2024年2月29日木曜日

人類に与えられた最も深き書

 大原総一郎と棟方志功が『ツァラトゥストラ』に魅せられた話を、「『ツァラトゥストラ』への興味」に書きました。そんな大原総一郎にも興味をもち、『天あり、命あり:百年先が見えた経営者大原總一郎伝』(江上剛著、PHP研究所、2016年)を読んでみました。この本にも、『ツァラトゥストラ』について言及していました。「ニーチェはツァラトゥストラという超人を作り上げましたが、超人ではない私は、いつなん時、心が折れるかもしれません。そんな時、(p155)ツァラトゥストラが大いなる力を与えてくれるでしょう」(p155)という大原総一郎が棟方志功に版画を依頼するときに語った言葉です。
 大原総一郎は「ツァラトゥストラという超人」と表現していましたが、やはり、「大いなる力を与えてくれる」であろう『ツァラトゥストラ』に魅せられます。それで、初めの方を違う訳の『ツァラトゥストラ』を参照しながら繰り返し読んでみました。解説本(『ツァラトゥストラ解説 : 独和対訳詳註』、ニーチェ著、吹田順助訳註、郁文堂書店、昭和4)も見つけて読んでみました。この本には『ツァラトゥストラ』について —— この「血」を以て書かれた書であり、「人類に与えられた最も深き書」である —— と表現されていました。このことが真実なら、なんとしても『ツァラトゥストラ』を読み通してみたい、そしてその中の思想を解き明かしたい、そう思いました。
 超人についても解説がありました。
 超人は、彼岸の理想ではない。此岸の理想である。「あらゆる神は死んだ。今や我々は、超人が生きんことを欲する」とニーチェは言っている。(中略)自己以上のものを産出すべき努力を必要とする完成の状態を指しているのではなく、人生の過程のいかなる瞬間においても、「自己以上のもの」としてその上に置かれる目標に他ならない。(『ツァラトゥストラ解説 : 独和対訳詳註』、ニーチェ著、吹田順助訳註、郁文堂書店、昭和4、p20〜21)
 別の言葉で表現すると
 従来「生」の外に、「生」の究極に置かれたところの絶対的目標を、「生」そのものの中に融かし込んだものである。(p21)
 ここで、とても重要なことを言っていることはわかるのですが、なんとなくの状態です。さらに読み進めていくことでわかるようになるのかもしれませんが、現世そのものが浄土である。来世に希望を託すよりも現実世界を浄土に考える”日蓮法華宗”の現世利益を肯定する思想に通じるような気がします。

2024年2月28日水曜日

人権をあきらめない

  雑誌『世界』に、「人権をあきらめない」という記事が掲載されていました。戦争は”最たる人権侵害である”と言われていますが、戦争の準備、つまり、戦争に至らなくても、常備軍の”存在そのもの”も人権を侵害すること、言い換えれば、人権の侵害なしに常備軍は存在し得ないことをこの記事は教えてくれています。
 沖縄の問題は、日本全体の問題です。他人事ではなく、自分ごととして考えなければなりません。人権も、自由も、平和も、あきらめたら終わりです。決して諦めないで、声を上げ続けましょう。

 老朽化した米軍基地があれば日本の税金を投入し沖縄の自然と沖縄の人々の人権を壊す形で新基地をつくって差し上げるということが続いている、高江然り、辺野古然り、浦添西海岸然り。本土から沖縄へ、沖縄から沖縄へ。私たちの背負わされている基地負担はどこへも行かないどころか増え続け、私たちはこの負担を次世代のウチナーンチュに押し付けることになる
 十数年書いてきたものを読み返してみて、私がその時々に訴えたかったもの、知ってもらうことで改善したかったことのうち、一つでも解決できたもの、食い止められたものがあっただろうかと考えた。しかし残念ながら何度読んでも一つだって「勝利」はなかった。今日も保育園の上を軍用機が飛び、湧き水からは基準値の何十倍ものPEASが検出されている。沖縄の貧困問題は一向に良くならず、伝統的に話されてきたシマクトゥバを「よくわかる」と回答する三〇代は二パーセントにまで落ち込んだ。私たちはウチナーンチュであるがゆえこの歴史を背負わされている。それでも政府は私たちを先住民族と認めないことで私たちの了解なしにこの島で軍事活動を続けることができている。
 時々すべてを投げ出したい気持ちにもなるが、その度に誰かの「あきらめない」という決意が聞こえてくる。何をあきらめないかというと、私たちは人権をあきらめない。私も窓から「あきらめない」と声を出してみた。親川志奈子著「人権をあきらめない」『世界』、2024年3月、p293、強調は引用者による)(おやかわ・しなこ 沖縄大学非常勤講師)

2024年2月27日火曜日

観世音ぼさつ

 なぜか、棟方志功の作品『女人観世音』に魅せられました。棟方志功さんが言うには、「女人観世音は、 岡本かな子さんが戦前『女人芸術』という雑誌の創刊号の扉に発表した詩でしたが、私はふるいつくほどその詩に憑かれ(『版画の道』、棟方志功著、宝文館、昭和31年、p38)たそうです。そうして、岡本かな子さんの詩のエネルギーが棟方志功さんに乗り移ったかのように『女人観世音』は創られました。
 白と黒の絶妙なバランスと、そこから放たれる「われこそ 観世音ぼさつ」という言葉、こうして版画を見ながら書いていたら、”無防備”な観世音ぼさつだからこそ、癒されるのかもしれない、と思いました。
女人観世音
そよ風にそよとし吹かれ時にはた心浮雲
足裏*の土踏む力
女人われこそ観世音ぼさつ

人のかなしみ時には担ひ
よろこびを人に送りて
みづからを空しくはする
女人われこそ観世音ぼさつ

ぼさつ ぼさつ 観世音
千変万化
円融無碍*もて世を救ふ
女人われこそ実*に観世音(詩「女人ぼさつ」の後半部分:岡本かな子)

  岡本かな子著『観音経を語る : 並法華経 - 国立国会図書館デジタルコレクション』で詩「女人ぼさつ」(p187〜)が読めます。

2024年2月26日月曜日

『ツァラトゥストラ』への興味

 大原孫三郎といえば、大原美術館創設者として知られています。その子供大原総一郎が棟方志功に作品を依頼していたことを最近知りました。彼の依頼で制作された作品が「運命」という作品で「黎明の柵」「真昼の柵」「夕宵の柵」「深夜の柵」の全4点です。
 作品の依頼に際し大原さんに「日本のため、世界のためビニロンを作らねばならない。そのための導きの火がいるのだ。運命という題下に、ツァラトゥストラは超人を中心人物にしているのだから、超思想というような大きなものを版画でつくってほしい」(『版画の道』、棟方志功著、宝文館、昭和31年、p40)と言われたようです。
 そう言われた棟方志功は、送られたきた『ツァラトゥストラ』(ニーチェ著)を読み、「なるほど、えらい大きい規模と、孤独というのか、何ともいえない大きい世界にひきいれられてしまいました」(上同)という感想を語っています。
 私は、大原総一郎が『ツァラトゥストラ』に見出した「超思想というような大きなもの」、そして、棟方志功が『ツァラトゥストラ』に見出した「何ともいえない大きい世界」というものに惹かれてしまいました。二人が『ツァラトゥストラ』に見出した大きなもの、大きな世界意図は、どんな世界だったのだろう、という疑問です。
 初めの方だけ読んで積読だった『ツァラトゥストラ』ですが、これをきっかけに、少しずつでも読み続けてみたいと思います。
真昼の柵

