「行動の先に希望がある。行動を続けることで未来は切り開かれる」(サルトル) 「人間は進化する存在。今の自分を超えて、創造的であり続ける『超人』を目指せ!」(ニーチェ) こうして社会に発信するというささやかな行動を通じて、一歩でも二歩でも、未来を切り開いていける存在でありたいです。
2020年7月31日金曜日
「何か何でも戦争を避けたい」不退転の決意
だがしかし、「何か何でも戦争を避けたい」「もう二度とかつての戦争のような塗炭の苦しみを繰り返してはならない」という思いは、国民共通の思いに違いない。こうした思いは同じでも、なぜか、改憲に賛成と考えてしまう人たちも現れてしまう。その方が、「戦争を避ける確率が大きい」と考えるのであろう。なぜか?
米軍に守られてきたから、今まで平和で経済も発展できた、と考えている人たちがいる。残念ながら、抑止力によって、曲がりなりにも平和が保たれている、と考えている人たちの方が多いのかもしれない。だからだ。
軍事力に頼っていれば、いつかは衝突することは避けられない。銃乱射事件がなくならない、アメリカの武器社会が雄弁に証明してくれている。では、どうすればいいのか?
軍事力がない方が平和な社会を建設できるということ、「何か何でも戦争を避ける」には、9条の精神以外にないことを、いかに説得力をもって提示できるかどうかにかかっている。今の私は、そう思う。
そして、「何か何でも戦争を避けたい」「もう二度とかつての戦争のような塗炭の苦しみを繰り返してはならない」という不退転の決意を持ち続けることである。
2020年7月30日木曜日
敵対関係ではなく、ライバル関係を!
2020年7月29日水曜日
改憲には「国民の大部分の納得」を!!
憲法改正をめぐる国民的議論が交わされた時代が、かつて一度だけ存在した。その時代が、ほんの副題になっている<1949-64年改憲をめぐる「15年」の攻防>である。
2020年7月28日火曜日
日本の軍事産業にも経費が落ちるように!
日本国憲法の第9条2項には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とある。それなのに、あろうことか防衛大臣が自衛隊のことを「軍隊」と呼んだ。自民党議員の会合の挨拶で、自衛隊員がトイレットペーパーを自前で買うこともあるほど予算がタイトになっている、と述べた流れでの発言だが、見過ごすことはできない。この手の暴言がなぜ放置されるのだろう。慣れてはいけない。慣れると既成事実になる。(p127)
防衛大臣の「軍隊」発言と、逆の意味で問題なのが「防衛装備移転三原則」のような虚言であろう。次に、森本敏・元防衛相の発言の中の虚言を、括弧の中に真実の言葉を添えてみた。堂々と「軍事技術を育成・発展させる」とか、「軍事産業にも技術と経費が落ちるよう努力する」と報道されたら、国民の反応はどう変わるだろう。言語学者がこうした虚言を問題視しないのが理解できない。
「日本の防衛(軍事)技術を育成・発展させるためには三つのことが重要だ。一つ目は、共同開発を増やし、日本の防衛(軍事)産業にも技術と経費が落ちるよう努力すること。二つ目は、日本の海外への装備移転(武器輸出)を進めること。2014年に武器輸出三原則を緩和し、いくつかは実現したが、実績は乏しい」(森本敏・元防衛相、朝日新聞、2020年6月7日)
2020年7月27日月曜日
防衛官僚がイスラエルの無人機「ヘロン」に興味

2020年7月26日日曜日
人間の生命を奪う能力が商品価値に!
