2024年8月10日土曜日

九条は存在感を増している

 九条の現在地は、どうなっているのでしょう。
 それは、「憲法違反だと言われる集団的自衛権の一部を解禁した先般の安保法制の成立ではあるが、ここにおいても損傷をこうむりながら憲法九条はギリギリ守られている。九条は存在感を増している」 (注)ということです。石川好著「戦後民主主義に不都合はありますか?」を読んで、痛感したことです。
 二十一世紀に入って、いまだに戦火が絶えません。政府は、だから、と言って「憲法に自衛隊明記」を実現したいのでしょう。しかし、真実は、そうではありません。だからこそ、「九条は存在感を増している」と言うのが真実なのです。「憲法に自衛隊明記」は、「戦前から戦中への道」に向かうための一里塚だからです。

 (注)では「戦後」民主主義とは何か。それは、憲法九条の不戦条項を守り抜くことである。憲法九条があっての「戦後憲法」である限り、この九条を守りきることが、戦後民主主義なのである。
 「戦後民主主義」や「戦後憲法」「戦後教育」等々に冠せられた「戦後」という言葉が嫌いなら、政府は正面から九条をすてる憲法改正案を国会に提出し、国民投票にかけるべきである。私見を述べれば、国民投票においては間違いなく否定されると思われる。なぜなら「戦後」という時代が継続されることにより、戦前と戦中が回避されるからである。憲法違反だと言われる集団的自衛権の一部を解禁した先般の安保法制の成立ではあるが、ここにおいても損傷をこうむりながら憲法九条はギリギリ守られている。九条は存在感を増しているのである。それを守っているのが、戦後民主主義になじんだ日本民衆の嫌戦意識なのではないのか。
 民主主義とは国民による抵抗権の別名である。「戦後」を冠した日本の民主主義とは傷だらけになりつつあるとはいえ敗戦の結果誕生した九条を守り抜く抵抗意識そのものだと思われる。
「戦後民主主義」「戦後憲法」で何か不都合なことでもありますか?と覚悟を決めれば良いのである。
 それがあの戦争を体験した日本人の生き方だと思われる。
 永続敗戦論ではなく継続戦後論を強化することで、くり返すが、戦前から戦中への道を回避できるからだ。(石川好著「戦後民主主義に不都合はありますか?」『私の「戦後民主主義」』岩波書店編集部編、岩波書店、2016年、p120~121)

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