2020年6月30日火曜日

一尺を開けば 一尺の仕合あり

 開成山公園にある「開拓の心」という石碑は、何度も目にしてきたが、何故か今日は、心に響くものがあった。小雨で薄暗かったからか、写真に撮ったら、石に刻まれているというより、公園を背景にして文字が浮き上がっている感じに写っていた。
 新型コロナ問題で、国債の発行が一気に膨れ上がってしまったこと一つとっても分かるように社会は大きな問題を抱えることになってしまった。しかし、政府自民党は、そうした差し迫った問題よりも、「敵地攻撃能力」とか「改憲」の方に軸足が向いているようである。だからこそ、一寸でも、一尺でも、前に進んでいきたい。開拓の精神で持って、日本国憲法の精神を、一寸でも、一尺でも体現して行けるようになりたい、そう思ったのである。

開拓の心


一尺を開けば

一尺の仕合あり

一寸を墾すれば

一寸の幸あり

2020年6月29日月曜日

日本の新憲法は、正当な道・ただ一つの道

 マッカーサーは「日本が法によって一方的に成就しようとしてみることを、つまり主権の行使としての戦争を放棄することを、すべての国家も成就したときにのみ、可能である」といい。「かやうな放棄は、同時的に普遍的に行はれなくてはならない。すべてがそれを行ふことを要し、さうでなければ無意味である」とまで言っている。
 しかし、同時的に行うことなどできない。どこかの国が、まず始めないことには、前に進めないことは明らかだ。だから日本が、その旗手として、先陣を務めようというのである。この理想を離れて(改憲によって)は、日本国憲法でなくなってしまうことを、改めて確認しておきたい。

 日本の新憲法があらゆる場合を通じて絶対的に戦争を否定し、交戦権を放棄し、徹底的、絶対的に軍備を廃止したことは、世界史上実に画期的な事実と言はねばならない。思想家、宗教家、哲学者でさへ、徹底的に之を主張する者の極めて少かった絶対的平和論を、日本の新憲法は実定法として規定したのであって、それは太平洋戦争を遂行した旧日本よりの驚くべき飛躍であるに止らず、世界の平和思想及び平和政策の歴史に於いても亦、驚嘆すべき飛躍であるのである。この点に於いて日本の新憲法は、世界の平和愛好国民の先頭に立ち、絶対平和論の旗じるしを掲げて進む旗手となったのである。
 この絶対平和の理想を、日本の新憲法はひとり日本の国是として宣言しただけでなく、それが国際社会の普遍的原則であることを確認して居るのである。それは各国家に普遍的に妥当する世界的理想として、宣言せられている。言を換へて言へば、世界の平和を愛好する他の諸国民が、ひとしく日本の新憲法に掲げる原則をばそれぞれの国家の憲法に採用し、日本の新憲法と同一の国是を定め、同一の国策を実行するとき、世界の平和は実現するのである。昭和二十一年(一九四六)四月五日、東京で開かれた連合国の対日理事会に臨んで、マッカーサー元帥のなした演説の一節に、次の言葉がある。
「日本の新憲法における戦争放棄の提案を、世界のすべての国民が慎重に考慮するやうに、私は勧告したい。それは正当な道を、ただ一つの道を示している。国際連合の目的はまことに立派なもので、その目標は本当に偉大な高尚なものであるけれども、それが永続してその目的と目標を達成し得るのは、日本が法によって一方的に成就しようとしてみることを、つまり主権の行使としての戦争を放棄することを、すべての国家も成就したときにのみ、可能である。かやうな放棄は、同時的に普遍的に行はれなくてはならない。すべてがそれを行ふことを要し、さうでなければ無意味である。」
 かくして日本は、世界平和の理想を達成する為めに、平和を愛好する諸国民のとるべき政策を率先して実行したのであり、その意味に於いてすでに、平和を愛好する国際社会において、「名誉ある地位」を占めたのである。而もこの名誉を空虚なものとせず、新憲法の絶対平和原則を言葉だけのものとしない為めには、その意味するところをよく深解し、誠実を以てその理想の為めに努力しなければならない。その意味をよく自覚し、その実現の為めに誠実なる国民的努力を尽すときに、国際社会において占める日本国民の「名誉ある地位」は、その実質を得るのである。日本国民は果して自己の制定した新憲法の意味を、自ら意識してみるのであらうか。(「新憲法の平和原則」『矢内原忠雄全集 第19巻 時論 2』、矢内原忠雄著、岩波書店、p504~505、強調は引用者による)

2020年6月28日日曜日

憲法に関する世界の叡智が詰まった日本国憲法

 日本国憲法はマッカーサーノートをたたき台にしながらも、世界の憲法(当然、戦前の日本における憲法研究も)を参照し、研究して作成されたことは、知っていた。だから、ここでも、「日本人による思想が現憲法に引き継がれているであろうことが、予想できる。なぜなら、 GHQが憲法草案を作成することになった時、日本の多くの図書館から、資料を集めた、ということを、前に観たドキメンタリー映画(『天皇と軍隊』)で語っていたからである」と書いたが、正確なところはわからなかった。
 やっと、資料を集めたという記述を見つけた。

「第九条」の原型のIつがフィリピソ憲法であることは触れましたが、彼らは焼け野原の東京を駆けずり回り、各所から世界中の憲法を集めてきました。明治憲法は当然として、アメリカ憲法、ワイマール憲法、スカンジナビア憲法、フランス憲法、さらにはソビエト憲法。草案の起草の過程で「レッド条項」と呼ばれた土地の潜在的国有を定めた条文があったことが知られていますが、それは明らかにソビエト憲法の影響だといえます。彼らは世界中の憲法を見比べ、よくいえば長所と見えるところに学び、悪くいえば継ぎはぎして、憲法の草案を綴ったわけです。(『憲法力』、大塚秀志著、角川書店、2005年、p117)

 これら以外にも、日本の政党や民間によって用意された憲法草案も参考にされたことが書かれている(P118)。この本を読むと、いかに「押し付け憲法論」が成り立たないか、がよくわかる。それよりも、憲法に関する世界の叡智が詰まった理想的な日本国憲法であることがわかる。

2020年6月27日土曜日

今だからこそ、コスモポリタニズムの再評価を

  驚いた。トランプ大統領がアメリカファーストを主張しているいるが、何と、古代ギリシャで、世界市民という概念が生まれていたのである。シノペのディオゲネスという人が「私は、アテネ人でもコリント人でもなく、世界市民である」(エピクテトス『人生談義』より)と言っていたという。(『哲学大図鑑』に紹介されていた)
 また、「唯一の正しい政府は世界政府であるといい、『自分はコスモポリタンだ』と言い、史上初めてコスモポリタニズムという語を作った」(『ウィキペディア(Wikipedia)』とあった。次いで、コスモポリタンとコスモポリタニズムを辞書で調べてみた。
 コスモポリタニズム(cosmopolitanism)は、個人を国家・民族を超越した直接普遍的世界の一員として位置づける世界観。また,その立場に立って一つの世界国家を実現しようとする思想。世界主義。
 コスモポリタンは、
 ① コスモポリタニズムを信奉する人。世界主義者。
 ② 一つの国や民族にとらわれず,全世界を自国として考え,生活する人。世界市民。国際人。
 ③ 世界国家の成員としてとらえた個人のこと。世界公民。
 現在社会は、今回の新型コロナ問題にせよ、温暖化問題や世界の紛争問題にせよ、世界の人々が(対立ではなく)力を合わせないと解決できないような大きな問題を抱えている。そんな今だからこそ、コスモポリタニズムの再評価をしていく必要がある。
 それにしても、古代のギリシャ人の思想はすごいなあ。

