インドのネール首相は「一つの世界か、一切無か」といいましたが、今、ほんとうに人類は一つの世界をつくるか、さもなければ減亡するか、そのいずれかを選ぶかの関頭にたっております。
世界の危機、危機という叫びのなかで、人類は戦争の脅威と恐怖と、同時にそれゆえの戦争準備に今や血まなこになり、またそうすることによって平和を維持するよりほかないと、あがきにあがいていますが、しかし、これこそは戦争への道、滅亡への道であって、真の世界平和への道は、一つの世界の建設――すべての国を世界連邦に統合すること以外には求められないと思います。平和実現の手段、方策は正義であり、暴力に対する暴力ではありません。不正な手段で正しい目的は永久に達しられないのです。
日本には敗戦のきびしい体験で、ポツダム宣言に無条件的に服従するとともに、全人類普遍の理想であり、また日本本来の伝統的理念でもあった世界平和――「大和」の達成に新日本の使命を再発見し、みずから進んで、世界平和のために、その主権を制限し、いっさいの交戦権を棄て、軍備を撤廃することを決意し、そのことを新憲法で率先して世界に宣言したのでした。この決意、この宣言の裏には、日本だけでなく、全世界の国々が、日本と同じように戦争を放棄することを望む強い念願と、それへの期待、信頼などが潜んでいるのはもちろんで、それはいうまでもないことだと思います。
フランスとイタリアの二国はすでにその憲法で、平和の保障に必要な主権の制限をする用意があることを明記していますが、各国がみなそういう考えに進み、まず軍事、外交に関することは世界平和機構に委ねるということにすれば、今日この人類最大の悩みである戦争の脅威から、恐怖感から、世界は容易に救われることでありましょう。
講和の締結によって、日本が軍事的真空状態になることを、今さらのようにおそれ、自衛のための再軍備や、日米軍事協定のやむをえざる必要を説くものは、何千万の軍隊よりも、どんな新兵器よりも、理念に根ざした人間精神のはるかに強力なことを知らないからです。
しずかに過去の日本の過誤を反省し、新しい試練に堪え、絶対平和主義にたって、新日本の世界的使命である、一つの世界の建設のために、世界恒久平和の実現のためにわたくしたち日本の人民は生きましょう。(「一つの世界の建設」『平塚らいてう著作集・7』、p184〜185)
「行動の先に希望がある。行動を続けることで未来は切り開かれる」(サルトル) 「人間は進化する存在。今の自分を超えて、創造的であり続ける『超人』を目指せ!」(ニーチェ) こうして社会に発信するというささやかな行動を通じて、一歩でも二歩でも、未来を切り開いていける存在でありたいです。
2023年9月15日金曜日
一つの世界の建設
現代社会を憂いた人類学者が、「人類学者はもっと声を上げて世界を一つにする知恵を語り、現代に行き詰まった人間の豊かな生き方を提案すべきだと思う」(「人新世に人類学者がすべきこと 人間と地球の関係、読み解く力を 山極寿一」、朝日新聞、2023年9月14日)と述べていました。なんと、同じ主張「一つの世界の建設」が、1951年に発表されていました。婦人代議士にもなったことがある「平塚らいてう」さんによるものです。格調高く、読むだけで背筋が伸びる思いがします。以下全文引用しておきます。
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