最近「新しい戦前」という言葉が聞かれるようになった。今の日本は「戦前」なのだという認識が広がっているということを示しているわけだが、トマホーク400発購入になれば、「戦前」という認識がより実感となって迫ってくる。
それにしても不気味だ。トマホーク400発購入に対し、国会やマスコミにおける反発が見えてこないからだ。「嵐の前の静けさ」という言葉もあるが、この静かさも、「嵐の前の静けさ」なのだろうか。心配が膨らんでくる。
「行動の先に希望がある。行動を続けることで未来は切り開かれる」(サルトル) 「人間は進化する存在。今の自分を超えて、創造的であり続ける『超人』を目指せ!」(ニーチェ) こうして社会に発信するというささやかな行動を通じて、一歩でも二歩でも、未来を切り開いていける存在でありたいです。
もし、船の通ったあとの白波が、はかなく消えていくのを、自分の人生と思いくらべるときは、船をながめて万葉(奈良時代の歌集『万葉集』の歌人のある歌をまねて歌をよむ。音楽が心を慰めることは、なんとなくわかる。それも、ただ聞くだけでなく、自ら演奏するといった能動的な関わり方をすれば、それだけ、音楽の世界に没入できるであろうから、癒しの力も大きいと思われる。『方丈記』を読んで、将来のなんらかの不安に対処する方法としてピアノ演奏を選んだが、今からその準備をしておく必要を痛感した。
もし、かつらの木にふく風が、葉をさわさわと鳴らすときは、昔、中国の詩人の白楽天が、風のこずえにふくさびしい秋に、船の中で女のかなでる琵琶を聞いたという潯陽江(中国の川の名)を思う。そんなときには、昔の琵琶の名手源都督(源経信〉のまねをして、琵琶をひいてみる。
ときに、琵趣をひくことに夢中になったら、松風の音にあわせて、雅楽の曲「秋風楽」や、水の流れにあわせて、「流泉の曲」をひく。けっしてじょうずではないが、別に人に聞かせるわけではなく、自分ひとりで演奏し、自分ひとり歌って、心をなぐさめるばかりである。(「方丈記」『21世紀によむ日本の古典 9』、ポプラ社、2001年、p32〜33)
この人物は、あまりの霊性の深さに周囲からはマイスター・エックハルトと呼ばれていた。「偉大な霊性の師」だというのである。生において最も重要なのは内界に余白を生み、神の働く場を作ることである。祈るとは、神に何かを願うことではなく、沈黙の声による神の声を受け止めることにほかならない。いかに生きるかではなく、いかに生かされているかを発見しなくてはならない、とエックハルトはいう。自分でどうにかしなくてはならないと思い込んでいた当時の私にとっては文字通りの意味で精神に革命を起こした一冊だった。しばらくして私は「書く」という営みを身に付けつつ、少しずつ癒えていったのである。(『群像』、2020年10月号、p186)
エックハルトの説く「いかに生きるかではなく、いかに生かされているかを発見しなくてはならない」ということは、無神論者の私にも興味のある言葉である。すぐには理解できないが(頭で理解することではないのかもしれないが)、心に留めておき、自らの”新たな問い”にしたいと思う。
産軍複合体については、これまで「産軍複合体という怪物」や「国費を食いものにする産軍複合体」で取り上げたことがある。ここでは、これこそ「産軍複合体の本質」ではないか、と思われる指摘を取り上げてみる。それは、「軍事技術や軍産複合体に社会全体が振り回されてしまった国々」と次のように書かれていたことである。「軍産複合体は社会全体を振り回す」という指摘は、産軍複合体の本質を言い表していると思ったのだ。
アメリカやソ連の建材が不如意なのは、両国とも軍事経済体制を取っているからだと考える人々がいる。非軍事経済に移行するための音頭は日本が取るべきだとまで期待する人もいる。また、長い日本の歴史から教訓を取ることが出来ると考える人は多い。(故オルフ・パルメ氏もその一人であった)。
それは、平和憲法を基にした第二次世界大戦後の日本の歩みを積極的に評価している人も多くいるということである。更に、この四十年の歩みが、実は、もっと長期的にみた日本的あるいは東洋的な伝統の一環だと考える人もいる。その例として良く引かれるのが、徳川幕府による鉄砲「廃棄」(詳しくは、ノエル・ペリン著の『鉄砲を捨てた日本人』―ー邦訳は紀伊国屋書店刊――参照)であり、あるいは、中国における火薬やロケットなどの発明がそのまま膨大な兵器体系に結び付かなかったこと等である。これが、技術一般、特に軍事技術を考えるに当って、人間や社会の側に主導権があり、人間がコントロール出来るのだという好例として紹介される。軍事技術や軍産複合体に社会全体が振り回されてしまった国々の真似をするのではなく、より人間的な目的に沿って技術を利用し経済を動かしてきた国の経験こそ貴重だというのが、こうした人々の考え方である。
こう考えてくると、日本という平和国家が抱いている理想像、それを達成するために日本が創り出してきた諸制度やノウハウを世界に分って貰える形で提示して行くことこそ、今、日本が世界に対して出来る最大の貢献かも知れない。(秋葉忠利タフツ大学助教授[数学]著「日本の理想を示す時」『世界』、1986年7月、p23)
