そうして立ち止まってみると、原点に帰れ、という声が聞こえてきます。その原点とは何でしょうか。
それは、日本国憲法の平和主義です。すでに書いている「9条を実行する」ことです。改めて、柄谷行人さんの声を聞いてみましょう。
戦後七〇年となったいま、何か新たな理想が必要でしょうか。不要です。必要なのは、憲法九条という理想を本当に実行することです。いうまでもないですが、現状は九条に反しています。米軍基地が各地にあり、自衛隊には莫大な国家予算がついている。憲法九条の文言を素直に読めば、こんなことがありうるわけがないのです。
この九条を文字通り実行すること、それはたんに日本人の理想ではありません。それは、カントが 人類史の到達点とみなした「世界共和国」にいたる第一歩です。もちろん、これは日本一国ではできません。九条も、憲法前文に書かれているように、戦後に成立した国連を前提としているのであって、一国主義ではありません。
現在、国連は機能しなくなっています。戦争を阻止する力をもたない。このような国連を変えるためには、何か新たな行動が必要です。日本人にそれができるかもしれません。たとえば、日本が今後憲法九条を実行するということを、国連で宣言するだけで、状況は決定的に変わります。憲法九条は自衛権のたんなる放棄ではなく、「贈与」なのです。そして、贈与にお返しを強いる力がある。その力はどんな軍事力や金の力よりも強いものです。(柄谷行人著「憲法九条を本当に実行する」『私の「戦後民主主義」』、岩波書店編集部編、岩波書店、p116〜117)
ここでは「日本が今後憲法九条を実行するということを、国連で宣言するだけ」とあるだけで、いまいち具体性が見えてきませんでした。しかし、九条を実行する「具体的な方法」をついに見つけました。次のように「オーストリアのように日本と国交関係のある国全部に承認してもらう」(注)「今の状態では、国連そのものが初期に考えられたような発展を必ずしもしていない。したがって、 国運以外のそれを補足する手段によって、日本の中立と独立を保障してもらう処置をとる」のです。
前芝確三 日本国憲法を常識的に解釈すれば、日本の国際的ステイタスとしては、中立以外にありえない、と非常に分りやすく書いている。これが一番、常識的な且つ、正直な解釈であって、その後、いろいろな政治的な理由から解釈が曲げられて来たわけです。それは、日本がアメリカと軍事的な結合を強めて来たことに原因があります。ただ、諸国民の公正と信義に信頼してというところでは、今は国連だけでなく、その他の外交的権利を含めて考えてよい。たとえば、日本が永世中立の宣言を憲法第九条と前文に基づいてやる。そしてオーストリアのように日本と国交関係のある国全部に承認してもらう、というようなことでもよいし、あるいは、それを関係国と条約を結ぶという形での中立を保障してもよい。今の状態では、国連そのものが初期に考えられたような発展を必ずしもしていない。したがって、 国運以外のそれを補足する手段によって、日本の中立と独立を保障してもらう処置をとる。これは許されると思う。要するに、憲法の正常な解釈に基づけば、中立以外にありえない。(『討論日本国憲法』、一円一億・黒田了一・田畑忍共編、三一書房、1960年、p67〜68)(注)オートリアは一九五五年一〇月二六日、憲法法規の形で永世中立の国会宣言をした。その中で謳っていることは、独立を保ち、侵略を受けないことを目的とすること、如何なる軍事同盟にも参加せず、外国の軍事基地の設置を許さないことである。同年一一月四日、日本の外務省もこの通告を受けて、承諾した。
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