2024年6月30日日曜日

仲よくしたい国 中国が一位

 今日(2024年6月30日)の朝日新聞トップ記事の見出しは<自衛隊70年、加速する「日米一体」 中国念頭、「列島線防衛」訓練に初参加>でした。
 三陸沖の太平洋を望む海上自衛隊八戸航空基地(青森県八戸市)に13日、米軍嘉手納基地(沖縄県)から米空軍F16戦闘機3機が爆音を立て飛来した。着陸すると、海上自衛隊の給油車が横付けし、給油を開始した。同基地に訓練で米軍機が降り立つのは、自衛隊創設70年間で初めてだ。
 というのです。
 果たして、このような状態は、正常な日本が進むべき道でしょうか。
 否です。かつての世論調査で、仲よくしたい国として、中国が一位だったことがあるからです(注1)。『文藝春秋』で知った朝日新聞も調べてみました。
 中国の国連参加など、新しい方向に動きだした国際情勢の中で「これからの日本は、どこの国と一番仲よくしていかねばならないか」国名を一つだけあげてもらった。この結果と、昨年五月の調査結果と比べたのが右の表である。
 五月調査で一位のアメリカが減り、代って中国が一位に進出。ソ運はふるわなかった。中国をあげた人は、男性の各年齢層、女性の二十歳代。事務職、管理職、サービス業などその他の労務者に多い。アメリカは、男性の三十歳代と女性の三十歳以上。自営・商工業者、農林漁業者に多く、管理職ではアメリカをあげた比率も高い。
 中国と仲よくする理由では、五月とくらべて「隣の国だから」「大国だから」がややふえているが、このほかに、今回は「世界の助きから」や「戦争の償い」をあげる人もあった。アメリカと仲よくする理由では、総済的摩擦の起きている現状を反映したのか「経済的なつながりから」が前回よりさがった。(『朝日新聞』、1972年1月3日)
 どうでしょうか。
 やはり、近隣諸国とは仲良くするのが一番です。安保条約の根本的な欠点(注2)を考えただけでも、中国を敵視することはやめて、安保条約は廃棄すべきなのです。
(注1)ショーンブルウン 安保条約は中国の侵略から日本を守る効果を果していると、私たちは聞かされています。日本の国民は中国の侵略を恐れているといえますか。
都留 いいえ、私はそうは思いません。事実、これら一切の問題は歴史的な関係で考察するべきでしょう。私たちは、中国に対する長期間にわたる侵略の勘定をまだ支払っていません。中国と仲よくしないということは、私たち日本人には考えられないことです。それに私たちが彼らからのどんな侵略も危惧してないことは確かです。
★ショーンブルウン日本の国民が中国と貿易し、仲よくする希望を何らかの方法で明示しているのにあなたはお気づきですか。
★都留 ええ、もちろんです。いろいろの世論調査があります。ライシャワーさんはさきほど、ある世論調査はある結果を発表し、ほかのものはべつの結果を提供すると、それとなくいわれたのに私は留意しました。しかし、朝日新聞の調査では、それは去年十二月に行なわれ、今年の一月三日発表になったものですが―ーライシャワーさんもそれがきわめて信頼すべきもので、非常にすぐれた抽出システムであることには同意されると私は思いますが⋯⋯。
――それには一九七一年に行なわれた同様の調査との比較が示されていますが、日本人がいちばん仲よくしたい国は、現在中国となっています。一九七一年五月の調査では日本人の約三分の一がアメリカを一番の国としてあげていたのに、それが今では日本人の三分の一以上が中国を一番の国にあげ、 アメリカを二番にしているのです。(『文藝春秋』、1972年4月、p152)

(注2)ミラー 都留教授、アメリカの視聴者に話して下さい。この条約をアメリカが廃棄したらどんな利点がありますか。
★都留アメリカにとっての利点は、条約を廃棄させることで日米間の関係を本当に健全で、有益な基礎に置くことになると私は思います。なぜなら私にとって、私たちの心にとって、条約の一つの欠点は、一つの根本的な欠点は、条約が私たちの近隣の国々を消防士と放火者に類別していることです。アメリカは消防士であって、放火の素質のある者は日本の西側になっています。私たちはこの種の類別を好みません。(上同、p153)

2024年6月29日土曜日

”日米安保信仰"から脱却を

 雑誌『文藝春秋』(1972年4月)に、「アメリカは「安保」を廃棄する」という対談記事が気になって読んでみました。全米の世論を沸騰させたテレビ討論番組を再現した記事でした。この記事を通して、1971年当時は朝日新聞が日米安保条約を、”日米安保信仰"と批判していたことを知りました。「いずれにせよ、かたくなな”日米安保信仰"から脱却することが、自主的安全保障政策追求への第一歩である」(注)と主張していたのです。
 現在の情勢は、ラヘナルが言ったように「近隣の国々を刺激して軍備競争へ、核の軍備競争へ」おいやった結果です。だからこそ、「かたくなな”日米安保信仰"から脱却することが、自主的安全保障政策追求への第一歩である」という真理に確信を持つべきです。
ショーンブルウン 時代遅れどころではありません。新しい交渉の世紀についてのいろいろな希望に害をあたえる、古い恐怖だとか不信感をうえつけています。いまこそ軍事的障壁を取払い、新しい平和で経済的な文化計画で安保条約にとって代わるときなのです。
 とにかく、よその国がセールスマンを送っているところへ、わたしたちの兵士を派遣することには、アメリカ国民はもう我慢できません。戦争で引き裂かれたアジアの人々は、平和と発展をこいねがっています。日本のあらゆる世論調査や、選挙は、少なくとも日本人の半数が、意図的ないろいろな宣伝運動にもかかわらず、いまは安保条約の廃棄に賛成していることを示しています。彼らに進むべき新しい道を提供する政府はどんな政府でも、非常な大多数の支持をかちとることができるでしょう。
 日本でもっとも大きな日刊紙の朝日新聞は今年の年頭に、すでに多数の国民が条約の解消に賛成し、新しい非軍事的な取りきめを結びたいと思っていると述べています。もし平和に対する国民の希望がさらにくじかれれば、抗議と、重大な国内的不安定が生じるかも知れません。(上同、p135〜136)

ラヘナル 日本としてはその近隣の国々を刺激して軍備競争へ、核の軍備競争へおいやることは、考えうる最悪の行為だと私は思います。(上同、p137)

ショーンブルウン ライシャワー教授の、 条約の廃棄は、日本の軍国主義化を非常に促進させるだろうという説に同意なさいますか
都留 いいえ、私はそうは思いません。私の答えは正反対になるでしょう。その質問は不適不適当なものに思います。なぜなら事実、その条約は徐々に日本を軍国主義の道を歩ませ、そして日本に産軍共同体を芽生えさせた責任があります。この条約が長く続けば続くほど、この趨勢を止めるのはますます難しくなるでしょう。(上同、p151)
 
(注)中立化を支える最大の力は、いうまでもなく、国民多数の合意とこの政策をつらぬく決意であろろ。この点についても、わが国の政治勢力の間に、徐々にではあるが、変化の兆がみえる。自民党の一部に安保条約を軍事色のない友好協力条約に衣替えさせるという考え方が芽ばえ、一時は「安保肯定」に傾斜したかにみえた昆社党内にも、再び設階的解消論が強まっている。各種の世論謝査の結果は、過半数の国民が広い意味での中立志向型であることを示しており、数年の時間的余裕をおけば、中立化の方向で国民的合意の形成が必ずしも不可能ではないと判断する。いずれにせよ、かたくなな”日米安保信仰"から脱却することが、自主的安全保障政策追求への第一歩である。(『朝日新聞』、1972年1月1日)

2024年6月28日金曜日

『幸福な王子』に学ぶ

 日本にいる限り平和を享受できていますが、世界に目を向けると戦禍は一向に止みそうがありません。どうしたらいいのでしょうか。
 今、放送大学の高田英和先生のゼミで、『幸福な王子』を読みあっています。その中で先生は、「情報は、西側寄りの情報に偏っている、ウクライナ側でもない、ロシア側でもない、第三の道はないものでしょうか」、といった内容のことを話されました。先生の話を聞いたとき『幸福な王子』が語った次の言葉を思い出しました。

