2024年5月31日金曜日

平和を維持するために

 日本ではすでに過去のもの、四捨五入すれば一世紀前のものであった戦争が、今、同じ地球上で行われているのです。精神科医の帚木蓬生さんは、「前途を閉ざされて戦場に赴く若者ほど、可哀想な人間はいません」(注1)と、戦争の戦争の理不尽さを訴えていましたが、太平洋戦争で”あれだけの悲劇”を経験しながら、一世紀経っても戦争がなくならないのです。
 そして、『きけ わだつみのこえ』を編集した渡辺一夫さんは、序のしめくくりにジャン・タルジューの詩を引用し、「・・・・/生き残った人々は、誰のこと、何を、慨いたらいい?/死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、/生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?」と問いかけました。
 そうした問いに対し、
 平和を維持していくためには、声をあげ、声を大きくして、戦争だけは絶対に回避しなければならないのです。(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p233)
 と答えています。
 そうなのです。「戦争だけは絶対に回避しなければならないのです
 そもそも、
 軍人の論理からすれば、どうにもならない難局を打破するには、戦争しかないのが当然です。針の穴に糸を通すようにして、何とか解決の道を探る、ネガティブ・ケイパビリティは、軍人の頭にはありません。
 先の戦争は、国の主権を軍部に乗っ取られた時点で、もう破滅への道を歩み始めていたのです。軍隊は、ネガティブ・ケイパビリティとは全く無縁の存在であり、それが大手を振って歩き出した先では、寛容も踏みにじられ、戦争が待っていると言っていいでしょう。
 平和を維持するためには、為政者は特に、そして国民ひとりひとりが、ネガティブ・ケイパビリティを発揮しなければならないのです。(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p235236)

 (注1)戦争のせいで、前途を閉ざされて戦場に赴く若者ほど、可哀想な人間はいません。これまで学んできたことが全く反故にされて、自分が人殺しの道具にされてしまうのです。しかも戦争は、例外なく若者ではなく、大人によって始められるのです。こんな理不尽なことはありません。(上同、p221)

2024年5月30日木曜日

鳥の目、虫の目歴史観

 鳥の目、虫の目という見方があります。鳥の目が、大局観と言われるもので、全体を一望できる見方です。それに対して虫の目は、一部分を拡大してその局所を詳しく見ようとする味方です。この鳥の目の観点でまとめた本が出版されました。『138億年のものがたり 宇宙と地球でこれまでに起きたこと全史』(クリストファー・ロイド著、野中香方子訳、文藝春秋、2023年)という壮大な本です。
 図書館によれば、「宇宙の年齢は? 恐竜に何が起きた? 人間はいつ火のおこし方を発見した? 気候変動がぼくたち全員に影響するのはなぜ? ビッグバンから新型コロナウイルスまで、宇宙と地球の歴史を語りつくす通史」ですので、読み通せれば、全世界を”一飲み”したような爽快感が得られるのではないか、と興味津々です。
 それに対して、虫の目の観点でまとめた本といったら、『ベルリン 1928-1933 黄金の20年代からナチス政権の誕生まで』(ジェイソン・リューツ著、鵜田良江訳パンローリング、フェニックスシリーズ、2023年)があります。同じく図書館によれば、「ワイマール時代のベルリンはヨーロッパの最先端であり、創造性、政治思想、性的自由が、忍び寄るファシズムの足音にもみ消される前に明るく輝いていた…。激動の時代を見事に表現したグラフィックノベル」です。
 私はこの本に刺激され、日本史における戦後の民主化で輝いていた時代から逆コースの波が押し寄せた時代を経て、松川事件の勝利までの歴史、約20年に限った虫の目の歴史を調べることを思いつきました。そのことで「どんな歴史が見えてくるか」が興味の対象です。

2024年5月29日水曜日

生かされてある幸せ

 生きるということについて、「生きている」ことと「生かされてある」あるいは「生かされている」ことの二面があることを初めて意識することができました。どちらかといえば、後者は意識することは少ないわけですが、意識し、生かされていることに感謝することげできれば、それだけで幸せに感じるものです。だからこそ、<歳をとることは、「生きている」という実感が少しずつ「生かされてある」という実感にとってかわられることかもしれない>(長谷川宏)ということなのでしょう。積極的に、活動的に生きていても、そうでなくても、幸福感が得られるということは素晴らしいことです。私にとって、新しい発見でした。
 生きていることと生かされてあること。二つの感覚がいつも同居しているのが人生だ。一人では生きられない、人間は社会的動物だ、といったことばが、そこから出てくる。
 外の世界にむかって、あるいは自分自身にむかって、積極的に力をおよぼそうとするとき、人は「生きていること」を実感する。反対に、外からの力が自分におよび、それが自分をゆたかにしてくれると納得できるとき、「生かされてある」と実感する。歳をとることは、「生きている」という実感が少しずつ「生かされてある」という実感にとってかわられることかもしれない。人といっしょに、物といっしょに生きていること。そのことが自然に受けいれられるようであれば、いい歳のとりかたをしているのだ。
 外にむかって自分から出ていこうとするときは、どこにむかい、なにをめざし、だれとつきあうのか、大いに選択の余地がある。おいしい物を食べたいし、きれいな服を着たいし、立派な仕事をしたいし、心やさしい人と恋をしたい。そう思って動きまわり、うまく行ったり行かなかったりする。それが「生きる」ということだ。
 「生かされてある」という思いは、自分が少し引っこんだ位置にあるとき、胸にきざしてくる。張りきる自分とは別に、その自分を冷静に見つめるもう一人の自分がいるようなときだ。冷静な自分には、張りきる自分がちょっと気恥ずかしい。(長谷川宏著「生かされてあること」『魂のみなもとへ 詩と哲学のデュオ』、谷川俊太郎・長谷川宏著、近代出版、2001年)

2024年5月28日火曜日

非人間的状況に〈異議申し立て〉を!!

  先週、何十年ぶりの北海道旅行で市立小樽美術館に寄ってきました。作品そのものよりも、柴橋伴夫さん書かれていた〈表現の獣性〉をめざして」という文章に感銘を受けてきました。その中で、

 表現者にとって最も大事なことは精神の自由を抱き続けることではないか。時代がどんなに悪くなってもそこから逃げないこと。つまり災害による被害と戦争の炎だけが映像となって私達の意識を〈支配〉してゆくというこの現実。混沌とした闇が魔王のように支配する世界。非人間的状況に対して〈異議申し立て〉をすべきなのだ。

 と結論していたのです。「災害による被害と戦争の炎だけが映像となって私達の意識を〈支配〉してゆく」という言葉に、正直いって衝撃を受けました。確かに、そうかもしれない、と。そして、「混沌とした闇が魔王のように支配する世界。非人間的状況に対して〈異議申し立て〉をすべきなのだ」という主張には、諸手を挙げて賛意を示したい心境です。

 さらに、ダダイズムという芸術運動についても初めて知りました。「ダダイストを自認するものは、内心の自由に根差した〈異議申し立て〉の使命を忘れてはならないのだ。そのためまずダダ本来の使命として、<醜悪な現実〉の唾棄を行わねばならない。」と紹介されていたのです。

 早速ネットで検索し、「ダダイズムの世界。あらゆる既成概念を破壊した芸術運動とダダイストたちの作品 」を見つけ、興味のある作品を見つけました。ベルリン・ダダの創立メンバー、ジョン・ハートフィールドのフォトモンタージュの作品です。これこそ、まさに「非人間的状況に対する〈異議申し立て〉」そのものです。

 彼によるフォトモンタージュの作品の特徴は、政治風刺です。「新しい政治問題は、新しい政治宣伝の方法を必要とする。そのためには、写真はもっとも強力な力を持っている」と言い、フォトモンタージュで、ナチス批判を続けました。あまりにも強烈な風刺に、ナチスが彼の家まで襲撃に来たところを間一髪窓から脱出して逃げた、という逸話があるほどです(この項は、サイト「ダダイズムの世界」より)


