2023年7月31日月曜日

聖徳太子『十七条憲法』の思想

 暁烏敏は、聖徳太子の業績について簡単に次のように書いている。
 先ず内においては冠位十二階をお定めになって、今までの族制政治を天皇親政の正しき道に返させられました。外においては支那と対等の交をお開きになった。また新しく神祇をまつり、仏教を日本の国民の教化の指導原理として崇められました。また儒教も用いられました。その他教育に、芸術に、産業に、万般にわたって、日本文化の礎を定められたのであります。その数多の御功績の一つとして、今日残っております、そして千三百年来日本の精神文化の光として輝いておりますのが、『十七条憲法』であります。(『聖徳太子十七條憲法講話』、暁烏敏著、日本放送出版協会、1935年、p3〜4)
 これだけでは、聖徳太子の業績まではわかっても、思想性まではよくわからない。”冠位十二階を定められた意義”がわからないからだ。その点、五木寛之さんは、”冠位十二階”についても解説されており、”「仏の前ではみな平等である」という聖徳太子の思想”まで明らかになって、わかりやすい。
 親鸞は、聖徳太子が本来持っている人間思想というものに、深い興味を抱いたのではないか。聖徳太子は推古十一(六〇三)年に「冠位十二階」という制度を制定した。これは、「徳・仁・礼・信・義・智」の儒教の徳目を冠名にして、それぞれを大小に分けた十二位階を定め、色の異なる冠を諸臣に与えたものである。
 当時、大和朝廷には「氏姓制度」という支配体制があった。これは、姓(かばね)を持つ氏を構成単位とするものだった。そして、その特権的地位は一族で世襲されていた。
 しかし、聖徳太子が定めた十二階の冠位は、世襲を認めず一代限りとしている。しかも、従来の姓とは異なり、個人の能力次第で昇級させた。これによって、聖徳太子は門閥の弊害を取り除き、有能な人材を積極的に登用したのだ、といわれている。
 視点を変えてみれば、それはまさに「仏の前ではみな平等である」という聖徳太子の思想の表れだった、といえるのではなかろうか。(『日本人のこころ 3』、五木寛之著、講談社、p237)
 ここで驚いたのが、 世襲の弊害に気づき、その弊害を取り除こうとしていたことだ。今だに、議員の世襲がまかり通っている。それだけ甘みがあって手放せない、ということだろうか。

2023年7月30日日曜日

『十七条憲法』を日本遺産に

 雑誌『芸術新潮』2010年1月号は「わたしが選んだ日本遺産」という特集だった。そこで日本の国旗も、日本遺産として取り上がられていた。その理由は、「現在、世界の国旗はどれも、端的に抽象化されたデザインの傑作ばかり。その中でも日本の国旗のシンプルさは群を抜いています。白地の中央に赤い正円のみ。素晴らしすぎる!」(小西康陽著『芸術新潮』、2010年1月、p171)というものだった。
 この一文を読んだとき、日の丸から『十七条憲法』第一条「和を以て貴しと為し、忤(さか)うこと無きを宗と為す」を思い出した。『十七条憲法』の”和”は、”日の丸”そのものではないか、と思ったのである。そして、『十七条憲法』も、大切な日本遺産の一つにすべきである、と思った。
 もし、「和を以て貴しと為」すことができれば、そこには争いなど存在しない。つまり、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」した日本国憲法が目指す国は、『十七条憲法』の精神を実現することでもあったのである。
 それでは、世界最古の憲法は、どこの国の、どのような法典であろうか、諸説あるようだが、ネットによれば、

1215年にイギリスで制定された「マグナ・カルタ」が源流で、1789年のフランスで制定された「人間と市民の権利の宣言」では人権と国民主権が宣言され、アメリカ独立戦争以降、国民が憲法で国家権力を制限するものと捉えられる。
 とあった。
 しかし、606年に制定された『十七条憲法』こそが、国のあるべき姿を示した最古のものと言って良いのではないだろうか。

2023年7月29日土曜日

「国際協調」路線に転換を

  朝日新聞社説「朝鮮休戦70年 問われる大国の責任」(2023年7月29日)は、全くその通りで、特に日本の責任は大きい。過去の戦争責任問題もあるからだ。社説で取り上げた北朝鮮の「高度な軍事技術」に対して、「庶民たちの極めて貧しい暮らし」という歪な形をしているが、ややもすると、北朝鮮と言えばミサイルとなって、「庶民たちの極めて貧しい暮らし」が問題になることは少なかった。しかし現実は、庶民の貧しさだけでなく、「戦争で南北に生き別れた家族の苦しみは今も変わらない」のである。どれだけ、そうした問題に心を砕いたことがあるか、と問えば、ほとんど考えたこともないに違いない。
 では、そうした現実を変えるためにはどうすればいいのかだろうか。そうした問いに対する明確な答えが、朝日新聞社説に示されていた。それは、「際限のない対立構図から脱する国際協調を再起動させる」ことである。ここに示された「際限のない対立構図」ではなく「国際協調」路線は、東アジア一帯を平和に導く希望の路線になるに違いない。日本は、率先して「国際協調」路線に転換すべきである。

2023年7月28日金曜日

『十七条憲法』と親鸞

 山川健一という著者に惹かれ、『五木寛之を読む』、困難な時代を生きるテキストとして(山川健一著、ベストセラーズ、2005年)の存在を知った。この著書で山川健一さんが、『日本人のこころ 1〜6』(五木寛之著、講談社)を勧めていたし、『十七条憲法』の関係で『日本人のこころ』を借りてみた。そして、親鸞が「晩年に至るまで聖徳太子を一途に尊敬し、慕いつづけて」(『日本人のこころ 3』、p230)いたことを知った。
 しかも、晩年には、聖徳太子などを称賛する和歌をたくさん残していたのだ。
『親鸞和讃集』(岩波文庫)の解説によると、親鸞は八十三歳のときに「皇太子聖徳奉讃」七十五首、八十五歳のときに「大日本国粟散(ぞくさん)王聖徳太子奉讃」百十四首、八十六歳前後のときに「皇太子聖徳奉讃」十一首というように、八十代にはいってからたくさんの聖徳太子を讃える和讃を書いた。その最晩年の「皇太子聖徳奉讃」十一首のなかには次のようなものがある。カッコ内は名畑應順氏による注釈である。(上同、p232)

救世観習大菩薩 聖徳皇と示現して
多々のごとくすてずして 阿摩のごとくにそひたまふ
(救世の観世音菩薩が日本に聖徳太子として現われて、総父の如く哀れんで捨ておかず、悲母の如くつき添って護り給う)

和国の教主聖徳皇 広大恩徳謝しがたし
一心に帰命したてまつり 奉讃不退ならしめよ
(日本の教主である聖徳太子の広大な恩徳は謝し尽し難い。二心なく太子のみ言葉に順い奉り、本師の弥陀に帰命して念仏し、いよいよ怠りなく讃嘆し奉らしめよ) (上同、p233)

