2024年8月21日水曜日

核をめぐる二者択一

 核兵器禁止条約が国連で採決されたものの、日本など多くの大国が批准していません。そんな中でも、核兵器による危機は確実に迫ってきています。「意図的な行為よりも重大なミスや誤算が、核の大惨事の契機となりそうな時代に我々は生きている」(註1、下線は引用者)からです。
 もっと生々しい声を聞きましょう。「核兵器をめぐる物語は終わりを迎える。そして、どんな終わりになるかは、私たち次第である。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか?」(註2)それらの二者択一なのです。核兵器が、原子力発電所が存在している限り、第三の道はないのです。
 しかし、それにもかかわらず、被爆国でありながら日本は、米軍の核の傘によって守られていると信じられています。「だが、兵器や防衛システムに巨費を費やしたからといって、いかなる国の都市や市民であっても、完全に守れるなどと考えてはならない。原子爆弾の恐ろしい算術は、そうした安易な解決を許さないので」(註3)す。
 日本国憲法を持ち出すと、理想主義という批判がきます。現に脅威のある現実を見よ、と。しかし、敵による脅威よりも、現に存在している核による脅威の方がはるかに大きい現実を、核をめぐる二者択一の現実をこそ、よく見るべきなのです。

註1(核脅威イニシャティブ会長ジョアン・ロルフィング『核のボタン 新たな核開発競争とトルーマンからトランプまでの大統領権力』、ウィリアム・ペリー著、朝日新聞出版、2020年、p78)
註2(ベアトリス・フィン、2017年のノーベル平和賞受賞で、上同、p268)
註3(大統領アイゼンハワー、上同、p198)

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