2022年8月29日月曜日

足下からの民主主義

 家庭内民主主義という言葉がある。その対極にあるものが、家庭内暴力であろう。国家の民主主義も大切だが、国家を形成している一つの単位としての家庭の民主主義が抜けていれば、ある意味では国家の土台がしっかりしていないことになるのだから、社会の、敷いては国家の民主主義が育つわけがない。 だから、家庭という足下からの民主化が重要になってくる。
 久野収さんに言わせると、 「奥さんと自分との関係、自分と子供との関係、自分と隣近所の関係、これが全部古いしきたりと制度によって圧倒的に縛られている。そのうちの一つでも良いから、解放の方へ歩ませる」(『さらばおまかせ民主主義』、佐高信編、岩波書店、1997年、p34)という。要は、妻や夫、子供や親の前に、それぞれが主権者、人間としての尊厳というのが存在している、ということをお互いに認め合うことである。
 そうなると、学校教育では、家庭のことをどのように教えているのかが気になってくる。子どもの権利条約や人間の尊厳について、しっかりと教えられているのであろうか。そもそも、学校内で、子供の権利は守られているのであろうか。国籍が違っても、肌の色や髪の毛の色が違っても、あるいは障害があってもなくても、等しく人間として尊重されなければいけない」ことを学んでいれば、いじめもきっとなくなるに違いない。

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