2020年7月25日土曜日
米軍基地の面積が1.7倍に増えていた。
アメリカ軍の海外軍事基地はソ連、中国など共産圏をとりかこんで約二百を数えるが、日本は西ドイツ、イギリス、フランス、韓国とならんで、もっとも大きな基地の一つに数えられている。昭和三十二年、米地上軍の撤退がはじまったころには、空軍五万、海軍二万、陸軍三万余、合計十万を超える強大な兵力が駐留していた。それが原子戦体制に即応する米太平洋軍の編成替えなどで、地上戦闘部隊は全部ひきあげ、地上軍として残っているのは通信、補給業務関係の約一万となったが、いまでも空軍を主力に海陸を含めて約七万弱の兵力が残っている。なかでも、ソ中にとって脅威となるのは、機数約八百の在日空軍であり、第五空軍司令部(府中)のもとに第三十九航空師団(三沢)と第四十一航空師団(ジョンゾン)が全国各地の空軍基地に展開し、北太平洋航空資材司令部(立川)が日韓両国にある米空軍の資材供給を資材供給を担当している。
海軍関係では厚木、岩国に海兵隊基地があるほか、横須賀、佐世保が「平時最強の海軍力」を誇る米第七艦隊の根拠地とされている。第七艦隊は空母六、重巡洋艦三、駆逐艦四十をはじめ約百四十の艦艇から成り、兵員七万、原爆機をふくめて約五百の艦載機を持つとされているし、空母には核弾頭つきのミサイル「レギュラス」が装備されている。
占領終結の後もここにこのような軍事力を保持し続けているアメリカ、それに基地を提供し、自分も自衛の名で米戦略の一環をになっている日本、このような状況が日本の周辺から相手方の大兵力をひかせ得ない最大の要因になっているのだ。 (渡邊誠毅著「時代錯誤の防衛計画」『世界』、1954年11月号、岩波書店、p56 〜p57)
2020年7月24日金曜日
仮想敵国が必要な日米安保条約
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「膨らむ米軍関連経費の日本負担の総額と項目」(朝日新聞・2020年3月2日)より |
改めてこの図を見て、国民の知らないところで、日本側負担の項目が増えていたのに驚いた。
2020年7月23日木曜日
国と国とも賛嘆しあいたいものだ
2020年7月22日水曜日
俺たちは人間 協力はするが独立する
2020年7月21日火曜日
今こそ、世界が力を合わせて行くとき!
陸上イージスは東西2基で24時間365日、日本全体をカバーできるという触れ込みだったが、その費用対効果には疑問が示されていた。計画断念に至る経緯の検証も行わず、ミサイル防衛の将来像も描かぬまま敵基地攻撃能力というのは、あまりにも乱暴な論理の飛躍である。
2020年7月20日月曜日
国語と漢語とからなる高度な日本語教育を!
2020年7月19日日曜日
”米軍基地に領土を奪われている”日本
2020年7月18日土曜日
良識に照らしておかしいことは?
『サンデー毎日』で「世代の昭和史」という連載が始まった。その4回に「時代が作られるのは、様々な因子が絡みながらも、なぜ東條や東條の考えや組織が軸になったのかを考えてみたい。良識が次第に弱まるのには相応の理由があると思う」(保阪正康著「世代の昭和史」『サンデー毎日』、2020年7月26日号、p135)とあった。ここの「良識が次第に弱まる」というところに触発されて思い出したことがある。『暮らしの手帖』(2018年8-9月号)に掲載された武田砂鉄さんの次の言葉だ。
永井荷風は、軍国主義に染まった世の中について「変わりだした」のはいつかを振り返り、犬養毅首相が首相官邸で青年将校に暗殺された五・一五事件を挙げた。あらゆる出来事の萌芽は、始まった時には気付けない。(p141)2020年7月17日金曜日
「日米安保条約」という根本問題にメスを!