水を撒いて兵隊を育てている風刺画。ユニークな要素も風刺にはかかせません。


金と権力にまみれているという風刺。すごいメッセージですね。

2024年5月27日月曜日

核の脅威のない未来を築く

 核兵器による脅威は地球的な規模に及びます。人類の滅亡さえ危惧されているのです。しかし、地球文明は永久に続くであろうという錯覚に陥っているようです。ですから、『核時代は超えられるか』という問いが気になって読んでみました。その答えは簡単で、次に紹介したように「核戦争の脅威のない未来を築くためには、現代の物質主義・技術主義的な価値観からの離脱が必要」ということでした。ここでは、「世界はどうすれば、産業革命から三百年も続いた価値観を乗り越えられる」か、その答えは示されていません。
 私は、ゲーテがその答えを示してくれているように考えました。ファウストは、「性急な行動による暴力・蛮行による問題解決を繰り返す」(『ファウストとホムンクルス:ゲーテと近代の悪魔的速度』、マンフレート・オステン著、慶應義塾大学出版会、2009年、p40)ようですが、ゲーテは
『ファウスト』の中で、見事に今日の社会を見通していて、今日のような「性急な行動による暴力・蛮行」が横行する物質文明社会を批判していたからです。
 文明批判は、根本的な解決として重要なことですが、具体的に即実行できることとして、非核都市宣言を促し、かつ、核兵器禁止条約批准を求める請願を求める、そうした活動をしていくべきではないでしょうか。そうしたい、そう思いました。

 人間はその持ち前の才能を発揮して、すばらしい物質文明を築いてきた。だが誤ってその中に死ぬためのメカニズムを組み込んでしまった。現代の技術文明が約束してくれる安楽な生活にひたって、人間はその中に全体的な減亡の可能性が仕掛けられていることを忘れている。これに過ぎる文明のパラドックスはあるまい。
 核戦争の脅威のない未来を築くためには、現代の物質主義・技術主義的な価値観からの離脱が必要ではないだろうか。もしそうだとすれば、世界はどうすれば、産業革命から三百年も続いた価値観を乗り越えられるだろうか。また核戦争による破滅が、そうした歴史的な転換を待ってくれるだろうか。
 そして最後に人間にとって、平和とは何なのか。
 ともあれいま緊急に必要なのは「運命の日の時計」の針を、少しでも押し戻して、時間をかせぐことである。時間をかせぐのはその間に、核による破滅の危険のない未来のビジョンを模索するためである。『核時代は超えられるか:この狂気の実態』、毎日新聞社外信部著、築地書館、1982年、p198)

2024年5月26日日曜日

”新たな道の模索”という問い

 ロシアのウクライナ攻撃に止む気配がありません。一方、ウクライナ側は徹底抗戦の方針に変わりがありません。ウクライナへの西側諸国による軍事支援も継続されています。このような現状に対し、ロシア側でも、ウクライナ側でもない、第三の道はないのだろうか、という疑問を聞きました。放送大学のゼミの先生による問いです。
 先生の話を聞き、これこそ二項対立の弊ではないか、と思いました。現在は、どちらに正義があるのか、という二項対立の弊に囚われてしまっているからです。
 では、もう一つの”二項対立の弊”を紹介します。

 世界の紛争の解決のために国際貢献をするうえで、今までのように資金協力をするか自衛隊を派遣するかの二択ではない、新たな選択肢をつくることが重要になってきていると思う。私がJCCPを通じて実現したいと考えているのは、ニーズがあるけれどやり手がいない分野のスキルを有する専門家が、現地政府や民間企業とともに、その国の紛争解決や経済発展のために協力するということだ。(『職業は武装解除』、瀬谷ルミ子著、朝日新聞出版、2011年)

 この例で、「資金協力をするか自衛隊を派遣するかの二択ではない、新たな選択肢をつくることが重要になってきている」ように、ロシア側でも、ウクライナ側でもない、新たな選択肢を模索していくことが重要になってきていると思うのです。具体的な選択肢を示せないもどかしさがありますが、まずは”新たな道(選択肢)の模索”という問いを持つことが重要なのではないでしょうか。

2024年5月25日土曜日

意識が前向きになるために 

 今日、ふと、意識が前向きになっている自分に気がつきました。そんな自分を発見できたことは気分のよいことです。それで、なぜだろう、と考えてみました。このような状態を維持するためにも必要なことだと思ったからです。
 そこで分かったのは、この日誌を書き続けることで、自分の足取りというか、毎日の成果が目に見えるようになったことだと思います。足取りだけでなく、ぼんやりだけれど、前に続けく道も見えてきたのですから。
 山登りのときも、登ってきた足取りを振り返ったり、これからあの山頂に登るんだ、という目標と,そこへ向かう道が分かると元気が出てきます。反対に、濃霧に包まれて、分かるのは一寸先という状態に陥ると、とたんに不安になるものです。
 毎日の生活も同じようなものです。今までの足取りも分からず、これから先のことも見えてこなかったら、不安でとても気持ちを前向きに保つことができません。
 気持ちを前向きになるには、まず,毎日何をしてきたか、自分の足取りを記録して行くことが大切のようです。ただ、何でも記録するのではなく、少しでも前進したと思えることを記録するのです。そうはいってもそんなことないよ、という人もいるかもしれません。しかし、その気になって振り返ってみれば、必ず少しでも前進していることが,小さな幸せというものがあるものです。そうした小さな気づきを積み重ねて行くことで、少しずつ気持ちが前向きになっていくのです。
 以上は、2017年6月に書いたものです。その頃は日誌も書いていたようですが、残念ながら途中でやめてしまいました。やはり日誌は重要のようで、これを契機に再開しようと思いました。

2024年5月24日金曜日

ニーチェ思想の本質

 ニーチェの思想に惹かれながら、その本質はまだよくわかっていません。「ニーチェによる理想的な人間像」で、「あらゆる虚妄や束縛から解放され、個性を開花し、自分自身を完全に制御できる人間、何よりも”自己を律する力のある人間”を理想像として描きました、そこにこそ、ニーチェ思想の本質があると考えたからです。
 しかし、次の文を読んでニーチェ思想のより本質的な面が見えてきたように感じました。下線部分にネガティブ・ケイパビリティとの関係性が見えたからです。「人間苦」という問題を避けることなく、「そこに生甲斐を見出そうとする」ということは、「今すぐに解決できなくても、何とか持ちこたえていく、それはひとつの大きな[ネガティブ・ケイパビリティという]能力」(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p194、[ ]内は引用者)そのものに見えたのです。『ツァラトゥストラー』そのものに、ネガティブ・ケイパビリティという概念がどのように描かれているか興味のあるところです。
 もともと永劫回帰思想は、ヤスパースが指摘しているように、キリスト教と紙一重の差であり、しかもその差が両者の決定的対立をなすのである。つまり人間の苦痛という解釈される客観的事実は全く同一なのであるが、キリスト教は神の恩寵にすがって救済されるという超越的方向において、他方永劫回帰は、苦痛そのものに徹することにおいて肯定に至るという内在的方向において、人間苦を克服乃至転換しようとするのである
 ワーグネルの『パルジファル』は、純潔無垢の愚者が同情によって悟りの境地に入り、これによって人間界に救済をもたらすという、キリスト教的仏教的色彩のきわめて濃厚な楽劇であり、「これが人生か、よし、今一度」と、人間苦の現実に直面しながらも、むしろそこに生甲斐を見出そうとする『ツァラトゥストラー』とは、絶対に相容れない性質のものであった。(『人間ニーチェ』、秋山秀夫著、社会思想社、1953年、p66、下線は引用者)

2024年5月23日木曜日

幸せ語り

「幸せさがし」という言葉を聞いたことがあります。日常のちょっとしたことの中から幸せを見つけようというものです。そのコツは、「幸せ!」と口に出して言うことです。「悲しいから泣くのではなく泣くから悲しいのである」と言われることがあるように、「幸せ!」と口に出して言うことで脳に指令が行くので、幸せを見つけることができるのです。
 赤ちゃんが泣いていても、あやすことで泣きやむことが結構あります。この場合は、他人の言葉の力で赤ちゃんの気持ちが変わってしまうのです。このことを考えると、自分で「幸せ!」と口にするだけでなく、他人が口にする「幸せ!」といった言葉を聞いても気分が変わり、幸せに気づくことができそうです。ということは、「幸せ!」と口に出して言うことで、自分の幸せが見つかるだけでなく、他人が幸せに気づくことを助けることもできるのです。
 もらい泣きがあるように、感情は伝染します。そういう意味からも、まずは自分の幸せのため「幸せ!」を口にして幸せになることです。幸せ感は必ず周りに伝染し、確実に幸せな人が増えるはずです。

