2020年1月31日金曜日

遺跡で読み解く縄文の生活

 放送大学による衛星番組「北海道の縄文文化 遺跡で読み解く縄文の生活」をみました。
 動物型土偶が全国的に分布しており、その形状の変化から、全国的な交流があったことを論証していく過程がとても新鮮で、感動的でした。ある地域の儀式のような集まりを、こっそりと覗いたよそから来た人がいて、そういう人が動物型土偶の形を伝えたので、どうしても、形状の変化が起きる、という説明は、納得でき、とても印象的でした。
小さい丸が、こっそり覗いているよそ者
大きい丸が動物型土偶

 それから、環状列石の説明の過程だったか、モアイの巨大な石像の解説が、とても印象に残っています。小さな島で限られた土地だと、人口が増えると、どうしても争いが起きてしまう、それを避けるため、石像の大きさで競い合い、力、武力による争いを避けたのではないか、という仮説です。
 それから、大規模記念物に集落形と墓地系があって、墓地系には斎場の機能もあったのではないか、という仮説からは、死者に対する豊かな感情が想像できました。
動物型土偶(怪獣がモデル)

北海道大学 小杉康教授による授業

2020年1月30日木曜日

「桜を見る会」の本質は

 朝日新聞「声」欄に「『桜を見る会』への疑念、捜査は」という投書が載っていた。「これほど世間を騒がしているのに、捜査機関が解明に動きだすという報道は聞かない。名簿の破棄は、証拠隠滅ともとれる。捜査があってもいいのではないか。」(倉持三郎、2020年1月30日)というのだ。
 青木理さんは、「『桜を見る会』が政治問題化したのは、古くから続く公的行事を現政権が露骨に私物化し、支持者や後援者を公費で大挙饗応していたことにこそ本質がある」「毒花とペンペン草」『サンデー毎日』、2月9日、p146)と述べて、もっと本質に迫った追求をすべきではないか、と書いている。
 私は、公的行事の私物化というのは、公金を私的に使用したことでもあるから、れっきとした公金横領罪、しかも、組織的な公金横領罪で当たる、と思っている。証拠隠滅という罪状も成立するのではないだろうか。国会では、公職選挙法違反にあたるのではないか、と追求され始めた。今こそ、検察、警察などの出番ではないだろうか。

2020年1月29日水曜日

「軍事的脅威」より「自然の脅威」に備えを

 「軍事的脅威は過去のもの」という項目に惹かれて目を通したら、「ヨーロッパ各国の政府は、有権者からの圧力を受けて国防費や軍事費を削る可能性がある。すでに、冷戦の終了に伴い、 EU諸国の国防費は2810億ユーロ(2005年)から2550億ユーロ(2015年)に減っている」とありました。「アフガニスタン、イラク、リビアへの軍事介入が失敗したこともあって、世論はしだいに軍事費や軍の配備に嫌悪感を抱きはじめた。近年、テロの脅威からいくつかのヨーロッパの国で国防予算が増えてはいたが、 EUを巻き込んだ信用不安と「移民」問題によって安全保障と国防を共同で管理する計画がふたたび遠のき、EU諸国で協力して軍事費を出すという当初の予定も崩れてしまった。結局、世界の安全保の領城で、 ーロッパの軍事的な抑止力が明確な成果を上げられなければ、高齢有権の関心に合わせて政策は修正され、国際社会でのヨーロッパの立場はさらに低くなってしまうかもしれない」(「軍事的脅威は過去のもの」『グラフと地図で知るこれからの20年』、ヴィルジニー・レッソン著、原書房、2019年、p85)というのです。
 しかし、この部分をメモして、忘れていました。しかし、イタリアの避難所テントのことを知り、イタリアで、どうしてこういうことができるのだろう、とイタリアのことを調べてみて驚きました。「人件費削減をねらいとした軍改革を進行中」だというのです。それで、「軍事的脅威は過去のもの」を思い出し、ここで言っていることは、本当かもしれない、と思い直した次第です。
「軍事的脅威」よりも「自然の脅威」に、もっともっと備えるべきだと思います。経済大国にしては、あまりにもお粗末な避難所生活なのだから・・・。


イタリアの国防
(1)国防支出:
約223億ドル(2016年度)(GDPの1.2%)
(2)兵役:
2005年より完全志願制に移行(志願制の任期は,1年~4年の期限付と終身の2種)。
(3)兵力:17万人
陸軍100,211人,海軍30,421人,空軍39,368人


人件費削減をねらいとした軍改革を進行中
2016年:19万人 → 17万人 

2024年:17万人 → 15万人

写真は全て「赤旗日曜版・2020/1/26」より

2020年1月28日火曜日

法人税の”大割引”には驚いた

「Amazonの『文芸春秋』2月号のカスタマーレビューで山本太郎の論文を絶賛しているのに驚きました」と友人からメールをもらい、読んでみました。
 一番驚いたのが、大企業における"税の大割引” があり、そのメニューが80項目以上ある、という内容です。法人税の引用部分をまとめると次のような内容でした。

