天皇を批判した茨木のり子さん詩「四海波静」については、「昭和天皇の[戦争責任]記者会見」や「天皇発言への憤りを込めた作品」で取り上げました。さらに、『思索の淵にて 詩と哲学のデュオ』(茨城のり子・長谷川宏著、2006年)でも取り上げられて、長谷川宏が天皇制について、なんと、「やはり天皇制は解体されねばならないだろう」(注)と論じていたのに驚きました。ここまでストレートに天皇制を論じた本は、読んだことがないからです。
そういえば、「むのたけじ」さんや「大西巨人」も、天皇制に批判的でした。しかし、これだけストレートだったか定かではありません。そうそう、住井すゑさんも、ストレートに批判していたのを思い出しました。改めて、天皇制批判の論考を集めてみるのも大切なのかもしれません。
(注)天皇という存在は制度に鎧(よろわ)われたなんと悲しい存在だろうと思った。公的存在でしかなく、公式発言をもってしか人と対峙しえないとは、一個の人格としてあまりに貧しく、あまりに硬い。万世一系や国の象徴といった意味づけがそのような貧しさや硬さを強いているとすれば、やはり天皇制は解体されねばならないだろう。
戦争責任にもっとも深くかかわった人物の一人が、三十年前に戦争責任の問題を「言葉のアヤ」だと一蹴したとき、群衆のあいだからは大きな笑い声も怒りの声も起こらなかった。いまも、群衆と天
皇との関係はさほど変わっているようには思えない。この一事をもってしても、戦後六十年、戦争責任問題はなお未決だといわねばならない。(長谷川宏著「公式発言」『思索の淵にて 詩と哲学のデュオ』、p179)
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