「私が生きていて人間の心を持っていたころは、涙とはどんなものか、知らなかった、それというのも、無憂宮に住んでいたからで、そこへは、悲しみがはいることを許されていないのだ。昼間は友達と庭で遊び、夜になるとわたしは大広間で舞踏の先頭に立った。庭のまわりには、とても高い塀がめぐらしてあったが、その堀のむこうには何があるか、聞いてみたいとも思わなかった。まわりのものがみんなそれほどきれいだったから、廷臣たちはわたくを幸福な王子と呼んだし、わたしもじっさい幸福だったのだ、もし快楽が幸福であるとしたらね。そんなふうにわたしは生き、そんなふうにわたしは死んだ。ところが死んでしまうと、みんなわたしをこんな高いところに立てたものだから、わたしの町の醜さとみじめさがすっかり見えてしまうのだ、そして私の心臓は、鉛でできているが、それでもわたしは泣かずにはいられないのだ」(『幸福な王子』、p12)
 生前の王子にとっては、堀の内側での生活がすべてだったけれど、堀から出て高台に立ってみると今まで見えなかった、見ようともしなかった世界が見えてきたのです。堀から出ないと新しい世界が見えないのと同じように、目に見えない堀から一歩出てみないと、例えばウクライナへの武器供与以外の選択肢はないのだろうか、第三の道はないのだろうか、といった新しい世界は見えてこないと思えたのです。
 そんなことを考えていたら、前に読んで気になっていたことを思い出しました。「家族だから、女だから、そういう鎖を断ち切るのではなく、溶かしていく、そんな音楽だった。/頭の中に、ビートルズが流れ出すのは、何年ぶりだろう」(湊かなえ著「C線上のアリア」『朝日新聞』、2024年4月3日)という言葉です。ここでいう鎖も、王子にとっての堀と同じではないか、と思ったのです。そして、案外、知らないうちに心に塀を築いてしまっていたり、心を鎖につないでしまっていることがあるのかもしれないと思いました。

2024年6月27日木曜日

エラスムスの平和思想

 湯川秀樹さんが絶賛していたエラスムスの平和思想に共鳴して、『平和の訴え』(エラスムス著、箕輪三郎訳、二宮敬訳註・解説、岩波文庫、1977年)を読み始めました。その内容は、例えば「戦争の惨禍が人びとを今なお苦しませている以上、あらゆる恵福をこの人びとに与えることこそ公正なとりはからいと申すべきです。事はあまりにも重大緊急であり、つまらない理屈を並べてその実現を遅らせることは許されません」(p94)などと、決して古びておりません。それどころか、ウクライナやパレスチナの人々のことを念頭に書かれていると錯覚するほどです。それだけ、普遍性のある内容に満ちているに違いありません。
 並行して手にした『人類の知的遺産 23 エラスムス』(二宮敬著、講談社、1984年)に、エラスムスの平和思想について、「彼の平和論のみが、普遍的な力を持ち続けている」と、次のように書かれていました。そこで、『戦争は体験しない者にこそ快し』という平和論もあることを知りました。並行して読みたい論考です。
「福音の教えの要諦は平和と一致にある」とする彼は、聖俗の要路にある人びとに対し、折に触れては平和を呼びかけているが、なかでも一五一七年の『平和の訴え』は、戦争と平和に関する年来の考察を一つにまとめたものとして代表的なものである。本巻に収めた『戦争は体験しない者にこそ快し』もまたこれと並んで、というよりも前者のように依頼に応えて執筆したものではなく、まったく自由に執筆したものだけに、彼の平和への思いがさらに率直に吐露されているように思われる。
 彼の平和論については、他の場所に書いたこともあり(岩波文庫版『平和の訴え』、訳註および解説)、ここに繰返すことは避けるが、ルネサンス期に見られる幾つかの(主として詩人たちによる)平和礼讃が、筆者の主観的意図の如何を問わず特定の権力と結びつく結果に終っているのに対し、「世界の市民でありたい」とし「ただキリストにのみ仕える」とした彼の平和論のみが、普遍的な力を持ち続けていることを一言つけ加えておきたい。(『人類の知的遺産 23 エラスムス』、 p384)

2024年6月26日水曜日

「見る」「描く」のひみつ

 ラスコー壁画に牛たちが描かれていることは知っていました。なんのために描かれたのか、考えたこともありませんでした。しかし、『はじめての絵画の歴史』(注)を読んで、この絵は、クロマニョン人が抽象的な思考を獲得していた証拠であないか、と考えました。つまり、動機はどうであれ、牛という動物を認識の対象として選ばれ、抽象的な牛として認識されていたこと、しかも、それは仲間との共通の認識であったことを示していると思えたのです。
 本には「絵は言葉より古いかもしれない」とありましたが、これだけ立派な絵が描けたのですから、牛に相当する言葉があってもおかしくはありません。牛という言葉の概念がなくても、相当する絵を描けるものなのでしょうか。絵と言葉の関係を研究すれば、人類が言葉を獲得した時期の推定が早まるような気がします。
(注)「絵」の歴史はとても古い。言葉よりも古いかもしれない。誰かが世界で初めて動物の絵を描いたとき、それを見ていた人もいただろう。その人は、次に本物の動物を目にしたとき、前よりもはっきりと見えたんじゃないかな。
「絵」を作るには、ものをよく見なきゃならない。今から1万7000年ほど前、フランス南西部のラスコー洞窟の壁に雄牛の絵を描いた人は、雄牛という生き物を注意深く観察していたに違いないよ。(『はじめての絵画の歴史 「見る」「描く」「撮る」のひみつ』、デイヴィッド・ホックニー著、青幻舎インターナショナル、2018年、p10)
 
 

2024年6月25日火曜日

魅力的な「脱成長社会像」

 斎藤幸平さんが目指す「脱成長社会像」、ニッポン大転換を経て目指す社会像を『サンデー毎日』で描いていました。
 まず、資本主義社会の限界について二点あげ
①貧富の格差
②気候変動や環境問題のため地球が持たない。
 次に、晩期マルクスの課題についても二点あげていました。
①持続可能性をどう維持するか
②資本主義の暴力性について(奴隷制、植民地支配、資源の収奪)
 だから、これらを大転換して、目指す社会像を下記の引用から次の五点にまとめてみました。
①安全さ、おいしい水や食べ物、義務教育の質の高さ、その他の生活文化など、GDPには表れないが米国と比べたらどれも優れているものにもっと重きを置く社会
②高齢者や働いている人、若者の教育や雇用、地球環境などを大事にする。
③競争はあってもいいが、その結果としてどんなに勝っても、三木谷(浩史楽天グループ創業者)さんでも孫(正義ソフトバンクグループ会長)さんでも1億円以上は取れないようにする。
④過剰なファストフード、ファストファッションなど、健康にも地球環境にもよくない商品の過剰広告は規制する。
⑤教育、医療、公共交通機関の無償化していく。
斎藤 *再生可能エネルギーや電気自動車が増えてもそれを作るのに資源、エネルギーが必要で、どこかで頭打ちになってしまう。そう考えると、GDPにとらわれない生き方ができないか。日本でいえば、安全さ、おいしい水や食べ物、義務教育の質の高さ、その他の生活文化など、GDPには表れないが米国と比べたらどれも優れているものにもっと重きを置く社会を発想で気ないか。それも脱成長の一つの考え方だ。
*資本はコモンズを私有化して成長したが、コモンズを回復していこうとマルクスは考えた。
*皆で管理するコモンズ型のコミュニズムを提唱している。(「斎藤幸平がニッポン大転換を説き明かす」『サンデー毎日』、2023年4月9日、毎日新聞社、p14)
田原総一郎 今の社会を仕切っているのは高齢者たちだ。
斎藤 仕切っている象徴的な人たちはいるが、そうじゃない大多数の高齢者は悪くない。満足に年金支給を受けてない人もいる。高齢者を大事にしない、働いている人を大事にしない、若者の教育や雇用を大事にしない、地球環境を大事にしない、こういうシステムはもちろん日本的システムでもあるが、資本主義という制度的問題として改めて考え直さないといけない。
田原 何をどう変える?
斎藤 脱成長型社会にする。市場をどんどん広げて経済成長していけばいいというマインドから脱却していくことだ。私は思想が専門なので、新しい価値観への転換を訴えていきたい。例えば、最大年収の上限を1億円にする制度を導入したらどうか。。誰もがベーシックなものに対し、最低限のアクセスができるようにする。井手英策(慶應義塾大教授)さんのベーシックサービス論に近い。(上同、」p15)