2024年2月25日日曜日

前へ前へと模索し続けたゴッホ

 ドキメンタリー映画『ゴッホ:天才の絵筆』を観ました。なんで黄色を多用したのかがわかりました。そうしたら、ゴッホの絵から「降り注ぐ陽光の黄金色」を感じることができました。それに、ゴッホは、絵の構想を練ったりしたメモ帳や、何よりも、毎日のように書いたという兄に宛てた手紙を残しました。だから、絵画だけでなく、彼の人生そのものにスポットが当てられるようになったようです。
 人生も終わりに差し掛かった頃、理解のある医師の近くに住むようになりました。その医師は、セラピーとして絵を描くことを勧めていました。だから、ゴッホの絵には癒しの力があるのかもしれません。「降り注ぐ陽光を画布の中に閉じこめた」といった表現もありましたが、彼の、多くの画家の作品には、画家が感じた感動が閉じ込められているのかもしれません。
 以下は、これはと思った字幕を一部編集して繋げたものです。
 絵を理解しようと、あらゆる角度から学び始めた。1歩ずつ前に進んだ。
 私を有名にした色彩にたどり着くのはまだ先だ。私の絵は暗かった。が、やがて、私の人生を変える発見があった。それは色彩だった。
 私はシャルル・ブランの有名な”補色の理論”を適用した。色を引き立てるにはその補色を使うことだったのだ。黄色と紫は互いの補色だ。青とオレンジ、緑と赤もそうだ。
 筆でひとなでした赤を緑で囲めば、赤が濃く見える。そして構図がなくても絵に自然なバランスが生まれるのだった。
 それでも、私は前へ進もうと模索していた。そして浮世絵に出会った。浮世絵は皆を魅了した。長年鎖国して孤立していた日本、その芸術は細やかで精密である。そして、とても素朴だった。
 やがて、耳切り事件後に療養所に入院したが、そこでも制作マシーンと化し、私は描き続けた。筆が止まることはなかった。レンガ職人のように全身全霊を傾けて打ち込んだ。
 数日前に描き始めた絵に手こずっている。「麦刈る人」の絵だ。習作は全て黄色で厚く盛った。被写体は美しく素朴だ。麦刈る男に死のイメージが重なる。でも悲しみは感じない。光あふれる場所で、降り注ぐ陽光が全てを黄金色に変える。(映画『ゴッホ:天才の絵筆』より)

2024年2月24日土曜日

”負けるが勝ち”の真実

 ロシアの蛮行が開始されてから、もう2年も経ってしまいました。一向に終戦の兆しが見えてきません。どのような結末を迎えるのか、想像もできません。
 そんな中で、仮にウクライナでの戦闘をウクライナ戦争と命名した場合、この戦争は日本も含めた西側諸国とロシアとの半代理戦争というべきです。旧ソ連とアメリカによる冷戦時代には、「両国が直接に戦争をすることはなくても、朝鮮戦争、ベトナム戦争、インド・パキスタン戦争などの内戦にそれぞれ介入し対立しました。これを代理戦争と言います(『こんなに恐ろしい核兵器 2』、鈴木達治郎・光岡華子著、ゆまに書房、2019年、p18)が、ウクライナ戦争の場合、ウクライナへの武器援助という形の介入はあるのに対し、ロシアは直接戦争当事者ですから、半代理戦争です。
 だから、言い難いことですが、西側諸国による軍事支援をやめれば、ウクライナは負けますが、戦争は終わります。「負けるが勝ち」という諺もあるように、早期に負けを認めて終戦に持ち込むべきではないでしょうか。長いめでみれば、決して間違った判断ではないはずです。何よりも、死傷者も、これ以上出ません。私は「命以上の価値があるでしょうか」と言いたいのです。
 10年前にロシアによってクリミア半島を一方的に併合された事件と対比させ、「私たちは、10年前と同じ間違いを繰り返してはならない」と、次のような論評が掲載されていました。一人の戦死者を出さなかったことを間違いと断定して欲しくないと思います。
 10年前、ロシアがクリミア半島を一方的に併合した時、各国は事実上黙認した。それが今の全面侵攻につながり、国連によると、民間人の犠牲は1万人を超えた。ロシアの戦争犯罪を止めるため、私たちは、10年前と同じ間違いを繰り返してはならない。(「戦争犯罪止めるために ウクライナ侵攻2年 ヨーロッパ総局長・杉山正」『朝日新聞』、2024年2月24日)

2024年2月23日金曜日

アリストテレスの演劇美学

 友人から放送大学の科目「舞台芸術の魅力」の紹介ありました。古代ギリシアの舞台についても学んだというので、(古代ギリシアに関心があったので)「第15回 世界の古典演劇-ギリシア悲劇とアリストテレス演劇美学-」(青山昌文先生)を視聴しました。現地のギリシア野外劇場からの講義の放送されていたこともあって聞き応えがありました。
 劇場の音響効果の説明もありましたが、それだけでも古代ギリシアに技術力に驚嘆してしまいました。後半に行われたアリストテレスの演劇美学の解説によって初めて、アリストテレス哲学の一端を垣間見ることができました。
 要約すると、アリストテレスは、古代ギリシャの悲劇から、演劇美学の諸概念を抽出しました。しかも、その概念には時代を超えて通用する普遍性があるというのです。アリストテレスの哲学が演劇美学に具体化されたと思います。
 逆に、アリストテレスの演劇美学を通じて、アリストテレスの哲学の一般理論を理解することができるかもしれません。どちらにしても、古代ギリシャの哲学的理論が現代にも通用するのですから、それは素晴らしいことです。

2024年2月22日木曜日

ヒトラーの憲法空洞化路線

 戦争を放棄した第九条を持つ日本国憲法からすれば、戦力を持つこと自体問題なわけです。こんな状態で、さらなる軍事費大幅に上げるということは、憲法の空洞化が一層進むことになります。
 確か、麻生議員がヒトラーに学べみたいなことを言っていたと思います。麻生議員の思惑通りに進んでいるようです。そのヒトラーの手法は次のような憲法空洞化路線でした。

 ヒトラーがミュンヘンー揆の失敗後、一転して「合法路線」に転換して、取り締まり当局の監視の目をかわしつつ、ワイマール共和国を内部から空洞化させながら政権を目指した前史のあったことを忘れてはなるまい。(「訳者あとがき」『ヒトラー独裁への道 ワイマール共和国崩壊まで』、ハインツ・ヘーネ著朝日新聞社、1992、p444) 
 私たちは、訳者の忠告に耳を傾けて、多くの悲劇を生んだヒトラーの二の舞は阻止しなければならないと思います。
 それでは、なぜ、ドイツではヒトラーを阻止できなかったのでしょうか。E.マティアスは、「ヒトラー独裁を招いた要因は、ワイマール体制そのものに内在していた」と次のように述べています。

