2021年9月30日木曜日

日本国よ大志を抱け

 総裁選があり、その議論の中で改憲論も取り上げられた。改憲の主な論点は、理想と現実の乖離を解消しようというものである。あまりにも現実的環境が変わってきたのだから、憲法もそれに合わせるべきだ、というものだ。この問題を、最近知った「二分法思考」を手掛かりに考えてみた。
 二分法思考というのは、『「科学的思考」のレッスン : 学校で教えてくれないサイエンス』(戸田山和久著、NHK出版、2011年)で紹介されていたもので、安全と危険を例に説明されていた。「ここまでは安全だがここからは全て危険になる、という二分法的な考え方はとてもマズい」(p26)といったものだ。白と黒の間には、限りなきグレーが存在している。そのグレーゾーンを無視して、白か黒かの選択を迫ることはマズいと。
 原発推進派と反原発派という二分法の問題点も言及していた。グレーゾーンとして、「核燃料サイクルだけはやめよう」「新しく建設するのはやめよう」など色々選択肢があるのに、原発推進派と反原発派に「色分けしてしまうことはどう考えても不毛」だという。
 さらに、ここが大切なのだが、「これらの二分法思考に共通しているのは、科学が、グレーな領域で少しずつマシな方向に進むものだということを見失っている点で」「このことを忘れないことが、科学についてマトモに思考するための第一歩」(p29)だという。この考え方が気に入った。
 ところで改憲論者は、「現実の防衛環境が悪化してきた」「憲法の非武装という理想は現実に合わない」と二分法的な考えている。しかし、現実と理想と同時に、それらの間にグレーな領域を認めるならば、「グレーな領域で少しずつマシな方向(憲法の理想)に」向かって進めていこう、という選択肢も選べることになる。理想は理想として掲げて、少しずつその方向に向かっていけばいいのだ。
 そもそも「理想は、我々の生涯を貫いて、いかなる日常の行蔵(世に出て道を行うこと)にも必ずや現実の力となって働くもの」(『南原繁の言葉』、p274)である。それに、歴史を遡っても、自由、平等といった理想を掲げ続けてきたからこそ、少しずつでも、その理想に近づいてきたということもできる。クラーク博士が「少年よ大志を抱け」と言ったことは有名だが、「日本国よ大志を抱け」と言って堂々と憲法の理想を掲げ続けたいものである。

2021年9月29日水曜日

ソンミ村虐殺事件の一事例

 気になっていた本、『殺す側の論理』(本多勝一著、朝日新聞社、1984年)に、一枚の写真の解説があった。なんとも生々しい描写だと思ったら、その解説は、『ソンミ : ミライ第4地区における虐殺とその波紋』(セイムア・ハーシュ著 、小田実訳、草思社、1970)からの引用だった。著者セイムア・ハーシュは、「フリーランスの記者としてのデビューは1969年、ベトナム戦争中のウィリアム・カリー中尉によるソンミ村虐殺事件の暴露であった。当時『ディスパッチ・ニュース・サービス』という小さな個人通信社の記者であった彼は、借金をしながら証言者を求め全米を廻って記事を書いた。『ザ・ニューヨーカー』に掲載されたこの記事で、1970年度ピューリッツァー賞を受賞」という経歴だった。

 そのカラー写真の一枚は、 中央に五〇歳前後の婦人が、怒りと悲憤と絶望とを同時にあらわした表情で立ち、その右側には、赤ん坊を片手に抱いた二〇歳前後の若妻が、ブラウスの前フックを閉じようとしている。周辺には恐怖におののいてすがりつく子供たち。この写真がとられた直後、この女子供たちは自動小銃で皆殺しにされた。
 この、ブラウスのフックをかけようとしている若妻は、米兵たちに「ベトコンの売春婦」とからかわれながら、乳房にいたずらされそうになり、ブラウスをまくりあげられたところだった。五〇歳前後の怒りと悲憤の婦人は、たぶんその母親であろう。娘へのあまりの仕打ちに抗議して、たちまち米兵に銃尻で殴られ、蹴とばされたのだ。子供たちが彼女に必死でしがみつ い た。「あいつらをどうしよう」とだれかがいうと、答えは「やっちまえ」だった。自動小銃の連続射撃。小さな子供一人だけが、なぎ倒された女子供たちの間に生き残った。だれかが、これも狙いうちにした。(『殺す側の論理』、p9〜10)

 この、見てきたような生々しい描写を読んで、よく、アウシュヴィッツ収容所や南京大虐殺といった大虐殺というものが問題視されるが、虐殺の規模が問題ではない、「殺す側の論理」が貫かれている殺害は、等しく戦争犯罪として裁かれるべきものではないか、と思った。
 同時に、まだ曖昧ではあるが、「辺野古の米軍基地建設強行の論理」や「日本学術会議会員任命拒否の論理」も、「殺す側の論理」と似た論理として考えることができるのではないか、と思った。これから考えてみたいことである。

2021年9月28日火曜日

「殺す側の論理」「殺される側の論理」

 これまで人類の歴史は、戦争が人間を狂わせ、残虐なことを繰り返してきた。アウシュヴィッツ収容所でのユダヤ人虐殺、日本軍による南京虐殺、ベトナム戦争での枯葉剤散布、と上げていけばキリがない。さまざまなルポを描いて来たジャーナリストの本田勝一さんによれば、中国で中国人にして来た日本軍と、ベトナムでベトナム人にして来た米軍はよく似ていて「侵略する側には本質的に共通の部分がある」(『赤旗日曜版』。2021年9月26日号)という。このことを知って、単に戦争の悲惨さの実態を知るだけでは不十分で、悲惨な実態にならざるを得なかった要因というか、本質的な部分まで掘り下げた認識レベルまで認識を深める必要性を感じた。
 最近知ったことだが、本田勝一さんの著書に『殺す側の論理』『殺される側の論理』というものがある。「殺す側の論理」というものを追求していくと、戦争の本質的な部分にたどり着くのではないだろうか。と同時に、「殺される側の論理」という言葉を知ってから、戦争映画で決まって出てくる、たとえば「ノルマンディー上陸作戦」といった有名な戦闘シーンには、「殺される側の論理」というか「殺される側からの視点」が欠落していることに気がついた。
 たとえば「ノルマンディー上陸作戦」は、一つの成功物語として語られることが多い。しかし、「殺される側からの視点」に立てば、「ノルマンディーの虐殺」となっても不思議ではなかったのだ。日本軍による南京虐殺も、「殺す側の論理」という視点に立てば、南京攻略という手柄話で、実際そうした新聞報道であった。こうして考えていくと、『殺す側の論理』『殺される側の論理』というものの重要性が浮き彫りになってくる。じっくりと学んでみたい。