2024年6月24日月曜日

創造して生きてゆくこと

  理想の老いの姿についてイメージが変わりました。はじめは、マイナスイメージが大きかったのですが、やがて、年齢を重ねると、特に超高齢者になると些細なことにも幸福感を抱くようになる、と変わってきました。しかし、こうした変化は「待っていれば誰にも自然と訪れるもの」かどうかは不明でした。しかし、もう一歩進んだ考えを知りました。次のような老いて到達した無の境地のことです。

 人は老いて、日常が「無」の境地に至り、やがて、ほんとうの「無」を迎える。それが死である、そう感じるようになりました。(『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』、篠田桃紅、幻冬舎著、2015年、p53)

 篠田さんが芸術家だから、日常が「無」の境地に至るようにできたのかもしれません。しかし、普段から、毎日を創造的に生きるように努めていけば、多くの人が到達できる境地のようにも思えるのです。問題は、どうすれば「創造して生きてゆくこと」ができるか、です。
 それは、つまり、

 歳をとるということは、クリエイトするということです。作品をつくるより大変です。すべてのことが衰えていくのが、歳をとるということなのに、二重のハンディで、毎日を創造的に生きていかなければなりません。楽しいことではありませんが、マンネリズムはありません。(上同、p23)

 すべてのことが衰えていくのが、歳をとるということだとすれば、歳をとることは、エントロピーが増大することでもあります。そして、クリエイトするということはエントロピーを減少させることになり、老化に抗うことになります。日々創造に心を配ることが重要な所以です。

2024年6月23日日曜日

幸せは「ここにある」んです

 俳優・歌手の上白石萌音さんと、言語学者の川原繁人さんの対談番組、<スイッチインタビュー「上白石萌音×川原繁人」EP2>(2024年6月21日)を見ました。言語学のことはさておき、川原さんが言語学研究の過程で到達したという、「足るを知る」生き方(幸福論)に魅了されてしまいました。その部分の二人の対話を再現してみます。
川原 すごく意識しているのは、「幸せは今」ずっと研究してきて、本を書かなくちゃ書かなくちゃと、少し追われている感もあった。でも、気づいていないけど、私の人生美しいんだと思うようになって、結構忘れがちになるんじゃないですか。
上白石 そうですね。もっともっとと思っちゃいます。
川原 だから、すでに与えられている今の幸せをかみしめるように生きたい。
上白石 素敵な心がけですね。
川原 どうしても足りない、もっともっとという社会ですけど、一歩立ち止まって周りを見ると、世の中って素敵だな~。人って素敵だな~。人間ってすばらしいな~。声出せるってすごい、と感謝しかないんですよね。
上白石 まさにそういうことを伝えているわけですね。本で。
川原 それを伝えて行けたらいいなと思います。
上白石 わかりました。先生の本を読んで、なんで幸せな気持ちになったのかが。
   ”ここにあった”なんですね。
川原 そう、幸せはここにあるんです。
 川原さんのいう「もっともっとという社会」こそ、ゲーテが「近代の悪魔的速度」と批判したことです。川原さんは、言語学の研究を通して近代から現代社会内部の病理に気づいたのです。身の回りの素晴らしさに気づかない病理に気づいたのです。幸せは「ここにある」んだ、と。

2024年6月22日土曜日

帰還困難区域はblack box

  恐ろしい記事を読みました。放射線被害は、虫や動物によって拡散するという次のような記事です。

 人間や動物の何百万もの死体は、腐敗し、放射能汚染の環境下で突然変異し、さらに破壊的になったウイルスやバクテリアに感染して朽ち果てる。放射能の影響を受けない何兆匹もの虫、ハエ、のみ、ゴキブリ、しらみは、死体から生き残った人々に移動する。そして、大気や土など環境中の高濃度の放射能によって免疫メカニズムにひどい欠陥が生じてしまった人々に病気を伝染させる。ネズミなどの齧歯目動物は、だめになった下水道をすみかに、死体を食べて、何百万にも繁殖する。(『狂気の核武装大国アメリカ』、ヘレン・カルディコット著、岡野内正・ミグリアーチ慶子訳、集英社 、2008年、p28〜29)

 福島県には、帰還困難区域という高濃度の放射能汚染区域が存在します。そこには、自然死した動物の死体が存在します。汚染した「何兆匹もの虫、ハエ、のみ、ゴキブリ、しらみは、死体から」汚染していない動物や、やがては人体にまで影響を与えかねません。言ってみれば、帰還困難区域はblack boxです。そこで何が起きているか、しっかりと経過観察をしていかないと、とんでもないことになりやしないか、心配が膨らんでしまいました。

福島第一原発周辺の帰還困難区域の境界はバリケードでさえぎられている(2021年2月、福島県富岡町)

2024年6月21日金曜日

加速する日本語の崩壊

 エッセー「加速する日本語の崩壊」を読みました。言葉のみだれを痛感していたからです。
 私が感じている言葉のみだれは、言葉の使い方によるものです。本来言葉には、明確に対応するイメージが存在します。3という言葉から3個のリンゴやミカンがイメージできるように、です。
 ところが対応するイメージのあいまいな言葉が、あいまいのまま使われています。民主主義などの、そうした言葉からのイメージは、いろいろあって頭が囲乱してしまいます。
 しかし、加速する「日本語の崩壊」は、別次元のことでした。それは、日本古来からの「手書き文化」に関するもので、この国の国力にも影響があるというのです。さらに、手書きという「意識が言葉へと変わる日常不断の行為なくして、漢字や漢語を身につけ、使いこなすことはできない」ということを知って、もっと紙に手書きする時間を増やしたいと思いました。以下、紹介します。

 パソコンとそのネットワークの普及により、やがて書くことは終焉し、子供たちも画面上で漢字を学習するようになると空想する人もある。だが、筆記具の尖端が紙と接触・摩擦・離脱する筆蝕――その「手ざわり」「手ごたえ」「手順」――を伴って、意識が言葉へと変わる日常不断の行為なくして、漢字や漢語を身につけ、使いこなすことはできない。書くことが稀薄になれば、政治、経済、思想、宗教等の表現を担う漢語から日本語は急速に崩壊する。
 一九七〇年代半ばまで「書くことは大切」という社会的な暗黙の合意が広く存在し、家庭でも学校でも社会でも文字に対して口うるさかった。それが壊れた今、日本語の崩壊は加速している。
 歴史をふりかえると、七世紀半ばの白村江の敗戦の後、大陸から分かれて日本国を建てた原動力は、国を挙げての書字運動・写経にあった。近代に欧米列強の植民地化を免れたのも、蓄えた江戸漢学の力で西欧語を漢語に翻訳し、日本語に吸収しえたからである。書語の表現水準こそが真の国力。その力が、この国では危うくなっている。
 信じがたいという人は、子供の鉛筆の持ち方をのぞいてみるといい。そこに、書くことを忘れた世界最悪のぞっとするような光景を目撃することになるだろう。今必要なのは、のんきな「ダンス書道」や「漢字遊び」ではなく、鉛筆の持ち方、基本点画の書法に始まる抜本的な書字教育の再建なのだ。(『石川九楊著作集 別卷3』、ミネルヴァ書房、2017年、p523)

