普段、無意識に使用している言葉ですが、実は、その言葉ごとに、対応する共通したイメージを抱いています。犬は、犬一般を指していますし、川という場合、その言葉には、大小さまざまな水の流れをイメージすることができます。しかし、対応するイメージが曖昧な言葉もあることに気がつきました。中国から伝わってきた漢字が、文字として認識される過程について論じた次の文章を読んだときです。
三本の縦線を隣合わせに並べた「川」が、まわりより一段低い地面を上から下へ速く、また遅く流れゆく水の流れをあらわす。また、左方向へはねる斜線と右方向へはねる斜線とが上部の一点で触れ合う「人」が、田野で働き、宮都で政務にいそしむ二足歩行の老若男女をあらわす。そんなふうに縦・横・斜めに走る数本の線の図形と、ありとあらゆるもののイメージとが結びつくのは、文字のを知らなかった人びとにとっては、目眩く経験だったにちがいない。三本線の「川」と、暮らしに役立ち、荒れ狂うと危険でもある水の流れとは似ても似つかないし、二本の線が斜めに向き合う形の「人」と、それぞれに喜怒哀楽を感じつつその日その日を暮らす理性的な動物とは、これまた似ても似つかない。そういう似ても似つかぬものをあらわす線の図形が、次々に登場する。それが漢字というものだ。そんなことがどうして可能なのか。漢字の背後にもののイメージが潜んでいることを理解し始めた人びとは、霊妙な出来事でも出会ったような思いで線の交錯する図形を見つめたにちがいない。(『日本精神史 上』、長谷川宏著、講談社、2023年、p144)漢字の背後に潜んでいるもののイメージが曖昧な言葉の典型は、民主主義という言葉です。このことで問題なのは、曖昧な言葉がそのまま社会に流通していることです。このような現象を言葉の乱れと定式化したとき、社会の乱れの原因は言葉の乱れにあるのではないか、と感じたのです。
言葉の乱れということに焦点を合わせると、戦争と言わずに事変と言ったり、軍備品を防衛装備品と言ったりもそうですし、国会答弁で横行している誠実に答えないではぐらかしたり、答えを差し控えることも、言葉の乱れそのものです。まずは、言葉の乱れを集めてみることから始めてみたいです。
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