2021年9月27日月曜日

空襲の怨敵、日本堕落の元凶、**

「私にとっての沖縄・中国・アメリカ」という<アンケート特集>(『婦人公論』、1972年2月号)を知って、取り寄せて読んでみた。その中に、「 アメリカのあらゆる行為に対して共犯者であるとの意識に絶えず脅かされています」というのがあった。「間接的加害者だった戦後の日本人」どころか、共犯者であるという意識には驚いた。評論家吉武輝子さんの全回答は次のようだった。

沖縄: 沖縄の人にとっては、私は本土側の人間、つまり加害者の一 人に過ぎないのではないか、自責の念が執拗につきまとって離れません。

中国:戦争責任を回避し続けているわたしは、中国について語ることばを、何一つ持ち合わせていないのです。

アメリカ:現在も、尚、 日本はアメリカの占領下にあると考えています。したがってアメリカは、わたしにとっては、占領国であり、そうした現状に埋没している私自身、アメリカのあらゆる行為に対して共犯者であるとの意識に絶えず脅かされています。

 新内・岡本派家元岡本文弥さんにとってのアメリカは、「空襲の怨敵、日本堕落の元凶、大きらい」と手厳しかった。今、同じようなアンケートを取ったら、どんな回答が寄せられるだろうか。それはともかく、吉武輝子さんは、著書も書いておられるようなので、一読してみたい。

2021年9月26日日曜日

間接的加害者だった戦後の日本人

 戦争中の日本における加害意識が度々問題にされて来ている。そういう意味でも、加害問題は過去のこととばかり思ってきた。日本は戦後一度も戦争をせず、殺しもせず、平和が維持されて来た、という認識だ。しかし、<日本は直接的に戦争の当事者とならなくても、「南北関係」を通じて「構造的暴力」を「南」の国に対して加えている>という。つまり日本は、直接は手を下さなくとも、間接的に加害者だったし、加害は現在進行形だという。
 確かに、「南北関係」を持ち出さなくても、在日米軍を通じて加害者であり続けたではないか。米軍と一体になって軍事訓練をしたりして共同歩調をとっている。ベトナム戦争では、在日米軍基地が大活躍していること一つとっても、日本人は間接的加害者であり続けた証明であろう。間接的加害者の視点をもっと強調すべきときなのかもしれない。
 高柳先男は「平和像の転生を求める」と題する論文の中で次のように述べる。「反戦=平和の図式がむしろ『北』中心の平和であり、『北』の平和が維持されることによって、『南』での紛争が絶えず、そればかりか『南』に対する『北』の収奪と抑圧がおしすすめられ、『平和ならざる状態』を再生産するという構図がしだいに顕在化してきた」と(『世界』1976年4月号、p159)。 つまり、ことになるというわけである。「構造的暴力」とはJ・ガルトゥングによれば、暴力の主体を名ざすことの難しいものを指し、その場合の「暴力」とは「外からの働きかけのために人がその肉体的、精神的能力を本来的な程度よりも不完全にしか発揮できない場合にそこに存在するもの」を意味している(上同、p163)。
 このような視点からみるならば、日本は直接的に戦争の主体となっていないにもかかわらず、その経済的進出により、あるいはアジア諸国の軍事化(それは国内における権威主義的抑圧強化を伴う)に対して「援助」を通じて間接的に貢献することによって、「平和ならざる状態」(すなわちその国の人がその可能性を不完全にしか発揮できない状態)を生み出していることが明らかになる。
 このように、現実に日本は、広義の「平和」に対する脅威を与えているにもかかわらず、単に「戦争のない」=「平和」な状態を享受することに満足しているのが、多くの日本人の現状である。「平和」への脅威は、前に述べた形で現にあるだけではなく、次の二つの意味でいよいよ大きくなろうとしている。すなわち日本自身の軍事化の進行(毎年の軍事費の増大が今やGNP 1%枠という歯とめなしに行なわれようとしている)が、それ自身国際的な緊張を強めるという意味でも、また日本国内で軍事化に伴う秘密の増大などによって戦争への民主的な規制力を弱めるという意味でも、「平和」への脅威を強めている。(日本の政治と言葉・下』、石田雄著東京大学出版会、1989年、p122〜123)

2021年9月25日土曜日

群れ飛ぶ日の丸を見あげては

 今日は、山之口貘の詩集から「紙の上」という「戰爭が起きあがると/飛び立つ鳥のやうに/日の丸の翅(つばさ)をおしひろげそこからみんな飛び立つた」で始まる不思議な詩を紹介する。ここでいう「日の丸の翅をおしひろげ」から、どれだけに人が「日の丸の寄せ書き」を想像し得るのだろう。
 この詩のミソとも言える言葉は何だろうか。それは「どもる思想」である。そう私には思えた。「ただ」の繰り返しが、彼の中でくすぶっている「どもる思想」というものを端的に表現しているのではないだろうか。私には、「飛び立つ兵器の群をうちながめ/群れ飛ぶ日の丸を見あげて」も、何もできない彼の心の内が伝わってくる。


