「行動の先に希望がある。行動を続けることで未来は切り開かれる」(サルトル) 「人間は進化する存在。今の自分を超えて、創造的であり続ける『超人』を目指せ!」(ニーチェ) こうして社会に発信するというささやかな行動を通じて、一歩でも二歩でも、未来を切り開いていける存在でありたいです。
2021年7月31日土曜日
憲法を100年もたそう
2021年7月30日金曜日
ほんとうの死と生と共感のために
日本経済新聞連載の連載記事「この父ありて」(2021年7月24日、梯久美子著)で、茨木のり子の詩集『対話』からの詩が紹介されていた。
20代の終わりに刊行した『対話』には、 戦争を問い直す言葉が並ぶ。<風船のように消えた/無知で純粋でで徒労だった歳月>「根府川の海」)詩の全体を読んでみたい、そう思って『対話』を手にしてみた。「根府川の海」には、「茨木はかっての自分が軍国少女であった」ようだが、そのことを読んだと思われるフレーズがあった。<ほっそりと/蒼く/国をだきしめて/眉をあげていた/菜ッパ服時代の小さなあたしを/根府川の海よ/忘れはしないだろう?>このフレーズを、多くの戦犯たちに聞かせてやりたい。
「無知」と「徒労」にはさまれ た「純粋」という言葉、茨木はかっての自分が軍国少女であったことを、インタビューなどで繰り返し語っている。
そして、戦場に駆り出された同世代の若者たち。<樫の木の若者を広野にねむらせ/しなやかなアキレス腱を海底につなぎ/おびただしい死の宝石をついやして/ついに/永遠の一片を掠め得なかった民族よ(「ひそかに」より))
自国の若者の生命を軽んじたばかりか、他国の人々を蹂躙した過去からも目を背ける人たらを批判した詩もある <<むかしひとびとの間には/あたたかい共感が流れていたものだ>/少し年老いてこころないひとたちが語る><弱者の共感/蛆虫の共感/殺戮につながった共感/断じてなつかしみはしないだろう/わたしたちは> (「準備する」より))
戦時下の日本人を結びつけていたものを「蛆虫の共感」と切って捨てている。これは苛烈な告発であるだけではなく、痛切な反者でもある。蛆虫とは自分自身でもあるのだ。
初めてこの時を読んだとき、茨木が20代でこんな作品を書いていたのかと、目の覚めるような思いがした。
多くの人が教科書で出会う、戦時の青春をうたった代表作「わたしが一番されいだったとき」30代になってからの作品で、もっとやわらかな言葉で書かれている。だが、あらためて茨木の仕事の全体を見ると、若い日の愚直なまでの真面目さと、社会に向き合うまっすぐな姿勢が、最後まで質かれていることがわかってくる。
「ひそかに」は、<節分の豆は/むかし/ジャングルまで撒かれたが><巨濤(大浪)/をみとどけた者はいない>で始まっていた。兵隊を豆に例えたのだろうか、大浪のようにジャングルまで撒かれ、ついには、「おびただしい死の宝石」となって、「広野にねむらせ」るようになってしまった。
「準備する」は、<あるいはついにそんなものは/誕生することがないのだとしても/わたしたちは準備することを/やめないだろう/ほんとうの 死と/生と/共感のために。>のフレーズで結んであった。「ほんとうの 死と/生と/共感のために」という言葉がぐさりと刺さって暫く離れなかった。「ほんとうの 死」と対極にあるのが戦死であろう。しかし、最近の出来事でいえば、政治の貧困ゆえに、死ななければならない人たちも、本当の死とはいえない。無理に始めた五輪によって、緊急事態宣言下でもあるにも関わらずコロナが急拡散しているが、こうした影響を受けた人たちが良い例であろう。
2021年7月29日木曜日
戦後史の概観を押さえる
最近、歴史の大まかな流れを押さえることの重要性を感じるようになった。戦後史の概観を押さえることで、その先の方向性を見通すことである。その見本が次の文章だ。
昭和九年(一九三四年)に私は東京美術学校油画科に入学し、昭和十四年(一九三九年)に卒業した。われわれの世代は大正デモクラシーなるものを知らない。しかし昭和九年から十四年という時期は、戦前の日本経済が最も活況を呈した時であり、やがてくる戦争への不安を孕みながらも頽廃のムードを秘めて平和をむさぼっていた時から、二・二六事件や日華事変の勃発を挟んで、日本が急速度に軍国化へ傾斜しはじめるきわめて変化に富んだ時期にあたっている。事変勃発と同時に召集された親友Kが戦死し、卒業を真近に控えた頃、左翼的な思想をもつという理由で親しい友人の幾人かが警察へひかれていった。数年後に学生生活を送った人達の多くが、軍国主義一色に染め上げられ、あるいは強制された時代に育ったとするならば、われわれは恵まれた学生時代を送ったということができるかも知れない。
当時の美術学生の関心は、第一次大戦と第二次大戦の間の平和の谷間に花咲いた、第一次エコール・ド・パリにあったといえるだろうと思う。しかしヨーロッパにもようやく戦雲濃く、スペインの内乱が起り、ダリが「内乱の予感」(一九三六) を、ピカソが「ゲルニカ」(一九三七)を描くことになる。(『美術家たちの証言』、浜田知明著、東京国立近代美術館編集、美術出版社、2012)
歴史の一時期に過ぎないが、当時の様子が見事に表現されている。この例に見習って、戦後史の大まかな流れを抑え、その先に見えるものを探してみたい。幸いにも、適当な教科書がある。『憲法九条の戦後史』(田中伸尚著、岩波書店、2005年)と『9条の戦後史』(加藤典洋著、筑摩書房、2021年)である。この二冊を参考にして、自分が納得できるダイジェストを描いてみたい。その際、歴史の変化の兆しともいうべき時代区分を探し、かつ対立軸というものを意識して押さえていきたい。
今回は、趣きの変わったこと(課題、目標)を書いたが、今日借りてきた『学びを結果に変えるアウトプット大全』(樺沢紫苑著、サンクチュアリ出版、2018年)に、「目標を書く」ことも立派なアウトプットであると、書かれていた。その際は、具体的な「実現する(したい」目標を立てる(書く)ことが大切だ、とも。
2021年7月28日水曜日
大洪水よ、我が亡き後に来たれ!
