現代文明に毒されていない未開の部族が存在してきたことは、すでに明らかになっている。それらの多くの部族は、現代文明に毒されてきたと言われている。しかし、現代文明の最たるものと言っても良いクリスチャン(ダニエル・エヴェレット氏)の方が、逆に、部族の習慣というか生き方にそまり、部族の生き方を取り入れてしまった人もいたという。彼らは「<現在>の一つひとつを楽しんで笑い興じているので『天国』への期待も『神』による救済も必要としない」(『現代社会はどこに向かうか』、見田宗介著、岩波書店、2018年、p92〜93)。そんな彼らの生活と価値観に、すっかり魅せられてしまったらしい。
見田宗介さんは、彼らの<現在>とは、どのようなものであろうか、と問うていたが、ここでは、その問いはおいておく。大切なことは、未来を待たなくても、<現在>に満ち足りて生きることができるという実例を見せてくれたことであろう。ただ一つだけあげれば、彼らが「この地上において富める者たちであるのは、彼らが<交歓>の対象としての他者たちと自然たちという、枯渇することのない仕方で、世界を所有しているからである」(上同、p101)。ここでいうところの「枯渇することのない仕方」というのがキーワードのような気がする。
クリスチャンのダニエル・エヴェレット氏は、一九七七年から二〇〇六年まで二十年近くの間、宣教師/言語学者として、アマゾンの小さな部族ピダハンの人たちと一緒に生活した記録を著書『ピダハン』(みすず書房、2012年)として出版している。彼らの生活には、斉藤幸平氏が主張している<コモン>ともリンクしている部分があるような気がして、読むのが楽しみである。
0 件のコメント:
コメントを投稿