紙の上

戰爭が起きあがると
飛び立つ鳥のやうに
日の丸の翅をおしひろげそこからみんな飛び立つた

一匹の詩人が紙の上にゐて
群れ飛ぶ日の丸を見あげては
だだ
だだ と叫んでゐる
発育不全の短い足 へこんだ腹 持ち上らないでつかい頭
さえづる兵器の群をながめては
だだ
だだ と叫んでゐる

だだ
だだ と叫んでゐるが
いつになつたら「戰爭」が言へるのか
不便な肉體
どもる思想
まるで沙漠にゐるやうだ
インクに渇いたのどをかきむしり熱砂の上にすねかへる
その一匹の大きな舌足らず
だだ
だだ と叫んでは
飛び立つ兵器の群をうちながめ
群れ飛ぶ日の丸を見あげては
だだ
だだ と叫んでゐる

2021年9月24日金曜日

血に染まった地球が落ちてゐる

 詩人山之口貘のことを「忘れてはならない言葉「応召」」で紹介した。それで彼の詩集を借りて読んで、「畏のある景色」という詩の壮大さに驚いた。時間的にも空間的にも、とにかく広がりのある詩だったからだ。
畏のある景色

うしろを振りむくと
親である
親のうしろがその親である
その親のそのまたうしろがまたその親の親であるといふやうに
親の親の親ばっかりが
むかしの奥へとつづいてゐる
まへを見ると
まへは子である
子のまへはその子である
その子のそのまたまへはそのまた子の子であるといふやうに
子の子の子の子の子ばっかりが
空の彼方へ消えいるやうに
未来の涯へとつづいてゐる
こんな景色のなかに
神のバトンが落ちてゐる
血に染まった地球が落ちてゐる。
 最後の三行がミソだと思うが、どう解釈したらいいのだろう。「血に染まった地球」から、私は戦禍にまみれた地球をイメージしたが、・・・・。

2021年9月23日木曜日

呆れた改憲論

  本を読みたいと思うとき、その内容は、書評などがなければ書名で推測して読み始めることも多い。『そうか。憲法とはこういうものだったのか』(三浦朱門著、海竜社、2006年)も、なんとなく優しく分かりやすい憲法の解説書であろうと予測して読み始めた。目次の中に「実情にそぐわない空文化した憲法条項」というのがあったので、そこから読み始めた。そして初めて、推測が外れて、何のことはない。改憲論の本だった。例えばこんな論調である。

 たとえば有名な第九条は、文字通りにとれば、国際紛争を解決する手段としての国家の暴力機構は持たない、ということである。憲法の前文にも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決心した」とある。 

 つまりわれわれは自国と自国民の安全と生存を、自分の国家の手によって実行するのではなく、周辺諸国の公正と信義に依存するというのである。 

 もっとも「諸国」には「平和を愛する」という限定がなされているが、「平和を愛する諸国民が存在する」などと言う日本人がいたら、それはよほど、オメデタイ人である。日本に対する場合を除いてもよい、一つの国家が他の国に公正であり、信義を貫いた例などあったら教えてほしい。「平和を愛する諸国民が存在する」などと言う日本人がいたら、それはよほど、オメデタイ人である。(『そうか。憲法とはこういうものだったのか』、三浦朱門著、海竜社、2006年、p207〜208)

 三浦氏によれば、「平和を愛する諸国民が存在する」と思っている私たちは、「よほど、オメデタイ人」になるらしい。呆れた改憲論である。逆に言いたい、平和を望まない人がいるのだろうか? と。そう考えると、改憲論者のいうことが如何に説得力に欠けるかがわかる。

2021年9月22日水曜日

真の平和の達成のために

 武田砂鉄さんの『暮しの手帖』コラム「今日拾った言葉たち」は好きでよく読み、何度もここで紹介した。今回は、「傷を隠すことと歴史を忘れることは通底している。隠すのではなく、受け止めることから始まった」(『暮しの手帖』、No.98、p140)という言葉を紹介する。メモ帳にこの言葉を見つけ、傷は手当てで癒すことができるように、負の歴史を癒すことができるとすれば、どのような手当があるのだろう、と考えてしまった。
 体の傷にしろ、心の傷にしろ、その正体を突き止めることで初めて、その手当てもできる。歴史も同じように、その正体を突き止めることであろう。つまり、朝鮮や中国にしてきたこと、その他のアジア諸国にしてきたことの真実を見極めることができれば、その過程を通して、次に何が必要かも、自ずと見えてくるに違いない。
 そうではなく、歴史を忘れてしまったら、決して忘れることができない人たちとの溝は、決して埋まることはない。そこに平和的な友好など成立しないことは明らかだ。真の平和の達成のためには歴史の真実を受け止め、その真実の姿を明らかにしなくてはいけない。そして初めて、負の歴史も癒されるというものである。

2021年9月21日火曜日

在日米軍は全面撤去すべきだ

 フィリピンでは、米軍基地が全面撤去されて30年にもなることを赤旗日曜版の報道で知った。このような素晴らしいことを日本人のどれだけの人が知っているのだろう。奴隷制に象徴される人間関係における従属関係が健全な関係でないように、国家間における従属関係は、決して健全な関係とはいえないことは明らかだ。にもかかわらず、独立、主権といった普遍的な価値よりも、個の利益を優先させているという現状が悲しい
 しかしフィリピンの経験は、独立、主権といった普遍的な価値を優先させたほうが、結局は個の利益が増大することを教えている。雇用の増大が、何よりの証明であろう。
 最近の出来事として、在沖縄米海兵隊が8月26日、普天間基地(沖縄県宜野湾市)から、発がん性が指摘されている有機フッ素化合物(PFOS、PFOA)を含む汚染水を公共下水道へ放出した事件があった。米軍にとって、地域住民の健康も権利も眼中にないことがここでも証明された。主権の侵害そのものである。この事件は、「独立、主権といった普遍的な価値を守れなければ、結局個の利益も守れない」ということを教えている。だからそこ、フィリピンに学び、在日米軍は全面撤去すべきなのだ。