*消費税は、28年間の増税分 果計約263兆円
*法人税は、28年間の減税分 果計約192.5兆円(約73%)
*大企業における"税の大割引” その減税メニューは、80項目以上
  例えば、研究開発減税:法人税から研究開発費を差し引くことができる

「まず法人税ですが、この数字を見て下さい。消費税収は三%の消費税が導入された八九年以降、九七年の五%への増税、一四年の八%への増税を経て、一六年までの二十八年間で果計約二百六十三兆円に上ります
 他方、法人税税収はどうか。八九年をピークに消費増税のたびに、滅税措置が施され、どんどん税収が減っている。八九年の法人税収約十九兆円から各年の法人税収を差し引いたものを果計すると、同じニ十八年間で計約百九十二・五兆円。消費税収の実に約七三%が法人税の減少分に割り当てられた計算です。大企業を優遇するために、庶民を犠牲にしてきた。そう言っても過言ではありません。
 もう少し細かく法人税の実態を見ていきましょう法人税率は、八九年以前は四○%を超えていましたが、段階的に引き下げられ、現在は二三・三%。これは企業の規模や利益の大きさを問わない単一課税です
 ところが、表向きは単一課税でありながら、大企業に一は"税の大割引が存在しています。例えば、法人税から研究開発費を差し引くことができるという研究開発減税.・・こうした減税メニユーの数は八十項目以上もある   実際の法人税率は一〇%台の会社もあるのです」(『文芸春秋』2月号、p98)。

 研究開発減税以外に、どんな優遇メニューがあるか調べてみました。以下は、「しんぶん赤旗」(2000年10月22日)より、箇条書きにまとめてみました。(https://www.jcp.or.jp/faq_box/001/201022_faq_yuuguuzei.html

1、引当金、海外投資損失準備金、プログラム等準備金
 将来発生するかもしれない費用、あるいはその何割かは発生するであろう費用を前もって積み立てておこうというものです。実際に費用が発生した時に損金に入れればいいものを、“発生するかもしれない”等の理由で、大企業全体では何兆円も課税対象からはずすわけです。

2、外国税額控除
 大企業の海外子会社や出資会社がその国で支払った税金を“自分が払った”として、日本の法人税から差し引く制度です。

3、みなし税額控除
 減免措置などを受けて払っていない税金を払ったものとみなす。

4、受取配当益金不算入制度
 大企業は株式を持っている子会社から配当金を受けますが、配当金の八〇%は益金に入れなくてよいことになっています。九八年度の受取配当は一兆七千五百億円。大半は大企業のものです。

 以上のようだから、「ソニーや三菱自動車が法人税ゼロ(九六年)という事態も生まれました」という。「驚き轟き三種の木」です。

2020年1月27日月曜日

米軍基地返還も夢ではない

 朝日新聞の記事「首都の空、手放さぬ米軍 五輪中の基地民間共用、難色」(2020年1月26日)を読んだとき、米軍は、膨大な基地を返還してくれるのだろうか、と「米軍に特権を手放させること」の難しさに絶望感さえ抱いてしまった。
 しかし、同じ記事の中に、ワシントンハイツ呼ばれた、米軍将校家族宿舎であり、敷地面積2万7000坪、住宅戸数827戸、学校、教会、劇場、クラブ、診療所などの施設も含む大規模施設が返還された事例が紹介されていた。「五輪開催機運と、安保条約に絡む日本人の反米感情の高まりを受け、米側はワシントンハイツを全面返還。五輪中は『選手村』として使われ、その後は代々木公園などが建設された」というのである。この事例は、大きな光であることに気づいた。
 というのは、多くの日本人が「米軍の特権」や「屈辱的な日米同盟」に憤りを感じて、その意志を行使するようになれば、米軍基地の返還も夢ではない、と「ワシントンハイツ返還事例」に教えられたのである。
 

2020年1月26日日曜日

首都の空、手放さぬ米軍

 今朝新聞(朝日新聞)を手に取ったら、「首都の空、手放さぬ米軍 五輪中の基地民間共用、難色」という見出しの記事があった。米軍の許可なしには民間航空機は侵入できない「横田空域」が3次元で図示されていて、とても分かり易かった。昨日、日米地位協定のことを書いたばかりだったので、記事はしっかりと読んだ。
朝日新聞(2020/1/26)より

 新しく知ったことは以下の通り

1、日本政府が「横田基地の軍民共用化」と並び、米側に要求しているのが、「横田空域の返還」だ。

2、東京の上空に存在する米軍の「特権」は横田空域だけではない。
 繁華街・六本木には、米陸軍の大きなヘリポートがある。昨年5月のトランプ大統領来日の際も使われたが、米軍機は日米地位協定により、航空法が定める最低高度規制に従う義務がないため、低空を飛行。騒音などで東京都や港区は毎年、撤去を要請しているが、動きはない。