この写真を見る限り、新基地の面積は市街地の隣に市街地と同じくらいになるようだ。これでは、地域住民への騒音なとの影響は計り知れないに違いない。普天間基地周辺の苦しみが辺野古の住民に移転するだけであることが、どうしてわからないのだろうか。
黒塗りの文書や公文書の廃棄問題、強引な辺野古新基地建設問題、「敵基地攻撃能力」の保有問題、憲法改悪問題など、一連の問題は全て繋がっていることに気づかなくてはならない。つまり、一連の問題を引き起こす根っこの部分、根本原因にまで踏み込むことなしに、真の解決はあり得ないということである。
しかし現実は、個々の問題で右往左往している、という感じがする。一つの問題が解決しないうちに新たな問題が発覚し、新たな問題が解決しないうちに、次の・・・、という具合でことが進んできているのだ。テレビの標語に「元を断たなきゃダメ」というようなものが流れたことがある。最近の一連の問題も、「日米安全保障条約」という根本問題にメスを入れない限り真の解決はあり得ない。私はそう思う。
(注)安全面とコストを問題にイージス・アショア配備を事実上中止にしたのなら、同じように安全面とコストの問題がある辺野古新基地建設の工事をすぐにでも止めるべきだ。しかし、新基地建設工事の見直しどころか、安倍政権はむしろイージス・アショアの配備計画中止をきっかけに、敵のミサイル発射拠点を破壊する「敵基地攻撃能力」の保有を声高に叫びはじめた》。(「https://blog.goo.ne.jp/activated-sludge/e/d608cb44781842b8a2ab5e0b500dfbc2」より)
2020年7月16日木曜日
この黒塗り文書は、あまりにもひどい
2020年7月15日水曜日
奇蹟を起せ、日本人よ、真の独立心を持て
2020年7月14日火曜日
明治以来だった現政権の卑屈性
なおパークスは日本政府への手紙に、ろくに敬語も使わなかった。日本歴史講座第五巻『近代篇』の石井孝氏の”明治維新の国際的環境”を読むと、次の個所が目にとまる。
「……かかる半植民地的状態の強化に対して、世界資本主義の援助によって成立し、したがって買弁性をもつ明治政府は、それに抵抗しえずして、きわめて卑屈な態度をとらねばならなかった。パークスが明治政府の大官をよんで、どなりつけたという話のごとき、もっともよくこの明治政府の性格を示す。」
以上いろいろな話から読者は、人民に対して横暴を極めた明治の絶対主義的政府が、強力な先進国に対しては、独立心がなく、どんなに卑屈なものであったかがおわかりであろう。(『近代日本の数学』、p139〜140)
2020年7月13日月曜日
F35(147機)導入計画も白紙撤回を
2020年7月12日日曜日
メディアの選挙情勢調査は再考のとき?
朝日新聞 自民堅調 希望伸びず/立憲に勢い
読売新聞 自民 単独過半数の勢い/希望伸び悩み/立憲民主は躍進公算
毎日新聞 自公300超うかがう/希望伸び悩み/立憲に勢い
日経新聞 与党、300議席に迫る勢い/自民、単独安定多数も/希望、選挙区で苦戦
産経新聞 自公300議席うかがう/立憲 民主倍増も/希望、伸び悩み
といった具合である。読売新聞にいたっては、各選挙区の情勢も詳しく伝える充実ぶりだ。
選挙情勢がいち早くわかるおもしろさはあるものの、ここまではっきりと議席予測を示されると、公示直後に早くも選挙が終わったかのような思いを抱くのも事実である。「選挙は最後の3日間で決まる」どころか、「公示日直後に決まっている」という印象なのだ。(朝日新聞・論座、2017年10月19日)
(熊本県 54)
さすがにあれはない。のことだ。
私は都民ではないが、ネットを通じて選挙戦を見守っていた。投開票日は、ツイッターで「#都知事選を史上最大の投票率にしよう」という投票を呼び掛けるキャンペーンに参加し、より多くの都民が投票所へ足を運んでくれるよう祈った。
