2020年12月31日木曜日

カントによる常備軍批判

  コロナ禍の一年が終わろうとしている。昨年の末から始まったこのブログも、おかげさまで無事に一年を終えることができた。閲覧をありがとうございました。今年の最大の成果は、カントの再発見だった。
 その一つは、戦争に関する問題は『永遠平和のために』で論じられているだけと思っていたら、いろんなところで論じられていて驚いたこと。二つ目は、カントの本といえば『純粋理性批判』など、難しいという固定観念があった。しかし、結構読める論文も書いていることがわかったことである。例えば、『コリンズ道徳哲学』といった難しいタイトルの論文がある。そして、その中に「人類の最終的使命について」の一節があって、読みやすかった。
 しかもその一節には、「人類はこのような完全性への途上にあってどのくらい進んでいるのだろうか。世界の最も開化している部分を取り上げてみよう。すると、すべての国々が相互に武装しているのが、各国が平時にも他国に対して自国の武器を研いでいるのが目に入る。これは、そこで人間が完全性という普遍的目的に接近できることを妨げるという帰結をもたらす」(『カント全集・20巻』、p284)というような常備軍に対する批判が含まれていた。このようでは、カントの手紙にも、こうした戦争批判が含まれているかもしれない、と、手紙を読んでみたいという意欲が湧いてきた。
 いずれにせよ、「平時にも他国に対して自国の武器を研いでいるのが目に入る」といった表現は凄いと思う。
『永遠平和のために』で『常備軍はいずれは全廃すべきである」と書いているが、こういう論文でも、常備軍の性質(本質)に言及していたのである。
来年は、もっとカントの本を読み進めたいと思う。

2020年12月30日水曜日

日本国憲法という希望を守ろう!

 中村哲医師がアフガニスタン・ジャララバードで凶弾に斃れてから、もう一年が過ぎた。彼の著書『アフガニスタンの診療所から』(ちくま文庫)のなかに、「人が人である限り、失ってはならぬものを守る限り、破局を恐れて『不安の運動』に惑わされる必要はない」という言葉がある。この言葉を受けて武田砂鉄さんが書いている。改めて、日本国憲法が指し示している希望を大切に守り、育てていきたい、と思った。

「正義」や「進歩」への信頼が失われた社会で、もっとも重要なのは「人間の希望」である。不安に怯えるのではなく、希望を生み、保ち、守ろうとした中村の言動が、今改めて響く。(『暮しの手帖』、2,020年4-5月号、p127)

 「希望を生み、保ち、守ろう」とした中村哲医師がどのようなことをしてきたのか、簡単に振り返ってみた。すごいことをしてきたことを再認識した。

 1946年福岡県生まれ。九州大学医学部卒。医師。ペシャワール会現地代表、PMS(平和医療団・日本)総院長。84年ペシャワールに赴任。ハンセン病を中心とした貧民層の診療に携わる。86年からはアフガン東部山岳地帯に三つの診療所を設立。2000年以降は、アフガニスタンの大旱魃対策のための水源確保事業を実践。2019年灌漑面積約1万6500ha。年間診療数約8万人(2006年度)。著書に、『医は国境を越えて』『医者、用水路を拓く』(以上、石風社)ほか。19年12月4日アフガニスタン・ジャララバードで凶弾に斃れる。享年73歳。(「アフガニスタンの診療所から / 中村 哲 著」より)

2020年12月29日火曜日

民主主義(政治)の根幹を守ろう

 日本学術会議の会員任命拒否問題については、いろいろ語られているが、ことの本質は「民主主義への攻撃」のようだ。そのことに関する二つの意見を紹介する。その一つは、当の六人のうちの一人、宇野重規さん(東京大社会科学研究所教授・政治思想史 憲法学者らで作る「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人。 201312月に成立した特定秘密保護法について「民主主義の基盤そのものを危うくしかねない」と批判していた。)の新著『民主主義とは何か』の書評の中で語られたこと。
 二つの意見は、政府によって”民主主義(政治)の根幹”が攻撃されていることを教えている。民主主義(政治)の根幹を守らなければならない、強くそう思う。

 折しも著者が渦中に巻き込まれた日本学術会議の会員任命拒否問題が発覚。「公共的な議論によって意思決定をする」という民主政治の根幹が揺らぐ危機の本質を、本書は照らし出す。(「著者と語る」『福島民報』2020年12月12日、強調は引用者による)

 最も説得力を持っているのは、手続きの正当性に関する批判だろう。
 憲法違反はさておき、従来の政府解釈を変更するのであれば政府に説明責任が生じるし、解釈が変わらないと主張するのであれば、過去の「形式的な任命」という説明を否定する論理が必要となる。あるいは、解釈を変えないまま任命権を行使することが可能だとしても、その具体的理由を明らかにしなければ、不透明なプロセスによって恣意的な決定がなされる懸念は払拭されない。
 手続きの正当性がなぜ重要であるかは、言うまでもなく、民主主義下の全ての政治家は、国民から全権委任を受けたわけではないからだ。もし仮に、政府解釈の変更が妥当であり、「任命」の範囲に首相による拒否が含まれていたとしても、その理由が明らかでなければ、国民は政治家による決定が妥当性を持っているかを判断できない。
「選挙で選ばれた政治家は何をしてもよく、その決定は常に正しいものである」という考えは、現在の日本社会に蔓延する大きな誤解であり、アカウンタビリティ(説明責任)こそが、民主主義の根幹をなす重要な概念だ。(「日本学術会議の任命拒否問題とは何であり、何が問題なのか? | The HEADLINE」より)

2020年12月28日月曜日

生きられる歓びだけで心が浮き浮き

 臼井吉見著『自分をつくる』(筑摩書房、1979年)を読んでいたら、「未来を思い、過去を振り返る」という項目があって、60年前の日露戦争に勝った頃を振り返って、その頃と比較して日本というものを書いていた。そこで初めて知ったことだが、日露戦争に勝った頃の人口が一番多かった都市は、新潟だったという。それから、60年後には、東京が世界一人口が多い都市になった。そのことから、60年間で「日本は、農業国から世界で指折りの工業国になったことを意味する」(p97)と書いている。そして、このように過去を振り返ってみると、「同じ日本でも、まるで違ってきたということがはっきりします。そして国民の多くの同意を得ずに、薮から棒に戦争を始めたり、何でも勝手なことをやって、そのために国民が犠牲になるというようなでまかせは絶対にできない仕組みになりました。これだけでも日本はずいぶん明るくなったわけです」(p99)と書いている。過去を振り返ることで、現状認識がだいぶ鮮明になることがよくわかった。そういう意味でも、次に紹介したような敗戦当時の心情というものを理解することが大切ではないか、と考えている。
 私が所属していた部隊が解散したのは八月二十五日だった。終戦を迎えて十日間を軍隊で過していたのだが、社会から隔絶している軍隊のことなので、流言飛語があれこれと飛び散った。米軍が仙台湾に上陸したからそれ以南の出身者は帰れないだろうとか、列車が全部停止しているので故郷まで歩いて帰らなければならないとか、口から口に伝わってみんなを心配させた。
 しかし私はそんな噂があっても、生きられる歓びだけで心が浮き浮きしていた。列車がなければ歩いて帰ればよいのだ。野草を喰い困ったら窃盗をしてやろう。米軍が駐屯していても、必ずそこを潜り抜けてやる。戦争中に、負ければ日本中の男が皆殺しに逢うのだと聞かされていたが、若しそれが本当だったら、独りで山岳地帯に潜伏してまでも生き抜いて見せる。なんにしてもこれからは、命令とか、制約とかを一つも受けずに、自分自身の判断で行動が出来るのだ。――ただ、こんな喜びの気持で一杯だった
 いざ帰途に就くと、噂とはまるで違って、列車の連絡が嘘のようにうまく行き、張合いがないほど簡単に父母のもとに帰った。たった七十日余りの別離だったのに、父母は私の元気な姿を見て感涙にむせんだが、特に、二百本の煙草が、煙草好きの父をして随喜の涙を流させたのが忘れられない。(藤田靖夫著「敗戦の日に」『現代教養全集・3』、臼井吉見編、筑摩書房、1958年、p399、強調は引用者による)