2020年6月26日金曜日

敵基地攻撃能力よりも、先ず「悔改」

 最近、敵基地攻撃能力の保有について、新聞の話題に登場してきた。「自民党は(陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の)代替策として、敵のミサイル発射拠点などを直接破壊する敵基地攻撃能力の保有を検討しており、来月中にも党の提言を政府に提出する」(朝日新聞、2020年6月26日)というのだ。言うまでも無いことだが、敵とは、北朝鮮のことである。 
 本当に、北朝鮮を敵視していいのか!!先ずは、かつてしてきた朝鮮人に対する罪に対する謝罪があるべきでは無いか。キリスト流に言えば「罪の悔改」が、まずなくてはならない。「二大公理」というものを知って、その意を強くした。
 歴史学者の家永三郎さんも、「『自国の罪過を感覚し』『国家的悔改』を遂行すること」の必要性を次のように述べているのも、心強い。

 私は、これら先人(内村鑑三など)と同様の立場から「自国の罪過を感覚し」「国家的悔改」を遂行することこそ、祖国が再度の「罪過」のくり返しに陥るのを防ぎとめ、新生への道を邁進する原動力たらしめる不可欠の前提となる「愛国心」の発露であると確信する。戦争責任の追及の継続は、単に愛国のためになされるのでなく、より広い世界人類のため、さらに人類をも超えた形而上学的目的に奉仕するものと思うのであるが、少なくとも愛国心の発露でもあることを信じて疑わない。(「戦争責任の追及は何のために」『戦争責任』、家永三郎、1985年、p396)

 二大公理
 第一、罪の悔改なきところ、如何に努力しても救は臨まない。
 第二、罪の悔改あるところ、如何なる窮境からも救はある。
 之は基督教の二大公理であり、個人の生涯も、国民及び世界の歴史も、すべてこの二つの公理の証明である。 (『矢内原忠雄全集 短言第17巻』、岩波書店、p246~247)

「悔改」とはギリシヤ語メタノイアの訳語であって、心の向きを転換することを意味する。それは罪を悔いて告白する意味をも含むけれども、それに止らず、更に心を新にして再出発を為す趣旨である。之まで神に背きたる心を百八十度転回して、神に向ふことである。そこには天地の創造主たる人格神が、明瞭確固たる悔改の対象、新生の目標として仰がれ、人のたましひは此の神の前に、全人格的なる畏怖を以て罪を悔い、赦を求め、又この神によりて救の希望を与へられる。之によって始めて我らの罪の悔改は徹底的となると共に、新なる道に生きる積極的・建設的希望を有ち得るのである。(同上、p264)
 

2020年6月25日木曜日

辺野古の問題は、憲法の問題である

 辺野古も白紙撤回をと書いたが、そうした声が自民党の議員からも出ていることを知って驚いた。長島昭久衆院議員が「コスト青天井の辺野古移設も同じように決断してほしい」と発言していたのだ。 しかし、元の発言を調べたら、「あと15年もかかりコストは青天井の辺野古移設計画も同じように決断し、10-15年先を見据えて真に役に立つ防衛装備に国民の税金を有効活用してほしい」と発言していた。辺野古にかかる分を同じ防衛費に回す、という部分は賛成できぬ。コロナ対策で相当財政が苦しくなっているのだから、そこに回すべきである。

*陸上イージスは、
 ハードウエアの改修に2200億円前後のコストと12年前後の時間がかかる

*辺野古は、
 政府は昨年12月、辺野古移設の実現には9300億円の工費と12年の工期が必要との見通しを公表した。県の試算だと工費・工期は2兆5500億円と13年に膨らむ。

 しかし、こちらは米軍基地である。そもそも、世界一危険だと言われている普天間基地の返還は、「代替基地建設を条件に返還する」というのでは、それは返還ではなく移設になる。しかも、「新しい基地を作ってあげましょう」ということなのだ。
 「新しい基地を作ってあげましょう」では、あまりにも屈辱的である。戦後70年、しかも、平和憲法の国に、なんで新しい軍事基地を作らなければならないのか。
 と、ここまで書いてきて、辺野古の問題は、憲法の問題であることに気づいた。辺野古に最新式の米軍基地が建設される、ということは、それだけ、憲法が踏みにじられる、ということでもあるのだ。
 

2020年6月24日水曜日

先ずは第1波を検証し、第2波に備えよう

「第1波を検証し、第2波に備える。政治の使命は自明。なのに、解散だ、改憲だ、敵基地攻撃能力だと。寝言は寝て言ってね、自民党の諸兄」(朝日新聞夕刊コラム「素粒子」2020年6月24日)。全くその通りだ。今日の感染状況を見ると、東京での感染者は50人を超え、収束の見通しなど無いに等しい。
 この調子では、来年の東京五輪もできる保証などない。「世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は22日の記者会見で、前日にWHOへ報告された新型コロナウイルスの新たな感染者が1日当たりで過去最多の18万3千人超に上った」ことからもわかるように、世界から大勢の人が集まれば、新型コロナウイルスを新たに持ち込むようなものだからである。
 このような状況の時に、よく「解散だ、改憲だ、敵基地攻撃能力」だと言えるものである。多額の補正予算も決定したのだから、その予算も活用して、第1波を検証し、第2波に備えるのが何よりも優先させて取り組むべきでではないか。

2020年6月23日火曜日

美濃部達吉の思想・3

 これまで何度か美濃部達吉の思想を取り上げた。今回は、戦後の憲法改正の議論があった際、初めは天皇制を支持する立場から、急いで憲法改正する必要はない(注)、という考えだった。しかし、一度改正されてしまった後は、その意義を積極的に評価し、国体は根本的に変革された、と宮沢氏の8月革命説に匹敵する考えに達していた。次の二つの資料が思想の変革を示している。