マルクスの言葉に、「大洪水よ、我が亡き後に来たれ!」という有名な言葉がある。ずっと前から、この前後の言葉を知りたい、と思っていたが、ようやく念願が叶った。『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』(斎藤幸平著、堀之内出版、2019年)に引用されていたからだ。
株式投機の場合でも、いつかは雷が落ちるにちがいないということは誰でも知っているのであるが、しかし、誰もが望んでいるのは、自分が黄金の雨を受けとめて安全な場所に運んでから雷が隣人の頭に落ちるということである。大洪水よ、我が亡き後に来たれ! これが、すべての資本家、すべての資本家種族のスローガンである。(新マルクスエンゲルス全集・II/6:273)この言葉の象徴的な事例は、原子力発電所である、と前々から考えていた。自分たちは恵みを享受し、放射性廃棄物という厄介者は、将来世代に押し付けてきたからだ。マルクスは、「資本家、すべての資本家種族のスローガン」といっているが、原発を許し、肯定している人たちみんなのスローガンであろう。
また、「自分が黄金の雨を受けとめて安全な場所に運んでから雷が隣人の頭に落ちる」という点に関していうと、軍用機の騒音被害を撒き散らす米軍基地も、「隣人の頭」上のことだからこそ、許せるのであろう。しかし、これらはほんの一例で、事態はもっと深刻なのだ。だからこそ、斎藤幸平さんは言う。
いまや、「大洪水」という破局がすべてを変えてしまうのを防ごうとするあらゆる取りみが資本主義との対峙なしに実現されないことは明らかである。つまり、大洪水がやってくる前に「私たちはすべてを変えなくてはならない」(Ken2014)だからこそ、資本主義批判と環境批判を融合し、持続可能なポストキャピタリズムを構想したマルクスは不可欠な理論的参照軸として二一世紀に復権しようとしているのだ。(『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』(斎藤幸平著、堀之内出版、2019年、p23)
と。今や、小手先でどうこうしていては、間に合わないのかもしれない。そう思うようになってきた。
2021年7月27日火曜日
戦争を一掃する文化
メモ帳の中に、6年前に書いた「戦争を一掃する文化」という文章を見つけた。そして、しばらくぶりにバッハのバイオリン協奏曲を聴いている。このような綺麗な曲を聴くと、やはり、文化を守り発展させることの重要性を再認識することができる。
戦争を一掃する文化
朝からバッハの曲を聴いていた。ノーベル平和賞を受賞したシュバイツァーが研究した作曲家ということでバッハの曲を聴くようになったのだが、心が穏やかに、そして、軽やかになるような、心地よい曲である。
バッハの曲を聴きながら、「バッハの曲を聴いたら、とても銃など持つ気にはなれないに違いない」と考えてしまった。それもそのはずで、今日聴いたバッハのバイオリン協奏曲の解説に「生きる喜びに満ち溢れ、血の通った人間的な温かさを感じさせるバッハ」とあった。
バッハの曲にかぎらず、音楽や芸術などの文化にとって戦争は敵である、と改めて思った。戦争は容赦なく文化財を破壊し、歪めてしまうからである。“戦場のピアニスト”という映画も観たが、銃声の飛び交う音でピアノのメロディも消され気味だった。戦場では生きるのが精一杯で、とても音楽を楽しむ余裕などないのも事実である。
そう言えば、精神分析で有名なフロイトは、画家ダリの質問に答えて、文化を発達させることによって、戦争をこの世から無くすことができるだろう、というような内容の発言をしたという。あり得る話だが、それだけ文化の力は大きいということである。文化を大切にし、広げ、戦争を一掃したいものである。(2015年6月18日)
2021年7月26日月曜日
超高齢社会を生きる道
上野千鶴子さんの「最後の講義」というのをテレビで聞いた。テレビに映し出された次の言葉が、一番心に残った。
あなたの能力(力)は、
恵まれない人を貶めるためにではなく、
恵まれない人々を助けるために使ってください。
そして、強がらず、弱さを認め、
支え合って生きてください。
超高齢社会を生きる道も、指し示してくれた。それは、「弱者になっても安心でき社会」とも言っていたが、結局、日本国憲法第13条、すなわち、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」社会であり、”日本国憲法を遵守”する社会こそが、超高齢社会を生きる道である、ということを教えてくれている。
超高齢社会を生きる道
・安心して弱者になれる社会を!
・安心して要介護者になれる社会を!
・安心して認知症になれる社会を!
・障害者になっても殺されない社会をあなたの恵まれた環境と能力を!
2021年7月25日日曜日
何たる人間性への悪徳であろう
「無言館展」を観に行ってきた。昭和16年に真珠湾攻撃があり、その2年後の昭和18年には学生に対する兵役免除特権が廃止されてしまった。そのため画学生たちは「絵筆を銃に替えて追い立てられるように出征して行った」。そして、「若くして戦争の犠牲になった画学生の作品」や、彼らの遺品を」や、彼らの遺品が展示されていた。
展示されていた『最後のノート』に「私のちっちゃな理性によって歪められた生活」と書いた佐藤孝についての
「ああ 何たる人間性への悪徳であろう
何たる自我への背信であろう」
自らの望む道を全うできなかったを悔やむような手記が残る。
という解説が印象に残った。戦争の本質を見事に表現しているように思えたからだ。そして、常備軍による戦争の準備過程(軍事演習などの)においても、個人の視点に立てば、「人間性への悪徳」や「自我への背信」が大小の差はあれど、絶えず付き纏うであろうことを想像してしまった。
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| 興梠武「編み物をする婦人」無言館蔵 (「無言館 ―遺された絵画からのメッセージ― @ 新潟市美術館」より) |
無言館展について 遺された絵画からのメッセージ長野県上田市郊外にある戦没画学生の絵画を集めた美術館(戦没画学生慰霊美術館)、無言館は1997(平成9)年5月2日に開館した。若くして戦争の犠牲になった画学生の作品ばかりで成り立つ無言館は、1994(平成6)年4月に、館主の窪島誠一郎が画家の野見山暁治とともに遺族のもとを訪ね歩くことから始まった。開館後もその調査と収集は続けられており、現在では130名の約600点が保管・展示されている。
彼らが遺した作品には、恋人や妻、故郷など日常的な風景が描かれている。だが、そこには既に絶筆になることを予想して、生きているその時間を噛みしめるように、ひたむきに制作している姿勢が感じられる。
戦後76年を迎え、戦争を語り継ぐ世代がますます少なくなってきた。画家への志半ばで戦地に赴いた若者たちが残した作品は、現代の私たちに何を問いかけるのか。未公開を含む戦没画学生たちの命の証、約130点。(「無言館展のチラシ」より)
2021年7月24日土曜日
侵略戦争と「朝鮮人狩り」
かつては使われたが、今は使われていない「死語」というのがある。戦中に使用された「国賊」「大本営」などが有名だが、歴史を学ぶ上では大切な忘れてはならない言葉である。この度、「朝鮮人狩り」「朝鮮人女子挺身隊」「皇軍慰問」など、初めて聞く言葉に出会った。こうした言葉が語る歴史の真実に目を背けることなく、日本の将来、アジアの平和というものを考えていきたいものである。
朝鮮人女子挺身隊に「皇軍慰問」を義務づけたが、それは「性的慰問」のことで、「従軍慰安婦」と呼ばれていた
