2024年6月26日水曜日

「見る」「描く」のひみつ

 ラスコー壁画に牛たちが描かれていることは知っていました。なんのために描かれたのか、考えたこともありませんでした。しかし、『はじめての絵画の歴史』(注)を読んで、この絵は、クロマニョン人が抽象的な思考を獲得していた証拠であないか、と考えました。つまり、動機はどうであれ、牛という動物を認識の対象として選ばれ、抽象的な牛として認識されていたこと、しかも、それは仲間との共通の認識であったことを示していると思えたのです。
 本には「絵は言葉より古いかもしれない」とありましたが、これだけ立派な絵が描けたのですから、牛に相当する言葉があってもおかしくはありません。牛という言葉の概念がなくても、相当する絵を描けるものなのでしょうか。絵と言葉の関係を研究すれば、人類が言葉を獲得した時期の推定が早まるような気がします。
(注)「絵」の歴史はとても古い。言葉よりも古いかもしれない。誰かが世界で初めて動物の絵を描いたとき、それを見ていた人もいただろう。その人は、次に本物の動物を目にしたとき、前よりもはっきりと見えたんじゃないかな。
「絵」を作るには、ものをよく見なきゃならない。今から1万7000年ほど前、フランス南西部のラスコー洞窟の壁に雄牛の絵を描いた人は、雄牛という生き物を注意深く観察していたに違いないよ。(『はじめての絵画の歴史 「見る」「描く」「撮る」のひみつ』、デイヴィッド・ホックニー著、青幻舎インターナショナル、2018年、p10)
 
 

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