2024年6月28日金曜日

『幸福な王子』に学ぶ

 日本にいる限り平和を享受できていますが、世界に目を向けると戦禍は一向に止みそうがありません。どうしたらいいのでしょうか。
 今、放送大学の高田英和先生のゼミで、『幸福な王子』を読みあっています。その中で先生は、「情報は、西側寄りの情報に偏っている、ウクライナ側でもない、ロシア側でもない、第三の道はないものでしょうか」、といった内容のことを話されました。先生の話を聞いたとき『幸福な王子』が語った次の言葉を思い出しました。

「私が生きていて人間の心を持っていたころは、涙とはどんなものか、知らなかった、それというのも、無憂宮に住んでいたからで、そこへは、悲しみがはいることを許されていないのだ。昼間は友達と庭で遊び、夜になるとわたしは大広間で舞踏の先頭に立った。庭のまわりには、とても高い塀がめぐらしてあったが、その堀のむこうには何があるか、聞いてみたいとも思わなかった。まわりのものがみんなそれほどきれいだったから、廷臣たちはわたくを幸福な王子と呼んだし、わたしもじっさい幸福だったのだ、もし快楽が幸福であるとしたらね。そんなふうにわたしは生き、そんなふうにわたしは死んだ。ところが死んでしまうと、みんなわたしをこんな高いところに立てたものだから、わたしの町の醜さとみじめさがすっかり見えてしまうのだ、そして私の心臓は、鉛でできているが、それでもわたしは泣かずにはいられないのだ」(『幸福な王子』、p12)
 生前の王子にとっては、堀の内側での生活がすべてだったけれど、堀から出て高台に立ってみると今まで見えなかった、見ようともしなかった世界が見えてきたのです。堀から出ないと新しい世界が見えないのと同じように、目に見えない堀から一歩出てみないと、例えばウクライナへの武器供与以外の選択肢はないのだろうか、第三の道はないのだろうか、といった新しい世界は見えてこないと思えたのです。
 そんなことを考えていたら、前に読んで気になっていたことを思い出しました。「家族だから、女だから、そういう鎖を断ち切るのではなく、溶かしていく、そんな音楽だった。/頭の中に、ビートルズが流れ出すのは、何年ぶりだろう」(湊かなえ著「C線上のアリア」『朝日新聞』、2024年4月3日)という言葉です。ここでいう鎖も、王子にとっての堀と同じではないか、と思ったのです。そして、案外、知らないうちに心に塀を築いてしまっていたり、心を鎖につないでしまっていることがあるのかもしれないと思いました。

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