2022年8月1日月曜日

戦争などやっている場合か

 ロシアの蛮行が続いている。国際社会は、さまざまな蛮行を目の当たりにしながら、ウクライナを支援することはあっても、ロシアに対して有効な対策を打ち出せずにいる。その結果、日本も、今までになく軍事の必要性が高まってきている。恐ろしいことだ。それでは、前近代的な防衛論に逆戻りになってしまうであろう。
 軍事力を背景とした対外政策をとっているロシアの対極にある国は、明らかに日本であろう。自衛隊の存在はあるにしても、憲法の対外政策は、戦争放棄条項を原則にしたものであるからだ。ある意味で日本の存在は、北極星の存在に似ている。船乗りが北極星を目印に進んできたように、恒久の平和を願う人々は、日本国憲法の原則を目印に進めば間違うことはない。
 だからこそ、日本国憲法の原則を変えるようなことはあってはならない。それでは国を守れない、というかもしれない。それでは、憲法を変えれば、戦争を防ぎ、国を守ることができるといえるのか。そんなはずはない。逆に、戦争に巻き込まれる確率が増えるだけであろう。なんといっても、前近代的な防衛論に逆戻りしてしまうからだ。
 では、どうすればいいのか。「それぞれがそれぞれに精一杯生きて、共に生きる」(「ラジオ深夜便」中村桂子)といった哲学的視点に立って世界を見ること、広い観点に立って世界を見ることではないだろうか。そういえば、生命科学者の中村桂子さんが温暖化等々、地球的な対策が求められているときに、「戦争などやっている場合か」と言っていた。新しい哲学が求められているのかもしれない。

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