2024年6月20日木曜日

学びの真髄

 学びの真髄と思える文章に出会いました。次のように「答えの出ない問題を探し続ける挑戦こそが教育の真髄」というところは「答えの出ない問題を探し続ける挑戦こそが学びの真髄」と、置き換えることができるからです。
 学べば学ぶほど、未知の世界が広がっていく。学習すればするほど、その道がどこまでも続いているのが分かる。あれが峠だと思って坂を登りつめても、またその後ろに、もうひとつ高い山が見える。そこで登るのをやめてもいいのですが、見たからにはあの峰に辿りついてみたい。それが人の常であり、学びの力でしょう。つまり、答えの出ない問題を探し続ける挑戦こそが教育の真髄でしょう。(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p191〜192)
 例えば、ラファエッロ作「アテネの学堂」の中心人物がプラトンとソクラテスを描いたことまでは知っていましたが、プラトンはレオナルドの似顔絵で、ミケランジェロは、ラファエッロの自画像、ユークリッドは、ラファエッロの先生だったブラマンテの似顔絵であることを知りました。(『もっと知りたいラファエッロ 生涯と作品』、池上英洋著、東京美術、2009年、p12)すると、なぜ、このように描いたのであろう、という疑問が生じました。「学べば学ぶほど、未知の世界が広がって」きたのです。

2024年6月19日水曜日

ニーチェの物質文明社会批判

 以前「核の脅威のない未来を築く」において、核戦争の脅威のない未来を築くためには、現代の物質主義・技術主義的な価値観からの離脱が必要であり、そのためには、ゲーテによる「性急な行動による暴力・蛮行」が横行する物質文明社会批判に耳を傾けるべき、と述べました。
 実は、哲学者のニーチェも「落ち着き不足から、我々の市民社会には新しい野蛮性が拡大する」と、次のように文明批判をしていました。
 ゲーテが早くから気づいていたことを、後にニーチェが(「『人間的、あまりにも人間的な』で)次のように文章化した。「落ち着き不足から、我々の市民社会には新しい野蛮性が拡大する。行動する人々、すなわち落ち着きを失った人々は、時間の無いことにより価値を置く。ゆえに人間がもつ性質の、穏やかでゆったりした要素を大幅に強化するよう取り組まねばならない」。(『ファウストとホムンクルス:ゲーテと近代の悪魔的速度』、マンフレート・オステン著、慶應義塾大学出版会、2009年、p34)
 ニーチェの言葉には、続きがありました。
 けれども、心と頭のなかが安静で堅固になっている個々人は誰しもすでに、自分がたんに良い気質ばかりでなく、一つの普遍的に有益な徳を所有しており、この徳の維持によって一つの高級な任務をさえ遂行するのだと信ずる権利を持っているのである。(『ニーチェ全集6「人間的、あまりにも人間的な」』、白水社、1980年、 p261)
 このところを読むと、「穏やかでゆったりした要素を大幅に強化するよう」取り組むことで、戦争気分も一掃されそうな気持ちになってしまいます。もちろん、「「落ち着き不足から、我々の市民社会には新しい野蛮性が拡大する」というのが真ならば、という条件付ですが。

2024年6月18日火曜日

「言葉の乱れ」は「社会の乱れ」

 普段、無意識に使用している言葉ですが、実は、その言葉ごとに、対応する共通したイメージを抱いています。犬は、犬一般を指していますし、川という場合、その言葉には、大小さまざまな水の流れをイメージすることができます。しかし、対応するイメージが曖昧な言葉もあることに気がつきました。中国から伝わってきた漢字が、文字として認識される過程について論じた次の文章を読んだときです。

 三本の縦線を隣合わせに並べた「川」が、まわりより一段低い地面を上から下へ速く、また遅く流れゆく水の流れをあらわす。また、左方向へはねる斜線と右方向へはねる斜線とが上部の一点で触れ合う「人」が、田野で働き、宮都で政務にいそしむ二足歩行の老若男女をあらわす。そんなふうに縦・横・斜めに走る数本の線の図形と、ありとあらゆるもののイメージとが結びつくのは、文字のを知らなかった人びとにとっては、目眩く経験だったにちがいない。三本線の「川」と、暮らしに役立ち、荒れ狂うと危険でもある水の流れとは似ても似つかないし、二本の線が斜めに向き合う形の「人」と、それぞれに喜怒哀楽を感じつつその日その日を暮らす理性的な動物とは、これまた似ても似つかない。そういう似ても似つかぬものをあらわす線の図形が、次々に登場する。それが漢字というものだ。そんなことがどうして可能なのか。漢字の背後にもののイメージが潜んでいることを理解し始めた人びとは、霊妙な出来事でも出会ったような思いで線の交錯する図形を見つめたにちがいない。(『日本精神史 上』、長谷川宏著、講談社、2023年、p144)

 漢字の背後に潜んでいるもののイメージが曖昧な言葉の典型は、民主主義という言葉です。このことで問題なのは、曖昧な言葉がそのまま社会に流通していることです。このような現象を言葉の乱れと定式化したとき、社会の乱れの原因は言葉の乱れにあるのではないか、と感じたのです。
 言葉の乱れということに焦点を合わせると、戦争と言わずに事変と言ったり、軍備品を防衛装備品と言ったりもそうですし、国会答弁で横行している誠実に答えないではぐらかしたり、答えを差し控えることも、言葉の乱れそのものです。まずは、言葉の乱れを集めてみることから始めてみたいです。

2024年6月17日月曜日

ウクライナは戦闘の終結を

 ウクライナ戦争が終わりません。「『敗北』を認める能力」に書いたように、ウクライナが徹底抗戦の構えを崩さない中、それは当然です。問題は、それが正解か、ということです。日本をはじめ、西欧諸国がウクライナの徹底抗戦を支援しており、正義の名の下に武器弾薬が使用されています。当然街は破壊され、命も犠牲にされています。
 ことわざに「命あっての物種」というのがあります。何事も生きていればこそできるのであって、死んでは何にもならないのです。「『敗北』を認める能力」で、「プラハとパリが無血開城することによって、屈辱とひきかえに大規模な破壊を免れた」ことを紹介しましたが、北京も、盧溝橋事件のときに、『美しい北京を壊すのはやめよう。』と、中国軍がしりぞいて北京を守っていたことを知りました。盧溝橋事件に遭遇した遠山正瑛が目撃したこととして、次のように書かれていたのです。
 北京でもうちあいがおこなわれて、正瑛たちの家の上を、大砲のたまがヒュルル、ヒュルルと、とんでいきました。正瑛たち日本人は、北京の大使館にあつめられて、ろう城生活をしました。でもそのうちに、『美しい北京を壊すのはやめよう。』
 といって、中国軍がしりぞきました。そのけっか、日本軍が北京を占領し、正瑛たちもろう城生活をとかれました。でもそれからは正瑛たちもあぶなくて、研究旅行ができなくなりました。(『みどりのゆめ一すじの60年 世界のさばくと遠山正瑛』、岡本文良作佼成出版社、1987年、p86)
 さらに、
 正瑛たちは、ふだんから、 中国を第二の祖国のように思っています。それに日本は中国に戦争をしかけたりして、たいへんめいわくをかけてきました。そういうことも考えると、中国のためにつくしたいというゆめは、ますます大きくふくらんで、がまんができなくなってきます。(上同、p131~132)
 ウクライナも、敗北を認めても決して不名誉なことではありません。それに、プラハやパリ、北京のように、いつかは、元のように領地も返還されるはずです。これ以上の犠牲を出さないよう、戦闘を終結させて欲しいです。