 ワイマール共和国崩壊 ―― ヒトラー独裁を招いた要因は、ワイマール体制そのものに内在していたのであって、……ワイマールが自壊作用を続けたすえ、政権がヒトラーの手にころがり込んだという歴史的事実は、民主主義にとって高価な教訓であって、閑却されてはなるまい。『なぜヒトラーを阻止できなかったか : 社会民主党の政治行動とイデオロギー』、E.マティアス著、安世舟・山田徹訳、岩波書店、1984年、P445)
 どうでしょうか。
 私は、ヒトラー独裁は多くの市民に支持されたわけですから、市民の側にも大きな要因があったと思っています。
 それでは、どうすれば、日本国憲法の空洞化や改憲を阻止して、民主主義を発展させていくことができるのでしょうか。今後の課題です。

2024年2月21日水曜日

背中合わせの”生と死”

 人間、よく生きるためには、死を意識することが大切だと言います。いつまでも生きていられると安逸にしていると、いつの間にか、死が目の前にやってきて初めて、慌てるようになるよ。だから、生の有限性を忘れてはならない、ということです。
 徒然草でも、この辺のことに言及しています。 「人間はただ無常、すなわち死が、自分の身の近くに差し迫っていることをしっかりと心にかけて、一瞬たりとも忘れてはならない」(『徒然草』、島内裕子訳・著、ちくま学芸文庫、p106)と。これらのことは、生と死が背中合わせであることを示しています。だからでしょう。「よく生きたものこそ、よく死ねる」とも言えるようです。その言葉を味わってみましょう。
 これからも、「よく生きた」と言えるような生き方をしていきたいものです。
私は、よく生きた者が、
よく死ぬことが
出来るのだと
思っている。
それはよく働くものが、
よく眠ると同じことで、
そこになんの
理屈も神秘もない。(『中川一政いのち弾ける!』、中川一政著、紅野敏郎・入江観編、二玄社、1996年)

2024年2月20日火曜日

国民の自由・人権を擁護を

 メモ帳は、やはり再読すべきであり、メモして終わりではダメでした。久しぶりに開いたノートの中に、きらりと光るものを発見して、つくづくそう感じました。それは『学習憲法学』(黒田了一著、法律文化社、1959年)からの書き抜きで、憲法改正の限界説を論じた部分です。その核心は「民主主義を否定し、人権尊重主義を否定するような憲法改正をも無制限にみとめられるとの立場を採るならば、それは憲法そのものの否認であり、憲法の自壊自減をもみとめよということになる」と明確に述べているところです。
 さらに
黒田氏は、憲法改正を主張している主体について論述していますが、今までにない主張でした。つまり、「社会の現実は決して真の民主化が徹底しているわけではなく、一部の人びとが国民全体の名を借りて自己の野望を達成せんとして、そこにあらゆる画策の展開されつつあるのが現情である。こういう現実に対する不信の念がすこしでも残っているかぎりは、いかに主権者の名目をもってしようとも、それに勝手気ままな無制限の改正をみとめることは、はなはだ危険というのほかない」というのです。60年も前の本ですが、決して古びていません。
 また黒田氏は、憲法の明文で改正の限界を定めた実例も紹介しています。大いに参考にすべきことだと思います。

 憲法は、・・・もともと国政の民主化によって、国民の自由・人権を擁護せんがためにこそ生まれ来たったものである。したがって、もし民主主義を否定し、人権尊重主義を否定するような憲法改正をも無制限にみとめられるとの立場を採るならば、それは憲法そのものの否認であり、憲法の自壊自減をもみとめよということになる。いかに主権者といえども、そのような個性をうしなわしめる自殺行為を合憲的に企図しうるであろうか。主権者が真に主権者たるかぎり、その主権的意思にもとづいてつくった憲法で、このように非民主的な改変をみとめる筈のないことは論理的に明らかである。加うるに、抽象的・理念的には、主権者といえば万能の権利を有するものとの解釈が成り立ちうるかも知れないが、「国民主権」の考察に際して述べたように、社会の現実は決して真の民主化が徹底しているわけではく、一部の人びとが国民全体の名を借りて自己の野望を達成せんとして、そこにあらゆる画策の展開されつつあるのが現情である。こういう現実に対する不信の念がすこしでも残っているかぎりは、いかに主権者の名目をもってしようとも、それに勝手気ままな無制限の改正をみとめることは、はなはだ危険というのほかない。『学習憲法学』、黒田了一著、法律文化社、1959年、p355〜356)
 たとえば、とくに憲法の明文で改正の限界を定めるものとして、フランス第四共和国憲法は、イタリア憲法(第一三九条)とほぼ同様に、「政府の共和的形式は、これを改正の目的とすることはできない」(第九五条)とし、西ドイツ基本法もまた、「連邦が諸邦から構成されているということ、立法についての邦の基本的協力、または第一条および第二〇条に規定されている基本原則に触れるような基本法の変更は許されない」(第七九条第三項)と定めている。さらに、より一般的な改正の限界を定めたものとしては、ノールウェー憲法(第一一二条)があり、そこでは憲法の基本原則に反する改正をいっさい禁止し、憲法の改正はただ憲法の精神を変更しない範囲における個々の条項の修正だけに限られるべきことを規定している。(上同、p356〜357)

2024年2月19日月曜日

”未成年の状態”から「超人」へ

 ニーチェは、新しい人類(人間)像としての「超人」という概念を創り、その実現を目指しました。つまり「ニーチェは、人間の意志を肯定し、その強力な意志によって生きる人間のことを『超人』といい、キリスト的人間に代わる新しい人類像として祝福した(梅原猛著「人類の闇と光」『芸術新潮』2019年4月 、P31)のです。
 別の観点からとらえると「超人」とは、私の理解では、人間の本性として持つべき”力への意志”を持てるようになった人間のことのようです。カント流に言えば、啓蒙によって”未成年の状態”から抜け出せた自ら考える人間、理性を使える人間こそ、ニーチェのいうところの「超人」ではないでしょうか。
 カントによれば、社会には「さまざまな法規や決まりごと」がありますが、「これらは自然が人間に与えた理性という能力を使用させるために(というよりも誤用させるために)用意された仕掛けであり、人間が自分の足で歩くのを妨げる足枷」だというのです。だからこそ啓蒙が必要ということになるのです。
 では、具体的にどのような啓蒙が必要なのでしょうか。どうすれば、”未成年の状態”から抜け出して「超人」になることができるのでしょうか。ニーチェやカントに聞いてみましょう。(続く)