 

2021年9月20日月曜日

わかりやすいヘーゲル

 とてもわかりやすいヘーゲルのテキストを見つけた。長谷川宏著『新しいヘーゲル』(講談社現代新書)である。とにかく読みやすい。ヘーゲルの『精神現象学』は、わかりにくい事で有名だが、なぜわかりにくいかを説明しながら、『精神現象学』には”どのようなこと”が書かれているかを見事に説明されていて驚いた。
 『精神現象学』は、政治や芸術、それに宗教、学問といった人間の精神現象に関わりのあるものを全て論じている。さらには、骨相学や、はたまた「主人と奴隷の階級対立を論じ」たりもしているというから驚く。特に興味をそそられたのが「意識がしだいに高度な精神の領域に上昇していくさまの見てとれる、十分に哲学的な章立てだと言えよう」(p38)というところだ。高度な精神の領域への発展過程がどのように表現されているのか、精神領域の高低をどのように捉えているのか、などに、大いに興味をそそられたのである。
 また、『精神現象学』を論じた「ルカーチやコジェヴの著作も、『精神現象学』をただ追いかけるのではなく、『精神現象学』に自分の問題意識をはげしくぶつけることによって、輝きと魅力のある書物となっている」(p37)という学びの態度に、普遍的な学びの姿勢というものを見出し、大いに励まされた。こうでなくちゃ!!と。

2021年9月19日日曜日

政権交代が日本を救う

 友人に、市民連合・山口二郎教授の「野党共闘に向けた抱負を語った動画」を紹介された。なかなか良かった。ポイントは、「政権交代が日本を救う」ということであり、そのために、安倍政権の延長自民党政権か、それとも、構造的な腐敗の温床となっている自民党に代わる野党連合政権か、という「二者択一の構図を明確にする」(都民ファースト的な第三極を許さない)ことであろう。
 野党共闘の基本理念も素晴らしかった。この理念を高く掲げ、新しい日本の扉を開きたいものである。
 詳しい動画は
https://www.youtube.com/watch?v=sFcFvfa0QWQ」で、どうぞ。

基本的な政治理念
 個人の尊厳が政治の基本
 生命の尊重こそ政府の任務
 憲法を守ることが政治の大前提
 格差と貧困を是正するために積極的な政府支出:
  社会民主主義的合意























 

2021年9月18日土曜日

忘れてはならない言葉「応召」

 今は使わなくなったが、忘れてはならない言葉もある、そう感じさせた言葉を、今日知った。それは、「応召」(呼び出しに応ずること。特に,召集令状を受け軍務につくため指定地に行くこと)という言葉で、詩人山之口貘の詩の題名でもある。
 山之口貘の詩のなかで、あまり人の注目をひかない、そして言及されたものも見たおぼえがない、けれど逸することのできない一篇がある。

応召

こんな夜更けに
誰が来て
のっくするのかと思ったが
これはいかにも
この世の姿
すっかりかあきい色になりすまして
すぐに立たねぱならぬという
すぐに立たねばならぬという
この世の姿の
かあきい色である
おもえばそれはあたふたと
いつもの衣を脱ぎ棄てたか
あの世みたいににおっていた
お寺の人とは
見えないよ

 終りの三行が、秀逸である。
 かあきい色とは当時の軍服の色で、召集令状がきて、あわてて挨拶に立ちよった知人の僧の姿である。きのうまでの僧衣や袈裟をかなぐりすてて、たちまちに兵隊に化けてしまった滑稽さ。
 ふだんは、むやみな殺生を禁じ、慈悲の心を説き、煩悩の浅ましさを教え、あの世への解脱を語り、しめやかにお経をあげていた人が、一転、軍服を着て、
「只今より、人殺しに行ってまいります!」
 と敬礼するようなものだから、矛盾のきわみである。
 もっともその頃は、召集されたら、国の楯となって死ぬのだ、死ぬのだ、という意識のほうが強かったが、征けば実態は人殺しだった。僧職に限らず、兵士になってはなんとしてもおかしいよ、という職種はまだある。
 今おもえばあたりまえのことだが、一九四〇年代はそこに矛盾も疑問も持つ人はなかった。(「熱の詩」『茨木のり子集 言の葉3』、茨木のり子著、筑摩書房、2002年、p126〜128)
 詩人茨木のり子は、「熱の詩」のなかで、 「狂気、異常、孤憑 —— 今ならなんとでも言える一九四〇年代、たいていの人が、こころの方は、三八度から四〇度くらいの高熱を発し沸騰していた」と一九四〇年代を詩人らしく表現していた。
 私たちが生きている今はどうだどう。「モリ・カケ・サクラ」で代表されるような多くの矛盾や疑問があるにも関わらず、有耶無耶にされかねない。それではいけない、と詩人は訴えている。

2021年9月17日金曜日

高橋源一郎氏は真の民主主義守り手か

 信じていたのに、とがっかりした。高橋源一郎氏といったら、戦後民主主義の守り手、したがって日本国憲法の守り手であろうと思っていた。なぜなら、『「悪」と戦う』『僕らの民主主義なんだぜ』などの著書もあり、 民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎著・SEALDs著、河出書房新社)という本も出版された。そしてこの本の表紙には「まだこの国をあきらめないために」とか「民主主義を取り戻す」といったキャッチコピーも書かれていたからだ。
 しかし、「 自衛隊は立憲主義的にいうと、成文化されたものからはみ出ているから違憲だけど、自衛隊ができてから半世紀以上たって、今、国民は最低限の戦力として、自衛隊があることを良しとしようとしている」民主主義ってなんだ?』 、p、55、下線は筆者)と決めつけ、何と「「ぼくも九条は変えたほうがいいと思っている」(同、p56)という。わたしの理解では、戦後民主主義と九条改憲は、どうしても結びつかない。戦後民主主義の破壊者こそ、九条の改憲勢力だからだ。
 つまり高橋源一郎氏は、戦後民主主義の守り手のような顔をしながら、実は、戦後民主主義のお手本とも言える日本国憲法の破壊者だったのだ。日本国憲法の肝とも言える「九条は変えたほうがいい」と考えているのが何よりの証拠であろう。