2023年7月27日木曜日

人間は発見し発見から出発する

 日曜美術館(2023年7月23日)でアントニ・ガウディの言葉「人間は創造しない。人間は発見し、発見から出発する」を紹介していた。創造力というものがもてはやされている、と思ってきただけに、衝撃な言葉に聞こえてきた。しかし、そういえば、読書を通じて、素敵な言葉を度々発見してきた。我々も、ここから出発する必要があるのかもしれない、と思うようになった。
 例えば、今日はこんな発見があった。
 今『十七条憲法』の解説を学んでいるが、『日本書紀』や『古事記』にまでさかのぼり、「山川国土草木禽獣、あらゆる動物、どんな人間の上にも神様がその御心を宿させられるのであります」(『聖徳太子十七條憲法講話』、暁烏敏著、日本放送出版協会、1935年、p12)と日本独特の宗教観を発見することができた。日本の神は一神教と違って、”萬の神”
と思っていたが、文献的にも明らかであることを発見できたのである。
 画家の場合も、まずは”美の発見”があることを思わせるゴッホの手紙を読んだばかりだった。「オーヴェールはとても美しい」「本当にものすごく美しいから。いかにも田舎という雰囲気があって絵になる」と、”美の発見”を書き送っている。まさに発見から出発している。

 新婚の夫婦に宛てた手紙は喜びにあふれている。「テオとヨーへヨーとも知り合いになったので、これからはテオひとりに手紙を宛てるというわけにいかない(中略)オーヴェールはとても美しい。なかでも、今は少なくなってきたとはいえ、古い農家がまだたくさんある。だから、ここを描いた絵を何点か真剣に制作すれば、滞在費用ぐらいは返せる見込みもあるように思う。本当にものすごく美しいから。いかにも田舎という雰囲気があって絵になる」(「ファン・ゴッホの手紙2」)(「ファン・ゴッホを伝える 上」『日本経済新聞、2023年7月23日)

2023年7月26日水曜日

『十七条憲法』の理想

 暁烏敏の解説によれば、『十七条憲法』による日本建国の理想は、「自利利他円満の境地」である「聖人の精神をこの世に成就する」ことだという。そういう意味では、日本国憲法と同じく、理想を説いたものと言えるかもしれない。
 こうして『十七条憲法』に思いを馳せると、「当時の社会はどのような社会だったのだろう」という新たな疑問が生まれてきた。いずれにせよ、天皇制には反対だが、『十七条憲法』の解説を学ぶことは、日本人について考えるためにも意義があるかもしれない。
 神武天皇が橿原(橿原)に都を奠(さだ)められたときの御詔勅に「聖造」というお言葉があります。これに「ひじりのみわさ」といふ訓が昔からつけられてをります。聖という字は『説文』によると耳に呈といふを書いた文字だそうです。耳は受容れること、呈は現はすこと、耳は入我、呈は我入ですから、聖は自利利他円満の境地の現わされておる文字です。『十七条憲法』にも「千載にして以て一の聖(ひじり)を待つこと難し」とあるように聖人を憧憬しておられます。これによってみるに、日本建国の理想は聖人の精神をこの世に成就するということにあると思ひます。さういたしますと、『十七条憲法』を聖典と申すことは日本の伝統の精神に合するも のと信じます。(中略)日本最初の成文法である『十七条憲法』は聖典の中の聖典と尊崇せねばならぬと思います。私達は、聖徳太子の御心によって大日本精神のこの偉大な表現文としての『十七条憲法』を誇りとすべきであると信じます。
 私は現代の思想を指導する最も大切な原理として、日本の宗教として、日本の道として、この『十七条憲法』を世に紹 介したいと願うております。 (中略)仏教の教えを受けておる者にしろ、 儒教の教えを受けておる者にしろ、この大日本に生を受けたものは、この大日本の宗教である『十七条憲法』を疎かにしてはなりません。(「十七条憲法講話」『暁烏敏全集 5巻』、p205)

2023年7月25日火曜日

平和思想の萌芽、十七条憲法

 友人の情報から暁烏敏の存在を知った。そこで、暁烏敏の著書を調べて、『聖徳太子十七条憲法講話』に興味を抱いた。暁烏敏は、第一条の「和を以て貴しと為し、忤(さから)うこと無きを宗と為す」から、「十七条憲法」の根本精神は『日本書紀』で言及している「和魂」であろう、と述べている。
 学研漢和大字典によると「和魂」とは、魂をおだやかにする。日本民族固有の精神。荒魂(あらみたま)に対して、安らかで柔和な徳を備えた霊。(p228)これこそ、平和思想の萌芽ではないだろうか。

 第一条に「和を以て貴しと為し、忤(さから)うこと無きを宗と為す」とあるを見て、佛者は『無量寿経』の「天下和順」の言葉を思い、儒者は『論語』の「礼之用和為貴」という言葉を思い、道教を喜ぶ者は『老子』の「和光同塵」の言葉 を思い出して各々その好むところによって憲法を味わうたのであります。私は、この第一条を読んで端的に感ずるのは、『日本書紀』「 神代の巻」に天照大神の御精神を和魂と記してあることであります。十七条憲法の第一条に「和を以て貴しと為し」とあるは、天照大神の和魂のことであります。かくも明晰な言葉を古来の学者がどうして気がつかなんだのであろうかと不思議の感さへ起るのであります。
 明治の初め、日本が泰西の文運を躁急に輸入したため、いろいろの思想が入って来て、一時は思想混乱 した。(中略)実際、執れの宗教に拠るべきかという問題に逢着して、行くべき道を見失うた感があります。ここにおいてか私は「和を以て貴しと為し、忤うこと無きを宗と為す」とある大日本の宗教に気づかない人の多いのを不思議に思わざるを得ないのであります。(「十七条憲法講話」『暁烏敏全集 5巻』、p204)

2023年7月24日月曜日

人生設計図

 人生を真っ白なキャンバスに例えて、人生は、キャンバスに自由に自分の人生を描くようなもの、と言われることがある。しかし、「運命と対比して、自分の人生を自分の責任で切り開いていけるもの」というベーコンのようなとらえ方は新鮮である。ベーコンは、<人間の運命は外的な諸条件にも左右されるが、古人とともに、「スベテノ人ハ自分ノ運命ノ建築家ナリ」と言うべきだとも説いている。たしかにひとは、もう少し自分を見つめるように心掛ければ、あまりひどく運命に翻弄されることからは免れるだろう>(中村雄二郎、『人類知抄』「朝日新聞」、1993年08月31日)というのである。
 この言葉を受けて、人生のキャンバスとして一つのファイルを作ることを思いついた。一つのファイルに、自分のこれからのイメージを作りあげ、それを一つの人生設計図にするのである。そして、それを基に自分を作りあげる。途中の設計変更もあり、である。このファイル中身は、ファジーなものを原則にする。窮屈はストレスの基だからだ。
 体も、同じように自分で作るのが原則である。それを忘れて、医者の言いなりになっていてはいけない。自分の体のことを良く理解して、体作りに励む必要がある。医者の言うことを一つも疑わず、鵜呑みして医師の指示に従ってしまう人も多い。多くの場合、それでもいいが、自分で納得して医療を受けることも大切なのである。
 ただ、積極的な体づくりとなると、しっかり自分で考えていかないといけない。医師によって、まるで反対の言説がまかり通っているからだ。糖質制限を強調している医師がいると思えば、然りとご飯も食べる必要を説く医師や栄養士もいる、という具合である。どちらにしても、「人生設計図」を作り上げ、設計図に基づく人生というものを生きてみたいものである。