2024年2月18日日曜日

日本文化の大きな特徴

 最近『徒然草』に心を奪われていますが、その過程で、日本の文化の高さを痛感するようになってきました。何よりも『徒然草』で語られている”死生観”が、西欧の哲学者による”死生観”に匹敵していると感じたからです。
 例えば中野孝次さんは、「『徒然草』全体の中心を占める文章は何かといえば、ぼくは躊躇なく、先に引いた第九十三段のあの一行をあげるだろう」といって「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや」を紹介しています。まさに名言で、こうした思想には、西洋にはない東洋思想が色濃く反映していると思うようになりました。
 東洋思想の中には”禅の思想”も含まれます。最近その一端を知り、このような西洋にはない東洋思想の叡智(哲学)こそ、日本文化の大きな特徴ではないかと思うようになりました。そして、その日本文化の大きな特徴が『徒然草』には含まれているこのようなのではないか、そう思うのです。なお、”禅の思想の一端” というのが次の一節です。
 典座の教えとは、道元禅師が、調理や食事作法を修行の域にまで高めようとしたものである。台所仕事は下働きに思われがちだが、実はもっとも尊い営みであり、手仕事のあたたかさと真心、工夫する心持ち、食材を大切に扱うことを、ひとつの生き方として説いたものだ。(松浦弥太郎著、<立松和平さんに教わった「典座」>日本経済新聞、2024年2月17日)

2024年2月17日土曜日

『徒然草』の生命力

 昨日、『徒然草』の生命力を感じさせる解説を紹介しました。「一度読んだら忘れられない徒然草の鮮烈な文章表現は、しっかりと私たちの心に根付き、いつのまにか各自の土壌に合わせて生育し始める」(『徒然草』、島内裕子訳・著、ちくま学芸文庫、p12〜13)と言うものです。すると、偶然にも、何気なく開いた雑誌『本』の中に、その実例の記述を見つけることができました。

 (上田三四二著『徒然草の世界:俗と無常』の著者である)上田さんはガンで死ぬべきいのちを助かって、ふたたび生へと復帰する過程で『徒然草』を発見したらしい。氏はみずからの生を支える取っかかりとしてこれを読んだわけで、うつし身の人によって今に生きかえらせられた古典のそのみずみずしさが、『徒然草』を読者たるぼくにおいても再発見させたのだった。古典がいまに甦るためにはどうもそういう機縁が必要なようだ。
 上田さんの本に刺戟されて、ぼくもその後何度か読み返し、『徒然草』の文章のいくつかは年を追うごとに水のしみるようにぼくの中に滲透してゆく感じである。なにかにつけてその文章(というより考え方)が甦る。
 『方丈記』については、文章よりその書き手たる鴨長明の顔のほうが浮かんでくるが、どういうわけか『徒然草』ではト部兼好の顔は気にならず、一つの思想としての『徒然草』だけが現れる。
「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。」(第九十三段)
 そういう言葉がまずあきらかに働きかけて来て、それを書いた人の顔なぞあまり気にならないのである。(中野孝次著「徒然草 — 隠者と文学:3」『本』、1982年5月、p38、下線は引用者)
 偶然に見つけたにしては、あまりにも必然のようでもある出会いでした。引き寄せたような気さえしています。次のような「兼好法師の比類のない独創」を見つけることができたからです。
「よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑なり。」(第百三十七段) 
 歌にしろ書にしろ兼好は、長明のように「生死の余執」ともなるほどにまで執着したことはなかったに違いない。兼好の本領は、社会的な立場が何であれ、心のうちではすべての拘束から自由な醒めている人という点にあった。醒めて、しかもその生を静かにいつくしんでいるのが『徒然草』の筆者の心の姿なのである。そしておそらくこのような、世俗的身分に拘束されぬ自由な個人を確立したところに、兼好法師の比類のない独創と、前代とはちがう新しい中世人の出現があったのだ。
「つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるゝかたなく、ただひとりあるのみこそよけれ。」(第七十五段)
 物事を判断する価値体系を外にではなく内に持った人、内的に自由な個人の現れたことが、この時代だった。彼は「ひたふるの世すて人」をよしとしながらも、内心では本当は宗教からさえも自由だったようである。(上同、p41)

2024年2月16日金曜日

見ぬ世の人を友とする

  読書には、速読や精読等々いろんな形があります。が、今まで聞いたことのない、まだ名前もない読書の形態に出会いました。徒然草の読み方をが提案されてたのですが、その読み方は、次に紹介しますが、私にとって全く新しいスタイルだったのです。

 簡潔にして明晰な徒然草の原文は、譬えてみれば、精密に折り畳まれ、掌にすっぽりと収まり、どこにでも連れて行けるし、いつどこででも、取り出して眺めることができ
る、美しく軽やかな紙片のようなものである。その紙片は、そのまま詩篇ともなって、人生の折々でわたしたちの心を潤し、繰り返し愛誦するに価する。一度読んだら忘れられない徒然草の鮮烈な文章表現は、しっかりと私たちの心に根付き、いつのまにか各自の土壌に合わせて生育し始める。(『徒然草』、島内裕子訳・著、ちくま学芸文庫、p12〜13)

 いかがでしょうか。
 美しく軽やかな言葉は、「わたしたちの心を潤し、・・・しっかりと私たちの心に根付き、いつのまにか各自の土壌に合わせて生育し始める」というのです。そんな読書スタイルは、速読では絶対無理です。しかし、繰り返し愛誦することで、暗唱した言葉が血肉化されて力を発揮するようになるって、素晴らしいことです。
 第一三段は”読書のすすめ”と言われている段で、「一人、燈火の下、文を広げて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰む業なる」と読み、『文選』『白氏文集』『老子』などをあげて、「古のは、哀れなる事、多かり」と結んでいます。”哀れ”とは、古語辞典によれば「しみじみと心を動かされる」です。
兼好も、これらの本に「しみじみと心を動かされた」のでしょう。だからこそ、現代まで読み継がれてきた『徒然草』が生まれたに違いありません。

2024年2月15日木曜日

よりよく生きるために

 訳者によって、作品の味わいがどれだけ違うものか、『徒然草』で比べてみました。そして、日本文学の古典にも、単なる訳と、訳者の言葉で表現された意訳とがあり、後者の意訳の方が優れていることがわかりました。
 例えば、内田樹訳と浜野卓也訳は単なる訳で、島内裕子訳が意訳でした。最後の文を例示してみます。
「寛大で限界を持たなければ、喜怒が障りとなることもなく、物に煩わされることもない」あるいは、「人間が寛容で、心にせまいわくをつくらないときは、喜びもいかりも、その本性のじゃまにはならず、他人のためにわずらわされることはないのである」が単なる訳で、島内裕子訳の「寛大で、どこまでも広ければ、喜びも怒りも、心の障害物とはならず、外界によって、煩わされることがなく、のびやかである」が意訳です。原文は「喜怒、これに障らずして、物の為に煩わず」で終わっているからです。にもかかわらず、訳者の言葉「のびやかである」が挿入されたことで、文章全体が活きてきました。
 島内裕子さんは、引用した解説で『徒然草』の著者”兼好”にも言及しています。これだけ”兼好”について熟知しているからこそ、意訳も素晴らしいものになっていると思います。
 心を働かせる時も、心の幅を狭めて、厳しく凝り固まっていると、ものごとに逆らって、争いとなり、破滅するものだ。心の働かせ方が緩やかで、柔軟な時は、ほんの少しも傷が付かない。
 人間は、天地の中で、万物の霊長であって、天地は無限に広がっている。だから、人間の心も、天地と異なることがあろうか。寛大で、どこまでも広ければ、喜びも怒りも、心の障害物とはならず、外界によって、煩わされることがなく、のびやかである。(『徒然草』、島内裕子訳・著、ちくま学芸文庫、p494)
 ただし兼好は、世の中の頼みがたさの認識だけでなく、後半で、よりよく生きるための心の持ち方も示唆しており、対処法にまで思索を深めている。硬直した精神ではなく、柔軟な精神が、人間本来のものであるとする結論は、兼好がみずからの心のありかたを述べたとも言えよう。(上同、p495)

