2024年7月28日日曜日

集中力こそ幸福への鍵

 久しぶりに、これこそ求めていたことかもしれないと思えた本に出会いました。そのときその時に意識を集中する、日常に瞑想を取り入れる方法です。その結果がまた素晴らしいのです。本文で確認しておきます。
 集中力が深まっているとき、人は身体のことをすっかり忘れています。そのとき、自分にとってもっともやっかいな問題、つまり自分自身のこともまったく忘れてしまいます。これこそが幸福への鍵です。
 音楽の好きな人がベートーベンのソナタを聴いているとき、その人の肩をたたいても気づきませんね。すべての神経を音楽に注いでいるからです。鋭い洞察力をもつ古代インドの腹想の師、パタンジャリに言わせると、その人は音楽に没頭しているからこそ、真に音楽しむことができるのです。意識から発するすべての波動が音楽に向いていて、自分自身のことや、自分の問題に向けられる余地がないので。(『スローライフでいこう ゆったり暮らす8つの方法』、エクナット・イーシュワラン著、スタイナー紀美子訳、早川書房、2001年、p105)

 心がひとつのことに集中できるようになると、美しいものがより美しく感じられてきます。音楽はもっと美しい音色を奏で、絵画の美しさも奥行きを増し、色彩も色調もより生き生きと、心に迫ってきます。(同上、p99)
 訓練の方法は、
 心を一点に集中させる訓練は、自分がやっていることに意識を完全に向けることによって、いつでも可能です。意識をできるだけ分散させないように心がけてください。
 たとえば車を運転しているときは、運転だけに集中し、同乗している人に話しかけないようにします。アメリカに来たばかりのころ、わたしは、意識を集中させることなどまったく知らないような人の車に乗せてもらったことがあります。高速道路を走りながらその人は、前日のわたしの講義内容について問題を指摘しはじめ、議論に熱中してきました。わたしはもちろん反論したかったのですが、自説の正しさを強調するあまりその人の両手が車のハンドルから離れるのを見て、とっさに叫んでしまいました。「そうです。そうです。あなたのおっしゃるとおりです。ただハンドルだけは握っていてください!」それでかろうじて命拾いできたと今でも思っています。
 (中略)
 運転ほど危険をともなわない場合にも、当てはまることなのです。そして生活のなかで毎日繰り返されている単純な作業にも適用できます。たとえば、台所で野菜を刻んでいるときには、ただ野菜を刻むようにします。おしゃべりをしたり、あちこちに目をやったりはしないこと。もしだれかに話しかけられたら、手を休めて、その人にあなたの意識をすべて向けるようにしてください。あるいはその人に、野菜を切り終えるまで待ってよう頼んでください。このように簡単なことを実行するだけで、台所の事故はほとんどなくなるでしょう。それはまた、いついかなるときもひとつのことに集中するよう、心を習慣づけていることにもなります。(同上、p100〜101)

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