2023年7月23日日曜日

青い鳥の真実

 妻の病気は、心配したほどではなくて良かった。一時は、本当に心配してしまったが、妻の病気を心配して分かったことがある。ご飯を食べられること、痛みがなく、テレビを見たり音楽を聴いたりできること、そうした日常の些細なことの幸せを実感できたことである。
 今まで、何かに躍らされるように、成功を目指して、とか、大きな目標を持って、と、何かを求めてさまよってきたような気がする。青い鳥をも求めていたのかも知れない。ここにきて初めて、青い鳥の真実を理解できたようである。
 情報が大切なことは分かる。しかし、その情報にそそのかされて、身近にある大切なものを忘れてしまう危険があった。多くの人が陥りやすいことなので、青い鳥のような物語ができたのであろう。これを機会に、常に足下の幸せを大切にしていきたいものである。
 しかし、それだけでいいわけではないことも明らかで、創造的に、脳を刺激しながら生きる生き方も重要である。従って、最も素晴らしい生き方は、日常の些細なことにも喜びを感じながら、創造的に生きることかも知れない。

2023年7月22日土曜日

抑止論よ、さようなら

 米原潜の韓国・釜山入港を受け、北朝鮮の強純男(カンスンナム)国防相は20日に談話を発表し、「我々の核兵器の使用条件に該当しうるということを想起させる」(朝日新聞夕刊、2023年7月21日)と述べたという。知らないうちに、背筋が凍るような恐ろしいことが起きているようである。これでは、ウクライナ戦争どころの話ではない。
「米韓は18日、核を含む米国の戦力で韓国を守る」(前同)と言っているらしいが、結局、相手を刺激し、リスクが高まってきたことは間違いない。「抑止論で戦争は防げない」。それどころか、抑止論による「軍拡の行動は、かえって戦禍を招く危険性が大きい」と書いたばかりだが、この度の「米韓」と北朝鮮の関係は、抑止論にこだわることの恐ろしさを如実に示してくれたと言って良い。なんと言っても、核兵器が絡んでくるからである。

例えば、北朝鮮の強純男国防相は

 「核兵器による攻撃が強行され、あるいは差し迫ったと判断される場合」には核兵器の使用が可能になると強調した。(ソウル=稲田清英)(前同)
 という。
 これまでは、ロケットの発射訓練のようなものだったが、核弾頭も使われかねないなら、話は別だ。今回のように、ゴタゴタしているうちにエスカレートしてしまいかねないのが一番怖い。そうならないためには、「抑止論よ、さようなら」と、抑止論と”おさらば”するしかないのである。

2023年7月21日金曜日

抑止論で戦争は防げない

  ロシアによるウクライナへの侵略後、防衛費倍増も当然視されるようになってしまった。そのおかしさに気づいている人がいても、彼らの声はあまり聞こえてこない。だからこそ、時勢に異議を訴える少数者の声は大切にしたい。ということで、武田さんの言葉を紹介する。

 今回のウクライナ侵攻を受けて、日本でも「戦争反対といっても無意味だ」と嘲笑する声が聞こえたし、非核三原則の見直しや核軍縮を議論したがる為政者もいる。起こさないようにする、立ち返りもせずに。(武田砂鉄著『暮しの手帖』、2022年6-7月、p129)

 なぜ、防衛費倍増もやむなし、と当然視されるようになってしまったのだろうか。それは、ロシアのような国(中国や北朝鮮)が存在している以上、防衛費を増やし、守りをしっかりとしなければ、という理由だと思う。相も変わらない抑止論に基づく思考法である。
 しかし、抑止論で戦争は防げないということは、これまでの歴史が証明しているといえよう。この度のロシアの行動も、NATOの脅威が引き金になったという考えもあるようだが、こうした考えこそ、抑止論が戦争を防げないだけでなく、戦争の呼び水にもなり得ることを教えている。つまり、世界の大勢の行動、軍拡の行動は、かえって戦禍を招く危険性が大きいということである。だからこそ、どうすれば戦争を”起こさないようにする”ことができるかを考え、考えたことを実行していくことが求められているのである。

2023年7月20日木曜日

「西部戦線異常なし」の真実

 映画「西部戦線異常なし」(1930年)を見た。先生が教室で学生に志願を勧めるところから、物語は展開し始める。先生は、「祖国に捧げる死は甘美である」というラテン語の言葉を引用しながら熱弁をふるい、学生たちもそれに応え、志願して前線に向かう。
 3年後休暇で故郷に帰ったポールは、母校にも立ち寄った。そこでは相変わらず、先生が若き学生に熱弁を振るっていた。ポールは先生に「生徒たちに一言を」と頼まれて話した言葉が印象的だった。ポールは言う。
「命を犠牲にして祖国のために戦う必要はないんだ」
「いったい、どれだけの人間が命を失ったことか」
「前線は、”生きるか死ぬか”それだけだ。いずれみんな気づく」
 ポールの言葉は、1930年代のものである。ウクライナやロシアでは、いまだに「祖国のために」多くの命が犠牲になっている。しかし、「命を犠牲にして祖国のために戦う必要はない」という言葉は、真実の言葉であろう。
 ポールはこんな言葉も言う。
「彼(先生)は”命を捨てろ”と言っている」
「言うのは簡単だが、あなた(先生)にできますか?」と。
 プーチンも、ゼレンスキーも、色々と言っているが、結局は国民に「”命を捨てろ”と言っている」ようなものではないだろうか。この真実に気づかないと、戦争は無くならない。

2023年7月19日水曜日

二者択一を迫る国民投票の問題点

 憲法改正に関する国民投票の前に考えたいことがある。
 衆参の憲法調査特別委員会というものがあって、議員の間で論議を深めようとしているが、国民の間での議論は皆無に等しい。本来なら、国民の間での議論が進み、それらを受けて国会でも議論を始めるというのが筋であろう。国民の間での議論なしの状態で、議員先行で進められる国民投票には反対である。このように考えるようになったのは、次のような、保阪正康さんと浅田次郎さんの対談を読んだからである。
 ここで問題視されていることは、二項対立の問題点として捉えることもできる。従って、もっと問題点を深めていく必要がある。それにしても、さまざまな条件付「賛成」や条件付「反対」を無視して、「賛成」か「反対」かの二者択一を迫る現状のやり方には問題がある。そうした議論も含め、「もっと議論を尽くすべき」である。

