ゲーテの詩「憂い」をさっと読んだだけでは、その良さがわかりませんでした。なんとなく心の網にかかったので、書き写しながらじっくり読んでみました。そこで初めて、ゲーテの心の浮き沈みが描かれていることがわかり、心の葛藤を経ながらも、幸福を求め、気高く生きようとする強い意志を感じることができました。そして、その強い意志に、この詩のいちばんの魅力を感じました。あのゲーテも迷うんだ、という人間臭さも魅力です。迷ってもいいんだ、弱い面が前面に出ることがあってもいいんだ、と。
憂い
憂いよ、私の住む世界へ、
絶えず姿を変えて、もどって来るのをやめよ!
おゝ、私のなすまゝにまかせ、
私に幸福を与えよ!
私は逃げるべきか、幸福をつかむべきか。
今はもう疑いはたくさんだ。 憂いよ、
私を幸福にしてくれないのたら、
せめて私を賢くしてくれ!
若松英輔著「言葉のちから:思索への道~ショーペンハウアーの読書論」(『朝日新聞』、2023年7月8日)に、「思索なき読書とは、情報や知識のための読書であり、虚栄のためのそれでもあるかもしれない。こうした『なぞる』読書をしているとき、・・・」とありましたが、詩をさっと読んだだけでは、それは「なぞる」読書でしかなかったのです。もともと詩は、「なぞって」おわりにしてはいけないのかも知れません。
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