憲法改正の基本問題
 私は天皇制を支持することが国民総意の存する所であり、それに依ってのみ真の意義に於いての民主主義を実現し得べきことを信ずるものであるが、如何なる形体に於いて天皇制を支持すべきかと言えば、それは単なる儀礼的の装飾としてではなく又は単に「国民統合の象徴」としてでもなく、立憲君主国たる我が日本国の君主として、言い換えれば、国の最高統治者であり、統治権の最高の源泉に在ます上御万人としての天皇制を支持することが、国民総意の存する所であり又それが国家の統一を保つ上にも欠くべからざる必要であると信ずる。
 少くとも、憲法の下に於ける国家最高の意思表示たる法律は、天皇の裁可に依って始めて成立するものであり、又国務大臣及び最高裁判所長官を初め行政及び司法の総ての官吏は直接又は間接に天皇の任命に依ってその職に就き天皇の委任に依りその権限を行うものであるとすることが、この意義に於ける天皇制支持の絶対の要件として認むべきである。(「憲法改正の基本問題」『美濃部達吉著作集』美濃部達吉著、慈学社出版、p227)

 続いて、「若し之に反して法律は議会の議決のみに依って成立し官吏は天皇の任命に依らずしてその職に就くものとすれば立法・行政・司法の総ての権力は天皇と関係なく行わるるものとなり、(中略)名義上は天皇制を支持するものであると称するとしても、その実は我が国体を根底から変革するもので、我が国民の歴史的信念を覆し国家の統一を破壊するものと謂わねばならぬ」(同上、強調は引用者による)、と強い表現をしている。
 しかし、一度日本国憲法が確定してしまった後は、「国体の変更に非ずというが如きは明白な欺瞞というの外はない」と、新憲法の真髄を正しく捉え、それを擁護するような論を展開しているのである。

主権と人権 私は思う
 一、国民主権という観念は君主主権とは相反対するもので、主権が国民に属することを認むるものは即ち主権が君主に属することを否定する趣旨にほかならぬ。随って主権が天皇をも含む国民に属するというようなことを謂うのは全く無意味である。若し天皇が国民の中に含まれるとすればそれは最早天皇ではなくして一般国民と平等の地位に在る一個人に過ぎないものとならねばならぬ。新憲法草案第三章に所謂「国民」も天皇を含まないことは、草案第十三条(衆議院修正第十四条)に「すべて国民は法の下に平等であって」云々といっているによっても明瞭である。
 要するに改正憲法草案は従来の憲法に於ける君主主権主義を根本的に変革して国民主権主義を国家組織の根底と為さんとするものであることは明瞭疑を容れないところで、これを以て或る程度にまで君主主義を持続するものの如くに弁明するのは、虚偽を以て国民を欺瞞せんとするものと思われる。
 二、国体の観念は国家組織に於ける主権の所在と離るべからざる関係に在るもので従来普通に我が国体と称せられていたのは我が帝国は万世一系の天皇之を統治したまい天皇が国の元首として統治権を総攬したまうことの事実を指称した語である。即ち天皇の統治大権がその観念の中心要素を為して居り、我がポツダム宣言受諾の申入書に「右宣言は天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に受諾す」といって居るのも之がためであり以て我が国体を護持せんとしたのである。
 しかるに改正憲法草案は立法、行政、司法の殆んど全部に通じて天皇の国家統治の大権を除き去り、限られた数個の形式的権限の外には単に国家の象徴たるに止めようとしているのであって、その我が従来の国体を根本的に変革せんとするものであることは更に疑を容れないところである。これを以て国体の変更に非ずというが如きは明白な欺瞞というの外はない。
  註 本稿は、夕刊京都紙の左記の質問に対してあたえられた回答(同紙、昭和二十一年九月二十二日)を再録したものである。(「主権と人権 私は思う」『美濃部達吉著作集』美濃部達吉著、慈学社出版、p244〜245)

(注) 私は所謂民主主義を実現するためには、必ずしも今日直ちに憲法を改正せねばならぬとは信じえないもので、たとい結局は憲法の改正を適当とするとしても、それは急迫の必要ではなく、十分慎重な審議検討を経て決せらるべき事柄であると信ずる。(上同、p204)

2020年6月22日月曜日

次は辺野古の白紙撤回を

 陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の白紙撤回は、久方ぶりの英断だ。新型コロナ対策で、膨大な補正予算を投入して、財政を圧迫している中での防衛予算の削減になるからだ。ぜひ、この調子で辺野古の米軍基地建設も白紙撤回してほしい。
 こう考えるのは、決して少なくないはずだ。朝日新聞の社説2020年6月17日)でも、「技術的困難を乗り越えるのに費用や期間がかかりすぎるというのは、沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設も同様である。陸上イージスが合理的でないなら、軟弱地盤の存在が明らかになった辺野古への移設も合理的ではあるまい。こちらもまた、立ち止まる決断を求める」と辺野古移設の白紙撤回を求めている
 100年後、200年後の日本を考えてほしい。それでも、まだ軍事基地を抱え、地球汚染の先棒を担ごうと言うのだろうか。よく、地球が悲鳴をあげている、と言われる。国と国が争っていたら、共倒れになってしまうであろう。
 コロナの問題にせよ、温暖化の問題にせよ、世界で力を合わせて解決していかなければ、解決できない。人類が生き残れるためにも、先ずは辺野古の白紙撤回を実現し、次第に真の憲法の理想に向かって、歩んでいく必要がある。

2020年6月21日日曜日

日本の自衛隊が世界を救う

 とんでもないアイデアを知った。軍事組織の目的を、国家間の戦争という目的から、地球温暖化による「人類の生存の脅威」という地球レベルの危機に対処する目的に切り替えていくというものである。まだ詳しく読み込んでいないが、日本の自衛隊における「100%再生可能エネルギー政策」など、興味ある提言であろう下記の引用における強調は、引用者による。

軍の真の役割
 平和憲法は私たちに軍の役割について深く考え直すよう要求する。それは個人や小さなグループによって成し得るものではないが、むしろそれは結果ではなく、プロセスでなくてはならない。気候変動が最大の危機であることが常識になるまでには多くの努力が必要である。人類の生存の脅威に焦点をあてた、地球規模の軍事システムの新たなビジョンを示すための創造性が必要である
 軍隊の存在する目的を、人びとを殺害することだけに限定することはない。軍は、人々の利益のために自分を犠牲にする献身的な個人の規律化された集団である。重要なことは、何を目的として献身するのか、という点である。
 気候変動への対応には、まさにそのような献身的でパワーのある集団を必要とする。(エマニュエル・パストリッチ著「真の安全保障上の脅威とは何か・平和憲法の現代性と気候変動への対応」『世界』、2015年12月号、p98)