保阪 反対かの一発勝負で、他の選択肢がまったくないわけでしょう。(イギリスのEC離脱に関する国民投票のこと)
浅田 おっしゃる通り。たぶん「賛成」で投票した人も「反対」で投票した人も、「完全に賛成」とか「完全に反対」という人はいなかったと思うんです。たとえばわが国に翻って「改憲」について賛成か反対かと問いかけたときに、「自分はこの項目に関しては賛成だけど」とか、「こういう条件付きでなら」とか、いろいろな条件をみん持っていると思う。
 そこで「賛成」か「反対」かの二者択一を迫られたら、誰だって「強いて言えば賛成」か、「強いて言えば反対」とするしかない。そんな投票の結果が、果たして「国民の総意」と呼べるのだろうか。(『対談戦争とこの国の150年 作家たちが考えた「明治から平成」日本のかたち』、保阪正康・浅田次郎他著、山川出版社、2019年、p158

保阪 国民投票というといかにも民主主義的な決定のあり方というイメージがありますけど、逆に今のやり方だと本当に民意が反映されているのかという怖さがある。
浅田 一度やったら、やり直しはあり得ないでしょうし。日本でも憲法の問題については賛否真っ二つだと思うけども、だからこそ改憲に賛成、反対だけの投票は、僕はあり得ないと思うな。それよりもっと議論を尽くすべきですよ。(上同、p160)

2023年7月18日火曜日

ランダムな日常から秩序ある日常へ

 エントロピーに関する本を読んでいたら、まさに今必要な重要なことを気づかせてくれた文章に出会った。その気づきは「仕事と呼べるものはカオスのものから、秩序あるものに仕上げていくことであって、従って、生活の質を高めていきたいと思うなら、無計画な日常から、計画に基づく秩序ある日常へ仕上げていくことが重要だ」というものである。
 今まで、手帳を使ったことは何度もある。しかし、使い続けられたことが、まずない。ちょうど、最近手帳を使い始めたが、計画を練ってっ生活するところまでは行っていない。今こそ、ランダムな日常から秩序ある日常へ変革のときなのかもしれない。
 人類に課された仕事は、「不規則な運動から、規則的な運動を抽出する方法を見つけること」だった。なぜなら、不規則な運動と規則的な運動の差こそ、熱と仕事の違いを生みだすものだからである。(『エントロピーと秩序』、ピーター・W・アトキンス著、日本経済新聞社、1992年、p19)

2023年7月17日月曜日

避けて通れない哲学的な思索

 哲学とは何か、その答えは簡単ではない。哲学者の数ほど、その答えがあるような気がするからだ。しかし、哲学者の数ほどある哲学のそれぞれを各論と考えれば、各論としての哲学に共通する哲学総論というようなものがあって良いし、あるべきだ。というのも、哲学総論の範疇に相当する説明を読んだばかりである。だから、生意気にも「哲学総論というようなものがあるべきだ」などと言えたのである。
 例えば次の引用のように、どんな哲学者も、彼らなりの現実の問題に「深刻にぶつかり、これを克服するために」「核心的な思考方法」を創造していたのである。カントの哲学を学ぶということは、彼が現実問題といかに格闘したか、その思考法を学ぶことだったのだ。

 現象学の発想が自分の中に入って来てから、不思議なことに、ヘーゲルやカントやハイデガーや、その他何度読んでも難解で理解できなかった他の哲学が、驚くほどするすると理解できるようになってきたのだが、それは、哲学者がどういう問題にもっとも深刻にぶつかり、これを克服するためにどういう核心的な思考方法を取ったかが、明確に読みとれるようになったからである。(竹田青嗣著「現象学との出会い・哲学の方法」『学問はおもしろい』、選書メチエ編集部編、講談社、2001年、p30)

 また、次のヘーゲル理論に関する記述は、今関心を抱いている「二項対立を乗り越える」という発想を考える(理解する)上で、ヘーゲルは避けて通れない問題を孕んでいることを暗示している。そして同時に、戦争を含めた現実問題を考えていく上で、哲学的な思索が欠かせないことも思い知らされた。今後の課題が一つ増えた。

 ヘーゲルは(一般的通念とはまったく逆に)、認識(=思考)の本質は、多様な観点あるいは異質な論点の衝突から生じる「論理矛盾」によって、この観点異質性を乗り超える新しい「普遍性」の論点の発見へと概念が展開されるプロセスにある、という「原理」を見出した。(上同、p32)

2023年7月16日日曜日

戦前の暗い空気

 戦前の暗い時代の空気というものは、体験しないものにとってはわかりずらいものである。しかし、誰も彼も、皇居前を通るときにはお辞儀をしなければならないとしたら、しかも、無言の圧力で半ば強制されるようなら、それは、明らかに”思想信条の自由”を侵害することになる。つまり、そういう社会には自由がないと言って良い。
 バスや電車の乗客まで、しかも、靖国神社の前まで、お辞儀をした時期があったことを初めて知った。このような歴史的な事実があったことは、決して忘れてはならない。そして、市民の自由を守り続けていく必要がある。
 今でも思い起こす親友の何人かのお宅には、しばしば遊びに行った。その楽しい日々の中に、すでに暗いかげがさしはじめていた。ひとつは明治神宮表参道をわたる時(当時はほとんど走る車も少く子どもがかけてわたることはなんら問題はなかった)、ある時から、明治神宮の方に向いて、ピョコンと学帽をぬいでお辞儀をすることが(たぶん学校の先生から)命ぜられた。
 もう一つは、時期的にはもう少しあとのことだったが、青山通りを走っていた市電も窮屈になりはじめた。「窮屈」といっても混みはじめたという意味ではない。当時、青山通りには、渋谷駅前から三本の市電ルートが走っており、そのうち一本は三宅坂を下って銀座築地方面行き、もう一本はおなじく三宅坂を下ってお堀ばたで左に折れ神田須田町に行く路線の電車であった。
 このうち前者の路線は皇居前を通るが、その時車掌は、大体警視庁前あたりのところで、
「ただいま宮城前通過でございます」
 と叫ぶ。すると乗客は座っていた者も立ち上がって皇居に向ってお辞儀をする。
須田町行は九段で靖国神社の前を通る。その時やはり車掌は、
「ただいま、靖国神社前通過でございます」
 と叫ぶ。乗客の反応も同じである。
 この車掌の呼びかけを無視することは当時の空気では非常に苦しい。これをさりげなく無視する唯一の方法は、はじめから立っていて、宮城(又は靖国神社)の方向の窓に向いて立っていることである。こうしていると、いつお辞儀をしたか、しなかったか、他人にはまずわからない。しかしいずれにしても、お辞儀をしたくない者には、ほとんど唯一のゴマ化しかたであった。(弓削達著「機銃掃射のなかのゼミ」『学問はおもしろい』、選書メチエ編集部編、講談社、2001年、p46〜47)

