戦争に巻きこまれない平和な国とはどんな国だろうか、という問いを持ち、その答えを日本国憲法に求めた憲法解釈を読みました。
ひとたび戦争が起これば、日々の無事平穏を望む日常感覚は戦争の非日常性についていけず、その野蛮さや粗暴さに心を痛めながら一日も早いその終結を祈るほかないが、戦争の起こる前や終わったあとならば、落ち着いた気分で、戦争に巻きこまれない平和な国とはどんな国だろうかと考えることができる。
そう考えるとき、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
と憲法前文で宣言し、
それを受けて第九条で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と規定する日本という国は、日々の生活の平穏無事を願う人びとの日常感覚に根ざした基本理念の上に立つ国といえる。一つの国が「恒久の平和を念願し、」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を「永久に放棄する」とし、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と宣言するのと、一個人が戦争で人を殺すのも、殺されるのもいやだ、戦争のない所で静かに暮らしたい、と思うこととのあいだには大きな隔たりがあるのはいうまでもないが、日本国憲法の前文と第九条は、国のありようを人びとの日常感覚に近づけることによって隔たりを埋めようとしている。そこが平和の表現としてすぐれている点だ。(『ことばをめぐる哲学の冒険』、毎日新聞社、2008年、p233〜234)
ここに、戦争に巻きこまれない平和な国にする方法が示されています。要は、日本国憲法の前文を宣言し、その保障として、九条の精神を高らかに世界に向かって宣言するのです。戦力を持ち続ければ、遠からず、戦争に巻き込まれることは必至と言えるでしょう。そんなことはあってはならないのです。
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