昭和十八(一九四三)年になると、朝鮮人は男ばかりでなく、女も関釜連絡船で下関へ強制連行されてきた。強制連行された朝鮮人女子の集団を、「朝鮮人女子挺身隊」と称していたが、軍需産業の女工にするため徴用したのではなく、「皇軍慰問」を義務づけて、中国や南方の戦地へ派遣していたのである。この「皇軍慰問」とは、帝国陸海軍将兵への「性的慰問」のことであって、「従軍慰安婦」と呼ばれていた。県警察部長の説明によれば、「従軍慰安婦」は以前は朝鮮半島から直接戦地へ派遣していたが、朝鮮半島より日本内地の方が「御用船」の便が多いので、呉、佐世保の軍港や、関門、博多、長崎港等から「御用船」に積み込むことになったそうだ。
「従軍慰安婦」に関する事項はすべて軍事機密にされていて、当時の朝鮮人動員業務の一県の実務責任者であった私にも、その実態は分からなかった。戦後も「従軍慰安婦」の制度に関与した元高級軍人や関係諸官庁の元高官の中に、その実態について書き残したり、事実の一端でも公表した者は、一人も現われることなく、日本の朝鮮侵略の中で、世界史に類例の無い暴虐行為の事実が、日本の歴史から完全に抹消されてしまっている。(『私の戦争犯罪』、吉田清治著、三一書房、1983)
2021年7月23日金曜日
「鳥窠禅師」「白居易」問答
続いて、ミネアポリス美術館「日本絵画の名品展」から「鳥窠白居易問答図(ちょう か はくきょ い もんどう ず)」(曾我蕭白)を取り上げた。展示されていた解説には、
中国・唐代の禅僧・鳥(741-824)と詩人・白居易(772-846)との問答は、禅僧の伝記『景徳伝灯録』に見える。「樹上に住むのは危険ではないか」と尋ねた詩人に対して、和尚は「世間で高い地位にある方がよっぽど危険だろう」と答えたという。深刻そうな白居易の表情に対して、鳥翼はいかにも楽しげである。
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| 珍しく「個人的、非商業的な利用に限り」と作品の撮影が許されていた。 |
とあった。問答の中身に興味を持ったので、帰ってから調べてみた。そして、この話は有名らしく、いろんなところに解説があった。ここでは、薬師寺のホームページ(「鳥窠禅師と白居易の問答- 奈良薬師寺 公式サイト」の解説を紹介する。
『法句経』下(正蔵四・五六七中)
どのような
七佛通誡偈にこんな逸話があります。
中国唐時代の詩人で白居易(白楽天と呼ばれることもある)は杭州の長官として赴任しました。白居易は、木の上で座禅をしている禅僧(道林禅師)がいる事を知って、一度会って話をしてみたいと思いました。 その道林禅師は、毎日松の木の上でまるで鳥の巣に籠って坐禅をしているようなので、鳥窠禅師と呼ばれていました。
白居易は、ある日かねてから興味を抱いていた道林禅師を訪ねてみました。道林禅師が座禅をしている松の木の下で、「そんなところで座禅をしていると危険ではありませんか」と声を掛けました。 すると道林禅師は、「私にはあなたの方が危険に見えるのです」と一言答えました。白居易は「私は杭州の長官として赴任している白居易です。この辺りは全て私が治めています。何の危険がありましょうか」と答えました。 道林禅師は「煩悩の火が燃え上がっていて、どうして危険がないと言えるのでしょうか」と心の穢れを問い質しました。詰問された白居易は更に「佛教の真髄は何か」と質問を重ねると、道林禅師は「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸佛教」と答えました。 白居易は道林禅師の答えを聞いて、「そんなことは三歳の童子でも知っていますよ。そんな事より佛教の極意を訊ねているのです」と続けました。すると道林禅師は「三歳の童子これを知れども、八十歳の老人実践しがたし」と答えました。 白居易は道林禅師のこの言葉を聞いて自らの至らなさを悟り、礼拝し早々に帰って行ったのでした。
悪をなさず、善を行い、自ら心を浄める七佛通誡偈の教えは、簡単なようでなかなか実行するのは難しいことです。しかし難しい事ですが、当たり前の身近な教えです。知識として理解している事と、実践をして得られる智慧とは全く異なっています。 合 掌
2021年7月22日木曜日
甲州三島越 「富嶽三十六景」- 北斎
ミネアポリス美術館「日本絵画の名品展」を観てきた。特に、「甲州三島越(こうしゅうみしまごえ)」がしっかりとした解説があって良かった。展覧会にしては珍しく、写真OKだったので、うちに帰ってからも、解説を読み返しながら、じっくり見返すことができた。北斎漫画がこのように活用されていたんだ、と、この作品を通して創作の断片がわかった。
「矢立ての杉」と呼ばれる大木は、画面の上端を超えて上方へと伸びる。北斎は『北斎漫画』7編で、富士山の絵と笹子峠に立つ杉の大木の絵を別々に描いた。この作品ではその2つの図を合体させたようだ。想像上の眺めであるが聖なる山の新しくも力強い眺望を創出するためだったのだろう。(「日本絵画の名品展」より)
ネットにも解説があった。この解説を読んで、初めて「手をつないで幹の太さを計ろうとしている」人たちの存在を知った。
三島越とは、甲府盆地から富士山麓を経て駿河国・相模国へと続く鎌倉往還(古代東海道)を指します。画面中央に巨木を配し、その後ろに富士が稜線を広げています。巨木と富士の対決でしょうか。旅人たちは、幹の太さに驚いて、手をつないで幹の太さを計ろうとしています。藍、緑、墨の色合いが、夏のさわやかな空気の中に沸き立つ夏雲、頂上にたなびく笠雲が富士の美しさを見せています。(「甲州三島越 - 葛飾北斎 「富嶽三十六景」解説付き」より)
何と、手元にあった雑誌『サライ』の「北斎」特集号2017年11月号にも、「甲州三島越」が掲載されていた。しかし、「見れども見れず」で、記憶になかったのだ。ここには、「構図が奇抜で」「富士の威容と巨木に自然への畏怖を感じる」(p41)とあった。納得である。改めて、幹の多くを描かないことと、小さな人物を描くことで、その大きさを表現していることに気づいた。こんなところもすごいと思った。
2021年7月21日水曜日
まずは立憲主義、日本国憲法の徹底を
日本の戦争責任問題は、曖昧にされたまま今に至っている。戦争に対する無責任体質が原子力発電所の事故責任に引き継がれてしまったとさえ言われてきた。安保体制はもちろんのこと、象徴天皇制についても、あたかも既定路線の如くみなされ、まともな批判は皆無に等しくなってしまったのではないだろうか。私自身、「九条があれば・・・」という安易な気持ちになっていた。しかし、強烈な批判文を知り、少し考えがぐらついてきた。特に「現在の学者、言論人も、(中略)天皇制に対し、今度は沈黙することにより、戦争中と同じあやまち —— というよりは、同じ卑劣な行動をとっている」(『日本の戦争責任 下』、若槻泰雄著、原書房、1995年、p224、強調は引用者による)という考えが応えた。そういう意味では、皇室報道を特別扱い(そうみえる)しているマスコミも同罪ではないか。
「天皇制の問題を度外視したところで、戦後処理を論ずることは、ごまかし以外の何者でもない」(同上、p246)ように、「天皇制の問題を度外視したところで、平和の問題を論ずることは、ごまかし以外の何者でもない」のかもしれない。それゆえ、平和の問題は天皇制の問題とセットで考えていく必要があるようだ。
日本人はみずからの歴史を解明する勇気さえ待たず、それをうやむやのうちに葬り去ろうとしている。そんないい加減な国民が「自由主義だ」「民主主義だ」、そして「世界の平和」がどうのこうのという資格があるのだろうか。
