)が、『世界・2020年11月号』に掲載されていた。
米国一辺倒も中国一辺倒も日本の軍事化も、どれも日本の安全保障環境を悪化させる」。かと言って、「日本一国で米国や中国への働きかけができるはずもない」。では、どうするか?

 韓国や東南アジア他、Don't make us choose」と呼ぶ各国と連携してこそ、それが可能になる。なお、他のアジアの国々、特に韓国と手を結ぶときには、すでに言い尽くされたことではあるが、歴史問題の克服が必要にもなる。この点については、真の和解に到達することが理想であり、それを強く願うが、仮に戦略的視点からであったとしても、韓国との良好な関係が日本の安全保障環境を格段に改善することを私たちは理解せねばならない。ほか、この東アジア地域に、経済面でも多国間主義のネットワークを作り上げ、中国が単独主義的な行動ができないような地域インフラを構築する必要がある。(p142~143、強調は引用者による)

 ”Don't make us choose”は近年、東南アジア諸国について頻繁に用いられる言い回しである。米中いずれを選んでもマイナスが大きすぎるので、そもそも「選べ、とい う場面を作るな!」という、狭間にある国の悩みを端的に示している。(p137138、強調は引用者による)