3、これまでの理解だと、どちらか一方からの通告で、安保条約は解消される、と思っていた。しかし、「旧安保条約のときに、米側が了承しないと基地や施設は返還されないという趣旨の内容が『岡崎・ラスク交換公文』として結ばれた。これによって日本側が返還を求めても、米側が受け入れなければ使い続けられることになった」(琉球大講師・山本章子)という。本当だろうか。この点は、疑問だ。
 日米安全保障条約の第10条は、その解説によれば、

 この条文は、日米安保条約は、当初の10年の有効期間(固定期間)が経過した後は、
日米いずれか一方の意思により、1年間の予告で廃棄できる旨規定しており、逆に言えば、そのような意思表示がない限り条約が存続する、いわゆる「自動延長」方式である。本条に基づき、1970年に日米安保条約の効力は延長されて、今日に至っている。

10条の方が効力が強いと思うのだが、?

2020年1月25日土曜日

米軍機の低空飛行

「世界の冠たる非暴力憲法九条」という記事にあった「日米地位協定」に関するところを読んで、日本で横行している米軍機による低空飛行のことを思い出した。それは、次のような内容だった。

 最も重く、強大な九条を踏み潰す力は「日米地位協定」です。これは日本の米国への隷属化を強化固定しようとする「不平等協定」です。これの改定・撤廃こそが「世界の宝」を救い、生かすために緊急に取り組むべき課題なのです(櫻井淳司著、『アウシュヴィッツ平和博物館ニュースレター』、2019.1.1,p3)。

 日米地位協定がどういうものか、一目瞭然なのが「米軍機による低空飛行」だ、国内法を無視しして、抗議しても意に介さない横暴がまかり通っているのも、「日米地位協定」にて保証されているからに他ならない。
「低空飛行」で画像検索したら、たくさんの画像があって驚いた。それらの中から、三つの画像を選んで紹介する。

1、受験生「集中できない」夜間騒音が常態化  米軍ヘリ、縄の集落で年578回
『沖縄タイムス+プラス』2019年5月11日 06:00 

説金武地区清掃センター屋根付近を低空飛行で着陸帯「ファル
コン」に向かうオスプレイ=8日午後6時18分、宜野座村城原区

2、米軍低空飛行訓練「中止を」
  ◇県、駐日大使に書面で要請

 中国山地で米軍機の低空飛行訓練が繰り返されているとして、県は低空飛行訓練の中止を求める書面をキャロライン・ケネディ米駐日大使らに送った。県の集計によると、2015年度に低空飛行で訓練する米軍機の目撃情報は1226件に上り、前年度より115件増えた。
 米軍機は4月19日午後4時10分ごろ、北広島町西八幡原の上空でも飛行しているのが確認された。一帯の田園風景を撮っていた広島市東区の写真家荒木則行さん(45)が爆音に気づき、東から西に向かう米軍機を偶然、撮影した。国が設けた騒音測定器は同刻ごろ、自動車の警笛に近い最大108デシベルを記録したという。(岡本玄)(朝日新聞、2016年07月13日)
北広島町西八幡原の上空を飛ぶ米軍機=4月19日
午後4時10分ごろ、荒木則行さん撮影

3、徳島で米軍低空飛行

米軍のFA18ホーネットとみられる戦闘攻撃機が11月29、30の両日、徳島県海陽町の上空を屋根やアンテナすれすれに低空飛行しました。29日午後3時ごろと30日午後2時40分ごろ、ともに3機が東の海側から西の山側へ低空飛行しました。
 同町住民は「家の中に居たら、ごう音が聞こえ、すぐにカメラを持ち、外へ出て戦闘攻撃機を確認した。家の中で電話をしていても、相手側から『今のは何の音?』と聞かれるほどでした」と音のすごさを語りました。
 町役場でも低空飛行を確認しています。
 (日本共産党国会議員団四国ブロック事務所 http://www.jcp-sikoku.jp)より

説海陽町上空 連日ごう音

2020年1月24日金曜日

E・ホッファー著『魂の錬金術』

 「日常を学びに変える!」で紹介した言葉は、エリック・ホッファーの『魂の錬金術』からの言葉だった。

https://mezase-tyoujinn.blogspot.com/2019/12/blog-post_28.html


教育の主要な役割は、学習意欲と学習能力を身につけさせることにある。
学んだ人間ではなく、学びつづける人間を育てることにあるのだ。
真に人間的な社会とは、学習する社会である。
そこでは、祖父母も父母も、子どもたちもみな学生である。
激烈な変化の時代において未来の後継者となりうるのは、
学びつづける人間である。
学ぶことをやめた人間には、過去の世界に生きる術しか残されていない。
(エリック・ホッファー著『魂の錬金術・エ リック・ホッファー全アフォリズム集』、作品社、2003、p135)


1.大人の場合、学びたいという思いが重要である。
2.大人は、学ぶ必要があると思ったことだけ学ぶ。
3.大人は、実践により学ぶ。
4. 大人の学習は、問題解決に焦点が当てられる。その問題は現実的なものである。(「面接授業ノート」より)


「過去の世界に生きる術しか残されていない」という言葉から連想したのは、そういう人は、日本国憲法の指し示している明るい未来を想像できない人たち、過去の栄光(?)にしがみついている人たちのことではないか、と。

https://www.ouj.ac.jp/(放送大学)




2020年1月23日木曜日

NHKは、もっと「国会の動き」を放映して!