今回はという情報を得て、「あきらめないで」とつぶやいた。
しかし
2020年7月11日土曜日
現実を批判するものは理想である
現実国家の行動態度の混迷する時、国家の理想を思い、現実国家の狂する時、理想の国家を思う。これは現実よりの逃避ではなく、かえって現実に対してもっとも力強き批判的接近をなすために必要なる飛躍である。
現実批判のためには現実の中にいなければならないが、現実に執著する者は現実を批判するを得ない。すなわち現実によりて現実を批判することは出来ないのである。現実を批判するものは理想である。あたかも地上物件を爆撃するためには飛行機が離陸しなければならないごとく、また敵の飛行機を打ち落すためにはそれよりもさらに高く飛び上ることが必要であるごとく、現実を批判し指導するためには理想を明らかにし、理想の世界に足場を据えればならない。理想の高度の高さほど、現実批判は力たり得るのである。(「国家の理想」『矢内原忠雄全集 第18巻 時論 1』、矢内原忠雄著、岩波書店、1952年、p137、強調は引用者による)
2020年7月10日金曜日
日本へ戦闘機105機(2.5兆円)の売却決定
2020年7月10日のNHKのニュースによると「トランプ政権は日本に対して、最新鋭のステルス戦闘機・F35A63機とF35B42機の合わせて105機と、関連の装備を売却することを決め、9日、議会に通知しました」という。しかも、アメリカ国務省の当局者はNHKの取材に対し「今回の売却は日本の防衛能力を向上させるものだ」と強調すると同時に、「アメリカの経済と雇用を支援するもので、アメリカは歓迎する」と話したという。このような重大ニュースをアメリカの議会に報告されたニュースで知るとは、何とも情けない話である。
次に疑問なのは、このような意思決定を国会抜きに、つまり、主権者抜きに決めてしまったのではないか、そういうことは許されるのか、ということである。国会で論議されていれば、その是非が議論にならないわけがない。新型コロナで相当の財政支出をしている。このようなときに、2兆円もの巨額を投じて「アメリカの経済と雇用を支援する」余裕などないはずだ。
2020年7月9日木曜日
人類に絶滅をもたらすか、人類が戦争を放棄するか?
将来起きるかもしれない紛争の可能性のために巨大な空母や新型兵器を製造し、膨大なエネルギーを用いてそれらを維持していくような贅沢は、もはや私たちには無意味なことなのだ。その点で、日本の憲法九条は素朴な平和主義ではない。現在の国際社会の現実に即した現実的な選択肢なのである。
ちょうど六〇年前、バートランド・ラッセル博士とアルバート・アインシュタイン博士をはじめとした指導的知識人たちが、共産主義陣営と反共産主義陣営による世界戦争へと向かう歩みを非難する宣言を作成し、これに著名するためにロンドンに集まった。この宣言の署名者の中にはノーベル賞受賞者の湯川秀樹とライナス・ポーリングも含まれていた。
彼らは当時、アメリカとソ連を席巻していた核兵器使用についての無謀な議論、そして戦争へと向かって突き進むことが全人類の脅威であると主張することを躊躇しなかった。そして、宣言の中に技術の進歩、すなわち原子爆弾の開発が人類の歴史を変えたと記したのである。
「ここに私たちが皆に提出する問題、きびしく、恐ろしく、おそらく、避けることのできない問題がある —— 私たちは人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄するか?」
最近の動きをみれば、それよりも危ない政治情勢にもなっている。いまこそ行動する時である。(エマニュエル・パストリッチ著「真の安全保障上の脅威とは何か」『世界』、2025年12月号、p96-97)
2020年7月8日水曜日
豪雨の陰に温暖化あり
