宮台真司が影響を受けたという一人の小室直樹の本も読んでみたいと思い、とりあえず、『田中角栄の遺言 官僚栄えて国滅ぶ』(小室直樹著、クレスト社、1994年)をさっと読んで驚いた。「第五章 デモクラシーとは何か」に「日本国憲法は、すでに改正された」という項目があったからだ。そこで、「明文化された憲法がデモクラシーを謳っていても、その憲法に実効性がなければ、その政治はデモクラシーとはいえない。憲法は改正されたと解釈されなければならない」と言い、「現在の日本では、どうか。 角栄後、デモクラシーは死んだ。憲法は改正されたと解釈されるべきである」と言い切っている。
確かに、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(憲法9条)とあるにもかかわらず、世界有数の戦力を持っているのは自明のことだ。さらに、「国会は、国権の最高機関」(憲法第四一条)とは名のみで、閣議決定されれば、何でもできる風潮に成り下がっている。安倍総理の国葬も、国会で議論されることもなく、着々と進められているではないか。「日本国憲法は、すでに改正された」と言われてみて初めて、ことの重大さに気づいたが、多くの国民は、そこまで深刻に考えていないように見える。残念だ。
にもかかわらず、日本国療法本文の、実質的な改正(改悪)に至っていない意義が大きいのも、また事実であろう。何よりも、掲げられた理想を失っていないからだ。理想の衣がズタズタに引き裂かれてしまったとしても、衣がしっかりと存在している意義は大きいのだ。少しずつでも修繕可能だからだ。衣を失ってしまえば、それは叶わない。そして、新しい衣 を作ろうとしたら、とんでもないへネルギーが必要になるであろう。だからこそ、実質的な憲法改悪を許してはならないのである。
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