 今朝ラジオを聞いていたら、7時のトップニュースが流れてきた。中国の新型肺炎についてだった。今国会開催中なのに、なぜ、と耳を疑ったほどだった。テレビはどうだったか。たまたま録画していたので再生して驚いた。主なニュースに、国会の報道は入っていなかったからだ。
 国会の閉会中ならわかるが、開会中なのである。公共放送のNHKは、毎日でもトップニュースで国会の動きを放映してほしい。米トランプ大統領よりも、日本の安倍晋三首相のことを取り上げて!、と言いたい。
23日の7時にNHKで放映された主なニュース
 朝日新聞は一面トップニュースになっていたが、毎日新聞の一面トップニュースは新型肺炎だったが、一面記事で、国会の記事を伝えていた。

2020年1月22日水曜日

植民地歴史博物館(ソウル)


 赤旗のホームページ「いま振りかえる 植民地支配 歴史と実態(1)」で、植民地歴史博物館(ソウル)のことを初めて知った。 

http://jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-09-08/2019090803_01_0.html

ソウルにある植民地歴史博物館で展示を見学する人たち
=2018年12月(栗原千鶴撮影)を追

「『清日戦争、露日戦争、満州事変と中日戦争、太平洋戦争にいたるまで、60年以上にわたる長い戦争が終わった日』。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、日本の植民地支配から解放されたことを記念する光復節(8月15日)の演説でこう述べました。戦前の日本帝国主義による侵略と36年間の植民地支配は、韓国の人々から国を奪い、人間の尊厳を奪い、言葉や名前すら奪いました。韓国国民の中にその傷痕と怒りは今も消えていません。日韓関係を改善するうえで、加害者である日本が過去の植民地支配にどう向き合うかは決定的です。日本の植民地支配はどのように進められたのか、改めて考えます」(上記「リンク」より、なお「戦前の日本帝国主義」は、正確には「戦中・戦前の日本帝国主義」のような気がする。ここでは戦後に対する戦前という意味だと思われるが、戦前から戦争に至るという使い方もあるので、紛らわしい)。

 植民地歴史博物館は、このような歴史の何よりの証拠である。一部で嫌韓が叫ばれているようだが、植民地歴史博物館の存在は、もっと知られていいのではないだろうか。
『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
 植民地歴史博物館(しょくみんちれきしはくぶつかん)は韓国の博物館。「植民地主義の清算と東アジアの平和をめざす」として2018年に開館した。
(植民地主義とは、国境外の領域を植民地として獲得し支配する政策活動と、それを正当化して推し進める思考を指す。大航海時代から20世紀後半にかけては強国が盛んに植民地を獲得し、たがいに覇を競っていた)。


 植民地歴史博物館
施設情報
専門分野
事業主体
開館
所在地
ソウル市龍山区青坡路47 Da-gil27 
外部リンク


以下の植民地歴史博物館の資料は、博物館のリンクから


朝鮮軍司令部愛国部準国防貢献感謝状年:
サイズ:39.4×27

内容:日本は不足している戦争の資金をカバーするために大々的な国防貢献運動を繰り広げた。朝鮮総督府をはじめとする各行政機関との戦争協力団体が組織的に主導する中で親日符号が積極的に参加した。


第1回仁川撫松県小学校卒業記念・女子勤労精神隊員「歓送会」の写真
年度:1944.9
サイズ:
内容:日本の富山の軍需工場」不二越鋼材株式会社」に連れて行かれ女子勤労精神隊員
ドナー:和歌谷正樹若谷政樹






2020年1月21日火曜日

銃後後援強化週間

 2020年1月21日の「天声人語」(朝日新聞)で、センター試験の国語にある原民喜(たみき)のを紹介していた。 「日中戦争でじわじわと変わっていく様子がそこにある」という言葉に惹かれて読んで見た。なるほど、徐々に、徐々に、日常が非日常になっていく様子が描かれていた。読み応えがあった。
 まず、「こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった」とあり、ついに、 「八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋の小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから、豆腐の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。
 目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆に立働いた。(中略)
 翌年春、魚芳は入営し、やがて満州の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発病し寮養生活を送るようになったが、 妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。・・・」
 こうして、歯が抜けるように、次々と「妻」の周りから戦地へ、と姿を消している。これでは、妻の生活はどうすればいいのか、と「銃後の生活」というものを心配してしまった。そして、戦争推進(美化)勢力が作成したポスターを思い出した。
(『プロパガンダ・ポスターにみる日本の戦争
135枚が映し出す真実
田島奈都子編著
勉誠出版、2016年)より