ここで、軍産複合体が登場してきたのには意外だったが、数学者として、外野から社会を見たこともあり、社会の本質がよく見えたのかもしれない。秋葉忠利氏には『数学書として憲法を読む』や『報復ではなく和解を』といった著書もあることがわかり、その内容にとても興味を覚えた。また楽しみが増えた。
『明確さは力である!』(ジェームス)という言葉を知ったときは、それほどの重要性を感じなかった。そのため、こういう言葉があることさえ忘れていた。そして、偶然にこの言葉をファイルの中に見つけたときは、『明確さは力である!』という言葉に不思議な魅力を感じてしまった。
そこで、自分の目標と、その目標をどのようにして実現すればいいかを図解してみた。すると、複雑なことが、すっきりと表現され、多くの情報が一度に記憶することができた。情報が明確になると、その情報は、すんなりと記憶されるようである。
情報は力である。しかし、その情報は、しっかりと記憶し、自分のものにしなければ力を発揮しない。そして、明確さは、記憶を助ける。それゆえに、「明確さは力だ」と言えるのである。
物事を明確にしようとするとき、図解に頼ると良い。文章だけよりは、格段と明確になること間違いない。これからは、できる限り図解による明確な表現に努めて行きたい。2006年07月11日火曜日
昨年2月から少なくとも6千人が、ロシア内やロシアが占領するクリミア半島の43施設に収容されたという。生後4カ月から17歳までのウクライナの子どもたちで、極東へ送られた例もあった
卑劣なのは子どもの集め方だ。多くは旅費や滞在費などが無料で「楽しいサマーキャンプ」を低所得層の親に訴え、受け入れ後は連絡を絶つ。消息をつかめても引き取りは現地入りした両親のみに限られ、戦時下では困難だ。(朝日新聞、2023年2月17日「(天声人語)子どもたちに手を出すな」より)
民主主義国アメリカと言われているが、その民主主義というものが曲者だ。「白人民主主義」と言われれ、暴力が絶えないからだ。そんなアメリカの暗部を見事に描き出しているのが、フェイス・リンゴールドによる《アメリカ人シリーズ第20番:死》である。「この作品が描かれる3年前にはマルコムxが暗殺され、また制作の翌年にはマーティン・ルーサー・キングが殺されたこと」(国立西洋美術館館長田中正之解説「美の十選 ブラック・アート・マターズ(9)」日本経済新聞、2023年2月15日)を考えると、余計に、この絵の真実味が増してくる。
田中正之氏によるとこの絵は、「白人と黒人、男と女、そして大人と子供、誰もが逃げまどい、銃やナイフによる暴力の犠牲となっている。画面のあちこちに血のしたたり描かれ、場面の凄惨さを強鯛する。中央付近に描かれた白人の男の子と黒人の女の子が抱き合って怯える姿が印象的」(上同)だという。私は、一つの問題点を発見してしまった。暴力に怯え、逃げまどっている人に白人が混じっているのをどう考えればいいか、ということである。白人の仲間がいて、そういう人たちが一緒に迫害を受けているということだろうか。
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| 《アメリカ人シリーズ第20番:死》1967年、油彩、182.9×365.8cm、ニューヨーク近代美術館蔵 |
吉本隆明の「共同幻想論」が気になって、「国家とは何か」を読んでいた。すると、「国家は幻想の共同体だ」とか「観念としての国家」といった言葉に触発されて、前に読んだばかりのポパーの言葉が脳裏に浮かんできた。それは漠然としたもので、多分『よりよき世界を求めて』の中にあったはず、と見当をつけて、目当ての言葉を見つけることができた。それは、
われわれ人間は、人間に特有の言語を案出することによって、自らを創造した。つまり、言語が、「逆に精神に働きかけたのである」(ダーウィン「人間の由来」)。(『よりよき世界を求めて』、カ-ル・R.ポパ-著、未来社、1995年、p8)
ここでいうところの、精神に働きかける言葉と、吉本隆明の「共同幻想」が、同じに思えたのである。ポパーは、世界を三つに分類しており、彼がその中の「世界3と呼ぶのは、 人間の精神が客観的に産み出したものの世界」(上同、p 24)である。吉本隆明の「共同幻想」は、ポパーの「世界3」の範疇に入るのではないか。つまり、吉本隆明の「共同幻想論」の理解にポパーの世界認識論の理解が欠かせないのではないか。このような視点で両者を読み解いてみたいところである。
吉本隆明が膨大な数の著書を読み込んで、それらを評論しながら身につけていたらしいと『新・書物の解体学』(吉本隆明著、メタローグ、1992年)を読んで知った。彼の”詩の評論”というものを初めて読んだが、その的確な評論の内容と、その文体とに惹かれ、より一歩深く、吉本隆明の思想世界に入り込むことができたように思えた。その詩と評論は以下の通りである。
五月!