 そのための一つの方法として、「幸せ語り」というものを考えてみました。
 「ヒロシです」が人気だったことがあります。
 次のような笑いをさそうネタを、音楽に合わせて語るのです。

 あなた いつからいたの? と聞かれました。
 最初からいたとです。
 ヒロシです。
 ヒロシです。
 ヒロシです。
 この語り口調を真似て、次のような「幸せ語り」をするのです。
 朝目を覚ましたら、心地よい気だるさとともに
 次第に意識がはっきりしてきました。
 シアワセです。
 シアワセです。
 シアワセです。


 テレビを見ていて、ふと前を見ると
 一緒に見ている「妻と息子」がいました。

 シアワセです。
 シアワセです。

 シアワセです。

 この「幸せ語り」は、幸せに気づくだけでなく、人に話せば幸せを共感してもらえ、幸せのお裾分けができるkもしれません。もっとたくさんのネタを見つけていきたいものです。

2024年5月22日水曜日

幸せをつかむ作文術

 言葉には大きな力があります。元気が出る言葉を使うことが多くなれば元気になるし、ため息ばかりついているようでは、だんだん元気もなくなってしまうものです。このように、普段どんな言葉を使うかで、人生に大きな開きができてしまうのです。
 最近、この言葉の力を使った幸せをつかむ方法を考案しました。「幸せをつかむ作文術」というものです。
 その方法は簡単です。次のような肯定的な文節を作っておき、それらを使った文章を作るのです。下記の「私は、元気です」が、この方法で作った文章です。

 私は、元気です。 
 私は、丈夫です。
 私は、活動的です。
 私は、軽快に動けます。
 私は、自分の身体を動かすことが好きです。
 私は、幸福です。
 私は、とても幸福です。
 私は、いままでも、ずっと幸福でした。
 私は、これからも、ずっと幸福です。
 私は、幸福を感じる才能があります。

 私は、元気です。
 なぜなら、御飯はおいしいし、毎日仕事ができます。痛いところも、そんなにないし、何よりも、病気になんかなってられるか、という気概があります。
 このように元気な私は、とても幸福です。
 私は、いままでも、ずっと幸福でした。
 一人暮らしが長かった私が家庭を持てて、妻や子供たちに囲まれた生活をしてこれたのです。それだけでも私は幸せ者です。
 もちろん私は、これからも、ずっと幸福です。どうしてかって? 
 それは、幸福を感じる才能が芽生えてきたからです。少しのことでも、うれしがったり、幸せだと思ったりすることで、幸福を感じる感度を高められることを知ったからです。

 こうして、このような文章を時々作っていれば、幸せになるのです。幸せだ、元気だ、と、ただ思うより、文章にすれば、より言葉の力が大きく作用すると思うのです。

2024年5月21日火曜日

心晴れぬあなたに

 今日は久しぶりに青空が現れ、雪に反射した太陽の光がまぶしいくらいです。
 それでもあなたの心は晴れないのでしょうか。
 雪が降ったとしても、雪解け水が路面を濡らしているこの頃です。もうすぐ春がやって来ようとしているのです。福寿草が咲き、梅の花も、タンポポの花も、もうすぐ咲き始めることでしょう。どんなに厳しい冬のようでも、必ず春はやって来るからです。
 それでもあなたの心は晴れないのでしょうか。
 そんなあなたに、ゲーテからの熱きメッセージを紹介します。
 このゲーテからのメッセージに耳を傾け、生きることの真の悦びを発見してほしいからです。そして、やがて来る春の光のように心が晴れるようになってほしいものです。

 ゲーテが言うには、「われわれの本性は、怠惰へ傾いている」のだそうです。それならば、あなたの心が晴れないのも、人間の本性から来ているのかも知れませんね。
 ゲーテは続けて、「だが、われわれは活動へと心を励ます限り、その活動の真の悦びを感ずる」と言っています。この言葉を知って、私は、<この言葉こそ、心が晴れぬ人々への熱いメッセージではないか>と思いました。
 私たちが怠惰へ傾いてしまうのも、私たちの心が晴れにくいのも、人間の本性に根ざしていたのです。だからこそ私たちは、日々心を励ます必要があったのです。

 私たちは、活動へと心を励ます限り、その活動の真の悦びを感じることがでるように、<前向きに生きよう>と心を励ます限り、<前向きに生きる真の悦び>を感じることができるのです。
 と言っても、心が晴れて生きる真の悦びを感じることが<できる>か<できない>かの、一つの試金石があります。それは、今のあなたの、いつまでも心が晴れない状態、後ろ向きな心に引きずられがちな状態が、このまま続いても仕方がないと諦めるのか、それとも、心が晴れて生きる真の悦びを感じることができるようになりたいのか、です。
 つまり、心が晴れて生きる真の悦びを感じることができるようになりたい、と思えばそれは可能なのです。なぜなら、「人生は、その日一日何を考えているかで決まる」(ラルフ・ウォルドー・エマソン)からです。だからこそ、少しでも諦めの気持ちを払拭できなければ、いつまでたっても心が晴れることは無いのです。

 あなたの本当の心はどうなのでしょうか。
 ここで、前述の試金石に照らし合わせて、<諦めたいのか、少しでも前に進みたいのか>あなたの本当の心をはっきりさせておくことが大切です。(春のある日に)

2024年5月20日月曜日

寛容の精神生みの親エラスムス

 イヤー驚きました。福音書に、恐ろしい一節があったのです。何と「私が来たのは地上に・・・平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」(十の三四)というのです。しかも、宗教改革で有名なルターは、この一節を旗印にしていたのです。
 このようなルターに反旗を翻したのがエラスムスです。「『福音』を掲げた者同士が、斬り合って血を流すのが、はたして真の『福音』なのか」という」エラスムスの疑問はもっともな疑問です。そこでエラスムスは、「同胞が互いに迫害し、殺し合うことが『福音』であるはずがありません。真の『福音』に行き着くためには、お互いがそれぞれの立場を尊重する寛容の道を探るしかないのです。この寛容にこそ、理性の輝きがある」という考えに至ったようです。
 私は、『福音』を『平和』に置き換えれば、エラスムスの思想は現代社会にも立派に通用すると思いました。「同胞が互いに迫害し、殺し合うことで『平和』がやってくるはずがありません。真の『平和』に行き着くためには、お互いがそれぞれの立場を尊重する寛容の道を探るしかないのです」と。
 こうなると、現在流布している宗教改革に関する歴史に、このような真実が込められているのかが気になってしまいました。宗教改革に関する歴史にエラスムスが登場していないのではないか、エラスムスの思想は無視されているのではないか、という危惧です。どうなのでしょうか?
 確かにルターの宗教改革は原理主義でした。マタイによる福音書(十の三四)の一節、「私が来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」を、旗印にしたからです。そしてさらに、自らを「神の兵士としてのキリスト教徒」と定義しました。
 エラスムスはこの態度を非難します。「ルターー派は福音を口にしながら、自分たちだけが唯一の注釈者だと言いふらす。福音を楯にして、争乱を起こし、善人を罵っている。そこには福音礼讃のひとかけらもない」。
 この非難が、ルター側からは反動ととられ罵倒されます。今や、エラスムスは、カトリック教会内の旧派からも反動分子だと忌み嫌われ、宗教改革派からも同様に反動分子だと攻撃されるようになったのです。
 このどっちつかずの状況の中で、エラスムスは生涯を終えます。このとき、エラスムスが説き続けたのが寛容の精神でした。
 エラスムスは、自分がルターの思想に共鳴して新教徒側に走ったときどうなるか、その結果が分かっていたのです。新教徒は勢いづき、カトリック教徒との争いはいよいよ激化していくでしょう。双方とも福音を標語に掲げながら、剣と剣を交じえ、血で血を洗う戦いに突入していくはずです。
 この両刃の剣を手にすることを拒んだエラスムスは、曖昧主義の卑怯者と嘲笑されます。どっちつかずの態度はまた、無力者とも評されます。
 同じように「福音」を掲げた者同士が、斬り合って血を流すのが、はたして真の「福音」なのか。エラスムスの態度は、その疑問に根ざしています。同胞が互いに迫害し、殺し合うことが「福音」であるはずがありません。真の「福音」に行き着くためには、お互いがそれぞれの立場を尊重する寛容の道を探るしかないのです。この寛容にこそ、理性の輝きがあると、エラスムスは考えたのです。
 エラスムスの晩年、ついにエラスムスが恐れた事態が訪れます。宗教戦乱が欧州各地で燃え盛り、カトリック側もプロテスタント側もそれぞれが火刑台を設け、敵対する者をキリストの名において殺戮していきました。(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p204〜205)