2023年7月15日土曜日

思想を深める言葉

 帰納法と演繹法という思考法がある。あることは分かっていても、思想を深めるために使うというようなことはなかった。多分思考の道具という性格を持っているのに、道具としての使い方も分からなかったのである。
 例えば、帰納法とは、個々の具体的な事例から一般に通用するような原理•法則などを導き出すことであるが、そのためにはどうすればいいか分からなかった。しかし、帰納的思考法や演繹的思考法といった思考法は、接続詞をうまく使えば良いことが分かった。<自分の考えや相手の考えを抽象的な方へのぼらせようとするときには、「つまり」とか「要するに」とか「ひとことでいうと」とかの、きっかけ言葉を使えばよい>(『うそから出たまこと』、庄司和晃著、国土社、p68)というのである。
 そして、<その逆に、具体的なところへおりてきて考えようとするときには、「たとえば」とか「かりに」とか「もしも」とかの、きっかけ言葉を利用すればよい。・・・こうして、わたしたちは、のぼったりおりたりしながら考えを発展させ、思想をつくっている>(同上)というのである。
 今までも、「つまり」という言葉は結構使ってきた。しかし、そのときは、帰納的な思考をしたという意識はなかった。どちらかと言えば、前に述べたことの具体的な説明に使ってきた。しかも無意識にである。やはり、これからは、帰納的思考法や演繹的思考法というものを意識的に使ってみることが大切なようである。

2023年7月14日金曜日

継続するコツ

 はじめて鉄の船を水に浮かべた発明家がいる。彼は、お茶の缶が水に浮くことから強大な鉄の船も水に浮くに違いないと連想し、実際に鉄の船を作って浮かべることができたという。
 彼が、普通の人々には考えられないような発想ができたのはなぜだろうか、それは、様々な発明をする過程で、普通の人々にはない様々な発想回路ができていたから、と考えられる。人は、同じことを繰り返すことで、新しいニューロンの組み合わせができる。様々な発想回路も新しいニューロンの組み合わせに過ぎない。このことは、何をするにも、継続することが、いかに大切かを教えてくれる。
 今まで、いろんなことに挑戦しながら、三日坊主で終わってしまったことが多い。これらは、新しいニューロンの組み合わせが完成しないうちに、興味を失ってしまったことになる。これからは、どうしても継続したいことがあったら、時々、「今、新しいニューロンの組み合わせを作っているところなんだ」と具体的にイメージすると良いかも知れない。新しいニューロンの組み合わせをイメージできたら、それは嬉しいことに違いない。
 年齢などの条件によってことなるだろうが、新しいニューロンの組み合わせは、どのくらいで完成するのであろうか。ピアノの練習して、弾けるようになったと喜んでいても、聞くことをやめてしまったら、すっかり忘れてしまった。その後、思い出したように再開したら、前より早く弾けるようになった。それでも、まだ休んだら、忘れてしまった。自転車のようなわけにはいかないようである。年老いてから始めたものは、やり続けなければ、忘れてしまうのかもしれない。

2023年7月13日木曜日

諭吉の「人生の楽しみごと」

 福沢諭吉の文章を読んで、ソクラテスが言った「無知の知」というものを理解できた。それは、次々に現れる好奇心の広がりである。諭吉の作品への興味から、古文の世界への興味へと好奇心が広がり、そこから憲法第9条を歌った短歌への興味に広がった、という具合である。
 今までも何度も古い文体の文章を読んできたが、自己流で理解できるところだけを読んできただけである。それでも何ら問題はなかった。誰に見せるわけでもなかったからである。しかし、今回だけは、正確に読んでみたいという欲求が生じたのである。そこで初めて、古文に対する無知を自覚できたのである。
 諭吉は、「仔細に之を思へば千百の疑問際限ある可らず」といっているが、古文をよく読むと、歴史上のことや現代に通じる人間模様など、疑問や好奇心が限りなく生じるようである。数学も、「千百の疑問際限ある可らず」になって初めて、その面白さが分かるのかもしれない。
 そう言えば、将棋の名人戦を観戦した茂木健一郎さんが「トップ棋士が名人のタイトルを巡る闘いで見せる深い沈潜こそが、人間の脳の可能性であり、限界はまだ誰も知らない」「細切れの現代を生きる私達にとって、深い集中に触れること自体が、一つの恵みとなる」(2012年5月2日、朝日新聞)と書いている。沈潜とは、心を落ち着けて深く考えること。また、深く没入することである。古文や数学などを学ぶ過程の沈潜体験こそが、無知の知であり、福沢諭吉の「人生の楽しみごと」なのではないだろうか。

2023年7月12日水曜日

ファーブルの予言

 昆虫を愛してやまなかったフランスの昆虫学者ファーブル[1823~1915]の、人類滅亡への危惧を知って身震いしてしまった。人類滅亡後の世界を、次のようにリアルに表現されていたのである。
「人間は進歩に進歩を重ねていくうちに、自分のつくった文明と言われるものの洪水のために、いつかおぼれ死にさせられる日が来るのではないかと、思われてならない」「この動物たちは、われわれ人間が、この地球上にあらわれるまえから、うたっていたのだ。われわれがほろんでしまったあとも、ゆるぎない太陽の、焼きつくような光をほめたたえて、歌をうたいつづけるだろう」(『昆虫と暮らして』、アンリ・ファーブル著、岩波少年文庫、1980年)
 核の脅威など思いもよらなかった時代に、どうして、このような予言めいた警告を発することができたのか、不思議である。世界に大きな衝撃を与えた、農薬による環境汚染を警告した『沈黙の春』の著者であるアメリカの女性海洋生物学者・作家カーソン[1907-1964]のことを考えると、農薬の影響が少しずつ昆虫に現れていたのだろうか。何れにせよ、原発事故の洗礼を受けた今、核の脅威は、ファーブルの予言を現実味のあるものにしている。さらに核の脅威は、ファーブルの予言さえも覆して、昆虫一匹の生存さえ許さない可能性もあるということを想起して見る必要がある。

2023年7月11日火曜日

スロージョギングの再開

 スロージョギングがいいことは知っていたが、継続できずに今に至ってしまった。クエン酸や上下運動もいいが、スロージョギングも魅力である。たまたま図書館で目に止まった『スロージョギング入門 歩くスピードで走るだけ!』を読んでみて、感じたことである。改めて、二つのコツを知り、その重要性も納得できた。足の指の付け根で着地することと、顎をあげ、正面前方に視線を向けることである。スロージョギングを継続し、姿勢が良くなれば最高である。
 いい姿勢をキープするのは、とても簡単です。あごを若干上げればいいのです。
 あごを引いて走ろうとすると、無意識に視線が下にいき、猫背になってしまいます。あごを上げて走ると、自動的に背骨がまっすぐに伸びていい姿勢が保てます。背中がピンと伸びると、骨盤が前に倒れて脚が引き上げやすくなります。さらに、気道が広がり、呼吸もしやすくなります。
 もちろん、視線も前に向きます。スロージョギングは楽しみながら走れるというのが最大のメリットです。うつむいて猫背姿勢でトボトボ走るのではなく、まわりの販色を眺めながらリラックスして走ってください。(『スロージョギング入門 歩くスピードで走るだけ!』、田中宏暁著、PHP研究所、2013年、p70)

(『スロージョギング入門 歩くスピードで走るだけ!』、p63)
 