2020年12月27日日曜日

こんな保守主義ならいい

 小宮さんの保守についての解説を読んで、「このような保守主義ならいいな」と率直に思った。特に、「基本的人権を尊重し、徐々に進歩を追求していく」というのが良かった。
 ういえば、中島岳志が、「本来の保守は」と言って自民党を批判していたことを思い出した。改めて中島岳志の本を調べ、とりあえず、『保守と立憲 世界によって私が変えられないために』(中島岳志著、スタンド・ブックス、2018年)を読んでみたい、と思った。内容紹介に「右対左ではない、改憲か護憲かではない、二元論を乗り越える新しい世の中の見取り図を示す」とあったからだ。中島岳志氏の示す「新しい世の中の見取り図」というものを見てみたい。

 日本では、しばしば「保守」と「反動」とは同一視され、野党は自民党の政治を攻撃する際に「保守反動」と批判するが、本来、政治における「保守」と「反動」とは同一物ではない。ところが日本では、政治を論じる識者たちの間でも、「保守」と「反動」が適切に区別されていない場合が少なくない。私は、両者は次のように区別して理解すべきものであると思う。
 保守主義とは、単純な原理・原則、ドグマティックなイデオロギーを排し、良識的、常識的、現状維持的、漸進的な態度をもって政治的決定に臨むことを指す。歴史に培われた伝統を尊重し、急激な「革命的」、「革新的」変化を避け、しかし頑迷固陋には陥らず、その時代の国民の要請を平静に受け止めて、徐々に進歩を追求していくのが、保守主義に立脚する政党の本来の姿である。そのようにして時代の要請に応えるのでなければ、民主主義の下で保守政党はその存在すら維持していくことはできない。また、保守主義は相対主義であり、マルクス・レーニソ主義、毛沢東主義、ナチズム、国粋主義のような「絶対的真理」や、単純な政治理論には決してコミットしない。国民の間に蓄積された経験を尊重し、多数の人々の人間性を信頼し、権力の過度の集中を避け、幅の広い合意を基盤として政治を行なってゆくのが、本来の保守政治であろう。
 これに対して反動主義、あるいは反動的、右翼的な政治的傾向とは、本来の保守主義とは区別すべきものである。反動主義や右翼は、軍国主義、国粋主義、ナチズム、王政復古など比較的単純なイデオロギーを政策プログラムの中心に据え、漸進ではなく変革と飛躍を求める。本来の保守主義者は、基本的に現状維持的であり、民主主義の下で国民の良識を信頼して、基本的人権なかんずく言論、報道の自由を尊重するが、反動主義者は、自己のドグマティックな主張を通すためには手段を選ばず、時と場合によっては人権の蹂躙や言論の抑圧もあえて辞さない。
 日本の保守政党の中に、そしておそらくたいていの国の保守政党の中にも、明らかにいま述べた意味での保守主義と反動主義とが混在していることはいうまでもない。(小宮隆太郎著「憂うべき右旋回 —— 現代日本の政治経済状況」『季刊現代経済学』、1979年第34号、現代経済研究会、p7、強調は引用者による)

2020年12月26日土曜日

「良い戦争」などない=自明な真理

 『新聞と憲法9条 「自衛」という難題』(上丸洋一著、朝日新聞出版、2016年)という本がある。そこで、ロンドンでの空爆反対集会の参加者の声として、「政府は自衛権の行使だというが、同じ理屈で参戦したイラク戦争がISを作り出した。シリアを空爆すれば、次はどんな恐ろしい結果を生むかわからない」という2015年12月4日の朝日新聞記事を紹介している。「自衛」という錦の旗印があれば、戦争、武力の行使も許される、という思想に対する痛烈な批判である。
 『戦争の惨禍』は、戦争(武力の行使など)に「良い戦争などというものはなく、敵も味方もない。戦争においては誰もが悪人」となり、「人が人を殺し、人間性を根底から破壊するものでしかない異常な現実」であることを教えてくれる、という。「自衛」であろうがなかろうが、戦争に変わりがない、この自明な真理に気づかなくてはならない。

 フランス軍がマドリッドで、武器も持たない民衆を銃殺する場面を描いた油絵「マドリッド、一八〇八年、五月三日」では、銃に向かって目を見開き、さあ撃てと言わんばかりに両手を広げて立つ男を、明らかにスペインの民衆の側に立って描いた。

「マドリッド、一八〇八年、五月三日」

 しかし、版画集「戦争の悲惨」は違う。この作品ではゴヤは、良い戦争などというものはないことを、敵も味方もなく、戦争においては誰もが悪人だということを、それは人が人を殺し、人間性を根底から破壊するものでしかない異常な現実であることを真っ正面から描いた。それは、人間にまつわるすべてを描き表そうとしたゴヤが、描き直さずにはいられなかった、そしていつか、そんなことがこの世からなくなることを祈って描いた、黙示録にほかならない。(『戦争の悲惨・天才ゴヤの第二版画集』、谷口江里也著、未知谷発行、2016年、p4)

2020年12月25日金曜日

人間が犯す最大の暴力で愚かさの極地は?

 戦争については、その本質を伝えようと、さまざまな表現で、語られてきた。『戦争の悲惨・天才ゴヤの第二版画集』(谷口江里也著、未知谷発行、2016年)で語られた”戦争について”の表現も、圧巻だった。

 ゴヤが「戦争の悲惨」を描いたのは、まさにそのような時だった。そしてこの版画集は、単に侵略者であるフランス軍を非難するのでも、それに抗して闘う民衆を讃えるのでもなく、人間が犯す最大の暴力であり、愚かさの極地でもある戦争そのものの非道や悲惨さを直視するものだった。
 しかも、戦争が街や命ばかりではなく、敵味方を問わず、いかに人間性を破壊するかを描いた、あまりにも危険なこの作品は、結局、発表されることなくゴヤの手元に秘蔵された。(p2〜3) 

 戦争はいうまでもなく、人間が集団で他の人間の命を奪い、健やかな暮らしや喜びを育む舞台であるはずの家や街を壊す、人間が犯す最大にして最悪の、醜悪極まる悲惨な暴力にほかならない。(p4)

 このような戦争の道具が、いうまでもない軍備、そうした軍備に税金をどんどん注ぎ込む、その愚かさに、どうして気づかないのだろう??

2020年12月24日木曜日

武力主義に基く世界観を克服しよう

 日本の戦前の特徴は何か?どのような社会だったのか?見事に、しかも端的に表現してある文章を見つけた。12月15日のブログで紹介した臼井吉見の言葉だ。そこでの大意は、「日本は、太平洋戦争を通して”かけがえのない戦果”を手に入れることができた。それは、軍国主義から脱し、近代国家として、生きかえることができたこと」だったが、今度の文章は、軍国主義の実態を生々しく、その本質が表現されている。

 われわれの民族の感覚が、どんなにすぐれていようと、日本及び日本人を全体的に規定し、動かすものが、まちがっていては話にならない。長い間、日本はそれだった。神権的な絶対主義こそ日本のまちがいの根本であった。これとかたく結合した軍国主義がまちがいであった。思っても目のくらむような犠牲を支払って、日本は戦争に負け、このまちがいからぬけ出すことができた。十八年前の敗戦の日、僕は応召の予備役陸軍少尉だったが、胸をつきあげる喜びをかくすことができなかった。国の敗北がうれしかろうはずはない。が、僕の半生どころか、日本全体の上に、長い間襲いかかり、息もできなかった軍国主義と、その野蛮きわまる道徳から、解放されたという思いほど、大きい喜びは味わったことがない。統帥権と呼ばれた魔力とともに、日本の軍国主義(単に軍をいうのではない)がくずれ落ちる響きを耳にしながら、僕は涙のおさえようがなかった。『臼井吉見評論集・戦後・第2巻』、筑摩書房、1966年、p268、強調は引用者による)

 日本は戦後、「軍国主義から脱し、近代国家として、生きかえることができた」からこそ、多くの人たちに感動を与えることができた。次に紹介するような戦後の新聞の論調が、そのことを証明している。しかし、その後、徐々に軍備を増やし、当時の雰囲気からだいぶ乖離してしまった今だからこそ、当時の開放的な率直な気持ちを思い起こすことが必要なのかもしれない。

武力主義に基く世界観を克服し平和と国際協調に基く新世界観に立たなければならない。これのみが真の建設的道程であり、日本が世界的に生きる途なのである
「世界人類の熾烈な平和への欲求は、も早や何国によつても否定し得ないものがある。武力主義はこの人類の世界的欲求と相容れない。……日本の再生とは、旧き自我の復活ではなく、新しい自我の創造であり、世界と共に生き得る日本の建設である」
 戦後、朝日新聞の論調の基本は、新憲法の制定より先に、ここに示されたとみることができるだろう。
 今日、一部の論者の間に次のような見解がある。戦後日本は占領政策や東京裁判によって洗脳され、戦争への反省を強いられ、本来の日本を見失った、本来の日本を取り戻そう —— と。
 しかし、それはほとんど「自虐的」な見方であって、日本人はそれほど主体性を欠いてはいなかった。占領統治が始まる前に、右のような社説が書かれていたことが、そのことを明白に示している。(『新聞と憲法9条・「自衛」という難題』上丸洋一著、朝日新聞出版、2016年、p32)