現在の学者、言論人も、彼ら自身、あるいは彼らの先輩が、戦争中には「神だ」「神国だ」とあがめ奉っていた天皇制に対し、今度は沈黙することにより、戦争中と同じあやまち」というよりは、同じ卑劣な行動をとっている。
”単独講和反対”″反基地闘争””反安保””ベトナム戦争″″反原爆実験(アメリカに対してのみ)””反自衛隊”あるいは抽象的な”平和”を叫ぶことより、日本国が犯した戦争の責任の所在を徹底的に糾明することの方が、まず、そしてはるかにたいせつではないのか。彼らの言動は、もっともらしいことをいっている風をみせることによって、最重要事に言及することを避けているとしか考えられない。
戦時中の言論人とまったく同じように、彼らはその地位と収入を守るために、天皇制の責任追及をおこたっているのである。(同上、p224)
だがしかし、憲法九条が機能し、天皇も憲法を遵守している限り、天皇の問題は後回しでもいいような気もする。実際に、憲法が蔑ろにされながらも、ギリギリのところでしっかりと機能してきたからである。 一時は「平和の問題は天皇制とセットで」と考えたが、優先順位としては、立憲主義の徹底であり、日本国憲法の徹底である。
2021年7月20日火曜日
尖閣諸島をめぐる日中関係は「緊張していない」
しかし実際は、「尖閣諸島をめぐる日中関係は「緊張していない)」という。中国の公船が尖閣諸島の領海に入ってきたデータを見ても一目瞭然である。
2012年(国有化した年) 国有化の9月以降は月平均5日。
翌13年が最も多くて54日、月平均で4.5日でした。
18年は領海に入ったのは19日、月平均で1.58日。
19年が32日で2.6日くらい。
20年が29日、2.4日くらい。一番厳しい時と比べて半分くらいになっています。(「日刊ゲンダイDIGITAL、2021/07/19」より作成)
日中関係の改善に向け,これまで両国政府間で静かな話し合いを続けてきたが,今般,以下の諸点につき意見の一致をみた。
1 双方は,日中間の四つの基本文書の諸原則と精神を遵守し,日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認した。
2 双方は,歴史を直視し,未来に向かうという精神に従い,両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた。
3 双方は,尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し,対話と協議を通じて,情勢の悪化を防ぐとともに,危機管理メカニズムを構築し,不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた。
4 双方は,様々な多国間・二国間のチャンネルを活用して,政治・外交・安保対話を徐々に再開し,政治的相互信頼関係の構築に努めることにつき意見の一致をみた。(「日中関係の改善に向けた話合い|外務省」より)
特に3番目後段では、「対話と協議を通じて情勢の悪化を防ぐとともに危機管理メカニズムを構築し不測の事態の発生を回避することで意見の一致を見た」と書かれており、泉川友樹(琉球経済戦略研究会事務局長)も、「これは非常にしっかりした話で、ばっちりと合意しているのです」と評価している。こうした事実を、一般紙はしっかりと報道して欲しいと思った。
泉川友樹(琉球経済戦略研究会事務局長)
日中間の喉元に刺さったトゲといわれた尖閣諸島――米中・日中関係の悪化からトゲはアジアの火薬庫へとキナ臭さを増している。今年2月1日、中国が沿岸警備隊にあたる海警局に兵器使用などを認める「海警法」を施行し、中国公船の領海侵入が大きく報道されている。しかし、尖閣水域の緊張は局地的、限定的なものに過ぎず、総体から言えば緊張には程遠く、日中関係も正常化以来最悪との報道は事実ではないという。中国事情に詳しい専門家が尖閣と日中関係の現状と未来を喝破する。
■「領海侵入は定例化、儀礼化している」
――このところ尖閣水域波高し、という報道ばかりです。
一言でいうと緊張していない、だいぶ沈静化していると思います。
――そうなんですか。中国公船の侵入がこれまでになく繰り返されて一触即発とされていますが。
中国の公船は尖閣諸島の領海に入ってきてはいます。ただデータを見れば、一番多かったのは月平均でいえば2012年、国有化した年です。国有化の9月以降は月平均5日入ってきている。日数でいうと翌13年が最も多くて54日、月平均で4.5日でした。最近はどうなっているかというと、例えば18年は領海に入ったのは19日、月平均で1.58日。19年が32日で2.6日くらい。20年が29日、2.4日くらい。一番厳しい時と比べて半分くらいになっています。
――それは報道とは異なりますね。中国公船の領海侵入はなぜ沈静化したのですか?
14年11月7日に北京で当時の谷内正太郎国家安全保障局長と楊潔篪国務委員が会談をして「4項目合意」を発表しました。その3日後に当時の安倍総理と習近平国家主席の尖閣国有化後初の首脳会談が開かれた。ここから尖閣諸島領海侵入日数が減少傾向になり、沈静化に向かったのです。
――その「4項目合意」がほとんど知られていません。
外務省のホームページにも載っている「日中関係の改善に向けた話し合い」にある4点なのですが、3番目が一番重要でして、「双方は尖閣諸島等東シナ海の海域において近年、緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識する」と書かれています。これが何を意味するかというと、中国側からすれば「日本は中国が自分たちと違う認識を持っているということを認識したんですね。であれば(日本は)領土問題の存在を認めたということですよね」という解釈を言える。日本側は「中国が領土問題の存在を主張しているという認識は持ちました。しかし私たちは領土問題が存在していると認識していません」という解釈ができる。悪く言うと、玉虫色の解釈ができる合意です。その4項目の3番目後段では、「対話と協議を通じて情勢の悪化を防ぐとともに危機管理メカニズムを構築し不測の事態の発生を回避することで意見の一致を見た」と書かれています。これは非常にしっかりした話で、ばっちりと合意しているのです。
――日本は尖閣をめぐる領土的係争はないというのが政府見解でしたから大きな変化です。
18年に中国公船が領海に入った時の時間、隻数を調べるとほとんど午前10時ごろから、1時間半~2時間、2隻から4隻で入るというのが定例化・儀礼化しています。島を奪取するとか軍事作戦的なことではなく、日本の国有化宣言を認めたくないので、主権をPRしに来るということを4項目合意以降は同じ時間に、ほぼ決められた同じ隻数でやっている。これは日本政府にしてみれば予測可能な動きなので、それほど脅威ではない。すぐさま安全保障上の脅威になるものではありません。

「問題は「4項目合意」が世の中にほとんど知られていないこと」
――しかし、連日の報道によって、多くの国民が中国公船の侵入は脅威のように思ってしまっています。
領海の外側の広大な排他的経済水域は、日本の船がどんなに漁をしていても中国公船に追いかけられるリスクはゼロなんです。つまり領海では、今はお互いの考えの違いもあって静かにしていて欲しいということ。周りの広大な排他的経済水域に関しては、(日中漁業)協定があって、中国の公船に何かされるリスクはゼロ。しかし、日中漁業協定や4項目合意が世の中にほとんど知られていない、それが問題なのです。
――尖閣は緊張しておらず、日中関係は実は悪くはないが、その現実が伝わっていない?