2024年5月19日日曜日

疑念をそのまま持ち続ける力

 問題に対する正解を求めるとき、早くその答えを知りたいし、それが善と考えられてきました。しかし、「不可解さ、神秘、疑念をそのまま持ち続け、性急な事実や理由を求めないという態度」(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』、帚木蓬生著、朝日新聞出版、2017年、p58)が見直されています。「不可解さ、神秘、疑念をそのまま持ち続け」る力、つまり「答えの出ない事態に耐える力」を一つの能力(ネガティブ・ケイパビリティ)として考えるというのです。
 著書の中で帚木蓬生さんは、作家黒井千次氏の言葉「それにしても、とあらためて考えざるを得なかった。謎や問いには、簡単に答えが与えられぬほうがよいのではないかと。不明のまま抱いていた謎は、それを抱く人の体温によって成長、成熟し、更に豊かな謎へと育っていくのではあるまいか。そして場合によっては、一段と深みを増した謎は、底の浅い答えよりも遙かに貴重なものを内に宿しているような気がしてならない」を紹介して、次のようにネガティブ・ケイパビリティを説明しています。
 実はこの思想に、著書『ファウストとホムンクルス:ゲーテと近代の悪魔的速度』(マンフレート・オステン 著、石原 あえか訳、慶應義塾大学出版会、2009年)で展開しているゲーテの文明批評と相通じるところがあって興味深いところがあります。

 全くそうです。ネガティブ・ケイパビリティは拙速理解ではなく、謎を謎として興味を抱いたまま、宙ぶらりんの、どうしようもない状態を耐えぬく力です。その先には必ず発展的な深い理解が待ち受けていると確信して、耐えていく持続力を生み出すのです。(上同、p77 )

2024年5月18日土曜日

湯川秀樹氏のヒューマニズム

 湯川秀樹氏のヒューマニズムを知って、そこに彼の考える理想的な人間像を見出すことができました。倫理観も含まれていました。そこで考えたことは、カントニーチェの人間論も加味した総合的な、より発展的な人間像を創造できないだろうか、ということです。
 例えば、世界市民という概念があります。民族という概念、国民という概念よりもっと大きな括りとしての「世界市民という概念」も、”より発展的な人間像”の要素として加味していくのです。今後の大きな課題になりそうです。
 先はどうなるかわからんという意味で未来は開かれている。そして、そのなかで努力する。必ず成功するという保証はないけれども、むしろないからこそ(本文は傍点)努力する。われわれはお互いに自分が生まれようと思って生まれたわけではない。この世のなかは結構づくめではない。だから(本文は傍点)助け合って生きていこうではないか、というのが私のヒューマニズムであって、そういうなかで、何とか少しでもいいことをしょうと思って努力するところに生きがいを見つけ出す。理屈っぽすぎ、平凡すぎるかも知れませんが、これが私のヒューマニズムであり、私の生きがい論です。(『生きがいの創造』、湯川秀樹・市川亀久彌著、雄渾社、1967年、p243)

  世界市民という概念を調べていて、コスモポリタニズムという概念を知りました。辞書には「個人を国家・民族を超越した直接普遍的世界の一員として位置づける世界観。また,その立場に立って一つの世界国家を実現しようとする思想」と説明があり、コスモポリタニズムに関する著書もいろいろとありました。その中に興味ある一冊を見つけました。『コスモポリタニズム:自由と変革の地理学』(デヴィッド・ハーヴェイ著、大屋定晴訳・解説、森田成也・中村好孝・岩崎明子訳、作品社、2013年)です。書評に「地理学を欠いた『自由と解放』は、暴力と抑圧に転化する」とあったからです。このようなコスモポリタニズムに関する著書に、”湯川秀樹氏のヒューマニズムがどのように貫かれているか興味のあるところです。

2024年5月17日金曜日

経済性より安全性優先社会へ

 原子力発電所であれだけの事故を経験しながら、再稼働の動きが止まりません。明らかに、安全性より経済性優先している結果です。戦争と平和の問題にしても、膨大な軍事予算を消費し、軍事産業を活性化して、戦争の危険性を増大させるのですから、安全性より経済性優先そのものです。そういう意味で、湯川秀樹氏の「安全性が優先するような社会へ移るよう、みんながあらゆる努力をしなければならん」という指摘に耳を傾けるべきです。
湯川 先ほどからのお話しによりますと、経済性とか、能率とかいうようなものが非常に支配的であるということですね。(中略)現代は、それをどういうふうな仕方で解決してゆけるのか、乗り超えてゆけるのかという問題になりますと、まあ一ぺんに、こんな深刻な問題に答えられませんけれども、少なくとも経済性が絶対的であるような文明の現段階を一日も早く乗り超えて、安全性が優先するような社会へ移るよう、みんながあらゆる努力をしなければならん。(『生きがいの創造』、湯川秀樹・市川亀久彌著、雄渾社、1967年、 p85〜86)

 問題は、どうすれば、安全性優先社会に舵取りできるかです。 

2024年5月16日木曜日

いまだに健在な正戦論

 正義の戦争、聖(正)戦論という言葉があるように、戦争は悪だ、と決めつけるのは正しくないという考えがあります。しかし、それは少数意見であり、問題にならないと思っていました。でも、そうでもないらしいのです。「戦争が損失と悲惨と苦痛のみであるというのは、正確な考えではないかもしれない」と結論した、次のような考えを知って感じたことです。
 戦争を、それがもたらす不幸や悪から区別して考えることが可能になると、戦争と悪という、この二つのものの間に、また別の関係を考える可能性も出てくるわけである。つまり戦争の結果が、いつも必ず悪でなければならないかどうかということが、別に考えられ得るということである。そしてそこから逆に、戦争が直接的に悪であるかどうかということも疑問になり得るわけだ。つまり戦争にも他の面があるということである。具体的に言えば、勝利者にとっては、戦争は栄光であり、利得である面があるとも考えられるだろう。また部分的には、戦争は堂々たる行進や勇敢な行為、あるいは敵陣をおとしいれて、勝ちどきをあげるよろこびなどとともに、思い浮かべられることもあるだろう。戦争が損失と悲惨と苦痛のみであるというのは、正確な考えではないかもしれない。(『戦争と平和 田中美知太郎政治・哲学論集』、田中美知太郎著、中央公論新社、2024年、p11)
 なんという考えだ、と思いました。「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」した日本国憲法の精神とは、だいぶかけ離れた考えだからです。
 ところで、よく聞かれる戦争のスローガンは「自由や民主主義を守る」です。「この『自由』、『民主主義』が戦争と矛盾しないのは、・・・・アメリカの根幹たる政治的価値である自由や民主主義を守るために戦うことに意義を見出してきたから」(『グローバリゼーションと帝国』、紀平英作・和田光弘編著、ミネルヴァ書房、2006年、p170)です。現在における、こうした論拠が典型がウクライナ軍の戦争でしょう。いまだに正戦論は健在なのです。だからこそ、正戦論を認めない日本国憲法の精神の正当性について、しっかりと認識し広げていくことが大切ではないでしょうか。

