2024年8月3日土曜日

修繕したまえ 平和を

 ズバリ「戦争」という名の詩を見つけました。 最後は「踊れ 労働界の若者よ/そしてもしきみが戦争を望まないなら/修理したまえ 平和を」で終わるのですが、平和を謳った「平和はとても美しくとても脆い/そしていつも脅かされている/いつも生き生きして いつも非難されている」ところで”平和”が”日本国憲法”に重なってしまい、日本国憲法のことを謳っていると錯覚してしまいました。
 つまり、「日本国憲法はとても美しくとても脆い/そしていつも脅かされている/いつも生き生きして いつも非難されている」でも、立派に通用するということです。そして、平和を守れということは、日本国憲法を守れと同義であることに気づきました。ですから、「修理したまえ 平和を」ということは、長く無視され、ズダズダにされかかっている日本国憲法です。そんな憲法を立派に修繕されてこそ、真の平和が実現するということだと思うのです。
 なお、「この詩が書かれた1953年は、インドシナ戦争(ヴェトミンによる仏領インドシナのフランスからの独立戦争。1954年フランスは敗北する)の最中であり、冷戦下、西ドイツ再軍備(1955年に実行)を含む軍国主義的な新体制を作って東側に対抗する新ヨーロッパ構想が進行していた。これらに反対して様々な都市でヴェトナムの平和を要求するデモ行進が組織された。南仏カーニュ・シュル・メールのデモに際してこの詩は書かれた』(『鳥への挨拶』、ジャック・プレヴェール著、ぴあ、2006年、p169)ものです。

戦争(後半部分)

踊れ踊れ 若者たちよ
踊れ踊れ 平和のために
踊れ踊れ 平和とともに
決して彼女を忘れることなく。

平和はとても美しくとても脆い
そしていつも脅かされている
いつも生き生きして いつも非難されている。
(·······)
踊れ カーニュ・シュル・メールの若者よ
踊れ すべての国々の若者よ
ひとりの例外もなく
屠所に運命づけられた若者よ
踊れ踊れ 平和とともに。
やつらは彼女を背中から撃つ
だが平和の腰はしゃんとする
きみが彼女を腕に抱いてやれば。
彼女はとても美しくとても壊れやすくとても脆い
彼女はしかもひどく年寄りで痛んでいて調子が狂っている。

踊れ 労働界の若者よ
そしてもしきみが戦争を望まないなら
修理(修繕)したまえ 平和を。(上同)

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