自衛隊におけるI〇〇%再生可能エネルギー政策
 二〇一八年にパリで開催された気候変動枠組条約締約国(COP24)では、議長四人が地球の岐路を警告した。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気温上昇を一・五度の目標値内に抑えるには、各同政府が温室効果ガスの排出を二〇三〇年までに四五%削減しなければならないとした。全世界的に目標値を実現するには、二酸化炭素排出量の思い切った削減が必要になるだろうとの見解である。
 アジア各国の軍が、気候変動の緩和と環境適応を達成するため、どう転換して行けばよいかについて、日本の自衛隊は、アジア共同体のすべてのメンバーとともに濃密な対談の場を開き、軍事において新たな国際協力の文化を築くことを目指すべきである。
 まず日本の自衛隊が100%再生可能エネルギー政策を推進し、緑の革命において重要な役割を果たすことが最初のステップである。経済の他の部分とは異なり、自衛隊は、組織内で用いられるすべての車両を二年以内に電気化することを、単に命令によって遂行できる上、国家安全保障の利益のために、すべての拠点のすべての建物に太陽光パネルの使用を主張できる。自衛隊は、組織内でソーラーパネル、風力発電所、燃料電池の初の大規模な市場を確立することができ、それゆえ当該製品の確実な需要があることを、保証できるようになる。しかし、われわれはそれよりも先に進む必要がある。すでに環太平洋合同演習(「Rim of the Pacinc Exercise」、以下RIMPAc)によって確立された軍軍問の交流の伝統の上に、さらに広範な協力のためのプラットフォームを構築することが可能だからだ。(『武器よさらば 地球温暖化の危機と憲法九条』、エマニュエル・パストリッチ著、東方出版、p10)

2020年6月20日土曜日

心的外傷の防波堤、日本国憲法

「父は、暇さえあれば戦争体験記を書いていた」という朝日新聞の声欄の記事を読んだ。そのお父さんが娘のお産の時に言った言葉が、「『書け』と言った。苦しいことは日記に書け。お父さんもつらいことは全部書いてきた。最近ようやく、書いてあるから大丈夫、もう覚えていなくていい、忘れてもいいと思えるようになったんだ――」(2020年6月20日朝日新聞)
だった。書くこと戦後になっても消えない苦しみを癒していたのだ。
 この例は、戦争は目に見える傷だけでなく、目に見えない心の傷をも作るということ、その心の傷は、体の傷と違って、トラウマになって長く残ることを教えている。こうした事例は、心的外傷と言われ、心理学者によって研究されてきた。戦場でなくても、体罰といった暴力によっても生じるからである。
 『体罰と戦争』(森田ゆり著、かもがわ出版)という本もあり、体罰と戦争の類似性も研究されている。体罰や戦争、軍隊がある限り、人間の尊厳はまもられない。逆に考えれば、日本国憲法を実行するということが体罰や戦争を防ぐことになる、ということである。心的外傷を知ることも、戦争の実態と知る手がかりになるし、日本国憲法がそれらの防波堤になるということを教えてくれると思う。

2020年6月19日金曜日

「当たり前のこととしての権利」という自覚を

 図書館で、『世界中の子どもの権利をまもる30の方法: だれひとり置き去りにしない! 』(甲斐田万智子 、国際子ども権利センター 編集、荒牧重人監修)をサッと読んできた。そして、カンボジアの小さな村では、「一番大切なもの」として「権利です」と答えた子どもがいたということ、逆に日本では、「多くの子どもが自分たちの権利を知らされいない」ということに驚き、考えさせられてきた。
 大人の我々も、権利を大切なものとして、当たり前のこととして、社会に要求し、訴えてきただろうか。例えば、「桜を見る会」における「5,000円問題」も、何ら解決していない。実際は、ホテルにいくら支払ったのか、一国民として「知る権利」がある。にも関わらず、何も要求も、訴えもしなかった。それでいいのか。
 森友問題で自死した近畿財務局職員赤木俊夫さんが作成したメモが公表された時、赤木俊夫さんの奥さんが新しい事実を元に、再調査を要求したが、あっさりと断られ、その後の進展は見られない。これだって、「知る権利」の問題でもあった。もっともっと私たちの権利を大切にしたい、そう思った。

読者のみなさまへ
 「あなたにとって一番大切なものは何ですか?」と間かれたら、あなたは何と答えますか?  3年前、カンボジアの小さな村で、子どもたちに「あなたの一番大切なものは何ですか?」と尋ねたとき、「権利です」と答えた子どもが何人かいました。
 そして、その理由を聞いてみると、1人の子どもは、「差別されなくなるから」と答えました。真しい家庭の子どもは差別されがちですが、この地域の子どもは物どいにベトナムに行くことが多く、地域としても差別されていました。 ・・(『世界中の子どもの権利をまもる30の方法: だれひとり置き去りにしない! 』、 p2)

 差別を受けてきた子どもたちは、集会・結社の自由の権利を使い、学ぶ権利、保健医療を受ける権利、搾取を受けない権利など、当たり前のことを要求し、社会に訴えていました。それだけでなく、同じように権利を侵害されている女性や少数民族の人たちに思いを寄せるようになっていました。
 その後、カンボジアをはじめ、いくつかの国で子どもたち自身が自分の権利を力強く訴えるのを見てきました。
 一方、今年、子どもの権利条約が国連で採択されて3年、日本が批准して4年になり、子どもの権 利を総合的に実現しようとする条例をつくった自治体も増えていますが(2019年4月現在、48自治体。子どもの権利条約締合研究所調べ)、多くの子どもが自分たちの権利を知らされていません。また、学校の先生や子どもに関わる人々がどれだけ子どもの権利に基づいた実践をおこなっているかというと、まだ限られているように思えます。・・(同上、p3)

2020年6月18日木曜日

「公文書の廃棄、改ざん、黒塗り」は犯罪だ!

 丸山真男氏によれば、「不作為の作為」、つまり、何もしない、という不作為を選びとったことが「現実を一定の方向に動かす意味を持つ」(『現代政治の思想と行動』、p457)のだから、不作為の責任というものがある、という。 

 ところが現在は、

〈不作為の責任〉はおろか、実際に生じた事実の認定さえも拒みとおそうとする心性がしぶとく残存しつづけているばかりか、歴史的事実を隠蔽し、なおかついわゆる歴史修正主義的なねじ曲げまでしてみせようとする勢力が大手を振ってのし歩いているありさまである。(『未来』、2004年2月号、p43)

 さらには、

 戦後民主主義の良質の部分はたしかに醸成されたけれども、いまはむしろその「戦後民主主義」さえも葬り去ろうとする勢力が政治の実権も言論空間も、さらには学問・教育の現場も支配しつつある。(同上)

 現在はどうか。
 公文書の改ざん、黒塗り、さらには廃棄までしても、問題にはされても、責任は曖昧なままだ。『汚れた桜 「桜を見る会」疑惑に迫った49日』(毎日新聞「桜を見る会」取材班著)という本も出版されているが、この本でさえ、「この政権は違法すれすれの『脱法行為』を繰り返して、国家そのものを私物化しつつあるのではないかと危惧している」(「あとがき」p225~226)、と、「際どいことをしているが違法ではない」と受け取れるような書き方をしている。脱法と無法とどこが違うのかわからないが、どちらも違法よりもタチが悪いではないだろうか。
 何れにしても、「公文書の改ざん、黒塗り、さらには廃棄」のどれを取っても犯罪に違いない。どう考えても、私には、そうとしか考えられない。「国民の知る権利への明らかな侵害そのもの」だからだ。だからこそ、この問題をうやむやにしてはいけない。