2024年5月15日水曜日

ヘーゲルの歴史観への興味

 朝日新聞コラム「(語る 人生の贈りもの)長谷川宏:11 ヘーゲル新訳、読書会に鍛えられて」(2024年5月14日)によると、「1992年、ヘーゲル『哲学史講義』の新訳を発表。平易で明晰(めいせき)な訳文は画期的と大きな反響を集め」、「98年、最も難解とされ、自身も最も思い入れが強かった『精神現象学』を新訳し、ドイツ政府のレッシング翻訳賞を受賞」したと言います。そんな彼による次のようなヘーゲル評を知って、長谷川宏新訳の『精神現象学』に興味を持ってしまいました。
 ヘーゲルは近代を、全体としては肯定的にとらえた人です。否定だけでは取りこぼしかねない現実の大きさ、不合理で非理性的なものも含め目をこらし見晴らす。そうやって歴史を発展過程として見ようとした。(上「コラム」)
 ヘーゲルが「近代を、全体としては肯定的にとらえた」というところに私の琴線が反応しました。一般に戦後を否定的に捉える傾向がありました。そこに私は不満があったのです。私は、戦後を「全体として肯定的にとらえること」が重要だと思ってきたからです。だからこそ、ヘーゲルの視点が心に響いてきたのかもしれません。
 長谷川宏さんの最近の本『日本精神史近代篇』(講談社、2013年)で、版画家香月泰男の言葉「人間が人間に命令服従を強請して、死に追いやることが許されるだろうか。民族のため、国家のため、朕のため、などと美名をでっち上げて・・・・」(p339)を紹介していました。作品《
》について語った言葉だそうです。
 このような芸術作品が発表し、天皇制を批判した文章を書けるのも、そうした画家の思想を紹介できるのも、戦後社会の肯定的な側面である、と改めて認識し直すことができました。

2024年5月14日火曜日

テロリズムの嵐

 歴史というものは、一つの大きな川の流れのように捉え直すことが必要のようです。そうして捉えた典型とも言える歴史、「一たまりもなく傾斜をなだれてゆく集団的な暴走」の記述がここにあります。
 こうして金子家で世間並みのまともな生活がはじまった頃、日本の社会は正気を失い、戦争へと向って行った。海外放浪の旅から帰国した昭和七年には五・一五事件、翌年には京大滝川教授事件、昭和十年、美濃部達吉の天皇機関說事件、十一年、二・二六事件、そして、十二年に日中戦争がはじまり、国家総動員法が成立し、全国各地に警防団がつくられ、十五年には、日独伊三国軍事同盟が結成され、国民服が制定され、大政翼賛会がつくられ、昭和十六年の太平洋戦争の開始となる。金子光晴の言うようにまさに「一たまりもなく傾斜をなだれてゆく集団的な暴走」(「よごれていない一日」の一節)である。
 この一連の流れ、過程としての歴史を知ったとき、戦後史の流れというのも、このように捉えてみたいと思いました。
 実は、この前に世界恐慌の歴史があり、その歴史過程を、「テロリズムの嵐」という題で表現されていました。この世界恐慌の嵐の影響もあって、日本では「一たまりもなく傾斜をなだれてゆく集団的な暴走」が始まったようですが、日本における「集団的な暴走」も「テロリズムの嵐」そのものでした。二度とこのようなはごめん被りたいものです。
 一九二九年(昭和四年)の十月二十四日、木曜日。とつぜんウォール街で株価の大暴落が始まった。アメリカは大好況の波にのって、国民はガラが起きるとは、誰ひとり予想もしていなかった。  
 むしろ、大統領のフーヴァーが、「アメリカはここ数年のうちに、どこの家庭のキッチンにも、いつも二羽の鶏が用意されてあり、ガレージには二台の自動車があるという生活が、ごくあたりまえになるだろう」と、アメリカの永遠の繁栄を約束した言葉を信じていた。
 天災は忘れたころにやって来る、という警句があるが、経済恐慌もそれと同じで、ある日、とつぜん予期しないときに起きる怪物である。
 この怪物はアメリカ国民の夢を崩壊し、千五百万の失業者を出しただけではなく、またたく間のうちに、ヨーロッパに上陸した。嵐はその後、四年の間、全世界を荒れ狂うことになる。
  そのころ、日本では、問題の多かった前総理大臣の政友会総裁田中義一が九月二十九日に急死し、後釜に犬義毅がかつぎ出された。新総裁掘戴の政友会臨時大会が十月十二日、党本部で行なわれ、信州の富士見高原で悠々自適の生活を送っていた犬養は、どうした心境の変化があってか、世間の予想を裏切って再び政界に戻る結果になった。(『犬養毅 : 血の日曜日』、吉岡達夫著、人物往来社、1968年、p5~6)

2024年5月13日月曜日

人間性の回復を求めたカント

 『純粋理性批判』は難解な書物で知られているものです。それだけに、この本を読み進むに当たっての予備知識が必要です。しかし、あまり多くのことを知っても、読み進む中で発見する楽しみが少なくなってしまいます。そういうわけで、予備知識として二つのことだけを選びました。
 一つは,この書の鉱脈とも言えるもので、「カントは、この書を生み出す過程の思索で人間性の回復を求めた」ということです。カントはルソーの『エミール』を読んで人間学に目覚めたようで、その辺のことを次のように述べています。

 私は傾向性からしても探求者である。私は認識への全き渇望と、認識においてさらに進みたいという落ち着きのない好奇心と、またあらゆる認識の獲得に対して満足を感じている。これだけが人間の栄誉をなしうるのだと私が信じ、何も知らない俗衆を軽蔑していた時代があった。ルソーが私を正道に戻してくれた。この優越の欺きは消え、私は人間を尊敬することを学ぶ、そして、もしこの考察だけが他のすべての考察に、人間性の権利を作り出すという価値をを与えることができるのだと私が信じなかったならば、私は自分を俗な労働者よりもっと役立たずと見なすことだろう。(「『美と崇高の感情にかんする観察』への覚え書き』」『カント全集18巻』、岩波書店、2002年、p186)
 カント自身がこのよう語っているのですから、鉱山の鉱脈のように「人間性の回復」を促す分脈が、『純粋理性批判』のなかに埋もれているに違いありません。どの辺で、どのような表現で埋もれているかは分かりませんが、その方が、かえって探す楽しみがあります。
 また、「科学の場合と同様、新しい哲学をつくるのは新しい発見である。カントの場合も、そのような哲学上の発見によってつくられている。・・・カントを読むということは、カントの発見を再発見することにほかならない」(『哲学からのメッセージ』、木原武一著、新潮選書、p12)と言われるように、この本には、いくつかの哲学上の発見が含まれているようです。木原武一氏によれば、それは四つで、「認識、理性、そして人間に関する発見」だそうです。
 このように、『純粋理性批判』を読み進むに当たっての二つ目の予備知識は、一つ目と重複する部分もありますが、次のようなことです。それは、「カントを読むことは、カントによる哲学上の発見を再発見することでもある」ということです。

2024年5月12日日曜日

”永遠の平和”への第一歩

 これまで、何度も言ってきたことに、尊敬される日本になれば、そんな日本を攻めよう、軍事力をもって侵略してやろう、などと考える国はないに違いないという持論がありました。その持論は、戦力を放棄して丸腰になって、攻撃されたらどうするの?という問いに対する答えです。ようやく、先行研究者、先行論者を見つけることができました。心強い限りです。
 現代の国土防衛戦争において侵攻軍を領空外もしくは国境あるいは水際で撃退する可能性は、真面目な侵攻に対してはまったくないといってよい。だから、国土を戦場と化するような悲惨な戦争を絶対に引きおこさないような政治が要求されるのである。『徴兵制』大江志乃夫著、岩波新書、1981年、p172〜173)

 日本国民が日本国憲法前文の平和主義の精神を発揮し、いわば国単位の良心的兵役拒否者として、非軍事・民生支援の分野に徹する国際貢献を行う、「その過程において、日本は世界のどの国からも『日本を攻撃しようという気持が起きない国』へと様変わりするのである」(『地球人として誇れる日本をめざして』、松田武著、大阪大学出版会、2010年、p161)

 私たちは、日本を攻撃し混乱させる動機を世界の誰にも与えないようにするしか、防ぎようはありません。(『自衛隊も米軍も、日本にはいらない! 「災害救助即応隊」構想で日本を真の平和国家に』、花岡しげる著、共栄書房、2020年、p139〜140)
 結局、カントの目指した”永遠の平和”のためには、日本国憲法をバイブルにして、『地球人として誇れる日本をめざして』いくことが必要です。この道が、”永遠の平和”への第一歩なのです。