2020年12月23日水曜日

ここにカントが生きている

 カントの著作に「あらためて立てられる問い —— 人類はより善い方向へ絶えず進歩しているか」という魅力的な論文があった。その途中経過を飛ばして結論に急ぐと、次のように進歩の過程が語られる。

 やがてだんだんと権力者の側からなされる無法な振舞いは少なくなり、法にしたがった振舞いが多くなるであろう。いくらか善行が多くなり、法廷では口論が減り、約束は信頼性が増すであろう。他にもあろうが、こうしたことは、一部には名誉愛から、一部には公共体における自分の利益をよくわきまえていることから生じるのであり、ついには、対外関係における諸国民にまで広がり、世界市民的社会にまでおよぶであろう。(『カント全集・18』、岩波書店、p125)

 理性の要求(とりわけ法的観点での) にかなった国家体制を考案するのは、やはり甘美なことである。(中略)ここで考えられているような国家という産物が、どれほど遅くなろうといつの日か完成すると希望することは、甘美な夢である。しかし、それに向かって常に近づいていくことは、考えられうる(原文は傍点強調)ばかりでなく、道徳法則と両立しうるかぎりでは義務、しかも、国家市民の義務ではなくて、国家元首の義務である。(上同、p125〜6)
 権力者の無法な振る舞いは、今まさに進行中なだけに、カントの言葉がストレートに私の心を捉えた。そして、カントの考えを知って、21日に紹介した天才F1ドラバーだったセナの言葉を思い出した。「現実の矛盾に対峙しながらも、 自分と周りを少しでも良い方向に変えていくためには、それぞれが夢に向けて真摯な努力を続ける以外に方法は無い」(『セナ』、桜井淑敏・谷口江里也著、早川書房、1996年12月、p420、強調は引用者による)だ。カントが「考えられうること」としたことを、まさに自分のこととして語っている。ここにカントが生きている、と実感することができた。

2020年12月22日火曜日

アメリカという軍国主義

 アメリカは民主主義の国と言われるが、確かに、そういう面もある。しかし、本質的なところは、軍事産業が支配的な軍国主義の方が強い、そう言えるのではないだろうか。実は、私にそう思わせたは、70年前の予言とも取れる次の文章 である。

 アメリカが民主主義国であることをよく知っていますが、しかしいかに民主国といえども、あまりに巨大なる軍隊を持てば、いつの間にか軍国主義となり、無用の戦争を引き起こすものとなる恐れがあります。これは人間の社会の歴史を通じての真理であります。日本の例をみよ。ドイツの例をみよ。(大内兵衛著「平和主義が日本の道である」『日本の進路』、村の図書室、岩波書店、1954年、p72)

 「いつの間にか軍国主義となり、無用の戦争を引き起こすものとなる恐れ」があるよ、と警告とも取れる予言をしていた。実際は、今月の18日に紹介したアメリカ軍による軍事介入リストの通り、毎年のように”無用の戦争”を引き起してきている。まさに軍国主義そのものである。そう命名し、その行動を批判すべきではないだろうか。
 日本はどうか。アメリカ一国と同盟関係にあり、かつアメリカに盲従している現状、
軍備の拡大にも歯止めがかからない現状では、軍国主義と呼ばれても、仕方がない。大内さんも、次のように述べている。

 わが国民諸君! 
 私はくり返していいます。国民の全部が結束して平和主義を守るならば、いかなる軍国主義の国でも武力を以てわれわれを侵略することはないと思います。それとは反対に、たとえ小さくても外国を侵すに足るような兵力を日本が持つことになるならば、もう一度、外国から軍国主義の疑いを受けるのはやむを得ません。(同上、p7476)

2020年12月21日月曜日

自分と周りを少しでも良い方向に

 昨日は、天才F1ドライバーのセナが最終的に到達した地球観という言葉を紹介したが、エピクローブで、地球観に基づく二十一世紀における人類の方向性も示されていた。ここで言われている「意識と現実」は、「理想と現実」と置き換えてみると、これから歩むべき道が示されてて興味深かった。

 20世紀も残りわずかとなった現在、人々の意識は、徐々にだが変化しつつあるように見える。その変化の方向性を端的に表せば、地球意識や生命意識の拡大と言えようが、 そのことと、現実の社会や一人ひとりの人生の実態とのあいだには、まだまだ大きな落差がある。そして、意識と現実との落差を埋めていくためには、あるいは、現実の矛盾に対峙しながらも、 自分と周りを少しでも良い方向に変えていくためには、それぞれが夢に向けて真摯な努力を続ける以外に方法は無い。(『セナ』、桜井淑敏・谷口江里也著、早川書房、1996年12月、p419~420、強調は引用者による)

 日本国憲法の理想は、非武装による平和主義である。保阪正康さんは、「日本国憲法は平和憲法って言われているが、非軍事憲法というべきだ」と、『サンデー毎日』(2020年12月15日号)に書いていた。そうした憲法の理想に対し、「現実は難しい」と、次のような意見をいただいたことがある。

 全方位外交って、理想的には素晴らしいけど、とんでもなく難しいと思います。何かあったときに仲介できる国になるといいな。どうしたらいいのかな。
 戦争をしないための軍事力という考えもあるのでは。中国もロシアも韓国・北朝鮮もアメリカも戦争放棄をしているのなら、いいのですが。ロシアがウクライナやチェチェンでやっていること、中国が香港やチベット、ウイグルでやっていることを考えれば、現実的には非武装中立は残念ながら厳しいと思います。戦争反対と言っていれば戦争が起きないならいいのですが。(Kさん)

 非武装中立はベルギーも国策としたことがありました。完全に失敗でした。ナチスに侵攻されて、非武装中立の理念は消滅しました。理念のみでは、不可能です。ベルギーはどこかの属国ではなかったけれど、主権国家としてある主張をしても、国際関係上の状況によって考えるとおりのことは出来ない場合も多いのです。平和の問題を、こうすべきだと主張しても、それが可能かどうかは別の話だと思います。(Mさん)

 二人の意見は、全方位外交とか、非武装中立といった理想と現実の矛盾を前にして、初めから無理、と諦めてしまっているとしか思えない。やはり大切なことは、現実の矛盾に対峙しながらも、 自分と周りを少しでも良い方向に変えていこうと、それぞれが夢(理想)に向けて真摯な努力を続けることだと、改めて思った。

2020年12月20日日曜日

すべての人が幸せになれればいい

 1995年5月18日から1996年10月16日まで、1年半にわたって続けられた、孤高の天才ドライバー、アイルトン・セナをめぐる対話の全記録『セナ』(桜井淑敏・谷口江里也著、早川書房、1996年12月)を読んで、素敵な言葉を見つけた。

すべての人が幸せになれればいい。
日本人も、ブラジル人も、
ヨーロッパやアメリカやアフリカや中国の人も、
誰もがみんな幸せを求めている。

人には、健康と平和が必要、
人には人が必要、
人には愛が必要なんだ。

これから先、個人として、
企業や国家という集団として、
何をするにせよ、
自分達だけの健康や幸福を考えてはいけない。
自分が愛されることばかりを求めてはいけない。
愛を求めている人は他にもいる。

世界は急速に成熟し、
どの国も、もはや別々の存在ではなくなった。
すべてがひとつに結ばれているんだ。
地球という星の上で。(『セナ』、p334、行間は引用者による)

 このセナの言葉に対する解説も良かった。

桜井 ブラジルと日本が力を合わせればという例の言葉も、谷口が今言った言葉の後で言っているんだよね。あの時のセナのOne Single Earth、たったひとつの地球という言葉の響きは、本当に感動的だよね。この短い言葉の中で、地球と一人の人間という、最も大きなものと小さなものが一つの価値観の中で見事に共存している。
谷口 健康という言葉もすごくいい。
桜井 そして、人は誰でも幸せを求めているけれども、ただし、そして同時にだからこそ、自分ひとりの幸福を求めちゃいけない。なぜなら、今やひとりの人間にしても、ひとつの企業にしても、ひとつの国にしても、そのひとりの人間がしたこと、ひとつの企業がしたこと、ひとつの国がしたことは、地球全体に影響を及ぼすからだと。だから、例えば自分の幸せのために、他人とか他の民族とかを犠牲にするようなことはしちゃいけないと言っているわけだよね。これはやっばりセナが最終的に到達した地球観というのだったと思うんだけど、いい言葉だね。内容もいいけど、セナの口から発せられる言葉の響きが本当にいい。昨日たまたまファンの人が来ていたので、セナのそこの所の言葉を一緒にあらためて聞いたんだけど、みんな泣いちゃってね。One Single と言ってから、ちょっと間をおいてEarthと言うその言葉が、何度も言うけど、実に強い。
谷口 本当に感動的ですね。
桜井 やっぱりこれからの、ひとりの人間のライフスタイルなり、生き方なり、存在なりというものは、地球全体の問題にまでつながっているんだという感覚を持たなくてはいけないと思うよ。人間としても企業としても国家としても、絶対に持たなければならない、そういう時にきていると思うんだよ。もちろん実際には、そうではない人、そうではない企業と、そうではない国とかは多いわけだけど、だからといって手をこまねいていては、もう先が見えている。(『セナ』、p336、行間は引用者による)

2020年12月19日土曜日

政権批判の本気度の試金石は?

