心が軽くなる言葉に出会いました。実は、戸を閉めわすれたり、スイッチを切りわすれたりする度に、妻に注意されることに閉口していました。だから、そんな妻の態度を、心の中で責めていました。ストレスの一因にもなっていました。しかし、次の言葉に出会い、心が楽になったのです。
相手が間違っているとき、相手を変えようとするから物ごとが間違ってくる。己を変えれば相手も変わる、これは信仰の方面と同じで、信仰とは同一の境地にあると思うのです。( 中山慶一著、『炉辺歓語』、河井寛次郎著、河井寛次郎記念館監修、東峰書房、1978年、p187)どう変えれば良いのか、もっと、妻の気持ちを思いやること、身の回りをもっとスッキリさせることなど、結構ありそうです。不思議なことに、「思いやる気持ちが足りなかったかもしれない」という反省する心まで生じてきました。
なぜでしょうか。
被害者という意識が働き、そんな妻を責める気持ちが全面に出てしまったのかもしれません。
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