世界に目を向けると、今でも戦禍に恐れおののき、逃げ惑う人々が存在しています。存在しています。そんな状態の中で私たちにできることはなんでしょうか。同じ著書で共著者で憲法学者の清末愛砂によれば「①起きている人権侵害を黙認せず、恐怖や欠乏を生み出す構造を見据えながら、それらにさらされている人々に心を寄せること、そして②その構造に挑戦するための行動をできる限りすること」(上同、p64)だそうです。
私は前に「戦争に至らなくても、常備軍の”存在そのもの”も人権を侵害すること、言い換えれば、人権の侵害なしに常備軍は存在し得ない」(「人権をあきらめない」より)と書きました。ということは、常備軍の”存在そのもの”も「恐怖や欠乏を生み出す構造」の一翼を担っていると言えるでしょう。だからこそ、カントが『永遠平和のために』の中で述べている「常備軍はいずれは全廃すべきである」の項は、ますます現実味を増していると思います。
常備軍が存在するということは、いつでも戦争を始めることができるように軍備を整えておくことであり、ほかの国を絶えず戦争の脅威にさらしておく行為である。また常備軍は存在すると、どの国も自国の国を増強し、他国よりも優位に立とうとするために、かぎりのない競争が生まれる。こうした軍拡費用のために、短期の戦争よりも、平和時の方が大きな負担を強いられるほどである。そしてこの負担を軽減するために、先制攻撃がしかけられる。こうして常備軍は戦争の原因となるのである。(「第一章 国家間に永遠平和をもたらすための六項目の予備条項の三項」『永遠平和のために 啓蒙とは何か』、カント著、中山元訳、光文社、2006年)
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