 政界は、学術会議問題など、混迷を深めている。コロナ禍収束の見通しもたっていない。こんな政局を打開する道は野党共闘による政権交代しかない。だが、そうした方向に背を向け、足を引っ張っている人物がいた。連合会長・神津里季生のようだ。その辺のことを日刊スポーツのコラム『政界地獄耳』(2020年12月19日)が次のように報じていた。

★今では野党の枢軸を占める役割を示し、政局にも関与する共産党だが、社会党から民主党、立憲と野党を支えてきたのは「連合」だ。ここの民間労組と共産との相性は最悪で、旧民社協会・民社党の組織とは溝が深い。立憲民主、国民民主両党の支持母体となる連合会長・神津里季生は17日の会見で「(共産と)政権をともにすることは、まずあり得ない」と2中総を批判した。この繰り返しが野党に1票入れようとする有権者を逃がしていることに、これをグリップできない立憲幹部ともども反省してもらいたい。政権与党を倒すためにみんながまとまるという思いを、過去の経緯と筋論だけで否定する連合の態度や、まとめ上げられない立憲に政権が運営できるのかという疑問だ。つまり野党と連合は「文句だけが一人前」だと思われている。自民党の高笑いが聞こえる。(K)※敬称略(「連合制御できない立憲 自民党は高笑い」より)

 このまま自民党を高笑いさせていいのだろうか。自民党に高笑いされていることを、枝野さんはご存知ないのだろうか。いくら政権批判を強めても、政権奪還に消極的なら、政権批判は単なるポーズでしかない、とその本気度が疑われてもしょうがない。枝野さんには、もっとしっかりして政権奪還への意欲を示して欲しい。

2020年12月18日金曜日

米軍による主な軍事介入リスト

 米軍による主な軍事介入リストを作ってブログにアップしてくれている人がいた。よくも、まあ”戦争をしてきたもんだ!”って感じだ。「日本は関係ない」とは言えない。在日米軍基地も、使用されてきたからだ。さらに心配なのは、このような米軍と組んだ自衛隊が、共同歩調を合わせ実力行使をしかねないことだ。なんと言っても、そのための法整備を”着々”と進めてきたからである。そうなる前に、米軍とは手を切って(安保条約の解消)欲しいのだが、なんと言っても、こうした考えは少数意見だ。でも、軍事行動にだけは手を染めて欲しくない。

 帝国アメリカの第二次大戦後の主な軍事介入リストblog.goo.ne.jp/reforestation/e/3496e935d1da2751827de6526fa6233dより


トルーマン政権(1945~1952)
 朝鮮戦争

アイゼンハワー政権(1953~1960)
 (イランのモサデク政権転覆)
 グァテマラ空爆、同国のアルベンス政権転覆

ケネディ政権(1961~1963)
 キューバ侵攻(ピッグス湾事件)
 
ジョンソン政権(1963~1968)
 ベトナム戦争
 ラオスへの軍事介入
 (インドネシアのスカルノ政権転覆の軍事クーデター)

ニクソン政権(1969~1974)
 カンボジア空爆とシアヌーク政権転覆。 
 (チリの軍事クーデターによるアジェンデ政権転覆)
 
フォード政権(1974~1976)
 (インドネシア軍による東チモール侵略の支援)

カーター政権(1977~1980)
 (アフガニスタンでのムジャヒディン支援)

レーガン政権(1981~1988)
 グレナダ侵攻
 リビア爆撃
 (ニカラグアの右翼ゲリラ支援をはじめとする南米諸国への軍事介入)

ブッシュ(父)政権(1989~1992)
 パナマ戦争
 湾岸戦争

クリントン政権(1993~2000)
 ソマリア空爆と軍事介入
 スーダン空爆
 旧ユーゴスラビア内戦への軍事介入

ブッシュ(子)政権(2001~2008)
 アフガニスタン戦争
 イラク戦争
 
オバマ政権(2009~2016)
 リビアへの軍事介入(空爆含む)
 シリアへの軍事介入(空爆含む)
 (イエメン内戦への介入)

トランプ政権(2017~2020)
 バクダットでイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官らを空爆


2020年12月17日木曜日

米軍による強制的土地接収

 沖縄の米軍基地は、土地を強制的に接収してできたことで知られている。しかし、米軍による強制的な土地の接収は沖縄だけではなかった。横田基地の滑走路の拡張工事でも、強制的な土地の接収が行われていたのである。少し長いが引用して紹介する。強調は引用者による。
 だがしかし、辺野古の米軍基地建設も、沖縄や横田基地での強制的な土地の接収となんら変わるところがない。多くの県民が民意を示しても、民意を無視してきたからだ。我が身のことだったら、と想像してほしい。

 ひとくちに基地拡張といっても、たとえば富士山麓などと違って、これらは、滑走路の延長拡大である。立川といい、横田といい、現在でも、その滑走路は、向う端の人間が小びとほどにしか見えないほど長大だ。しかし、いままでのように、B-8の基地ならこれでいいが、新鋭の長距産ジェット爆撃機の基地として質的転換をした現在では、この程度の滑走路ではどうにもならぬというのだ。横田基地司令官スティーバーズ大佐の語るところによれば、「ジェット機はスピードが早いので、現在の滑走路では短かすぎて危険である。着陸の折は、パラシュートを尾部から出してスビードを減じているくらいだ。現代兵器の発展につれて、基地の拡張は必然的であって、最低二千フィートは延長したい」のだそうである。かくて滑走路の延長拡大が、防衛分担金をまけてくれた附帯条件として要求されているのである。だれも知らぬうちに、それが日本政府によって承諾決定され、住民にとっては寝耳に水の、土地測量が始められようとしているのだ
「まったく、なさけなくって、オレあ、もうなにも言う気になれないネ。なんしろ、このとおりだからネ。」麦を刈っていた農夫の顔は、土ぼこりで塗りこめられて、目ばかり光っている。指さして見せた足もとの麦は、ヒザほどもなく、これも土ぼこりにまみれている。麦の合間のサツマイモにしても、緑の色どころか、葉っぱの形さえさだかではない。なにもかも、見えるかぎりのものが土ぼこりで埋められているのだ
(中略)
 ときどきジェット機が、二機三機と帰ってくる。こいつが、麦刈りの農夫の頭をかすめるばかりに、ばかばかしいほど、けたたましい音響のかたまりをぶっつけて過ぎる。そのたびに、目前の貧弱な麦の穂が吹きとばされてゆく。
「話しもなにもなったものじゃない。」吐き出すように言う顔は、さっきからまったくの無表情だ。「その上、この土地まで取り上げようって、いうんだからね。」そう言って、まつげまでほこりだらけの顔に、思いがけぬ自嘲めいた笑いを浮べて見せた。基地拡張のたびに耕地を取られて、いまでは、ここに二反歩ほど残っているばかり。今度これを取られると、一握りの土もなくなってしまうとのことだ。そうなったらどうするつもりか、と聞くと、そんなことは考えていない、考えたところでどうにもならないと言う。(『臼井吉見評論集 戦後 第1巻』、筑摩書房、1965年、p132〜134)