  魚芳のおとなしい物腰に対して、この爺さんの方は威勢のいい商人であった。そうするとまた露次は賑やかになり、爺さんの忙しげな包丁の音や、魚芳の滑らかな声が暫くつづくのであった。  —— こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった。
 私の家は露次の方から三尺幅の空地を廻ると、台所に行かれるようになっていたが、そして、 台所の前にもやはり三尺幅の空地があったが、そこへ毎日、八百屋、魚芳をはじめ、いろんな御用聞がやって来る。台所の障子一重を隔てた六畳が私の書斎になっていたので、御用聞と妻との話すことは手にとるように聞える。私はぼんやりと彼等の会話に耳をかたむけることがあった。ある日も、それは南風が吹き荒んでものを考えるには明るすぎる、散漫な午後であったが、米屋の小僧と魚芳と妻との三人が台所で賑やかに談笑していた。そのうちに彼等の話題は教練のことに移って行った。二人とも青年訓練所へ通っているらしく、その台所前の狭い空地で、魚芳たちは「になえつつ」の姿勢を実演して『興じ合っているのであった。二人とも来年入営する筈であったので、兵隊の姿勢を身につけようとして陽気に騒ぎ合っているのだ。その恰好がおかしいので私の妻は笑いこけていた。だが、何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった。台所へ姿を現していた御用聞のうちでは、八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋の小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから、豆腐の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆に立働いた。(中略)
 翌年春、魚芳は入営し、やがて満州の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発剰し寮養生活を送るようになったが、 妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。(「翳(かげ)」より)

2020年1月20日月曜日

屈辱的な「還暦」安保

 日米安保条約も還暦を迎え、ますますその正体が顕になってきた。藤原帰一・東大教授が、朝日新聞(2020年1月20日)で語った内容がわかりやすかった。
「トランプ氏のように上下関係しかない世界では、ボスの言うことは絶対だ。トランプ氏と親密な関係を結ぶということは、反対せずに平伏するだけだ」、と、同盟国は名だけの屈辱的な関係を述べている。
 さらには、「駐留米軍経費負担の交渉が今年あるが、深刻だ。日本の負担額をさらに増やして、駐留米軍の経費だけではなく『日本の安全確保の対価を払え』という話になると、同盟維持のコストは飛躍的に増大する」と経済的な負担増の危惧を解説している。

 こうした危惧は、次のような韓国の例を見ると、よくわかる。

「今年焦点となるのが、米軍駐留経費だ。現在の負担額を定めた協定は来年3月で期限切れとなるため、日米は今春から交渉を始める。

 『韓国は(米国の)同盟国であって扶養家族ではない』。米国務、国防両長官は16日、米ウォールストリート・ジャーナル紙への連名の寄稿で、米軍駐留経費負担交渉が難航する韓国に、強烈な不満を示した。
 米側は、日本にも大幅増額を要求する構えをみせる。日本側は、同盟は米軍の世界戦略にも貢献しているとし、過大な要求を牽制(けんせい)する方針だが、交渉は難航必至だ」(朝日新聞、2020年1月20日)

 それでも安倍首相によると、「日米安保条約は不滅の柱。アジアとインド太平洋、世界の平和を守り、繁栄を保証する不動の柱だ」(19日、日米安保条約60年の記念行事での「あいさつ」)そうだが、現実は全くの逆で、「日米安保条約は腐りかけたの柱。アジアとインド太平洋、世界の平和を脅かし、滅亡を保証する不動の柱」である。一発触発で、何処かの国が消滅しても不思議ではない現実があるからだ。このような現実を直視し、「還暦」安保を再考したいものである。

2020年1月19日日曜日

自衛官は武力を行使できる法

 安倍政権は、イランとアメリカの軍事的緊張が続く中東沿岸への自衛隊派遣を閣議決定し11日には那覇から哨戒機が出発した。それに対し「読売新聞(12月28日付社説)」は、「公然と『自衛隊が襲撃された場合、装備を守るに基づき、応戦することになろう。様々な状況を想定し、訓練を重ねることが大切だ』と、憲法9条を無視した主張を展開して」(丸山重威=ジャーナリズム研究者著、「戦争止めもしない新聞」『赤旗日曜版』、2020年1月19日)いるという。なんとも生々しい、そして恐ろしい読売新聞の主張だろう。
 「自衛隊法の武器等防護の規定」というのは、どのようなものかが気になって調べてみた。そして、「第七十六条第一項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる{第88条(防衛出動時の武力行使)}という条文を知った。武力を行使することができる」ことがはっきりと書かれており、今更ながら驚いた。まさに、自衛隊法そのものは、武力の行使を禁じた憲法98条に照らせば無効と言える内容ではないか!!
 これは、当たり前のことだが、自衛隊法を読んで初めて、当たり前のことが当たり前でない現実を思い知らされた。(憲法98条:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。)