2020年6月17日水曜日

どんどん理想を語っていこう

 矢内原忠雄さんの「国家の理想」(『中央公論』、昭和十二年 九月号)という論文を読んで感動した。現実に執着していては現実を批判することはできず、理想があって初めて、現実を批判しうる、というのである。
 日本国憲法は理想である。理想を持って現実の問題を解決することはできないと、現実主義者は批判する。現実は、変わってしまった。現実の問題に対処するためには、理想ばかり言っていられない、だから、憲法は変える必要があるのだ、と。
 ここで、一つの疑問が生じる。日本国憲法は理想である、という。では、その理想の方策を実践することなく、理想に背を向けてきたのは誰か、ということである。一度は、国を挙げて賛成し、多くの国民も支持してきた道を踏み外したのは誰か、ということである。
 今の改憲派の主張は、立派な校則があるのに、それには見向きもせず、勝手な解釈で持って(例えば)茶髪にしていき、現実が変わったのだから、校則は変えるべきだ、と主張しているようなものである。今大切なことは、立派な校則に則り学園生活を楽しむように、憲法の理想に則り(守り)、実践していくことなのだ。理想に照らし、現実をとことん批判していこう。どんどん理想を語っていこう。
 

2020年6月16日火曜日

写生を極めた円山応挙の極意

 録画しておいた日曜美術館「ありのままこそ 応挙の極意」(2016年11月27日放送)を観た。一番心に残ったのが、 「写生雑録帖」とか「写生図帖」というメモ帳のような下書き帖が残されていて、それらを何度も参照した跡が残っていたことである。応挙のその態度を知って、メモを書いても、読み返すことがあまりないことを反省した。少しでも見習いたいものだ、と。 とにかく、写生を極めた「円山応挙の真摯な姿」には学ぶことが多かった。
 「応挙の極意」と、「子孫のために」と残していた手紙も良かった。手紙は一部を朗読したのでメモしておいた。


応挙の極意
1、実際のものを写生して自分で新たに形をとらえなければ絵画とは言えない。
2、現実の世界に意識を向け、万物の道理を把握していれば万物を描くことができる。
3、対象をを観察し形を写すことを極めれば、自然とその生き生きとした生命感を表現できる
4、誠意はその時その場の状況に応じて自分なりに尽くせばいいのである。いつの時もいい加減にならないことが大事である。

子孫のために
 誠意を尽くすのに遠慮は無用である。家の流儀に真正面に従う必要はない。自分で考えもせず、ただ言われたとおりにやるだけでは、甚だつまらない。できるだけ一筋に、自分で自分の心を、腕を磨いていくだけだ。
 こんな姿の松をもらい、よくよく見るとおいしい気持ちがする。大木になるはずのものなのに、拙い教えを受けてこんなふうに見苦しい形になってしまい松自身にも可哀想に。
 とにかく考え方見方を押し付けるのはやめて、自然に伸ばしてあげればよい。人には大中小とりて、その人となりは、大は人のため、中はありのまま、小は自分勝手。ただ中のありのままで背伸びせず、才覚はいらない。変に飾りたてたりしては人々が寄りつかないものである。
 自然に任せて、ありのままでいることこそ、我も人も共によろしい

2020年6月15日月曜日

少子高齢化社会を解決する方法

 少子高齢化社会の根源は、出生率の低下にあることが、統計で明らかになっているという。だから、「育児にかかる経済的負担の軽減」策を講じれば解決する、と次のように説明があった。少子高齢化社会が既定路線のような論調が支配的だが、政策の問題であることがわかれば希望も出てくる話である。

「育児にかかる経済的負担の軽減」について、そもそもOECDのなかで最も恵まれた水準とはどの程度なのか。
 その答えは、子どものいる共働き夫婦と、いない共働き夫婦の間で、実質的な所得の差がほとんど存在しない、という水準になる。すなわち、子育てのために家計が負担するコストを、税金の控除や子ども手当のような現金給付、あるいは公教育などの行政サービスの無償化といった形で、ほぼすべて埋め合わせることを意味する
 ちなみに日本における税控除や現金給付を合わせた児童給付の水準は、先進国でも最低のレベルにある。少し古いデータではあるが、1997年時点の標準的な世帯の収入に占める標準的な世帯の収入に占める、児童給付の割合は、わずか2%ほどだ。これだけ子育て世帯に冷たい制度をとっていれば、少子化(およびそれによる高齢化率の上昇)で困るというのも当然の話である。(図表10)  (『統計学が日本を救う 少子高齢化、貧困、経済成長』、西内啓著、中公新書、p53)

 実際に、保育サービスの拡充が少子化対策として機能しうる点は、日本国内の研究からも示唆されている。
 たとえば保育所利用率(0~4歳人口あたりの保育所入所児童数割合)が高い都道府県ほど合計出生率は高い。また、保育施設数や保育所定員数の伸び率が高く、男女共同参画に関する計画のある市町村ほど、出生率の伸び率も高い。さらに、就業している女性が保育サービスを受けているかどうかで、2人以上の子どもを持つ確率が約10%も高くなる、という実態も指摘されている。
 つまり、政府が本気で少子化対策に取り組もう、というのであれば、やるべきことは既に明らかだ。有識者たちを集めて堂々巡りの「論」を戦わせるより、とにかくこの「子育て世帯向けの大幅な減税・給付」、そして「保育サービスの拡充」を図った方がはるかに筋が良い。(上同、p55~56)






2020年6月14日日曜日

絵画にみる矛盾

 今日の日曜美術館は「蔵出し! 日本絵画15選・二の巻」だった。その中で、絵画にみる矛盾という視点の解説があって興味深かった。
 まず、雪舟の「山水長巻」について、「マズイんだけど、うまい」と解説していた。確かに、細部を見ると、マズイのに、全体を見ると本当にうまい」

「山水長巻」の一部

 次に、秀吉が描かせた狩野永徳の「巨大な唐獅子図」、この絵には、「静と動」、「はっきりとした輪郭線(顔など)」と「はっきりしない輪郭線(胴体)」といった対立する表現があるという。獅子も対に描かれている。対立した表現にどういう意図があるのか、それはわからない。だからこそ、狩野永徳のことをいつか調べてみたい。








2020年6月13日土曜日

60年安保闘争の大きな成果

 今日の朝日新聞に国際政治学者・原彬久さんへのインタビュー記事「安保60年、続く対米依存」が掲載された。この記事を読んで、「60年安保闘争の最も大きな成果は、改憲論を後方へ押しやったこと」だったのではないか、と思いを新たにすることが出来た。なぜか?
 岸には、改憲という野望があった。それが、退陣に追いやられて実現しなかった。それまでは、理解していた。しかし、それだけではなかった。岸の「後継の池田勇人首相は『寛容と忍耐』をスローガンに掲げて経済重視に転換し、岸の弟の佐藤栄作首相も改憲論から距離を置きました」(インタビュー記事とあるように、60年安保闘争後しばらくは、時の首相たちは改憲論を口にすることが出来なかったのだ。安保闘争に噴出した国民のエネルギーを恐れたからに違いない。


