2024年7月9日火曜日

感覚的な時間の長さは変わるか?

 世界は、外に広がる広大な世界と内に広がるミクロな世界があって、そのどちらも無限に近い広がりを持っています。例えば、「人間一人一人の体には、観察可能な宇宙に存在する恒星よりも多くの原子が含まれており、私たちの脳は天の川銀河に属する恒星と同じぐらいの数の神経細胞をもっている」(『すべては量子でできている 宇宙を動かす10の根本原理』、フランク・ウィルチェック著、吉田三知世訳、筑摩書房、2022年、p19)のです。
 これはこれで十分に驚くに値することでありますが、時間についても、同じような傾向があったのです。そして、「人間の一生には、これまでの世界史に含まれる人間の生涯の数を凌駕する数の、意識ある瞬間が含まれる。私たちは内的な時間をふんだんに与えられている」(註)というのです。なんという素晴らしいことでしょう。しかし、問題が一つあります。感覚的に時間の長さが実感できるかどうかです。理屈が分かったとしても、実感できるとは限らないからです。
 実は、私が宇宙や縄文時代といった人類史に興味がある動機も、スケールの大きな歴史を学んでいれば、感覚的に時間nの長さが実感できるようになるような気がしているからです。

 (註)時間についても、空間と同様だ。宇宙的時間は長大だ。ビッグバンに遡る長大な時間に比べれば、人間の一生など一瞬だ。しかしあとで議論するように、人間の一生には、これまでの世界史に含まれる人間の生涯の数を凌駕する数の、意識ある瞬間が含まれる。私たちは内的な時間をふんだんに与えられているのだ。
 物理的世界にも、創造と知覚のための資源が未開発のまま大量に存在している。科学は、今私たちが利用しているよりもはるかに大量の既知のエネルギーと物質が、身近な世界のなかに利用可能なかたちで眠っていることを明らかにしている。このことを知れば、私たちは力づけられ、野心を燃やさずにはいられない。(『すべては量子でできている 宇宙を動かす10の根本原理』、フランク・ウィルチェック著、吉田三知世訳、筑摩書房、2022年、p19)

0 件のコメント:

コメントを投稿