2024年5月11日土曜日

今こそ求められている哲学

 哲学を学ぶ人々は、ソクラテスなどの哲学者を輩出した古代のギリシャ時代からいました。それだけでなく、当時の哲学書が、今でも読み継がれているのですから驚きです。しかし、人生の途上で哲学を学ぼうとするような人は限られています。数こそ知りませんが、哲学など縁がなく「この世」を去る人も多いのです。
 それでも今までは良かったのです。物質的に恵まれなかったときは、物質的な満足が即精神的な満足だったからです。その上今までは、ある程度生活が苦しくても、心に不満があっても、「そういうものだ」という諦観(あきらめ悟ること)が身についていたに違いないのです。
 しかし、物質的に満ち足りた人々が増えてくると、物質的なことで精神的な満足を得ることが難しくなってきます。さらに、これだけ情報が発達してくると、欲望も増幅され、諦観する人も少なくなっていると思われます。だからこそ、ストレス社会などと呼ばれ、癒しという言葉もよく使われるようになってきているのです。
 精神的に満たされず、さりとて現状を諦観できない人が求めるもの、それこそが哲学です。心の世界、精神世界を考える対象にしている哲学が、これからの社会に最も求められている学問なのです。
『哲学からのメッセージ』(木原武一著、新潮選書)によると、「ひとたびものを考えれば、より正しく、より深く考えることをめざすようになり、ついには哲学に突きあたる」とあり、人間が哲学を求めるようになるのは、ものを考える人間の宿命だと言っています。それにしては哲学の門の敷居は高すぎます。哲学書を読もうとしても、一般の実用書を読むようなわけには行かないからです。これでは、せっかく人々が哲学の門をたたくこようになっても、多くの人は、その先に歩き進むことができません。分かりやすい哲学入門書が求められているゆえんです。
 その点、『哲学からのメッセージ』は、恰好の哲学入門書かもしれません。難解な哲学書で有名なカントの『純粋理性批判』について、カント哲学を解読するキーワードになるであろう言葉「形而上学とは人間性のあらゆる開発Kultur(本文は傍点)の完成である」(『哲学からのメッセージ』、p13)を紹介していて、とてもわかりやすいからです。後は、飽きずに読み進めるだけです。

2024年5月10日金曜日

ニーチェによる理想的な人間像

 カントは、著書に『人間学』があるように、一般論としての人間を研究しました。それに対してニーチェは、自分という個としての具体的な人間を研究したようです。例えば木原武一氏は、ニーチェの言葉「人間の生涯は一つの鏡。/その中で自分(本文は傍点)を見きわめること、/これこそ第一のこと、/われら努めてこのことをなさん!!!」を紹介し、「この言葉のなかにニーチェの生涯の関心事が要約されていると言ってもいいだろう。その後、彼は毎年のように自伝を書き続けた。精神が錯乱する数ヵ月前に書きあげた『この人を見よ』も自伝にほかならない。ニーチェの著作活動は自伝にはじまり、自伝に終ったのである」(『哲学からのメッセージ』、木原武一著、新潮社、1987年、p74)と書いています。ニーチェにとての哲学対象は彼自身だったのです。そうして創り上げた理想的な人間像が「超人」という概念です。この理想的な人間像は、木原武一氏によれば、次に紹介したように、「あらゆる虚妄や束縛から解放され、個性を開花し、自分自身を完全に制御できる人間」であり、「何よりも自己を律する力」を持った人間です。

  ニーチェのいう「超人der Ubermensc」を端的に説明するのはむずかしい。ニーチェ自身、明確な定義を下していないからである。彼はさまざまな文脈のなかで「超人」について語っているが、それらを要約すれば、あらゆる虚妄や束縛から解放され、個性を開花し、自分自身を完全に制御できる人間、とでも言えようか。それは普通の人間にとって、現在の自分自身を超えた高所にある人間であって、「超人」の「超」、der Ubermenber(上に、あるいは、超えて、の意)はこのことを指している。「超人」といっても、アメリカ映画に登場するスーパーマンのように地球を逆回転させるといった超能力の持主ではない。ニーチェのいう「超人」のもつ力は、何よりも自己を律する力である。(『人生に効く漱石の言葉』、木原武一著、新潮社、2009年、p165)

2024年5月9日木曜日

軍隊のもつ非人間性・狂気性

 二十世紀は戦争の世紀といわれていました。だからでしょうか、二十一世紀に入ったときには、「今世紀こそ平和の世紀へ!」と誰もが期待を膨らませました。しかし、そうした期待は裏切られ、今世界で戦争が続けられています。残念なことです。
 今更ながら、「戦争とは!」という問いが問題にされるようになってきています。つい最近も、『戦争と平和 田中美知太郎政治・哲学論集』(田中美知太郎著、中公文庫、2024年)という本が出版されたばかりです。いう本が出版されたばかりです。しかし、これで問題は解決するのでしょうか。そんな疑問だ生じてしまいました。つまり、”戦争”よりも、戦争を行う主体としての”軍隊”とは何か、”軍隊の本質” とは何か、を問題にするのが先だと思うようになってきたのです。なぜなら、軍隊には、自然科学的な正確さで「軍隊のもつ非人間性、狂気性」というものが存在しているらしいということを、次の解説で知ったからです。
 『地球時代の道しるべ』では続いて、「ナチスや大日本帝国だけが狂気だったのではありません」といって、アメリカがヴェトナム戦争でしてきた狂気や、ソ連がスターリンの独裁下でしてきた狂気も、「軍隊のもつ非人間性、狂気性」から説明できるとしています。

 軍は、常に敵の存在が必要ですから、いつも権力の僕として、自国内の良心的人士をその敵として監視し、抑圧しようとします。軍隊を組織し僕とし待らせている勢力にとって、権力の不正義と軍の浪費性を明らかにする勢力は軍にとっても敵であり、そこが狂気人とされ、市民としての権利を奪われてしまう関係が国防の名の下に社会化されて いる現実があるのです。
 再度強調しておきたいこととして、一般に戦争の悲劇として語られていることの中味は、軍隊のもつ非人間性、狂気性から生じていることであって、軍隊が存在したが故に、あるいは軍隊に「正義」を独占させたがゆえに、狂気が支配するようになったということです。
 そして、民衆や正気人が軍隊をコントロールすることなどできないので、常にどこの国においても軍隊が次第に「正義」を独占し、それを批判する正気人、良心的人士を圧殺、弾圧し、正気を窒息させて、悲劇を拡大することになるのです。(『地球時代の道しるべ 今、憲法九条を世界に活かす』、太田一男著、法律文化社、1996年、p165)

2024年5月8日水曜日

非暴力という普遍的な考え

 何事かを議論する際は、議論の前提を確認し、その前提を共通認識して初めて、議論が展開される必要があります。このことを教えてくれたのが、「核による大虐殺がないことが、未来について考える前提となる」というペッチェイの言葉です。ペッチェイはまた、「平和であるということは、社会の発展、生活の質、自己実現を目標とするいかなる方程式においても、基本的な要因です」といって、「平和であること」も、未来について考える前提となることを訴えています。
 しかしペッチェイの言葉には、もう一つの前提が欠けていました。それが、「へ―ゲルは、歴史を支配するのは理性であって、歴史は正義と善が実践される場であり、歴史の進歩とは人間の自由の発展にほかならないと考えた」(『ぼくたちのマルクス』、木原武一著、筑摩書房、1995年、p186)とあるように、「歴史を支配するのは理性であって、歴史は正義と善が実践される場であり、歴史の進歩とは人間の自由の発展にほかならない」というヘーゲルの考えも、未来について考える前提として、存在する必要があります。これらの三点を議論の前提とすることを共通認識して初めて、以降の議論は実りあるものとなります。逆に共通認識できなければ、以降の議論は不毛なものになってしまうでしょう。
 それにしても、木原武一氏が要約してくれたヘーゲルの進歩観は分かりやすくて見事ででした。
 すでに述べてあるように、核による大虐殺がないことが、未来について考える前提となることは、きわめて明白です。これは、この時代の移行期に橋をかけるための必要条件ではありますけれども、完全に充分な条件とはいえません。新しい時代を生きる、強力な力をもつ人類による長期にわたる発展を保証するには、その進化と文化のようそから、戦争と、それに伴う軍事的な暴力、さらには非軍事的暴力とを、ともに取り除く必要があります。(『「成長の限界」に学ぶ A・ペッチェイ:21世紀への行動指針』、A・ペッチェイ著、小学館、2000年、p109)

