特に、「領民が飢えぬためにはいかがする?」という問いに対し、「戦のない安寧な国をつくることか、と」と答えていますが、これなど、時代を超えた真理ではないでしょうか。そして、この真理を体現したものが日本国憲法の真髄なのです。日本国憲法九条を変えようとしている改憲は、日本国憲法を骨抜きにしてしまう暴挙なのです。
「ようよう来ることができた。余は岡を鎌倉にしてみせるぞ。そのためにも今以上に軍備を増強する。徳川に攻められても接ね返す力をつけねば」
それが叶ったら、切支丹だろうがなんだろうが領民は好きに信仰すればよい。らんとすごした昂ぶりの余波もあってか、わたしは自信満々だったが、虎之助はいつものおっとりした口調に懐疑の響きをしのばせた。
「それより殿、領民が飢えぬ国をつくるほうが先にございましょう」
むろん、そのとおりだ。領民が豊かに暮らせる国をつくる話は、藩主になる前から朋友の酒井忠清や池田光政と討議をかさねてきた。一国一城の主には最大の関心事である。
「領民が飢えぬためにはいかがする?」
「戦のない安寧な国をつくることか、と」
「豊かな実り、ふんだんな水⋯⋯」
「いや、災害がないことがいちばん。となれば治水にございましょう」
憧憬の的である鎌倉はもろくもくずれさった。高山右近がつくろうとしていた神の国パライソも頓挫してしまった。祇園精舎の鐘の声のごとく、諸行は無常である。正直なところ、わたしには領民が飢えず、災害にみまわれず、外敵からも侵略されない国をつくるにはどうしたらよいか、いっかなわからない(諸田玲子著「登山大名」『日本経済新聞』、2024年8月30日)
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