強引な辺野古への米軍基地建設や、日本学術会議の任命拒否問題を例に、「日本は、より強固な全体主義に向かって突き進んでいる」のではないか。「改憲の動きも、こうした全体の過程の一環として捉えるべきであろう」(「群のなかに埋没すること」にて)と書いたばかりだが、考えてみたら、議会における強行採決というのも、民主主義の対極にある暴力であろう。なぜなら、「 民主主義の根本はことば」であり、「ことばで説得することによって成り立つ政治が民主主義」(『小田実全集 36 生きる術としての哲学、p25)だからである。
強行採決といえば、60年の安保改定で盛り上がった安保闘争の発端も、強行採決ではなかっただろうか。議会における強行採決は、自民党の御家芸になってしまったのだろうか。どちらにしても、半世紀近く、こうした事態が放置されてきたということは、ある意味主権者の怠慢でもあったのかもしれない。
なぜだろうか。明らかなことは、強行採決された時は盛り上がっても、じきに忘れ去られてしまったことであろう。だとしたら、その時のことを、その部分に限って、つまり、わかりやすく編集して記録し直せばいい。安保闘争の記録はたくさんあるにしても、その記録が膨大になれば、余計にわかりにくくなってしまうからだ。さらには、強行採決に限らず、議会における反民主主義的事項を炙り出していく必要もありそうだ。
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