4項目合意ができた後、日中首脳会談が何回開かれているかというと、李克強総理を含めれば18回です。尖閣の問題が本当にまだ懸案として残っていて、喧々囂々やっていてどうなるか分からない、という状況なら、何度も首脳会談などできないですよ。
――それでも、中国公船は領海への侵入を繰り返しています。
4項目合意の存在があまり世の中に知られず、日中漁業協定があるため領海の外側で魚を捕っても何ら問題がないことが世の中に知れ渡っていない。中国が儀礼的に、決められた時刻に決められた時間だけ領海に入っていることも見えていない。それで、「中国はどんどん強硬になって、まだ領海に入ってきている」というようなことを言う。それをさせまいと、「中国をあの海域から排除するためには、我々が尖閣に行って漁をしたり、実効支配の強化につながるような行動をとらないといけない」と思っている人たちがいるんですよね。それが逆に中国の対応を誘発している。
中国は、尖閣は自分のものだと主張しているわけですから、日本の民間の漁船が領海に入ってきたら4項目合意の範囲外だということになって、彼らに上陸でもされた日には日中関係がグチャグチャになってしまう。彼らが変な行動をとらないように、彼らが尖閣の領海に入って漁をしている間は、同じだけ中国公船も領海に入って見ているのです。昨年以降の中国公船が長時間領海に滞在した日を政府からもらってメディアの報道と突き合わせてみたら、その日は全部日本の漁船が入っていました。
■尖閣はプロレス、危ないのはヒートアップした観客
――なるほど。純粋な漁業目的ではない操業が行われている、ということですね。昨年11月に来日した王毅・中国外相の「正体不明の一部漁船」発言の真意が理解できます。王毅の謎かけは日本で全く理解されなかった。
日本文化チャンネル桜という方たちが「このままでは中国に乗っ取られる」と言って尖閣に行こうとする。石垣島の市議会議員の仲間均さんという方は、どういうことがあっても尖閣に行って漁をするんだ、と言っているような方です。本当に漁業をしたいから尖閣に行っているのか、ということです。彼らが行くことが中国に付け入る隙を与えてしまっている。これが果たして国益になっていますかね? 傷が癒えかかっている所の傷を剥がしに来て、また出血させることになっているんじゃないのか、というのが私の考えです。
尖閣はプロレスです。見た目は日本と中国というレスラーがリングの上で真剣勝負をしている。一定の暗黙のルールの上で真剣勝負をしているのです。危ないのは、ヒートアップした観客がリングに入ってきて暴れ出すこと。レスラーが観客を巻き込んでケガさせたりすると、日本としても対応せざるを得なくなり、日中関係が決定的ダメージを受けてしまう。尖閣問題は政府間に任せた方がいい。
――先日、麻生副総理が米中対立を受けて「台湾の次は沖縄」と発言しました。沖縄生まれの泉川さんはどうお聞きになりました?
尖閣と台湾は運命共同体というような言い方になってきているし、最近見ていると、茂木外相よりも岸防衛相がやたらとメディアに出てきて話す。尖閣問題を外交で解決するつもりはないのでしょうか。誠に危ない気がしています。台湾が攻められたら次は沖縄だというような根拠のないことを現役の副総理が言うのは不適切ですし、沖縄の人たちを不安にさせないで欲しい。そういうことが起きないような外交環境をつくることこそ、政治家に求められていることではありませんか。
(聞き手=甘粕代三)
▽泉川友樹(いずみかわ・ゆうき)1979年、沖縄県生まれ。2002年、沖縄国際大学卒。03年、沖縄県人材育成財団派遣の研修生として北京外国語大学に留学。中国語講師、フリーランス通訳・翻訳者などを経て、06年から日中経済交流を促進する民間団体に勤務。習近平、李克強、温家宝ら中国要人との通訳を務める。19年から琉球経済戦略研究会事務局長。沖縄大学地域研究所特別研究員。
2021年7月19日月曜日
日本国憲法は「未来照らすメッセージ」
この言葉を読んで、日本国憲法のことが真っ先に浮かんだ。日本国憲法こそが、「未来を照らす正しい言葉」であり、「未来照らすメッセージ」ではないか、と思ったのである。
人間は愚かにも長年戦争を繰り返してきた。だからといって、これからも永遠に戦争は無くならないのか。無くならなくていいのか。という問いがあったとする。もし、永遠に戦争は無くならない、それでいいというのであれば、戦力や戦争を放棄した日本国憲法は、所詮絵に描いた餅になり、意味がないことになる。
しかし、戦争は懲り懲りであり、戦争は無くさなければならない、というのであれば、戦力や戦争を放棄した日本国憲法は、燦然と輝く「未来照らすメッセージ」であり、暗闇の中でも輝き続ける灯台のように、混迷を深めて暗闇のように見える社会においても、明るい未来を照らし続けてくれる灯台である。
2021年7月18日日曜日
AI戦争 果てなき恐怖
「NHKスペシャル 2030 未来への分岐点(5)『AI戦争 果てなき恐怖』2021年7月11日」を観た。自爆ドローンの名前が特攻隊に因んだ「カミカゼ」になっていて驚いた。こうしたA1兵器は、すでに実戦に使われて、その威力は実証済みのようである。番組では、アルメニアとアゼルバイジャンとの紛争が紹介されていた。A1兵器は、スマートフォンの通信を探知して、位置を特定して攻撃するという。ドローンは、塹壕の中まで追いかけて攻撃できるというから驚く。
A1は、こうした兵器だけでなく、サイバー空間を利用したグレーゾーン戦争というのも紹介していた。その一例として、A1によるフィク動画を拡散したり、インフラを破壊したりして、社会を混乱に陥れるという。社会の中に疑心暗鬼が常態化し、社会が崩壊してしまうのだ。全く恐ろしいことを考えるものである。
旧ソ連のA1が、間違って「アメリカの核攻撃を探知」し、核のボタンを押そうとしたのを、旧ソ連将校 スタニスラフ・ペトロフ氏が自らの判断で核攻撃を中止した実例も紹介していた。当然のことながら、A1といえども、間違うことがあるということを考え、兵器に頼らなければ平和を守れない、という固定観念から抜け出せない限り、地球の未来はない、ということであろう。
2021年7月17日土曜日
人間はみずからが造るもの
実存が本質に先立つとは、この場合なにを意味するのか。それは、人間はまず先に実存し、世界内で出会われ、世界内に不意に姿をあらわし、そのあとで定義されるものだということを意味するのである。実存主義の考える人間が定義不可能であるのは、人間は最初は何者でもないからである。人間は後になってはじめて人間になるのであり、人間はみずからが造ったところのものになるのである。このように、人間の本性は存在しない。その本性を考える神が存在しないからである。人間は、みずからそう考えるところのものであるのみならず、みずから望むところのもので
あり、実存して後にみずから考えるところのもの、実存への飛躍の後にみずから望むところのもの、であるにすぎない。人間はみずから造るところのもの以外の何者でもない。以上が実存主義の第一原理なのである。これがまたいわゆる主体性であり、まさしくそのような名で世人がわれわれに非難しているものなのである。人間はみずからが造るもの(「実存主義とはヒューマニズムである」『実存主義とは何か』、伊吹武彦訳 、人文書院、1961年 、p18〜19)
2021年7月16日金曜日
政権交代の「新しい船」を見せて!