(『スロージョギング入門 歩くスピードで走るだけ!』、p71)


2023年7月10日月曜日

原子力利用そのものの犯罪性

 エントロピーに関する本を読んでいたら、「放射能のエントロピー」というコラムがあって、「プルトニウムは、事実上永久に毒物である」。だから、「原子力利用は、子孫に対する犯罪である」と、次のような厳しい指摘があった。
 地下資源のウランを利用すると、さまざまな核反応で、新しい放射性原子核が生成する。これらは、放射能(物)エントロピーである。
 これらの放射性原子核は、いずれは熱エントピーを発生しながら、通常の安定な原子に落ちつくのであるが、その時間の長いものがある。たとえばプルトニウムは、事実上永久に毒物である。
 ウランを利用し、かつ、放射能汚染を防ぐ方法は存在しないから、原子力利用は、子孫に対する犯罪である。(『エントロピー FOR BEGINNERSシリーズ』、藤田祐幸・槌田敦文、現代書館、1985年、p115)
 恐ろしい話だし、罪深い話である。未来のことは未来の人に考えて貰えば良い。そう考えているのだろか。どうも、今のことばかり考えて、未来のことなど考えていないような気がする。
 原子力発電所の再稼働問題も同じだ。再稼働することによるリスクの増加など眼中にない。資本の論理による勿体無いが最優先されているに違いない。人体生理学の概念に廃用萎縮というものがある。使わない組織は劣化するという概念で、寝たきりで筋肉を使わなくなると筋肉はどんどん弱ってくるような現象を指す。機会でも同じであろう。動力の機械は動くことで油も隅々まで行き渡るのに対し、使わなければ、油の動いも止まり、劣化が進むであろうことは容易に想像がつく。それでも、再稼働は進めていくというのだ。汚染物質は増えていくばかりなのに、それも考えない。やはり、”原子力利用そのものの犯罪性”を問題視しなければ、問題の解決はあり得ないのだ。

2023年7月9日日曜日

すでに軍事独裁政治が始まっている

 やはりそうだったのか、と思えた本、心を代弁してくれているような本に出会えた。『日本人が奴隷にならないために』(秋嶋亮著、白馬社、2023年)である。日本政府のやっていることは、”火事場泥棒”ではないか、という批判を聞いたことがある。そのことを、「ウクライナ危機は国債の増刷に上手く利用された格好」だと表現していたが、これも、結局「アメリカの軍事産業に捧げる」ことになる。マスコミは、もっとこのことを大々的に追求すべきである。
 それにしても、「すでに軍事独裁政治が始まっている」という指摘は、薄々感じていながら口に出せないことであろう。しかし、まだ、こうした批判書籍の出版も許されていることを考えると、限界点にまでまだ達していない。この条件を活かし、大きな流れを阻止しなければならない。子どもたちのために、・・・・。
――ウクライナ危機は国債の増刷に上手く利用された格好です
秋嶋:戦争は「認知戦」に発展しています。「影響戦」や「世論戦」というのです。要は偽情報やフェイクニュースにより、戦争の当事国だけでなく関係国の民衆を心理操作し、戦争予算の引き上げに合意させる作戦なのです。そうやって、これは仕方がないことだという「信念体系(国民が共有する認識)」を形成するわけです。
――マスコミは「国債を発行して防衛予算を倍増しなければ日本もウクライナみたいになるぞ」という論調ですからね。
秋嶋:ゼレンスキーのオンライン演説は、バラク・オバマのスピーチ・ライターが所属していた米国の広告代理店によって起草されたものです。やはりこの戦争は周到にマーケティングされているのです。社会学でこれを「破壊的メディアイベント」と言います。
――想像を絶する世論操作が実行されているのですね。(『日本人が奴隷にならないために』、秋嶋亮著、白馬社、2023年、p53、強調は引用者による)

日本のカネと若者を
 アメリカの軍事産業に捧げるのか

――日本は軍国化にドンドン加速していますね。
秋嶋:これは不測の事態ではありません。今起きていることは「グローバリズムは戦争国家を目指す」という定理の通りなのです。つまり多国籍資本が民主制という軛を外し、弾圧的な振る舞いによって自己増殖を最大にする営みが、戦争国家というグローバリズムの完成形なのです。
――その見解には「救われようがない!」と批判が殺到するでしょうが。
秋嶋:しかし15回にも及ぶ安保の実務者協議の議事録は非公開でした。そしてこのような密室議会によって、防衛費の倍増や、敵基地攻撃能力の保有が決定されました。こうして一連の政策形成過程を点検すれば、すでに軍事独裁政治が始まっていることが分かるのです。(上同、p78〜79、 強調は引用者による)

2023年7月8日土曜日

前頭葉が生命力を高める

 理性よりも感情の方が脳の深いところで感じる。だから、感情の豊かさという土台の上に理性が発達すると言われている。そこまでは分かっていた。しかし、同じように感情にも序列があるという。次の言葉が示しているように、恐怖という感情がもっとも原始的で強い感情だというのである。「すべての生き物が共通して持っている感情は<愛情>ではない。<恐怖>よ。(『獣の奏者・3』、上橋菜穂子著、講談社、p85)」
 以上のことは、何を意味するのだろうか。精神的な苦痛が直接体に影響するということと関係がありそうだ。つまり、脳の深いところほど生命維持と関わりが強くなる。それ故、恐怖といった古い感情ほど、体に悪い影響を与えると言える。このことから分かるのは、体のことを考えて、できだけ恐怖の感情を遠ざけることの重要性である。では、どうするか。ここで、アウシュビッツ強制収容所でのエピソードを思い出した。多くのユダヤ人が、恐怖の元で死んでいったのに、想像力を働かせて、希望を持ち続けることで生き延びた人の話である。
 また、がんで余命を告知されたとき、多くの人は落胆して死期を早めることが多いと言われている。告知されることで希望を失ってしまうからである。どうも、恐怖の対極にあるものは希望のようである。ところで、創造力を必要とする希望は前頭葉とつながりが深い。このことから、「前頭葉の発達は恐怖の感情を遠ざけ、生命力を高める」ということができる。工夫して文章を書く、多くの料理を楽しむといった様々取り組みによる前頭葉の発達は生命力を高めるのである。日々、前頭葉の発達に心がけたいものである。

2023年7月7日金曜日

真実と、普遍的精神!

