理想の老いの姿についてイメージが変わりました。はじめは、マイナスイメージが大きかったのですが、やがて、年齢を重ねると、特に超高齢者になると些細なことにも幸福感を抱くようになる、と変わってきました。しかし、こうした変化は「待っていれば誰にも自然と訪れるもの」かどうかは不明でした。しかし、もう一歩進んだ考えを知りました。次のような老いて到達した無の境地のことです。
人は老いて、日常が「無」の境地に至り、やがて、ほんとうの「無」を迎える。それが死である、そう感じるようになりました。(『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』、篠田桃紅、幻冬舎著、2015年、p53)篠田さんが芸術家だから、日常が「無」の境地に至るようにできたのかもしれません。しかし、普段から、毎日を創造的に生きるように努めていけば、多くの人が到達できる境地のようにも思えるのです。問題は、どうすれば「創造して生きてゆくこと」ができるか、です。
それは、つまり、
歳をとるということは、クリエイトするということです。作品をつくるより大変です。すべてのことが衰えていくのが、歳をとるということなのに、二重のハンディで、毎日を創造的に生きていかなければなりません。楽しいことではありませんが、マンネリズムはありません。(上同、p23)
すべてのことが衰えていくのが、歳をとるということだとすれば、歳をとることは、エントロピーが増大することでもあります。そして、クリエイトするということはエントロピーを減少させることになり、老化に抗うことになります。日々創造に心を配ることが重要な所以です。
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