2024年6月30日放送の日曜美術館は「シュルレアリスム」がテーマでした。第一次世界大戦を経験し、理性や既成概念に疑問を抱くようになった芸術家たちは「無意識」や「深層心理」の世界に新たな芸術表現の探求を始めまたようです。「第一次大戦で近代兵器による大量殺りくを目の前にした芸術家たちは、近代化をよしとする考え方そのものに疑問視するようになてきて、フロイトが提起した無意識に注目し、その世界を具現化しようとしたのです。
シュルレアリスムの画家といえばダリが有名ですが、マグリット、エルンスト、キリコなども、シュルレアリスムの画家です。画家によって描く対象も異なりますが、身意識の探究と表現という点は一致しています。つまり、「広大な世界が無意識の中に広がっています。それは、夢かもしれないし、幻覚かもしれません、妄想や欲望かもしれません、いずれにせよ、普段意識しないものが無意識の中に潜んでいるものを解放して、それまでにない作品を制作するという点が大前提になっています」(美術史家の三浦篤さん)。
番組では、キリコの「イタリアの広場」(注1)という作品の解説もありました。このような「現実的に見えるが謎めいて神秘的不安や不穏な感じを見るものに与える」作品を「形而上絵画」と言って、「本来置かれた状況とズレた無関係なものを集めて、全体として見ると不自然な違和感を与える」シュールレアリスムの手法を、「デペイズマン」といいます。
キリコは、生涯を通して「イタリアの広場」を描き続けたそうですが、どうして、その対象に魅せられたのでしょうか。気になるところです気になるところです。脳科学者の中野信子さんが最後に「まとめのような解説」(注2)をしてくれました。そういえば、「わからないことを楽しんだり、味わったり」できるのは芸術だけでありません。数学の世界では、「フェルマーの最終定理」のように何百年にわたってわからないを抱え、楽しんできたものもあります。
(注2)わからないことを楽しんだり、味わったりできるのは人間だけです。ホモサピエンスだけが生き残れたのは、脳の中に「わからないを抱えておける美を認知する領域」があるおかげかもしれません。私とはちがう「わからないもの」を持っている人だけど、その人も素敵じゃない、と思えるような素地をと思えるような素地を鍛えてくれる装置かもしれません。



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