2021年9月16日木曜日

本気で日本を守るには

 赤旗日曜版(2021年9月5日)に「自衛隊をめぐる動き」という年表が載っていた。何とそこにジブチ共和国にある唯一の海外自衛隊基地のことが抜けていた。実は前に自衛隊ジブチ基地は憲法逸脱では?」で海外自衛隊基地のことを取り上げたことがある。だから、抜けていることがすぐわかった。

 この年表が掲載された記事は、自衛隊を取材し続けて30年という防衛ジャーナリスト半田滋さんへのインタビュー記事で、新著『変貌する日本の安全保障』に込めた思いを聞いたものだという。なぜ抜けているのか、半田滋さんの著書を少し調べてみたいと思った。
 この記事の最後に恐ろしいことが書いてあった。「日本を出撃基地や補給基地にしないよう米国に求める」と主張しているが、出来ない相談であろう。米軍基地の存在が危険を招くことまで踏み込んだ議論にいかなければ、根本的な解決には至らないからである。本気で日本を守るには、日本国憲法の遵守することが一番なのだ。

2021年9月15日水曜日

巨大地震の予兆の不気味

 今、巨大地震の予兆の研究が進んでいるようで、NHKでも、度々報道している。南海トラフだけでなく、宮城県沖でも不思議な動きが観測されているようで不気味である。地震で一番怖いのは、原子力発電所に対する影響である。これだけは予測不能で、再び同じ過ちを繰り返すようなことになったら、世界の笑いものになるでは済まされないだろう。
 自然は気ままである。我々の想像を超える動きを平気でやってしまう。だからこそ、原発でも、絶対安全などあり得ないのだ。10年前の経験でパニックの恐ろしさを身にしみている。早急に再稼働をやめて、地震対策を万全にすべきではないだろうか。原発稼働中の被災は最悪なのだから。


プレートに歪みを与えている

歪みが解放された

再びプレートが滑り込んで地盤が隆起(歪みが蓄積)してきている

10年でこんなに隆起をしている

2021年9月14日火曜日

絆のおかげで世界の覇者に

 『サピエンス全史』という分厚い本に興味を持ったが、分厚さにおそれをなして手が出なかった。ところが、漫画版が出版されたので読んでみた。人間に進化する過程で道具による労働が重要な役割を発揮したと思っていたが、この本では人間間に生まれた絆が重要な役割を発揮したと書かれていた。

 ぼくらはほんとうにチンパンジーと違うところは、多くの個人や家族や集団が不思議な絆で結びつくことなんだ。この絆のおかげで世界の覇者になれたんだよ。もちろん、道具を作って使用するみたいな能力も必要だった。でもいくら道具を作れても、 集団で協力する能力がなかったらあまり意味がない。

 今までは、道具の使用によって人間の能力を飛躍的に拡大してきたことだけに注目されたところに、集団の力が加わった形である。確かに、巨大なマンモスに立ち向かうにも、寒さといった自然の脅威に立ち向かうにも、仲間で助け合うこと抜きにしては出来ない相談であった。だからこそ、村といった共同体の結束を大切にし、仲間外れを「村八分」という一種の法で裁いたのかも知れない。そうした村の結束のようなものは今はない。・・・

2021年9月13日月曜日

反省能力をも麻痺させる現代文明

 妾尚中さんを通して政治学者藤原保信さんの存在を知ったことは、「政治が経済の奴隷になってはダメ」に書いた。少しずつ藤原さんの著書を読み進めているが、何で今まであまり注目されてこなかったのだろう、というくらい、彼の思想には、まさに今に通じる提言に溢れているような気がした
 藤原保信著『ヘーゲル政治哲学講義―人倫の再興 』のAmazonレビューに、「現在のところ概説としては最高のものの一つでしょう。外国の文献にもこのように精確に要領よく解説したものは見当たりません。(中略)とにかく、こうような人が日本にいたということは日本の誇りになる」というのがあった。それだけの業績を残しながら、たとえば、岩波新書『自由主義の再検討』(1993年)が絶版なように、あまり評価されていないのだ。『自由主義の再検討』によれば彼の仕事は、資本主義の限界を認識しながら、「社会主義の挑戦が何であったかを問い、その失敗の原因がどこにあったかを問いながら、今日の自由主義と自由主義の理論を検討してきた」(『藤原保信著作集 9』、p136)。そうして、日本における新しい未来像を検討している。そこが魅力である。
 また『自由主義の再検討』は、当時の社会を「公共心を失い利己主義的なのは日本の社会そのものであるかも知れない」「現代文明は、およそ人々の反省能力をも麻痺させるような魔力を秘めているようにも見える」(同、p148〜149)という洞察を見せている。なぜ、天皇をはじめとして、日本人としての戦争責任を曖昧にしてきたののか、藤原保信さんの洞察を抜きにしては考えられない、そう思えてきた。だからこそ、じっくりと精読をしていきたいと考えている。

2021年9月12日日曜日

世界平和への大道を

 友人から、国立国会図書館所蔵『発禁図書函号目録』(安寧ノ部・風俗ノ部)(大塚奈奈絵,2016)という一覧表があり,国会図書館のデジタルで閲覧できるということを教えてもらった。154頁というので、サーとリストを閲覧してみた。
 その中に、民主主義的憲法の本質を言及した『憲法の歴史的研究』(鈴木安蔵著)のような著書まで出版されていたことに誇りさえ感じた。