2024年6月16日日曜日

自分自身を支配する力

 レオナルド・ダ・ヴィンチが画家であると同時に、多彩な顔を持っていることまでは知っていました。しかし、その多才ぶりまでは知りませんでした。『はじめてであう絵画の本 1 レオナルド・ダ・ヴィンチ』(アーネスト・ラボフ作、みつじまちこ訳、あすなろ書房、1995年)によると、なんと、「画家で、彫刻家。そのほかにも、哲学者、発明家、作家、建築家、植物学著、生物学著、都市計画者、空気力学者、水力技術者、言語学者、音楽家、、そして数学者など、たくさんの顔をもっていいた」(『はじめてであう絵画の本 1』、 p7)そうです。改めて、よくもこれだけの仕事を成し遂げたものだ、と感心してしまいました。しかし、彼が書き残してくれた言葉を知って、彼が多彩な業績を残せた秘密を知ることができました。
レオナルドは、こんなことをかきのこしている。
「人は、自分自身を支配する力と、おなじ大きさの力しかもちえない」
「人の手による研究で、数学的なうらづけのないものは、ほんとうの科学とはよべない」
「経験という恋人がいるからこそ、いいものがかけるんだ」
真実はすばらしい。たとえ、どんなにささいな真実でも、かならず尊いものになるんだ」(上同)
 つまり、レオナルドが多彩な業績を残せたのは、「自分自身を支配する力」の重要性を知っていて、よく自分自身を支配できたから、と思えたのです。これからでも遅くない、私もよく自分自身を支配できるようにならなくちゃ、と。
 さらに、「どんなにささいな真実でも、かならず尊いものになる」という言葉にも感動しました。そして、日本国憲法に込められた「真実の言葉」を、「かならず尊いものになる」まで<しっかりと守って>行きたい、と決意を新たにすることができました。

2024年6月15日土曜日

世界に誇れる大型赤外線望遠鏡

 日本に科学施設は、スーパーカミオカンデ(主にニュートリノという素粒子を観測している巨大な装置です。ニュートリノ観測にょって宇宙や物質の謎を解き明かすことができます)が有名ですが、そのほかにも、岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の地下に建設された大型低温重力波望遠鏡、仙台市青葉区にある『巨大な顕微鏡』ともいわれる次世代放射光施設ナノテラス(「文化国家日本を目指す」)など世界に誇れる科学施設が多くあります。この度、その仲間に、南米チリの5千メートルを超える高地に大型赤外線望遠鏡「東京大アタカマ天文台」(TAO)が加わりました。朝日新聞のニュースで知りましたが、誇らしく思うと同時に、世界に誇れるものがあるほど、世界に大切にされ、武力で攻め入るような国がなくなるに違いない、と思いました。
 わかりやすい解説記事「ニュートリノって何? | スーパーカミオカンデ 公式ホームページ」があることもわかりました。誇れる日本に乾杯!です。
 南米チリの5千メートルを超える高地に大型赤外線望遠鏡「東京大アタカマ天文台」(TAO)が完成した。計画のスタートから四半世紀、「標高世界一の天文台」の建設は苦難の道のりだった。いよいよ始まる観測で、どんな宇宙の謎が解き明かされるのか――。
 アタカマ砂漠の乾燥した大地にそびえるチャナントール山。TAOの観測施設が完成したのは、その山頂(標高5640メートル)だ。4月末、首都サンティアゴであった完成式典には、東京大や文部科学省の幹部のほか、チリ政府の関係者ら200人ほどが出席した。
 「チリの高地に設置された世界トップクラスの赤外線望遠鏡は、宇宙の探査と生命の起源の探求に向け、画期的な成果をもたらすことだろう」。チリ外務省のフリオ・ブラボ・ユビニ局長は、そうあいさつした。
 TAO計画が始まったのは1998年。見渡す限りの荒野で、まずは山頂につながる仮設道路づくりから始めた。
 酸素は平地の半分ほどしかない。「高山病を防ぐため、全員が酸素ボンベを背負って工事を進めた」。東京大アタカマ観測所長の宮田隆志教授(赤外線天文学)は、そう振り返る。
 冬になると寒く、積もった雪がなかなか溶けない。過酷な環境のなか、日本人120人を含む350人で難工事を進めた。2009年には口径1メートルの小型望遠鏡を設置し、「標高世界一の天文台」としてギネス世界記録に認定された。
 「その後も、チリ国内の暴動やコロナ禍など苦難の連続だった」と宮田さん。観測運用棟や口径6・5メートルの大型望遠鏡を収める施設が完成し、日本から運び込んだ大型望遠鏡を据え付けた。(<標高世界一の天文台、宇宙に迫る 日本、「すばる」に加え地球の裏からも観測>『朝日新聞』、2024年6月14日)

2024年6月14日金曜日

民主主義を育てていく

 日本は、静かにファシズムが進行しているのであって、それを支えているのが「消費者民主主義」です。そう主張しているのは、『熱狂なきファシズム ニッポンの無関心を観察する』の著者想田和弘さんです。直接声を聞いてみましょう。
 政治家は政治サービスの提供者で、主権者は投票と税金を対価にしたその消費者であると、政治家も主権者もイメージしている。そういう「消費者民主主義」とでも呼ぶべき病が、日本の民主主義を蝕みつつあるのではないか。
 だとすると、「投票に行かない」「政治に関心を持たない」という消極的な「協力」によって、熱狂なきファシズムが静かに進行していく道理もつかめます。(『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』、想田和弘著、岩波ブックレット、2013年、p60)
 どうでしょうか。
 「政治家は政治サービスの提供者」という言葉に反省させられたことがあります。選挙が終われば、議員との関係が途切れてしまってきたことです。議会での動きを聞こうともしなかったし、報告会らしき案内も、ありませんでした。本来なら、議員の方に報告の義務があるのでしょうが、議員とのコンタクトを取ろうともしなかったのも事実です。
 想田さんによれば、「まずは私たちが消費者的病理に陥っていることを認識し、一人ひとりが民主主義を作り上げていく、あるいは守っていく主体になる覚悟を決めることが、長い闘いの第一歩」(上同)になります。その具体策の一つが、議員との恒常的なつながりを築いていくことになりそうです。そうして民主主義を育てていくことは憲法を実現していくことでもあるのです。

2024年6月13日木曜日

戦争を根絶するために

 すでに、「民間空港の”軍事基地化”」が進んできていることは述べました。このような強行路線も、その前提に、日本の平和が守られてきたのは、日米安保による圧倒的な軍事的優位があったから、(注1)というのがあるようです。典型的な抑止論の理論です。
 それゆえ、中国が軍事力面においても力を増し、日米安保による圧倒的な軍事的優位が揺らいできているという認識のもと、そうした現状を打破するため、日本のさらなる軍事力の拡大は避けられない(注2)というのです。
 ここで問題になるのは、破綻していることが明白な抑止論の理論にしがみついていることです。もし抑止力理論が正しかったら、戦争など起きないはずがないからです。しかし、現実は今でも戦闘が続いています。ウクライナ戦争は、抑止力バランスは”いつかはほころび”、戦争になってしまうことを教えてくれたのです。金子氏によれば「ウクライナ戦争は、軍事力がいまなお国際政治を規定する主たる要素」(注3)であることを示してくれた、といっていますが、とんでもないことなのです。
 では、どうすればいいのでしょうか。
 抑止論の理論の間違いに気づくこと、敵視政策をやめて、あらゆる国の共存政策を推し進めていくこと、日本国憲法の平和政策を世界に広めていくことです。世界全体の平和があって初めて、各国の平和も保障されるからです。

(注1)米国と日本をはじめとする同盟網の総合力が平和的解決以外の選択肢を無意味にするほど圧倒的だったことが、東アジアの「長い平和」をかたちづくってきた。しかし、中国の急速な軍拡により、日米同盟の側に有利な東アジアの軍事バランスは、想定をはるかに上回るスピードで変質している。(金子将史著「新安保戦略で東アジアに『一世代の平和』を」『ボイス』2022年6月号、p97)
(注2)喫緊の課題は、中国が中距離こサイル戦力で優位にある状況(ミサイル・ギャップ)への対処である。北朝鮮も含めて北東アジアにおけるミサイルの脅威は急伸しており、ミサイル防衛に莫大な追加費用を投じても見返りは少ない。拡大核抑止を含む日米の防衛協力強化、米国中距離ミサイルの日本配備、自衛隊基地などの抗堪性向上に加えて、日本自身が打撃力や反撃力をもつととで攻撃や恫喝を抑止することを考えねばならない。(上同、p98)
(注3)ウクライナ戦争は、軍事力がいまなお国際政治を規定する主たる要素であることを、日本と世界に改めて思い起こさせた。(上同、p95) 