 気づかいが足りず、狭量であれば、あちこちで衝突を繰り返し、争っては敗れる。寛容で柔和であれば、何一つ損じることがない。
 人は天地の霊なり。天地の間は無限である。人の本性もまたそれと同じはずである。寛大で限界を持たなければ、喜怒が障りとなることもなく、物に煩わされることもない。(内田樹訳『日本文学全集_7』、池澤夏樹編集、河出書房、p473)

 人間の心というものは、ゆったりとひろければ、それをさまたげられることはない。気くばりが少なくて、しかもきびしいばかりだと、なにかと人にさからって、あらそい傷つくことが多い。心がおおらかで、柔軟に事を処理するときは、毛筋一本もそこなうことがない。
 人間は、天地のあいだにあるものでもっとも尊い存在である。そして天地は大きなものである。とすると、天地の中で、もっとも尊い存在である人間の本性も、その天地の心と一致しなければならない。
 人間が寛容で、心にせまいわくをつくらないときは、喜びもいかりも、その本性のじゃまにはならず、他人のためにわずらわされることはないのである。(『21世紀によむ日本の古典_9_方丈記・徒然草』、浜野卓也著、ポプラ社、2001年、p164〜165)

2024年2月14日水曜日

人間にとっての”祈り”とは

 河井寛次郎に言わせると、「仕事は祈り」です。しかし、よく考えてみたら、古来より多くの仏画が描かれ、仏像が彫られてきました。西洋においても、画家によって多くの宗教画が描かれてきました。芸術家にとっては、意識しないにしても、創造活動自体が祈りそのものかもしれません。
 さらに言えば、科学者や数学者の研究も、研究に没入した状態が続けば、祈りに近い状態になります。 そのとき第三の力を感じる人も出てくるでしょう。その力の源を神と信じる人が出てきても不思議ではありません。 
 日本には、空海や仙厓和尚など坊さん本人や経典を神のように崇める対象にしてきました。神社や仏閣も同じです。このようにみてくると、日本には信じる対象には事欠きません。とは言え、信じる度合いは千差万別です。だからこそ、人間にとっての祈りとは何なのか、もっと極める必要がありそうです。

2024年2月13日火曜日

信じる者は救われる

 映画「天使のいる図書館」を観ました。1回目では見逃し、2回目で心に残ったシーンがあります。主人公のさくらが神主のお父さんに神様は本当にいるのか、と問い詰めるのですが、お父さんは、しばらく経ってから「神様はいるよ。信じている人には、神様はいるんだよ。信じる対象はなんでもいい、太陽を信じる人は太陽を神と崇めればいいし、動物でも、石ころでもいい、神として信じて心の支えになれば、その人にはちゃんと神様はいるんだよ」と、そんな内容の話をするシーンが、なぜか、心に残りました。
映画「天使のいる図書館」
 今考えると、半分は、神様なんているわけがない、いわゆる無神論だった私が、そうかもしれない、と納得して聞いたからかもしれません。人智を超えた大いなる力に生かされて、と言った表現をされる人がいます。例えば、版画家棟方志功の仕事ぶりがそうです。

 かつて棟方は、「私は自分で自分の仕事に責任を持っていません」と言ったというのである。柳はこの言葉を、「小さな自分などが持てる責任で仕事をしていない」「何か自分以上の力が背後にあって、それが仕事をさせているのを感じているのです」。柳はこの棟方の創作のあり方を、それゆえに「自力というより、他力的な性質が寧ろ濃い」とするのである。松井健著「棟方志功の創造性と宗教性」『別冊太陽_棟方志功_仏も鬼も人も花も愛おしい』p113)

 まさに、棟方の心には、明らかに神が存在しています。しかも、大きな存在として彼を支え、彼を活かしてきた、と言って良いでしょう。しかも、大きな存在です。「信じる者は救われる」は真実なのかもしれません。

2024年2月12日月曜日

日本の古典文学開眼

 放送大学のテキスト『日本文学の名作を読む』(島内裕子著)を読んでいて、『徒然草』が人生を洞察した書であることを知りました。『徒然草』の新しい試みは「簡潔な文章の中に、人生の深淵を垣間見せ、『人生、いかに生きるべきか』という難問への道標となった点にある、と私は考える。まさに、そのような段の一例として第二百十一段の全文を掲げよう」と言って、第二百十一段の紹介がありました。その中に寛容の精神が描かれていて、『徒然草』にすっかり惹かれてしまいました。まさに日本の古典文学開眼かもしれません。
 例えば、心というものを「緩くして、柔らかなる時は、一毛も損せず」と言い切っているのです。その辺のところの現代語訳を紹介します。

 人間の心というものは、ゆったりとひろければ、それをさまたげられることはない。気くばりが少なくて、しかもきびしいばかりだと、なにかと人にさからって、あらそい傷つくことが多い。心がおおらかで、柔軟に事を処理するときは、毛筋一本もそこなうことがない。
 人間は、天地のあいだにあるものでもっとも尊い存在である。そして天地は大きなものである。とすると、天地の中で、もっとも尊い存在である人間の本性も、その天地の心と一致しなければならない。
 人間が寛容で、心にせまいわくをつくらないときは、喜びもいかりも、その本性のじゃまにはならず、他人のためにわずらわされることはないのである。(『21世紀によむ日本の古典_9_方丈記・徒然草』、浜野卓也著、ポプラ社、2001年、p164〜165)

2024年2月11日日曜日

祈らない祈り

 NHK日曜美術館で放送された「美は喜び 河井寛次郎 住める哲学」で河井寛次郎の著書『炉辺歓語』(河井寛次郎記念館監修、東峰書房、1978年)を紹介していました。その中で、農家の人に「もう少し手をはぶいた蓑でいいいいから、私のために一つ作ってもらいたい」と聞いたときの話が紹介されていました。
 結局、「わしゃ、そんな手をはぶいたものなんかを作るすべは知らん」と断られるのですが、断られた河井さんの反応が素晴らしいのです。並の人なら、「ムッときて」もおかしくないところですが、河井さんは逆に感心し「確かなものを作りたいのなら、確かな暮らしをせよ、ということなんですよ」と受け止めているのです。そんなこともあって、『炉辺歓語』を読んでみました。素晴らしい言葉がありました。仕事自体が祈りだと語っている部分が、棟方志功さんに共通するところがあって一番良かったです。