 さらに、インターネット公開されている『世界平和への道』(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1168185)なる本も見つけることができた。そこには、「 新しい憲法でも、新しい日本の根本方針として、戦争を放棄し、軍備を廃止し、平和国家を建設することを掲げています。これらのことを、単に紙の上に書いておくだけでなく、事実の上に実現するようにしなくてはなりません」(はしがき)と素晴らしい内容が書かれていました。
 今こそ、戦後はじめ頃の初心に帰って、世界平和への大道に思いを馳せる必要があるのかも知れない。

            







 

2021年9月11日土曜日

第九条は軍備の全面放棄その論拠

 憲法第九条について、条文を素直に読めば、軍備の全面放棄であることは間違いない、と言われる。しかし、それでは説得力に欠ける。もっとしっかりとした論拠が欲しいと思ってきた。その願いがようやく実現した。その論拠は、次に述べるような、統帥権条項がない、基本的人権の制限条項がない、軍法会議条項がない、という3点だという。もっともな話である。
 こうなると、統帥権条項、基本的人権の制限条項、軍法会議条項というのは、どのようなものなのかを知りたくなった。徐々に、少し調べてみたい。
 多くの憲法学者によれば、第九条は軍備の全面放棄であるという説は憲法学界の多数学説である。その論拠としては、統帥権の問題がございます。軍隊には統帥権の規定が必要であるのに、戦争の命令は誰がやるかが書いてない。もう一つの論拠は、もし戦力の保持が許されるとするならば、生命を捨ててもかまわん、どこへ引っ張られても文句は言えないという基本的人権の放棄を規定しなければならないのに、なんら規定がない。もう一つは、戦力を認めるならば特別裁判所の規定がなければならないのに、軍法会議の規定は一つもない。そうなってくると、憲法上戦力保持が規定されているとはいえない。従って、現在の改憲論は、矛盾だらけの論識だと思われるのです。(小野忠煕著、「<公聴会>第九条と日本の安全保障」『世界』、1965年6月号、p81〜82)

2021年9月10日金曜日

形直(なお)ければ影端(ただ)し

 武道も、茶道もやらないが、どちらも「形から入る」ことを重視していると聞いたことがある。禅でも「形から入る」ことを重視していて、姿勢(形)を正すことで、心まで正されると教えている。でも、これだけは言葉で、頭でわかってもどうしようもない。体で体得して初めて、「形直ければ影端し」という言葉がわかったことになる。せめて「腰骨をシャンと立てる」よう気をつけ続けたいものである。

(「『PHP』、2021年6月号」より)

 

2021年9月9日木曜日

戦争の記憶が遠ざかるとき・・・

  石垣りんさんの名前だけは知っていたが、詩人でもあったことまで知らなかった。茨木のり子自分の感受性くらい・別冊太陽』(平凡社、2019年)に、詩人の茨木のり子さんが「最も高く評価した女性詩人が石垣りんだった」と書かれていた。続いて、

「美しい言葉とは」というエッセイで、
第二次大戦をテーマとした石垣の「崖」を上げ、
「衝撃を受けつつ、何度もくりかえし読んだ」と書いた。
 とあった。そこで、「崖」を探して読んでみた。「弔詞」という石垣りんの詩もあって、最後の二連「戦争の記憶が遠ざかるとき、/戦争がまた/私たちに近づく。/そうでなければ良い。」「八月十五日。/眠っているのは私たち。/苦しみにさめているのは/あなたたち。/行かないで下さい 皆さん、どうかここに居て下さい。」(「弔詞」より)が胸に刺さった。「戦争の記憶が遠ざかるとき、戦争がまた私たちに近づく」というのは真実かも知れない。だからこそ、繰返し、戦争の記憶に思いを馳せる必要がある。

 「崖」    石垣 りん

戦争の終り、
サイパン島の崖の上から 
次々に身を投げた女たち。
 
美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。

とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。  

2021年9月8日水曜日

韓国で高感度一位の詩人「尹東柱」

 韓国の詩人「尹東柱(ユントンジュ)」 が福岡刑務所で獄死したことは、茨木のり子さんの詩「隣国語の森」を読んで知った。しかし、なぜ、福岡刑務所で獄死したか、までは知らなかった。なぜだったか、「日本へ留学中、独立運動の嫌疑で逮捕され、福岡刑務所で、一九四五年、獄死させられた」(「尹東柱について」『茨木のり子集 言の葉3』、茨木のり子著、筑摩書房、2002年、p131)ことがわかった。尹東柱にとって、まさに受難である。

 韓国の新聞では、何年かおきに、読者による詩人の好選度(好感度)というのが載る。二度見たが、二度とも第一位は尹東柱で、他の詩人は乱効果がはなはだしい。(中略)学校でも教えるし、多分韓国で尹東柱の名前を知らない人はないだろう。もはや、受難のシンボル、純潔のシンボルともなっているようだ。(上同)

 尹東柱の存在を知れば知るほど、彼を獄中死させた旧日本軍(皇軍)と、皇軍がしてきたことの、非人間性が浮き彫りになるであろう。筑摩書房から評伝『尹東柱 —— 青春の詩人』が出版されているのが救いでもある。もっと知らなければ、と思う。

2021年9月7日火曜日

日本で獄死した詩人尹東柱(ユントンジュ)

 日本経済新聞(2021年8月14日)で梯久美子さんが茨木のり子さんの詩「隣国語の森」の一部を紹介していた。「日本語がかつて蹴ちらそうとした隣国語/ゆるして下さい/汗水たらたら今度はこちらが習得する番です」と。なんていうストレートな表現だろう、と、その詩の全貌を知りたいと探してきて、ようやく見つけた。
 その詩は、ハングル語も混じった長い詩だった。引用部分はこうだった。
日本語がかつて蹴ちらそうとした隣国語
#$(ハングル)
消そうとして決して消し去れなかった#$(ハングル)
%・・・&(ヨンソハシブシオ) ゆるして下さい
汗水たらたら今度はこちらが習得する番です