野党が力を合わせれば勝てるという実験結果が出ているにもかかわらず、なかなか共闘の見取り図というか、共通政策が見えてこない。だから、都議会での共闘も、見えてこない。オリンピックを前にして、政局は混迷を深めている。こんな時だからこそ、野党は同じテーブルについて、現政権に代わるビジョンを示してほしい。中島岳志さんは現政権に代わる「新しい船」の姿を、と表現していた。政権交代の「新しい船」の姿を見せて欲しいものである。
2021年7月15日木曜日
「高レベル廃棄物地層処分」の荒唐無稽
古い『世界』 (2000年4月号)の中に、滝川康治著「<高レベル廃棄物地層処分>の荒唐無稽」という論文を見つけ、読んでみた。その要点を知り、今まで考えてきた通り、無謀な計画であることを確信することができた。しかし、20年経った現在に至っても、地層処分の方針は変わっておらず、研究所は活動は続けられているようだ。ネットで調べてわかった。
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| (「tisouken_newsr0306.pdf」より) |
「第二次取りまとめ」では、さまざまな安全評価をしたことになっているが、いずれも机上でのモデル計算の域を出ていない。また、「第二次取りまとめ」は、地震や断層活動、火山活動などは「これらを避けることができる」、隆起や沈降は「長期にわたり影響や範囲を推定できる」、将来の人間活動は「現有の技術と情報で対応が可能」などと、地層処分に対する楽観的で自信過剰な評価がつづく。みずからの放射性廃棄物施設(東海村)で起きた爆発・火災事故ですら満足に始末できなかった核燃が、数十万年もの超長期にわたる変動を「避けられる」と断定するのは、あまりに傲慢な評価である。
もともと地層処分は、地殻変動が少なく、花圈岩などの固い岩盤が広がる欧米で生まれた概念という。至るところに断層が走り、火山・地震列島の日本に持ち込むこと自体が無謀なのだ。地層処分という選択肢を根本から問い直す必要がある。(『世界』、2000年4月号、p121〜122)
この論文の最後に、「多くの人が馳走処分政策の愚かさを知り、議論することから始めてほしい」(p123)と訴えている。これからでも遅くない。方向転換をして欲しいものである。
最近、『核のゴミ・「地層処分」は10万年の安全を保証できるか?!』(古儀君男著、合同出版、2021年)という本も出版された。「強い放射線を含み、それが安全なレベルに下がるまで10万年の歳月を要するとされる使用済み核燃料。それを地下深く埋める『地層処分』は、地震や火山の多い日本で可能なのか。避けては通れない困難な課題について考え」た本である。「核のゴミは暫定保管を」と、学術会議が処分法見直し提言しているが、内容は、その線に沿うものだった。
日本学術会議は11日、全国の原子力発電所で発生する使用済み核燃料と再処理後に出る高レベル放射性廃棄物について処分方法の抜本的見直しを求める報告書を、内閣府原子力委員会に提出した。政府が従来検討してきた地中に数万年以上埋めて最終処分するのではなく、将来取り出せるよう暫定的に数十~数百年保管する方式を提言。エネルギー政策の議論に影響しそうだ。(「核のゴミ、暫定保管を 学術会議が処分法見直し提言: 日本経済新聞」より)
2021年7月14日水曜日
国の交戦権なしに戦争は不可能
何という明解な解説だろう。”目から鱗”とはこのことだ。だから、この第二項を何とかしたいに違いない。日本国憲法第9条第2項がある限り、どのような理由があろうとも自衛隊員が人を殺してしまったら、裁判にかけられてしまう。たとえ安保法制によって武器の使用が認められたとしても、相手が死んだ時点で、結果的に違法行為になってしまう、ということであろう。国の交戦権は認められていないからだ。
2021年7月13日火曜日
”子供の脳”を守れ!脳の治癒プログラム
2021年7月12日月曜日
日本国憲法の理念を理解して差別をなくそう
嫌韓本が発売されたり、ヘイトスピーチ問題などがあったり、日本人による朝鮮人差別があることは知っていたが、「知らなかった今も続く朝鮮人差別」で、その大きさと根深さを書いた。日本人による朝鮮人差別は、日本共産党に対する偏見と同様に深いところに根っこがあると次のように書いた。
国賊として共産党員に対してなされた蔑視の感情が未だに尾を引いているように、朝鮮人に対する根強い蔑視の感情が深いところであるのかもしれない。日本国憲法の真髄の普及が望まれる所以であろう。
再度『差別白書 第1集』をよく読み直してみたら、「日本の社会が在日韓国人に与えている差別は、日本の個々人がほとんど意識せず、あるいは全く無意識のうちに行われ」ている、と次のように書かれていた。
いままでの在日韓国人は、日本にとって大きな重荷であった。それは主に日本の国民意識が混迷し、在日韓国人に対する明確な認識がなかったことに起因する。厳密にいって、たしかに韓国は第二次大戦によって日本の抑圧から解放された。そして独立をかちとり、その後、国家発展をとげたのであるが、ここに一部の落ちこぼれがあった。それが在日韓国人の存在である。
いうまでもなく両国は一九六五年の韓日基本条約ならびに法的地位協定によって、在日韓国人の地位を確定し、これに関連する諸問題はその後継続されている両国の実務者会議の手順を経て、漸次改善を加えてきた。ここで法律上の諸問題はほとんど解決されてきたのである。
しかし問題は法律上のことより以前のところにあった。人間が人間を差別するという問題であり、この人間の業ともいえる問題は両国政府の善意だけでは解決し得られない深淵なところにあった。日本の社会が在日韓国人に与えている差別は、日本の個々人がほとんど意識せず、あるいは全く無意識のうちに行われ、これに対する在日韓国人の心理の屈折も本人たちの明確な意識のないところで進行し、この相関関係がここ三十年もつづいてきたのである。要するに在日韓国人は人間としての解放がまだなされない状態にあるといえるのである。
在日韓国人たちが日本の社会に向っていかにこのことを叫んでも、日本社会の無意識は、全く感覚のないままに黙殺をつづけてきた。このような不建全な状態がこれからもつづいていい筈はない。 このことを次の世代にこのままの形で引き継ぐわけにはいかない。それは人間として恥ずかしいことだからである。(『差別白書 第1集』、在日本大韓民国居留民団中央本部、1980年、p29〜30)
2021年7月11日日曜日
安保条約の危険性が露骨に表面化
だからこそ、「CV22の小川原湖での低空飛行は、墜落などの事故を起こせば大惨事につながりかねません。漁業者や周辺住民の命と暮らしを脅かすとして、地元の漁協や三沢基地周辺の町内会などが強く抗議している」というが、写真を見る限り、墜落など起きなくても事故はありうる。これほどの傍若無人な振る舞いがあるだろうか。