 日常の仕事をしていること自体が、やっぱり「祈り」じゃないかと思うのです。それで「祈らない祈り」「仕事は祈り」という言葉を貰ったのです。(p84)

 ここで「言葉を貰った」という表現が心に残りました。別なところでは「仕事によって教わったことです」(p185)とも言っています。良い仕事ができてこその言葉です。もっと河井さんの本を読んでみたいと思って見つけたのが、『いのちの窓』(河井寛次郎著、河井寛次郎記念館監修、東方出版、2007年)や、『火の誓い』(河井寛次郎著講談社、1996年)『河井寛次郎の宇宙』(河井寛次郎記念館編、講談社、1998年)です。ゆっくり読んでみようと思っています。

2024年2月10日土曜日

”聞く力”の再発見

 ミヒャエル・エンデの代表作『モモ』については、時間泥棒の話が主で、時間が主題の物語と思っていました。しかし、普段忘れがちで重要な”聞く力”についても言及しているという。ぜひ再読してみたいもの、と『モモ』を見直してしまいました。
 小説『モモ』によると、モモに話を聞いてもらうだけで「ひっこみじあんの人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいて」くるというのです。それは素晴らしいことです。
 ここで、一つの問いが生まれました。本当に”モモに話を聞いてもらうだけ”だったのだろうか、という疑問です。”聞く”と”きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てくる”の間に何か、ワンクッションかつうクッションがあったのではないか、という問いです。再読し、”聞く”から”きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てくる”過程がどうなっているのかを調べてみたいです。

 振り返ってみると大学や職場でも話す訓練は多少なりとも行ったが、聞くという営みを深化させることはほとんどなかったように思う。効果的なプレゼンテーションを会得する機会はあっても、創造的に聞くことを問い直すことはあるときまでなかった。
 人は思ったことすべてを語ることはできない。すべて語れたと感じるとき、省みてみるべきは「おもい」の深さと浅さかもしれない。
 聞くという営みが創造的に行われるとき、それは問いという形で顕現する。ある人が何かを語る。それを聞き、問う人の言葉が、語られた言葉の意味を深めるのである。昨令、リーダーと呼ばれる人たちは、自分のおもいを流暢な言葉で語るのに長けているが、深く聞けているかには疑問が残る。
 語学力、語彙力、表現力など私たちはさまざまな能力を身に付けてきた。聞くことにおいて働くのは、表現力というときの力とは性質が異なる「ちから」である。「力」には積極的、あるいは能動的な響きがある。聞くことにおいて求められるのは、単なる能力ではなく、創造的受動性と呼びたくなるような「ちから」なのである。
(中略)
 ドイツの作家ミヒャエル・エンデの代表作『モモ』(大島かおり訳)」には次のような一節がある。主人公のモモは、さほど大きな能力を身に宿してはいなかった。しかし、聞くという点においてはおよそ異能と呼ぶべきちからを有していた。モモに話を聞いてもらうだけで「ひっこみじあんの人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいて」くるのだった。(若松英輔著「創造的に聞く〜ミヒャエル・エンデ『モモ』」『日本経済新聞』、2024年2月10日)

2024年2月9日金曜日

軍事産業を考える

 日本経済新聞(2024年2月5日)の「安保・成長・平和の三兎追う 防衛産業、軍民両用で革新」という記事が目に止まりました。「防衛産業を考える」という連載が始まったのです。「安全保障と技術革新の両面で自国の防衛産業が必要な時代となり、政府は増額した防衛費を国産品に振り向け、企業はそれを成長機会と捉え始めた」というのです。「安保・成長・平和の三兎追う」ことなど不可能です。それなのに、もっともらしく、堂々と報道されています。暗澹たる思いがしました。
 ちょっと考えれば、防衛産業は、軍事産業ですし、防衛費は、軍事費そのものです。それなのに、防衛産業や防衛費と言い換えただけで、なんとなく罪の意識が少なくなるようです。国民の方も、それなら、と許せる気分になりそうです。しかし、やはり、今話題になっているのは軍事産業ですし軍事費そのものです。軍事産業拡大の恐ろしさに気づくべきです。軍事産業拡大は戦争への道であることに気づくべきです。そして声を上げるべきなのです。暴走しないように。以下、日本経済新聞からの一部引用です。
安保・成長・平和の三兎追う 防衛産業、軍民両用で革新
防衛産業を考える(1)2024年2月5日
 1月初旬から防衛省に迎撃ミサイル「パトリオット」に関する企業の問い合わせが続く。昨年末に国内生産品を対米輸出すると決めたからだ。安全保障と技術革新の両面で自国の防衛産業が必要な時代となり、政府は増額した防衛費を国産品に振り向け、企業はそれを成長機会と捉え始めた。  「ここに決めよう」。IHIは近く、東京・市ケ谷の防衛省から目と鼻の先にあるオフィスビルに新たな事務所を置く。政府が英国やイタリアと共同開発する次期戦闘機プロジェクトの拠点として使う。

「一等地」で売り込む和製防衛装備 武器輸出に準同盟効果
防衛産業を考える(2)2024年2月6日
 ロンドンで昨秋に開いた欧州最大の防衛装備品の国際展示会「DSEI」。防衛省が出展ブースを構えたのは会場入り口すぐ横の「一等地」だった。同じエリアに政府主導の展示を設けたのはイスラエルとスペインだけだ。
 来場者の目に留まりやすい場所を確保したのは日本製品を海外に売り込もうという意思の表れにほかならない。ブース内に自社商品スペースを置いた企業はNECや富士通など過去最多規模の8社に上った。

防衛技術が急伸、韓国に世界の視線 官民一体で磨き
防衛産業を考える(3)2024年2月7日
 韓国の防衛製造技術とウクライナが持つロシアの情報を組み合わせれば欧州向けの輸出兵器をつくることができる――。ウクライナのゼレンスキー大統領は昨年9月、キーウを訪問した韓国の復興協力団にこんな期待を示した。
 韓国製の防衛装備に世界の視線が集まる。その強みは早くから官民一体で軍民両用(デュアルユース)技術を磨いてきたこと。軍は民間の新技術を探し、企業は新技術の活用先として常に軍事を検討する。

サイバー攻撃、世界で年147兆円損失 後手の能動的防御
防衛産業を考える④ 2024年2月8日
 サイバー攻撃がいつでも起こり得ることを日本に痛感させた事件だった。
 昨年7月、年間21兆円の貿易をさばく名古屋港コンテナターミナルの稼働がサイバー攻撃で止まった。3日間に37隻の積み下ろしができず、およそ2万コンテナの搬入が遅れた。港の担当者は原料や部品の供給が玉突きで滞る国際的なサプライチェーン危機と「紙一重だった」と振り返る。
 トレンドマイクロが従業員500人以上の法人のセキュリティー責任者らに実施した調査で、56.8%が過去3年間にサイバー攻撃を経験したと答えた。被害が出た会社の平均額は1億2500万円にのぼる。

2024年2月8日木曜日

俺は生きるぞ!