 尹東柱(ユントンジュ)という詩人もうたわれていた。

若い詩人 尹東柱
一九四五年二月 福岡刑務所で獄死
それがあなたたちにとっての光復節
わたしたちにとっては降伏節
八月十五日をさかのぼる僅か半年前であったとは
まだ学生服を着たままで
純潔だけを凍結したようなあなたの瞳が眩しい

 —— 空を仰ぎ一点のはじらいもなきことを —— 

とうたい
当時敢然と#$(ハングル)で詩をかいた

 このような痛ましいことがあったとは!決して、忘れるようなことがあってはいけない。尹東柱さんがどんな詩を書いたのか、新たな興味が湧いてきた。

2021年9月6日月曜日

侵略の血でよごれた国歌

 東京五輪に続いてパラリンピックも終わった。多くの国民は、何の疑いもなく、会場で歌われた日本の国歌も聞いたであろう。しかし、 その日本の国歌は「侵略の血でよごれ/腹黒の過去を隠し」もっている。そのことを、最近知った「鄙(ひな)ぶりの唄」は、よく表現している。

鄙(ひな)ぶりの唄

なぜ国歌など 
ものものしくうたう必要がありましょう
おおかたは侵略の血でよごれ
腹黒の過去を隠しもちながら
口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
聞かなければならないか
   私は立だない 坐っています(茨木のり子詩集『倚りかからず』筑摩書房)
「鄙ぶりの唄」誕生にまつわるエピソードを甥にあたる宮崎治さんが次のように紹介している。印象的な話である。
 当時交際中だった妻と、叔母と私と3人でボストンポップスオーケストラのコンサートを渋谷のNHKホールに聴きに行ったことがある。
 オーケストラはコンサートのオープニングに「君が代」と「アメリカ国歌」を演奏した。演奏が始まると客席の聴衆は慌ただしく起立し始めた。そのとき叔母は「私は立たないわ、あなたたちは好きにしなさい」と言って座っていた。私も妻も叔母と同じく座ったまま演奏を聴いたのだが、その時の光景は強く私たちの印象に残っている。(「叔母の食卓」『茨木のり子・文藝別冊』、河出書房新社、2016年、p31)



2021年9月5日日曜日

ああ旅人よ道を急ぐなかれ

 河上肇の素敵な詩を見つけた。人生を旅に例えることがよくある。「ああ旅人よ/道をし急ぐなかれ/つとめ果せし御身なり/こころのどかに老いらくの/残りの旅をたのしめと」。こうして読むと、河上肇に語りかけられているようにさえ思ってしまう。んな心境になりたいものである。
旅人賦

ああ旅人よ
道をし急ぐなかれ
つとめ果せし御身なり
こころのどかに老いらくの
残りの旅をたのしめと

春ともなれば鳥の声
秋ともなれば蟲の声
山路へ行けば山路のやどに
海辺を行けば海辺のやどに
夏は涼風を漂はし
冬は炉火を燃して

一甌(茶碗のこと)の茶
一架の書(『旅人 : 河上肇詩集』、興風館、1946年)

2021年9月4日土曜日

時代の思想とは何か

 昔、太陽やその他の星が地球の周りを回っていると信じられていた時代があった。いわゆる天動説だ。しかしやがて天動説は地動説に取って替わられた。よく考えると、天動説では説明できないことも明らかになってきたからである。
 日本における戦時中の時代の思想は、絶対的天皇制の元での大東亜共栄圏の思想等が支配的だった。いわゆる知識人といわれた多くの画家や音楽家、小説家も、当然教育者も時代の思想に添う生き方が主流だった。
 再放送されている連続テレビ小説「あぐり」で、戦後、自分が書いた文章が多くの若者を戦地に送り出してしまったことで苦しむ「詩人で小説家」が描かれていた。多くの子どもたちは、軍歌を歌ったりして軍国少年少女になっていった。そして、時代の思想に抵抗する人たちは、迫害されたり投獄されたりした。科学者の武谷三男さん、哲学者の三木清さんや、『貧乏物語』の著者で経済学者の河上肇さんたちだ。河上肇さんは、次のような詩を残している。
十年まへのけふは
身に囚衣を纏ひ
手錠をはめ
強盗犯と繋がれて(『旅人 : 河上肇詩集』、興風館、1946年)
 それでは、今支配的な時代の思想とは、どのようなものだろうか。私たちが乗っている大きな船は、どんな方向に向かって進んでいるのだろうか。
 私は、形を変えた天皇制(「奴隷根性が抜けきれない日本人」や「世襲を怒れ!世襲を断ち切れ!」)と安保条約による「米日従属構造」こそが、時代の思想といわれるべきものではないか、と思っている。

2021年9月3日金曜日

聖なる絵画に挑み続けたルオー

 ルオー(画家の名前)という詩を知って、ルオーに興味を持って調べてみた。そして、興味のある人生を歩んできたことを知った。何よりも、「社会の底辺の人々の悲哀や社会の矛盾への憤りを主題とする独自の画風を切り開」いたというところが気に入った。また、「様々な手法で聖なる絵画に挑み続けた」というあくなき探究心にも興味が持てた。計算するとルオーは87歳と、90歳近くまで長生きしている。昨日、<葛飾北斎のような強烈とも言える創作意欲が大脳の活性を持続させ、寿命を引き延している>という私の仮説を書いたが、ルオーも、私の仮説を証明しているように思えた。このようなルオーの経歴を知って改めて彼の作品を見ると、作品が醸し出す雰囲気(?)が直接感情に伝わっってくるような味わいもわかるようになった。そして、「聖顔」について「見るものの目を惹きつける離しません」という解説も納得できた。