「豪雨の陰に温暖化あり。脱炭素へ。抜本策を」(朝日新聞夕刊コラム「素粒子」・2020年7月8日より)同じ夕刊に、「史上最多の雨量 岐阜・高山」という記事が載り、「球磨川の水につかった神瀬地区=4日午後0時27分(消防分断員の川口誠司さん提供)の写真も掲載されていた。このような災害を目の当たりにすると、「安全保障上の最大の脅威は温暖化だ」という指摘が現実味を帯びて迫ってくる。敵基地攻撃能力云々(注)などと言っている場合じゃないのである。
ここで思い出したのが、オーストラリアの森林火災だ。朝日新聞社のGLOBE(2020年7月5日号)に、森林火災の写真とともに、その実態が報告されていた。
火災は昨年9月ごろに始まり、豪南東部を中心に広がった。3月までに延焼面積は日本の約6割にあたる計2300万ヘクタールに及び、3000棟以上の住宅が焼失。犠牲者は34人にのぼった。煙はシドニーを覆っただけでなく、海を越えてニュージーランドにも達した。森林火災が珍しくないこの国でも、未曽有の被害となった。
今回の天災を招いた原因だとデモ参加者らが考えているのが、地球温暖化だ。豪気象局によると、19年の平均気温は平年を1.52度上回り、1910年の観測開始以来、最も暖かく、乾燥した年となった。特に昨年12月中旬には全国の最高気温が平均で41.9度と、これまでの最高を更新。温暖化を放置すれば、さらに気温が上昇し、大規模な火災を繰り返すという不安が広がった。(強調は引用者による)
陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念を受け、衆院安全保障委員会が8日、開かれる。委員会では今後のミサイル防衛体制のあり方に加え、安倍晋三首相が検討する考えを示した「敵基地攻撃能力」の保有も議論される見通しだ。しかし、課題は多く、保有するのは容易ではない。(朝日新聞・2020年7月8日より)
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| (朝日新聞デジタル・2020年7月8日)より |
2020年7月7日火曜日
不気味な奴隷船の絵画
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー「奴隷船」(1840年、ボストン美術館蔵)という絵を初めて知った。朝日新聞夕刊(2020年7月7日)で高階秀爾(美術史家・美術評論家さんが紹介していたのである。解説記事を読んでも、よくわからなかったが、拡大してみてみるとよくわかった。海に投げ出された支隊の断片と、それらに群がる魚も描かれ、この絵の力と、画家ターナーの偉大さがよくわかった。
「画面には死者を海に投げ棄てる場面など、まったく描かれていない。それどころか、奴隷船自体ははるか遠く波間に隠されていて、乗組員の姿などまるで見られない。これでは奴隷たちの海中投棄という作品本来の内容は、まったく伝わらないであろう。それを伝えるために、ターナーは卓抜なやり方を用いた。彼が、黄、赤、オレンジの多彩な輝きを見せる太陽の光輝を反映したエメラルド・グリーンや青紫の複雑な色合いの海面の、うねるような白い波浪のあいだに、鎖をつけたままの片脚が突き出しているのを特に目立つように描き出したのは、そのためである。この不気味な肉体の断片の存在によって、壮麗な色彩の饗宴(きょうえん)と見えた画面が、いっきょに不吉な死の影に覆われる。その影が、まるで隠し味のように作品の色彩効果を高めている点に、画家ターナーの偉大さをうかがうことができるだろう」(高階秀爾)。
アメリカで最近起きだ暴動には、こうした歴史的時代背景があることも忘れてはならない、と思う。
カタログに自作の詩集『希望の挫折』(未完)からの七行詩を書き記したという。
総員甲板へ、中檣(ちゅうしょう)を倒して固定せよ
怒りに燃えるあの太陽と脅かすように広がる雲とが
台風の襲来を告げる。
台風に襲われる前に、死んだ者も構わず
皆海へ投げ捨てよ、鎖もつけたまま
希望、希望、偽りの希望よ!
お前の市場は今やどこにあるのか?