2024年6月12日水曜日

『概念化』の過程

 石川九楊という名に惹かれて『ひらがなの美学』(新潮社、2007年)を手に取ってみたら、”書”の解説に書かれていた『概念化』の過程に興味をそそられました。憲法の問題で”概念化が必要ではないか”と考えていることがあったからです。
 解説されていたのは、『古今和歌集』の歌「梅が香を袖にうつしてとどめてば春は過ぐとも形見ならまし」の”書”でした。まず、
 
 第3句が「ととめては」ではなく「とめたらは」という具合に、一般に流布する歌形とは異なるうえに、「とめたらは」の「は」がぬけおちて「とめたら」になってしまっています。(『ひらがなの美学』、p5)
 なぜ、「は」がぬけおちているかを考察した結果、3行目行頭の”はる”の「は」は、ぬけおちた「は」を兼ねた”二重化”された「は」だというのです。
 そう考えて調べていくと、同様の例が他にいくつも見つかりました。また前の字の最終筆と後の字の第1筆が連続する筆画の二重化は、書道界では一般に連綿(つづけ書き)の際の技巧の一種とのみ認識されてきたのですが、これも「掛筆」として概念化できそうです。(『ひらがなの美学』、p6)
 つまり、歌の「とめたらは」部分が”書”では「とめたら」となっているのは、「は」がぬけおちたのではなく、”書の概念”である「掛筆」に従っていたにすぎない、ということです。一つの概念によって、一つの”書”の作法が共有されるようになった」と言えるようです。

2024年6月11日火曜日

民間空港の”軍事基地化”進む

 雑誌『世界』に、「吉田敏浩著「ルポ軍事優先社会」という連載記事があり、最終回の7月号は「佐賀空港にオスプレイはいらない —— 自衛隊駐屯地建設差し度目の訴え」でした。知りませんでした。民間空港の軍事基地化が強引に進められていたとは。
 しかも、「一七機の値段は諸経費込みで総額約三六〇〇億円といわれる」『欠陥機』を、民間空港を拠点に運行されるというのです。それだけではありませんでした。「小野寺五典防衛相は25日、佐賀県の古川康知事と県庁内で会談し、佐賀空港を米海兵隊の垂直離着陸機MV22オスプレイの本土での補給・訓練拠点にする考えを示し」(『赤旗』、2014年8月26日[米軍オスプレイ佐賀空港配備/本土の訓練拠点に])米軍のオスプレイも、佐賀空港を補給と訓練の拠点にしようとしているのです。許せません。

「『世界』、2024年7月、p182」より
 墜落原因の調査が完了しないまま、具体的説明もせずに実態を隠して、米軍も自衛隊もオスプレイを飛ばせている。安全よりも軍事的都合を重視して、人命を軽んじている。世界中でオスプレイを輸入したのは日本だけで、計一七機の値段は諸経費込みで総額約三六〇〇億円といわれる。いまやオスプレイは安全性を疑われ、武器輸出での利益も見込めない。アメリカでは同国の二〇二四会計年度(二〇二三年一〇月〜二四年九月)から機体の生産ライン停止に踏み切るという(「沖縄タイムス」二0二四年五月六日朝刊)「飛行再開は許せません。『欠陥機』だからまた落ちるでしょう。そんなオスプレイを自衛隊は佐賀空港に配備するため、駐屯地を建設しています。配備に反対する私と仲間たちが建設用地内に持つ土地の所有権を無視して、強引に進めているのです」と憤りを表すのは、佐賀市に住み、有明海で海苔養殖業を営む古賀初次さん(75)だ。
 佐賀空港は佐賀市南端の有明海沿岸にある。防衛省は昨年六月一二日に、空港に隣接する三四・一ヘクタールの建設用地で工事を開始。連日、地盤改良用の土砂を運ぶダンプが出入りし、ショベルカーが動き回る。(『世界』、2024年7月、p183〜184)

2024年6月10日月曜日

戦慄した「ロシア領攻撃ニュース」

 ウクライナ軍が「ロシア領を攻撃!」というニュースに戦慄してしまいました。戦禍が収まるどころか、「ますます拡大してきている」と感じたからです。その上、ロシアのプーチン大統領が「主権と領土の保全が脅かされればあらゆる手段を使うことが可能だ」と核兵器の使用をほのめかしているのですから、尚更です。
 さらに言えば、戦禍の拡大傾向を批判しない(8・9日の社説で取り上げられることはありませんでした)どころか、「遅すぎた目覚め」などと煽っているかのような”マスコミ報道の姿勢”には、正直がっかりしました。無用な拡大を”諫める”社説を書いて欲しかったです。
「『朝日新聞デジタル』2024年6月7日」より

「『朝日新聞デジタル』2024年6月7日」より

 

2024年6月9日日曜日

「没頭力」の魅力

 最近、いろんな言葉に力をつけて「〜力」としてしまう傾向があります。「没頭力」も、そうしてできた言葉で、古代遺跡を発掘したシュリーマンの人柄を説明するのに用いられていました。次のとおりです。
 子どもの頃に抱いた夢を実現したシュリーマンは「没頭力」に優れた人でした。
 現代のデジタル社会では刺激や情報量が多く、気が散りやすいため、SNSなどで新しい情報を広く浅く取り入れて長時間を過ごしてしまいがちです。深く没頭するという経験があまりないという人もいるかもしれません。
 しかし逆に考えれば、今の時代はきっかけに満ちているとも言えます。自分が興味を惹かれるものや、さらに深く知りたいと思うものに出会うチャンスはたくさんあります。それをそのままにせず、自分のエネルギーを使って心惹かれることに没頭し、時間を忘れ、勉強してみる。そのことを何年、あるいは何十年にもわたって継続すれば、必ず大きなものが残るはずです。(齋藤孝「古代への情熱」『for ユース : 言葉は背中を押してくれる』、NHK出版編、日本放送協会、2024年3月、p 24〜25)
 このように「没頭力」は、何かを成し遂げる原動力となるものですが、それだけではありませんでした。「すべての寂しさを消し去って」くれる力もあったのです。「好きなことに没頭できる喜び」という項目の締めくくりとして「好きなことがある。これがすべての寂しさを消し去ってくれます」(『マヤコ一〇一歳 元気な心とからだを保つコツ』、室井摩耶子著、小学館、2022年、p39)と書かれていたのです。実体験だけ説得力があります。
 後期高齢者になった身のこれからは、どのような寂しさが襲ってくるかわかりません。だからこそ、日頃から「没頭力」を使うことで、やがて訪れるかも知れない寂しさに備えておきたい。

