2022年8月18日木曜日

民主主義の前提は人間の尊厳

 だいぶ前に、「民主主義の前提」というものを考えたことがある。今考えると、民主主義の前提に「誠実さ」を持ってきたことは間違いではないが、「すべての人間の尊厳」こそが民主主義の前提なのかもしれない。近代民主主義、「その根本の精神は、少数の支配者の権威を否定して、すべての人間の尊厳を主張するところにある」(『日本国憲法』、橋本公亘著、有斐閣、1980年、p82)からだ。
民主主義の前提
「文学や文化の創造性が発揮される基盤は、現代では市民的自由を中核とする民主主義だ」(p343丸山眞男)とある。そう言えば、科学的創造性が発揮される基盤も、人間の幸福を享受できる基盤も、民主主義である。
 それでは、民主主義性が発揮される基盤といもの、民主主義の原理、あるいは前提というものは、どのようなものなのだろう。日本は民主主義国家と言われているが、民主主義は十分機能しているだろうか。そこを十分検証しないまま、ズルズルと、民主主義は機能しているという認識のもとに社会が動いているのではないだろうか。
 民主主義の前提に「誠実さ」というものがある。平然と嘘をつき、そうした風潮が支配的になれば、民主主義は崩れてしまう。そういう音味でも総理の行動と発言は問題だ。普天間基地′の面積は480.6Hに対して、辺野古新基地の.面積は、2336.5Hで耐用年数200年だという。こうした事実は初めて知ったが、「普天間、しいては沖縄の負担軽減のために辺野古へ基地を移転する」という発言は、嘘の典型であろう。
 しかし、現実の世界では、マスコミも、国民も、政府の嘘を追求することはない。戦時中の大本営発表の多くがが嘘であったことは、歴史的な事実である。嘘の発表というのは、国家権力の本性なのだろうか。国家権力のことはこの際考えないとしても、嘘の数々を明確にしておく価値はあるかもしれない。何といっても、社会における、誠実さの欠けた嘘は、民主主義の対極にあると言っても過言ではないからである。2015年2月18日水曜日 

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