2020年7月6日月曜日
原子力発電所も米軍基地も必要なし
「平和と教育」という講演記録を読んでいたら、「水素爆弾の二つ三つも落されるならば、人間はもちろん、土地そのもの、国土そのものさえもうしなわれるかも知れない」という次のような文章に出会った。
人類はその文明の結果をもって、互に憎みあい、互に殺しあったし、また今も憎みあっており、また将来も憎みあおうとしておる。これは健全な人間の姿であるとはいえません。十九世紀末以来文明の行きづまり、近代物質文明の行きづまりということを、いろいろの人が論じましたけれども、第一次世界大戦を経、第二次大戦を経て、その行きづまりは、こんなに世界的規模において、こんなに深刻に現われている。もしも水素爆弾の二つ三つも落されるならば、人間はもちろん、土地そのもの、国土そのものさえもうしなわれるかも知れない。(「平和と教育」『矢内原忠雄全集 第20巻 時論 3』、矢内原忠雄著、岩波書店、1952年、p137、強調は引用者による)
このところを読んだとき、水素爆弾ではないが、兄弟分の原子力発電所の事故により、すでに失われた国土があるじゃないか、と思いがよぎった。チェルノブイリにあるゴーストターンや福島の浜通りにある帰還困難区域のことだ。チェルノブイリで原発事故があったとき、日本では、「日本の原発は大丈夫だ」と言われていた。しかし、事故が起きてしまった。あれだけの事故を目の当たりにしながら、「今度は大丈夫」とタカをくくって、再稼働に血眼になっている。町の大半が帰還困難区域になっている町もあるのだ。その現実は、日本人みんなが心に留め、二度とこのような場所を作らない、作らせない、という思いを共有しなければならない。「失われてしまったコミュニティも生業も含めて、町を完全に元通りの形に戻すことは、残念ながら不可能と⾔わざるを得ません。今できるのは、元の状態に少しでも近づける努⼒をすることです」という馬場有浪江町長の言葉が胸に迫ってくる。
米軍基地の問題も同じであり、今、この時も軍用機の爆音に悩まされている人たちがおり、そうした被災が何十年と続いている現実がある。そうした現実に思いを寄せることなく、ちょっとアンケートで安保条約はあったほうがいい、などと答えているのを民意と錯覚しているのだ。やはり、米軍基地があるゆえの現実も、日本人みんなが心に留め、なるべく早く米軍基地を撤去してもらい、二度とこのような新しい基地は作らない、作らせない、という思いを共有しなければならない。9条を国是とする日本に「軍事基地」は似合わないからだ。
2020年7月5日日曜日
日本も完全な独立の回復を!
この記事を読んで気になったことがある。初めから「日本は米軍に基地を提供し、米国は日本を防衛する――。日米安全保障条約が現在の形に改定されて今年で60年になります」、と、「日本は米軍に基地を提供し、米国は日本を防衛する」が既定事実のような書かれていたことである。しかし、米国にとって日本は橋頭堡であることは、アメリカも認めていることだ(注)。
それならば、米軍の実態が知らされていない故に「安保条約の維持に『賛成』が68%」というような結果を示している、といえよう。「駐留経費の負担増は反対が72%で、賛成14%」という結果が、証明している。米軍の事態さえ明らかになれば、安保条約の世論調査結果も反転するに違いない。そう信じている。
どうして、こんなにも在日米軍に対して寛大なのだろうか。「外国軍隊が日本に駐屯している限り、日本の独立は完全であるとは言えない」という声があるのに、最近は、そうした声がずっと小さくなってしまった。その結果が、「安保条約の維持に『賛成』が68%」なのだ。次に紹介した講演記録「独立後の日本」でも言っているように、未だに「日本は自主的な国家であるというような詭弁」を弄しているのだろうか。
アメリカが日本において利用する軍事上の施設は、いわゆる行政協定できめるということであったが、この間新聞で発表されて、その数が非常に多くあったものだから、国民が皆びっくりした。これは日本が独立したといっても、完全な独立ではないことの証拠です。ソ連や中共などの共産主義諸国から独立の承認を受けるという問題は別として、国内だけを考えても、日本の独立が完全でないということは、明らかであります。外国軍隊の駐屯は日本がお願いしたのだから、日本は自主的な国家であるというようなことは、詭弁であります。外国軍隊が日本に駐屯している限り、日本の独立は完全であるとはいえません。日本が完全な独立を回復するには、今後数年あるいは、数十年を要することかも知れません。(「独立後の日本」『矢内原忠雄全集 第20巻 時論 3』、矢内原忠雄著、岩波書店、1952年、p95~96、強調は引用者による)
注・「僅か三年足らずの歳月の間に、民主主義的改革から日本を太平洋における我々の軍事的経済的防壁に変貌せしめ」、「日本は今や我が橋頭堡の一つと化された」(『ニッポン日記』、マーク・ゲイン著、筑摩書房、1951年、p224)
2020年7月4日土曜日
敵というもの今はなし秋の月
2020年7月3日金曜日
第九条解釈の矛盾を言い続ける
2020年7月2日木曜日
安全保障上の真の脅威、温室効果ガス
Faced with mounting evidence of rising temperatures, European governments agreed earlier this year to reduce greenhouse gas emissions by at least 20 percent of their 1990 levels by 2020.