以下の写真以外は、インタビュー記事からの抜粋、強調は引用者による

―60年1月の調印時の朝日新聞の世論調査では、条約改定を評価する声が多いのです。
 「潮目が変わったのは、岸が日米修好100年の行事として6月にアイゼンハワー米大統領を国賓として招待し、それに間に合うよう条約の国会承認を急いだためです。5月19日深夜、国会内に座り込む社会党議員を警官隊で排除し、自民党単独で国会の会期延長と新条約を衆院で可決しました。国民は強く反発しました。東条内閣の閣僚だった岸の姿がよみがえったのです。安保反対運動は、戦後民主主義擁護、岸内閣打倒の運動へ変わりました
   内堀通りを埋め尽くして日比谷公園から国会に向かうデモ隊(1960年6月15日)(Wikipediaより)

――単独採決から約1カ月間のドラマチックな展開は、戦後史で他に例がありません
岸は自衛隊の出動も打診しました。しかし、自衛隊は『無理に出動すれば自衛隊の存亡にかかわる』という危機感から抵抗し、出動命令は下されませんでした。決定打は、6月15日に国会内のデモ隊と警察との衝突で、女子学生の樺(かんば)美智子さんが亡くなったことです。岸は、大統領訪日を断念、退陣を決意します

「岸は内閣の仕事のうち安保改定は『7ないし8くらいに相当する』と回顧していましたから、改定実現にはある程度満足していました」
 「しかし、その先に目指していた憲法改正はできなかった。後継の池田勇人首相は『寛容と忍耐』をスローガンに掲げて経済重視に転換し、岸の弟の佐藤栄作首相も改憲論から距離を置きました。岸はそれが不満でした。私のインタビューでは、その後も『ひそかに政権復帰を思ったことは随分あった』と回想していました」
   国会を取り囲んだデモ隊、1960年6月18日。当時国会前庭は
まだ整備されていなかった。(Wikipediaより)

2020年6月12日金曜日

現に今も「戦争中と変わらぬ戦闘機の爆音」が!

 今度は、高校三年生の小滝晴一さんの言葉を紹介する。戦争によって命を失った人ばかりでなく、青春を「踏みにじられた人達」にも、想いを寄せたこの感想は、高校生らしい感想だった。この感想に触発されて、現に今「戦争中と変わらぬ戦闘機の爆音に苦しんでいる人達」の存在、現に今「軍事基地として土地を奪われている人達」の存在、現に今まで、「米国軍人によって、暴行を受けあるいは命を奪われた人達」の存在に想いを寄せた。このような人たちへの想像力を、今こそ働かせよう!この想像力の重要性を、この手記は教えてくれる。

 戦争によって、たった一度だけの青春を、踏みにじられた人達は、いったいどのような思いだったろうと思うと、本当に同情に耐えません。
 青春の日の甘美なロマソスに浸るどころか、食物さえ思うように食べられない青春、おしゃれをすることも許されず、ひたすら「お国の勝利」を信じてすごした青春、それは悲劇と呼ぶのには、あまりにも、痛ましいものに思えるのです。
 学校が工場にかわったり、学徒動員で工場などに働きにいって勉強さえ満足にすることの出来ない青春というものが、どんなものかは、僕たちの想像に絶するものだろうけれど、いくらお国の為とはいえ、あまりにもむごいことのように思うのです。
(中略)
 数多くの青春を踏みにじったもの、それは戦争です。戦争によって多くの青春が失なわれた。だから、もうけっしてこのような犠牲者を出してはいけない。戦争はいけないのだとつくづく思う今日この頃です(『暮しの手帖・97』1968年、p204)。

2020年6月11日木曜日

日本の未来への処方箋

 次に、予備校生の小野けいすけさんの感想を紹介する。強調は私によるものだが、この部分いついて最近感じることがある。それは、社会生活、市民生活の中で、異常なことにどんどん鈍感になってきていることが、戦前の「戦争へ向って進んでいたときのこと」と似てきているのではないか、ということである。
 その最たるものが、平気で公文書の廃棄され、黒塗り公文書を平気で提出する、そうした状態の批判が弱く、「公文書の廃棄」や「黒塗り公文書」の常態化しつつある現実ではないだろうか。戦前も、おかしなことが積み重なり、ついには後戻りのできない戦争という最もおかしなことになってしまった、と言えるのではないだろうか。
 おかしなことには、おかしい、と、どんどん声を上げていくこと、そして、憲法の理想を実現していく日本の未来への処方箋は、これしかない

 戦争を始めようとするものが「これは戦争をするためにやるのです。」と言って物事をしはしない。気がついた時には、どうにもならなくなっているものだ。それまでは目隠しをしておくのだ。それはこれからも同じだろう。
 だから、戦争をくり返さないためには目隠しを見破り、かなぐり捨て、戦争を進めるものを打ち倒さねばならない。それには、戦争が始まってからではなく、その前、戦争へ向って進んでいたときのことを聞きたい。戦争へ向っている社会が、市民生活にどんなところで、どんなふうに影響を与えたか、それを知りたい。そうすれば、われわれの生活がこんなになったからおかしいぞ、ということがいえ、目隠しを見破る一つの手段となり得るのではないだろうか。戦争が始まる前、日本が戦争への道を進んでいた時のことが重要なのだ。
 戦前は「戦争反対」も言えなかったという。だが今は、敗戦という大きな犠牲を払って「表現の自由」という権利、「戦争反対」を大声で叫べる権利をかちとった。この権利を本当のものとして活かし、戦争を止めることが、戦争で死んだ人に対しての、我々の責任であり、義務ではないだろうか。
(中略)
 歴史は繰り返す、しかし、戦争の歴史は決して繰り返してはならない。(『暮しの手帖・97』1968年、p202~203)

2020年6月10日水曜日

戦争という言葉を忘れる?

