続いて、言います。
橋下市長に支配された大阪を、ナチス占領下のフランスになぞらえた平田氏に、僕は思わず仰け反ったった。ユダヤ人を強制収容所で大量虐殺したナチス・ドイツと橋下市政では、深刻の度合いが全く違う。そういう意味では、大げさな形容である。
だが、考えれば考えるほど、平田氏の用いたアナロジーは的外れではないように思えた。いや、むしろ構造的には、大阪の状況を先取りした形で正確に言い表しているように思えた。
というのも、橋下氏が全体主義を志向する独裁的な政治家であることは、これまでの彼の行動や発言から、もはや疑いようがない。(上同)
これらの話は、大阪に限ったことでしょうか?
日本国憲法という素晴らしい憲法を持ちながら、どんどんと憲法の理念から乖離してきています。にもかかわらず、効果的な反撃もできず、またもや大幅な軍事費増がなされようとしています。だからこそ、「日本も全体として、すでにレジスタンスの局面に入りつつある」のかもしれません。もっと進んで、「レジスタンスの局面に入らなければならない」のです。
そうでなければ、「そんなはずじゃ、なかった」と後悔するようになるかもしれません。
後になって後悔するよりも、多様なレジスタンスを、できるところから始めていくべきなのです。後で後悔しないために・・・・。
0 件のコメント:
コメントを投稿