ふるさとへ帰りたいのう。
ふるさとにかへって
わらびがとりに行きたいのう。
わらびをとりに行って
谷川のほとりで
身内いっぱい山気を感じながら
ウンコをたれて見たいのう。
ウンコをたれながら
チチッ チチッ となく
山の小鳥がききたいのう。(詩集「野』「ふるさと」)
啄木でいえばちょうど「病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあおぞらの煙がなしも」のようなものだ。だが啄木のうたは、故郷喪失者が都会の生活に疲れたという位置で、ふるさがうたわれている。木山捷平の詩も都会生活に疲れたものの歌だが、故郷喪失ではない。故郷はこの詩ではじぶんが同化してそのなかで肉体を融かしてしまえる自然の別名だといっていい。「ふるさと」は家郷という意味と肉体がそこに同化して安心できる原郷という意味を二重にもっている。たしかに故郷が喪はれているのを回復したい願望の詩なのだが、それはじぶんの生理を融け込ませてくれる自然をもとめる願望にあふれている。「ふるさと」はこの詩人を安堵させくれるものとしてして求められているのだが、その安堵は生活の安堵でもないし、感覚の安らぎでも、情念の充足感でもない。もっと身体にそくした生理の安堵ともいうべきもので、それが終りの五行になっている。啄木にはこうはうたえない。「ウンコ」という表現が非詩だからではなく、生理の解放感を故郷の自然に求める気がさらさらなかったからだ。p222
ここでいうところの「故郷喪失ではない。故郷はこの詩ではじぶんが同化してそのなかで肉体を融かしてしまえる自然の別名」「肉体がそこに同化して安心できる原郷」としての「ふるさと」という捉え方、その「ふるさと」概念が私には新鮮だった。そこに日本的な感覚を見出したのではないかと思った。しかし、「身体にそくした生理の安堵」という表現は、いまのところ理解できなかったが、改めて考えると、かつて生まれ育った家に帰ったときの安堵感というものに近いものかもしれない。それにしても、よくこれほど深い読みができるものだと感心する。
吉本隆明を通じて、新しいフランスの女性思想家シモーヌ・ヴェイユの存在を知った。吉本隆明がシモーヌ・ヴェイユの「徹底ていな平和主義」というものを次のように紹介していたのだ。
徹底した戦争観というのがあって、戦争というのは、一見すると、この国とこの国の利害が対立してチャンバラをするというように見えるけど、本当はそうじゃなくて、相手の国の民衆によって自分の国の民衆を殺させることだという定義があるんです。つまり「相手の国の労働者、民衆によって自分の国の労働者、民衆を殺させることだから、戦争は絶対に駄目だ」という考え方。これは平和主義といっても、レーニン、スターリンの平和主義ともまるで違う平和主義です。でも、徹底的な平和主義なんですよね。
毛沢東は戦争には正義の戦争と不義の戦争とがあると言っています。ここまでくれば戦争肯定そのものです。戦争というと、国と国が戦うみたいだけれども、本当は自分の国の民衆を相手の国の民衆に殺させることで、どっちにしても支配者は損をしないで、どちらかの国の民衆が損をするだけだ。だから、戦争なんて絶対やるなっていう、これがいちばん徹底した考え方です。これはフランスの女性の思想家のシモーヌ・ヴェイュという人が言ったんです。
そう言って彼女は、ロシアのマルクス主義に反対だと言ったんですけどね。(『僕なら言うぞ! 世紀末ニッポンの正しい眺め方、つきあい方』、吉本隆明著、青春出版社、1999年、p206)
シモーヌ・ヴェイュという人は本質をついた考えを持っているようなので、どんな著作があるかを調べてみた。そして、興味のある書名が並んでいて、また、読む楽しみが増えた。まず初めは、『哲学講義』(シモーヌ・ヴェイユ著、アンヌ・レーノー編、人文書院、1981年:アンヌ・レーノーの筆記した講義ノート)を読んでみたい。以下書名を列記すると次の通り。