 瑞穂町は、爆音に明け、爆音に暮れている。真夜なかでも、絶えるときはない。住民は神経がマヒしてしまっている。老人など、一晩中、おちおち眠れない者もある。朝鮮戦争のときは、ここから飛び立つ爆撃機が爆弾を振り落したこともあった。さっき麦を刈っていた近くに中学校があり、敷地の大半と校舎の一部が拡張予定区域に入っている。七年前、ここに校舎を建てたときは、まさかこれほど爆音に悩まされようとは思いもかけなかったという。次々に基地が延びてきて、ジェット機が来るようになってからは、まるで校舎を目がけて墜落するかのような、けたたましい爆音が、教師の説明であろうと、生徒の間であろうと、声という声を奪い去ってしまう。(上同、p134〜135)

 この町はこれまでに二百七十町歩の農地を失っているが、いままた、滑走路拡張のため七十町歩を奪われようというのだ。これの関係農民三百七人、その三分の一は、まったく耕地を失うことになる。現在でさえ、平均反別四反強にすぎず、酪農や日雇で補ってきたのに、ここでさらに七十町歩を取り上げられれば、平均二反歩しか残らない。そうなれば、酪農にしても、飼料を産する耕地がないのだから、続けようがない。この小さな町で一挙に三百人も土地を奪われては、日雇いの口などあるはずもない。補償金をもらっての転業といったところで、多くは年とっていて、今さら新しい商売ができようとは考えられない。それどころか、町の古くからの商人でさえ、このごろは日を追うて苦しくなってきている。耕地を取られ、滑走路が予定どおり八高線を乗り越えて延びてくるということになると、現在の町は両断され、通学や耕地への往復に、とんでもない遠まわりをしなければならなくなる。さらに、現在以上に爆音が激しくなることを考えると、恐れと不安は、はてしもない。政府や調達庁が、何を考え、何を言おうが、今度はだまされない。条件闘争などと思っていたら大まちがいだ。こうなっては、一坪の耕地もゆずれない。条件なしの絶対反対だ。—— これが瑞穂町民の一致の声である。−以上1955年7月記ー(上同、p135)

2020年12月16日水曜日

仮想敵国が必要なアメリカ

 武器を持たないで全方位外交外交で「平和」を実現しようという考えに対し、非現実的だと批判されることが多い。知人にも、「中国もロシアも韓国・北朝鮮もアメリカも戦争放棄をしているのなら、いいのですが。ロシアがウクライナやチェチェンでやっていること、中国が香港やチベット、ウイグルでやっていることを考えれば、現実的には非武装中立は残念ながら厳しい」と言われたことがある。
 そこで、なぜ、非現実的だと批判されるのか、を考えてみた。

1、中国や北朝鮮は、危険な国「である」(前提[1])。だから、日本が丸腰、非武装なら、喜んで攻撃してくるかもしれない。それゆえ、非現実的だ、となる。

2、現実に、北朝鮮がミサイル発射実験をしたり、尖閣諸島での中国の動きがある。だから・・と、(1)の認識になる。

3、なぜ、(2の行動に?
 かつての大日本帝国の国で、軍備を拡大してきている。一緒に巨大な米軍事力もデーンと存在して睨みを効かせている状況で、それに対抗しようとしたら、ミサイルで誇示するしかないのではないか。それに、尖閣は穏やかだったのに、突然日本側が「俺の土地だ」と刺激的な行動に出た。なぜ?・・仮想敵国が必要だったから、と勘ぐりたくもなってくる。

4、かつてはソ連、そして、今度は、北朝鮮・中国、と、アメリカ(の巨大軍事産業)にとって、絶えず、仮想敵国が必要である(これも前提[2]である)

5、前提[1]と前提[2]をどちらが根源的かを比べると、前提[2]が根源的である。

6、このような大きな本質的な構造を捉えて、その上で、東アジア共同体といった構想へ、発想を膨らませていくことが大切ではないだろうか。 
 
7、巨大な資本の餌食にならないためにも、東アジアに限らず、諸国民は手を結んでいく(対立でなく)ことが大切だと思う。

2020年12月15日火曜日

道を拓(ひら)いてきた女性たち

 初め、女性に選挙権がなかったことは当然のように知っていた。しかし、次の「折々のことば」を読むまで、「当初、女性には医師への門戸が開かれていなかった」ことは知らなかった。

 明治政府の下では当初、女性には医師への門戸が開かれていなかった。それでも産婦たちの死を憂え、医療に尽くそうとした女性たちは、海外留学を敢行したり、開業試験受験許可の請願運動をしたり、まずは産婆教場で修養したりと、それぞれの場所で苦闘を重ねつつ、女性医師への道を拓(ひら)いていった。その無言の連携を追った『明治を生きた男装の女医 高橋瑞(みず)物語』から。(折々のことば:鷲田清一、朝日新聞2020年11月29日)

 どんな苦難があったのかに興味があって、『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』を読んでみた。そして、心なき男性医師の批判(非難)や彼らの同調者による批判(非難)に驚いた。以下は、「女医亡国論と本多鈴子」からだが、大隈重信のような人の理解もあって、徐々に女医が増えていったことがよくわかった。それにしても、「女医亡国論」とは、なんということだろう。
 女医が増えるにつれ、「女医亡国論」つまり女医批判が医事雑誌を賑わせるようになっていた。端緒は、瑞の留学直前に『東京医事新誌』に掲載された「S・F」という人物による「本邦の女医」という記事である。「S・F」は、「女子に医学を研究せしむるや否やは重大の社会問題」であるとし、女医の「問題点」を三点挙げた。
 まず、妊娠出産によって診療ができなくなる期間、患者をどうするのか。次に、そもそも女は「解剖および生理上」医学を修める資質があるのか。そして「下宿屋の二階に男子生徒と寝食を共にする」ことで生じる「艶聞」つまりは性的放縦についてである。実際に下宿屋で男子学生と交流を待ったのは、高橋瑞くらいであり、その内容は花札や囲碁などの遊びだった。「艶聞」とは程遠い。
 この記事に激しく反駁したのが、公許女医第四号の本多詮子である。
 詮子は『東京医事新誌』の次の号で、妊娠出産期は弟子に指示して診療を行ったので特に問題はなかったと自身の経験に触れ、男の医者が病気をするのと同じだと述べた。瑞より一年遅れて開業試験に合格した詮子は、その翌年に結婚し、すでに妊娠出産を経験していた。
 二点目については、男と女の異なる点は身体の大きさと骨盤の形、「一部の系統とその生理上の官能」のみで、「解剖生理上、大いなる違いはあらず」と反論し、女子医学生の性的放縦については真っ向から否定はしないものの、ほとんどの学生は「操正しく蛍雪の苦学をなし居る」と述べた。p192~193

 彌生は女医学校を設立後、なかなか医術開業試験の合格者を出すことができず、苦しんでいた。合格者が出なければ学生が集まらず、学校の存続が危うくなる。だからこそ明治四一(一九〇八)年に竹内茂代が合格すると、女医学校の存在を社会に知らしめるべく盛大な卒業式を催した。卒業生一人に対し、来賓として早稲田大学総長大隈重信や、文部省の高官、東大医学部の教授など鈴々たる顔ぶれを招くという熟の入れようであった。しかし、招かれざる客も多数押しかけていた。
 式は粛々と進み、来賓たちが女医の登場や女性の社会進出を歓迎する旨の祝辞を述べ終わると、突然五、六人の男たちが壇上に駆け上がり、口々に大きな声で叫び出したのである。
 「女に高等教育は不要だ! 行かず後家が増えて、国が滅ぶぞ!」
 「おなごは医者に向かん! 月の穢れで手術室が冒されてしまうぞ!」
 「女は子を孕んだら医者をやめるが! そんなやつに命を預けられるか!」
 男たちは、かねてから『東京医事新誌』や『医海時報』などの誌上で女医批判を繰り返してきた医者や、彼らを支持する雑誌記者や新聞記者たちだった。
 彼らに抗議する来賓もいれば、同調して騒ぎ立てる招待客もおり、会場は騒然となった。彌生が身の危険を感じ、茂代を庇うようにして会場を出ようとしたそのとき、コン、コンという甲高い音が響き渡った。一同がその方向を見ると、来賓席に座った大隈重信が、杖で床を鳴らしている。会場は一瞬にして静まり返った。重信は外務大臣時代に爆弾テロに遭い、以来義足と杖を使用していたが、七〇歳を過ぎても矍鑠(かくしゃく)としていた。
 重信は椅子から立ち上がると、ゆっくりと進んで壇上に上がり、皆が見守る中、「諸君!」と声を発した。
 「女子が教育を受けることや、女子が医者に向くか否かについて論争しているようだが、かりに明日の朝まで続けたところで答えは出まい。一〇年ないし一五年後に現れ来たる女医たちの成果如何によって判断しようではないか」
 重信の一声で会場は落ち着きを取り戻し、式を続行することができた。吉岡彌生、竹内茂代、そして会場にいた女医学校の生徒たちは重信の言葉を胸に刻み、女医の評価を高めるべく懸命に努めようと誓い合った。p196~198