 勇気の出る言葉を見つけた。「自分にとって自分の心の奥で真実だと思えることは、万人にとっても真実だと信じること・・・・それが普遍的精神である」という勃興期のアメリカを代表する屈指の思想家であるエマーソンの言葉である。
 実は、未だに、これからまとめようとしていることに対して、しっかりとした最高学府である大学教育を受けていないのに、というような思いがある。まとめようとしていることに対する消極的な思いを払拭できないでいるのである。
 NHKの朝の連続ドラマ『らんまん』でも、牧野万太郎が同じような悩みを抱いていたことを知った。小学校も、もちろん大学も出ていないので、どうすれば世に認めてもらえるかを悩んでいたのだ。それに対し、本にして世に出せば良い、とアドバイスを受けて、万太郎は元気を出して研究を進めるのだった。何よりも、心から納得する形にまとめ上げることが大事だったのだ。

2023年7月6日木曜日

恨みなど、何も生み出さない

 NHK大河ドラマ『どうする家康(24)築山へ集え!』は、未来社会を暗示していたようで、私にとって圧巻だった。瀬名が、戦のない世を夢見、その方法論を家康をはじめ家臣団に説き伏せたのだ。しかし、織田には内密に進められた計画だったが、織田に露見しててしまう。結果、25回は瀬名が責任をとって自害してしまう悲しい回だった。瀬名の言葉に感動したので、圧巻部分のセリフを文字に起こしてみた。考えてみれば、江戸後期に続いた泰平の世というものは、瀬名の夢が実現したというべきのかもしれない。
 久松に「もう戦は懲り懲りじゃ。恨みなど、捨てて仕舞えば良い。そんなものは何も生み出さぬ」と言わせているが、東アジア地域の平和を考えるとき、この言葉の真実に気づかなくてはならないと思う。
 そうなのだ。恨みなど、何も生み出さないのだから、そんなものは捨てて仕舞い、手を繋げば平和な地域になる。
穴山:奥方様をたぶらかすつもりでつもりでやってきました。が、逆にたぶらかされてのが拙者でございまして。
瀬名:書物を読んだり、いろんな人に教えを乞うたりして、一つの夢を抱くようになりました。
信康:母上の考えは、我々が武田の配下になることでも、武田が我々の配下になることでもありません。
家康:どういうことじゃ。
瀬名:なぜ、私たちは戦さをするのでしょう?
家康:私が生まれた時から、この世は戦さだらけじゃ。考えたこともない。・・・戦さをするのは貧しいからじゃ。民が飢えれば、隣国より奪う他ない。奪われれば、奪い返す他ない。
瀬名:されど、奪い合えば、多くの犠牲を伴います。
家康:やむをえん。
瀬名:そうでしょうか。
家康:なら、どうすれば良い?
瀬名:貰えば良うございます。足りなければ、コメがたくさんある国からもらう。
家康:ただで、くれはせん。
瀬名:代わりのものをやれば良い。塩を取れる国は塩を、海があれば魚を、金山があれば金を。相手が飢えたるときは助け、己が飢えたるときは助けてもらう。奪え合うのではなく、与え合うのです。さすれば、戦は起きません。
忠次:お方様、仰せになることはわかります。しかし、それは理屈でござる。実際にそのようには、
瀬名:まいらぬか。
数正:少なくとも、徳川と武田がそのように結ぶことはできますまい。互いに多くの家臣を殺され、深い恨みを抱えております。
信康:父上、私はもう、誰も殺したくはありません。戦さをやめましょう。
家康:信康
五徳:されど、そのようなことは、我が父が許さぬでしょう。
忠次:さよう。織田と敵対することになる。戦になりましょう。
信康:我らは誰とも戦はせぬ。
忠次:向こうから攻めてくるのでござる。
瀬名:そうはならぬために、この方々に知恵をいただきました。
信康:久松殿、今川殿らの誓書でござる。
於大:なんと素晴らしい考えじゃ
久松:織田様に知られぬよう、ことを進められるかどうかが肝心。
於大:仲介役は我らに任せよ。話は決して漏らさずに、国衆たちをまとめ上げよう。
久松:たくさんの味方を作って、大きな繋がりを作りましょう。
瀬名:大きな繋がり。
久松:そう、もう戦は懲り懲りじゃ。恨みなど、捨てて仕舞えば良い。そんなものは何も生み出さぬ。このはかりごとなら、この久松、残りの命を捧げられます。
氏真:そういうことならば、この今川の名が多少は役に立とう。こちらには相模北条の姫もおるしな。
糸:もし徳川様と武田様が手を結べば、間違いなく北条ものって参ります。この糸が、必ずや北条を結びつけまする。
氏真:・・・・このような胸の弾むはかりごとがあろうか。
数正:そのような結びつきは、脆いものかと。
信康:肝心なのは、銭でござる。
数正:銭
瀬名:それらの国が同じ銭を使い、商売を自在にし、人と物の往来を盛んにする。さすれば、この東国に、新たなる巨大な国が出来上がるも同じ。そのような巨大な国に、信長様が戦さを仕掛けてくるでしょうか。強き獣は、弱き獣を襲います。しかし、強き獣と強き獣は、ただ睨み合うのみ。
信康:睨み合っている間も、我らの元に集う者は、どんどん増えるに違いありません。この大きな国は、武力で制したのではなく、慈愛の心で結びついたものなのですから。
家康:慈愛の心で結びついた国
千代:いずれ織田様も、我らの元に集うことになりましょう。
穴山:武田、徳川、織田、北条、上杉、伊達らがあらゆる事柄を話し合いで決めていくのです。さすれば、戦のない世ができまする。
瀬名:日本の国が一つの慈愛の国になるのです。
信康:これが、母上が考えた途方もないはかりごとでございます。(強調は引用者による)

2023年7月5日水曜日

江戸泰平物的証拠『擐甲図歌』

 江戸時代、長い平和な時代が続いたことは知っていた。しかし、具体的な証拠は知らなかった。だから、「そうなんだ」と腑に落ちることはなかった。「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪 国立公文書館 第1弾」(6月28日放送)を見ていて、その証拠となる本を見つけた。その名も『擐甲図歌(かんこうずか)』である。
「擐甲」とは鎧を着るという意味。江戸後期、泰平の世に馴れ、あるいは、戦うことがなくなったため、鎧の着方を知らない武士たちがかなりいたらしく、そういう武士のために、鎧の着る手順を18に分け、狂歌を添えて図解したのが『擐甲図歌』である。(「ザ・バックヤード」と、国立公文書館のホームページから引用要約)
 すべて、狂歌で説明しているというのも面白い。最初の狂歌は「下帯をしかと結びて 具足した常の衣を きるぞよろしき」と読むと、番組で紹介していた。長く使わなかったから、「大砲の打ち方を忘れてしまった」なんて言われる世まで、平和が続いてほしいものである。
国立公文書館より



2023年7月4日火曜日

ワイマール憲法に学ぼう

 このブログを始めた一つの動機は、”「ドイツにおけるワイマール憲法の二の舞になる」のを防ぎたい”だった。しかし、ワイマール憲法の成果も含め、いまひとつイメージがわかなかった。でも、諏訪敦著「ファシズムを選ぶまでの道行き」(『芸術新潮』、2023年7月)を読んで、今までの謎が解けた。 
 1919年8月に公布されたヴァイマル憲法に基づく、共和制下のベルリンは、モダンな文化が爛熟し、あらゆる属性の人々が生きる世界最先端の都市であった。第一次世界大戦の敗北から立ち上がったドイツは、多額の戦後賠償が経済を痛めつけていたものの、多様な芸術運動の揺籃となり、性的解放の萌芽もみられていたのだが、民主主義体制を謳歌していたはずの人々は、それでもナチスの躍進を許し、ファシズムを選び取ってしまう。(p106)
 具体的には、
 1933年にナチスが政権に就き、「民族および国家の危難を除去するための法律」と称する全権委任法が成立した。1929年の「血のメーデー事件」は、33人死亡、245人負傷、1200人以上が逮捕という惨事となったが、警察は捜査をしなかったため、国民分断の契機となったといわれている。(p106)
 つまり、ドイツにおいてファシズムを許してしまうキーポイントは”「民族および国家の危難を除去するための法律」と称する全権委任法”であろう。このような、日本における民主主義体制崩壊のキーポイントは、憲法9条を変えて戦争ができる国になってしまうことであろう。ワイマール憲法に学び、これだけは、何としても防がなくてはいけない。
 