 かつては生き残りと上昇のための手段だった暴力が、いまや私たちの滅亡の主たる要因とみなされていると、私は申し上げておきたい。
 いかなるものであれ、暴力とそのイデオロギーは、実際のところ過去の名残りであり、奴隷制や人間のいけにえが今日の社会に受け入れられないのと同様に、新しい時代とは両立しえず、文化的混乱と社会病理をまねく以外のなにものでもありません。
 平和であるということは、社会の発展、生活の質、自己実現を目標とするいかなる方程式においても、基本的な要因です。また、平和は、人間の社会のあらゆるレベルと、あらゆる分野だけではなく、人間の社会と自然の関係においてすらも、非暴力という普遍的な考え方の深まりと拡がりのうちに理解されなければなりません。(『「成長の限界」に学ぶ A・ペッチェイ:21世紀への行動指針』、A・ペッチェイ著、小学館、2000年、p110)

2024年5月7日火曜日

命あっての物種

 朝日新聞(2024年5月6日)に「ウクライナ、生命線は砲弾 『ローテク兵器』生産急ぐ米国」という題の一面記事が、真っ赤に熱せられて砲弾を検査している写真と一緒に掲載されました。記事中に、砲弾の運命というべきものが書かれていました。それは、

 ここで生み出される砲弾は、約8千キロ離れたウクライナで、自らの国と自由、民主主義を守ろうと戦う兵士にとっては文字通り生命線だ。一方、ロシアのプーチン政権が送り込む若い徴集兵を殺傷する凶器でもある。
 というものです。まさに大量の凶器が堂々と生産されているのです。一方でそうした凶器によって殺傷されて市民の悲劇が報道されることがあります。凶器によって殺傷されて市民の悲劇を報道するなら、殺傷兵器の存在が犯罪に近いことを報道すべきだと思います殺傷兵器がなければ、殺傷兵器による市民の悲劇は起きないからです。
 確かに、ロシアの暴挙には許し難きものがあります。しかし、だからといって、「自らの国と自由、民主主義」には、人の命をかけて守るに値するだけの価値があるわけではありません。命を失った家族にとっては、たとえ独立を失っても、命があったほうがいいと思うに違いありません。歴史には、そうした例がいくつかあります。江戸城の無血開城なども良い例です。「命あっての物種」なのです。

2024年5月6日月曜日

詩「冬枯れの美」

 詩的な表現の文章にが、なぜか心に響きました。そこで、その文章に改行を加えるなど、編集加工をして一編の詩にして見ました。私にも、「ずっと問い続けてきた」問いがあります。平和への道、永遠平和への道とは、どのようなものか、どうすれば実現できるか、そんな問いです。ですから、私にとっての「ゆらめく灯の光」は、日本国憲法大9条の光です。
 それでは、私にとっての「冬枯れの美」とは、どのようなものでしょうか。それこそ「新しい老いのビジョン」であり、そのビジョンとは、「次の時代のための豊かな腐葉土=冬枯れの美」です。それは、「何ものからも解き放たれた自由」を目指す家庭の生き様ではないでしょうか。「冬枯れの美」と思われるような生き様に向かって、さあ、出航です。
  詩「冬枯れの美」
新しい老いのビジョンへの船出をしよう。
  これから、
  何ものからも解き放たれて自由になろう。

ずっと問い続けてきた、芸術とは何か。
  それは、人生の航海のなかで、ゆらめく灯の光。
  それは、魂。わたしを駆りたて、夢みるもの。

冬枯れの美がある。
  樹は実を落とし、落葉は次の時代のための豊かな腐葉土となるよう。
  画家として、
  捨てることによって得る根なるもの、
  ラジカルな存在でありたい。(『アジアを抱く・画家人生、記憶と夢』、富山妙子著、岩波書店、2009年、p272より、改編)
 [詩「冬枯れの美」の元となった文章]
 新しい老いのビジョンへの船出をしよう。これから、何ものからも解き放たれて自由になろう。
ずっと問い続けてきた、芸術とは何か。
それは、人生の航海のなかで、ゆらめく灯の光。
それは、魂。わたしを駆りたて、夢みるもの。
冬枯れの美がある。樹は実を落とし、落葉は次の時代のための豊かな腐葉土となるよう。
画家として、捨てることによって得る根なるもの、ラジカルな存在でありたい。(『アジアを抱く・画家人生、記憶と夢』、富山妙子著、岩波書店、2009年、p272)

2024年5月5日日曜日

理想郷を追い求めた画家・鉄斎

 富岡鉄斎は、「学者の文人画家・富岡鉄斎」でしたが、自分が理想とする小宇宙(理想郷)を創造し続けた画家でもあったのです。井上靖によると、鉄斎の創造した仙境「作品の前に立っていると、いつか自分がその絵の中に入って行かざるを得なくなる。この世ならぬ仙境であることを知っていればこそ、その中に入っていきたくなる」と、次のように書いています。
 現実には求めれない理想郷を造り出し、造り出すことによって自分を遊ばせるということは、たいへん贅沢なことである。これ以上贅沢なことはないかも知れない。自然を構成しているあらゆる要素を使って、自分が理想とする小宇宙を創造するのである。鉄斎は一生を通じて、そうしたことによって自分を楽しませた画家であるかも知れない。阿倍仲麻呂も、王元之も、東坡も、仙人も、隠者も、鉄斎によって、彼の創造した仙境に配されたが、そうした人物はまた鉄斎自身であると言っていいだろう。
 ここ十数年来、私は鉄斎描くこうした仙境に無関心ではいられなくなっている。そうした作品の前に立っていると、いつか自分がその絵の中に入って行かざるを得なくなる。この世ならぬ仙境であることを知っていればこそ、その中に入っていきたくなる。(井上靖著「鉄斎の仙境画」『富岡鉄斎展図録 生誕百五十年中国展帰国記念』、富岡鉄斎画、鉄斎美術館編集、朝日新聞社、1987年)
 鉄斎が描いた理想郷は、一個人にとってのものでした。一個人の理想郷というものを手を変え品を変えて描きました。理想郷を追い求めた画家と言っても良いのかもしれません。
 「印象派モネからアメリカへ ウスター美術館蔵」展(郡山美術館)を見てきましたが、画家ドワイド・ウィリアム・トライオンは、目の前の風景を「理想郷的な光景に変貌させている。・・・画家は、このような田園風景の喜びを繰り返し描いている」(作品「秋の入口」解説)。彼は、「一つの土地を知り尽くすことを重視した」(作品「川・日暮」解説)そうです。理想郷を追い求めたという意味で、トライオンも鉄斎と同じではないか、そう思って見てきました。
 そのとき、一つの想像がはっきりと見えてきました。
 日本国憲法も理想を描いています。その理想も、多くの人がいろんな形で描いています。そうした多くの理想を集めてみよう、トライオンや鉄斎のように、日本国憲法も理想を追い求めてみたい、そう思えたのです。