2024年6月8日土曜日

「売られる子どもたち」の衝撃

 図書館の新刊コーナーに、ショッキングな本が陳列されていました。『わたしは13歳今日、売られる。ネパール・性産業の闇から助けを求める少女たち』(長谷川まり子著、合同出版、2024年)です。アジア最貧国ネパールでは、少女たちが性産業に売られるケースが絶えないそうで、「50年以上もの間、人身売買という重大な人権侵害が放置され続け、30万人ともいわれる女の子たちが犠牲になった」(上同、p11)というのです。
 それでは、どうすればいいのでしょうか。
①知ることからはじめてみよう
 問題の解決は、「問題の現状がどうなっているのか」を知ることからはじまります。なにかに取り組むときも同様、それがどういうものであるかを知ることがはじめの一歩となります。南アジアの人身売買に関する本を読んだり、映画を見たり*、人身売買問題に取り組むNG0*のホームページを閲覧するなどして、問題の本質を知ることからはじめてみましょう。NGOが主催するイベントや報告会に出席したり、スタディーツアーに参加すれば、より深くリアルな情報を得ることができるでしょう。
 とくに、国連の定めるさまざまな記念日(国際デー)には、全世界で多岐にわたる啓発の取り組みが行われ、イベントなども企画されています(170ページ参照)。
②周りの人に知らせよう
 本やイベントを通して知ったことや感じたことを、友だちや家族など身近な人に伝えてみましょう。SNSを利用している人であれば、情報発信する万法もあります。1人の力は小さなものでも100人集まれば、100倍の力に、1万人集まれば1万倍の力になります。情報が拡散されることで関心を呼び、支援の輪が広がれば、問題解決を後押しする大きな力になります。(上同、p173〜174)
 他に、人身売買に関するどんな本が蔵書になっているかを調べて驚きました。私が気づかなかっただけで、たくさんあったからです。関心がなければ「見れども見えず」であることの証拠です。参考までに列挙しておきます。
1、『私は売られてきた』、パトリシア・マコーミック著、作品社、2010年:家族によって、インドの売春宿に売られるネパールの少女たち。貧困ゆえに、わずかな金で親に売られた13歳の少女の衝撃的な事実を描きながら、深い叙情性をたたえた感動の書
2、『子どもの人身売買 売られる子どもたち』、アムネスティ・インターナショナル日本編著、リブリオ出版、2008年
3、『世界中から人身売買がなくならないのはなぜ? 子どもからおとなまで売り買いされているという真実』、小島優著、合同出版、2010年
4、『告発・現代の人身売買 奴隷にされる女性と子ども』、デイヴィッド・バットストーン著、朝日新聞出版、2010年
 知った後は、日本国憲法との関連など、考えていきたいです。前文で、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」しているからです。

2024年6月7日金曜日

砂漠の緑化で世界平和に

 砂漠を緑化できたら、どんなに素晴らしいことだと思っていました。ところが、すでに砂漠を緑化してきた実績が日本人の手で成し遂げられていたのです。一人は農学者の遠山正瑛(1906〜2004年)さんです。『みどりのゆめ一すじの60年 世界のさばくと遠山正瑛』(岡本文良作、高田勲絵、佼成出版社、1987年)という本もあることがわかりました。 
 遠山さんは、中国の内蒙吉自治区のエンゴペイ砂漠の農地化に成功した人です。「エンゴペイ」はモンゴル語で、「平和、幸せ」という意味で、かつては緑が茂る地域でした。一九九五年までに成長の速いポプラの木が一〇〇万本植えられ、二〇〇一年までには三〇〇万本となり、彼の緑化活動は貧困に苦しむ人びとを救いました。
 遠山さんも「砂漠の緑化は世界平和に緊密に関わる。地球の三分の一の土地は乾燥しており、地球の温暖化、人口の増加や無制限な開戮などは、砂漠化を加速させ、これによって糧食不足などの問題は深刻化している。だから秘漠を緑化して、砂漠化を止めるのはこれらの問題を解決する上で最善の選披なのだ」と語りました。
 いま、日本と中国は領土問題などをめぐって関係が必ずしもよいとは言えませんが、遠山さんは、砂漠の緑化は中国への恩返しでもあり、昔の日本は中国からいろいろと学び、それを各分野で活かしたとも話しています。日本と中国が共通の目標をもち、協力していくことがアジアの平和や安定にも役立つことは言うまでもありません。(『武器ではなく命の水をおくりたい 中村哲医師の生き方』、宮田律著、平凡社、2021年、p52)
 もう一人、インドで植林に成功した杉山龍丸(1919〜87年)さんです。「 農業が平和の基本と考え、インドとパキスタンの幹線道路にユーカリの木」(上同、p53)を植林したのです。調べたら、「インドの砂漠を緑に変えた グリーンファーザー 杉山龍丸 - YouTube」と紹介されていました。以下そこからの写真です。
 そして、中村哲さんの仕事です。日本が、こうした事業を積極的に進めていけば、攻められるなどということは、ありません。これなら、高額な軍事費より、ずっと安い防衛費になりそうです。





この不毛な大地が蘇ったのです


2024年6月6日木曜日

後で後悔しないために

 衝撃的な言葉に出会いました。「大阪は、すでにレジスタンスの局面に入りつつある」という言葉です。「二〇一二年夏、橋下徹大阪市長がまだ人気絶頂の頃、劇作家で大阪大学教授でもある平田オリザ氏が僕にそう言った」(『熱狂なきファシズム ニッポンの無関心を観察する』、想田和弘著、河出書房新社、2014年、p16)というのです。
 続いて、言います。
 橋下市長に支配された大阪を、ナチス占領下のフランスになぞらえた平田氏に、僕は思わず仰け反ったった。ユダヤ人を強制収容所で大量虐殺したナチス・ドイツと橋下市政では、深刻の度合いが全く違う。そういう意味では、大げさな形容である。
 だが、考えれば考えるほど、平田氏の用いたアナロジーは的外れではないように思えた。いや、むしろ構造的には、大阪の状況を先取りした形で正確に言い表しているように思えた。
 というのも、橋下氏が全体主義を志向する独裁的な政治家であることは、これまでの彼の行動や発言から、もはや疑いようがない。(上同)
 これらの話は、大阪に限ったことでしょうか?
 日本国憲法という素晴らしい憲法を持ちながら、どんどんと憲法の理念から乖離してきています。にもかかわらず、効果的な反撃もできず、またもや大幅な軍事費増がなされようとしています。だからこそ、「日本も全体として、すでにレジスタンスの局面に入りつつある」のかもしれません。もっと進んで、「レジスタンスの局面に入らなければならない」のです。
 そうでなければ、「そんなはずじゃ、なかった」と後悔するようになるかもしれません。
 後になって後悔するよりも、多様なレジスタンスを、できるところから始めていくべきなのです。後で後悔しないために・・・・。

2024年6月5日水曜日

伊藤若冲とルソーの類似性

 2024年6月2日放送日曜美術館は「美を見つめ、美を届ける(1)奇想の系譜 辻惟雄」でした。この放送で、精神科医・華園力さんの論文「創造性の地下水としての自閉スペクトラム特性」の紹介がありました。伊藤若冲作「南天雄鶏図」を例に、伊藤若冲の創造性の地下水としての自閉スペクトラム特性があるというものです。
 そもそも自閉スペクトラム特性というのは、特性細かいところに注目して全体を見ないという特性のことで、細部への焦点化、反復の繰り返しなどが見られるというのです。
 伊藤若冲作「南天雄鶏図」をよく見ると、「背景の南天と雄鶏顔同じ密度で描かれています。同じエネルギーで描かれているのです。背景と主題の差がありません。さらに南天の拡大図でわかるように、背景の南天は、一つ一つが丁寧に描き分けられており、熟してしまった一つの南天まで描き分けています。このように、細部への焦点化がはっきりと見られるのです」(華園力さんの解説より)。
 また、アンリー・ルソーの作品にも似たような傾向があるようで、華園力さんの論文「アンリー・ルソー:自閉スペクトラム特性特性が生み出した空想と現実のはざまの視覚世界」紹介だけありました。そういう目で「ヘビ使いの女」を見ると、平面的で、細部への焦点化も見られ、ルソーの作品理解に一歩近づいた気がしました。



ルソー作「ヘビ使いの女」

2024年6月4日火曜日

絵に流れる独特の時間

 原寸美術館という本があります。絵画の一部分を原寸で紹介した本です。ゲーテが「全てが悪魔的な速度で」と批判し、だから、と、ニーチェが「人間が持つ性質の、穏やかでゆったりとした要素を大幅に強化するように取り組まなければならない」と主張していますが、ゴッホの作品は、こうした文明批評の対象そのものだったのではないか、そう感じました。「ゴッホにとって、夜はたまらなく不安な時間だったに違いない。発作を恐れ、死の予感に押しつぶされそうになりながら、猛烈なスピードで制作に打ち込むこと。それだけが画家の心を、しばし安らかにした」からです。
 それに対し、「穏やかでゆったりとした要素」を描いたのが、ワイエスではないでしょうか。解説に「一本一本の線を、機械のような精密さで描き加えていったワイエスの手もとを実感することができれば、それは同時に絵に流れる独特の時間に触れている」とありましたが、ここの「絵に流れる独特の時間」こそが、ニーチェのいう「穏やかでゆったりとした要素」そのものに、私には思えたのです。

