秀吉や家康のことは、名前を知っているくらいで、彼らについて、さほど興味もなかった。しかし、『幸村を討て!!』を読み始めて、家康に興味を持ってしまった。なぜなら、家康が、なんと七十四歳のときに「天下取りを決意した」ということを知ったからである。その経緯は次の通り。
いわれなき罪を着せられて取り潰されてもおかしくはなかった。なんとか打開策をと頭を捻った矢先に、信長が攻め滅ぼされたので、家康はその死を哀しむどころか、ほっと胸を撫でおろしたのをよく覚えている。
まだ安堵していた己などは可愛いもの。家臣たちはこれまでの同盟者の死を飛び上がって喜び、
――今こそ徳川家が天下を窺う時ですぞ!
などと嬉々として語った。
しかしことはそう簡単には運ばなかった。(中略)信雄が己に一言も相談せずに勝手に秀吉と和議を結んだことを契機に、秀吉と講和を進めることにした。
1600年の関ヶ原の戦いで勝利し、「自身に敵対するものを一掃し、世に肩を並べるものはいなくなった。しかし、豊臣家が滅んだわけではない。秀頼が天下人だったからだ」と述懐している。そして、天下人秀頼と家康は対面することになった。1611年、秀頼が十九歳の時だった。老境に入った自分に比べてますます逞しくなってきた秀頼を前にして、「豊臣家を潰す」と決意するのであった。家康七十四歳だった。その気概に圧倒され、その気概に魅了されてしまったのだ。
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