『根をもつこと 上・下』、シモーヌ ヴェイユ著、岩波書店、2010年
『重力と恩寵』、シモーヌ ヴェイユ著、岩波書店、2017 年
『自由と社会的抑圧』、シモーヌ ヴェイユ著、岩波書店、2005年
『ヴェイユの言葉』、シモーヌ ヴェイユ著、みすず書房、2003年
『シモーヌ・ヴェイユ選集 1・2・3』、 みすず書房-、2012年
アメリカ合衆国の「自由」や「民主主義」などは、要するに「白人の自由」「白人民主主義」にすぎず、もっといえば、「侵略者の自由」「海賊民主主義」にすぎない。(p 67)
日米安保条約と言ったら、多くの人が、その存在を肯定し、日本国憲法とは相容れないことなど考えてもみないのではないだろうか。防衛装備品という言葉を何の抵抗もなく受け入れているのと同じであろう。だからこそ、「避けて通れぬ日米安保条約」( 『チャレンジ』、田英夫著、毎日新聞社、1979年)というエッセイ風小論を見つけ、喜んで読んだ。
その内容は次の通りで、
国際情勢の方は、六〇年代から変化し始め、七〇年代に入ると完全に冷戦構造は崩れてしまっているにもかかわらず、いぜんとして安保条約は生き続け、むしろ強化されている。この点が現在、安保条約のかかえる最大の矛盾だろうと思う。要は、日米安保条約を日米友好条約にすべき、というものだった。アメリカは、好戦国家として有名だ。数々の戦闘を経ながらも、憲法9条のおかげで同盟国の日本は参戦できなかった。しかし、いつまでこの状態が崩れ、参戦するようになるかは予断を許さない。9条を空洞化する法律が成立してしまったからだ。
私は今からでも遅くはないと思う。日米関係を軍事同盟の関係ではなく、経済問題を中心にした友好関係、言いかえれば、日米安保条約ではなく、日米友好条約にすることが、国際情勢にもマッチし、平和憲法を掲げる日本の正しい選択ではないかと考える。(『チャレンジ』、p184)
その具体的な方法としては、つぎのような手順を踏むことになります。
①日本政府が世界に向かって、日本は「戦争をしない国」です、つまり「不戦の国」ですということを宣言する。
②それを受けて、国連総会が、日本は「不戦」、「戦争をしない国」だとうことを承認する。
③できれば全会一致で承認されるということになれば、日本は世界から、戦争をしない、軍隊を持たない国だということが認知される。
これが日本としての平和の道ではないか。そして世界に対する提案になるのではないかと考えたのです。(『『特攻隊だった僕がいま若者に伝えたいこと』、田英夫著、リヨン社、p214)
禅、とか、悟りの境地というものは、脳の活動が最善の状態ではないか。そうだ、自然現象には共振という現象がある。禅、とか、悟りというものは、一種の脳内共振現象だ。だとすれば、悟り(無我の境地)によってパワー全開になることも納得できる。書道は、うまい字、味のある字を書くことだけが目的ではない。そうした字を書く過程で、無我の境地に達することも目的の一つである。なぜなら、無我の境地に達して初めて、人様に見せられる書が書けるようになるからである。書道に限らず、掃除だって勉強だって、無我の境地になるまで、本気になって取り組むことが大切なのである。
そう言えば、禅僧は掃き掃除一つ、ふき掃除一つおろそかにしないと聞いたことがある。仏壇の前でお経を唱えることだけが修業ではなく、掃き掃除一つ、ふき掃除一つが修業なのだ、と。同じことをしても、心掛け一つで修業になるが、心掛けが悪ければ、ただ疲れさせる対象でしかなくなってしまうのである。
では、どうすれば、常に心掛けを正すことができるだろう。やはり、意識的に「心を磨く」と心掛けることだろうか。これも実験して試す必要がある。何となくことを進めるのではなく、何をするにも、意識的に「心を磨く」と心掛けることである。