世界に目を向けたとき、今注目は”やはり戦争”です。早く戦争が終わって欲しいと思いますが、注目の戦争の陰で、「前近代的な圧政に苦しんでいる人たちがいる」ことも忘れてはなりません。「頭蓋骨」という詩の存在を知って、思い知らされたことです。「一発の銃弾が誰かの脳みそを/路上にぶちまける」と書いた詩人その人が、一発の銃弾で「脳みそを/路上にぶちまけ」てしまったというのです。
日本という平和な国で「のうのうと生活している」その陰で、平和的なデモという手段を行使しただけで、銃弾によって殺されてしまっていたのです。
女たちの戦いの詩「女たちは自らの命を質に入れる/血に染まったアスファルトの路上に倒れた/夫や息子たちのために」も紹介されていました。それで、もっとミャンマーの詩を読んでみたいと思い、四冊の本をピックアップしてみました。
1、『二十一世紀ミャンマー作品集』、南田みどり編訳、大同生命国際文化基金、2015年
2、『ミャンマー現代女性短編集』、南田みどり編訳、大同生命国際文化基金、2001年
3、『ミャンマ-現代短編集1』、南田みどり編訳、大同生命国際文化基金、1995年
4、『ミャンマ-現代短編集2』、南田みどり編訳、大同生命国際文化基金、1998年
ミャンマーの「詩人の母」こと南田みどり氏は、ミャンマー証言詩集『いくら新芽を摘んでも春は止まらない(仮題)』の日本語訳版の監修だけでなく、詳細な解説まで書いてくださった。80年代後半以降、言論統制が強まるにつれて、ジャーナリズムや小説に代わって「モダン」と呼ばれる自由詩が盛んになったとある。
革命の花が咲く前に/一発の銃弾が誰かの脳みそを/路上にぶちまける/その頭蓋骨の叫びが君に聞こえたか?
この詩「頭蓋骨」を書いたゲーザーウィンは、その10日後の21年8月3日、デモの最中に路上で射殺された。
女たちの口は語る/女たちの両手は広げられる/女たちは自らの命を質に入れる/血に染まったアスファルトの路上に倒れた/夫や息子たちのために(ミチャンウェー「残余の生」)
現実が過酷になればなるほど、比喩と多義性に満ちた詩の言葉は、その現実を乗り越える力を増してゆく。(四元康祐著「詩探しの旅:地球という一座」『日本経済新聞』、2024年3月31日)