  雑誌『暮しの手帖』で、戦争中の暮らしの記録を募集し、特集を組んだことがある。その記録を若い世代はどう読んだか、という特集記事があった。その中にあった、中学生の山田敦子さんの言葉が印象的だった。
「私はこの本を読んで、戦争のことはしらないが戦争はないほうがいい、戦争ということばを全世界の人が、わすれてしまって、戦争といわれても、何のことだろうと、思うようになりたい」(『暮しの手帖・97』1968年、p202)というのだ。
 何という素晴らしい発想だろう。戦争は絶対悪だから、戦争も、武器も放棄してしまえ、だけでない。戦争という言葉、大砲、原子爆弾、といった言葉を忘れてしまうくらいになればいい、というのだ。
 山田さんの想像は、100年や1000年先のことの、まだ先のことまで考えている。北朝鮮だ、中国だ、などという現実のことを考えていては、正しい選択はできないのかもしれない。豊かな未来社会を想像し、そのためには、今何をすべきか、と考えることである。山田さんから学んだことだ。

2020年6月9日火曜日

「戦争は絶対悪」=「生き延びるための思想」

 前のメモを見ていたら、映画監督塚本晋也さんへのインタビュー記事(2015年9月17日)を読だ感想があった。そこに手を加えてみた。

「戦争は絶対悪だ」という思想に対立する思想がはっきり分かった。それは、「命を捧げて、何かを守る。死によって、その人の生は意味のあるものとして肯定される。主人公の内面に寄り添ってそのプロセスを感動的に描きあげれば、カタルシスを覚えることがあるでしょう」というような、「大事なものを守るために戦う」というヒロイズムである。
 そう言えば、上野千鶴子『生き延びるための思想』の中で書かれていた「死ぬための思想」「死を覚悟する思想」も、ヒロイズムである。安倍首相が、「国民の命を守るため」と法案の意義を強調したのも、ヒロイズムである。この思想は、人間の尊厳、命の尊厳という思想とも対立する。「戦争は絶対悪だ」=「人間の尊厳、命の尊厳」だからである。
 ここで考えたが、「死を覚悟する思想」であるヒロイズムを前提にした平和など、似非平和でしかない。いつ破れるかわからないような平和だからである。いや、ひび割れしている平和というべきかもしれない。それに対する思想が、「生き延びるための思想」であり、こうした思想を前提にした日本国憲法による平和こそ本物の平和である。『生き延びるための思想』を再読してみたい。



2020年6月8日月曜日

人権全体に対する総攻撃

 「日本国憲法は、98条で『最高法規』としての性格を定めると同時に、97条で、基本的人権の永久不可浸性を宣言しています。これは、『人権を守る法だからこそ憲法は最高法規なのだ』という思想を表すものと理解されます」。それ故、「立憲主義の破壊とは、単に政治形式的なルールを破ったということにとどまらない、人権全体に対する総攻撃という重大な意味を持ちます」(2016年1月9日 赤旗)
 これを読んで、正直な話、これは大変だ、立憲主義破壊だという認識をもっている人でも、これだけの危機意議を持っている人は少ないのではないだろうか。朝日新聞でさえ、この度の憲法解釈の変更などの暴挙に対して、「憲法軽視は目にあまる」程度の認識である。例えば、「安倍政権は、閣議決定による憲法解釈の変更によって9条を変質させてしまった。53条に基づく野党からの臨時国会召集の要求も無視した。憲法軽視は目にあまる」という具合なのだ。
 改めて考えたことは、「立憲主義というのは、憲法を建築物に例えれば土台ではないか」ということである。つまり、立憲主義という土台の上に、憲法の三原則などの諸法が乗っかっている。従って、立憲主義が破壊されたら、すべてがグラついてしまうのである。そういう意味でも、憲法の構造というものをしっかり学び直す必要がありそうだ。(2016年1月13日に書いたものだが、人権全体に対する総攻撃は、じわりじわりと広がりつつ、強くもなってきていることがわかる。辺野古の例が雄弁に物語っている。この度の多額な国債発行も、やがては人権にしわ寄せが来ることは、当然に考えられることだ。このように、すべてのことを憲法との関係で考えていくことが重要になってくるだろう。)

2020年6月7日日曜日

理性的な世界(崇高な理想)のために闘おう

 チャップリンの映画『独裁者』といえば、映画の中での「6分の演説」である。チャップリンは、その演説を「世界に向けて出す崇高な声明」と言ったという。日本国憲法前文も、考えるまでもなく「世界に向けて出す崇高な声明」である。チャップリンの崇高な心意気は、しっかりと日本国憲法に引き継がれているといえよう。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(「日本国前文」より)

 6分の演説。チャップリンの言葉を借りれば「世界に向けて出す崇高な声明」。そのエッセンスは、こんな内容だ。
 「私は皇帝なんかになりたくない。だれをも支配、征服したくない。私たちはお互いを助けたいと思っている。人間とはそういうものだ。お互いに悲しみながらでなく、幸せに生きたい。兵士諸君、獣に身をゆだねてはならない。彼らはあなた方を奴隷にし、大砲の餌として使う。あなたは機械ではなく人間なのだ。心に人類愛を持つ人間だ。兵士だちよ、隷属のためでなく自由のために闘おう。あなた方には幸せを築く力がある。人生を自由で美しいものにする力がある。民主主義の名のもとに、その力を使おう。新しい世界のために団結して闘おう。世界を自由にするために闘おう。国の壁を取り外し、貪欲、憎しみ、不寛容を追い払おう。理性的な世界のために闘おう」。
 兵士たちを前に高らかにこう語ったあと、床屋は愛するハンナに呼びかける。「ハンナ、僕の声が聞こえるかい。見上げるんだ。雲は切れ、太陽の光が射しこもうとしている。ぼくらは暗闇から光の、新しい世界に入ろうとしている。人々が貪欲さと憎しみと残忍さを克服した世界に。見上げるんだ、ハンナ。人間の魂は翼を得て、虹に向かって羽ばたこうとしている。ハンナ、見上げてごらん」。(『凛凛チャップリン』伊藤千尋著、新日本出版社、2020年、p110~111)

2020年6月6日土曜日

自民党(案)『緊急事態条項』の危険な実態

 弁護士さんを囲んだ憲法カフェ(隔月)に参加しているが、今日は『緊急事態条項』についてだった。自民党(案)『緊急事態条項』の危険な実態を知って、本当に驚いた。
 政府が「緊急事態」だと判断すれば、人権や民主主義、三権分立等々の保障が制限されるわけだが、判断の基準が曖昧なため、容易に政府による権利侵害が可能になってしまうのだ。
 ここまでは、ある程度予想はできた。しかし、大日本帝国憲法よりも、後退している、ひどい条項があるという説明には驚いた。その条項を比較してみる。

*自民党の改正案(2018.3.25自民党大会「条文イメージ・たたき台素案」)《新第七十三条の二》
② 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速や
 かに国会の承認を求めなければならない。

※大日本帝国憲法8条
② 此ノ勅令ハ次ノ会期二於テ帝国議会二提出スヘシ若議会二於テ承諾セサ
 ルトキハ政府ハ将来二向テ其ノ効カヲ失フコトヲ公布スヘシ

 大日本帝国憲法では、議会で承認されなければ、緊急事態によって出された政令は、効力が失う。それに対して自民党の改正案によれば、国会の承認を求めるだけでいい。承認されなくても、効力を失うようなこともないのだ。権利侵害が続く期限に対する規定がない、本当に危険な『緊急事態条項』だったのである。

2020年6月5日金曜日

基地ある限り沖縄の悲劇は続く

 我々は、また、命を救う"風かたか〃になれなかった(映画『標的の島 風かたか』より・17.3)