在日米空軍の輸送機CV22オスプレイが6月30日と7月1日の夕方、1時間以上にわたり青森県東北町の小川原湖の上空を飛行した。湖面ぎりぎりまで高度を下げて飛んだり、上空を繰り返し旋回したりしたほか、機体の下方で人のようなものが上下するなど訓練とみられる動きもあった。地元小川原湖漁協の組合員がウナギのはえ縄、刺し網漁を操業する時間帯だったが、漁協に対し、飛行についての予告はなかった。
CV22は機体側面の記号や番号などから、2018年10月に正式配備された米軍横田基地(東京都福生市など)所属の機体とみられる。東北防衛局によると、三沢基地には19年夏までの1年間に計40回飛来した。現在は他の米軍機と同様に通告がなく、飛来の回数などを把握していない。(「在日米空軍機オスプレイ、小川原湖上で訓練か 漁協に予告なく/東北防衛局「事実確認中」(Web東奥) - Yahoo!ニュース」より)
小川原湖は、シジミやシラウオ、ワカサギの水揚げが全国屈指であるなど、豊富な水産資源に恵まれ、「宝湖」とも呼ばれています。湖水浴やキャンプなどの観光地でもあります。ところが、湖に近接して米空軍の三沢基地(三沢市)や三沢対地射爆撃場(同市、六ケ所村)があるため、米軍機の事故が相次いでいます。
2018年2月には、三沢基地所属のF16戦闘機が離陸直後にエンジン火災を起こして2本の燃料タンクを湖に投棄し、全面禁漁に一時追い込まれました。19年11月には、同機が、湖に近い六ケ所村の牧草地に約230キロもの模擬爆弾を落下させています。また、CV22は今年6月、2機が山形空港に緊急着陸もしています。
CV22の小川原湖での低空飛行は、墜落などの事故を起こせば大惨事につながりかねません。漁業者や周辺住民の命と暮らしを脅かすとして、地元の漁協や三沢基地周辺の町内会などが強く抗議しているのは当然です。(「主張/CV22の湖上訓練/危険極まる低空飛行中止迫れ」より)
2021年7月10日土曜日
スーパースター肝臓とケトン体食
肝臓の働きを化学式で表していたが、学校の大きな黒板いっぱいに書いたくらい、とにかくたくさんの化学式だった。化学式を工場で作ろうとしたら、どのくらいの大きさになるかという例えをもって、肝臓の働きの凄さを物語っていたのが印象的だった。
番組の最後の方で、末期がんの治療にケトン体食を併用することで、元気に回復した症例が出てきた実例を紹介していた。がん細胞は、ブドウ糖を栄養に増殖するが、ケトン体は栄養にできないので、ケトン体食にするとがん細胞は増殖できず、治癒するらしい。画期的な方法である。ただ、100%でないため、研究を進めているようだ。
この番組を見てから、糖質制限に関するKindle本を何冊か読んでみた。実は、糖質制限食に前から関心は抱きながらも、「やっぱり日本人にはご飯が」という思いがあって避けてきたのだ。糖質制限食というと、ダイエットや糖尿病食という感じが主流だが、それだけでなく、アンチエイジングやダイエットとは逆の痩せ気味の人には体重増加も見込めるという。ダイエットというより、適正体重にするという捉え方が真実に近いようだ。徐々にでも、実践してみる価値がありそうだ。
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(「『スーパードクターズ! 2 本当にすごい! 糖質制限』、宗田哲男, 藤澤重樹他」より) |
2021年7月9日金曜日
近くでオスプレーに低空飛行されたら
ヘリが一機飛んできても、その音に驚くくらいだから、編隊を組んで何機か飛んだらどのくらいの轟音になるのかは想像もできない。その上、朝から夜までひっきりなしでは、その心痛を察すると、私だったら、気が狂わんばかりであろう。
今でこそ事故はないが、沖縄の例でもわかるように、いつかは必ず事故が起きるであろう。その時の惨事は、人口密集地が多いだけに、沖縄の比ではないはずだ。誰かが犠牲になってからでは遅い。当事者意識を持って、米軍基地の危険性をもっと真剣に考えてもらいたいものである。
2021年7月8日木曜日
東京の小学校上空でも低空飛行
米インド太平洋軍が九州・沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ第1列島線に沿って対中ミサイル網を構築する計画を進めている。米国は配備先として第1列島線の延長線で中国に近接している日本国内を最有力候補地と考えており、実際に配備となれば、日本は米中対立の最前線として軍事的緊張を強いられることになる。(2021年7月8日、朝日新聞、ワシントン=園田耕司、編集委員=佐藤武嗣)
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| (「2021年7月8日・朝日新聞」より) |
2021年7月7日水曜日
自由な人間というのは
今でも、日常の行動といったら、プラトンのいう欲望の奴隷的な側面もあるから、プラトンの言葉もいちいち胸に沁みるところがある。それにしても、プラトンの言葉が、今も立派に通用していることに驚く。古典は、やはりすごいと見直した。
自由な人間というのは、理性的な部分が意志を強くもち、欲望的な部分を制御する人だと言えます。プラトンは、自由人と奴隷の比喩を使って、いくら身分として自由人であっても、欲望によって理性が支配されている人は、欲望の奴隷であり、自由ではないと主張します。自由な人とは、理性が意志を使って欲望を制御することのできる人のことです。プラトンはそのことを次のように説明します。
もしも精神のより善き部分が、秩序づけられた生き方と愛知へと導くことによって勝利をえるならば、かれらはこの世の生活を恵まれ、かつ調和あるものとするのである。それは自分自身を支配し、秩序正しくあって、霊魂の悪の生じるところを隷属させ、徳の生じるところを自由にすることによってである。(プラトン『パイドロス』より)
2021年7月6日火曜日
ほのぼのとしてあったかい詩
2021年7月5日月曜日
軍事基地のない日本にする
雑誌『世界』(2021年6月号)に「人道上許されない絶対的愚行」という親川志美子さんの論文がある。政府は、辺野古の米軍新基地建設現場の埋め立てに沖縄の土、沖縄戦の戦場となった遺骨があるかもしれない土を使おうとしていることへの抗議の論文である。そこの文章を元にして、詩を作ってみた。
広大な米軍基地と自衛隊基地が広がっている。
そこへ、琉球の島々のあちらこちらに、
米軍新基地が造られてきている。
日本政府は、
そこに世界最大級のアオサンゴの存在があっても、
そこに世界最北限のジュゴンの住処があっても、
県民投票で七割の投票者がN0を突きつけても、
両耳をふさぎ、米軍新基地建設を強行に進めてきている。
辺野古新基地建設反対という政治家が選ばれるたびに、
彼らに公約違反をさせ、
民主主義を愚弄する形で、
両耳をふさぎ、米軍新基地建設を強行に進めてきている。
米軍普天間基地は無条件全面返還に限る
沖縄に、日本に米軍新基地はいらない!
