2024年6月4日火曜日

絵に流れる独特の時間

 原寸美術館という本があります。絵画の一部分を原寸で紹介した本です。ゲーテが「全てが悪魔的な速度で」と批判し、だから、と、ニーチェが「人間が持つ性質の、穏やかでゆったりとした要素を大幅に強化するように取り組まなければならない」と主張していますが、ゴッホの作品は、こうした文明批評の対象そのものだったのではないか、そう感じました。「ゴッホにとって、夜はたまらなく不安な時間だったに違いない。発作を恐れ、死の予感に押しつぶされそうになりながら、猛烈なスピードで制作に打ち込むこと。それだけが画家の心を、しばし安らかにした」からです。
 それに対し、「穏やかでゆったりとした要素」を描いたのが、ワイエスではないでしょうか。解説に「一本一本の線を、機械のような精密さで描き加えていったワイエスの手もとを実感することができれば、それは同時に絵に流れる独特の時間に触れている」とありましたが、ここの「絵に流れる独特の時間」こそが、ニーチェのいう「穏やかでゆったりとした要素」そのものに、私には思えたのです。

ゴッホ作『星月夜』の部分「
 印象派の画家たちによって一気に広まった「ぶっつけ描き」アッラプリマ技法。この技法を、自家薬籠中のものとして独自のスタイルに結びつけたのはゴッホだった。ゴッホ作品には、この技法ゆえに成しえた奇跡がいくつか隠されている。
 ひとつめの奇跡は、画家の感情まであらわにするような筆の跡。
 溶き油によって薄めることをしない厚塗りの可能性に注目したゴッホは、絵具の盛り上がりそのものをマチエールとした。
(中略)
 ふたつめの奇跡はスピード。
 誰にも等しく降り注ぐ陽の光を愛したゴッホにとって、夜はたまらなく不安な時間だったに違いない。発作を恐れ、死の予感に押しつぶされそうになりながら、猛烈なスピードで制作に打ち込むこと。それだけが画家の心を、しばし安らかにした。(『画家の手もとに迫る原寸美術館』、結城昌子著、小学館、2005年、p114)
ワイエス作『クリスティーナの世界』の部分
 まず知識や情報を横に置いて、ワイエスの原寸の画面を見つめ、その執念とも思える克明な描写に息をのんでほしい。
 描き込まれた荷車や梯子の陰影は、全図では画面の奥に遠慮がちに配されているようにみえるが、左の原寸部分を見ると、その精緻さゆえの圧倒的な存在感をもって描かれていることがわかる。
(中略)
 一本一本の線を、機械のような精密さで描き加えていったワイエスの手もとを実感することができれば、それは同時に絵に流れる独特の時間に触れていることになるのかもしれない。(上同、p154)

0 件のコメント:

コメントを投稿