 昨春、沖縄県うるま市で20歳の女性がウォーキング中に米軍属の男に強姦目的で殺害された。追悼の県民大会で稲嶺進・名護市長は、21年前にも同様の事件が起きたのに「風かたか =防波堤」になれなかったと涙した。沖縄の基地負担は一向に減らないばかりか、米国への忠誠を誓うかのように、日米首脳会談直前に辺野古新基地建設の海上工事に着手した。珊瑚礁が巨大な重石に踏みつぶされていく。映画『標的の島』は、国策で踏みにじられ続ける沖縄の怒りを捉える。「私はぶれない」とゲート前に立ち続ける87歳の島袋文子さんの目を見て欲しい。(武田砂鉄著『暮しの手帖』、2017年4~5号、p142)

 基地があるゆえの悲劇が、ここにある。沖縄で、ということは、日本で憲法が機能していないと同じだ。日本が法治国家だというなら、最高法規としての憲法を無視するようなことがあってはならない。しかし現実は、政府が米政府の方ばかり見て、地域住民のことを見ていない。だから、安保まで常態化しかねない。
 ここは、原則に立ち返って対策を練ることが重要なのではないだろうか。何十年と続いている沖縄の悲劇は、決して忘れてはいけない。憲法よりも上にあるような安保の矛盾を明らかにして、安保廃棄と軍備の撤退を言い続けるしかない。人権を守る確かな道だからである。

2020年6月4日木曜日

心が荒めば好戦的にもなる

 「戦争の実相を伝える人の数が減るにつれて、国民は好戦的になる。世界中どこでもそうだ。戦争を知らない人たちが戦争を始める」(内田樹著『暮しの手帖』、2018年8~9月号)という言葉を知って、本当だろうか、そんなことはない、と思った。米国での、暴徒化した群衆のことを思い出したからである。
 米ミネソタ州ミネアポリスで白人警官が黒人男性の首を圧迫して死亡させた事件をきっかけとした抗議活動が、全米に広がっており、一部ではデモ隊が暴徒化して放火や略奪が起きている。朝日新聞新聞の報道によれば、25都市で夜間外出禁止令が出され、各地で州兵が投入されたという。
 なぜ、このような暴動に発展してしまったのだろうか。コロナ騒動で、心が荒んでいたところに、火がついたからに違いない。戦争だってそうだ。心が荒んでしまえば好戦的にもなる。逆に、経済が安定し、文化も発展して心に余裕があったなら、好戦的になるようなことは決してないはずなのだ。
          米フィラデルフィアで30日、ジョージ・フロイドさんの死をめぐり抗議する人々が集まり、
      一部がひっくり返した車両の上で跳びはねた=AP(「2020/6/1朝日新聞デジタル」より)

2020年6月3日水曜日

憲法は生活の普段着です。

 「憲法は生活の普段着です」『たいまつ:遺稿集』(むのたけじ ジャーナリスト)より

 昨年101歳で没したジャーナリストの言葉は「だから、体に馴染むまで徹底的に着こなすことがまず先です。着こなす前に、新しいものを買ったのでは、自分にほんとうに似合うものがわからなくなりますよ」と続く。南スーダンPKOで殺傷行為」はあったが、憲法9条上の問題になるから「武力衝突」とした、と述べた防衛大臣に送りたい。(武田砂鉄著『暮しの手帖・2017年4-5月号』、p143)

 この言葉を知って、「憲法を普段着として着こなす前に、ボロボロに引き裂かれてきた感が強い」と思った。どうしてだろう。一言で言えば、「憲法の着こなし方」が分からなかったからであろう。そもそも、法律などというものは、「弁護士様」や「学者様」が用いるもので、庶民の我々には、手の届かぬもの、と考えられてきたような気がする。
 だから、憲法が我々庶民のもの、というイメージにはならなかった。憲法が危ない、ということで初めて、憲法を学び、憲法が身近な存在として目の前に現れるようになってきた。それでも、憲法を生活の普段着として着こなす術はわからない。これから、考え続けていきたい。

2020年6月2日火曜日

社会主義体制に対する確信

 昨日の段階では、日本共産党は、「ソ連邦を世界史の流れの中の進歩勢力としての社会主義国と位置づけ、評価していた。覇権主義も、社会主義が発展すれば自ら克服していくと考えていたのかもしれない」と予想しては見たものの、確信は持てなかった。それで、手元の資料で調べてみたら、私の予想は当たっていた。日本共産党の11回党大会報告で、「社会主義体制の人民の力で、諸問題を解決し、世界の人民を一層鼓舞激励してくれる」と確信していたのだ。しかし、こうした確信は、見事に裏切られてしまった。
 どうして、こうした間違った認識に陥ってしまったのだろうか。そして、後年、間違いという認識に達したのだろうか?という疑問が生じた。どう評価したのか、興味を覚えた。
 どうも、ソ連の消滅という実験結果を前にしても、認識に間違いはなかった、という認識だったのではないか、そんな気がする。

 不十分な国連統計によっても、社会主義諸の経済の発展率は、日本のような例外をのぞき、一般に資本主義諸国をひきはなし、社会主義の経済力の比重はますますたかまりました。
 もちろん、社会主義諸国の政治と経済のなかには、その発展過程における矛盾が表面化し、解決の必要に迫られている問題も少なくありません。また、社会主義体制内の深刻な不団結問題やその他の好ましくない事件は、資本主義体制にたいする社会主義体制の優位をさらに大きくすることを妨げました。しかし、われわれは、地球上の面積の四分の一、人口の三分の一をしめるにいたった社会主義体制の人民の力は、いずれこれらの諸問題を正しく解決して、全世界の人民をいっそう鼓舞激励する新しい発展段階をかならずかちとることができると確信しております。(「第11回党大会に対する中央委員会の報告」『前衛・No.312』、p28)

2020年6月1日月曜日

ソ連の崩壊を予言していた石川三四郎

 石川三四郎が1930年頃にすでにソビエトの本質を見抜いていた、と書いた。「地球上には「人民」の社会は消滅して了った」(「田中正造翁の予言」『原点でよむ日本デモクラシー論集』、堀真清編、岩波書店、2013年、p77)。つまり、ロシア革命によって誕生した「人民の社会」は、早々に消滅してしまった、という認識に達していたのであり、ある意味、ソ連邦の崩壊を予言していたとも言える。
 しかし、日本共産党は、80年代に入っても、覇権主義という社会主義からの逸脱側面を認めながらも、ソ連邦を世界史の流れの中の進歩勢力としての社会主義国と位置づけ、評価していた。覇権主義も、社会主義が発展すれば自ら克服していくと考えていたのかもしれない。しかし、ソ連邦は、本当に消滅してしまった。
 この違いは、どこから来ているのだろう。なぜ、石川が見抜けたことが、日本共産党には見抜けなかったのだろう。認識論的に見て、どんな違いがあったのだろう。わからない。もっと、石川の業績を知らなければ、わからないことなのかもしれない。