雑誌『暮しの手帖』の「読者の手帖」欄を読んでいたら、ふと、片手のピアニストが書いた新聞記事のことを思い出した。それは、「音楽は不要不急ではない ピアニスト 舘野泉」という日本経済新聞(2021年12月5日)の記事だった。記事中の「2004年から左手だけで演奏するようになった。だが片手だけで弾くという意識は初めからない。やっているのは音楽。全身全霊で音楽を弾き続けているというだけだった」というところに、「一曲でも、こんな気持ちでピアノを弾けたらいいな」とメモしてあった。
実は、数年前にピアノを習ったことがあり、途中でやめてしまった。その後、せっかく弾けるようになったのに忘れてしまってはもったいない、と再度練習を開始し、また気に入った一曲を弾けるようになった。忘れてはいても、どこか覚えている部分もあるようで、その時は早めに弾けるようになって喜んだものである。しかし、また、いつの間にか弾かなくなって久しい。
こんな具合だったから、「全身全霊で音楽を弾き続けている」という言葉が身に染みたのかもしれない。今考えると、ただ、指を動かせるようになっただけで、音楽を弾く、音楽を楽しむところまで達していなかったから、途中でやめてしまった。そして、忘れても平気だったのであろう、と思うことができた。”三度目の正直”という言葉もある。また、練習を始め、音楽を弾くという感じがわかるまで、続けてみたいという気になった。
「行動の先に希望がある。行動を続けることで未来は切り開かれる」(サルトル) 「人間は進化する存在。今の自分を超えて、創造的であり続ける『超人』を目指せ!」(ニーチェ) こうして社会に発信するというささやかな行動を通じて、一歩でも二歩でも、未来を切り開いていける存在でありたいです。
2021年12月13日月曜日
全身全霊で音楽を弾く
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