NHK放送「映像の世紀バタフライエフェクト・イスラエル」(2024年3月4日放送)を見ました。憎しみの連鎖の止みようがない現実に気持ちが暗くなってしまいました。そんな中も救いがありました。ダビッド・ベングリオンの言葉です。「我々がここに来たのは、アラブ人を追い出すためではなく、他者を破壊することでもなく、荒れた場所を開発し、経済・生産・創造の新しい宝を作り出すためなのだ」と言って、初期はアラブ人とユダヤ人は共存していたのです。
しかし、第一次時戦争の時のイギリスによる二枚舌外交(アラブ人とユダヤ人の敵同士の相手と同時に密約し、しかもその密約さえイギリスは守らなかったのです)その結果、共存関係が破られてしまいます。そうして現在も戦いが続いているのです。
ダビッド・ベングリオンは、こうなることを見通していたかのような言葉を残していました。「私は、危険が続く限り、戦いを続けるしかない。しかし同時に、自らに問いかけなければならない。戦いの脅威に耐え続けることができるのか、その先に我々が生存していく道はあるのか、と」という言葉です。この言葉の通り、21世紀の今でも、戦いを続けています。しかし、ここが大切なところですが、戦いの「先に我々が生存していく道はあるのか、と」いう問いかけに対する答えを考えることです。
私の答えは、一つきりありません。日本国憲法がさし示している道です。「武力を放棄し」と書いて、これは違う、と気づき、脳裏に”平和的生存権”が浮かびました。つまり、日本国憲法前文が示している全世界の国民の”平和的生存権”、すなわち「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」が先ずあって、その方法論として、「武力を放棄」がくるのです。この目的と手段という二段階理論こそが、「日本国憲法がさし示している」道なのです。
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