2020年12月14日月曜日

「である」ことと「する」こと

 図書館の新刊コーナーで見つけた『中古典のすすめ』(斎藤美奈子著、紀伊国屋書店、2020年9月)を手に取ってみたら、「憲法が破壊される時代への警告」というタイトルで丸山眞男『日本の思想』(岩波新書)が紹介されていた。『日本の思想』は持っているし読んだこともあるので、どのように紹介されているかを知りたくて借りてきた。目から鱗だった。次のところだ。

丸山は語っている。身分制度が敷かれ、出生や家柄や年齢に縛られていた徳川時代は、武士や町人「であること」がすべての規範だった。だが、会社、政党、組合、教育団体など、多様な組織によって構成される近代社会においては「すること」に価値が移る。あらかじめ身分が保証されている封建社会の君主とはちがい、会社の上司や団体のリーダーがもっぱら業績によって評価されるのが、ひとつの例証である。「であること」が「状態」や「属性」なら、「すること」は「機能」といえる。しかしながら、実際にはどうか。政治家から官僚、活動家に至るまで「状態」的思考が氾濫しているではないか。ここから彼の批判は、「民主主義」を信奉する、いわゆる左翼リベラル派をもって任じている人々に向けられるのだ。(P28〜29、強調は引用者による)

 だから、日本国憲法の主権者「である」ことに安住していてはいけないのであって、憲法12条の「この国の憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の普段の努力によってこれを保持しなければならない」のであって、「その権利の行使を怠っていると」、その権利がなくなっているということも起こり得る、というのだ。この書を、もう一度読み直したい、そう思った。丸山眞男の再発見である。


 

2020年12月13日日曜日

野党は政権交代を目指して!!

 学術会議の任命拒否問題が続いている。いろんな意見も語られてきた。しかし、少数意見を大切にする学問の自由問題を、少数意見、異論を大切にする議会制民主主義と対応させて論じたものを初めて知った。元参院議員 平野貞夫さんの意見だ。そして、なぜ、「学術会議の任命拒否問題ようなことが平気で行われ、多くの批判にあいながら、一向に解決されないのか」がわかったような気がする。それは、変なことをしたり、言ったりすると、政権の交代が起きかねない、というような政治的緊張感がないからではないだろうか。そういう意味でも、野党は政権交代の「覚悟」を持って、腹を据えて政権交代を目指して欲しい、そう思った。
 平野貞夫さんの著書『野党協力の深層』という本の紹介もあったが、読んでみたい。
 学術会議の任命拒否問題で考えるのは、憲法で保障する「学問の自由」の大切さです。科学の分野では、真理は少数意見から生まれます。少数意見、異論を認めるということは、人間の進歩の原点です。ガリレオもニュートンも、アインシュタインも、最初は少数意見です。だから 学問の自由が大切なのです。
 政治分野で少数意見、異論を大切にするのが議会制民主主義です。フランスのことわざにも、「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール) というのがあります。
 菅首相には、相手の異なる意見を聞く、認めるという姿勢が欠落しています。官房長官時代の記者会見を見ても説明もせずに異見を封殺している。今回の任命拒否も「理由は言わないが、政府にたてつく考えのものは任命しない」というのが実際のところです。こんなことをやっていたら、議会政治での少数意見の排除に突き進みます。戦前の復活です。
 議会制民主主義はイコール政権交代政治だと考えています。現在は少数でも、様々な状況の中で多数になる可能性を前提に、少数と多数が国民の意思によって変更できるのが議会制民主主義の意味です。これが独裁化を防ぎ国民主権を守る仕組みです
 野党は政権交代の「覚悟」が必要です。腹を据えて政権交代を目指し、総選挙をかたなくてはなりません。新型コロナウィルスの感染拡大の中で国民の命と暮らしをどう守るか。新型コロナ対策も大事だし、その後の食糧危機を見据えた対策も必要です。(元参院議員 平野貞夫談『赤旗日曜版』、2020年12月12日、強調は引用者による)

2020年12月12日土曜日

カントの魅力

 まずはカントの解説書から読もうとしていたら、『カント —— その生涯と思想』(アルセニイ・グリガ著、法政大学出版局、1983年)が目に止まり、立ち読みして、これから読んでみよう、と思った。カントの魅力が最初の方に書かれていたからだ。 

 カントにとって人間の問題は最大の問題である。彼は宇宙のことを忘れたのではない、だが彼にとって人間が主要な関心事であった。人間がより人間的になり、より善く生きる、という唯一の目的のために、カントは存在と意識の法則について思案したのである。
(中略)
 非常に早くから彼には他の一切を凌駕する生活関心として哲学がごく自然に芽生えた。彼の全存在はこの関心によって支配されていた。彼にとって生きることは仕事することを意味した。仕事は彼の主たる喜びであった。カントの生涯は、言業と行為、説教と品行とが見事に統一された模範である。彼は良心の安らぎの内に、義務を遂行したという意識をもって、生涯を終えた。(p2、強調は引用者による)

 彼は、 「人間がより人間的になり、より善く生きる」という唯一の目的のために仕事(研究)をし、何よりも、自ら「より人間的になり、より善く生きよう」と実践しただけでなく、「より人間的になった」ことが素晴らしいところで魅力である。「仕事は彼の主たる喜びであった」ことが、何よりの証明である。
 また、思想家、ハンナ・ア-レンもカントに学んでいたようで、『カント政治哲学の講義』(ハンナ・ア-レント著法政大学出版局、1987)の存在を知った。そのうちに読んでみたいと思っている。


2020年12月11日金曜日

カント哲学への興味

  最近、カントの『永遠平和のために』をしっかりと学んでみたいと思うようになった。その過程で、この書が、カントの代表的な著作『純粋理性批判』などとは違った、極めて現実的、政治的な文書であったことを知って、興味が倍増した。つまり『永遠平和のために』には、当時締結された”パーゼルの平和條約”の「欺瞞性に対する哲学的批判の意図を、 —— そしてそれを通じて近代国家の外交政策に対する批判の意図を、 —— 確かにこの書は含んでいる」(『永遠平和のために』、高坂正顕訳、岩波文庫、1959年、p4)という。だから、この論文は当時の平和条約と同じ形式をとっているのだ、と。
 そして、『永遠平和のために』を本当に理解し、かつ、その応用ができるようになるためには、ある程度の「カント哲学の理解」が必要のようで、次のような解説があった。

 カントの歴史哲学の考察の最後を締めくくるのが「永遠平和のために」である。この論文は政治哲学の分野に属するものであるが、カントの哲学においては歴史哲学、 道徳哲学、政治哲学が密援に結びついているのであり、この論文でこれまでの歴史哲学の考察の意味が明確に示されることになるのである。(『永遠平和のために/啓蒙とは何か/他3編』、中山元訳、光文社、2006年、p337、強調は引用者による)

 また、岩波文庫版『永遠平和のために』解説によると、カントは、”世界公民の立場”(中山元訳では”世界市民の視点”)とか、人類といった一国を超えた概念に到達していた。このことも、カントに魅せられた大きな要因である。トランプ大統領が「アメリカファースト(米国第一)」を掲げて話題になったが、とんでもない思想だ。カントの思想を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。バイデン大統領になって、「アメリカファースト」を乗り越えられるかを注視していきたい。いずれにせよ、まずは解説から、カントの著作を少しずつ読んでいきたい。

理念は永遠である。それは永劫の未来に於てのみ自己を実現すると共に、超時間的として直ちに現在に作用するのである」(『永遠平和のために』、高坂正顕訳、岩波文庫、1959年、訳者による解説)。この言葉も素敵である。

2020年12月10日木曜日

この国はものすごく貧しいよ

 この国はものすごく貧しいよ!
 えっ! 何それ!、て感じだった。

 しかし、鷲田清一さんが選んだ折々のことば(朝日新聞、2020年12月9日)、「この国はものすごく貧しいよ。とっても貧しいんだよ。(辰巳芳子)」の解説を読んで納得した。

  低い食料自給率、とくにたんぱく源が十分に調達できないこの国の食の基盤の弱さを、戦時中より今日までずっと骨身にしみて感じてきたと、96歳の料理家は言う。一つ事が起きれば供給が断たれるような脆(もろ)い構造をそのまま次世代に手渡すことはできないと、大豆を育てる運動を始め、調理法の基本を今も伝授する。朝日新聞デジタルでのインタビュー(10月12日配信)

