ことわざに「命あっての物種」というのがあります。何事も生きていればこそできるのであって、死んでは何にもならないのです。「『敗北』を認める能力」で、「プラハとパリが無血開城することによって、屈辱とひきかえに大規模な破壊を免れた」ことを紹介しましたが、北京も、盧溝橋事件のときに、『美しい北京を壊すのはやめよう。』と、中国軍がしりぞいて北京を守っていたことを知りました。盧溝橋事件に遭遇した遠山正瑛が目撃したこととして、次のように書かれていたのです。
北京でもうちあいがおこなわれて、正瑛たちの家の上を、大砲のたまがヒュルル、ヒュルルと、とんでいきました。正瑛たち日本人は、北京の大使館にあつめられて、ろう城生活をしました。でもそのうちに、『美しい北京を壊すのはやめよう。』
といって、中国軍がしりぞきました。そのけっか、日本軍が北京を占領し、正瑛たちもろう城生活をとかれました。でもそれからは正瑛たちもあぶなくて、研究旅行ができなくなりました。(『みどりのゆめ一すじの60年 世界のさばくと遠山正瑛』、岡本文良作佼成出版社、1987年、p86)
さらに、
正瑛たちは、ふだんから、 中国を第二の祖国のように思っています。それに日本は中国に戦争をしかけたりして、たいへんめいわくをかけてきました。そういうことも考えると、中国のためにつくしたいというゆめは、ますます大きくふくらんで、がまんができなくなってきます。(上同、p131~132)
ウクライナも、敗北を認めても決して不名誉なことではありません。それに、プラハやパリ、北京のように、いつかは、元のように領地も返還されるはずです。これ以上の犠牲を出さないよう、戦闘を終結させて欲しいです。
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