2024年6月27日木曜日

エラスムスの平和思想

 湯川秀樹さんが絶賛していたエラスムスの平和思想に共鳴して、『平和の訴え』(エラスムス著、箕輪三郎訳、二宮敬訳註・解説、岩波文庫、1977年)を読み始めました。その内容は、例えば「戦争の惨禍が人びとを今なお苦しませている以上、あらゆる恵福をこの人びとに与えることこそ公正なとりはからいと申すべきです。事はあまりにも重大緊急であり、つまらない理屈を並べてその実現を遅らせることは許されません」(p94)などと、決して古びておりません。それどころか、ウクライナやパレスチナの人々のことを念頭に書かれていると錯覚するほどです。それだけ、普遍性のある内容に満ちているに違いありません。
 並行して手にした『人類の知的遺産 23 エラスムス』(二宮敬著、講談社、1984年)に、エラスムスの平和思想について、「彼の平和論のみが、普遍的な力を持ち続けている」と、次のように書かれていました。そこで、『戦争は体験しない者にこそ快し』という平和論もあることを知りました。並行して読みたい論考です。
「福音の教えの要諦は平和と一致にある」とする彼は、聖俗の要路にある人びとに対し、折に触れては平和を呼びかけているが、なかでも一五一七年の『平和の訴え』は、戦争と平和に関する年来の考察を一つにまとめたものとして代表的なものである。本巻に収めた『戦争は体験しない者にこそ快し』もまたこれと並んで、というよりも前者のように依頼に応えて執筆したものではなく、まったく自由に執筆したものだけに、彼の平和への思いがさらに率直に吐露されているように思われる。
 彼の平和論については、他の場所に書いたこともあり(岩波文庫版『平和の訴え』、訳註および解説)、ここに繰返すことは避けるが、ルネサンス期に見られる幾つかの(主として詩人たちによる)平和礼讃が、筆者の主観的意図の如何を問わず特定の権力と結びつく結果に終っているのに対し、「世界の市民でありたい」とし「ただキリストにのみ仕える」とした彼の平和論のみが、普遍的な力を持ち続けていることを一言つけ加えておきたい。(『人類の知的遺産 23 エラスムス』、 p384)

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