ゴッホ作『星月夜』の部分「
 印象派の画家たちによって一気に広まった「ぶっつけ描き」アッラプリマ技法。この技法を、自家薬籠中のものとして独自のスタイルに結びつけたのはゴッホだった。ゴッホ作品には、この技法ゆえに成しえた奇跡がいくつか隠されている。
 ひとつめの奇跡は、画家の感情まであらわにするような筆の跡。
 溶き油によって薄めることをしない厚塗りの可能性に注目したゴッホは、絵具の盛り上がりそのものをマチエールとした。
(中略)
 ふたつめの奇跡はスピード。
 誰にも等しく降り注ぐ陽の光を愛したゴッホにとって、夜はたまらなく不安な時間だったに違いない。発作を恐れ、死の予感に押しつぶされそうになりながら、猛烈なスピードで制作に打ち込むこと。それだけが画家の心を、しばし安らかにした。(『画家の手もとに迫る原寸美術館』、結城昌子著、小学館、2005年、p114)
ワイエス作『クリスティーナの世界』の部分
 まず知識や情報を横に置いて、ワイエスの原寸の画面を見つめ、その執念とも思える克明な描写に息をのんでほしい。
 描き込まれた荷車や梯子の陰影は、全図では画面の奥に遠慮がちに配されているようにみえるが、左の原寸部分を見ると、その精緻さゆえの圧倒的な存在感をもって描かれていることがわかる。
(中略)
 一本一本の線を、機械のような精密さで描き加えていったワイエスの手もとを実感することができれば、それは同時に絵に流れる独特の時間に触れていることになるのかもしれない。(上同、p154)

2024年6月3日月曜日

初年兵哀歌(檻)

 浜田知明の作品「初年兵哀歌(檻)」と、この作品に添えられて詩を知って、はじめは、軍隊を檻に例えた珍しい作品だと思いました。そのときから、誰にとっても、「軍隊は檻のようなもの」と思っていました。しかし、浜田さんだから、「軍隊が檻のようなもの」に感じ、そこから出ることができなかったのです。そう気づいたら、軍隊生活に慣れてしまった人たちは獣になってしまったということに気がつきました。
 浜田さんは、最後まで人間性を失うことがなかったから、「軍隊が檻のようなもの」に感じたのです。ゆえに、軍隊生活に慣れてしまい、真の軍人になったということは、人間性を失って獣になってしまったということになるのです。軍事訓練は、人間性を喪失させる訓練でもあったのです。

初年兵哀歌(檻)

かつて
僕は 
一兵士として 
丸五年の 生活を 
軍隊で過さねばならなかった。 
厳重に張廻らされた 
眼に見えぬ 
鉄格子の中で、 
来る日も 
来る日も 
太陽の昇らない 
毎日であった。[一九五三年]
(『浜田知明作品集 取引・軍隊・戦場』、浜田知明著、現代美術社、1982年、p83)

「『浜田知明作品集 取引・軍隊・戦場』、浜田知明著、現代美術社、1982年、p82」より)

2024年6月2日日曜日

研究の醍醐味

 東京湾を出て南の沖へ向かうと、伊豆大島や八丈島などの島々がほぼ一直線に並んでいます。それをさらに南へ辿っていった、東京から約1000kmのところに西之島はあります。
 この島は海の底にある火山の一部が海面上に顔を出した「火山島」で、面積は2021年6月時点で約4km2(東京ドーム約85個分)。複数の火山島や海底の火山が線状(弧状)に並ぶ「伊豆・小笠原弧」を構成する火山のひとつでもあります。


 また、この島に「さまざまな科学者」を派遣して、継続的に研究をしています。その様子をテレビで視聴しましたが、そのときの一人の科学者の”研究について”の話が印象的でした。
 研究とは仮説を立てたり、予測をしたりして研究を進めます。予想通りにものが動くのであれば、それ以上の研究は必要ないといって良い。
 それが、予測と違う、仮説と全く違う、毎回それが崩されていく。それこそ研究の醍醐味。裏切りであると同時に「こう来たか」という新しいものが出てくる。そうすると、また新しいことを考えることができる。裏切られては挑戦する裏切られては挑戦する、その繰り返しだある。
 そんな内容でした。
 この話を聞いて、研究観が変わりました。仮説が違っていたら、残念といったマイナス感情になると思っていたからです。仮説が間違ってよし、仮説通りで尚よし、が研究というものだったのです。

2024年6月1日土曜日

美術とネガティブ・ケイパビリティ

 今までにない”抽象画についての解説”を知りました。「分かることを拒否したうえで、さらなる高みで感覚に訴えるのが抽象画」だというのです。わからない段階で、それでもじっと対象に向き合うこと、わからない、と顔を背けてしまうのではなく、そのまま対象を受け入れてしまうのですが、そのとき題名を手がかりにすることが重要ではないかと思いました。
 しかし、題名を伏せて、ニコラ・ド・スタールの「サッカー選手」を見せて、サッカーを描いた絵だとわかってしまったら、必ずしも、題名にこだわる必要がなくなってしまいます。でもやはり、題名があった方が、よりインパクトがあるような気がします。
 後者の引用に「音楽や美術には、問題設定もその解決もありません。むしろ、解決できない宙ぶらりんの状態で、その芸術家が何とかして自分なりの仮の解答をさし出したのが芸術だからです」とありましたが、意味することがよく分かりませんでした。しかし、よく考えてみたら、音楽や美術は、言葉にならない感情や情念といったものを対象にして、その対象を描き出したものです。ですから、受け取り方も当然多様です。いろんな味わい方があっていいのです。ですから、ゴッホの萎れた向日葵の絵を見て、なんでこのような絵を、と疑問に感じる人もいるでしょう。その理由がわかれば、より感動的な作品になるかもしれません。
 分かることを拒否する点では抽象画も似ています。例えば、南仏のアンティーブでアパートから身を投げ、四十一歳で死んだニコラ・ド・スタールの「サッカー選手」と題された一連の作品があります。赤や黄や白、黒や紺のブロックのかたまりが、せめぎ合っているような画面です。サッカーを描くのであれば、数人がボールを取り合う写真が一番手っ取り早いのでしょうが、ド・スタールの絵は、確実に写真を超えて、そのせめぎ合いが伝わってきます。色と色のブロックがぶつかっているところに、汗が飛び散り、周囲の色からはサポーターの声援も聞こえてきそうです。絵を前にして、見る人はサッカー場にいる錯覚がします。画家の興奮がこちらにも伝わり、応援したくなるような色と形、筆のタッチなのです。
 分かることを拒否したうえで、さらなる高みで感覚に訴えるのが抽象画です。脳はまたそこで、自分が一段と進化した喜びを味わっているのかもしれません。(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p74)

 美術館で、ひとつの絵や彫剣を前にしたときの感動も、大人が関心を持っていなければ、子供が感動を覚えるはずがありません。
 まして、音楽や美術には、問題設定もその解決もありません。むしろ、解決できない宙ぶらりんの状態で、その芸術家が何とかして自分なりの仮の解答をさし出したのが芸術だからです。芸術には、問題解決という課題が課せられていないので、学習がまだその本質を失っていません。見た者、聞いた者は、何かを感じ、生の喜びを実感します。人生の無限の深さに感動するのかもしれません。
 詩もそうでしょう。詩はそもそも、何かを解決するため、結着をつけるために書かれるものではありません。音のつながり、意味の連関を味わい、感動するものです。(上同、p192〜193)