(大意は)温暖化傾向を示す証拠が増えるという事態に直面して、ヨーロッパの政府は温室効果ガスを、2020年までに少なくとも1990年レベルより20%減らすことを合意した(協定した)。
とあった。すでに2020年の期限に達している。それで、結果はどうなのかが気になり調べてみた。残念ながら全然減っていない。なんか怖くなってしまった。
前に、温暖化傾向を示す気候変動こそ、安全保障上の真の脅威である、というエマニュエル・パストリッチ氏の論文「真の安全保障上の脅威とは何か・平和憲法の現代性と気候変動への対応」(『世界』、2015年12月号)を紹介したことがある。
2020年7月1日水曜日
アメリカ民主主義を体現した日本国憲法
その上で、この憲法第九条を作ったのが、当時のアメリカの中で「ニューディーラー」と呼ばれる人たちの流れを汲んでいた事実を忘れてはいけないと思います。
どういうことかと言うと、マッカーサーも含めて、GHQの中には派閥抗争があったんですね。GHQには民政局(GS)系と参謀部第二部(G2)系という二つのグループがあった。つまり、押し付けた側のアメリカも一枚岩ではなかったのです。一方には、ニューディーラー的な、非軍事的な民主化政策を取ろうとするGSと、他方にはソビエト連邦に対して日本をどう反共産主義の砦にするかということに占領政策のポイソトを置いていたG2がいて、その派閥抗争が占領下を通じて延々と続くわけです。
このあたりにのことは「文藝春秋」に一九六〇年に連載された『日本の黒い霧』の中で松本清張が示した構図ですね。GSがイニシアチブをとって進行する、日本の「行き過ぎた民主主義」を「是正」しようとして、G2が下山事件などの背後で暗躍した、というものです。G2にしてみれば「日本国憲法」はGSが作った「行き過ぎた民主主義」の象徴のようなものです。
最終的には、ニューディーラーたちは派閥抗争に敗北して、GHQの主導権は日本を反共の砦にしていこうとする人たちの手に握られます。警察予備隊の設置や、サソフラソシスコ条約、日米安保条約が象徴する「日米同盟」は、このような後者のアメリカと結ばれた、と言えます。
「押し付け憲法論」に抜けているのは、憲法を書いたアメリカ人と「日米同盟」の相手であるアメリカは違うアメリカなんだということへの認識です。つまり、このようなGHQの抗争関係の中で成立した第九条の持つ意味を、もう一度考え直してみる必要があるんじゃないか。その時、戦後の日本において第九条に象徴されるものが、別の意味合いを帯びてくるはずなのです。(大塚英志著、『憲法力 いかに政治のことばを取り戻すか』、p188~189)


