民主主義に、戦争は似合わない。
日本が民主主義の国なら、
沖縄に、日本に米軍新基地はいらない!
戦後七五年が過ぎた今でも広大な米軍基地と自衛隊基地が広がっている。そして新たな軍事基地が琉球の島々のあちらこちらで造られてしまっている。
名護市辺野古に新しい基地を造るという計画に、日本政府は一度振り上げてしまった拳を下ろせなくなったかのごとく執着している。世界最大級のアオサンゴの存在を知っても、そこが世界最北限のジュゴンの住処であっても、そこに活断層があり軟弱地盤があって技術的に困難であっても、県民投票で七制の投票者がN0を突きつけても、辺野古新基地建設反対という政治家が選ばれるたびに、彼らに公約違反をさせ、民主主義を愚弄する形で辺野古新基地建設を進めようと頑張っている。(『世界』、2021年6月号、p142〜143)
2021年7月4日日曜日
知らなかった今も続く朝鮮人差別
かつての日本が行ってきた、朝鮮人に対するさまざまな差別的扱いのことは知っていた。どれだけ酷いことをしてきたかも知っていたつもりだ。しかし、いずれも過去のこと、過去に行われた過ちだったという認識だった。しかし、『差別白書 第1集』(在日本大韓民国居留民団中央本部、1980年)を手にし、在日韓国人という理由で、ずっと差別され続けてきたことを知って驚いた。なぜなのか、在日韓国人には、日本の国籍を取得が認められていないから、と思った。次のような諸外国の例が紹介されていたからだ。
第二次世界大戦が終わった直後の一九四八年パリの国連総会で世界人権宣言が行われた。この中で強調された点は、それまで各国の市民権が血統主義によったことの誤りを正し、属地主義への移行を宣言したことであった。これは人類の経験からして血統主義をとることの弊害をなくし、新しく属地主義をとることで人類の慧知を示したものであった。もちろんこの考え方はその背景に人類が帝国主義を捨て、新しく民主主義を採用するという大きな思潮の流れがあった。
先進国ではこの流れによって属地主義をとり、民主主義的なルールを踏んだ。たとえば、英国は終戦と共に英国本土およびその領地内に在住するインド人に対し、英国籍取得の権利を認めた。フランスはアルジェリアが一九六五年独立をしたとき、フランス領内に在住するアルジェリア人に国籍取得の自由を与えた。いうまでもなくアメリカはアメリカ在住の韓国人、日本人のすべてに市民権を与えた。(『差別白書 第1集』、在日本大韓民国居留民団中央本部、1980年、p25)
しかし、そうではなかった。「在日韓国人は終戦後一貫してその祖国の国籍を要求した」(p26)というのだ。だとしても、個人として尊重されるのは、国籍など関係ないはずだ。国賊として共産党員に対してなされた蔑視の感情が未だに尾を引いているように、朝鮮人に対する根強い蔑視の感情が深いところであるのかもしれない。日本国憲法の真髄の普及が望まれる所以であろう。
2021年7月3日土曜日
米軍普天間基地は無条件全面返還を!
しばらく休んでいた、鷲田清一による「折々のことば」(朝日新聞コラム)の連載が再開された7月2日に取り上げられた言葉は、作家・クリエーターであるいとうせいこうさんの
「たまたま彼らだった私」と「たまたま私であった彼ら」という観点こそが、人間という集団をここまで生かしてきたのだ(『「国境なき医師団」を見に行く』から)
だった。この言葉を受け、
作家・クリエーターは、異国からの難民を救援するギリシャの「国境なき医師団」の活動を取材するなかで、爆撃され、家を焼かれ、祖国を追い立てられた人々は状況が少しずれればこの「俺」だったかもしれないと思い知る。このささやかな想像力こそが人類社会の倫理を担ってきたのだとと解説していた。鋭い!
少し考えてみれば、私であったら」と想像してみたい状況はたくさんある。
2021年7月2日金曜日
日本国のパスポート
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「『憲法絵本 生きる! 生かせ! 日本国憲法』、p4」より |
日本の象徴を
しるしたパスポートはいかが
天皇制の1条と戦争放棄の9条を
組み合わせました
日本人の証たる
パスポートの表紙が
天皇制の菊と
9条の9がいっしょになった
素敵なデザインになりました
外国人にこれこそ日本だと
誇りをもって見せることができます
まさに日本の象徴です(『憲法絵本 生きる! 生かせ! 日本国憲法』、橋本勝絵と文、共栄書房2009年、p5)
1条 [天皇の地位、国民主権〕 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
2021年7月1日木曜日
もともと戦争が公共事業の役目
実動訓練というのも、高機動ロケット砲なるものも、初めて知った。高機動ロケット砲システムは、写真のように車輪のついたどこへでも移動可能なロケット砲だという。アメリカにとっては、「もともと戦争が公共事業の役目を果たす軍産複合体」(『戦争をしなくてすむ世界をつくる30の方法』、田中優・小林一朗編、合同出版、p20)だというから、こうした訓練でも、アメリカの公共事業に奉仕している、ということだろうか。






































