2024年3月12日火曜日

平和という「記憶の古層」

 映画『この世の名残夜も名残 杉本博司が挑む「曾根崎心中」オリジナル』(NHKエンタープライズ、2012年)の中で、杉本博司が「記憶の古層」という言葉を使っていました。「私が写真という装置を使って示そうとしたものは、人間の記憶の古層」だというのです。しかもその古層は、縄文時代まで遡っていたのです。
 日本の縄文時代は新石器文化の中では極めて長く続いた、というところがクローズアップされて私の中に飛び込んできました。
 今までは、日本人の古層として徳川時代300年を考えて、そうした平和な時代の「記憶の古層」が働いて、戦後日本の平和が続いてきたと思ってきました。しかし、縄文時代の10000万年にもわたる平和が「記憶の古層」としてあるならば、そうした過去に思いを馳せて、その「記憶の古層」に自信を持つべきではないかと思います。
 例えば、縄文時代が長く続いた理由として、平和であったことを次のように語られていました。

 もう一つの条件は、大きな争いや戦争が無かったということでしょう。縄文時代の遺跡を調べても、戦争の跡はもちろん、武器と言われるようなものが出土したこともありません。出てくる武器らしいものは、畑を耕したであろう石斧、薪を割つた石製の手斧、それと、簡単な弓、石製の矢じりくらいのものです。それも極めて少数です。(『縄文時代驚異の科学』、P16−17)

 これだけでは、まだまだ資料が少ないかもしれません。しかし、豊かな自然に恵まれていたことは事実です。それゆえ、争う必要もなかったのかもしれません。

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