 食料自給率の低さは感じていたものの、「たんぱく源が十分に調達できないこの国の食の基盤の弱さ」という観点は抜けていた。その上最近は、輸入小麦に頼るパン食が増え、主食の米食の割合が減ってきている。このような状況の中で「一つ事が起きれば」どうなるか。コロナ禍によって急に現実味が帯びてきた
 自給率といえば、エネルギー自給率も問題だ。再生可能エネルギーに転換する必要性は、自給率の観点からも急がなければならない、と思った。食料とともに、供給が断たれれば命に直結するからだ。
 このように考えてくると、自給率の問題は、戦争の問題、憲法の問題へと発展してくる。「一つ事が起きれば」の”一つ事”に”戦争”が入ってくるからだ。それゆえ、「敵基地攻撃能力」などとんでもない話で、憲法の指し示している道を忠実に実現して戦争を防がなくてはならない。

2020年12月9日水曜日

真実はやがて現実となる

  昨日、「理性を眠らせてはならない」と書いた。”理想と現実”と言われるように、理想は現実とセットで語られる。同じように、真実が現実とセットで語られることもある。次の湯川さんの言葉がそうである。

 現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。現実は予想できぬ豹変をする。あらゆる平衡は早晩打破せられる。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
 それにもかかわらず、現実はその根底において、常に簡単な法則に従って動いているのである。達人のみがそれを洞察する。
 それにもかかわらず、現実はその根底において、常に調和している。詩人のみがこれを発見する。
 達人は少ない。詩人も少ない。我々凡人はどうしても現実にとらわれ過ぎる傾向がある。そして現実のように豹変表現し、現実のように複雑になり、現実のように不安になる。そして現実の背後に、より広大な真実の世界が横たわっていることに気づかないのである。
 現実のほかにどこに真実があるかと問うことなかれ、真実はやがて現実となるのである。(昭和一六年一月)(湯川秀樹著『目に見えないもの』、p117)

 湯川さんは「真実はやがて現実となる」と書いているけれど、正確には、「仮説はやがて真実となり現実となる」ではないか、と思った。そして、憲法に示されている理想も、一つの仮説と考えていい。だから、「憲法の理想で示された仮説も、やがて真実となり現実となる」に違いない。そうすることが人類が生き残れる道だからだ。

2020年12月8日火曜日

理性の眠りは怪物を生む

 ゴヤの「理性の眠りは怪物を生む」(東京富士美術館)は、『気まぐれ』を構成する80枚の版画の中でも代表作として知られている作品で、プラド美術館にある本作の素描には、以下の趣旨の注釈が加えられている。「夢を見ている作者。有害な迷信を打ち破り、この作品によって真実を永遠のものとすること。これが作者の唯一の目的である。」
 ゴヤには、『戦争の悲惨』という一連の作品もある。私には、理性の眠りによって魔性の人間が誕生し、そうした魔性の人間(怪物)が戦争の主体となって、描かれているとしか思えない。次の言葉が、それを証明している。

 結局、こんなハゲタカのような悪魔たちの餌食になるのは何の罪もない普通の人々。戦争で悲惨な目にあい、子どもをなくし親をなくし、恋人や仲間をなくし、飢えに耐え、あるいは耐えきれずに餓死してしまった人々を、権力者たちは見つめたりなどしない。ほとほりが冷めた途端に現れて、生き残った人々を、当たり前のように再び餌食にし始める。前頁の悪魔が何を書きつけていたのかはしらないが、その結果、苦しめられ、命さえ踏みにじられるのは、またしても市民。 (『戦争の悲惨』、谷口江里也著、未知谷、p148)

 理性を眠らせてはいけない!、そうゴヤは訴えているのだ。

気まぐれ/43 理性の眠りは怪物を生む:東京富士美術館


2020年12月7日月曜日

縄文人とも繋がる市松模様

 縄文土器の模様といったら、縄模様ばかりと思っていたら、格子状の幾何学模様(市松模様)もあったという。NHKBS番組「美の壺」の「市松模様」を観て知った。



 「縄文時代の人々も、宇宙・自然の中で自分たちが森羅万象とどのようにつながっているかということに思いをはせ、無限の広がりを格子状のデザインとして文様にしていった。私たちのネットワークとかネットワーキングのイメージと変わらない。そういう意味で、私たちは縄文人とも模様を通してつながっている。まさにつながる模様」(多康美術大学 芸術人類学研究所所長 鶴岡真弓さん」だという。
 古墳時代になると、模様も豊かになっていて驚く、鶴岡さんの解説によると、「二色がある意味で豊かにきっ抗し、対立し合いながら”生と死””目覚めと眠り”それを繰り返し、再生・反転力・再生力の模様となっている、そういう意味で、りの芸術だと思う」。


「三世佐野川市松の祇園町の白人おなよ」「京四条下り藤川亀乃江と佐野川市松」(両者共、出典は、国立博物館所蔵品統合検索システム:ColBase[https://colbase.nich.go.jp/])にある佐野川市松より市松模様と名付けられた。

東洲斎写楽 「三世佐野川市松の祇園町の白人おなよ」


奥村政信 「京四条下り藤川亀乃江と佐野川市松」



2020年12月6日日曜日

国会で”人権蹂躙”が進行中

 最近、民主主義について考えている。そして、日本学術会議会員任命拒否問題に関連して、民主主義の基本について、「《説明しないこと》こそが民主主義に反する権力の行使(国民に対する暴力)であり、主権者である国民に説明責任を果たすことが民主主義の基本」(令和2年10月17日 イタリア学会会長 藤谷道夫・慶應義塾大学教授)という言葉を、11月30日のブログに書いた。
 また、森村氏は、民主主義は、言論や思想の自由を保証することを基本とする。つまり、「民主主義は自分の体内に敵を包含しなければならない宿命を抱えている」(森村誠一)と言っている。意に沿わぬ人を排除する、というのも、質問者に説明しない(ある意味で無視に値する)のも、「敵を包含しない」のだから、反民主的である。
 と、ここまで書いてきて、《説明しないこと》が、いかに反民主的で、暴力的であるかについて気づいたことがある。総理には、自ら排除した人や質問者に説明する責任がある。にもかかわらず、《説明しない》のは、排除した人や質問者を無視していることになって、排除した人や質問者に対する完全な人権蹂躙になる、ということである。国会の場での人権蹂躙を許してはならない。

2020年12月5日土曜日

近隣諸国との友好関係を築く条件

 先の敗戦を、”貴重な戦果”と表現していた評論家・臼井吉見の文章を読み、臼井吉見さんの存在を初めて知った。ここに、近隣諸国との友好関係を築く条件(=日本が軍国主義を捨て、他国をおびやかす存在ではないこと、近代国家として生れ変ること)が書かれていた。残念ながら、ますますこの条件から離れてきているのが現実である。近隣諸国との友好関係を築く条件というものを、もう一度考え直したいものである。そして、このような達見を持った臼井吉見氏の著書をもっと読んでみたいと思った。
貴重な敗戦の戦果
 たしかに日本は、長い間、貧乏をかくし、大国として、力みに力んで、国民にあらゆる無理と犠牲をしい、隣国に理不尽な迷惑をかけ通して来た。無理がつもって、無謀な戦争となったが、敗戦によって、さいわい軍国主義を清算し、近代国家となることができた。
 「戦果」という言葉がある。通常は戦勝によってえられるものだ。だが、今度の敗戦によって、日本は、かけがえのない戦果を手に入れることができた。軍国主義から脱し、近代国家として、生きかえることができたことがそれだ。
 その意味で、日清、日露の二つの戦争のそれにくらべても、今度の敗戦の戦果のほうが、はるかに貴重だったということ、これを国民的にも、国家的にも、はっきりさせておかなくてはならないと思うのだ。このことが、はっきりしていないために、戦死者の親や妻や予に肩身のせまい思いをさせているけはいがなくもない。とんでもないことだ。
 僕は、昨春、はじめて海外の旅に出、東南アジアや中近東のあれこれの国をまわって、さまざまの感想をもったが、その一つは、日本が台湾と朝鮮という軍国主義の二つの前進基地を手放すことができて、どんなによかったかということだ。いま、なお、この二つの植民地をもちつづけていたら ―― 考えるだけでも、身の毛のよだつ思いがする。現在及び将来を思えば、独立運動に抗して、植民地を持ちつづけることなど、できようはずがない。インドシナやアルジェリアにおけるフランスの悲劇ほど、教訓的なものはない。いのちと金を、どれだけつぎこもうと駄目である。
 フランスにくらべて、イギリスのえらさは対照的といっていい。東南アジアや中近東各地をさまよった僕にとって、この大舞台から悠々去っていった大英帝国のうしろ姿ほど印象的なものはなかった。メギリスは、今度の戦争に勝ちながら、地球上の陸地の、実に四分の一に当る植民地を捨去ったのだ。その時勢を見直した冷静な判断に感銘しないわけにはいかない。そして、わが日本が台湾、朝鮮の二大前進基地もろとも、軍国主義を清算できた仕合せを痛感したことだった。戦後の回復と繁栄が、もっぱらこの基礎の上に築かれたことは、いうまでもない。
 これらについては、僕は旅行記「むくどり通信」に書いたから、これ以上くりかえすつもりはない。ただ東西対立の渦中にまきこまれている東南アジア、中近東の諸国が、ニュアンスのちがいはあっても、極東にあって、これという資源もないのに、奇跡的に近代化に成功した先輩国として、日本を頼りとし、当面の手本としていることは、まぎれもない事実だ。そして、日本が軍国主義を捨て、他国をおびやかす存在ではなくなったこと、近代国家として生れ変ったことが、その信頼の前提条件なのである。(臼井吉見著「学ぶべきイギリスの偉さ」『週刊朝日』1963年1月11日号、p26〜27、強調は引用者による)