2024年5月4日土曜日

人生を生き尽くすこと

  誰もが「長生きしたい」と思っています。しかし、そうした願いが実現される人はわずかです。人の世は無情な側面もあって、人生いつ何が起こるかわからないからです。つまり、どんなに努力しても、報われないで長生きできない人もいるわけです。
 しかし、セネカによれば、年齢的には長生きでなくても、”人生を生き尽くすこと”ができれば、感覚的に”「長生きをした」と思えるようになるというのです。つまり、”人生を生き尽くすこと”ができれば、たとえ思ったほど長生きでなかったとしても、それまでの人生を後悔することはないし、”十分生きた”と満ち足りて死ぬこともできるというのです。
 では、どのような生き方が、”人生を生き尽くすこと”なのでしょうか。そこが問題です。明確な答えは分かりませんが、ヒントになる言葉は見つけることができました。「髪が白いとか皺が寄っているといっても、その人が長く生きたと考える理由にはならない長く生きたのではなく、長く有った(原文は傍点)にすぎない」(『人生の短さについて』、セネカ著、岩波文庫、p25)です。ここまで書いてきて少しわかってきたのは、自分の意志がどれだけ反映しているか、つまり、十分に反映していれば、十分に人生を生き尽くすことができたと言えるのではないでしょうか。これから検証する必要もありそうです。
 人の世で起こる出来事は、どれもはかなく、瞬く間に過ぎてゆく。とめどない時間の流れのなかでは、すべてが無に等しい。
 いくつもの都市や民族や河があり、広い海に囲まれているこの地球でさえも、時のおよぶ範囲に思いを馳せてみれば、ほんの小さな点にすぎないことがわかる。
 万物は、人知を超えた無限の時の広がりのなかで、循環しながら、月日を重ねているにすぎないのである。すべてを足し合わせても取るに足らない年月を、わずかに引き延ばしたところで、どんな違いがあるというのか。
「長生きをした」と思えるような生き方は、ただ1つ。人生を生き尽くすことである。
 人に語り継がれるほどの長寿に恵まれた、丈夫な者たちの名前を挙げてごらんなさい。その寿命を数え上げれば、110年もの年月になるかもしれない。
 しかし、はるか遠くまで広がる時の流れを思い浮かべ、人がどれほどの時間を生きて、どれほどの時間を生きていなかったのかを考えてみれば、早逝にも長寿にも、違いはないことに気づかれるだろう。[「マルキアへ宛てた慰め」21.1ー3](『死ぬときに後悔しない方法 2000年前からローマの哲人は知っていた』セネカ著、文響社、2020年、p64)

2024年5月3日金曜日

「足るを知る」の深い意味

 有名な言葉に「足るを知る」という老子の言葉があります。「足る」ことを知らずに「富を増やしたい」「名声が欲しい」といった欲の心に囚われることを戒めた言葉のようです。ネットでもいろいろな解説がありました。その中の一つを紹介します。

 たとえば欲望が満たされない苦しみを、ショーペンハウアーは「富は海水のようなもので、飲めば飲むほど、のどがかわく。これは名声にもあてはまる」と言っています。
 喉が渇いた時、海水を飲めばどうなるでしょうか。喉の乾きは癒やされることなく、喉の渇きはますます増していくのです。(「足るを知るの本当の意味や生き方とは?」より)
 実は、「足るを知る」には、もっと深い意味があったのです。
 セネカの言葉「手許に残っているものがどれほどわずかでも事足りている人を私は貧乏とは考えない」(『セネカ哲学全集 5』、セネカ著、岩波書店、2005年、p4)を知ったとき、「手許に残っているもの」が私に残された時間」に思えてしまいました。つまり、「足る」対象は「富」や「名声」だけではなく、「命の時間」も入っていたのです。だからこそ、古来より不老長寿の薬が探し求められたのです。
 そうです。真に「足るを知る」ことができれば「手許に残されている時間がどれほどわずかでも事足りていれば、心やすらかに生きられる」のです。

2024年5月2日木曜日

一日一日と死につつある

  セネカ倫理書簡集というものを読み始めました。なんと、手紙ごとに要旨が掲載されて、これなら全てのすべての手紙に目が通せそうです。この書簡集は、セネカ哲学全集で二巻に収まる分量ですが、これまた、なんと、皇帝ネローに強いられる形で自殺に追いやられるまでの三年間に書かれたものだということです。解説を読んで知りました。ですから、倫理書簡集執筆当時のセネカの心境を想像すると、セネカの忠告が身に沁みます。セネカは時間の大切さを次のように、最初に忠告していたのです。「もっとも恥ずべき(時間の)損失は怠慢のせいで起きるものだそれに、君がよく注意しようと思っていても、人生はこぼれ落ちる。大部分はなすべきではないことをしているあいだに、もっとも多くは何もしないあいだに、全人生は筋違いのことをしているあいだに・・・」など、耳が痛い話が続きます。

 わがルーキーリウスよ、君がなすべきことを言おう。それは君自身の権利を護ること、これまでに奪い去られたか、くすね取られたか、あるいは、こぼれ落ちたかした時間をかき集めて守ることだ。君が心得るべきことを次に記す。
 私たちの時間はときに奪い取られ、ときに削り取られ、ときに流れ去る。だが、もっとも恥ずべき損失は怠慢のせいで起きるものだ。それに、君がよく注意しようと思っていても、人生はこぼれ落ちる。大部分はなすべきではないことをしているあいだに、もっとも多くは何もしないあいだに、全人生は筋違いのことをしているあいだに。
 誰か知っているなら教えてほしい。誰が時間にそれだけの価値を認めているか。誰が毎日の価値評価をしているか。自分が一日一日と死につつあることを誰が理解しているか。実際、私たちの勘違いは私たちが死を遠くに見ていることにある。だが、その大部分はすでに過ぎ去ってしまっており、通り過ぎた年月はすべて死の掌中にある。だから、わがルーキーリウスよ、君がなすべきは君が行っていると手紙に記されていること、一時間たりとも無駄に費やさぬことだ。明日を当てにすることを少なくしようとするためには、今日をしっかりと確保しておけばよい。先延ばししているあいだに人生は走り過ぎてしまうのだから。”以下略”(『セネカ哲学全集 5』、セネカ著、岩波書店、2005年、p3、改行を加えて引用しました)
 なお、要旨は、「君の持ち物のうちで時間だけは君自身のものだから、何よりも大切にして少しも無駄に使ってはならない。それは気づかないうちにすぐに消え去るのだから、今君がしている通り、今をしっかり生きることを守りたまえ」(p4)です。

2024年5月1日水曜日

学者の文人画家・富岡鉄斎

 NHK日曜美術館「老いるほどに輝く~最後の文人画家・富岡鉄斎~」(2024年4月28日)を観て、富岡鉄斎の生き様に圧倒されてしまいました。番組の紹介によれば、「老いるほどに輝きを増し、80歳代になってからも奔放な筆さばきで数多くの作品を残し、89歳の長寿を全うした文人画家」だそうです。鉄斎のモットーは「万巻の書を読み、万里の路を行く」で、実際、若い頃から和漢の書籍を読み漁るとともに北海道から九州まで全国各地を旅した、というから、すごいものです。
 類は類を呼ぶ、と言いますが、中国にも同じような友人がいて「願書万本誦万遍」という落款を押していることに感動し、「願わくば、万の本を書き、万遍読まん」と書画に書いています。
 富岡鉄斎のことをもっと知りたくなって見つけた本から、「人格で絵を描くのだ。人格を磨かなければ、描いた絵は三文の価値もない」と語ったという富岡鉄斎の人となりがわかる文章を引用しておきます。
 先生の芸術は、実に先生の人格に基づく。これ先生の画が余人と異なり、卓越した所以であって、・・・精神的な発露によれる偉大な芸術で、堂々たる高士、君子人の画ともいうべく、万巻の書を読破した学者の絵であって、即ち真の文人画である。
 (中略)
 なお、ここに特筆すべきは、先生の画中に包蔵される内容である。・・・ただ漫然と筆を下すのではなく、単なる鑑賞の為ばかりでなくして、多くの意を寓して、世を警醒し、人を戒め、蒙を開き、深い意義の込められていうものが多いことである。その寓意は最もその題賛に表されている。(藤懸静也著「鉄斎先生の芸術」『百錬富岡鉄斎筆近古賢哲像伝絵』、内藤民治編、耕心学堂、昭和19年)

 彼の仕事は不思議に全人的である。だから、僕たちが見ても、心の一部分だけが喜ばされるのではなく、全人格的な力で我らを感動させるのである。
 つまり鉄斎は画家である前に人間である。優れた画家である前に優れた人間であった。彼はどんな仕事をする時でも、手先だけの仕事はしなかった 彼は学問を好み、 自分の生命に役に立つものは、何事にもよらず摂取することを心がけ、またそうしないではおさまらない性質だった。 自分でも、自分を画家であると言われることを好まず、学者であると言われることを好んでいた。画をかくためにも本を読んだであろう。しかしそれ以上、自分の生命を本当に生かすために本を読んだ。そこが当時の他の画家とちがうところである。(武者小路実篤著「世界性のある日本画」『百錬富岡鉄斎筆近古賢哲像伝絵』、内藤民治編、耕心学堂、昭和19年)