2023年7月3日月曜日

上下運動(足首トントン)の奇跡

 西式の稲葉理論がある。血液循環について独特の理論を展開しているのが特徴で、筋肉ポンプを効果的に働かせて、血液の滞りを改善する。その結果様々な病気が治る、というものだ。具体的には仰向けになって、写真のようにアキレス腱上部を丸太に打ち付けるだけである。片足25回を交互に5セットくらいを目安にやると良いらしい。
 この運動をしばらく忘れていた。今回眠れなくなったりして不調だったこともあり、これまでのことを振り返り、20年も前に書いた「上下運動の奇跡」を見つけ、20年これを続けていたら、と思ったが、これからでも遅くない。今度こそ、続けてみよう。

「『足首トントン健康法』、西万二郎著、メタモル出版、p27」より
上下運動の奇跡
 稲葉理論の大切さを再発見したところだが、その偉力に驚かされた。脳死に近い患者さんが回復した体験記を読んだのである。西医学(1099年8月号)に載ったものだが、記憶に留めておきたいし、何かの機会に紹介してもいいので要約しておきたい。
 人工呼吸器につながれて、脳死に近い状態でICUに入院している患者さんの家族が、助けてほしいと稲葉さんのところに尋ねていった。稲葉さんは、患者さんのところに行き、脳死に近い状態の患者さんを診て、80パーセントは無理だからと断って家に帰った。ところが、患者さんの親戚が大勢でやってきて、「さっきの話だと100パーセント無理ではないのだから、何でも指示通りにやるから助かる方法を教えてくれ」と稲葉さんにお願いした。
 そこで稲葉さんは、「後でなんだかんだと言わず、本気になってやると言うなら」とやり方を教えた。その方法というのは、特別に作った上下運動の補助具で5~15分おきに「足の骨が折れるくらい、下から3~4回、とにかく思いっきり叩いて、順番を決めて休まずやる」ことである。
 その結果、3~4日後には意識が回復し、意識が回復してから2~3日後には言葉もしゃべるようになってしまった。損結果に担当医は、奇跡だと言うしかなったらしい。
 いろんな測定器につながれた状態で上下運動をした結果、上下運動をすると、見事に血中の酸素濃度が上がることを確認できたと言う。さらに、「回復に向かうほど全体的に酸素濃度の数値が良くなっていったことをみると、私はこれが上下運動の直接的な効果じゃないかと思う。同時に、血圧も脈拍も叩いた直後は良い方向に向かうこともこのときに確認した」(西医学、1099年8月号、p30)と言う。これはすごいことである。正に、上下運動は奇跡を生むと言って良いだろう。少なくとも1日3回以上は続けたいものである。2009年07月06日月曜日

2023年7月2日日曜日

戦争は絶対悪なんです

 戦争に、悪い戦争も良い戦争もない、戦争は絶対悪なんだという認識が広まってきていた。そんな中、ロシアによるウクライナ侵攻(侵略)によって、ウクライナ戦争が始まってしまった。正当防衛という認識が広まり、多くの国による、ウクライナに対する兵器の援助が続けられている。ウクライナが善で、ロシアが悪という二項対立の構図が出来上がってしまったことになる。
 これで良いのだろうか。決して良くない。兵器の援助が戦争を長引かせていると言っても過言ではない。そういう意味で、耳を傾けたい川崎哲さんの意見がある。
 戦争に「勝つ」とか「負ける」とか、安易に考えないでください。戦争が始まれば、双方に犠牲者が出て、兵士も民間人も死傷します。家族は嘆き悲しみ、多くの人びとの生活が破壊されます。戦争は、始まった時点で、もうみんな負けているのです。
 戦争を正当化したり、美化したりする思想があります。大義のためには暴力に訴え「多少の犠牲」が出てもかまわないとか、命を投げ打って戦うのが美しいとかいうものです。このような考え方が「強さ」とか「男らしさ」といって、いまだにテビや、マンガや、家庭でも教えられています。とくに男の人です。もっと、一人ひとりの命の重みに向きあってください。(『僕の仕事は、世界を平和にすること』、川崎哲著、旬報社、2023年、p168)
 どうであろうか。
 近代社会においては、人権の意識が高まり、”人間の尊厳”という普遍的な価値も認められるようになった。”人間の尊厳”とは「一人ひとりの命の重み」でもある。つまり、「一人ひとりの命の重み」を軽視しているウクライナは今、前近代社会に逆戻りしている状態なのだ。そうした自覚があるのだろうか。「一人ひとりの命の重みに向きあって」1日も早い終戦を迎えたいものである。

2023年7月1日土曜日

怒りの言葉は”言葉のつぶて”

  アーレントの暴力に関する論考と、その解説を読みながら、何気ない会話の中にも暴力的側面があるのではないか。逆にいえば、アーレントの暴力論をヒントに、例えば夫婦間のコミュニケーション障がいを克服できるのではないか、と思った。例えばアーレントは次のようなことを言っている。

 全体主義国家の強制収容所のように、暴力が絶対的に支配するところでは、法律だけでなく、すべての物、すべての人間が沈黙せざるをえない。暴力は政治的領域では周辺的現象であるというのは、この沈黙ゆえである。というのは人間は、政治的存在であるかぎり、ことばの力を与えられているからである。[⋯]ここで注意すべき点は、暴力それ自身はことばを発する能力をもたないということであって、ただたんに、暴力に立ち向かうときことばは無力であるということだけではない[Arendt1963:19/23-24.強調は引用者』(『法の政治学』、岡野八代著、青土社、p190、原文の強調は傍点)。

 夫婦間の最初のコミュニケーション障がいは、言葉による伝達に腹を立てられ、言葉が相手に伝わらないことに起因する。もし、怒りの言葉が暴言と言われるものなら、その言葉は偽りの言葉で、言葉の礫(つぶて)に他ならない。アーレントが言うように「暴力それ自身はことばを発する能力をもたない」からだ。このことからわかることは、感情的になった時点でコミュニケーションは成立しないということである。
 また、「政治的存在であるかぎり、ことばの力を与えられている」というアーレントの言葉が真実ならば、今の国会における”強行採決”など、言葉の力の無視と軽視が続いている状態は、国会では暴力が支配的であることを意味している。もっとアーレントを読み込まなければならない、そう思うようになった。