自衛官に認められた武器使用規定
http://www.asagumo-news.com/techou-pc2019/bukishiyou/bukishiyou2013.html)より

■防衛出動
条文
自衛隊法第88条第1項
内容
防衛出動を命ぜられた自衛隊は、我が国を防衛するため、必要な武力を行使できる。
条文
自衛隊法第92条第2項
内容
防衛出動を命ぜられた自衛隊の自衛官が公共の秩序の維持のために行う職務の執行について、警察官職務執行法第7条、自衛隊法第90条第1項、海上保安庁法第20条第2項を準用。


■自衛隊の武器等の防護
条文
自衛隊法第95条
内容
自衛隊の武器などを職務上警護する自衛官について、その武器などを防護するため必要であると認める相当の理由がある場合、その事態に応じて合理的に必要と判断される限度での武器使用を規定。正当防衛又は緊急避難の要件に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない旨規定。
■米軍等の武器等の防護
条文
自衛隊法第95条の2
内容
アメリカ合衆国の軍隊その他の外国の軍隊その他これに類する組織で、自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含み、現に戦闘行為が行われている現場で行われるものを除く)に従事しているものの武器等を職務上警護するに当たり、人又は武器等を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合、その事態に応じ、合理的に必要と判断される限度での武器使用を既定。

2020年1月18日土曜日

日本に巣食う二つのがん細胞


 むかし書いたものを読んでいたら、「人生の目標は、原発を廃炉にするまでは死ねない。そして出来れば米軍基地のない日本を見届けてから死にたい。そんな目標もあっていいのではないだろうか」(2012919日水曜日)というのがあった。

 これを読んで、「そうだ、この二つは、日本に巣食って日本をダメにする二つのがん細胞ではないか」と思った。そして、廃炉は無理だとしても、「米軍基地のない日本を見届けることは夢ではない」かもしれない、そうしたい、と思った



2020年1月17日金曜日

静(クラシック)の感動


 東誠三演奏、ベートーベンのピアノソナタを聴いてきた。初めてのピアノ演奏会だったためか、初めのころは指さばきの凄さや、全身で演奏する迫力ばかりに目を奪われてしまった。それでも、最後の演奏になって目を閉じて聞いていたら、綺麗なお花畑のイメージが現れてきたから驚いた。
 お花畑のイメージにうっとりしていたら、やがて、お花畑で軽やかに、嬉しそうに動きまわるイメージに変化してきた。次はどんなイメージが浮かぶのだろうと漠然と思っていたら、優しく愛撫されるような不思議な感覚をピアノの響きから感じることができた。幼き頃の母からのイメージが心の奥底から湧き出てきたのかもしれない。
 こうした優しい曲は、第32番ハ短調作品111の第2楽章である。この曲目解説によると、「非常に緩やかに、素朴に、歌うように」とあって「澄み切った風格と、聞き手の心に自然に寄り添う親密さ、そして限りない優しさを兼ね備えている」とあり、「徐々に活気と希望が増し、それらは、第3変奏で頂点に達する」という解説もあった。初心者の心をも動かすほどの演奏だったことも頷ける。ひょっとしたら、第32番ハ短調作品111の第2楽章だけを聴いても、同じような、静かな感動を味わうことはなかったかもしれない。第30番と31番の演奏を聴いたからこその感動だったのではないか、と。
 今までのクラシック鑑賞においては、トランペットやドラムといった、どちらかと言えば、「運命」に代表される迫力のある演奏に魅力を感じてきた。この感動を「動の感動」とすれば、今回は「静の感動」を知ったことになる。新しい発見だ。2012916

2020年1月16日木曜日

背任容疑で安倍首相に対する告発状

 日刊ゲンダイの「【注目ニュース】安倍首相を告発「桜を見る会」疑惑 捜査開始で官邸窮地か」が配信されてきた。「神戸学院大学の上脇教授らが、『桜を見る会』をめぐり国に財産上の損害を与えたとして、背任容疑で安倍首相に対する告発状を東京地検に提出」した、「告発代理人の弁護士も『名簿をオープンにすることができる可能性がある』話した、というのである。やってくれました。これでは、地検も重い足も上げないわけにはいかない。

 上脇教授らはきのう都内で会見し、桜疑惑について「見過ごすわけにはいかない」と強調。安倍首相が2015~19年の桜を見る会に地元後援会や与党議員、妻・昭恵夫人らの利益を図る目的で招待者枠1万人を超える人数を招待し、約1700万円の予算を2000万~3700万円超過して国に財産上の損害を与えたと訴えた。
http://n.bme.jp/bm/p/aa/fw.php?d=1&i=nikkan_gendai&c=96&n=104084)より
 

2020年1月15日水曜日

野党連合政権構想がNHKで放映

 昨夜は、たまたま見たNHK7時のニュースで、共産党の党大会の様子が放映されていてビックリした。「共産志位委員長 野党連合政権構想の実現目指す考え強調」と、野党連合政権構想がNHKで大きなニュースになっていたのだ。かつての共産党にとっては考えられないことが起きている(失礼かな)!!
 15日の赤旗で、立憲民主党国対委員長安住淳さんの挨拶を読んだ。その内容も感動したので、後半部分を紹介する。