2020年12月4日金曜日

”非軍事”こそ共生の道

 『朝日新聞』が九五年五月三日の憲法記念日に、「”非軍事”こそ共生の道」と題した六項目の提言を、特集社説のかたちで提案していた。その内容は、”在日米軍基地を撤去・縮小”にまで言及した、極めて先進的なもので驚いた。このような遺産(?)を大切にし、引き継いでいきたいものである。以下、強調は引用者による。

 それは、「①現憲法は依然としてその光を失っていない。改定には益よりもはるかに害が多く、反対である。 ②日本は非軍事に徹する。国際協力にあたっては、軍事以外の分野で、各国に率先して積極的に取り組む」(『なぜ今、日米安保か』、都留重人著、岩波ブックレット、1996年、p34)というのであった。

 朝日新聞社社説の具体的な考え方は、次のとおりである。
▷ まず、「戦争や武力行使を放棄した九条は、人類の願いをうたいあげた理想主義的な規範」であって、この「軍事が他に優先することを否定した鉄則」は、あくまでも守る
▷ しかし、憲法も、自衛権にもとづく自衛組織の保有を禁じてはいない、と考える。
▷ では、合憲の自衛組織とはどういうものか、というと、「いわゆる専守防衛型の装備と編成に徹し、海外派兵は許されない。現在の自衛隊は、すでに許される自衛力の範囲を逸脱している疑いが濃いので、まず装備と隊員を削減し、あわせて目的、組織、編成など全面的に改造する
▷ 「世界の戦略環境から見て、少なくとも来世紀初頭までは、日本が直接の侵略対象になる可能性は低い。 ソ連脅威論をもとに増強された冷戦型の現自衛力は大きすぎる。たとえば陸上自衛隊を段階的に半減したとしても、国の安全が直ちに損なわれることはない。むしろ、それが周辺国の軍縮の呼び水になれば、それだけ日本の安全度は高まろう。」
▷ 次に、アジアの平和のための組織づくりにかんしての日本の役割だが、「日米両国は冷戦型の安全保障体制を見直すこと、とくに在日米軍基地を撤去・縮小すること、そのうえで、予防外交や軍備管理の機能をもつ欧州安保協力機構(OSCE)型組織が今世紀中にアジアでも発足できるよう、協力すること」が、それである。
▷ なお、日米安保条約にかんしては、同条約のもとでの「日米安保体制は、日本が戦後米国の庇護の下で国際社会に復帰し、発展するためのやむを得ない道だったかもしれない。だが、米国の戦争に巻き込まれる可能性をはらむ軍事同盟への参加は、憲法の理念に照らせば、過渡的、例外的な選択だった。もっとも、信頼できる地域安全保障の仕組みがなく、域内諸国の多くが紛争抑止力としての米軍の展開と日本の支援を期待する間、安保体制の改編は漸進的に進める必要がある。」


2020年12月3日木曜日

原子力=究極的には廃棄物問題

 「放射性ゴミが問う日本の責任」は三十年前のスクラップだが、ここでの主張と問題提起は決して古くない。それどころか、ますます現実味を帯びてきている、と言って良い。「原子炉も古くなればいずれ廃炉解体され、それ自体が膨大は放射性粗大ゴミとなる」など、その典型だ。そうした運命の原子炉があちこちにあるからだ。
 三十年前でさえ、「生産される放射性廃棄物の量は膨大である」のだから、今日抱えているその量は如何程であろうか???
 原子力発電環境整備機構のホームページによると、約26,000本のガラス固化体だというが、とても信じられない。

 国内の原子力発電で使い終わった使用済燃料を再処理した後に、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)が残ります。使用済燃料の再処理は、国内や海外(イギリス、フランス)の工場で行われており、これまでに2,492本のガラス固化体が存在しています。また、これまで原子力発電で使われた燃料を全て再処理し、ガラス固化体にしたと仮定すると、その量は、すでにガラス固化体となっているものとの合計で、約26,000本になります(2020年3月末時点)


 

2020年12月2日水曜日

自衛隊法を読んで驚いた

 『日中十五年戦争と私 国賊・赤の将軍と人はいう』(遠藤三郎著、日中書林、974年)を読んでいたら、自衛隊法を改正し、合法的な自衛隊にすべきだ、という次のような主張があった。

 自衛隊が憲法に違反し且つ危険な存在になっているのはその人員数や装備ではなく自衛隊法に示してある「直接侵略に対する防衛任務」でありますから、この様な出来もしない任務は一日も早く削除して、現自衛隊をひとまず合憲かつ安全な存在とし次いで野蛮かつ弊害ある「治安出動任務」を削除し「災害出動任務」のみとし、徐々にそれを「国士建設任務」に拡大する事が賢明と思い、私は護憲連合代表委員の立場から目下強くかつ広く訴えております。p499

 なるほど、と思い、自衛隊法を読んでみた。そして、ますます戦争になる危険、戦争に巻き込まれる危険にある実態に驚いた。
 最も驚いたことは、第76条の「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められる事態」だ。「明白な危険が切迫していると認められる」など、何とでもなるし、こうした法律を根拠に、敵基地攻撃能力の保有が必要と言って、 1隻あたり「2400億~2500億円以上」すると言われるイージス艦型の迎撃ミサイルシステム導入も検討されるようになった。
 後は、存立危機事態だ。これを読めば、米軍の戦争に巻き込まれる危険性が増してきていることは明らかだ。ズルズルと、こんな状態を許していって良い訳が無い。
 よく言われることに、天災は防ぐことができないが、戦争という人災は防ぐことができる。そして、その人災を防ぐには、「日本国憲法の完全実施」しかない、と思う。

「自衛隊の任務」の改正」より



 

2020年12月1日火曜日

日本における民主主義は健在

  学術会議会員任命拒否の問題は、学術会議会員任命拒否「事件」として「追及を緩めるべきではない」(「松尾貴史のちょっと違和感」『毎日新聞』、2020年11月15日)という主張を見つけた。日本では、相当の学会が任命拒否への批判声明をだしているが、世界からも批判の声が上がっていることが次のように紹介されていた。

 世界で最も権威があるとされる学術雑誌の「サイエンス」誌も批判的な記事を載せたほか、2017年3月にも「日本の科学研究はこの10年間で失強し、他の科学先進国に後れをとっている」と論評したイキリスの科学雑誌『ネイチャー」は、 コロナ禍での政治と科学の関係の悪化について警鐘を鳴らし、フランスの「ルモンド」紙は、管首相が知性と戦争中」であると伝えている。

 そして、最後に、「安倍政権から丸ごと継承された反科学、反知性が、一刘も早く権力の座から離れることを切望する」と結んでいた。
 桜を見る会問題も、国会答弁での嘘が発覚し、「桜を見る会事件」として、操作の手が入り、真相が解明しつつある。安倍総理は、幾多の事件を起こしながら、政権の座にしがみついていたことになる。まさに政権にとっての民主主義は死滅しつある。しかし、一連の抗議の声明は、日本における民主主義は健在であることを証明したのではないだろうか。