 映画「ショーシャンクの空に」の中で、仮釈放中のレッドが語った言葉「頑張って生きるか/頑張って死ぬか。/俺は生きるぞ!」が心に残りました。その後レッドは、バスの中で「俺が国境越える罪を犯しても、道路を封鎖までして老耄を探すようなことはしまい」と思いながら、主人公のアンディのもとに向かうのでした。
 なぜ、「頑張って生きるか/頑張って死ぬか。」に心に残ったか、ですが、この言葉は「死を考えている人の迷いの言葉」ではないかと思ったからです。自殺を実行するということは、「きっと頑張らないとできない」ことなのかもしれないと思ったからです。
 だから、もしも、「頑張って生きるか/頑張って死ぬか」という迷いがあるのなら、ぜひ、映画「ショーシャンクの空に」を観て、この言葉を直接聞いて欲しいです。

2024年2月7日水曜日

日本国憲法の新解釈

 日本国憲法の新しい解釈を発見しました。日本国憲法は、「あらゆる力と手段とをあげて平和的進歩にささげること」を求めていたのです。しかし政府は、こうした努力を軽視し、抑止力理論一辺倒でここまできたし、これからもその方向です。国民はこの間違いに、今こそ気づくべきです。新解釈のヒントになった文章は和辻哲郎氏の次の文章です。

  われわれは新らしい憲法の前文において、人間関係を支配する高い理想の「自覚」と、平和を愛する世界の諸国民の公正と信義とに対する信頼の「決意」とを、宣言した。この宣言は、組織された「一つの世界」を前提としている、と云ってよい。世界のあらゆる国民(原文は傍点)が平和的に協働するということ、そういう諸国民によって作られた国際社会(原文は傍点)が、ただに平和を維持しようと努力するのみならず、専制と隷従、圧迫と偏狭などを地上から永久に追い払おう(原文は傍点)と努めているということなどは、同じ前文が明かに認めているところである。そういう国際社会の成立を現実の世界情勢と認めた上で、われわれは右のような自覚や決意に到達したのであった。(「我々の立場」『読本憲法の100年・3』、作品社、p177)

 この宣言は、「一つの世界」、つまり、「世界のあらゆる国民が平和的に協働するということ、そういう諸国民によって作られた国際社会」を前提としている、というけれど、それは違う、と思ったのです。前文で「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とありますが、”名誉ある地位を占めたい”ということは、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」と、率先して取り組もうということだったのです。だから、マッカーサーの言うように日本国憲法の「この理念の健全さを実証し、あらゆる力と手段とをあげて平和的進歩にささげることによって、測りしれぬ利益がもたらされることを、人類の前に実証する機会はまったく諸君のもの」(「「年頭の辞」「朝日新聞」一九五〇・一・一、つまり、私たちのものだったのです。そうすれば、「そのうちには他の諸国も諸君と力を合わせてこの理想の実現に努めるようになるだろう」(上同)と言うのです。

2024年2月6日火曜日

コツコツ毎日継続の力

 映画「ショーシャンクの空に」の主人公アンディは、ついに脱獄を決行します。アンディは毎日毎日、少しずつ壁に穴を開けていたのです。このような地道なことをやり遂げられたのは、アンディが地質学が好きだったからと、友人のレッドが語る場面が心に残りました。長い年月をかけて運動する地質を研究する「地質学にとって重要なのは時間と圧力」だというのです。
 アンディが使用した圧力は小さかったかもしれないけれど、アンディには”たっぷりの時間”があったので、壁に穴を開けることができたのです。このことは、日常の仕事や趣味にも言えること言えることです。コツコツと毎日の力(圧力)は小さくても、時間をかければやり遂げることができる、ということです。新聞の連載小説が良い例です。「継続は力」とはよく言ったものです。
 連載小説なら、時間だけの問題で済みますが、アンディがやったようなことは、綿密な計画が欠かせません。銀行家だったアンディには、そうした能力も備わっていたに違いありません。どちらにしても、映画を一回見ただけでは、気が付かなかったことでした。
 そういえば、字幕翻訳の第一人者として知られる戸田奈津子さん(87)は、高校生のときに見た『第三の男』が大好きになって、その映画を「新聞の下のほうに小さく出ている映画館の上映情報で探して、再上映されていれば、どこの場末の映画館でも飛んで見に行き」、「全部で50回は見た」(朝日新聞、2024年2月6日)そうです。名画や名著は、一回で済ませない方が良さそうです。

2024年2月5日月曜日

あばかれた菅生事件の陰謀

  松川事件では、共産党員が犯人にされたことで有名です。当時、下山事件や三鷹事件などの怪事件が続き、共産党犯人説が新聞にたびたび報道されました。共産党員が犯人とされた冤罪事件は、まだあったのです。たとえば菅生事件です。

 警察官や検察官の多数が、グル(原文は傍点)になって、自分たちの陣営の商売繁昌のために、罪なき共産党員をワナ(原文は傍点)にかけて召し取り、ニセの証拠を作って犯罪の形を作り、裁判官をダマして有罪にし、世間をアザムコウとした大陰謀事件 ―― それが萱事件だったのだ。(「あばかれた菅生事件の陰謀」『正木ひろし : 事件・信念・自伝』、正木ひろし著、日本図書センター、1999年、p30)
 陰謀は、これだけでありませんでした。さらに続くのです。ちょっと長くなりますが引用します。
 昭和二十七年は、この破防法案が、国会を通過するか、あるいは永久に通らないか、あやぶまれた年であった。
 ところが不思議なことに、その年の二月ごろから七月までの間に、急に日本の各地で、日本共産党員と称するものによる火焔ビン事件や、ダイナマイト事件というものが、おこったのである。
 それらの実態は、このごろになって調べてみると、ほとんだタワイもない事件であったが、新聞にはデカデカと掲載されたので、当時、難航をつづけていた破防法を制定させるためにはこの上ない有力な資料(口実)となったのだった。
 あるいは、それらの事件の大部分が、菅生事件と同性質のインチキ事件ではなかったろうかという気もする。
 しかし、新聞の報道だけで、その真相を究明できない国民にとって、日共はいつしか”愛される共産党でなく、”いやがられる共産党”となり下がってしまったのである。
 かくて、破防法は、その年の七月二十一日に、マンマと国会を通過、制定されたのである。(上同、p 35〜36、下線は引用者)