 確かに皆さんと私の間に個々の政策、考え方について見解の相違はあります。しかし10年前、5年前、選挙協力が本格的に始まった3年前、さらに今日と、その距離はグンと縮まりました。
 失礼を顧みず申し上げるならば、そびえたつ山からようやく皆さんに降りてきていただいた。同時にわれわれも、 常に弱者に寄り添う視点を持ち続ける政治姿勢を皆さまから教えられてました。
今後、お互いの距離をさらに縮めていき、国会運営や国政選挙で一体感のある協力していきましょう。そうすれば、自然とその先に政権が見えてきます。
 今日、安倍1強政権の中で平和憲法の理念が捨て去られ、集団的自衛権の一部行使が容認されました。「桜を見る会」や森友・加計事件に見られるように、長期政権の弊害が見られます。格差社会も進み、都市と地方の格差も拡大しています。
 平和で公正で平等な社会が目の前で崩れ落ちていく姿を、われわれは座視するわけにはいきません。 山本宜治が買いた、常に大衆とともに生き大衆のた目に立ち上がる信念を胸に刻みながら、みなさんと一緒にたたかっていきたいと思います。

2020年1月14日火曜日

軍事的緊張の恐ろしさ

 朝日川柳(西木空人選、2020114日)の、「認めても謝られても浮かばれぬ(福島県 佐藤彰宏)と、「殺しておいて殺すなと言う」(大阪府 石田貴澄)が目に留まった。二句についての選者の一言「いけしゃあしゃあと米」に拍手である。
朝日新聞・2020・1・8夕刊より
 一句は、イランが旅客機を誤射撃墜した事件の本質、戦争の不条理を見事に言い表していた。全面的な対決は避けたい、と言って戦争という言葉は使われていない。しかし、殺害された人数にかかわらず、あるいは、その規模に関わらず、戦争は戦争ではないだろうか。
 朝日新聞夕刊(2020111日)素粒子は、旅客機誤射撃墜事件を受けて、「米軍の死者はゼロ。死者176人の旅客機墜落が誤射なら、民間にこそ深刻な被害を強いる戦争の現実が、また」と表現していた。何らかの名前をつけ、この戦争の現実を歴史に刻む必要がある
 朝日新聞(2020112日)によると、<旅客機墜落は、米軍によるイランの革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害と、その後のイランの報復攻撃で緊張が極度に高まっていたさなかに起きた>。そして、<「防空システムがウクライナ機を(米国の)巡航ミサイルと認知した」と説明。「担当者がミサイル発射の許可を得ようとしたが上官に連絡が付かず、発射した」という>。
 ここで見逃せない事実は、「トランプの一声によって引き起こされた極度に高まった緊張が誤射撃墜を引き起こした」ということであって、「極度に高まった軍事的緊張は、核兵器誤射を引き起こしても何ら不思議ではないことを証明して見せた」ことである。

2020年1月13日月曜日

民主主義が成長するための土台

 ツァラトゥストラに関する本を読んでみたいと思い、『ツァラトゥストラ ニーチェ 君の手で価値を育てよ』(西研著、NHK出版、2012年)を見つけた。この本の中で、「創造性は尋ね合いが土台となって初めて展開する」と書かれており、そこに書かれていた次のような内容に感動した。民主主義が成長するための土台にもなるのではないか、と。

 もし何かいってみたとしても、すぐに「それは違うよ」と否定されたり「それはヘー
ゲルによればさあ」と知識を見せびらかすような発言が続いたりすると、人は自分の「生に対する態度」つまり「生き方の姿勢」について本気で語ろうとはしないでしょう。
 「生き方の姿勢」とはその人の内側のことで、ときには内密にとっておきたいことでもありますから、それが他者に対して出せるということは、ここが「安心できる場」でなければなりません。
 そういう安心感はどうやったら育つか? この点についていちばん大切なことは「尋ね合い」だとぼくは考えています。
 だれかが何かの意見をいったときには、まずそれをきちんと聴き取ろうとする姿勢が大切です。その姿勢があれば、相手の意見に対してすぐさま「それは違う」と自分の尺度で即断したり否定したりすることがなくなります。そしてさらに、その人のいいたいことのニュアンスを確かめる作業が必要になってきます。「ねえ、君のいいたいのは、たとえばこんなことかな?」というふうに、こちらで例にして尋ねてみる。そうやって相手の意見を確かめて、場のメンバーがその人のいいたいことを共有する、という手続きが大切です。(P122〜3、強調は引用者)

 西研さんの他の本も読んでみたくなって見つけたのが、『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(西研著、筑摩選書)
 図書館の内容紹介には、「哲学の最大の目的は、一人ひとりの生き方と社会のあり方をよりよくすることであり、その方法は「対話」である。哲学の課題、目的、方法を問いなおし、お互いが納得しうる「共通了解」をつくる方法を示す」とあった。