  ジョルジュ・ルオー(1871-1958)は、パリの下町で生まれ、14歳でステンドグラス職人に徒弟奉公に出ますが、画家を志して19歳で国立美術学校に入学。象徴主義のギュスターヴ・モローの薫陶をうけます。
 モローが1898年に死去したのちは、精神的な苦難の時期を迎えますが、カトリシズムを支えに乗り越えます。1902年頃より社会の底辺の人々の悲哀や社会の矛盾への憤りを主題とする独自の画風を切り開きました。
 その後、作品は次第にキリスト教信仰に根ざした穏やかなものとなり、晩年には絵の具を厚く塗り重ねた独特の油彩表現によって、慈愛や静謐さをたたえた人物像や風景画を多く描きました。
 20世紀最大の宗教画家とも呼ばれ、死去に際してはフランス政府による国葬が執り行われました。(「愛の画家 ジョルジュ・ルオー」より)
 ルオーは生涯にわたって聖なる顔、「聖顔」を描き続け、その数は60点以上にものぼります。なぜ同じテーマの絵を描いたのでしょうか
 ルオーはキリスト以外にも様々な宗教画を描いています。戦争の悲惨さと、キリストを十字架にかけた人間の愚かさを描いた銅版画、多彩な色使いで描いた人々と触れ合うキリストの姿、穏やかな日常の中に、ある種の理想の社会を思い描いたとされています。
 晩年には画面が盛り上がるほど、絵の具を幾重にも塗り重ねました。なぜルオーは、様々な手法で聖なる絵画に挑み続けたのでしょうか。絵画を通じて魂の救済を求めたルオー、その生涯に迫ります。(「ジョルジュ・ルオー聖顔に込められた魂の救済@日曜美術館 」より)

「ヴェロニカ」

「聖顔」

ルオー

強い線が
少しも厭らしくはない
あなたの描いた基督なら
部屋にあっても邪魔にはならず
むしろ鎮静させてくれるだろう
絵を見てゆきながら
題名にも目が走り

  黒いピエロ
  親代々の旅芸人
  世はさまざまなれど荒地に種蒔くは美しき仕事
  小さな村へ
  (中略)   
  明日は晴れるだろう 難破した者はそう言った
  心高貴なれば首こわばらず
  辻々に売春の灯がともる

題名をばらばらに呟けば それすらも
詩よりもはるかに詩になっている
参ったなァ
久しぶりに
そう四十年ぶりに再会した
ルオーの自画像の
形のいいおでこよ!(『食卓に珈琲の匂い流れ』、茨木のり子著、花神社、1992年)

2021年9月2日木曜日

脳の発達と平均寿命

 画家など芸術家に長寿者が多いと言われている。葛飾北斎は、「九十歳で絵の奥意を極め、百歳で神妙の域に達するであろう」という言葉を残しているが、私の印象では、<葛飾北斎のような強烈とも言える創作意欲が大脳の活性を持続させ、寿命を引き延している>と考えている。だいぶ前に書いたことを読み返し、考えたことである。 

 日本の平均寿命は世界一ということで、日本食が見直された次期がある。そんなこともあったからか、日本がとりわけ平均寿命が長く、先進国と言えども他の国の平均寿命は日本ほどではない、そう思い込んできた。しかし、2009年の統計を見て驚いた、1位日本の平均寿命が83歳に対して、3位イタリアで82歳、12位フランスでも81歳と、日本とさほど変わりないのである。
 このような事実は、「平均寿命に食文化の違いはあまり関係ない」ことを示している。食文化よりは、先進国の経済的な発展と、それに伴う文化の発展、IT技術の発展と普及が脳の発達を促し、脳の発達が先進国の平均寿命を伸ばしてきたに違いない。
 ホルモンや自律神経の働きが健康に大きな役割を果たしていることは自明のことであり、そのホルモンや自律神経の働きが脳の発達に大きな影響を受けることもまた、自明のことである。脳の発達が健康に大切な所以である。
 人類がこれまで発達してきたのも、脳の発達なくしてありえなかった。その大きな要因は、文化の伝承ではないだろうか。脳の発達が、よりよい文化の伝承を上手に継承することを促し、逆に、より良い文化の伝承が脳の発達を促す、こうした相互作用によって健康長寿をもたらされたと考えたのである。(2012年7月15日記)

2021年9月1日水曜日

障がいは社会で補い合って

 内反足という足首の障がいをもって生まれたという宮崎泰子さん(スポーツ文化ジャーナリスト)のコラム「障がいは社会で補い合って」(『赤旗日曜版』、2021年8月22日号)を読んだ。コラムに、「叔母の失明を機にアナウンサーになったこともあり、点字図書館で朗読ボランテアを始めました。この頃から、個人で足りないものは社会で補い合えば良いと思うようになったのです」と書かれており、全くその通りだと思った。
 この思想は、何人も個人として尊重されるという憲法で保障された「個人の尊厳」から導き出される当然のものである。ところが、社会保障が「何か社会のお荷物」のような印象が社会に蔓延っている。朝日新聞(2021年9月1日)の見出し「来年度概算要求、111兆円超 社会保障費6600億円増 過去最大」がそのことを雄弁に物語っている。記事内容を読むと、団塊世代に入るものとして、心苦しさを感じてしまうのは私だけだろうか。

 人数が多い「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者になり始め、社会保障費が21年度より6600億円増えるとした。新型コロナ患者を受け入れる病院への支援や、検査・ワクチン接種体制の強化などは感染状況次第でさらに増える可能性があるとした。朝日新聞、2021年9月1日)

 前に読んだ書籍で、「高齢者にお金をかけ過ぎている。少子化対策に回すべきだ」、という主張があった。なんとなく違和感を抱きながら、違和感の正体をそのままにしてしまった。今ならその違和感の正体は、「高齢者と子供を同列に考えていない」ことではないか、と理解できる。
 日本には、高額所得者や大企業などに相当な金があると言われている。あるところから適正な税収を見込むことによって、社会保障を受けることに心苦しさを感じることのない社会を目指していきたいものである。