2024年2月4日日曜日

世界市民への道

 ソクラテスの興味のある逸話を最近知りました。「あなたはどこの生まれですか」と問われたとき、「世界の市民です」と答えたという話です。この話を知ったとき、世界の人が一定数このように考えるようになったら、戦争など起きることはないのに、と思いました。
 同時に、カントの著作『世界市民という観点からみた普遍史の理念』を思い出しました。ソクラテスの「世界の市民」という思想は、カントに引き継がれたようです。どのように引き継がれたか、読んでいないのでわかりませんが、カントから引き継いだ哲学者はいるのでしょうか。新たな疑問が生じてしまいました。
 もう一つ課題が見えてきました。21世紀に入ってグローバル化が一層進んできました。それだけ世界は一つ、という観念、世界市民という観念が生じやすいはずです。それなら、グローバル化を論じた文献で、世界市民という概念を扱っているでしょうか。扱っていそうですが調べてみる必要があります。
 なんと、先行研究はすでにやられていました。まずは、これらの文献を読んでから、となりそうです。読んでから、となりそうです。
・『世界市民への道』、信濃毎日新聞社編明石書店、1989年
・大森 一三著「世界市民教育としての哲学」『哲学の変換と知の越境』、牧野英二編、法政大学出版局、2019年、p248-264
・石田京子著「永遠平和と世界市民主義」『新・カント読本』、牧野英二編、法政大学出版局、2018年、p310-320

2024年2月3日土曜日

爆発点の理論

 映画「ショーシャンクの空に」を観ています。二回目です。一回目は、最後の方で主人公のアンディがレッド宛の手紙の中で語った”希望についての言葉”が印象的で、「いいものは決して滅びない」で取り上げました。「レッド、希望はいいものだよ。/何者にも変え難い。/いいものは決して滅びない」という言葉でした。
 名画は、何度でも観れるのですね。ストーリーがわかっていても、飽きずに観れるのだから不思議です。(良書も、そうなのかもしれない)
 今回は、図書係になったアンディが「図書の充実のため予算を要求する手紙」を毎週議会に出した話が印象に残りました。なぜなら、二、三日前に読んだ本(『売る力 心をつかむ仕事術』、鈴木敏文著、文春新書、2013年)に出ていた「爆発点の理論」の実例そのものだったからです。
 爆発点の理論といのは「水温が上昇して百度を超えると沸騰するように、人間社会でもある仕掛けや働きかけが一定段階まで積み上がると突然、ブレイクする爆発点」(『売る力』 、p160)が来るというものです。アンディの試みは、6年過ぎてからブレイクして議会にアンディの要求が認められたのです。このブログも、いつかはブレイクするかもしれない、そう思ってコツコツ継続していきたいと決意することできました。

2024年2月2日金曜日

高い道義的理想を掲げ続けよう

  マッカーサーと言えば、日本国憲法の生みの親です。それゆえ、押し付け憲法などと言われたりします。しかし、生みの親だからこそ、日本国憲法の精神というか、その本質というものをよく理解していたと言えます。マッカーサーの1950年「年頭の辞」を読み直して感じたことです。ここに、「年頭の辞」の最後の方を、「段落を増やすという編集」を加えて紹介します。

 日本はただ憲法に明示された途を迷わず、揺るがず、ひたすら前進すればよい、そうすることはただに日本自身の自由な諸制度を固めるばかりでなく、さらに日本を一つの手本として他国の自由な諸制度を強化することにもなる。 
 現在一部の皮肉屋たちは日本が憲法によって戦争と武力による安全保障の考え方を放棄したことを単なる夢想にすぎないとあざけっているが、諸君はこうした連中の言葉をあまり気にかけてはいけない。
 この憲法の規定は日本人がみずから考え出したものであり、もっとも高い道義的理想にもとづいているばかりでなく、これほど根本的に健全で実行可能な憲法の規定はいまだかつてどこの国にもなかったのである。
 この憲法の規定はたとえどのような理屈をならべようとも、相手側から仕掛けてきた攻撃に対する自己防衛の冒しがたい権利を全然否定したものとは絶対に解釈できない。それはまさに、銃剣のために身をほろぼした国民が、銃剣によらぬ国際道義と国際正義の終局の勝利を固く信じていることを力強く示したものにほかならない。
 しかしながら略奪をこととする国際的な盗賊団が今日のように強欲と暴力で、人間の自由を破壊しようと地上を徘徊しているかぎり、諸君のかかげるこの高い理想も全世界から受け入れられるまでには、なおかなりの時間がかかると考えなければならない。
 しかしすべてものごとには、はじめがなければならぬのは自明の理であり、この歴史的決定においては、諸君こそその光栄をになうものである。したがってまたこの理念の健全さを実証し、あらゆる力と手段とをあげて平和的進歩にささげることによって、測りしれぬ利益がもたらされることを、人類の前に実証する機会はまったく諸君のものである。そのうちには他の諸国も諸君と力を合わせてこの理想の実現に努めるようになるだろう。
 それまでは諸君はどんなことがあっても途中でたじろぐことがあってはならない。諸君とこの高い理想をともにする米国民やその他の人々を信頼せよ、とりわけ諸君みずからを深く信頼せよ。     ▼「朝日新聞」一九五〇・一・一
 どうでしょうか。「略奪をこととする国際的な盗賊団が今日のように強欲と暴力で、人間の自由を破壊しようと地上を徘徊しているかぎり」というところなど、まさに現在のことでもあり、決して古さを感じません。
 そして、最も注意して欲しいところは、「この理念の健全さを実証し、あらゆる力と手段とをあげて平和的進歩にささげることによって、測りしれぬ利益がもたらされることを、人類の前に実証する機会はまったく諸君のものである。そのうちには他の諸国も諸君と力を合わせてこの理想の実現に努めるようになるだろう」という、ここです。ここでいう「人類の前に実証する機会」を国をあげて取り組んでいたら、と悔やまれますが、ここで示された方法が唯一日本と世界が生き残れる道である、そう確信しました。
高い道義的理想を掲げ続けましょう。

2024年2月1日木曜日

じんせいに ひつような よはく

 日本には「間を大切にする」文化 があります。そのことは、「余韻(余白)は天衣無縫である?」で紹介したばかりですが、詩人から見た間を知って、その重要性を再認識することができました。生きていく上での「心の間、余白」というものもあることを知ったからです。
 人生には、ホッとした時間、ボーッとした時間が必要(大切)なことは、きっと誰もが認めることでしょう。しかし、それが”心の余白”というものであることまでは、考えが及ばないに違いありません。
 これからの世の中、意識して心の余白を持てるようにしたいものです。

     こころのよはく

こ と ば も 絵 も

余 白 が あ る ほ う が す き だ


な の に

自 分 で え が く と き に は

つ い ぎゅうぎゅうにつみこみ た が る(『いのちづな :うちなる「自死者」と生きる : 亜久津歩詩集』、亜久津歩著、コールサック社、p92)

    白、ノットイコール、無

雨ふる夜更け
テレビを消したあとの静寂
凪ぐ海辺
心拍数
きゅうに予定の空いた休日
おかけになった電話は、
電波の届かない場所にあるか、
電源が入っていないため、かかりません
グリコのおまけ
のりしろ

じんせいに ひつような よはく(上同、p96〜97)