2020年1月12日日曜日

「被差別」を生む文化

 放送大学のゼミ「万葉集の民俗文化論・7一死と他界-」で、殯(もがり)という習俗を習ってきた。葬送以前の死者儀礼、人が死んで葬るまでの間、死体を棺に訥めて仮に安置することをいうらしい。
 民俗の中のモガリとして、次のような習俗が紹介された。

1、青森県津軽地方では喪のある家の入り口に2本の木を斜め十字に組んで立てておくことをモガリとして伝えられている。 
2、茨城県では2、3歳の子どもを葬る時、四十九本の青竹を割って周囲に冊を結うことをモガリとして伝えられている。 
3、埼玉県では子どもの墓に限り墓に十数本の竹を上で束ね、下の方を丸く広げて墓の上にさしておく、これは犬に食われない用心であり、外からの邪悪な力を防ぐと信じられてきたモガリであった。

 さらに、竹を扱う職人は差別されたという説明があって、

『竹の民俗誌・日本文化の深層を探る』(沖浦和光著、岩波新書新赤版。1991)を紹介してくれた。
 内容説明
 日本人にとって最も身近な植物のひとつである竹。日常生活に欠かせなかった竹箒や篭、箕などの竹細工の技術は、先住民である山の民によって伝承されてきた。竹にまつわる神話や『竹取物語』などは、ヤマト朝廷によって抹殺されたもうひとつの日本歴史を暗示する。各地に残る竹の民俗をたどり、日本文化における「聖」と「賎」の深層を探る。
 目次
第1章 竹をめぐる思い出
第2章 竹の民俗・その起源と歴史
第3章 民衆の日常生活と竹器
第4章 日本神話と先住民族・隼人
第5章 『竹取物語』の源流考
第6章 竹細工をめぐる〈聖〉と〈賎〉

 著者の沖浦和光さんに興味を抱いたので、どんな本を書いているかを図書館で検索してみた。そして見つけたのが次の2冊である。後で読んでみたいと思っている。

1、『水平=人の世に光あれ 思想の海へ「解放と変革」』、沖浦和光編著、社会評論社
2、『民衆史の遺産 第5巻』、谷川健一責任編集、大和書房、2014年
 内容紹介
 日本の歴史を形づくった民衆の血の通った足跡を記録するテーマ別シリーズ。第5巻には、「ケガレとキヨメ」をキイワードにして、古代から現代に及ぶ「被差別」を生む文化的要因に、歴史学的・民俗学的に迫る諸論考を収録。


2020年1月11日土曜日

創造者の求めるのは道づれであり・・・


 ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』を読んでいたら、だんだん難しくなってきた。「わたしが愛するのは、おのれの徳を愛する者である。なぜなら徳は、没落への意志(?)であり、あこがれの矢(?)であるから。」『ツァラトゥストラはこう言った』、岩波文庫・上、P19〜20、?は引用者)という具合である。
 そしたら、ニーチェ自身が、「かれらはわたしの言うことを理解しない。わたしはこれらの耳に聞かせる口ではない」同上、P21〜22)と書いており驚いた。それでも、大筋は何と無く分かり、途中で「キラリと光る言葉」を発見できることがわかった。例えば次のような・・・。

 ァラトゥストラはじっと立っていた。かれのすぐそばにその身体は落ちてきた。むざ
んに打ち砕かれていたものの、男はまだ死んでまいなかった。しばらくすると、この砕かれた男に意識がもどってきた。そしてかれは自分のそばにァラトゥストラが膝をついているのを見た。
「あなたは何をしてくれようというのか?」と、男はやっと言った、「わたしは、悪魔がわたしの小股をすくうだろうということを、前から知っていた。悪魔はいまわたしを地獄に引きずってゆく。あなたはそれを防いでくれるというのか?」「わたしは誓って言う、友よ」とァラトゥストラは言った、「あなたが言っているようなものは何もかも存在しない。悪魔もなければ、地獄もない。肉体よりもあなたの魂の方が、はやく死ぬだろう。 もう何も恐れることはない!」(同上、、P27)

 創造者の求めるものは道づれであって、死体ではなく、 また畜群や信者でもない。創造者は相共に創造してくれる者を求める。かれらは新しい価値を新しい石の板にしるす者である。

 創造者の求めるのは道づれであり、相共に刈りいれをしてくれる者である。創造者の眼前ではすべてが熟して刈りいれを待っているから。しかしかれの手もとには百の利鎌がない。 そこでかれは穂をむしりちらして、向っ腹をたてているのだ。
 創造者の求めるのは道づれであり、自分の鎌を研ぐことを知っている者である。かれらは善悪を否定する者、軽蔑する者と呼ばれるだろう。ほんとうはかれらは刈りいれる者であり、祝う者なのだ。同上、P33)